―――秋に入った。新たな柱が生まれた。名を不死川実弥、風柱だと聞いた。初対面の印象は…最悪に近いと言ってもいいだろう。奴ににとってはだが。
不死川「なんだァてめえ? 鬼に似た臭ぇ匂いが漂ってしょうがねえぜェ。 何だっててめえみてえな野郎なんかが柱にいやがるんだァ?」
バージル「奴ら如きと一緒にするな。」
そう告げてボディブローを叩きこんだ。不死川が吐瀉物をまき散らして蹲る。お館様がおなりになったので不死川の髪を掴んで引きずって縁側まで運び跪かせる。
耀哉「君が不死川実弥だね。苦しんでいるようだけどどうしたのかな?」
バージル「俺を鬼と同族と見なしたので腹に1発叩き込みました。庭を汚してしまい申し訳ございません。」
耀哉「そうか…だがどうか君の顔に免じて許してあげてほしい。」
バージル「はい…かしこまりました。」
不死川が勢いよく立ち上がる。
不死川「いい御身分だなァ、おいテメェ、産屋敷様よォ。」
一気に場の雰囲気が険悪になる、俺も含めてだが。
悲鳴嶼「不死川…口の利き方というものが、わからないようだな…。」
悲鳴嶼から怒りが伝わってくる。俺も日輪刀の束を握っている。
耀哉「いいんだよ行冥。言わせてあげておくれ。私は構わないよ。」
カナエ「ですが…お館様…。」
耀哉「大丈夫だよカナエ。」
不死川「白々しいんだよォ鼻につく演技だぜ、隊員のことなんざァ使い捨ての駒としか思ってねェくせに。アンタ武術も何も齧ってねェだろォ。見れば一発でわかる。そんな奴が鬼殺隊の頭だとォ? 虫唾が走るぜェ、ふざけんじゃねえよ‼」
耀哉「ごめんね。」
不死川が黙り込む。沈黙が続く。
耀哉「刀は振ってみたけれどすぐに脈が狂って十回もできなかった。叶うことなら私も君たちのように体一つで人の命を守れる強い剣士になりたかった。けれど、どうしてもできなかったんだ。つらいことばかり君たちにさせてごめんね。」
不死川の沈黙は続く。
耀哉「君たちが捨て駒だとするならば私も同じく捨て駒だ。鬼殺隊を動かす駒の一つに過ぎない。私が死んでも何も変わらない。私の代わりは既にいる。実弥は柱合会議に来たのが初めてだから勘違いしてしまったのだと思うけれども私は偉くも何ともないんだよ。皆が善意でそれその如く扱ってくれているだけなんだ。嫌だったら同じようにしなくていいんだよ。それに拘るよりも実弥は柱として人の命を守っておくれ。それだけが私の願いだよ。匡近が死んで間も無いのに呼んでしまってすまなかったね。兄弟のように仲良くしていたから尚更つらかっただろう。」
不死川「‼ 名前…。」
カナエ「不死川くん、お館様は当主になられてから亡くなった隊員の名前と生い立ちは全て記憶してらっしゃるのよ。」
不死川が放心したように黙り込む。
耀哉「実弥、鬼殺隊の子供たちは皆、遺書を書いているよね。その内容がね、不思議なことに殆ど似通っているんだ。匡近も同じだったよ。渡そうと思っていたんだ実弥に。匡近は失った弟と実弥を重ねていたんだね。光り輝く未来を夢見てる。私の夢と同じだよ。大切な人が笑顔で天寿を全うするその時まで幸せに暮らせるよう、決してその命が理不尽に脅かされることのないよう願う。例えその時自分が生きてその傍らにいられなくとも、生きていてほしい、生き抜いてほしい。」
不死川が戦友らしき者の遺書を読んで涙を流す。俺は涙を流したことがない。母親が殺された幼い時ですらも。なんだか急に惨めになってきた。お館様に無礼を働いた不死川の方が余程この場にふさわしい。
耀哉「どうしたのかな、バージル?」
バージル「俺は…何のために鬼狩りをやっているのかわからなくなりました。守りたかった者はとっくの昔に失ったというのに…何故力を求めたのか…わかりません。」
耀哉「焦る必要はないよ。君が鬼狩りをしてくれるだけで助かる命があるんだから。答えはゆっくりと探せばいい。これからも闇柱として任務に励んでほしい。」
バージル「はい…かしこまりました。」
お館様が奥の部屋に下がる。カナエが歩み寄ってくる。
カナエ「急にどうしたの、バージルさん? 貴方がいなければ時透くんたちもカナヲもどんな目に遭っていたか…⁉ みんな感謝してるのよバージルさんに。」
悲鳴嶼「そうだ…君の父上の伝説には及ばないが立派に役目を果たしてると思う…。」
バージル「幼い頃…俺の親父が言っていた。『悪魔は泣かない。正確に言うと他人を思いやる優しさがないので涙を流せない。人間は確かに弱い。しかし大切な存在を守るために、あるいは愛する存在を失った時に感情を爆発させることで時に悪魔すら凌駕する力を発揮することが出来る。その象徴が他人を思いやる涙だ。』と。俺は泣いたことがない。だから本質的には悪魔と同じかもな。不死川が言ったように鬼と大して変わらんのかもしれないと思った。」
不死川「テメェ何言ってやがんだ⁉ 鬼が人のために鬼を狩るか⁉ 人を助けるか⁉ てめえ人間を食ったことあんのか⁉ 俺にテメェほどの強さがあったら『ゴチャゴチャ悩んでんじゃねェ⁉』
ってブン殴ってるところだぜ⁉ ふざけたこと言ってんじゃねェ⁉」
バージル「……。」
不死川「ったく…⁉ 悩む暇があんなら鬼を狩れってんだよ⁉ ムカつくぜ⁉」
バージル「……そうだな、その通りだ。済まなかった、不死川。」
不死川「謝るところじゃねェよ、調子狂うぜ。」
こうして柱合会議は終わった。あの時の俺の気の迷いは何だったのだろうか。もしかしたら涙を流す不死川を羨ましいと思ったのかもしれない。泣けないことがこんなに枷になるとは思わなかった。俺はそれ以上考えるのを止めて任務に励んだ。
冬に入った。ある日の朝、朝食の時間。「おはよう。」とカナエの声がしたので挨拶を返そうとカナエの方へ顔を向けた。言葉が出なかった。俺は初めて死相というものを見た気がする。顔色は死人のように灰色で目も濁っている。死体が喋っているようで見ていられなかった。一気に嫌な予感に襲われた。
バージル「カナエ…今日はお前を守ると決めた。途中で任務が入ろうがお前に付いていくぞ。」
カナエ「え、どうしたの? 私だって柱なのよ?」
バージル「悪魔の直感だ。俺を信じろ。十二鬼月の上弦とやらか…鬼の首魁の…鬼舞辻無惨…といったか。奴らに遭遇する可能性が高い。お前ひとりでは分が悪い相手だろう。俺を信じろ。」
カナエ「……そう。まあ…バージルさんに任せる…。」
それからは常にカナエと共に行動した。カナエに任務が入れば一緒に付いて行った。もう深夜…日が変わっていた。それでもカナエの死相は晴れなかった。嫌な予感は止まらなかった。東京府の住宅街を走る。そいつはいきなり現れた。
「やあやあ初めまして、俺の名前は童磨。いい夜だねぇ。」
瞳を見る。左に上弦、右に弐と刻まれている。
童磨「若くて美味しそうだなあ。後で鳴女にありがとうって言わなくちゃ。」
こいつ…さっきからカナエしか見ていない。よく喋る。頭に血が昇る。
童磨「優しそうで可愛いねえ。ちゃんと残さず食べてあげるからね。」
バージル「Shut up scum.」(黙れクズが。)
疾走居合で頸を狙う。両手に持つ扇で弾かれる。冷気が舞う。すかさずエアトリックでカナエに接近し背にして立つ。
バージル「離れていろカナエ。奴は冷気を操る。人間が吸えば喉か…肺が機能不全を起こして死ぬだろう。」
カナエ「わかった…。」
童磨「へえー! 今のでそこまで見抜くなんて凄いね! でも男に興味ないんだよねぇ…。そこの美人さんを置いていってくれれば見逃してあげるよ!」
バージル「……お前…『他人を怒らせる才能がある』と言われたことはないか? そこまで言われて本当に逃げると思っているのか?」
童磨「うん! 誰だって死ぬのは怖いよね!無理しなくていいよ! ほら!今のうちに逃げて!」
バージル「問答無用。」
ミラージュエッジを手にしてスティンガーを叩きこむ、狙うは頸―――。
血鬼術 『蓮葉氷』
奴が扇子を振るい蓮の花のような氷を発生させる、複数の氷の塊が俺に向かってくる。円陣幻影剣を展開しつつミリオンスタブに切り替える。正面の花の氷を粉々にしつつ冷気を幻影剣でかき消す。ミラージュエッジに目を向ける、刃が凍り付いている。日輪刀に切り替える。
童磨「不思議な技…? 術を使うねぇ。まるで血気術だよ。君本当に人間?」
血鬼術 『蔓蓮華』
氷の蔓が伸びて俺を取り囲む―――前に急襲幻影剣で撃ち落とす。残りは閻魔刀連斬・参の高速斬撃で粉々にする。
血鬼術 『枯園垂り』
素早い踏み込みから両手の扇子で攻撃してくる。日輪刀と鞘で弾いた。冷気は再度円陣幻影剣を展開してかき消した。
血鬼術 『凍て曇』
中距離から冷気の煙幕が襲い掛かってくる。瞬時にミラージュエッジを手にして魔力を込めてラウンドトリップを放つ。冷気がミラージュエッジに吸い込まれていく。隙を見て急襲幻影剣を放つ。扇で打ち落とされる。
童磨「うーん、これも駄目かぁ。じゃあこれはどうかな?」
血鬼術 『寒烈の白姫』
氷の花の上に上半身だけの女体像という悪趣味なデザインの塊が襲ってくる。ラウンドトリップで冷気を吸い込みながら日輪刀に持ち替えジャスト次元斬三連発で砕く。
血鬼術 『冬ざれ氷柱』
頭上に氷柱が降り注ぐ。ジャンプして当たる直前にトリックアップですり抜ける。ベオウルフを装着して流星脚を叩きこむ。ふたつの扇子を弾いて頭部を破壊する。頭蓋骨と脳が四散する。もう1発…といきたかったがすぐに再生して扇で俺の脚を切断しにかかる。仕方ないのでバク転して避けた。
童磨「今のは効いたよ…。死ぬかと思った。」
バージル「どうした? ニヤケ面が消えているぞ。」
童磨「俺だって真剣になる時があるんだよ。それより君は意外とよく喋るね。俺に勝てると思ってるのかな?」
バージル「お前の出し物が終わってからだな。」
血鬼術 『散り蓮華』
扇子を振ると同時に細かい花の塊が舞い散り襲い掛かる。三度、ラウンドトリップで吸い込み円陣幻影剣を展開してかき消す。残りは高速斬撃で斬り落とす。
血鬼術 『結晶ノ御子』
童磨の姿を模した氷像が現れる。その動きは本体と変わらない威力の冷気を放ってくる。血鬼術も同様に使ってくる。距離を取りながら対策を考える。かつてダンテにからかわれて気が進まないのもあってすっかり忘れていたが、まだ使っていないスキルがあったのを思い出した。この際手段は選んでいられないので使うことにした。ドッペルゲンガーを発現させる。次元斬で片っ端から迎撃させる。俺はノーモーション次元斬・絶で童磨を含めて周囲を剣閃で埋め尽くす。氷像は砕け童磨の両腕を切断し頸に切れ目が入る。好機と見た。束を両手で強く握る。刀身が赤く染まる。トリックダウンで背後を取る。切れ目の入った頸を狙って振り下ろす。再生した腕と扇で防御しようとするが弾き飛ばし頸に食い込む。
童磨「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ⁉ 痛い⁉ 熱い⁉ 何だよ…それ⁉」
バージル「静かにしろ。近所迷惑だろうが。」
ベオウルフを装着して頸の逆側から殴る。日輪刀が益々食い込む。頸が凍り付いて日輪刀の動きが止まる。それでも殴り続けた。もう少しで切断…といったところで
童磨「鳴女⁉ 助けてくれええええええぇぇぇぇぇぇ⁉」
奴の叫びとべん!という弦の音と共に姿が消えた。気配は…すっかり消えた。つまりは逃げられたということだ。何とも形容しがたい感情に襲われた。怒りか、悔しさか、両方か。
カナエ「バージルさん…。」
バージル「カナエ…怪我はないか?」
カナエ「うん…バージルさんがいなかったら…私、死んでたね。」
もう死相は消えていた。安心した。それだけは確かだった。夜が明ける。グリフォンに「上弦の弐に逃げられた」とお館様に伝えてほしいと頼んだ。カナエと一緒に蝶屋敷へ帰る。しばらくして柱合会議が開かれることになった。例の如く隠に背負われて移動した。屋敷に到着する。柱が全員集合してお館様がお見えになった。上弦の弐、童磨の姿形、口調、戦闘方法、血鬼術、俺がどうやって対処したか詳細に説明した。俺のスキルも見せた。ついでに妙な術を使う鬼の存在も説明した。
バージル「上弦の弐を逃がしてしまい、申し訳ございませんでした。お館様。」
耀哉「いいんだよ、バージル。ふたりが無事でよかった。鬼の仲間の助けがなければ確実に倒していた。流石は伝説の魔剣士の息子といったところかな。」
バージル「ありがとうございます。」
柱合会議が終わり蝶屋敷へ戻った。カナエに呼び出された。案内されるまま茶の間に入った。向かい合って座る。
カナエ「私…柱を引退しようと思うの。上弦の弐とバージルさんの戦いを見て、とてもついていけないと思った。自分の限界を思い知った。私としのぶは…両親を鬼に殺されて助けていただいた悲鳴嶼さんのところに押し入って無理を言って育手を紹介していただいて、自分達と同じ思いを他の人にはさせないって決意して鬼殺隊に入ったけど…これからもあんな強敵と戦い続けなければならないと思うと…急に死ぬのが怖くなっちゃった。でも鬼殺隊を辞めるわけじゃないの。これからは隊士の育成や治療、看護、身寄りのない人を引き取って一緒に暮らそうと思う。」
バージル「……しのぶには話したのか?」
カナエ「ううん、まだ。私が言っても聞かないと思う。だからバージルさん、お願い。しのぶに鬼狩りから身を引くように説得してほしい。普通の女の子の幸せを手に入れてお婆さんになるまで生きて欲しいと伝えて欲しい。」
襖が勢いよく開く。
しのぶ「姉さん…⁉ 本気なの…⁉ お父さんとお母さんを殺された恨みを忘れたの…⁉ あんなに頑張って鬼殺隊に入ったのに…⁉ 私、まだ柱にすらなっていないのよ⁉ どうしてそんなこと言うのよ⁉ 私は納得できない⁉ 私には私のやり方がある⁉」
しのぶは涙を流していた。美しいと思った。家族愛、姉妹愛、羨ましかった。しのぶはどこかへ行ってしまった。
カナエ「しのぶ⁉」
バージル「待て、俺が行った方がいいだろう。説得できるかはわからんが。」
カナエ「しのぶの事、よろしくお願いします。」
頭を下げる。無言で頷いた。屋敷を出て東京府内の街中でしのぶを見つけた。
バージル「待て、しのぶ。」
しのぶ「うるさい⁉」
それでも肩を掴む。振り払おうとするが離さなかった。ひと気のないところまで連れていった。
バージル「どうしてもカナエの願いを聞いてやる気にはなれないか?」
しのぶ「……私だってわかってる…⁉ この体格のままじゃ上弦の鬼に勝てないって…⁉ でも『普通の女の子の幸せを手に入れてお婆さんになるまで生きて欲しい』なんて言われてもどうすればいいのかわからないわよ…⁉」
バージル「まずは剣士を辞めることだな。」
しのぶ「それからは?」
バージル「いい男でも見つけて恋をして結ばれて一緒に暮らして子を成して人生を歩めばいいのではないのか?」
しのぶ「……バージルさんは鬼舞辻無惨を倒して鬼がいなくなったらどうするの?」
バージル「改めて異空間を開いて行き場所が不明ならこの世界で暮らす他あるまい。」
しのぶ「もし…もしも…そうなったら私と結婚してくれる?」
バージル「……本気か? 俺は元の世界では何万、いや何十万人もの犠牲者を出した大罪人だぞ。地獄行きは確定だな。」
しのぶ「でもこの世界では立派な善人よ。」
バージル「……善人か。初めて言われた。」
しのぶ「いつからかわからないけど、一緒に暮らしてる内に貴方のことが好きになった。この指輪は婚約指輪として受け取る。それが引退する条件。」
バージル「……わかった。約束だぞ。」
しのぶ「ええ、約束よ。」
妖艶な笑み、見惚れそうになる。一緒に蝶屋敷へ戻りカナエにしのぶとの引退の約束を交わしたと報告した。カナエは大層喜んだ。とりあえず一件落着してホッとした。