「讃頌会に邪魔なんて……!」
テッサの悲痛な叫びが会場に木霊する。
それも信徒達の呻き声と明確な変化に塗り潰された。
あまりにも悍ましい肉体の変異。明らかな人外へと変遷していく過程は、直視できたものではない。
困惑していたはずの観客達も、目を逸らすか、或いは口元を隠し、恐怖を露わとするか。
未だにステージへと飛び降りてくるフーガと“組織”の人員さえも、当初の目的通りにアストラ達を狙うか、突然の乱入者である讃頌会を叩くべきか迷う始末。
「取り敢えず、一旦引くか。アキラとリンと合流しよう」
「でも、お客さん達が……!」
「問題ない。讃頌会側には理性がない。近くの人間に襲い掛かるだけだ。フーガも客が暴動状態に陥ったら対処しきれん。どちらも客には手を出さん。互いに潰し合うだけだ」
「う、わ……ひッ、く、来るな化け物……!」
「くそっ! 致し方ない! まずは讃頌会からだ……!」
「────な?」
ナラカの言動は正しかった。
讃頌会は異形と化した瞬間、もっとも近くにいるフーガの手先に襲い掛かり、フーガ側も応戦する。
両者ともに狙いは別だが、まずは手頃な、もしくは自らにとって危険な相手の排除に舵を切る。
「だが、その前に……」
「うっ、やめ…………きゃあぁぁっ!」
「ナラカッ! 何を……!」
「そうは言っても、この場に捨て置くわけにもいかんだろ」
「ぐっ、この、離しなさない……!」
「アストラ、私に掴まれ……!」
「ワイヤーアクションね! コンサートで何度もやってきたんだから!」
ナラカは射出したワイヤーをテッサの腰へと巻き付け、引き寄せると肩へと担ぎ上げる。
イヴリンは何をする気なのかを察し、自らのワイヤーを彼の手首に繋げ、股間と背中を通し、腰に幾重にも巻き付け、即席のハーネスとした。
続きアストラはイヴリンに抱き着き、イヴリンも片手でアストラを支え、もう一方の腕でナラカの首に回す。
そして、ナラカがワイヤーを天井へと打ち込んだ瞬間に、四人とボンプ一体の身体が宙に舞った。
「ふおぉ、……ア゛ア゛ァ……! こ、股間がぁ……!」
「文句を言うな! いくら君でも、我々四人の体重を肩一つで支えるのは無理だ!」
「そうなのよ、ワイヤーで飛ぶとハーネスが全身に食い込んで辛いのよね」
「貴方達、ふざけてるの……!?」
ナラカのふざけた悲鳴とアストラの経験談。
余りにも緊張感のない二人に、イヴリンとテッサの苛立ち交じりの声が浴びせられる。
空気を切り裂き、宙を駆けた四人と一体が降り立ったのは、観客席の一段下にある貴賓室。
「うっ、ぐぅ……!」
「あ゛ーッ、鈍ってるな。この程度の重量を一人で支え切れんとは……」
「はぁ……はぁ……よかった、アストラさんもイヴリンさんも無事だぁ……」
「リンも無事だったのね……!」
「私のことはフーガの連中は気にしてないみたいだからね。それに、ガウタマとそのお尻、やっぱりナラカじゃん……!」
((((……お尻??))))
(流石はリンね……!)
貴賓席へと降り立つと同時にナラカはテッサを放り出し、息を切らしたリンとついてきたイアスは安堵からそのままへたり込む。
彼がこの場を選んだのは、貴賓席へと入り込んできたリンの姿を見つけたからだろう。
イヴリンはリンの胡乱な発言を聞いた気がしたが、状況が状況だけに黙殺する。アストラ以外の全員も同様であった。
「イアスを通して見てたけど、どうしてテッサさんと一緒にいるわけ?! この人が今回の首謀者なんでしょ……!?」
「ああ、見てたのは其処までか。ステージ見てみろ」
「………………あれ、サクリファイス、だよね?」
「あれがサクリファイス……情報だけは聞いている。あんなものが、奴等の研究成果とは……」
「え? なんで讃頌会が?」
「あの、なんか、オレを狙ってるらしい」
「………………なんで???」
「さあ? オレが聞きたいんだよなぁ……」
リンとナラカは顔を見合わせ、互いに首を傾げる。
イヴリンにも、二人の困惑が本物であることは疑いようはなかった。
少なくとも、ナラカと出会った当初に“組織”の同僚を通じて行った調査では、繋がりなど影も形はなく。
リンとアキラは、ブリンガー副長官失踪に関わりがあり、事件そのものに讃頌会が噛んでいるという情報は掴んでこそいるが、それは協力というよりも敵対に近い。
讃頌会が狙うとするのならば、リンとアキラこそが報復の対象となるべきで────
「あっ、あっあっ! ちょちょちょ……!」
「くっ、いい加減にしろ! 貴方の復讐は、もう終わりだ!」
「終わり? 終わりですって……? まだ、何も終わっていない! 勝手に終わらされて、たまるものですか……!」
混沌とした状況を僅かでも解しようと思考していたイヴリンは、リンの慌てふためく様子を目にし、咄嗟に視線を動かした。
その先には、懐を取り出したであろう拳銃を握り締めるテッサの姿が。
イヴリンの経験を伴った反射が、引き金を引き絞る前よりも、銃口が狙いを定めるよりも早く、彼女の手から拳銃を弾き飛ばした。
この期に及んで、なおも状況を混沌めいた方向へと持っていこうとするテッサに本気の怒りを覚えながら、イヴリンは表情を歪める。
だが、それを見たテッサの顔に浮かんだのは狂気に歪んだ笑みだった。
「まだお芝居を続けるの?」
「…………!」
「私がフーガから何も聞いていないと思って? ここまで────」
「そこまでにしておけ。そっから先はアンタが言うべきじゃない」
「────ッッ」
テッサが何を告げようとしたのか。
イヴリンは全てを聞かずとも、理解できた。
讃頌会の介入は予測していなかったにしても、帝高とフーガを手玉に取っていた以上、介入前までの状況はすべて正しく把握していたに違いない。
事実を告げようとしたテッサを、イヴリンが静止するよりも早くナラカが動いた。
彼はテッサの顔下半分を乱暴に掴み、紡がれようとした言葉を遮り、告げる。
「二の足を踏んでいるからこんなことになる。せめて、隠していた事実は自分から明かせ。それが、誠意というものだ」
「………………っ」
「あまり心配するな。オレがせっついた責任もあるからな。もし捨てられたら、オレの店で扱き使ってやろう」
「今の給料の十分の一でか? それは勘弁願いたいな」
「そんなに貰ってるの……?」
「ンナッ……(ナラカ、大企業の給料舐めすぎだよ……)」
「なに? なになになに? イヴを引き抜くつもり……? ダメよ! でも、交際と結婚は可! 今すぐ抱きなさい! 抱けーっ!」
「ナラカ、この状況で……!?」
「お前ら、何を勘違いしてんのかなぁ……!?」
ナラカの厳しくも不器用な励ましに背中を押されて。
何を勘違いしたのか、はしゃぎ出したアストラとリンに、イヴリンは思わず笑ってしまう。
あまりにも混沌とした状況にあって、変わらない日常が繰り広げられているのようで。
随分と気が楽になった気がした。
醜く争い続ける世界を生きる、虚飾に満ちた醜い自分自身を、曝け出してもいいと思えるほどに。
「アストラお嬢様、あなたに黙っていたことがある」
「大将と、良い関係なのね……!」
「違う……いや、今後は分からないが」
「いやないだろ。どう考えても釣り合わんわ」
「大丈夫だよナラカ! 恋はいつでもハリケーンだから……!」
「恋で全部吹き飛ばすおつもり……?」
自身の気持ちなど全く届いていない周囲を黙殺し、イヴリンが次なる言葉を告げる。
いや、黙殺はしきれなかった。
ナラカの言葉には、正直なところ腹立たしさを覚えたが、今は反応すべきではない。
「私はフーガが雇った“組織”のスパイ、コードネームを「シェーレ・グリーン」という」
「シェーレ・グリーン……? グリーン? 何よそれ! イヴの髪は綺麗な金髪じゃないの!」
「そういう意味じゃないと思うぞアストラさん! 確か、すげー綺麗な緑で毒性の強い顔料でしたっけ?」
「だったら、もっと合わないじゃないの! センスがないにもほどがあるわ! イヴが毒なんて、毒、なんて…………時々鋭い毒を吐いたりするわね」
「…………君達は、本当に」
イヴリンの胸中に生まれたのは安堵と、それを上回る大きな呆れ。
全てを捨てる覚悟をして隠してきた事実を明かしたというのに、それがどうしたと言わんばかりの態度。
何一つ歪むことなく、断たれることもない関係は、何よりも暖かな歓びを生み出して。
「私にとって、イヴはイヴ。イヴリン・シュヴァリエ以外の何者でもない。私を支えてくれる、大切で頼りになるパートナー」
「…………アストラ。だが、私が利己的な思いで黙っていなければ、こんな事態には……」
「いえ、讃頌会が来てる時点でもうメチャクチャになってたでしょ。それはイヴが悪い訳じゃないわよね?」
「それは、そうだが……」
「それはそうだなぁ、本当になぁ!」
「大将のせいで!」
「オレ呼んだのはイヴだゾ。そして讃頌会が来たのはアキラとリンの後を追ってた可能性が高い。よってオレは悪くない」
「うえぇぇ!? あ、そうかぁ! ナラカ、コンサート来るつもりなかったから私達を追って、ってコトォ……!?」
「と・に・か・く! 私は過去よりも、
「………………」
「美味しいものをお腹いっぱい食べて! 大好きな人と一緒に笑って! 歌で皆の孤独を癒す……! イヴも一緒にいてくれるでしょう……?」
「…………ああ、あなたを決して、一人にはしないとも」
「イーーーーーーヴーーーーーーーー!!!」
「まったく、これでは二の足を踏んでいた私が────尻を撫でるなぁ!!」
(分かる。親しい人間でも性的なコミュニケーション取られると怖いよな)
頬を撫でるアストラの手の上に自らの手を重ね、赤い瞳を見据えて偽りのない言葉を口にする。
誓いを此処に。
シェーレ・グリーンの名は捨て去った。
過去がどれほど追いかけて来ようとも、私はアストラ・ヤオと共に未来へ進む、と。
「こんな、茶番……!」
「茶番と言うなら、アンタの行いも茶番になった。どう足掻いてもアンタの復讐は遂げられんだろうよ。明日の朝刊は讃頌会の話題で持ちきりだ」
「まだ……!」
「終わりだ。こんな騒ぎじゃ、ヨランの名なんぞ新聞の片隅にも乗らん。あとはもう、誰からも忘れさられるだけだ」
怒りに歪むテッサの顔を見ながら、ナラカは冷厳に告げる。
ただ、その言葉は何かの意趣返しを目的としたものではなく。
「いいのか? アンタが死ねば、ヨランを憶えている者も一人少なくなる。忘却を加速するだけだ」
「だから、諦めろと? ヨランの、あの人の苦しみから目を反らして、のうのうと暮らせと?!」
「認めろ、と言ってる。何をどう足掻こうが、アンタにヨランの気持ちは理解できない。ヨランの苦しみはヨランだけのもの。まして、死人の心など生者が測るべきじゃない。答えの出ない問いは迷妄を生む」
「…………!!」
「アンタの中にある苦しみは本物だ。ならば、アンタのヨランに対する愛もまた本物なのだろうよ。愛別離苦は、その重さに比例するものだからな」
「…………ヨ、ラン」
「────その愛を、憎い連中を殺すために手放すのか? それでは、それこそヨランが報われんだろうよ」
テッサの気持ちを理解できるなど、イヴリンには口が裂けても言えない。
それでも彼女が何を望んだのかは分かる。
彼女が愛したのは大スターでも、悲運の天才でもない。ただのヨラン・ディウィンターだった。
大金などなくても。名声などなくても。例え、歌を歌えなくなっていたとしても。
ただ生きていて欲しかった。
ただ一緒にいられれば、それだけで満足だった。
その気持ちは間違いなく愛と呼べるものであり、ヨランを救ってやれなかったとしても、否定すべきでも、捨てるべきでもない。
「ディウィンター夫人、これを……」
「………………」
「何の慰めにもならないかもしれないけれど、お返しします」
「……うっ、どうして……ヨラン、あなたは、どうして……」
どうして私を置いていったの。
ヨランの遺作をアストラから手渡された瞬間、声にならない慟哭が、滂沱の涙となってテッサの両目から溢れ出す。
彼女の心は折れた。
復讐を遂げる意思は既になく、ただ愛しい人の喪失に嘆き、喪に服す一人の女。
結局、テッサ・ディウィンターは復讐者として愛を投げ捨てることは叶わず、ただ苦痛と共に愛を抱く道を選んだ。
アストラは痛ましい姿に目を伏せながら、ヨランの歌を愛した者として、その肩を抱く。その姿はテッサの愛を肯定する、せめてもの慰めに満ちていた。
「────皆、はぁ……はあ……! ここに、いたのか!」
「お兄ちゃん、カウントダウンは……!?」
「すまない、カウントダウンと起爆装置が連動しているところまでは分かったけれど、止めら────」
中央制御室でカウントダウンへの対処を行っていたはずのアキラが、貴賓室へと飛び込んできる。
その言葉が終わるよりも早く、腹の底にまで響く爆発音が耳朶を叩く。
空に浮かぶスターループ全体が大きく揺れ、傾き、多くの人々の悲鳴と怒号が反響した。
首謀者の心が折れようと、一度火のついた導火線が終端に達するまで消えぬように、いまだ饗宴は終わっていない。
サクリファイス不完全体。
見た目はミアズマのひなに似ているが、サクリファイス最大の目玉である“当人の自我を保ったままの変異”という目標は達成されていない。簡単な命令、変異前に受けた指令しか受け付けない。現状、“終末の獣”の捕獲ないし殺害という命令の下に動いているが、標的を見失ったため、フーガ連中相手に暴れている。
また不完全体の名の通り、体内のエーテルも不安定であるため、どのような変異を遂げるか予測不可能。
アストラ
どさくさに紛れてイヴリンの尻を撫でて御満悦。シリアスとシリアルの間を行ったり来たり。
イヴリン
ようやく真実を明かせて一安心かと思いきや、尻をもみくちゃにされる。
ナラカ&リン
もみくちゃにされるイヴリンの尻を目に焼き付ける。
小説の視点はどちらが読みやすい?
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一人称
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三人称