生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
陽の光が遮られた、広大な公園の雑木林。
冬の冷たい空気が澱む中、シルヴァレッタは、あの日ぼくが自らのこめかみを撃ち抜いて倒れていた太い樫の木の根元を、静かに見つめていた。
「こっちこっち!」
周囲をフヨフヨと飛び回っていた妖精のミカタは、ぼくが自殺した現場からさらに数歩ほど歩いた先を指差した。
そこは、乾いた落ち葉が深く折り重なるように積もった、薄暗く湿った茂みだった。
シルヴァレッタはミカタの背中を追うように歩みを進める。
「コレだ!」
ミカタが空中で身を翻し、力強く指差した土の上。
枯葉に半ば埋もれるようにして『それ』はあった。
赤黒く変色したような不気味な色合いをしていたが、親指の先ほどの大きさをした、丸い小石のような物体だった。
一見すれば公園のどこにでも転がっていそうな、何の変哲もない石ころだ。
「うぅ、オイラ、これ以上は近づけないや。チカラが入んねぇ……」
ミカタは、その小石から発せられる何らかの力に当てられたのか、空中でパタパタと動かしていた半透明の羽の動きを止め、ペタリと地面の枯葉の上に座り込んでしまった。
シルヴァレッタが慎重な足取りで近づき、落ち葉を払いのけて、その赤黒い小石を指先で拾い上げる。
見た目はただの石ころのようだったが、シルヴァレッタが手にすると、それは金属のようなズッシリとした重さを主張してきた。
「何だろ、これ……えっ?」
シルヴァレッタの口から、彼の冷徹で落ち着いた意思ではない言葉が漏れ出た。
それは紛れもなく『ぼく』自身の声だった。
「……ウラベイサクか?」
シルヴァレッタが、驚愕にわずかに目を見開きながら、同じ口を使って呟く。
どういう原理か分からないが、この小石のような物体を手にしていると、シルヴァレッタが肉体の主導権を握ったままでも、ぼくが言葉を発することが出来るようになるらしい。
「……初めまして、シルヴァレッタ」
この機会を逃すまいと、ぼくは素直に挨拶の言葉を告げた。
ずっと意識の奥底から映画を観るように彼らの波乱万丈な日常を眺めていたぼくだが、こうして直接彼と言葉を交わすことができた事実に、ひどく感激していた。
──彼には、一度でいいからお礼を言いたかったのだ。
この物語を紡いでくれて、ありがとうと。
「ありがとう。君で良かったと、ずっと言いたかったんだ」
「……そうか」
その後、そのオーパーツと思しきズッシリとした重い物体はコバルトに預けられ、彼女経由で組織のリーダーであるバナジウムの元へと調査のために届けられた。
その日の夜、二人が寝泊まりしているキャンピングカーの中で、シルヴァレッタはぼくと初めて会話した事を、ひどく嬉しそうにコバルトに報告した。
「彼が表に出てきて、俺に感謝を伝えてくれたんだ。……不思議な感覚だったが、嬉しかった」
それを聞いて、コバルトはクスリと小さく微笑み、悪戯っぽく問いかけた。
「生意気だったでしょ?」
「いや、そんな事はない。……それに、それもまた彼の良さだろう」
シルヴァレッタが大真面目な顔で反論してくれた。
自分の身体を動かしている存在からそんな風に庇われ、優しく褒められるのは、ぼくにとってひどくこそばゆく、照れくさい経験だった。
⬛︎◆▲
数日が経過し、シルヴァレッタたちは再びあの無機質で殺風景な貸し会議室へと集められた。
シルヴァレッタ、コバルト、バナジウム、ラピスラズリ、クロム。
そして今回は、マラカイトとシナバーの姿もあった。
──ジュエル二期生のメンバーが一同集結した。
「皆、オイラのことが見えるのかい!」
ミカタが、部屋の蛍光灯の近くをフヨフヨと嬉しそうに飛び回って舞う。
シナバーはニコニコと興味深そうに飛び回る妖精を見つめていたが、マラカイトは美しい顔を引き攣らせ、やや引いた表情をして壁際に寄りかかっている。
「能力を持っているとはいえ、ここまでファンタジーな存在が本当にいるとはね……」
マラカイトが、深い溜息をつきながら呆れたように感想を漏らす。
全員が席についたところで、バナジウムが立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。
彼女の表情は、いつもの明るく元気なリーダーの顔ではなく、冷徹に事実を分析する組織のトップとしての重みを帯びていた。
「では、見つけた二つのオーパーツについて、今判明している事を説明します」
バナジウムの凛とした声が会議室に響き渡ると、全員の視線が彼女に集中した。
「まず一つ目。ジュエルの本拠地があった工場跡地、そこに隠されていた銀色の果実のオブジェ。……あれは、オーパーツで間違いありません!」
バナジウムが力強く断言する。すると、シナバーがスッと手を挙げて補足した。
「顧問のボクが保証するよ。何せ、アレはボクがジュエルに潜入した理由のうちの一つだからね。ボクが訓練の合間に度々かくれんぼの遊びを提案していたのは、施設内を探ってアレを見つけるためだったんだ。三年前のアルファベット狩りで警察に押収されたと思ってたけど……」
「その、オブジェの正体は何なの?」
マラカイトが眉をひそめて尋ねると、シナバーは真剣な眼差しで、重々しくこう言った。
「『蠱毒の願望器』……不可能を可能にする、最低のオーパーツさ」
蠱毒。
古代中国から伝わる、最も邪悪で呪われた呪術の一つだ。
多数のヘビ、ムカデ、サソリ、カエルといった猛毒を持つ虫や動物を、ひとつの壺の中に閉じ込める。
暗闇と飢餓の中で、彼らは生き残るために互いに殺し合い、血肉を貪り、共食いを繰り返す。
そして最後に生き残った一匹には、食い殺された全ての生き物たちの猛毒と、凄まじい怨念が限界まで凝縮され、絶大な呪力を持つ「蠱」が誕生するとされる伝承だ。
術者はその蠱を用いて人を呪い殺したり、他者を意のままに操ったりするという。
人間の底知れぬ悪意を形にしたような邪法。
ジュエルという組織がやっていたこと。
見寄りのない孤児を集め、過酷な訓練で互いを競わせ、基準に満たない脱落者を無慈悲に切り捨てて、最後に残った数人を暗殺者として完成させる。
それはまさに、人間の子供を毒虫に見立てて壺に放り込んだ「蠱毒」のシステムそのものだった。
「……マジかよ。じゃあ、脱落して消えていった子供達は……」
クロムが青ざめた顔で震える声を絞り出す。
バナジウムが痛切な表情を浮かべて、残酷な真実を口にする。
「あたしたちが訪れた中心地。あそこは処刑場……言わば、『溶鉱炉』として機能していた場所だと思われます」
「未来ある子供の『未来』という概念を、子供の命をくべる事でエネルギーとして抽出したんだ」
シナバーが、静かな、しかし確かな怒りを込めたトーンで淡々と補足する。
「そして、その抽出された膨大なエネルギーを、蠱毒の中で生き残った勝者……つまりボクらに注ぎ込み、『非常識』な才能という名の『未来』を強制的に授ける。それが、あの願望器の仕組みだ」
「どうしても……子供でなくてはいけませんの?」
ラピスラズリが、純白のドレスをギュッと握りしめ、今にも泣き出しそうな悲しい顔で尋ねた。
シナバーは沈痛な面持ちでゆっくりと首を横に振る。
「……扱うのは『未来』という概念だからね。成長した、先の見えた大人には効力が及ばないし、その身を犠牲にすることも叶わない。無限の可能性を持つ、幼い子供の命同士でなければ成立しないシステムなんだ」
重苦しい沈黙が会議室を支配した。
自分たちが今持っている超人的な能力が、共に地獄のような訓練を受け、そして消えていった無数の子供たちの命を犠牲にして成り立っていた。
その事実が、彼女たちにとって受け入れがたいほどの激しい罪悪感となって、のしかかる。
ここで、クロムが自嘲気味に口を開いた。
「……ウチは、お前らみたく、これと言った才能はねーぞ。ただ、しぶとく生き残っただけだ」
その問いに対し、バナジウムは静かにクロムを見つめた。
「クロム姉さんは、生き残る以外に強い願望を抱いていなかったんじゃありませんか?」
「……まぁな」
クロムが目を伏せると、バナジウムが悲しい真実を告げる。
「皆は、もっと強欲だったんです」
バナジウムは自分の胸に手を当て、自らの過去を告白した。
「あたしは、過酷な環境で誰にも負けないよう、誰よりも賢くなりたかった」
「私は……誰よりも強くなりたかった」
コバルトが、自身の拳を見つめながら、震える声で呟く。
「あたしは……チカラが欲しいと、そう望んだような憶えがありますわ」
ラピスラズリが、美しい顔を歪ませて言う。
「……皆の本当の声が聞きたい。本当に、誰も信じられずこんなバラバラなままでいいのか。私は、確かにそう願ったわ」
マラカイトが、自身の能力のルーツとなる経緯を話した。
「ボクは元からこういう能力だった。でも、皆と仲良くなりたい。本当の姉妹のように笑い合いたいって、つい願ってしまった憶えがある。今、こうしてボクたちが集まり、この状況を受け入れているのは、もしかしたらあの願望器の洗脳によるものかもしれない……」
シナバーが、懺悔するような面持ちで発言した。
それぞれの切実で純粋な願いが、あのオーパーツによって何百人もの命を犠牲にして歪な形で叶えられ、今なお彼女たちの運命を呪いのように縛り付けている。
──自分たちの絆すらも作られたものかもしれないという恐怖が、場を支配した。
重たく、息苦しい空気が部屋を完全に包み込む。
彼女たちが抱える罪の意識が、部屋の温度を急激に下げているかのようだった。
その絶望的な空気を払拭すべく、シルヴァレッタが平坦な声でバナジウムに尋ねた。
「もう一つのオーパーツ。あの公園で拾った赤黒い小石のような物体。あれは何だったんだ?」
その問いに、バナジウムはハッと顔を上げ、「ええ」と、暗い空気を強引に切り上げた。
そしてバナジウムは、ホワイトボードにその小石の写真を貼り出し、全員の顔を力強く見回してこう言った。
「ダイヤモンドの言っていた逆算、その計算元に当たるオーパーツだと思われます」