一人称と三人称を切り替えるのはよくないけど、暫らくはこのままでいきまーす。
音楽についての学はない。
ただ、オレにとっての音楽は、自然に発生したものだ。
小川のせせらぎ。
木々のざわめき。
獣と虫の鳴き声。
だから、新エリー都の音楽はすべてが不自然な雑音にしか聞こえない。
だが、まあ。
あの我儘娘の歌声は、不快ではなかったか。
「しっかしアイツ等、思ってた三倍くらい渦中にいたんだけど……」
「ンナッ、ワタンナァ!(それだけじゃない。あのⅢ型総順式汎用人工知能、Fairy。僕の攻性防壁を突破しかけた! 製造元も分からないし、友好的ではあるけれど、油断はできないね)」
「しかも、Ⅲ型ってことは最低でもⅠ型、Ⅱ型がいるかもしれんわけだ。どうしてこんな厄ネタをほいほい拾ってくるんだ、アイツ等。引くわぁー」
アキラとリンの告白から一週間。
オレは仕事場の二階で寛ぎながら、二人の置かれた状況を思い返していた。
ブリンガーの一件に関しては、テロリスト兼カルトの讃頌会も関わっているらしい。
何でも人体実験を繰り返し、サクリファイスという怪物を生み出しており、ブリンガーもサクリファイスと化して果てたと言っていた。
しかも、どういう共通点があるのか。
旧都陥落の日にアキラとリンが目撃した白い腕の化け物を呼び出したとか。
そして、「Random Play」の電気代を5倍にしたFairyとかいう人工知能。
助手筆頭を名乗ってはいるが、規約がどうのこうのホザいて、製造元も製造目的も明かさない始末。
どう見ても、どっかのタイミングでアキラとリンと手を切るつもり満々です。ありがとうございます。
しかも、能力は破格も破格。
新エリー都の知能設備の8割に対して無制限にアクセス可能らしい。
思ったよりヤバいの出てきたな。どうすんだこれ。
しかも、現代の虚狩り・星見 雅とも関わりができたとかで、こっちの思考回路はショート寸前である。
「どうにもなぁ。複数の思惑が絡まり過ぎて、後を追える状況じゃないな」
「ンナナッ、ンナタッ、ンナァ……(それに、讃頌会も三代目に司教を斬られて地下に潜っていたのに、このタイミングで顔を出すなんて……)」
「人体実験だって金がかかる。零細のカルトにそんな金も設備も用意できると思えねし、TOPS辺りが支援してそー」
あまりにも混沌と入り乱れる勢力図に、思わず笑ってしまう。
ホロウによって滅びたくないのは分かったから、組織の枠組みを超えて協力することを覚えないと、この危機を乗り越えるのは無理なんじゃないっすかねぇ。
それも仕方ないか。
強い奴、賢い奴は多くいるが、それを纏め上げる奴がいねーから。そりゃ、何処も好き勝手するわけである。
もっとも、この街で一番好き勝手しているのはオレなのだろうが。
──その時、来客を知らせるチャイム音が部屋に鳴り響いた。
「誰だぁ? こっちに来るのは」
「ンナナァ(どこかの暗殺者かもね。アキラとリンはヘーリオスの遺児だ。何処の勢力も手元に置いておきたいだろうからね。死なないでよ)」
「マジか。一人で来てるみたいだし、捕まえて洗い浚い吐かせよう」
「ンナァ(死なないで、の方に反応して欲しかったなぁ、ボクは)」
冗談もそこそこにソファから立ち上がり、部屋の出入り口へ向かう。
扉越しに伝わってくる気配は一人分。
この街の人間は実力を隠すのが下手くそだから、間違いないだろう。誰も彼もあからさま過ぎる。
実力の殺し方も、気配の殺し方も、もっと野生の獣を見習った方がいい。
そんなことを考えながら玄関の扉を開け────
「はぁい、大将♪ 来てあげ────」
「帰れ」
「──ちょっとぉ! あ、脚挟まってる! いたいっ! いたいいたいいたーーーい!!」
「挟まってんじゃねえ! 差し込んだんだろうが!」
相手の面を拝んだ瞬間に閉めようとしたが、失敗してしまう。
訪問者はオレの行動を予想していたらしく、先んじて黒いヒールを扉の間に差し込んでいた。
このまま扉で足の甲の骨を砕いてでも閉じてやろうかと思ったが、イヴリンに何を言われるか分からないので止めておこう。
盛大に、これ見よがしに溜め息をつきながら扉を開けてやるが、天真爛漫な我儘娘はどこ吹く風。
腹立たしいほどニコニコ笑顔の女は、アストラ・ヤオ。
新エリー都の歌姫にして、イヴリンの家族であり、常連客の一人だ。
「じゃあ改めて。来てあげたわよ、大将♪」
「頼んだ覚えありませんけど……?」
「ひどーい! もう少し嬉しそうにしてよぉ!」
「嬉しくないんだもん。つーか、何でここ知ってんだよお前。言った覚えねーぞ」
「イヴが教えてくれたわよ……?」
「何してくれてんだアイツゥッ! プライバシーはないのかなぁ!?」
「いざという時は此処に逃げ込め、って」
「重ねて何してくれてんだアイツゥ! 巻き込む気満々じゃねえか!!」
頼られるのは悪い気はしないけどねえ……!
そういうのは一言断ってからするもんじゃないかなぁ……!?
クソッ! イヴリンめ! リンがオレにするみたいにケツ引っ叩いてやる!
でも、そんなセクハラする度胸はないので、考えるだけにしておこう。
アストラとの出会いはイヴリンと同時期くらい。
しつこいパパラッチやら所属している帝高のボディーガードやらから逃げ回っているところに、たまたまオレの店を見つけて入ってきたのがキッカケ。
何だか気の毒になって、その時出していた限定ラーメンを食わせてやったのが運の尽き。
以降は限定ラーメンをいたく気に入ったらしく、食わせろ食わせろ、と喧しいことこの上ない常連だ。
「はぁ~~~~~。で、何だよ? 有名人に押し掛けられるなんぞ、迷惑以外の何ものでもないんだが?」
「ちょっと、大将にお願いがあって」
「やだ。無理。しんどい。仕込み終わってない。帰れ」
「そこを何とか……! 其処を何とか話だけでも聞いてちょうだい……!」
パン、と両手を合わせて拝み倒すアストラ。
でもオレの心はぜーんぜん動かないのである。
この街の人間はコイツに心酔しているようだが、オレは別に何とも思っちゃいない。
どーせ自分の仕事うっちゃって抜けてきているに決まっている。
隙を見てイヴリンに連絡して、連行してもらおう。ドナドナである。
今日のオレはノゥとしか言わない
其処でようやく諦めたのか、アストラは小さく溜息をつく、と身体を翻す。
「そう……なら、仕方ないわ」
「そうかそうか、分かってくれて嬉しいゾ」
「この悲しみを込めて、全力で歌うわね? 今! 此処で!」
「分かった。話は聞くからやめろ。ほんとやめろ。やめて」
心に決めて三秒でイエスって言わされた……!
ふざけんなよ、コイツ……!
コイツクラスのゲリラライブ開催とか、下手をすれば暴動じみた事態になりかねねえ……!
そんなんもうテロ行為だろ……!
「それで、どんな話だ」
「一緒に、バレエツインズのホロウに入って欲しいの……!」
「お前さぁ……」
「イヴが頼りにするってことは、大将も強いんでしょう!?」
「そういう問題じゃないんだよなぁ……」
「勿論、ただでとは言わないわ! 報酬も払うからぁ……!」
何でも、アストラ以前の大スター、ヨラン・何某の最後のコンサートが記録されたアルバムがあるのだとか。
オレを巻き込むのはホロウを脱出した後、イヴのお叱りを少しでも軽く短くしようという魂胆か。
困ったな。本当に困ったぞぅ。
ヨランなんぞ名前も聞いたことがないし、そんな奴の歌に興味は欠片もない。
万が一、アストラが掠り傷でも負わせようもんなら、イヴリンに“君がついていながら”なんて言われそうだ。
アイツ、妙にオレのことを信頼している節があるし。勘弁してほしいんだけど。
頼られるのは悪い気はしないが、勝手な期待をされるのは面倒だ。
あと、本当に今日の仕込みが終わっていない。このままアストラに付き合ったら、今晩は店を出せなくなる。
どう考えても、メリットよりもデメリットの方が勝るだろ、これは。
「どうだ? オレ、ちゃんとすげー嫌そうな顔出来てるか?」
「 す ご く い や そ う ! 」
「実際、嫌なんだよ。一人でなら兎も角、お前のお守しながらホロウ練り歩くとか、嫌に決まってんだろ」
「そんな! ほら、ガウタマ見て! ちゃんと報酬も用意したのよ!」
「ンナァ……(あのねえ、アストラ。君ほどじゃなくても「一期一会」の売り上げはそれなりに…………)」
オレの答えが変わらないのは理解したのだろう。
アストラは取り出した小切手を、オレではなく実質的経営者を呼んで手渡した。
ガウタマは胡乱な目で受け取り、その額を確認する。
「ンナナッ!(ナラカ、行っておいで! アストラの力になってあげるんだよ!)」
「嘘だろ……!?」
「やったわ! 流石ガウタマ! 話が分かるぅ!」
シャカシャカシャカシャカ、チーーーーーン♪
という音ともに、相棒に秒で売られる、オレ参上……!
どうやら、店の売り上げよりもアストラの渡してきた報酬の方がよかったらしい。
イヴリンが資産管理してるから、自由にできる金は少ないだろうし大丈夫だろと思っていたが、オレの考えが甘かった。
そして、あんな
「いや、待てガウタマ! 店の評判とか色々考えるとだなぁ……!」
「ンナンナ、ンナワタァ!(大丈夫大丈夫、君なら大丈夫。あ、もしもし、プラタ家事代行サービスかい? やあ、アン! ツイッギーはいるかな? 今月の経営状況に関して聞きたいことがあるんだ、変わって貰えるかな!)」
オレの抵抗に耳を貸さず、さっさと部屋の奥へと引っ込んでいく相棒。
ニッコニコな笑顔のアストラと電話に夢中なガウタマを何度も何度も何度も何度も見比べて、オレは最終的に肩を落とす。
こりゃ駄目だ。
報酬を前払いで受け取った以上、逃げ道などない。
オレは屋台の店主以上になるつもりなんてないのだけどなぁ。
「で、お宝の場所は分かってるんだろうな」
「バレエツインズの何処かよ!」
「ぶっ飛ばすぞ、テメェ」
屋台用の軽トラとは別の日常使いの車を飛ばし、六分街から数十分。
オレは今、バレエツインズのホロウにいます。
何処でどんな情報を手に入れたか知らないが、この分ではその情報も疑わしくなってくる。
バレエツインズは一般的な高層ビルと何ら大差はない。
ただ、ホロウに飲み込まれたことで荒れ果てており、あちこちに結晶化したエーテルが生えていた。
それだけではない。
経年劣化もあるのだろうが、戦闘の後か、天井の一部が落ちていたり、壁に穴が開いていたり。
新エリー都の大スターと一介の屋台ラーメンの店主が訪れるような場所ではない。
いや、組み合わせ自体も大概ありえないか。この場合。
「おい、あんまりどんどん進むな。エーテリアスに────ほらぁ」
「大丈夫よ! 私の歌を聞かせてあげる……!」
アストラの後に続くまま空間の裂け目を何度か超えて、テラスに辿り着くと、案の定こちらの存在を察知したエーテリアスが現れた。
種別はティルヴィングと呼称される固体。
右腕はなく、左腕が剣と化した猫背の人型。
頭部はブラックホールを連想させるコアになっている異形。
単体での危険度は低いが、兎に角数が多い。事実、現れた数は10。
一般人や並の調査員には十分すぎる脅威。
アストラの前に立ち、エーテリアスを排除しようとしたが、無意味だった。
「Ah~~~~~~~~~~~~♪」
一斉に地を蹴り、飛び上がったエーテリアスは、その刃を届かせる前に一瞬で消滅した。
アストラの歌声は特殊だ。
極めて特異な周波数を持ち、エーテルそのものを振動させる効力を持つ。
手にしたステージマイクはTOPSの技術が惜しみなく投入されたオーダーメイドらしく、その効果を増幅する。
原理としては、雲嶽山の術法に近しい。
雲嶽山の方は歌ではなく、氣。
科学的に言うのなら、自らのエーテルから発したエーテル波動の周波数を合わせ、相転移されることで数々の効果を発揮する。
この分なら、オレは付いていくだけで済みそうだ。
「んで、どうするんだ? 宛もなくホロウを彷徨うなんぞゴメンだぞ、オレは」
「それなら大丈夫! 大将とは別の助っ人を頼んであるのよ!」
助っ人……?
ホロウを探索する助けとなるというのなら、真っ先に思いつくのはプロキシ。
しかし、プロキシは非合法かつ取り締まりの対象となる故、数も少なく、腕もピンキリ。
どういう伝手を使ったのか知らないが、まともなプロキシだろうなソイツ。
オレ知ーらね。腕が悪けりゃ延々ホロウを彷徨う羽目になるが、中に留まっていられる時間は限られている。
流石のアストラも、自分の命と引き換えなら途中で諦めるだろ。
そんなことを考えていると、ポテポテと可愛らしい足音が聞こえてきた。
間違いなくボンプの足音だ。
不幸にもホロウに迷い込んだか。何か意図があって入り込んだのか。
いずれにせよ、目的が分からない以上、護衛役として警戒だけはしておこう────
『依頼人はこの辺りに……! あッ!』
「あら? もしかしてひとりぼっち……? 危ないわよ……?」
「んん? 何だ、イアスじゃないか。いや、待てその声……」
『あ、あれ!? ナラカも一緒にいる?! ど、どういうこと……?』
「リンなの……? ボンプの中に!? かわい~~~~~!」
────なんて気になっていたオレの姿はお笑いだったぜ!
聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると驚きだ。
イアスを使ってプロキシ業をしているとは聞いていたが、そういう絡繰りだったとは。
よもや、よもやだ。
まさか、アストラが、オレだけではなくリンとアキラとも知り合いだったとは。
それもプロキシと知らずに依頼まで出している始末。合縁奇縁も、存外馬鹿にしたものでもないかもしれない。
???
「ええ、こちらの経営は問題ないわ。ヴィクトリア家政とは客層が違うから」
「レビューに低評価がついてる? ああ、それは客があの子達にセクハラしようとしたのよ。家事代行サービスを性サービスとでも勘違いしたんじゃない……?」
「あなたが連れてきてくれた野良ボンプ達が対処してくれたわ。流石はボンプの王ね、勝手気ままで羨ましいわ…………嫌味よ、分かってるの?」
「それで、あの人は……?」
「……へぇ~~~~~~~、そう。そうなの。人を勝手に助けておいて、また別の女の手助け? ふぅ~~~~~~~ん」
「随分と気の多いわね。問題よ、大問題。自分が何をしたのか、分からせてあげないと」
「仕事があるから、これで。ええ、生きていくためには働く必要があるものね」
「近いうちに顔を出すから。じゃあ、また」
小説の視点はどちらが読みやすい?
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一人称
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三人称