マロンちゃんはとっても可愛い 作:まわり
面倒な魔術理論の講義も終わり、私は帰路につく。学園は秀才だの、流石は公爵の娘だのと、私を肩書きばかりで見る輩ばかりで嫌になる。まぁ、秀才は事実かもしれないが、少し羨望の眼差しが強すぎる。ずっと監視されているようなものだ。まるでリラックスできない。
寮生活なのも相まって半年程全く気が抜けなかった。だが、今日は夏季休暇前の最後の授業。久方ぶりに自宅に帰ることができる。
無論家でもあまり羽を伸ばすことはできない。公爵令嬢として、いついかなる時も、淑女であらねばならないのだ。
しかし、それも人前に限ったこと。私はペットであり、妹同然であるマロンとの再会に心躍らせていた。
「ただいま帰りました」
重厚な扉が開くと、大勢のメイドと執事、そしてお父様とお母様が出迎えていた。
マロンの姿を探していると、お父様が苦笑する。
「元気そうで何より……マロンは二階にいるよ。もう少し私達との再会も喜んで貰いたいものだがね」
「あっ、いえ、そういうわけでは……」
「はっはっは。いや、いいとも。学園での話はまた夕食のときにでも聞こう。行っておいで」
「……はいっ、ありがとうございます」
一礼を返し、お父様の横を通り過ぎる。皆に姿が見えなくなると小さく駆けた。
駆け足は次第に大きくなり、野原を駆ける子どものように、廊下を駆けた。
自室の扉が見える。私は勢いそのままに扉を開いた。
「ただいまっ!」
扉を開く姿勢のまま両手を広げていると、すぐさま大きな影が飛び込んできた。
ふわりと香るマロン特有の匂いが鼻をつく。栗色のさらさらとした髪が頬を撫でた。
「はっ、はっ、はっ!」
マロンは舌をだらりと垂らし、嬉しそうに息を弾ませていた。尻尾は千切れそうなほど振られ、喜色満面の笑みで見つめてくる。
「よーしよしよしよし! マロンいい子だねー! あー可愛い! 可愛い可愛いん──っ!」
マロン鼻先を何度も押しつけてくる。笑いながらしゃがみ込むと、待っていた時間を取り戻すように、顔を舐め、手を舐め、もう一度顔を舐めた。
「まってまって、わかった、わかったから」
けれど、止める気にはなれなかった。久しぶりだった。
半年ぶりにこうして毛並みに触れると、離れていた時間がひどく長かったように思える。
「寂しかった?」
マロンは答えない。
ただ、主人の膝に前足を乗せたまま、じっと顔を見上げている。
その目を見ているうちに、胸の奥が熱くなった。
「……私もだよ」
マロンの頭を撫でる。
いつもの匂い。いつもの温かさ。いつもの重さ。
帰ってきたのだと、ようやく実感した。
「今日は一緒にいようねっ」
そう言うと、マロンはまるで言葉の意味が分かったかのように、嬉しそうに一度だけ「わん!」と鳴いた。
私は飾らぬ笑みを浮かべながらマロンを抱きしめる。
腕の中で、尻尾がいつまでも床を叩いていた。
久しぶりの「ただいま」は、ずっと待っていた「おかえり」に包まれていた。
マロンと戯れていると、いつの間にか夕食の時間が迫っていた。
ドッグフードの袋を開けるとかすかに音がした。
その瞬間、疲れてソファで丸くなっていたマロンの耳がぴんと立った。
「ごはんだよ」
するとマロンは、さっきまでの眠そうな顔が嘘のように起き上がっていた。
とことことやってきて、私の足元にぴたりと座る。
「まだだよ。今準備してるから」
そう言われても、マロンは動かない。
むしろ尻尾だけが、床をぱたぱたと叩き始めた。
器にフードを入れる。
カラカラ、という音がする。
マロンの目が輝いた。
「そんなに見ても、まだだからね」
さつまいも味の知能退化薬と、成長阻害薬を混ぜ込む。マロンはご飯と一緒じゃないとお薬を食べてくれない。そんなところも愛おしい。
器を持ち上げる。
するとマロンは、器の動きに合わせて右へ左へついてくる。
「はいはい。ちゃんとあげるから」
床に器を置く。
待ちきれないマロンが、一歩前へ出る。
「待て」
ぴたり。
体は止まった。
けれど、尻尾は止まらない。
目は器に釘付けで、口元にはうっすらよだれまで浮かんでいる。
「よし」
その一言で、マロンは器に顔を突っ込んだ。
カリッ、カリッ、カリッ。
夢中で食べる音が部屋に響く。
「そんなに急がなくても、ご飯は逃げないよ」
私は微笑みながら一生懸命ご飯を食べるマロンを見つめた。マロンは昔から食いしん坊で、本当に噛んで食べているか怪しい速度でご飯を食べる。
心配になって器に凹凸をつけて食べにくいようにしたこともあったっけ。全く意味がなくて、洗うのが少し面倒になっただけだからすぐに戻したけれど。
最後の一粒まできれいに食べ終えると、器をぺろぺろ舐めながら、満足そうに尻尾を振った。
「おいしかった?」
マロンは答えない。
ただ、今度は足元に座って、じっと見上げている。
「……まだ欲しいの?」
尻尾が、ぱたん。
もう一度、ぱたん。
「だめ。今日はおしまい」
するとマロンは、いかにも残念そうにため息をついた。
けれどその顔には、ご飯を食べた幸せが隠しきれずに残っていた。
「じゃあ、私もご飯食べてくるから、ちょっと待っててね」
マロンの頭をさっと撫でると、私は部屋を後にした。
Tips: 獣人族は、貴族たちの間で非常に人気の高いペットとして知られている。普通の犬や猫といった動物とは違い、長い寿命を持つため、生涯にわたって共に暮らすことができるからだ。
ただし、獣人族を飼うには特別な薬を定期的に投与することが義務付けられている。その薬は非常に高価なため、獣人族は庶民にとってはあまり馴染みのない存在でもあった。