トレセン学園 学園祭。
チームで出し物や出店をしたり、夢の対決を眺められる模擬レースが開催されたりする、市民も入場可のお祭り。
30℃を超えているだろう炎天下の中、灼熱のテントでメジロライアンはひたすら焼きそばを焼いている。眼前の行列は絶えることなく、鉄板で焼いては受付のアイネスに渡すという流れ作業の繰り返し。いったい今日1日で何個作っただろうか。
ひたすらヘラを動かしていると、後ろからテントを開ける音が聞こえた。
「ライアン先輩ー。シフト交代の時間でーす」
「おっけー。ちょっと待ってて、鉄板に乗ってる分焼いちゃうから」
チームメイトの可愛い後輩、ウオッカの言葉で少しやる気を出し、今日イチのヘラさばきで焼きそばを焼き上げる。そして、後ろで心配なほど大量の汗をかいているウオッカにヘラを手渡す。汗っかきの自分より濡れているとかなり心配だ。
「汗大丈夫?良かったら使って」
バッグの中から制汗剤を取り出し、彼女に手渡す。
「ありがとうございます!」
「それじゃ、2人とも頑張って!」
設営テントの隅っこでいそいそと受け取った制汗剤を塗っているウオッカを尻目に、熱の篭ったテントを出る。
自由の身になったとはいえ、アイネスはまだシフト中だし、何をしようか。このまま外にいても暑いのでとりあえず屋内を目指すことにした。
「ライアーン!!」
歩いていると後ろから声が聞こえた。その方を見ると、教職員用テントの中からこちらに手を振るトレーナーさんがいる。駆け寄って行くと、労いの言葉と共に小サイズの水をくれた。干からびた体に水分を流し込んでいると、トレーナーさんが話しかけて来た。
「ライアンってこのあと暇?」
「はい!実は、何をしようか迷っていたところです」
トレーナーさんはニヤッと笑い、接近してこちらを見上げる。
「じゃあ、一緒にお化け屋敷行かない?」
「ま、まあいいですけど......」
あんまり怖いのは得意じゃないけど、トレーナーさんからの誘いだし、今日ぐらいはいいだろう。所詮、学生がやるお化け屋敷なんてそこまで怖くないだろうし、せっかく2人きりになれるチャンスだから。
**********
「寒っ」
全身に悪寒が走り、身震いする。
高等部1年の教室がずらっとならんでいる廊下、その最奥にはおぞましい雰囲気の教室があった。他の教室は陽の光を取り込んで眩く光っているのに対し、そこは深い闇に隠れ、まるで周囲の光を飲み込んでいるかのようだった。
近づくにつれて全身の毛が逆立ち、足以外の筋肉が硬直する。半分金縛りのような状態で、暗黒に入るのを本能が拒んでいるのがわかる。隣のトレーナーさんはというと、こちらの左腕にしがみついて足を引きずるように歩いていた。
「自分から誘ってきたのに、怖いの苦手だったんですね」
「ライアンと一緒なら大丈夫だと思って......」
頼りにされてるのは嬉しいけど、自分だって怖いものが得意なわけではない。
「どうします?今なら引き返せますよ」
「いや......、ここまで来て戻る訳にはいかない!」
どうやらトレーナーさんは、好奇心に敗北したようだ。こうなったら自分だって腹をくくるしかない。止まっていた足を再度前へ踏み出す。
「まあ何かあったら、ライアンが筋肉で追い払ってくれるし」
「いや、筋肉はお化けを祓うものじゃないですから!」
**********
教室の前にはひとつの机が置いてあり、「受付」と書かれた紙が置いてあった。そして、そこには桃色の髪をした可愛らしいウマ娘が座っていた。
「すいませーん。2人入れますか?」
「2人ですねー。どうぞ」
手際よく処理を済ませ、端的にお化け屋敷の説明をしてくれた。
中には4つの直線があり、一方通行で引き返しては行けない。電子機器の使用は禁止。などなど。
ベテラン営業マンのようなわかりやすい説明とスピードで、ライアンは心の準備が出来ないまま彼女に背中を押された。
「それでは、行ってらっしゃーい!」
調子が狂う明るい声に背中を押されながら、混沌に足を踏み入れる。
「怖い......」
部屋の中は真っ暗で、ふとした拍子に離れ離れになりそうだ。
「トレーナーさん、手を離さないようにしましょう」
「......うん......」
自分が半身前に出るようにして、前進していく。以外にも最初の直線は何も起こらず、気が抜けそうになりながら折り返しを曲がる。
バァン!!
「きゃああああ!」
窓の外から、白目のない血まみれのウマ娘が突如ガラスを叩いた。完全に油断していたライアンは、乙女のような高い悲鳴をあげてしまった。
「トレーナーさん、大丈夫ですか?」
「......」
返事は無い 。怖くて声が出せないのだろうか。左手には依然トレーナーさんの感覚があるので、多分大丈夫だろう。
「ひっ!」
2つ目の直線を進んでいると、突然液体が首にかかった。
上を見あげると、精巧に作られた死体から液体が滴っている。触ってみると、体温のように生暖かく、生理的な気持ち悪さに襲われた。
「トレーナーさん、上に気をつけてください」
「......うん」
生気が感じられないような力無い返事だったけど、まだ腕に感覚があるから大丈夫だ。なんとか恐怖に耐えている。
その後も地を這うお化けに足首を掴まれたり、ロッカーから飛び出す怪異にハグされたりしながら、出口にたどり着いた。
「はぁ......はぁ......。トレーナーさん、やっと出口ですよ!」
「......」
相変わらず返事は無い。と思ったら、急に腕の感覚も消えた。もしかしたら、怖くて失神したのかもしれない。
「トレーナーさん!大丈夫ですか!?」
振り返ると、そこにトレーナーさんの姿は無く、ウマ娘の形をした黒い影が佇んでいた。血の気が引くのを感じながら、ゆっくりと後ずさる。ふと視界に違和感を覚え、目線を下に落とした。
「っ......!」
そのウマ娘の右足だけ影はなく、奥のロッカーが見えている。恐る恐る視線を上げると、それはニヤリと不敵に笑った。
「うわあああ!」
ライアンは生理的な嫌悪感と恐怖に耐えられず、トレーナーのことを忘れて、一心不乱に光指す方に飛び込んだ。
「おかえりなさい......」
頭上から声がする。その方を見ると、マンハッタンカフェさんがこちらを見下ろしていた。後ろにはトレーナーさんもいる。
「楽しんでいただけましたか?」
悲鳴が聞けたからか満足そうなカフェさんは尻尾を揺らしている。そして、その尻尾はトレーナーさんの足にぺしぺし当たっていた。
「どうしてトレーナーさんは外に......?」
「貴方のトレーナーさんは入ってすぐ倒れたので、途中で回収しました」
「えっ、じゃあさっきまで一緒に居たのは......」
「さあ......誰でしょうね......」
ニヤリと笑うカフェさんの表情は、さっきの影にそっくりだった。
**********
「ふぅー、やっと終わったー」
額の汗を拭い、やり切ったという表情でアイネスは背伸びをした。ライアンが交代した後も、耐えない行列と激闘していたが、その波がやっと一区切りついたのだ。
「お疲れ様っすー」
「お疲れなのー」
ウオッカもまた、ラッシュを捌ききって疲弊しているようだった。少しは収まったようだが、まだ結構な量の汗をかいている。
そういえば、交代直後の滝のような汗はなんだったんだろうか。
「さっき、凄い汗かいてたけど大丈夫?」
「いやー、スカーレットの奴に連れられてお化け屋敷に行ったんすけど、めっちゃ怖くて」
「へぇー、あたしも気になるなぁー」
「お、俺はもう行きたくないっす......」
「ちぇっ」
さりげなくアピールしていたが、振られてしまったようだ。仕方がないので、ライアンを探して巻き込むことに決めた。
「アイネス先輩、交代の時間でーす」
「おっけー、じゃ、頑張ってね」
テントに入ってきた交代のウマ娘に挨拶を交わし、アイネスは嬉々としてテントを後にした。
ライアンにはさらなる悲劇が待っているのであった。
お読みいただきありがとうございます。
筆者のうぐいすまるです。私は一応pixivにも生息してます。