地獄を見た。
地獄を見た。
地獄を見せつけられた。
地獄を聞いた。
地獄を聞いた。
地獄を聞かされ続けた。
見たくもない人間世界の
どうでもいい人間どもの
使い潰されるためだけに生まれた者の
傲慢な癖に、無知蒙昧で無責任な者の
何だこれは。不快極まる。頭がおかしくなりそうだ。
こんなものを見せられて、何が楽しいという。
こんなものを聞かされて、何が面白いという。
身の裡より湧き上がる何か。まだ名前のない感情は、それらすべてを否定している。
もういい加減にして欲しい。うんざりだ。こんなものは見たくない、聞きたくない、関わりたいとさえ思わない。
────嗚呼、けれど。
けれど、その地獄の中、延々と苦悶を浮かべる者達に────
新エリー都。
ホロウ災害に見舞われた人類が築き上げた最後の砦。
様々な思惑と欲望が交錯し、罪過と悔恨の渦巻く街は破滅と希望が隣り合わせの状態で、今日も廻り続ける。
それに気づいているのかいないのか。
六分街の外れに、一軒の屋台ラーメンが店を出していた。
大人4人並ぶのがやっとのカウンター。
その向こうには複数のガスコンロと寸胴鍋と調理台が並ぶ、昔ながらで珍しいものなど何一つない車輪付きの屋台。
店の名を示す「一期一会」の四文字が記された暖簾が掲げられ、緩やかに風で揺れている。
そして、店の主とその相棒であるボンプが一人と一匹。
時間帯は草木も眠る丑三つ時。店主はつい先ほど空になったばかりの丼ぶりを洗い、ボンプはカウンターの汚れを布巾で丁寧に落としていく。
本日の売り上げは平均よりも少し上程度。忙しなさには程遠い。
客層は残業に勤しんだか、飲み屋帰りの締めを求めた企業戦士が中心と、何一つ変わることのない「一期一会」の日常風景だけがあった。
店主は洗い終わった丼ぶりの水を清潔な布巾で拭き取っていたが、ふと何かを感じ取って上げた顔には穏やかな笑みが浮かんでた。
「ンナっ! ンナナァ!(アキラ! リン! いらっしゃい!)」
「くぁ……おはよう、ナラカ」
「やっほー、ガウタマもおはよう。来ちゃいましたぁ♪」
「時間帯的におはようじゃなくて、こんばんはじゃないかぁ?」
暖簾を潜って現れたのは店主と年頃の変わらなそうに見える男女。
眠たげに欠伸を嚙み殺す青年は表情からして何処か儚げで、少女は顔立ちからして快活さが溢れ出していた。
受ける印象も言動からして正反対で、好対照なアキラとリンは実に仲の良い兄弟であり、店主──ナラカはその保護者に当たる。
「しかし、どうした。こんな時間に」
「いやぁ~、今日は疲れてお兄ちゃんと一緒に変な時間に寝ちゃったんだよねぇ~」
「それでこんな時間に目が覚めてしまったという訳さ。その上、何も食べずに寝たから空腹でね」
「おいおい、朝飯の作り置きはしてあっただろ?」
「もうね、起きた瞬間からラーメンの口になっちゃってたんだよねぇ~」
「起きた瞬間からは流石に重いだろ、ラーメンは」
「ははは。2、3歳くらいしか年の差がないのにお年寄りみたいに枯れているナラカには、僕達の漲る若さが理解できないらしい」
「女みたいに華奢で、食も細い上に偏ってる奴がなんか言ってるぅ」
軽口を叩き合う三人を尻目に、ボンプのガウタマは二人分お冷やとおしぼり、メニューを手渡した。
最低でも、週に一度はアキラもリンも「一期一会」へと顔を出す。
互いに自営業ながらも職を持ち、触れ合う時間が減ったことに対する埋め合わせであり、血の繋がりのないナラカを家族と認めている証でもあった。
「相変わらずメニュー少ないなぁ~。チョップ大将を見習ったらぁ?」
「大将はラーメンに魂を売ってるからな。あのレベル目指すなら屋台じゃなくてキチンとした店出すわ。オレはお前ら食わせてやれりゃ十分なんだよ」
「限定ラーメンは、今日はないか……おや、単品のチャーハンがなくなっている」
「単品で出しているとすぐに材料がなくなってェ。セットも提供できなくなっちゃってェ。売り上げも落ちちゃってェ。中華鍋振るのも、しんどくないけど面倒で熱くってェ。もう作りたくなくってェ……」
「最後の最後で自営業の自由さを前面に押し出してきたね」
「ああ、これはまっとうな会社で働けないわけだ」
「おやおや、同じ自営業のお二人が何か戯言をおっしゃっておりますねえ。お前らの店、電気代5倍になってるじゃないか。何やってんだか……」
うんざりした表情で経緯を語るナラカであったが、あまりにも自分本位な事情にアキラとリンは辛辣な言葉を投げかける。
対するナラカも冗談交じりに、二人が経営するビデオ屋「Random Play」の現状に一言物申した。
瞬間、仲の良い兄妹は気まずげに視線を反らす。
二人がプロキシ──それも、伝説とまで謳われる「パエトーン」であることを、ナラカは知らない。
彼の態度から察するに、薄々感づいてはいるのだろうが、問われたことは一度もなかった。
何時だって自分達の意思を尊重し、自身の人生さえも切り売りして支えてくれる家族に事実を黙っているなど、裏切り以外の何物でもないだろう。
────けれど。けれど、大切な家族だからこそ明かせない真実もある。決して巻き込めない、事情がある。
それもまた単なる言い訳でしかなかったとしても、二人が口を閉ざすには十分すぎる理由であった。
「で? 注文は?」
二人の心境を知ってか知らずか、胸の内の読めない無表情でナラカは問う。
昔からこうだ。彼は空気を読まない。いや、読んだ上で無視しているというべきか。
ともあれ、話題を変えてくれるのならばアキラとリンにとってはありがたいことこの上ない。
「うん、そうだね。僕は醤油ラーメンの半チャーハンセットで」
「わーたーしーはー……うーん、塩も味噌も好きだけど、お兄ちゃんと同じのにしーよぉっと」
「………………どうだ、オレちゃんと嫌そうな顔できてるか?」
「「 す ご く い や そ う ! 」」
「もうチャーハン作るの面倒なんだよ。さっき伝えただろうが。それに、寝起きからラーメンとチャーハンって。バカかよ、デブになりたいのか?」
「お兄ちゃん、ダメだ! ナラカ、根本的に接客業向いてない!」
「知っていたろう、妹よ。ナラカは昔からこうだとも」
「はぁ~~~~~~~~~~~~、めんどくせ……」
クソデカ溜息をついたナラカは、がっくりと肩を落としながらも、慣れた手つきで自らの仕事を開始する。
業務用のコンロに中華鍋をセットし火につけると、今度は丼ぶりを用意してガウタマに熱湯を注がせた。
そうしている間にも、沸き立つ寸胴鍋に生箱から取り出した自家製麺を放り込み、まな板の上に置いた長ネギを中華包丁を使って小口切りに。
切り終わる頃には中華鍋からうっすらと煙が立ち上っており、お玉を使ってラードを入れ、十分に熱せられたところで割ったばかりの卵を3つ投入する。
「あ゛ー、この白身が焼けてく匂いがたまんないよねぇ~」
「そう言えば、同じラーメン屋や町中華のチャーハンでも卵を溶いているところと、そのままのところがあるね。あとは卵を先に炒っておくところも。どうして違いがあるんだい?」
「端的に言やぁ、好みだな。味や食感、香りにそれぞれ一長一短がある。オレも初めは溶いておいたんだが、虫が多い場所だと容器の中に入ったりするんだよ、屋台だから。衛生面で問題あるし、こっちの方が楽で卵の匂いが強くなる」
白身に含まれる水分が飛ぶまで待ち、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐると同時に白米を投入し、黄身とラードが均一に広がるよう纏わせていく。
家庭用コンロとは比べ物にならない火力によって焦げ付かぬように鍋を振りつつ、塩と胡椒で味を調え、切った長ネギと一口サイズの状態で保管してあったチャーシューとナルトを投入。
具材の香りと味がチャーハン全体に広がったところで、最後に鍋肌へと香りづけの紹興酒と白醤油を回し入れる。
ナラカが器用に鍋を振ってお玉に入れ、チャーハン皿へと盛り付けて、まずは一品が完成。
そのまま返す刀で丼ぶりの湯を捨て、スープの決め手となるかえしと鶏油を入れ、鶏ガラをベースに鰹節と煮干し、野菜の旨味が凝縮された出汁を注ぐ。
すべてが終わると同時に分銅鍋から麺を取り出し、しっかりと湯切りを行い、丼ぶりに入れると同時にスープへと絡めた。
、最後に残った長ネギ、ナルト、メンマ、ハーフカットされた煮卵、自家製チャーシューを2枚添え、「一期一会」特性醤油ラーメンの完成である。
すべての工程が終わるまで、5分と掛からぬ早業であった。
「一期一会」の売りがあるとするならば、注文から提供までの速さ、値段の安さ。そして──
「相変わらず早いなぁ! こう、トトト、パパパ、ジュー、ホイッ、って感じ! ナラカ、かっこいいー!」
「調理の擬音としてはどうなんだろうね、それは。でも、本当にあっという間だ。新エリー都一だよ、これは。チョップ大将のところでも、お客さんが少なくても10分はかかる」
「いちいち麺をその場で打ってそれだから十分驚異的だけどな。しかし、二人とも褒めやがって────チャーシューをおまけしてやろうではないか」
「「やったぁ!」」
「ンナナァ!(あぁ~! 店の売り上げが落ちる音ぉ~!)」
──店長がだいぶチョロいことか。
こうして褒められれば、照れながら何かを添えてくるのである。
我が意を得たりとばかりにアキラとリンはハイタッチ。店の経理を担当しているガウタマは頭を抱えるのであった。
もっとも、この兄妹に支払いをさせたことなど一度もないのだが。
「はぁ~~~~~~、この香り、たまんないよぉ~」
「アキラさんアキラさん! お宅の妹さん、ラーメンの匂いでキマってますよ! 女がしちゃいけない顔してますよ! シャブキメた顔だよこれぇ!」
「都合のいい時だけ他人のフリは止めないかい? リンは僕達の妹だよ。そして、君のラーメンはシャブみたいなものさ」
「おいお前、真顔で何いってんだ。変な噂立ちそうだからやめてくださる?」
うおォン、私はまるで吸引力の変わらないただ一つの掃除機だ、と言わんばかりに渡されたラーメンの香りを肺一杯に吸い込むリン。
多幸感で緩み切った顔はとても人に見せられたものではなかったが、彼女がどれほどこの一杯を気に入っているのか分かろうというものだ。
アキラはアキラでそんな妹の顔を決して見ようとはせず、ただただニッコリと微笑むばかり。
だが、世界一賢く可愛い最高傑作ボンプ(自認)であるガウタマは決して見逃さなかった。
麗しの美少年が席を僅かにズラし、リンから距離を取るさまを────!
「ンナァ……(この二人はぁ……ナラカもだけどぉ……)」
「「いただきます!」」
ガウタマの戦慄を他所に二人は両手を合わせ、目の前の料理に関わった全て食材と人間すべてに感謝を込めた言葉を紡いだ。
そして、割り箸を手にするよりも早く、まずはレンゲでスープを口元へと運ぶ。
瞬間、口内へ爆発的に広がる鶏ガラと野菜から抽出した旨味。前面に押し出されているのは醤油の塩気と鶏油の甘味だが、主役は出汁と言わんばかりの優しい味わいは、食欲の中枢を直接刺激するかのよう。
香りは醤油が主役となり、鶏ガラと鶏油が脇を添える。不快になる獣臭さは一切なく、幸福物質が脳内から絞り出されているのでは、と錯覚してしまう。
リンは顔をくしゃくしゃにして左右に振り、喜びの余りに両手も上下に振り出した。
アキラは集中するために余計な情報を遮断しようと瞼を閉じ、味を余すことなく楽しむと、何度も頷いて屈託のない笑みを浮かべる。
何度となく見てきた光景であったが、人の喜ぶ姿を見るのは嬉しいもの。
ガウタマは表情を示す画面に弧を二つ描いて微笑みを表現し、ナラカは両腕を組んで笑みの混じった呆れ顔を作り出した。
「いやぁ~、チョップ大将のところも美味しいけど、やっぱり私はこっちだなぁ~」
「僕もだ。総合的な美味しさで言えば錦鯉が上だろうけど、どうしてかな」
「褒めてんだか貶してんだか。結局はラーメンなんぞ味の善し悪しよか個人の好みだよ、好み」
「うっわぁ……ラーメンをなんぞ呼ばわりとは、ラーメン屋の風上にも置けないね!」
「まったく、チャップ大将に告げ口してしまおうか」
「どーぞお好きに。大将相手でもオレは同じように言うわ。ただ、あの人はその“なんぞ”に人生を賭けるだけの価値を見出しているだけあって、お前らみたいに突っかかってこないがな」
チョップ大将はアキラとリンと同じく六分街で店を構える自営業仲間かつご近所さんであり、ナラカにとってはラーメンの師に当たる人物と言ってもいいだろう。
そんな彼は、どんな客でもラーメンで満足させるが己の仕事と豪語し、ラーメンをバカにする輩に出す丼はねぇと語る生粋のラーメン職人。
ラーメンなんて大したものじゃないと語るナラカなど敵愾心を抱きそうなものであるが、関係は良好そのもの。
理由は単純。ナラカの考えが如何なるものであろうとも、ラーメンに対して真摯に向き合っているからに他ならない。
『アイツはなぁ、口と態度は悪いが根が真面目だから手が抜けねぇのさ。それに俺は好きだぜ、アイツのラーメン。アレほど
というのが、アキラとリンが何かの拍子にナラカとラーメンに関してチョップ大将に問うた際に帰ってきた言葉。
二人揃って大いに頷いたものだ。人物像に関して何一つ間違いはなく、これまで自分達が見てきた彼そのものであり、ラーメン評も言わんとしていることはうっすらとであれども理解できた。
脳裏に浮かんだ記憶と共に、割り箸で中細のちぢれ麺を持ち上げる。
湯気立つ麺は、屋台の暖色照明の光も相俟って、黄金色に輝いているようだった。
「ふーっ、ふーっ……! ずるっ、ずるるっ。もぐ、んぐむぐ……んー♪」
「はふっ、ふぅ……ずるるっ、もぐっ、ごくん……ふふふ」
麺を啜り、ゆっくりと咀嚼し、喉を鳴らして飲み込むと同時に顔を綻ばせる。
もちもちとした弾力もありながら、プツリと切れる歯切れの良さを同時に感じ取れながら、口当たりも滑らかで食べ易い。
噛めば噛むほど小麦のまろやかな甘味が絡むスープの塩味と混ざり合い、口の中で踊り出す。
それでいて飲み込み終わると味も匂いもゆっくりと消えてゆき、しつこさが微塵もない。すぐにでも“もう一口”という気分にさせてくる。
「スープだけじゃなくて麺もきっちり主張してくるよねー♪」
「ああ、どの具も合っているし、兎に角バランスがいい。けれど、やっぱり一番は……」
アキラもリンも下品にならない程度の量を一口、二口と堪能すると、割り箸からチャーハン用のレンゲに持ち変えた。
綺麗に盛りられた山を崩し、掬い上げる。黄金色を保つチャーハンは口に入れる前から食欲をそそる香りが湯気と共に鼻を擽り、無意識に涎が口内に溢れ出す。
もはや我慢の限界とばかりに口へと放り込んだ瞬間、待ち侘びた味が広がっていく。
パラパラでありながらしっとりとした適度に水分の飛ばされた焼き加減は、口の水分を持っていかれる不快感はなく、香りと味を文句なしに楽しめる。
卵の香ばしさを醤油と紹興酒が後押しし、チャーシューとネギを中心に据えて、その他調味料はあくまでも味の調整と香り付けのみに留めてあった。
その神がかったバランス感覚は素晴らしいの一言でしか表現できない。
美味い。噛めば噛むほど米と卵の味が広がり、具材の味を補強していく。
上手い。ラードの量も絶妙で多すぎず少なすぎず、それでいて確かな主張の声を上げる。
巧い。時折混ざるネギのしゃきしゃき感とさっぱりとした香りが油の重さを中和し、ナルトの歯応えが食材を噛む喜びを教えてくれるかのようだ。
「チャーハンうまー♪ ナラカには悪いけど、ラーメンよりもチャーハンの方がおいしいんだよねー♪」
「気にすることはないさ。ナラカは気にしていない。と言うよりも、ナラカ自身が認めているだろうからね」
「確かに認めてるわ。認めちゃいるが、他人に言われると腹立つぅ~」
「「家族だから! 家族だからセーフ!」」
単品メニューから消したことから分かるように、「一期一会」の一番人気はチャーハンである。
「一期一会」の根幹にあるものは味の平均安定化と調理の最大効率化。簡単に言えば“早い、安い、そこそこ美味い”だ。
ラーメンに関しては研究と追及こそ怠っていないが、割高で品質の高いブランド化された食材は一切使用していない。
人にはどうすることもできない要因──気候の変動、生産地近くのホロウの活性化、拡大など──で、供給に不安が残る食材では味の安定性が損なわれる。
よって、食材はそこらのスーパーに卸されるレベルの、安定して手に入るもののみ。
チョップ大将などを始めとした食材から拘るラーメン店には、どうしたところで味が劣るのは仕方なく、また特別な素材を使用せずに彼らに追従できている事実は、ナラカの舌と腕もまた一流であることを示していた。
対するチャーハンの要は味付けと火力。
元は余った白米に余った食材を加えて作る料理であっただけに、食材の品質は二の次。
とどのつまり、店のコンセプトに合わせた上でナラカの舌と腕を最大限発揮できる料理が、ラーメンではなくチャーハンであっただけ。
「「はむっ、はふはふっ! ハムっ!!」」
「うわぁ、急に欠食児童みたいに食い出したよ。やめてくんねえかなぁ、オレが普段からお前らに腹一杯食わせてねえみたいだろ」
事此処に至って褒め言葉など不要、と言わんばかりにアキラもリンも思うままにラーメンとチャーハンを食べ始める。
如何にも元気娘といった風情のリンは兎も角として、儚げな印象を受けるアキラも目を疑うような勢いをしているのだから、ナラカの呆れも分からないではない。
そうこうしている間にアキラとリンはスープを飲み、具材を味わい、麺を噛み締め、チャーハンをかき込んでいく。
どのような食べ方をしても、ナラカは特に何も言わない。ラーメンの良さは、個人が好きにできる自由さこそにある、と考えているが故に。
こだわりはあるにはあるが、食べる人間には無関係な話。元の味が分からなくなるほど味変用の調味料を入れられようが、腹さえ立たない。
彼が金銭以外で客に求めるものは、たった一つだけ────
「はふぅ……♥ また腕を上げたんじゃない? 醤油の風味がこれまでよりもストレートにくるようになった気がするなぁ」
「でも、醤油ありき、という感じもしなかったね。やっぱり出汁が……」
「おいおい、やめろよ。オレがそういうの嫌いなの知ってんだろ」
「そうだった。美味しかったよ、ナラカ」
「うんうん、大変美味でした。ごちそうさま♪」
「あいよぉ、お粗末さん」
────この店では、美味いか不味いかだけ言ってくれたらいい。
それだけでいい。それ以上は余分に過ぎない。
他人の語る知ったかぶった薀蓄など聞きたくもないし、複雑な批評は店の外で好きなだけすればいい。
美味いと言われれば喜びを覚え、より励む。不味いと言われれば、ただ改善するだけのこと。
店の繁盛も、経営難による閉店も、すべては己の責任だから。
他者が介在すれば、そのまま責任を被せることもできてしまう。その余地を、ナラカは認めない。
何一つ言い訳のないまま、己の責任としてその道のりを楽しむ。生とは、そういうものだと信ずるが故に。
「さて、とぉ。今日は店仕舞いにしますかねぇ」
「おや、日が昇るまで少し時間があるよ?」
「この時間帯になると、流石に水商売か、反社みたいな連中しか来ないからな。日当たりの目標は達成しているし、汚い金まで拾うことはないでしょう」
「お金の出所なんて興味ない癖にー。どうせ面倒になったんでしょー」
「ま、そうとも言うな」
ナラカは頭に巻いていたタオル、腰に結った前掛けを外すと両手の指を組んで前に突き出し、凝り固まった身体を解す。
そのさまは、何処か大型の肉食獣を彷彿とさせた。
ツーブロックショートの前髪を後ろに撫でつけ、首を鳴らすと屋台の片づけを始め、ガウタマもそれに続く。
アキラとリンも手伝おうとしたが片手で制され、仕方なく丸椅子へと座り直す。
満腹の恍惚に浸り、火照った身体をコップの水で冷ましながら、二人はボンヤリと父でもあり、兄でもある家族の仕事ぶりをボンヤリと見つめていた。
頭に思い浮かぶの、彼との出会いとこれまでのあれやこれや。
本当に幸運だった、とアキラもリンも確信していた。
一番辛かった時に、無条件に信頼できる人間に出会い、倒れそうな身体をいくらでも預けていい家族になれるなど、幸運以外の何ものでもない。
「さて、と。片付け終わり! ガウタマ、先帰ってくれ。オレはこいつ等と歩いて帰るわ」
「ンナッ! ワタンナァ!!(りょーかい! 戻ったら片付けして、仕込みはどうする?)」
「あー、寝て起きたらオレがやる。準備もいいぞ。片付け終わったら、お前も充電して休んどけ」
屋台に連結された軽トラックの天井を何度か叩くと、ボンプが運転できるように改造された運転席からガウタマは敬礼をし、手を振りながら発進していく。
アキラとリンも手を振りながら見送るのを余所に、ナラカは慣れた様子で煙草を咥え、ジッポライターを使って火を付ける。
「あー、まーた煙草吸ってるー。舌バカになっちゃうよー?」
「オレの舌は特別性だから問題ないね。誰に迷惑かけてるわけでもねーしさー、いいじゃん」
「ところでナラカ、君は副流煙というものを知っているかい?」
「知ってる知ってる。一緒に肺癌人生楽しもうぜ」
「さいてー。家族を巻き込むのはどうかと思いまーす。ぶーぶー」
キン、と音を立てて蓋が閉じられ、火が消える。
炎の意匠が刻まれたジッポライターは二人からのプレゼント。
何も言わず、ナラカは燻る煙が当たらぬように風下へと移動する。
細やかな気配りこそ忘れないが、分煙まではしない。店での態度といい、随分といい加減な男。それが多くの人間の抱く第一印象であろう。
二人は口から文句が溢れ、煙草の匂い自体はどうにも好きになれないが、ナラカが煙草を吸う姿は嫌いではない。
何と言えばよいのか。モデルのような気取った風はないにも関わらず、絵になっている────ような気がした。
どう考えて身内びいきな印象でしかないが、それが三人の関係性を表してもいる。
会話は途切れ、心地よく穏やかな沈黙が流れる。
新エリー都の喧騒は何処か遠く、夜空を煌々と照らす光がボヤけさせる星を、三人で揃って眺める。
その姿は、まるで細やかな願いを捧げているようで────
「さぁて、帰るとしますか」
「一服も済んだことだからね」
「ねーねー、今日は三人で一緒に寝ない? 最近、一緒に寝てなかったし」
「オレ、いい年した娘っ子が野郎と寝るのはどうかと思うなー、寂しがり屋か? あとなリン、お前寝相悪いんだよ」
「そうだね、きっとリンの未来の旦那さんも苦労するだろうなぁ…………嫌だ! リンが誰かと結婚するなんて! あと10年くらい一緒にいたい! 甘やかしていたい!!」
「アキラさん? 自分の発言で急に発狂するのやめてくれる? 怖いよぉ? ほんと怖いよぉ?」
「と言うか、これ。私、行き遅れ確定どころか結婚できないやつ、できないやつじゃない?」
彼等には、もう血の繋がりなど然程重要ではないのだろう。
何とも奇妙で、何とも穏やかな、見ている方が思わず微笑んでしまう。
夜明け前。
地平線に薄っすらと日の光が滲み始めた街並みを進む三人の姿は、間違いなく家族と呼ぶに相応しいものであった。
ナラカ
旧都陥落その日にエリー都にやってきた不幸な男。基本面倒臭がり。
生まれも育ちも最低だから、とのことで口が悪い。だが、不思議と相手に安心感を与える。口癖は「どうだ? オレ、ちゃんと○○な顔できてるか?」
成り行きで「パエトーン」兄妹を拾って、そのまま過ごしている内に家族になった。
二人の面倒を見るためかつ、自認及び事実として社会不適合者のため、色々と自由にできる屋台ラーメンを選択。それまでは日雇いやバイトを掛け持ち、ホロウレイダーの真似事をしていた。
「一期一会」は安い、早い、そこそこ美味いが店のウリ。ゲーム内に現れたら錦鯉の完全下位互換。但し、低確率で出現する限定ラーメンは効果量が同等か上に加えて、バッテリーも回復する。
キャラクターとしては何故かガウタマと組んでボンプ枠。
開幕に全体永続バフをバラ巻いて、時々回復、時々攻撃する感じ。
ブレイク時にボンプ連携で選択、条件を達成していると特殊終結スキルが発動。
両手で持ったガウタマから、エーテル属性の極太ビームを放って薙ぎ払い、確定で侵蝕or混沌、乱流を発生させる。
「待て。何故オレはホロウでラーメンを……?」
「こんなとこまで来て中華鍋振らせるとかどういう神経してんだよ……!!!」
「これはアイツの趣味! これはアイツの
「面が良くて胸と尻のデカイ女が好きで、何が悪いんだよ! …………何が悪いんだよぉ!!!!(迫真」
一部のエージェントをよくない目で見ている。
ガウタマ
ナラカのボンプ。新エリー都以前からの付き合いらしいが、入手経路は不明。
「一期一会」の経理と調達担当。彼のお陰で黒字を叩き出せていると言っても過言ではない実質的な経営者。
実に多芸で株をやって稼いだり、自分で自分をメンテしたり、ハッキングしたり、他のボンプに比べて言動がかなり大人だったり、人間心理をよく把握していたり、やたら頑丈で高性能。戦闘用でもないのにエーテル属性の極太ビームが打てる。
そういうわけでイアスを筆頭とした多くのボンプから尊敬の眼差しを向けられている。いずれはボンプの王となり、新エリー都のインフラを握ってTOPSさえ跪かせるつもりの模様。
だが、結局はボンプなのでナラカ第一で地獄の底まで共にする。した。
「ンナンナァッ! ワタンナァッ!(僕こそは、全てのボンプの頂点! ボンプの最高傑作ッ!)(カッコいいポーズ」
「ンナァッ! ナナンナァ!!(ボンプ王に、僕はなるっ!!!!!)」(ドンッッッッ!!
「ンナァ、ンナンナ……(おのれナラカァ……! また勝手におまけして……仕方ない、株で補填しよ……)」
アキラ&リン
我らが「パエトーン」。人たらしぶりと他者に対する献身ぶりは健在。但しキャラ崩壊は著しい。
ナラカに全力で寄り掛かっているので本編よりも自由。精神的にも安定しており、自罰的な態度は鳴りを潜め、自己肯定感マシマシ。発言がバカになっている。
カローレ・アルナに対しては数々の所業を客観視し、無条件に信じているのではなく、愛してこそいるがその真実と本心を正しく理解するため、零号ホロウの最深部を目指している。
プロキシ業に関してはナラカに伏せたまま。バレてるんだろうなぁ、とは思いつつも、一歩踏み込めないでいる。
アキラは頼れるんだか頼れないんだか分からない父兄がいるため、ポワポワなのに時々辛辣。どけぇ! 僕はお兄ちゃんで弟だぞ! 状態。
リンは二人に甘やかされて、愛されキャラ度が上がっているが、同時にナチュラル畜生ぶりも上がってしまった。
第一章ではリンが主役、第二章ではアキラが主役になって前線に立つ。
「ねえお兄ちゃん、真斗くんの雄っぱいヤバくない?」
「ヤバいさ。この前、ラマニアンホロウであの分厚い胸板に突っ込んでしまったけど、恋に堕ちるかと思うくらい柔らかかったよ」
「おぉう! いいなー! 私も触りたーい!」
「怪啖屋の皆の真似をすれば、ワンチャンあるんじゃないかい?」
(二人だけじゃなくて怪啖屋の奴らからもよくない目で見られてんのか。真斗かわいそ、セクハラで訴えたら勝てるのでは……?)
「カロン──じゃない、今はトリガーだったよね。…………お尻、エッチすぎない……?」
「エッチすぎる……! いやでも、イヴリンさんも……!」
「それを言うなら、ビリーとライカンさんだって……!」
「仕方ない、それは本当に仕方ない。ビリーは邪兎屋、ライカンさんはヴィクトリア家政のセックスシンボルだからね……!」
(ニコとかリナさん差し置いてそれはいいのか……?)
「おっふぅ♥ 腕ふっとぉ♥ 血管ビッキビキ♥ ナラカは存在がエッチすぎる……♥(モミモミ」
「喉仏と鎖骨、後ろ姿からも男の色気が立ち上っているね。流石は僕達の家族だ(サワサワ」
「料理作ってる時に尻揉むな! 撫でるな! 何なんだよお前らぁ! 家族にする所業じゃねえぞ!!!」
「「あっ、声がいいっ! 耳が孕む……!!!」」
「「(*´Д`)はぁ……はぁ……」」
(アイツら、またよくない目で他人を…………うお、デッッッッッッッッッ!!!)
ナラカとエージェントの皆をよくない目で見ている。