終末世界のラーメン屋台の店長さん   作:一反木綿豆腐

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思惑を粉微塵にするつもりが、思惑を粉微塵にされた店長さん

 

 

 

side:Evelyn

 

 

「この女は奴等とグルだ! まとめて捕えろ!」

(やはり、駄目か……)

 

 

 帝高専務ホブソンとの会話はスターループに迫る脅威を伝えきる前に、強制的に中断された。

 

 しかし、事態の全体像を把握していないホブソンにしてみれば、当然の帰結。

 

 私は元よりフーガ側のスパイ。

 アストラを帝高の資産としか見ていない彼にしてみれば、何を言ったところで信用しない。

 スパイが情に絆されるなど、彼のような人種には笑い話にもならないだろう。

 

 更に、今回のコンサートに合わせ、フーガ側が送り込んできた実力行使班。

 

 恐らくは、インターノット上で氾濫するアストラのアンチ。

 或いは、ヨランの楽曲を使用するコンサートに憤りを覚えたヨラン信者。

 

 どちらかを装った暴徒の体なのだろう。

 

 いずれにせよ、もう後戻りはできない。

 これも、彼の忠告を聞きながら、一歩踏み出そうとはしなかった私の責だ。

 

 胸にあるのは、ある種の諦観と使命感。

 この身に犠牲にしても、アストラだけは。

 

 改めて決意をした瞬間────

 

 

「────!?」

「な、なんだぁ!?」

「ど、どうなっている。誰だ、アレは!?」

 

 

 アトリウムの扉が、弾け飛んだ。

 

 私、ホブソン、帝高のボディガード、フーガ側の襲撃者。

 すべての視線が扉を蹴り壊した存在へと集中する。

 

 それを何と表現してよいものか。

 

 一瞬、人ではなく異形の何かと見紛う凶悪な意匠の兜。

 その奥に隠れた眼光を示すかの如く、兜に搭載されたカメラアイが一瞬だけ鈍く輝いた。

 

 突如として現れた兜にコートを身に纏った怪人に、全員の緊張と敵意が高まっていく。

 

 その中で、私の感じたものは安堵と感謝。

 顔は見えずとも、体格と雰囲気、何よりも肩に乗る見知ったボンプのお陰で彼だと分かった。

 

 

「だ、誰だ! お前もフーガの手先か!」

「ふざけるなよ。見て分からねえか────ただのラーメン屋だ!!!!」

「分かるかぁ!? そんな仮面をつけたラーメン屋が何処にいる! バカなのかッ!!?」

「……そうだったわ。これ視界良好だから被ってんの忘れるんだよなぁ」

 

 

 締まらない。

 素直にそう考え、意図せずに肩が落ちた。

 どうやら、彼の肩に乗っているガウタマも、私と同じ気持ちのようだ。

 とは言え、全ての視線が彼に集中している今がチャンスには違いない。

 

 この場は、君に任せても……?

 

 そう視線で問いかけると、彼は野良犬でも払うように手を動かした。

 

 あの分ならば問題あるまい。ならば、私は────

 

 

「ふっ、はぁ────!!」

「な、何ぃ!? うわぁッ……!!」

 

 

 一刻も早く、アストラの下へ────!

 

 愛用のナイフと輝磁製ワイヤーを繋いだ縄鏢を天井の通気口に巻き付け、そのまま引く。

 私の力に負けた通気口の巨大なカバーが外れ、落下の衝撃に粉塵を巻き上げた。

 

 

「任せたぞ……!」

「あいよ。気を付けろよー、なんか荒事慣れした連中もいるっぽいー」

 

 

 その混乱に乗じ、縄鏢を用いてダクトの中へと潜り込む。

 まるで散歩にでも行くかのような気軽な声で、ナラカは道中で見かけた情報を伝えてくれた。

 

 報酬も求めず、ただ私の助けにだけ応じた男の言葉だ。疑う選択肢など、私にあろう筈もない。 

 

 

「貴様、やはりフーガの……!」

「そりゃ違う。オレは手を貸しに来ただけだ。イヴリン・シュヴァリエ個人にな」

「だから、それが……!」 

「もうアイツはフーガ側じゃねえ。アストラの味方であることを選んだ。帝高にも、フーガにもあの歌声を渡したくないんだとさ」

「我が社の資産だぞッ! あの女になど渡すものかッ!」

「自分のものにするつもりもねえって、分からねえ奴等だな」

「世迷言を。お前達、やってしまえ……ッ!!」

「バカ共が。試してみるといい。お前ら風情に、出来るものならな」

 

 

 アトリウムから聞こえてくるナラカの声は、何処までも普段通り。

 怒りもなければ、焦りもない。苛立ちもなければ、後悔もない。

 何があっても揺らがぬ精神性は何よりも頼もしく、同時に背中を押してくれているかのようだ。

 

 そのままダクトの中を進んでいると、会場全体が揺れる。

 スターループのコンサート会場が宙へ浮かび始めた証拠だ。

 

 ナラカの言った荒事慣れした連中とは“組織”が私に対して放った刺客だろう。

 

 状況は悪化の一途を辿っている。

 どのような結末を迎えるのか、私には予想できない。

 

 けれど、やらなければならないことは明白だ。

 

 アストラには、これまですべてを告白し、謝罪の言葉を伝えよう。

 アキラとリン、そしてナラカには、手を貸してくれてありがとう、と感謝の言葉を贈る。

 

 その二つだけが、私の胸の内に燃えている全てだった。

 

 

 


 

 

 

 side:Naraka

 

 

「話になんねー」

「ンナッ、ナナンナッ(君相手じゃ、TOPSの下っ端も下っ端のボディーガードや“組織”の刺客じゃ、足止めにもならないさ)」

 

 

 アトリウムにいた連中を全員殴り倒し、その後に来た“組織”の追加も下した。

 この程度の手合いなら倒すのは、そう苦労しない。イヴも同様だろう。

 

 しかし、気は遣う。

 相手が弱過ぎて、手加減を間違えそうだ。うっかり殺してしまっては目も当てられない。

 状況的に殴り込みをかけたこっちの方なので、正当防衛で済ませて貰えるか微妙なところだし。

 

 さて、次の一手はどうしたものか。

 コンサート会場の外縁部、窓の外で徐々に遠ざかっていく夜景を眺めながら、思考を巡らせる。

 

 帝高側の目的は2点。

 アストラの確保とイヴの排除。

 

 フーガ側の目的は1点。

 アストラの名声に傷をつける。これは今回のコンサートを失敗させればよい。

 

 “組織”とやらの目的は2点。

 雇い主であるフーガの依頼を達成。そして、裏切り者であるイヴの粛清。

 

 黒幕の目的は、今のところはっきりとはしていない。

 だが、イヴに存在を悟られる露骨なやり方は、自己の安全を前提としていない捨て身の証。

 周りを巻き込んだ自殺が目的の可能性が高いと見ている。会場の特性上、実現可能な範囲だ。

 

 アストラが恨みを買うとは考えにくいが、恨みなど個人の感情。其処に正当性など必要ない。

 それに黒幕が、帝高、フーガ、“組織”のいずれか、或いは全てを恨んでいる可能性もある。

 

 となると、スターループの飛行・推進装置に爆弾を仕掛けるのが一番手っ取り早いか。

 

 間に合うか、などと廊下を進んでいると、その先で一人の男が待ち構えていた。

 

 服装からしてフーガのボディーガードであるが、明らかに様子がおかしい。

 

 顔に刻まれた表情も、目の色も光も、尋常ではなかった。

 歪な笑みに、血走っていながら虚ろな目。完全にシャブきめてる奴の顔だ、これ。

 

 

「……見つけたぞ! “終末の獣”!」

「…………え?」

「ン?(え?)」

 

 

 聞き慣れない単語に思わず足を止めて、ガウタマと一緒に後ろを振り返るが、誰もいない。

 

 

「オレのことか? ……週末のケダモノ? ケダモノになる相手なんていないんだが。舐めるな、オレは童貞だ」

「ンナンナ(週末のケダモノじゃなくて“終末の獣”なんだよなぁ)」

「つーか、オレの顔を知ってるのか。兜してる意味ねー」

「ンナナっ(いや、おかしい。今日、君がスターループに来るなんて分かることを予想できる人間なんていないはずだ)」

「んん? いやいや、男のストリップショーとか…………えぇ?」

「ンナッ?(どういうことなの……?)」

 

 

 どうやら“終末の獣”とは、オレを指しているらしい。

 心当たりがなさ過ぎて、困惑するオレとガウタマを余所に、男はおもむろに服を脱ぎ出した。

 

 完全にフーガのボディーガードがする行動じゃない。

 しかし、露わになった胸元に刻み込まれた入れ墨の形に、合点がいくと同時に困惑が深まる。

 

 無限の記号に近い入れ墨(それ)は────

 

 

「はぁ……? 讃頌会? なんで?」

 

 

 間違いなく、カルト集団“讃頌会”のシンボルであった。

 

 曰く、無力なヒトの身を捨て、ホロウに適応した生命へと生まれ変わる。

 曰く、人類ではホロウに勝てない、故にホロウに抗うのではなく服従すべし。

 

 別にどんな信仰、どんな教義を持とうが、信仰の自由が保障されているなら好きにすればいい。

 

 けれど、それは他者の安全を脅かさない範囲において。

 人体実験を繰り返すようなイカれ集団を、社会は放置しない。

 市政にとっても、治安局にとっても、防衛軍にとっても、時に手を組んで対処する共通の敵。

 

 でも参ったな。本当に参った。

 

 

 オレ、讃頌会と関わったことなんてないんですけど……?

 

 

 いや、二度三度ホロウでかち合って、蹴散らしたことならあるけどさぁ。

 

 その程度なら弾圧されるカルトなら日常茶飯事。

 市政を筆頭とした治安側への恨みの方が強いだろう。

 そんな“終末の獣”なんて異名で呼ばれるほど暴れちゃいないんだが。

 

 

「始まりの主よ……再創を……!」

 

 

 ガウタマと一緒にハテナマークを浮かべ、首を傾げていると、讃頌会の男が注射器を取り出す。

 そのまま信者は何の躊躇いも見せずに、首筋へと針を突き刺し、薬品を注入していく。

 

 その後に起きた変化は凄まじい。

 

 

「ぐあ、ひ……ひひっ、おあぁぁぁぁぁッ!!!」

「ンナナッ!(これが、アキラとリンが言ってた、サクリファイス……!)」

 

 

 男の肌の下を虫でも這い回るかの如く蠢くと、肉腫のように膨らみ、全身へと広がっていく。

 右腕だけがひたすら太く、残りはひたすら細く長く。肌は白へと変色。

 ひとりでに皮膚が裂けたかと思えば、眼球のような器官すら生み出される。

 

 肉体が変化していると言うよりも、体内のエーテルに異常が生じた結果なのだろう。

 オレの感覚が伝えてきているのは、人がエーテリアスへと異化していくさまに近い。

 

 これがサクリファイス。

 アキラとリンが相対したブリンガーの変じた怪物。

 

 しかし────

 

 

「バカか。そういうのは標的の目の前でやるもんじゃない」

「…………おごぅっ、ぶばっ!!!」

 

 

 そんな変化を待ってやる道理などオレにはないわけで。

 

 一息に間合いを詰め、いまだに変化を続ける信者に、後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

 回避も防御もできず、無防備な脇腹へとオレの踵が突き刺さり、苦し気な呻き声が漏れる。

 信者は窓へ叩き付けられる、だけに留まらず、ガラスの破砕音を響かせながら消えていく。

 

 ゆっくりと窓へと近づいて、その結末を見届ける。

 信者は脱力して落下していき、地面に叩き付けられる前に、エーテリアスと同じく消滅した。

 

 

「ンナァ……(うわぁ、容赦ないなぁ……)」

「オレが敵に容赦するわけないだろ。つーか、なんで讃頌会……?」

「ンナナ、ンナァッ(ほんとにね。ボクも理由を思いつかない。分かるのは、君を狙っていることだけだ)」

「事態がデカくなる一方じゃねえか。もしかして、オレ来ない方がよかったかこれ?」

「ンナンナッ!(それはないね。讃頌会はフーガに潜り込んでいたみたいだし、ナラカが来なくても同じように動いていただろう!)」

「どうやってオレの動向を…………もしかして、オレじゃなくてアキラとリンの動きを見てたのか?」

「ンナァ……(君を狙うだけなら屋台を出している時でもいい。ただ、逃げられない状況を狙うなら、考えている通りだろうね)」

 

 

 兎に角、今はイヴ達と合流すべきか。

 アキラとリンも既に合流しているか、今向かっている最中だろう。

 

 帝高、フーガと“組織”、“黒幕”、讃頌会、オレ達。

 

 交錯する思惑に、各々の目的。

 共闘が前提から存在しない、たった一つの陣営が全てを得る五つ巴の総当たり戦。

 

 訳が分からん上に、厄介極まりない事態だ。

 なんで頭のおかしいカルト宗教に狙われているんだ、オレは。マジで誰か教えてくれ。

 

 

 




 讃頌会
 全員殴る! “終末の獣”を確保せよ! 無理ならば殺せ!

 帝高
 我が社の資産は渡さん! え? なんで讃頌会が?

 フーガ
 帝高を追い落とせ! 組織とも手を組んでやったぜ! え? なんで讃頌会が?

 “組織”
 任務を遂行せよ! 裏切り者を粛清せよ! え? なんで讃頌会が?

 “黒幕”
 くくく、これで私の思惑通り! え? なんで讃頌会が?


 ナラカ
 終末の獣……? 何それ……知らん……怖っ……

 ガウタマ
 終末の獣……? 何それ……知らん……怖っ……

 アキラ&リン&アストラ&イヴリン
 まだ何も知らない、かわいそうな皆さん。生き生きとしているのは讃頌会だけ。


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