―――胡蝶姉妹についていくこと数時間、辿り着いたのは立派な作りの屋敷だった。
カナエ「ようこそ、蝶屋敷へ。」
バージル「これは…立派なものだな。ここにお前たちふたりだけしか住んでいないのか?」
しのぶ「はい、ですが任務で負傷した隊員たちの治療や機能回復訓練、身寄りのない子どもたちを引き取って共に生活する予定です。」
カナエ「では私はお風呂の準備を、しのぶはバージルさんの衣類を洗濯して。」
しのぶ「着替えを用意しますのでとりあえずそれに着替えてください。」
バージル「わかった、世話になる。」
それから俺が身に纏っていた衣類一式全て洗濯してもらい、丁寧に全身を洗ってから湯船に浸かった。着替え…現代のトランクスに似たような下着が用意されていたので遠慮なく履かせてもらった。そして浴衣を纏う。
バージル「いい湯だった。礼を言う。」
カナエ「どういたしまして。簡単にですけど晩御飯も用意しました。食べます?」
バージル「いただこう。」
白米に味噌汁、漬物、焼き魚を食べた。
カナエ「お箸の使い方、上手ですね。日本で生活していたんですか?」
バージル「一時期、滞在していた。その時に使い方は学んだ。美味かった、礼を言う。」
カナエ「ふふっ、どういたしまして。ではこちらへどうぞ。」
カナエについていく。どうやら空き部屋らしい。布団が敷かれていた。
カナエ「眠くなったらそのまま眠っていただいて結構ですよ。朝食の時間になったら起こしに来ます。」
バージル「すまんな。」
カナエ「では、おやすみなさい。」
ひとり、布団に入り寝転がる。布団で眠るなど何年、いや三十何年ぶりだろうか。そんなことを考えていると眠くなってきた。睡魔に身を委ねて眠りについた。
目が覚める、体が重い。ゆっくり起き上がって体を解す。解しに解しまくった。ようやくまともに動けるようになった。部屋を出る。
「「バージルさん⁉」」
姉妹の驚いたような声が屋敷に響き渡る。
バージル「どうした、カナエ、しのぶ?」
カナエ「『どうした』じゃないでしょ⁉ 1か月も眠りっ放しだったんですよ⁉」
しのぶ「そうですよ⁉ そのまま死んじゃうんじゃないかってずっと心配してたんですよ⁉」
バージル「1か月…だと…⁉」
カナエ「体調に異常はありませんか⁉」
バージル「ああ…俺の親父は少々特別でな。1か月程度飲み食いせんでも平気だ。」
しのぶ「確か悪魔…でしたよね。余程凄かったんでしょうね。」
バージル「そうらしいな。」
カナエ「……あっ⁉ そうだった⁉ 刀鍛冶様が『日輪刀を届けに来たから叩き起こせ⁉』って言われたんでした⁉ 動けますか⁉」
バージル「大丈夫だ。案内してくれ。」
ふたりに付いていくまま玄関の外に出た。ひょっとこ面の妙な男が息を荒げて待っていた。
「はあ…⁉ はあ…⁉ お前がこの日本刀の持ち主か…⁉ 苦労させやがって…⁉ こんなに見事な一振りを模倣するのにとてつもなく苦労したぞ…⁉ 受け取れ⁉ ついでにこっちが本物だ⁉」
先に渡されたのが日輪刀で後に渡されたのが閻魔刀だった。見た限りではまるでそのままコピーしたかの如く精巧に作られていた。だが魔力反応でどちらかはわかる。
「抜いてみろ⁉」
日輪刀を抜く。握った感触も刀身もまるで閻魔刀そのものだった。魔力を込める。刀身が紫色に光る。
「おお⁉」
男が驚く。少し離れる。試し振りをすることにした。深呼吸して精神を研ぎ澄ませる。腰を落としてして高速の居合…『次元斬』を試す。空間を斬り裂く感触。前方に斬撃が発生する。3連続で試した。どれも同じように前方に斬撃が発生した。
カナエ「えっ⁉ えっ⁉ 今何したの⁉ バージルさんが刀を抜いたのはわかるけど…見えた? しのぶ⁉」
しのぶ「見えなかった…⁉ それに離れたところに斬撃が発生して…凄い…⁉」
それから閻魔刀連斬・壱から参まで、閻魔刀飛翔斬・壱と弐、斬り上げからの素早い斬り下ろしのラッシュ、疾走居合、羅閃天翔からの閻魔刀墜撃斬、時空裂閃、ついでに次元斬・絶も披露した。
「おおお…⁉ 俺は感動した…⁉ お前のような凄腕の剣士に日輪刀を作ることが出来て誇りに思う…⁉ ありがとう…⁉ 俺は嬉しい…⁉ その刀の銘を教えてくれ…⁉」
バージル「閻魔刀だ。閻魔の刀と書いて『やまと』と呼ぶ。お前の名も教えてくれ。」
「鋼鐵塚蛍という…⁉ お前の名も教えてくれ…⁉ 西洋の剣士よ…⁉」
バージル「バージルだ。姓は無い。とにかく…見事なものだ。礼を言う。」
鋼鐵塚「もし…もしもだ…⁉ その日輪刀が折れたら俺に任せてくれ…⁉」
バージル「刀が折れるということは敗北も同然だ。だから俺は負けん。これを作ってくれたお前の名誉のためにもな。約束する。」
鋼鐵塚「ありがとう…⁉ ありがとう…⁉」
片手を差し出す。肌の荒れた手で握り返す。相当苦労したのだろう。鋼鐵塚は涙を流しながら去って行った。
バージル「それにしても…驚いた。この刀は悪魔である親父が作ったものだ。悪魔が作った物を人間が再現するとは…あの男、相当な腕前だぞ。」
カナエ「私も驚きましたよ⁉ 物凄い身のこなしと剣捌きで…⁉ 初めて会った時の腕試しは相当手加減してくださったんですね⁉」
バージル「それはそうだ。初対面の女ふたりを斬り殺すほど非情ではない。今はな。」
しのぶ「えっ⁉ それって…⁉」
バージル「……昔の話だ。今の俺は違う、そういうことだ。」
しのぶ「ならいいですけど…。」
バージル「ところで…束を強く握ると刀身が赤く染まるのだが、これも日輪刀の特徴なのか?」
カナエ「えっ⁉ ちょ⁉ ちょっとやって見せてもらっていいですか⁉」
束が壊れない程度に強く握る。刀身が火のように赤く染まる。
しのぶ「本当だ…⁉ 熱っ⁉ 何ですかこれ⁉ 燃えるように熱いですよ⁉」
バージル「試し振りしている最中にこうなったのだが…どうやら体温の上昇と共に超人的な握力で握るとこうなるらしい。そういえば俺の任務はどうなっているんだ?」
しのぶ「何度かグリフォンくんが来ましたけど代わりに私と姉さんで片付けましたよ⁉ さっき鎹鴉でバージルさんが目覚めたとお館様に報告しましたからいずれ任務が伝えられると思います⁉」
バージル「そうか…世話を懸けたな。すまなかった。」
しのぶ「どういたしまして⁉」
しばらくするとグリフォンがやってきた。
グリフォン「よおー! バージルちゃん! ようやくお目覚めのようだな! 待ちくたびれちまったぜ! 今日から初任務だ! 準備はいいか?」
バージル「いつでもいいぞ。では…試し斬りも兼ねて行ってくる。」
「「いってらっしゃい。」」
グリフォンにひたすらついていき走りまくる。やがてあの高名な富士山の樹海に辿り着いた。もう日が沈んでいた。
グリフォン「ここから先は鬼どもが潜んでいる洞窟があちこちにあるから鬼狩りにはもってこいの場所だぜ! 思いっきり暴れてやんな! あばよ!」
グリフォンの言う通りだった。俺の血肉を求めてワラワラと集まってくる。
「稀血だ…⁉ 稀血の匂いだ…⁉」
「俺のもんだ…⁉」
「俺が先だ…⁉」
とりあえず通常の日輪刀で戦ってみた。飛び掛かってくる鬼共を片っ端から斬る。頸は敢えて斬らなかった。達磨にされた鬼どもが再生を終えて再び飛び掛かってくる。今度は握力を強めて赤く染めた。片っ端から斬る。面白いように斬れる。頸は斬らない。達磨にする。鬼どもが苦痛の悲鳴を上げる。待っても腕と脚が再生しない。試したいことは終わった。素早く踏み込んで順番に頸を斬り落とした。更に奥へ奥へ進む。鬼どもに囲まれる。神経を研ぎ澄ます。攻撃を避けながら的確に頸を斬り落とす。気配が消える。一帯の鬼どもは一掃したようだ。グリフォンが降りてくる。
バージル「任務は終わりか?」
グリフォン「おう! ざっと40体は片付けたぜ! 俺はお館様に報告だ! あばよ!」
グリフォンが飛び立つのを確認して蝶屋敷をイメージして空間を斬り裂く。空間の向こう側に蝶屋敷が見える。安心して空間をくぐった。
「「バージルさん⁉」」
バージル「ついさっき任務が終わった。任務地は富士の樹海だそうだ。40体ほど斬ってわかったことがある。刀身を赤く染めると威力の上昇、鬼どもの再生能力の阻害、激痛を与えることが出来ると言ったところだな。」
カナエ「えっ⁉ そんな効果が…⁉ お館様に報告します⁉」
しのぶ「でもどうしてバージルさんの日輪刀だけがそんな状態に…⁉ 私たちがいくら頑張っても無理だったのに…⁉」
バージル「さあな。俺は半分悪魔だから超人的な握力でそうなったのかもしれん。鬼狩りの歴史にも残されていないのか?」
カナエ「お館様は何も仰らなかったので何とも言えません。」
バージル「それより…お前たち、特殊な呼吸をしているな。常人を超えた身体能力の秘訣はそれか?」
カナエ「ええ…『全集中の呼吸』といって並外れて増強させた心肺により、一度に大量の酸素を血中に取り込む事で、血管や筋肉を強化・熱化させて瞬間的に身体能力を大幅に上昇させる特殊な呼吸術です。更に『全集中・常中』という睡眠時を含む四六時中全集中の呼吸を維持し続けることで身体活性化させることも出来ます。」
バージル「俺にも出来るのか?」
しのぶ「バージルさんは既に超人的な身体能力に特殊な剣術を会得しているので、基本となる呼吸の流派の炎・水・風・岩・雷の五系統及びそこから派生する呼吸法のどれにも当てはまらない可能性はあります。ですが試す価値はあると思います。今日はもう遅いので明日から訓練してみましょう。」
一夜明けて庭に出て木製の瓢箪を渡される。
しのぶ「これに思いっきり息を吹き込んでください。」
言われた通りにする。瓢箪が砕ける。
しのぶ「流石ですね。では次に…これに息を吹き込んでください。」
そう言って子供くらいのサイズはある大型の瓢箪を用意された。思いっきり息を吹き込む。これも メキメキと音を立てて砕けた。
しのぶ「……予想はしていましたが肺活量に関しては合格ですね。」
その後、柔軟訓練、しのぶ相手の瞬発力訓練も容易にこなした。
しのぶ「うーん…もう教えることがなくなっちゃいましたね…。とりあえず常に規則正しい間隔で呼吸をするよう意識して…その内無意識に出来るようになるまで繰り返してください。」
バージル「わかった。ハアアアアアアァァァァァ……。こんな感じでいいか?」
しのぶ「いいですね! それを忘れずにずっとずっと繰り返してください!」
バージル「わかった。礼を言う。」
それから日輪刀の素振りに時間を費やした。呼吸を一定のリズムで行うことも忘れなかった。酸素が体の隅々まで行きわたるような…力が漲る感覚。閻魔刀のスキルの確認のために何度も素振りを繰り返す。気づけばかつてムンドゥスに敗北する以前の魔人化と同じ程度まで人間の姿で動き続けられるようになっていた。
「昨日の動きも凄かったですが、まるで別人のようですね。驚かされてばかりです。」
バージル「カナエか…。しのぶに言われた通りに呼吸を意識して動いてみた。力が漲る感覚がする。」
カナエ「今も呼吸は出来ていますよ。」
バージル「無意識に出来るようになるまでやれと言われたので出来るようになるまでやるだけだ。」
カナエ「睡眠時も忘れないでくださいね。」
バージル「体に染み込ませる他にあるまい。」
カナエ「その調子です! 頑張ってください!」
カナエの励ましもあってより一層鍛錬に取り組んだ。次第に敵と相対して集中力が増すことで閻魔刀の剣圧、威力が上がり、魔力を溜めた直後に次元斬を放つと威力が増す現象、あれが呼吸を繰り返す内に日輪刀でも任意で自然に発生するようになり、疾走居合も連続で絶え間なく出来るようにも、ノーモーションで次元斬・絶を放てるようにもなった。魔力を消費した様子もない。我ながら嬉しい発見だった。
無意識に呼吸を出来るようになるまで己を高めた。同時に任務にも勤しんだ。東京府内、府外を問わず駆け巡った。鬼を狩りまくった。いつの間にか階級も上がっていった。その内、妙な鬼に遭遇した。
「最近、妙な西洋風の鬼狩りが暴れ回っていると聞いた。だから俺が殺しに来た。」
瞳に『下陸』と刻まれている。
バージル「伍から壱はどうした? ひとりで来るとは舐められたものだ。」
「必要ない。お前こそ俺を舐めるなよ。 カアァッ!」
唾、いや痰か。口を開けると同時に飛ばしてきた。念のために鞘で受け止めた。やたらと粘度が高い。へばりついたまま垂れ落ちる様子が全くない。触らないようにした。また痰を飛ばす。身を屈めて避けつつ疾走居合を放つ。すれ違いざまに3回頸を斬った。頭が落ちる。
「馬鹿…な…⁉ この…俺が…⁉ こんなに…あっさり…⁉」
バージル「だから言っただろうが。後悔しながら死ね。」
塵となって消える。痰も消えた。
グリフォン「バージルちゃん下弦の陸討伐!」
バージル「何だそれは?」
グリフォン「何だよ知らねーのかよ! 十二鬼月っつって上弦と下弦に6人ずついんだよ! そんでこいつは十二鬼月の一番下っ端ってわけさ! 俺はお館様に報告するぜ! あばよ!」
どうやら鬼の精鋭たちに目を付けられたようだ。強敵が現れることを期待して俺の胸は高鳴った。