生きるのに向いてないぼくは地の文になりました 作:あさはかな
濛々と立ち込める土煙の向こう側で、巨体の怪物がゆっくりと身をよじった。
地鳴りのような咆哮が、大気をビリビリと震わせる。
アスファルトの道路はまるで脆いビスケットのように砕け散り、地中から這い出たその異形の存在によって、街の輪郭は無惨に削り取られていく。
禍々しいトカゲの形をした巨大な機械生物は街を蹂躙していく。
青白い火花を散らしながら、数十メートルはあろうかという長い尾を振り回す。
その一撃だけで、ガラス張りの高層ビルの中腹がひしゃげ、無数の破片となって地表へと降り注ぐ。
先ほどまでの、あのありふれた家族の団欒や、高校生たちの希望に満ちた会話があった世界とは到底思えない、絶対的な破壊の光景がそこには広がっていた。
半透明の身体で空中にフワフワ浮かんでいるぼくたちは、その圧倒的な暴力のスケールに息を呑んだ。
『な、何よあのデカブツ! あんなのどうしようもないじゃない!』
コバルトが、信じられないものを見るように目を大きく見開き、震える声で叫んだ。
あの巨大な機械生物がもたらす『純粋な死』の質量、暴力の嵐には、誰もが抗えない。
『……間違いありません、ここは過去に人類が滅んだ世界のひとツ。その中でも原点に近い世界でしょウ』
盟主が、混乱するコバルトの横で、冷徹なまでに落ち着いた声で断言した。
その青みがかった瞳は、眼下で崩壊していく街並みを、まるで歴史の教科書の一ページを眺めるかのような俯瞰した視線で捉えている。
ぼくは、ブルブルと震えながら背中に張り付いているマイカの重みを感じながら、盟主の方へと振り向いた。
『それはDOEにいた時の記録から?』
ぼくの問いかけに、盟主は静かにコクリと頷いた。
彼女は、過去所属していた組織が長年かけてかき集めてきた、古代世界の知識の断片を脳内で繋ぎ合わせているようだった。
『かつての世界は、わたくしたちがいま身につけている常識がそのまま、世界の法則そのものでしたタ。科学で証明できることだけが真実であり、超常的な力はファンタジーとして片付けられていた時代でス』
眼下のトカゲ機械がビルを薙ぎ払う。
その様子を視界の端に捉えながら、盟主は淡々と語り続けた。
『この世界にはわたくしのような不老不死、コバルトさんたちのように特殊すぎる才能を持った方、それにミカタちゃんのような可愛らしい妖精はいなかったのでス。人々はただ、重力と寿命という絶対のルールの下、等しく弱く、等しく限りある生を全うしていましタ。……ですが、その壁が取り払われた事態が、全てのキッカケだったのでス』
『取り払われた……っすか?』
ぼくの背中から顔を出したマイカが、怯えたような声で聞き返す。
『はイ』
盟主は、忌まわしい過去の過ちを紐解くように目を細めた。
『とある科学現象を人類は引き起こしてしまいましタ。その現象は、この星が抱えられる許容量を遥かに超える凄まじいエネルギーを放出して、地上に保たれていた物理的な法則、因果のルールを根本から破壊してしまったのでス。それから、世界は非常識がまかり通るようになってしまっタ……』
『とある……って事は、具体的に何が起きたのかはよく分かってないのか?』
ぼくが核心を突こうとすると、盟主は目を閉じて小さく頷いた。
『「回帰光ノア」という名で伝わっていまス。しかし、それが単なる発光だったのか。あるいは隕石の衝突のような爆発や、全く別の物理現象を指しているのかは文献の記録が欠落していて不明でしタ』
回帰光ノア。
その美しい名前に反して、それがもたらした結果は人類の破滅という残酷なものだった。
『さっきまでのギンの家の日常が、その回帰光の前だったとすれば、物理的な大爆発は無さそうかな』
ぼくは、先ほどの居間での穏やかな夕食の風景を思い出しながら推測を口にした。
『もしそれだけのエネルギーの爆発があったなら、あの怪獣が暴れるまでもなく、世界中の街が一瞬でメチャクチャになってるはずだ』
トカゲの機械怪獣は今もなお街を破壊して暴れ回っている。
火の手が上がり、黒煙が空を覆い隠していく。
しかし、展望台の手すりに寄りかかるギンは、その阿鼻叫喚の地獄絵図を見下ろしながらも、決して逃げ出そうとはしなかった。
彼の双眸は眼下の怪獣ではなく、その遥か上空、黒煙のさらに向こう側にある分厚い雲の切れ間をじっと見つめていた。
何かを、あるいは誰かを。
確信を持って待っているかのように。
──そして、それは降りてきた。
『な、なんだぁ!?』
ミカタが文字通り飛び上がって驚いた。
分厚い灰色の雲を突き破り
一条のまばゆい光が
展望台へと降り注いだのだ
それは単なる光線ではなかった。
銀色に輝く無数の光の粒子が、ギンのすぐそばにある広いスペースに、美しい螺旋を描きながら幾重にも積み重なっていく。
シュゥゥゥゥ……!
大気を焼き切るような甲高い音が響き渡る。
螺旋状に降り注ぐ光の奔流は、やがて確固たる質量と輪郭を持ち始めた。
足元、
脚部、胴体、腕、
……そして頭部。
まるで3Dプリンターで超巨大なオブジェクトを出力しているかのように、光の線が編み込まれ、段々と巨大な人の形を形成していく。
数秒の後、光の粒子が完全に定着し、周囲に猛烈な風圧を巻き起こしながら、ソレは姿を現した。
──体高およそ40メートル。
滑らかで流線型の、銀色の装甲に身を包んだ、人型の巨大ロボットだった。
頭部に冠のようにも見えるユニットが装着されている、
その巨大な体躯は、ただそこに存在するだけで周囲の空間を圧倒するような、神々しいまでの威圧感を放っていた。
巨大ロボットは展望台に立つギンの前に、まるで主君に忠誠を誓う騎士のように静かに片膝をついた姿勢で沈黙した。
『うそ……』
『ひ、ひぇぇぇ……』
コバルトとマイカが、その美しさと巨大さに言葉を失っている。
そんな中、片膝をついた巨大ロボットの眼が微かに発光し、大気を震わせるような重低音の意志が響き渡った。
《ギン、人類の慣れ果てと戦う決心がついたか?》
機械的でありながら、どこか深い慈愛と覚悟を秘めたその声。
展望台に吹き荒れる風の中、ギンは静かに、しかし力強くコクリと頷いた。
彼の顔に迷いは見えなかった。その表情は、
──平穏な日常を捨て、世界の終わりに立ち向かう戦士の顔だった。
ギンは、片膝をつく巨大ロボットの胸元に向かって、一気に駆け出していく。
そして、彼は天に向かって、魂の底から絞り出すように叫んだ。
「いくぞ、シルヴァレッタ!」
『シ、シルヴァレッタ!?』
コバルトが悲鳴を上げた。
ミカタも、信じられないとばかりに身体を震わせている。
無理もない。
ぼくたちの知る「シルヴァレッタ」は、ぼくの側頭部に埋め込まれた『意思を持つ銀色の弾丸』であり、今はぼくの肉体を操って生活している、少し抜けたところのある不器用な男のことだ。
それが、過去の世界において、こんな40メートルもの巨体を誇る巨大ロボットだったというのだから、驚くのも無理はない。
驚愕に包まれるぼくたちの目の前で、巨大ロボットの胸部に吸い込まれるように、まばゆい光がギンを包み込んだ。
ギンがその光の中へと消えていき、姿が見えなくなると、シルヴァレッタの双眸に強烈な光が灯った。
《従弾、装填完了》
地鳴りのような駆動音と共に、シルヴァレッタは弾かれるように飛び上がった。
ズゥゥゥゥン!!
展望台のコンクリートが粉々に砕け散り、巨体は重力を完全に無視したかのような速度で空へと舞い上がる。
銀色の流星となったシルヴァレッタは、一直線に、眼下の街で暴れ回るトカゲの機械生物へと向かって突撃していく。
『……話がややこしくなってきた!』
ぼくは、あまりの情報の奔流に頭を抱えながら叫んだ。
日常の風景から一転して、世界の崩壊。
突然の巨大ロボットの降臨。
そして、その名前がシルヴァレッタであるという事実。
処理しなければならない情報が多すぎる。
『どうしたの!? ややこしいって何がよ!』
隣をフワフワ飛びながら、コバルトが焦ったように尋ねてくる。
『多分、すぐにわかる。……前提が覆るぞ!』
ぼくは、空を切り裂いて怪獣へと迫るシルヴァレッタの背中を指差しながら答えた。
街の中央、高層ビルの残骸の中で暴れ回るトカゲ機械の頭上へと、シルヴァレッタが到達した。
シルヴァレッタは空中で身を翻し、右脚に全推進力を集中させ、そして流星のごとき速度で急降下を仕掛ける。
ズドォォォォォォンッ!!!
すさまじい衝撃波が街を吹き抜けた。
シルヴァレッタの放った必殺のキックが、トカゲ機械の背中の装甲を易々と貫き、そのまま強引に巨体を押しつぶしたのだ。
金属がひしゃげる不快な音が響き渡り、トカゲ機械の長大な胴体は、見事に真っ二つに両断された。
ドロドロとした黒い体液を撒き散らしながら、トカゲ機械の上半身と下半身が別々の方向へと吹き飛び、ビルに激突して瓦礫の山に埋もれる。
『『やった!』』
マイカとミカタが共に手を叩いて歓声を上げた。
──しかし、ぼくの視界に映る現実は、そんな甘いものではなかった。
『……クソ、やっぱりそうなるのか!』
ぼくが声を張り上げると同時に、瓦礫に埋もれていたトカゲ機械の上半身が、不気味な音を立てて蠢き始めた。
ウニョウニョ、グチャグチャ。
それは、金属の装甲であるはずなのに、まるで生きた粘菌かアメーバのように不定形に波打ち、切断面から新たな金属の骨格と筋肉を編み上げるようにして、失われた下半身を猛烈な速度で再生させ始めたのだ。
『……そんな、今のって!』
コバルトが、信じられないものを見るように驚愕の声を上げた。
彼女の脳裏にも、ぼくと同じ光景がフラッシュバックしていたに違いない。
あの、トカゲ機械が外装を蠢かせて瞬時に欠損を修復するモーション。
それは先日、妖精のミカタがシルヴァレッタ(ぼくの身体に宿る彼の方だ)にエネルギーを分け与えた時、彼が頭の銀色の傷口からツノを生やした時のモーションと酷似していたのだ。
──シナバーが映画の脚本の裏設定としてかつて語った、
「パストの外装は、本来は万能細胞の代用品として開発された金属みたいなんだ」
という言葉。
意思を持ち、
自己修復し、
細胞の代わりとなって形を変える金属。
つまり、ぼくらの知る知識「万能細胞の代わりにもなる金属」は、今まさに目の前で街を破壊している「あのトカゲの敵の特性」と一致してしまっている。
『ロボのシルヴァレッタは、さっきギンが搭乗する前に言っていた。アレは「人類の慣れ果て」だと』
ぼくの絞り出すような声に、コバルトや盟主たちが息を呑む音が聞こえた。
『あのトカゲのバケモノは、滅びゆく世界で環境に適応しようとしたか、あるいは何らかの兵器によって変異してしまった「人類」の成れの果ての姿なんだ。……つまり』
ぼくは、再び立ち上がり咆哮を上げるトカゲ機械と、それに対峙して構えを取る白銀の巨人・シルヴァレッタを見比べながら、震える声で断言した。
『ロボのシルヴァレッタは、人類の守護者じゃない……。人類と戦うための存在だ!』