生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

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エピローグ

「言いましたよね、“一切関わらない”って」

『ム、ムゥ……』

 

 所変わって、ぼくらはまた貸会議室にやってきた。コバルトは依頼人に詰問しており、それを背後からシルヴァレッタとマラカイトが見守っている。

 

「だったら! アナタの執事とやらの依頼も含めて全部破棄って事に! なりますよね!」

『グ、グムゥ』

 モニターの向こうの依頼人は言葉に詰まっている。まさか自分の言葉が全て跳ね返ってくるとは思ってもいなかったようだ。

 

「さあ、どうなんです!?」

『そ、そうなるな……』

「はい論破ァ!」

『何だコイツ』

 

 

⬛︎◆▲

 

 ブツッ、と通話アプリを切断し、コバルトはノートパソコンを閉じる。

 

「依頼はキャンセルね、ならワタシは帰るわ」

 マラカイトはあっさり身を引くようだ。

「姉さん、良いの?」

「大丈夫よ、前金はたっぷり貰ってたし。ワタシの依頼人はしっかり評価してくれてたから」

「ぐっ!」

 その言葉を聞いてコバルトは苦悶を返す。

 

「大丈夫か?足が痛むなら早く病院に……」

「べ、別に。これぐらい日常茶飯事よ」

「そうか」

「簡単に引き下がるのもどうかと思う私」

 松葉杖をつきながら、コバルトが小さく息を吐く。

 

 シルヴァレッタの胸に空いた穴はすっかりと癒え、右側頭部の銀色を除けば今や傷一つない身体に戻っていた。

「彼と一緒にいたくないのもあるわ」

「責任から逃げるな」

 酷い言われようである。

 

 

⬛︎◆▲

 

 そして翌日、夕暮れの駅のホーム。

 

 事態が収拾し、コバルトはこの街を離れることになった。

 

「脚は大丈夫か?」

「平気よ、このくらい。それに、私『脅し専門』の暗殺者は廃業することにしたから。これからは組織の別部門に鞍替えして、要人警護の仕事に就くの」

「ピッタリだ。コバルトは誰かを守る方が、君らしい」

 シルヴァレッタが人懐っこい笑顔で言うと、コバルトは少しだけ気まずそうに目を逸らした。

「……ま、そういうわけだから。短い間だったけど、サヨナラよ。アンタも、せいぜい自分の正体探し頑張りなさいよね」

 

 発車ベルが鳴り響く。

 

 コバルトは足を引きずりながら電車に乗り込み、ドアの向こうから小さく手を振った。シルヴァレッタも振り返し、やがて電車は夕焼けの彼方へと滑り出していく。

 

 こうして、嵐のような非日常が去っていく。

 

 けれど、直感が告げていた

 

 ぼくはまだ、幸せでいられるのだと----

 

 

 

 

 

////

 

「あぁもう! 恥ずかしすぎる……ッ!」

 一駅先のホームのベンチで、コバルトは顔を真っ赤にして頭を抱えていた。先程までのクールな別れの余韻など微塵もない。彼女は今、自身の不器用さを呪い、身悶えしていた。

 

 暗殺者を辞め、要人警護の任務に就く。そこまでは嘘ではない。問題は、組織から新たに下ったその要人の居場所が、他でもない『今までいた街』だったことだ。

 

 夕暮れの駅で妙に感動的なお別れの空気が流れてしまい、引くに引けなくなったコバルトは「実は次の任務、アンタと同じ街なんだよね」と口に出すタイミングを完全に見失ってしまったのだ。結果として彼女は、無意味に一駅だけ電車に乗ってすぐさま下車し、反対方向の電車に乗り直して元の駅へとピストン往復するという、プロとしてあるまじき無駄な労力を使う羽目になってしまった。

 

「なんであんな綺麗な空気出しちゃうのよ……!」

 

 数十分後。

 

 すっかり日の落ちた元の街へ舞い戻ってきたコバルトは、逃げるように駅前のタクシーに乗り込んだ。組織から送られてきた情報には、要人の名前も顔写真もない、ただ『住所』だけが伝えられた。

 

「お客さん、どちらまで?」

 初老の運転手に住所を告げ、コバルトは後部座席で深くため息をついた。

『しかし、要人という割には冴えない建物の名前ね』

 コバルトは疑問を浮かべるが、脚の傷もありすぐにその考えは霧散した。

 

 タクシーが夜の街を滑り出す。窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていたコバルトだったが、数分後、ふと違和感に気づいた。

(……あれ? この道……)

 見覚えがある。右手に通り過ぎたのは、見晴らしの悪い寂れた公園。

(まさか……まさかよね?そんなハズが……)

 

 嫌な予感は、得てして的中する。

 

 タクシーがブレーキを踏み、見覚えのある古びた二階建ての建物の前で停車した。

「お客さん、着きましたよ」

「……」

 コバルトは無言で料金を支払い、松葉杖をつきながらタクシーを降りた。

 

 夜風が吹き抜ける中、彼女は絶望的な面持ちで、ギシギシと音を立てるアパートの二階を見上げる。要人とされる人物の住む部屋のベランダ。そこには、頭に鈍く光る金属を埋め込んだ男が、よれよれのセーターと色落ちしたチノパンをのんきな手つきで取り込んでいる一人の男の姿があった。

 

「……っっっっ!」

 声にならない悲鳴を上げながら、コバルトはその場に崩れ落ちた。

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