生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

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人は過ちを咎めたい 二

 かつて見知らぬ若い女性が己の命と引き換えに守り抜いたという、白色の球体

 ──未来を見通すオーパーツ『月』

 

 占い師のお婆さんは、どこか肩の荷が下りたような、全てを悟ったような穏やかな微笑みを浮かべて、それをシルヴァレッタたちに託してくれた。

 

「この日が来るのを、アタシは待ち続けていたのかもね」

 深いしわの刻まれた手から手渡されたその言葉には、長い年月をかけて一つの使命を全うした者の静かな誇りと、これから途方もない運命に立ち向かおうとしている若者たちへの祈りが込められているように感じられた。

 

 彼女のその清々しいまでの快諾のおかげで、シルヴァレッタたちは一切のわだかまりなく、その『月』を自分たちの手元に受け入れることができたのだった。

 

 

 そして、翌日。

 住宅街を眼下に見下ろす、ラピスラズリが根城にしている高層マンションの最上階。

 アンティークの調度品がセンス良く配置された広々としたリビングに、シルヴァレッタ、コバルト、ラピスラズリ、バナジウム、そして妖精のミカタが集っていた。

 

 部屋の空気は、どこか張り詰めたような緊張感と、新たな手がかりを得たことによる微かな高揚感が入り混じっていた。 

 

 ローテーブルの中央。

 そこに、占い師から譲り受けた『月』が静かに鎮座していた。周囲の光を吸い込むような、それでいて自ら淡い真珠色の光を放っているかのような、得体の知れない美しさを持つオーパーツ。

 

「これが『月』、未来を見通すオーパーツ……」

 バナジウムが、まるで壊れ物を扱うかのように慎重な手つきでその表面を指先でなぞりながら、低く落ち着いた声で呟いた。

 彼女の瞳には、組織のリーダーとしての鋭い観察眼と、未知の遺物に対する警戒心が浮かんでいる。

 

 その言葉を引き継ぐように、ラピスラズリが純白のゴスロリドレスの裾を軽く握りしめながら、静かに補足した。

「ええ、かつてあたしの命を救ってくれましたわ」

 

 彼女の声には、確かな実感がこもっていた。

 この『月』がもたらした未来視によって彼女たちはダイヤモンドによる殲滅の魔の手から逃れたのだ。

 その事実が、この美しい球体が単なる骨董品ではなく、本物のオーパーツであることを証明していた。

 

 シルヴァレッタは、テーブルの上の『月』から視線を外し、自分の肩口あたりをふわりと漂っているミカタへと顔を向けた。

 

「ミカタ、この『月』は嫌な感じはしないか?」

 彼がそう尋ねたのは、ミカタという存在が持つ特異な感覚を頼りにしたからだ。

 かつて『偶然の産物』のような途方もない危険性を孕んだオーパーツに対して、ミカタは明確な拒絶反応を示した。

 

 もしこの『月』にも使用者の精神を蝕むような呪いや、破滅を招くような悪意が隠されているとすれば、彼なら察知できるはずだ。

 

「うーん、わかんねぇや。なんだか、遠い親戚にあった気分だぜ。……害はないと思うよ!」

 ミカタのその屈託のない無邪気な言葉に、部屋を満たしていた緊張の糸が少しだけ緩んだ。

 遠い親戚に会った気分、という独特の表現が何を意味するのかは分からないが、少なくとも直ちに危険を及ぼすような代物ではないと判断できそうだった。

 

「では、コバルトちゃん。あたしが占い師のポジションにつきますので、手筈通りに」

 バナジウムが、パンッと軽く手を叩いて宣言した。

 彼女はテーブルの奥側に回り込み、ソファーに腰を下ろす。

 

「ええ、分かったわ」

 コバルトはこくりと頷き、少しだけ緊張した面持ちで、『月』が置かれたテーブルを挟んでバナジウムの対面に座った。

 かつて彼女自身があの占いブースで占い師の前に座った時と同じ構図だ。

 

 すると、バナジウムはコホンとわざとらしく咳払いを一つし、背中を丸めて老婆のような姿勢を作ると、妙に甲高い、しゃがれた声色を作って話し始めた。

 

「ひ、ひっひっひー! つくよみのやかたへよーこそー!」

 

 それは、占い師を真似したつもりのようだが、いかんせんヘタクソな演技すぎて、ひどく胡散臭い。

 そのあまりにも大仰な演技に、部屋の空気が一瞬にして脱力した。

 

「そこまで真似しなくても……」

 ラピスラズリが、呆れたようにため息をつきながらツッコミを入れる。

 シルヴァレッタも微かに苦笑いを浮かべていた。

 

 だが、バナジウム本人は周りの声を気にせず進行を続ける。

 儀式には形から入ることも重要だと言わんばかりだ。

 

「さー、この月におぬしのねがいをねんじてみよー!」

 再び老婆の真似で促されたコバルトは、小さく息を吸い込み、スッと目を閉じた。

 そして、テーブルの中央に置かれた純白の『月』の上に、両手をそっとかざす。

 バナジウムもまた、コバルトの手を包み込むような形になるよう、反対側から両手をかざした。

 

 部屋の中から、一切の物音が消え失せた。

 

 窓の外から差し込む陽光が、彼女たちの手元を照らし出している。

 コバルトのまつ毛が微かに震え、彼女の強い意志が、指先を通じて『月』へと注ぎ込まれていくのが感じ取れた気がした。

 

 

 数分の間、重く静かな沈黙。

 やがて、コバルトとバナジウムは、まるで示し合わせたかのように同時にパチリと目を開けた。

 

「……どうだった?」

 コバルトが、期待と不安が入り混じった声で問いかける。

 バナジウムは、先ほどまでのふざけたような態度は微塵も見せず、真剣な眼差しでコクンと深く頷いた。

 

「見えました」

 

 その力強い一言に、シルヴァレッタが一歩前に出た。

「何を願ったんだ?」

 

 彼の問いに、コバルトは当然だと言わんばかりに力強く答える。

「もちろん、今の八方塞がりの現状を打破する逆転の手についてよ。……それで、バナジウム。何が見えたの?」

 

 コバルトの催促に対し、バナジウムはゆっくりと姿勢を正し、脳内に浮かんだビジョンを正確に言語化するように語り始めた。

「場所は、かつて拘置所があり、現在では巨大な複合施設となっている場所です」

 

 かつて拘置所だった場所。

 そこは多くの人々が収容され、そして刑が執行されたという暗い歴史を背負った土地だ。

 

 しかし、時代は流れ、現在ではその広大な跡地は再開発され、超高層ビルを中心に水族館やプラネタリウム、ショッピングモールなどがひしめき合う、有数の巨大な商業複合施設へと生まれ変わっている。

 毎日数え切れないほどの若者や家族連れが訪れ、笑顔と活気に満ち溢れるその場所は、かつての暗い影など微塵も感じさせないほどに近代化されている。

 

「拘置所……なぜそんな場所だったところに」

 ラピスラズリが、不吉なものを感じ取ったのか、眉をひそめて尋ねた。

 しかし、バナジウムは頭を横にフルフルと振った。

 

「わかりません……。私の頭の中に、その場所の映像と、そこへ向かえというビジョンが浮かんだだけですので。具体的な理由は不明です」

 そう言いながら、バナジウムは手元のバッグからノートパソコンを取り出し、素早いタイピングで情報の検索を始めた。

 カタカタという乾いたキーボードの音が、静かなリビングに響く。

 

 数十秒後、画面に表示された検索結果を見て、バナジウムの目が鋭く光った。

「……なるほど。現在は、かつてその場所が拘置所だったという歴史を振り返る、期間限定の展示会が開催されているようです。ビジョンが示したタイミングとしては、間違いなくこの展示会が怪しいですね」

 

 彼女の報告に、シルヴァレッタは迷うことなく頷いた。

「行ってみる価値はあると思う。何せ、かつてラピスラズリたちの命を救った実績のある『月』だ。それが示した道筋に、意味がないとは思えない」

 

 彼の決断を後押しするように、コバルトも立ち上がった。

「ええ、私も同感よ。それに、何もせずにただ時間が過ぎるのを待つなんて私の性に合わないわ。行きましょう!」

 

 彼女の瞳には、暗殺者として培われた行動力と、自らの運命を切り拓こうとする強い意志が燃えていた。

 その張り切った様子を見て、空中に浮かんでいたミカタがクルクルと飛び回りながら歓声を上げた。

「わーい、みんなでお出かけだー!」

 

 緊張感などどこ吹く風といった様子の小さな妖精の無邪気な反応に、シルヴァレッタたち四人は思わず顔を見合わせ、微笑ましくその様子を見つめたのだった。

 

 

⬛︎◆▲

 

 翌日。

 灰色の雲が薄く空を覆う、肌寒い気候の中。

 シルヴァレッタとコバルト、そしてミカタの一行は巨大なターミナル駅に降り立っていた。

 

 駅から地下通路を抜け、人の波に逆らうようにして地上へ出ると、目的の巨大複合施設へと続く大通りが現れる。

 休日ということもあり、通りは最新のファッションに身を包んだ若者たちや、キャラクターグッズを抱えたアニメファン、楽しそうに笑い合うカップルたちでごった返していた。

 両脇に立ち並ぶゲームセンターや映画館から漏れ出す電子音と音楽が、街の喧騒をさらに賑やかなものにしている。

 

 しかし、その活気に満ちた街の奥、巨大な高層ビル群の足元へと近づくにつれ、コバルトの表情は次第に険しいものになっていった。

 

「……なんだか、空気が重いわね」

 彼女がポツリと漏らした言葉に、シルヴァレッタも黙って頷く。

 

 物理的な重力とは違う、歴史の澱みのようなものが、この土地の底からジワリと染み出しているような、そんな錯覚。

 どんなにきらびやかな建物で蓋をしようとも、過去にここで流された血と涙の記憶は、完全に消し去ることはできないのかもしれない。

 

 一行は、複合施設の一角に設けられた特設の展示会場へと足を踏み入れた。

 外の喧騒が嘘のように、会場内は静まり返っており、照明は極端に落とされていた。

 BGMはなく、ただ来場者たちの静かな足音だけが低く響いている。

 

 そこは、この土地がかつて拘置所として機能していた時代の歴史を、克明に、そして重々しく振り返る空間だった。

 

 壁一面に引き伸ばされた白黒写真には、高いコンクリートの壁と鉄条網、そしてうつむき加減で歩く囚人たちの姿が収められている。

 ガラスケースの中には、当時の看守が使用していた錆びた鍵の束や、囚人たちが壁に刻み込んだ悲痛なメッセージの拓本などが、スポットライトに照らされて冷たく展示されていた。

 

 さらに奥へ進むと、実際の独房を原寸大で再現したセットが組まれており、その薄暗く狭い空間は見ているだけで息が詰まるような圧迫感を放っていた。

 

 展示は年代順に進み、戦後の混乱期から高度経済成長期に至るまでの、この土地の変遷を辿っていく。

 シルヴァレッタとコバルトは言葉を交わすことなく、ただ黙々とその歴史の重みに触れながら歩を進めた。

 

 

 そして、展示も終盤に差し掛かった頃。

 ふと、周囲の空気が一段と冷たく、そして異様なものに変わった。

 

 そこは、他の展示スペースからは少し隔離されたような、一番奥の薄暗い区画だった。

 入り口のパネルには、赤い文字で生々しくこう記されていた。

 

『50年前の少年テロリスト』

 

 五十年前の事件。

 巨大企業アカシャウスイの工場で働いていたという少年労働者であり、後に世界的テロの実行犯として死刑が執行されたことに関する展示だった。

 

 ブースの中央には、等身大の人形が一体、ポツンと飾られていた。

 ……しかし、その人形には顔がなかった。

 

 傍らに立てられたキャプションボードには、『少年の姿形は、遺族および関係者への配慮により公開されていないため、予想で作られたものです』という注意書きが添えられている。

 

 薄汚れた作業着を着せられたのっぺらぼうの人形は、四方から青白い不気味な照明を当てられ、まるで亡霊のように不気味に浮かび上がっていた。

 

 壁面に展示されているのは、その少年がテロを実行するに至るまでの最後の一年間を振り返る、詳細な年表と記録資料の数々だった。

 

 だが、その展示の内容を読んでいくうちに、ぼくの心の中にじわじわと嫌な感情が湧き上がってきた。

 記述の端々に、少年を嘲笑うかのような、あるいは過剰に貶めるような悪意が孕んでいるのだ。

 

 彼の行いを「知性の欠如からくる必然」と断じ、

 彼が工場で働いていたことを「テロの資金源を稼ぐため」と歪めて解釈している。

 

 さらには、彼の死刑執行を「社会の浄化」と称賛するような、極端に偏った論調の新聞記事のコピーが、これ見よがしに拡大して掲示されていた。

 

 歴史を客観的に伝えるはずの展示会において、この一角だけが明らかに異質だった。

 

 まるで、このブースを設計した人物が、その少年テロリストに対して個人的な、そして底知れぬ深い恨みを抱いており、彼を永遠に歴史の闇の中で晒し者にし続けようとしているかのようだった。

 

「なんか……ここだけ悪趣味ね」

 コバルトが、腕をさすりながら嫌悪感を露わにして呟いた。

「何だか、死者を鞭打って、意図的に晒し者にしているみたい。見ていて気分が悪くなるわ」

「……ああ」

 

 シルヴァレッタも、重々しい声で同意する。

 彼もまた、この空間に充満する歪んだ悪意を感じ取っていたのだろう。

 

 ぼくも全く同じ思いだった。

 歴史の記録という名を借りた、執念深い呪い。

 そんなおぞましい作りにしか見えなかった。

 

 

 その時だった。

「あ、ああぁぁぁぁ!」

 突然、シルヴァレッタの足元で、押し殺したような小さな悲鳴が上がった。

 

 視線を落とすと、今まで大人しくしていた妖精のミカタが、ブルブルと激しく震えだしていたのだ。

 彼の半透明の羽は恐怖に強張り、小さな両手で自分の頭を抱え込むようにして、何か見えない巨大な力に押し潰されそうになっている。

 

「どうしたミカタ!」

 異常事態を察知したシルヴァレッタが、慌ててしゃがみ込み、彼の小さな肩に手を触れた。

 

 その瞬間だった。

 

「〜〜〜〜〜〜!!!」

 ミカタが、鼓膜を突き破るような甲高い絶叫を上げた。

 それと同時に、ミカタの小さな身体から、爆発的な閃光が放たれた。

 

「な、なんだ!?」

「眩しい!」

 

 それは、一般人には視認できないはずの妖精が放った光であるにもかかわらず、展示会場にいた他の来場者たちの目にもハッキリと映ったようだった。

 周囲から悲鳴とどよめきが上がり、人々が目を覆ってうずくまる。

 

 太陽そのものが至近距離で爆発したかのような、純白の、絶対的な光の奔流。

 

 その圧倒的な光の渦に飲み込まれ

 ぼくの視界は

 

 

 ──白に染まった。

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