生きるのに向いてないぼくは地の文になりました   作:あさはかな

87 / 88
愛は安らぎを与える 一

 頭上をモノレールの車両が滑るように通り過ぎていく、巨大なターミナル駅。

 平日にも関わらず多くの人々が行き交い、周囲を取り囲む大型商業施設からは絶えず華やかな喧騒が溢れ出していた。

 

 そんな駅のデッキを抜け、少し人通りの落ち着いた待ち合わせ場所へと向かうと、そこには見知った二人の姿があった。

 マイカと、色の濃いサングラスをかけた長身の男、クロガネだ。

 

 彼らが身を寄せる『迫害同盟』

 その本部機能を持つ施設を訪ねるため、今日ここで落ち合う手筈になっていたのだ。

 

「よーそろー」

 気の抜けたマイカの挨拶に、コバルトが軽く手を挙げて応える。

 その様子を見ていたクロガネが、コバルトの顔元を見て尋ねた。

 

「今日はバンダナをつけていらっしゃらないんですね」

 以前、コバルトはクロガネの恐るべき能力──『至近距離で目を合わせた相手を強制的に深い眠りに落とす』という力を強く警戒し、目隠し代わりのバンダナを巻いて視覚を封じていた。

 

 しかし今の彼女は、素顔のまま、クロガネのサングラスの奥にある視線を真っ直ぐに見返している。

 

「こんな人の多いところじゃ能力は使いづらいでしょ?」

 コバルトは肩をすくめる。

 そして、少しだけバツが悪そうに視線を逸らしてから、静かな、けれど確かな意思の込もった声で言葉を続けた。

 

「それに、シルヴァレッタが信じてるみたいだし、ソラハ三姉妹の事もある。……私も信じてみるわ、アンタの事」 

 彼女の中には、確かにクロガネに対する歩み寄りの精神が芽生えていた。

 

 過酷な虐待から救出された三つ子の少女たち。

 ソラハ三姉妹を安全な施設で保護してくれている彼の手腕と誠意を、コバルトなりに評価したのだろう。

 クロガネは「光栄です」と短く返し、一行を先導するように歩き出した。

 

 駅から少し離れた、喧騒が遠のくエリア。

 オフィスビルや飲食店が混在する通りをしばらく歩き、クロガネはある中層の雑居ビルの前で足を止めた。

 

 一階にはテナントのカフェが入り、上層階には一般的な企業が入居しているごく普通のビルだ。

 その中に『迫害同盟』の本部があるという。

 

「よくこんなとこ借りれたわね」

 コバルトが、ビルの外観を見上げながら率直な疑問を口にした。

 怪しげなオカルト団体や宗教法人が、こんな表通りの真っ当な雑居ビルに堂々と居を構えることなど、そう簡単にできるとは思えなかったからだ。

 

「オーナーさんと親しいそうです。その方は信者ではありませんが、なんでも昔、盟主さまに救ってもらったお礼代わりだそうで」

 クロガネの答えに、ぼくはなるほどと内心で合点がいった。

 

 人を救う。

 それはこの迫害同盟という組織が、ただの怪しい集団ではなく、彼らなりの理と善意を持って活動していることの証左でもあった。

 

 エレベーターに乗り込み、目的の階へと上がる。

 扉が開き、エントランスの清潔なガラス扉を抜けると、そこには期待以上の空間が広がっていた。

 

 息苦しさのない広々としたフロアで、壁際には事務机が数台並んでいる。

 そしてフロアの中央には、大きなラウンドテーブルと、それを取り囲むように座り心地の良さそうなソファが配置されていた。

 奥には子供向けのおもちゃが置かれたスペースもある。

 

 まるで企業の小奇麗な会議室と、温かみのある託児所を融合させたかのような、誰にとっても居心地の良さそうな空間となっていた。

 事務机では数人の職員がパソコンに向かって静かに仕事をしており、カルト教団特有の淀んだ空気や狂信的な匂いは一切感じられない。

 

 すると、デスクの一つで書類に目を通していた女性が顔を上げ、こちらに気づいて微笑みかけてきた。

「皆さん、お早い到着ですネ」

 

 やや片言のアクセントが混じる、流暢な日本語。

 彼女こそが、この迫害同盟のトップである『盟主』だ。

 以前、山奥の保護施設で出会った時はゆったりとした修道服に身を包んでいたが、今日の彼女は全く違っていた。

 

 長い銀髪を後ろでスッキリとまとめ、仕立ての良いシックなスーツを着こなすその姿は、どこからどう見ても有能なキャリアウーマンといった風貌だ。

 不老不死という人外の存在でありながら、こうして現代社会に溶け込んでいる彼女の適応力には、純粋に感心させられる。 

 

「さあ、こちらへどうゾ」

 盟主に案内され、シルヴァレッタ、コバルト、マイカ、クロガネ、そして盟主の五人は、フロア中央のラウンドテーブルの周囲に配置されたソファに腰を下ろした。

 一般人には見えない妖精のミカタは、物珍しそうにフロアの天井付近をフヨフヨと飛び回っている。

 

 座るなり、コバルトは一切の駆け引きを省き、単刀直入に本題を切り出した。

「盟主さん。貴女、オーパーツを所持しているそうね……見せてもらえないかしら」

 

 オーパーツ。

 あり得ない『非常識』をもたらす古代の遺物。

 その直球の要求に対し盟主は気を悪くした様子も見せず、静かにこくりと頷いた。

 

「ええ、構いませんヨ。少しお待ちくださイ」

 彼女は立ち上がり、奥のバックルームへと姿を消した。

 

 

 数分後、彼女が両手で大切そうに抱えて持ってきたのは、一見すると仏具の錫杖のような金属の物体だった。

 

 鈍い光を放つ長い柄の先端には、複雑に絡み合った金属のリングがついており、そこには細長い鳴子のような物体がいくつもぶら下がっている。

 動かすたびに、シャラン、シャランと、どこかこの世のものとは思えないような、澄んだ冷たい音が響いた。

 

「わたくしは『夢見の杖』と呼んでいますワ」

 盟主は、その杖をラウンドテーブルの上にそっと置き、静かな声で説明を始めた。

「夢を見ている相手に、この取手側の先を軽く押し当テ。反対側にある鳴子の部分を握ると、その方の夢が見れるノ」

 

 他人の夢を覗き見るオーパーツ。

 その突拍子もない能力に、コバルトは目を丸くした。

 

「他人の夢を……? そんなもの、何に使うっていうの?」

「悩みを抱える方は本音を打ち明けてくれなかったり、そもそも悩みの正体が何なのか判らずにいる方がとても多いノ。そういった時に重宝しているワ」

 盟主は、聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべて語った。

 

 なるほど。

 このオーパーツの力を使って、言葉にできない深いトラウマや深層心理の苦しみを読み解き、根本的な解決へと導くということなのだろう。

 人の心に寄り添う彼女にとっては、まさしく神器と呼べる代物だ。

 

 コバルトは、テーブルの上の『夢見の杖』をじっと見つめ、意を決したように身を乗り出した。

「私たちに……預けてくれませんか?」

 

 迫り来る敵に対抗するためには、一つでも多くのオーパーツを手元に置いておく必要がある。

 コバルトの要求は、彼女たちの置かれた状況を考えれば当然のものだった。

 

 しかし、盟主はゆっくりと、けれど確固たる意思を持って首を横に振った。

「申し訳ないわ、断らせて頂きまス」

 その声には、謝罪の念が含まれつつも、決して譲れない一線が引かれていた。

「これは、わたくしの仕事に不可欠なもノ。それニ……ディーやウラベとの、友情の証でもあるノ」

 

 ディー。そして、ウラベ。

 ディーは、おそらくダイヤモンドの事だろう。

 

 三年前に裏社会を震撼させた『アルファベット狩り』の実行犯であり、不老不死の人外である金髪の少年、ダイヤモンド。

 そして、我々にとっても因縁のある故人、ウラベキミト。

 

 盟主はその二人と旧知の仲であり、共に歴史の闇を歩んできた存在なのだ。

 この杖はただの便利な道具ではなく、彼女らの絆を形取ったものでもあるのだろう。

 

「そうですか……」

 コバルトは残念そうに眉を下げたが、それ以上無理強いはしなかった。

 相手の背景にある歴史の重さを、彼女なりに察したのだ。

 

 そうして沈黙がテーブルを包みかけた、その時だった。

 

 ずっと黙って話を聞いていたシルヴァレッタが、静かに口を開いた。

「……その杖をここで使わせてもらうのは構わないか?」

 予想外の提案に、コバルトがハッと顔を上げる。

 

 盟主は、少しだけ目を細めてシルヴァレッタを見つめ返した後、ふわりと微笑んだ。

「ええ、それぐらいお安い御用ヨ。でも誰に使うのかしラ?」

 

 その問いを聞いて、シルヴァレッタは自らの頭部──かつてぼくが撃ち抜いた傷跡を塞いでいる銀色──を微かに指先で撫でながら、淡々と答えた。

 

「俺自身だ」

「アンタの……?」

 コバルトが呆気にとられたような声を出す。

 

 シルヴァレッタは静かに頷き、その理由を語り始めた。

「過去、何度かクロガネの能力で眠りについたが、俺はその時見た夢を憶えていない。だが、目覚めた時はいつも、心にぽっかり穴が空いたような、そんな感情を覚えていた。……記憶していないだけで、何かしらの夢を見ていると思われる」

 

 クロガネの『目を合わせた相手を強制的に深い眠りに落とす』能力。

 クロガネの能力によってシルヴァレッタの意識がブラックアウトさせられた時、代わって表層へと浮かび上がり、この肉体の主導権を握るのは『死者の自我』であるぼくだ。

 

 ぼくが表で身体を動かしている間、スリープモードに移行させられたシルヴァレッタの意識は一体どうなっていたか……

 彼が言う「胸が空くような夢」を、その意識の深淵で見続けていたということらしい。

 

「先日、俺は自分が勇者だと自覚した」

 シルヴァレッタは、あの大ちゃんの着ぐるみを着て不老不死のダイヤモンドを撃退した夜の記憶。

 そして妖精ミカタの力によって引き出された、自らの特異な在り方を思い返すように言葉を紡ぐ。

 

「ならばその夢は、それに関する内容である可能性が高い。俺のルーツ、あるいはこの不利な現状を打破するのに、良い判断材料になると思う」

 自らの内に眠る無意識の領域。

 そこに隠された真実を、オーパーツの力で引っ張り出そうというのだ。

 彼らしい、極めて合理的で、そしてリスクを厭わない決断だった。

 

 

 シルヴァレッタの提案を受け、盟主は快く場所を提供してくれた。

 

 一行はラウンドテーブルを離れ、カーテンで仕切られた休憩スペースへと移動する。

 そこには、仮眠用と思われる清潔なベッドが一つ置かれていた。

 

 シルヴァレッタは靴を脱ぎ、静かにベッドの上に横たわる。

 コバルト、マイカ、クロガネ、ミカタ、そして盟主がその周囲を囲むように立つ。

 

「では、能力を使います」

 クロガネが短く告げ、サングラスのフレームに手をかけた。

 シルヴァレッタは一切の躊躇いなく、その目を真っ直ぐに見つめ返した。

 

 サングラスが一瞬だけ外され、クロガネの双眸が露わになる。

 

 その瞬間──

 シルヴァレッタの意識が、まるで電源を落とされた機械のように急速に暗転し、深い底へと沈んでいくのがわかった。

 

 『意思を持つ弾丸』の自我が強制的にスリープモードへと移行する。

 それと同時に、ぼくという『死者の自我』が表層へと引っ張り上げられ、肉体のコントロール権がぼくの手へと移った。

 

「では、杖をシルヴァレッタさんの額に当てまス」

 盟主が静かな、儀式めいたトーンで告げた。

 

「その後、皆さんは鳴子を握ってくださイ。わたくしも夢の中に同行しますので、その後はご案内いたしまス」

 盟主の手によって、『夢見の杖』の取手側の先端が、ぼくの──シルヴァレッタの額にそっと押し当てられた。

 ヒヤリとした、金属特有の冷たい感触が皮膚から骨へと伝わってくる。

 

「……行くわよ」

 コバルトが意を決したように息を吐き、鳴子の一つをしっかりと握りしめた。

 マイカとミカタもそれに続く。

 

 ぼくは、ベッドの上に横たわったまま、ゆっくりと右手を伸ばした。

 

 肉体の主導権はぼくにある。

 ならば、ぼく自身もまた、このオーパーツを介して彼の夢の世界へとダイブすることができるはずだ。

 

 冷たい金属の鳴子を、しっかりと掴む。

 

 

 シャラン……

 ──どこか遠くで、澄んだ鐘の音が響いた

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。