帝高エンターテインメントグループ。
フーガ・ミュージック社。
“組織”。
それらを操る何者か。
入り乱れる思惑は、この街で繰り広げられる争いの縮図にも似て。
気が付いた時には、私一人でどうにか出来る範囲を超えていた。
まったく、自分自身の愚かしさが嫌になる。
しかし、自身が全てを失うことになったとしても、アストラだけは守らねば。
そのために、あの“パエトーン”を呼び込んだ。
まさか、バレエツインズで一緒にいたボンプ、そして彼の家族が伝説のプロキシとは。
思いも寄らぬ幸運だった。
巻き込んだ申し訳なさもあるが、背に腹は代えられない。
ただ、更なる想定外もある。
アキラとリンへ送ったコンサートのチケットと同様のものをナラカにも送った。
────にも拘らず、彼はコンサートに来ていなかった。
………………これは私が悪いな。
助けて欲しいなら直接言えということか。
はたまたただ利用されることを嫌ったか。
いや、そもそも彼はアストラのコンサートに興味などないのだろう。
テレビから。ラジオから。街角の誰かの再生機器から。直接耳にしたとしても。
彼にとっては等しく歌に過ぎない。
音質だの、演出だの、コンサート独特の雰囲気だの。
そんなものに、まるで興味がない。歌の本質は其処ではないとでも言わんばかりに。
ああ、認めよう。
彼の人間性や人格を知りながら、正しい手段を取らなかった私のミスだ。
まったく腹立たしい。少しくらい察する努力をしてくれてもいいだろうに。
だが、知らず知らずの内に口角が上がっていることに気が付いた。
何があっても変わらない彼に、アストラとの関係の変化に怯える自分が少し馬鹿らしくなった。
焦りが少しずつ解けていく。
仕方がない。此処は素直に、察しの悪い先達へと助けを求めるとしよう────
すっかりと気温が下がった年の瀬、吐くと息も自然と白く染まる時期。
今日も今日とてルミナスクエア北側の運河近くで、オレは店を出していた。
客入りは可もなく不可もなく。
客が出ていったと思えば、新しい客が一人やってくる。
暇という訳でもなく、忙しい訳でもない。オレにとっては理想的。
今は50代のくたびれたサラリーマンが、出来上がったばかりのラーメンを啜っている。
見るからにしょぼくれた顔は、必死に養っている家庭にさえ居場所がないと言わんばかり。
事実、おっさんの零す愚痴は、部下や家族への不満ばかりで、聞くに堪えない。
それでも関係性を破綻させないおっさんは、社会不適合者のオレからすれば頑張っている方だ。
愚痴を聞き、時折フォローを入れてやりながら相手をしていると、携帯が通知を知らせる。
画面の表示はイヴリン。アイツが個人的な連絡を寄越すとは珍しい。
「おっ、何だ女か? 大将も隅に置けないな」
「そういうところだぞ。だから自分のガキや部下に嫌われる」
「…………確かに、あいつらの辺りが強くなったのは……はぁ、オレって奴は、デリカシーがない……」
自己を顧みて、反省できるのならおっさんの方は問題あるまい。
それを横目に屋台を離れ、通話を開始する。
「もしもし、どうした?」
『…………どうしてコンサートに来なかった』
「興味ないから? あの我儘娘のコンサートなんてどうでもいいわ」
『チケットは……?』
「家に置きっぱ」
『君という奴は……』
「ダメだった……?」
『ダメとは言わんが……』
イヴリンは携帯越しにクソデカ溜め息をつく。
明らかに呆れた様子が伝わってくる。あれ? 喧嘩売られてるのか、オレ?
『折角、人が送ったものを使いもしないのは、人としてどうなんだ……?』
「オレに人の道を説く方が、どうかしてると思う」
『…………この男は』
再びの露骨なクソデカ溜め息。
おっ、ちょっとイラッ☆ としてきたぞぅ。イヴリンも同じだろうけど。
あの我儘娘のコンサートなんて行ってもオレにとって何の価値もない。
人は多いわ、ぴーぴーぎゃーぎゃー喧しいわで鬱陶しいことこの上ない。
歌は歌だ。
聞く者の心を癒し、その胸に何かを抱かせれば十分。
アレの歌にはそれだけの力と信念がある。コンサートで聞く必要なんぞ何処にもないだろうに。
この前言っていた埋め合わせのつもりなのかは知らんが、もっと実用的なものをくれ。
包丁だの、鍋だの、まな板だの、フライパンだの、そっちの方がよっぽど役に立つ。
『アキラとリンもこちらに来ている。二人にもチケットを贈ったからな』
「それは知ってる。嬉しそうだったぞ」
『そういう意味ではなくでだな……』
「どういう意味だよ……?」
『二人にも協力を求めたということだ。“パエトーン”として、な』
「ほーん」
『興味がないようだな』
「あの二人が選択したことだ、オレがとやかく言うつもりはない。責任も、協力を求めたそっち持ちだ。違うか?」
『その通りだ、と言いたいが、二人がどうなっても構わないのか……?』
「オレだっていつかは死ぬ。いつまでも二人を守ってやれるわけじゃない。自分で選択したことなら自分で身を守れなくちゃ話にならんだろ」
そのために必要なことは最低限教えてある。
それにオレが教えていなかったとしても、二人なら問題ない。
アキラもリンも、他者と手を取り合う強さと素直さがある。
出来ないものは出来ないと認め、出来る者へと助けて欲しいと手を伸ばす。
出来ないものを認められず足掻く者へ、出来る者として手を差し出す。
それがあるから、オレはただの
大体、なに意地を張っているのやら。
アキラとリンを引き合いに出しやがって、ふざけているのか?
──オレを動かしたければ、ただの一言で十分なんだよ。
『…………すまない、手を貸して欲しい』
「
『こちらが何も言わなくても察してくれると思っていたのだがな』
「知ったことかよ。助けを求められない奴を助けてやる義理も道理もない、利用されるのは嫌いなんでな」
『手厳しいな』
三度目のクソデカ溜め息。但し、今度は苦笑を含んでいた。
利用されるのは嫌いだが、助けを求めてきたのなら無碍にはしない。
知らん仲でもないからな。命くらいは賭けてやろう。
ガウタマに視線を送ると、ある程度は事態を察したのか動き出す。
『フーガと“組織”が動いている。帝高側も私の正体に気付いているようだ』
「数は……?」
『分からない。帝高側は混乱に乗じるつもりだ。かなりの人数を敢えて見逃している可能性が高い』
「帝高は馬鹿なの? そんな真似して事態を収拾できると本気で思ってんの?」
『思っているのだろう。基本、TOPSの関係者は傲慢で自信家だ』
「 ア ホ く さ 」
『言わないでくれるか? 不測の事態を想定していない馬鹿者と付き合っているなど、考えるだけでも悲しくなる』
帝高の馬鹿さ加減に頭痛でも覚えているのだろう。
いくらスパイを排除するためとは言え、事態を大きくしすぎだ。
事態が大きくなればなるほど、不測の事態も大きくなるのは当然の帰結。
いくらTOPSだからと言って、隠蔽できる規模は限られる。
下手をすれば、帝高ごと切り捨てられる事態にまで発展するな。これは。
オレとイヴが同時に溜め息をついている間、ガウタマはオレの腕に日天と月天を取り付ける。
そして、右腕にもう一つ。
これを引っ張り出すのも久しぶりだ。開発者は勿論、日天月天と同じアイツ。
『それに、両者の動きも妙だ。
「成程、両者と繋がっている何者か。黒幕がいると」
『どうしてその辺りの察しばかりいいんだ、君は』
「場所はスターループだったな。黒幕が正体を現したのなら…………アキラとリンに会場を探らせろ、下手すれば全員死ぬぞ」
『まさか……!』
「お前が黒幕だったとして、標的に動きを悟られるような動きをするか?」
『しない、だろうな……』
「そうだ、上手いやり方なら他にいくらでもある。つまり、黒幕側は事が終わった後など考えていない。動きが捨て鉢に過ぎる」
『………………』
「まして、スターループの会場は
『……ただの推測だが、君が言うとぞっとしないな』
「すぐに向かう。この距離でも、飛び立つ前には間に合うはずだ」
『……すまない』
「謝罪なんぞいるか。オレはオレのやりたいようにやってるだけだ」
『────ふっ。ならば、“ありがとう”が正しいか』
「分かってきたじゃないか」
それを最後に、通話を終了する。
向かうはスターループ。
幸い、場所は運河の向こう側に見えており、お誂え向きの鉄橋もある。
車で行けば、回り道と信号待ちだけを考慮しても30分はかかるが、オレなら10分か。
でも、その前に────
「悪いな、お客さん。今日は店仕舞いだ」
「お、おぉ? …………コスプレ?」
「そんなようなもんだ。代わりが来るから、ゆっくりしてってくれ」
「そうか。気を遣わせて悪いな、大将。それに、何だかよく分からんが…………頑張れよ」
一言かけると、オレの格好におっさんは目を丸くした。
まあ、普通の人間には日天も月天、それにもう一つもコスプレの類にしか見えないだろう。
予想外だったのは、何らかの事情を察して寄越した静かな鼓舞とサムズアップ。
驚きはしたが、何とかサムズアップで返しておく。
何も知らないまま純粋にそれを言える人間がいるなら、この街もまだ大丈夫ということか。
「ンナッ!(代わりも来たし、これも被りなよ。正体を隠しておいた方がいい。随分と久し振りだね)」
川沿いの道を歩き出すと、ガウタマが呼んだ数体の野良ボンプが入れ違いで到着する。
彼等はこちらに敬礼すると、短い手足を懸命に駆けていく。これで、店の方は安心だ。
そして、
ホロウレイダーの真似事をしていた時に、顔は隠せと奪ったマスクを渡され、オレは断固拒否。
だってあいつらのマスク、デザインださいし。すぐ壊れるし。呼吸もしづらいし。
顔を隠す意味合いは理解していたが、不便さの方が先に立った。
そこでガウタマが作ったのが、この兜。
巨大で凶悪な歯と顎の意匠。
眼窩、鼻腔、耳朶の存在しない頭蓋骨を模した形状。
頭頂部から伸び、攻撃にも使える三本の
うん。何度見てもいいんじゃないでしょうか。
まるでオレの本性を現しているかのようで。
「さて、と」
兜を被ると、内側の網膜投影ディスプレイが起動する。
物を作るのが得意なアイツが作成し、一部の技術を継承しているガウタマお手製。
高性能に決まっている。ガウタマに搭載された計器類ともリンクしていて、実に便利だ。
さあ、準備は整った。あとは駆け抜けるだけだ。
「行くとしますか」
地を蹴って、川沿いの道を疾駆する。
夜の闇に紛れ、地面に顎がつきそうなほどの低姿勢は、見る者がいれば獣と見違えたろう。
しかし、一般人の目には映っても、風がふいたとしか認識していない。
獣の疾走とは元よりそういったもの。
居る・来るという認識と気構えがなければ、人は瞳に映っているのに認識さえできないのだ。
それをいいことに誰にも悟られぬことなく、柵を飛び越えて運河に身を投げて────
「ンナァァァッ!!(この感覚、久し振り~~~~~~!!)」
「はしゃぐな」
鉄橋に打ち込んだアンカーを支点に、宙を舞う。
風を切る音と襲いかかる風圧を感じながら、自らの感覚と技量、兵装で、重力へと戦いを挑む。
何もない虚空で身と共に心を躍らせた。
時に旋回し、時に鉄橋の鉄骨を駆け、時に運河を渡るタンカーを足場に、翼もない身で空を行く。
この瞬間は嫌いではない。
今ならば、あの
けれど、今の目標は別だ。
向かうは数々の有名人が伝説の階とした舞台。
いいだろう。そして覚悟するといい。
帝高もフーガも、正体の分からぬ“黒幕”も。
オレが出張る以上、その思惑を粉微塵にしてやろうじゃないか。
ナラカの兜。
イメージは弐瓶勉作『ABARA』の黒奇居子の頭部。
ホロウレイダーの真似事をしている時、正体を隠すために被っていた兜。作成者はガウタマ。
正体を隠す、ナラカのサポートのみを目的に作成されたため、エーテル用の対策はされていない。
網膜投影ディスプレイを採用しており、ガウタマ、引いてはガウタマの開発者の持つ技術力の高さが伺える。
客のおっちゃん。
身勝手な都合で増える犠牲、個々の欲望に塗れた背徳の街でも、人の善性は、決してなくならない。
ナラカ
イヴリンがチケットを送ってきた時点で薄々察していたが、全部無視した。オレの助けが欲しけりゃ分かりやすく、直接言えとのこと。でも、すぐに駆け付けられる場所にはいたから、まだ有情。
ガウタマ。
兜を作った。どちらかと言えば、株だの何だのやるよりもものを作る方が得意。武装の整備も彼の役割。
イヴリン。
ナラカの態度に半ギレになった。でも、来てくれるようで安心したのでお礼を言った。立派な社会人で綺麗なお姉さん。
小説の視点はどちらが読みやすい?
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一人称
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三人称