Side:Naraka
スターループでの一件から三日経ち、オレはすっかりと日常へ戻っていた。
会場が安定航行に入ったのを見届けて、さっさと帰ったのだが、それで世間が許してくれるわけもなく。
案の定、翌朝の朝刊からニュースは、讃頌会の話題で持ち切り。
サクリファイスに関しては情報統制が敷かれたらしく、事件の詳しい内容は伏せられたまま、アストラの尽力によって観客が救われたという流れになっている。
お陰でアストラの人気は更に増し、帝高の株価は急上昇。ファンは激増し、アンチは激減。流されやすい連中の気持ちは、オレに理解できたものではない。
そして、オレはと言えば、事件の当事者達にあらましを聞き、治安局からやってきた朱鳶さんに、仕事場で事情聴取を受けている。
とは言え、オレが渡せる新たな情報など何もなく。
イヴに求められた助けに応じ、スターループへ向かったこと。
其処でフーガや“組織”、讃頌会の襲撃を受けたこと。
会場にいたアキラやリンと協力し、アストラ達に手を貸したこと。
そして、オレが“終末の獣”などと呼ばれ、讃頌会に狙われているらしいこと。
ただただ見たものを見たまま、事実を事実のまま、分からないことは分からないと素直に伝えただけ。
「アキラくんとリンちゃん、アストラさんとイヴリンさんの証言と一致していますね」
「そりゃ嘘なんてつく必要ないしな。面倒だったから会場からさっさと帰ったのは悪いとは思ってるけど」
「それに関しては言いたいことはありますが、今回は不問とします。こうして事情聴取に応じて貰っていますし、そこまで頭は固くありませんので………ありませんので!」
どうやらアキラとリンはきちんと朱鳶さんに事情を説明し、何とか仲直りと相成ったようだ。
それはそれとして、朱鳶さんの受けた傷はまだ瘡蓋で塞がっただけらしい。アキラとリンが悪いよー、アキラとリンが。
とは言え、朱鳶さんにヘーリオス研究所に関しても打ち明けていたのは驚いた。
あの二人、これまで秘密にしてきた反動が出ているな。
これで研究所を襲撃した連中に補足されると厄介だが、秘密を打ち明ける誠実さと必死さに絆された者、信頼をより強固にした者達が二人を守るであろうから、とんとんと言ったところか。
「しかし、何故讃頌会は、大将さんを……」
「心当たりがないんだよな。本気でカルトになんて関わったことはないし…………もしかして、オレ疑われてる?」
「疑っているのではなく、純粋な疑問です。ブリンガー副長官の件で治安局も讃頌会を調べていますが、“終末の獣”なんて単語も、大将さんに関しても、捜査線上に浮かび上がることはありませんでした」
「あー、それ、守秘義務とか抵触してないの……?」
「大将さんは、もう立派な当事者ですよ。自覚を持ってください。悪戯に不安を煽る真似はしませんが、渡しておくべき情報だと判断しました」
「さいですか」
うーん、と朱鳶さんと一緒に首を捻るも、答えなんて出ることも、カルトの事情も分かる筈もなく、切り替えていく。
どうやら、アキラ達はエーテルリンクについては話していないようだった。
まあ、治安局に異能なんて言っても正気を疑われるだけ。アキラとリンはオレの言葉を疑ってこそいないだろうが実感がなく、アストラとイヴは実感があっても説明しきれないだろう。
要するに、捜査を邪魔しかねない余計な情報でしかないわけだ。オレも説明する手間が省けて楽でいい。
「どの道、現状ではどうしようもありませんね。我々も此方や「Random play」周辺の巡回を増やしますが、くれぐれもお気をつけてください。特に、大将さんは屋台をやっているんですから」
「讃頌会が襲ってきたら、ぶっ飛ばしても正当防衛でノーカンだよな?」
「返り討ちが前提ですか。何か武道を納めているのではないかとは思っていましたけど、その余裕は驚きです。相手が無抵抗を示しても手を止めなかった場合、正当防衛ではなく過剰防衛になりかねませんからね」
「成程、一発でノせばいいわけね」
「はあ、そういう意味ではないのですが……。あまり無茶をなさらないように。アキラくんとリンちゃんも悲しみますよ?」
「肝に銘じとくよ。悪いね、わざわざ来てもらって」
「謝るくらいなら、初めから捜査に御協力を。お時間を戴きありがとうございました。では、失礼します」
溜め息をつきながらソファから立ち上がるが、敬礼と共に玄関へと向かっていく。
その後を追い、見送りと共に言葉を贈ることにした。
「アキラとリンのことだが、悪かったな。事情が事情なだけに仕方ないところもあるが、朱鳶さんの信頼を裏切ったのはウチの二人だ」
「……いえ、仕方がないかと。私が、二人の信頼を得られなかった以上、事実を明かすにはリスクが高すぎます」
「それは違う。アイツ等の人を見る目がないのが悪い。オレは一目で信頼すべきかどうかは分かるがな」
「普通は、自分の目にそこまで自信は持てませんよ。それから、大将さんは……」
「オレは知っていたと言うよりも、察していた、だな。二人の口から直接聞いたのは最近だ」
「そうですか。なら、お二人は……」
「他人に巻き込まれても怒らん癖に、他人を巻き込むのを恐れているらしい。まったく馬鹿馬鹿しい。間抜けな話だ」
「……辛辣ですね」
「事実さ。失望されるのを恐れ、起きた事態を隠し、明かすタイミングを見誤って余計に事態を悪化させる。まあ、アイツ等というよりも、この街全体の悪癖だが」
「街の、ですか……」
「ああ、どいつもこいつも、自分ひとりでどうにもできなくなって、ようやく事実を明かす。スターループの事件だって、イヴリンが二の足を踏んでいたから起きてしまったようなものだ。讃頌会は関係ないけどな」
「………………」
「この街は始まりからして、
その点、朱鳶さんは新エリー都を蝕む致命的な宿痾に犯されていない。
単に幸運な人生を送ってきただけであったと言えばそれまでだが、それ以上に周囲によって育まれた、朱鳶さん自身が育んだ人間性によるものだ。
オレは正義や法、正しい道理を押し付けてくる人間など反吐が出るほど鬱陶しい。
反面、自らの行いを常に疑い、ただ正しくあろうと努力する人間は好ましく、その力になれるならば悪い気はせん。
だからこうして柄にもなく説法などして、アキラとリンへ示した態度を気にし過ぎている朱鳶さんの悩みを解きほぐしている。
「アキラくんとリンちゃんは優しいですが、大将さんは面倒見がいいですね……」
「オレが? それは人を見る目がないにもほどがあるな。オレは、気になることがあったら一言いわなきゃ気が済まん性分なだけだ。だから、誰かのためじゃないし、ためにならなくても構いやしない」
「相手に嫌われるかもしれないのに、わざわざ? それを面倒見がいいと言うんですよ」
「ならそういうことにしておこう。何にせよ、気にし過ぎないように。自責と他責は客観的に見ることが肝要だ」
「分かりました。肝に銘じておきます。それでは」
最後に薄く笑い、朱鳶さんは颯爽と去っていった。
これなら、仕事にも身が入る。アキラとリンとも上手くやっていけるだろう。
しかし、いつ見てもいい尻だ。イヴにも勝るとも劣らない。
流石は完全無ケツの治安官。でも、あの腰についているハンドルみたいなものは一体何のために……。
side:Isolde
「────はあ」
「おや、イゾルデ大佐! お戻りに……私服でありますね。休日も完璧なコーディネート、格好いいであります!」
「休日? 何を言っているオルペウス。イゾルデに休日などあるものか。休めと言って休むような性分じゃない。休ませるのなら気絶させる必要がある」
「確かに、イゾルデ大佐は働きすぎですね。過労死待ったなしです」
「オルペウスに鬼火、それにトリガーまで。好き放題に言ってくれるな……」
新エリー都軍は、オボルス小隊の隊舎に急ぎ戻り、休憩室でコーヒーを味わっていた私のところにやってきたのは部下の三人。
いや、今は二人と一機が正しいか。
オルペウスは赤毛の羊のシリオン。鬼火は銃型の知能構造体。トリガーは金髪にポニーテール、大型のバイザーが特徴。
いずれも信頼に値する部下達だ。
体力をつけるための基礎訓練を行っていたのか、オルペウスとトリガーはトップスにボトムスのみで汗まみれだ。
男性隊員から邪な視線を向けられそうな格好だが、幸いなことにオボルス小隊に男はいない。これくらいは目を瞑ろう。
「ですが、折角の休日なのにお疲れの御様子ですね」
「生憎と休日じゃない。讃頌会への潜入捜査だよ」
「……イゾルデ、お前。上の許可は取っているんだろうな」
「無論だ、鬼火。軍人として作戦行動を取る以上、上の承認は必須。最近、讃頌会は活発になり始めている。すんなり許可は下りたさ」
「大佐、相変わらずフットワークが軽すぎるといいますか……」
「機を見るに敏、だよ。タイミングを逃せば、得るものも得られない。もっとも、今回は空振りだったが」
「と、言いますと……?」
「今日は集会の予定だったのだが、拠点が引き払われていた」
「それ、は……」
「大問題だ。私の正体がバレていた」
以前から讃頌会への潜入捜査を行っていたが、今日になって全てが水の泡になった。
鬼火は自分にさえ何も言わずに、と言いたげだったが、彼女にはオボルス小隊の教導に集中してもらいたい。如何せん隊員のいずれも癖が強いからな、彼女自身も含めて。
しかし、溜め息をつかずにはいられない。
以前の集会までは幹部クラスの信徒からも不審に思われていなかったはずにも関わらず、今日は集会場へと向かっても蛻の殻。
残された情報は何もなく、信徒の姿は影も形もない。ただ、疑問点は多い。
「正体がバレていたのに、逃げるだけでありますか。讃頌会にしては、少し常識的すぎるといいますか、弱腰すぎるといいますか……」
「そうだな。私も、そうなれば捕まった挙句、生贄にされるぐらいは覚悟していたのだが……」
「縁起でもないことを言うな……! お前がそう易々と捕まるものか! 問題なのは、何処から情報が漏れたかだろう。それとも、ヘマでもしたか……?」
「言ってくれるな、鬼火。私の行動で何か違和感を与えた可能性は完全に否定できないが……」
「その場合は、拠点を引き払うよりも、捉えて何者なのか情報を吐かせたい、でしょうね」
「そうだな。讃頌会は組織としては零細、新たな拠点を得るために無駄な資金は使いたくはないだろう。そのリスクを背負ってまで拠点を引き払ったと言うことは……」
「……イゾルデ大佐の身分が割れていた、ということでしょうか?」
部下と共に、思考を組み立てていく。
オルペウスの言うように、讃頌会に私の身分が完全に割れていたと見たほうがいいだろう。
防衛軍と事を構えるよりかは、いくつかの拠点を失った方がマシという判断のように思える。
問題は、私の情報をどうやって得たか。下手をすれば……。
「上が讃頌会と繋がっている可能性は……?」
「鬼火、君が上層部を信用していないのは知っているが、滅多なことを言うものじゃない」
「しかし、鬼火隊長の言い分ももっともでは……」
「君もか、トリガー。ただ、少々疑問が残る。どうして私を消そうとしなかったのか。上層部が情報を流したとしたら、自分に繋がる可能性は少しでも消しておきたいはずだからな」
「……むぅ。それもそうだな。お前なら、辿り着きかねない」
「過大な評価だが、ありがたく受け取っておこう」
今現在、考えられる可能性は二つ。
一つは、皆が危惧したように軍の上層部と讃頌会が繋がっている可能性。
完全に油断はできない。讃頌会はカルトとは言え、100年経っても滅ぼせていないしぶとさがある。
その歴史の長さを考えれば、軍の上層部にまで潜り込むことも不可能とは言い切れない。
だが、やり方が手緩いのもまた事実。
今回の潜入任務は、軍内部でも一部の者しか知らない。
情報を流して拠点を引き払うよりも、私を消す方法を取った方がリスクも減らせ、防衛軍と事を構える事態にも発展しなかったはずだ。
ならば、考えられるもう一つの可能性は────
「讃頌会に、イゾルデ大佐を知っている人が、いたのでありましょうか……?」
「それも、否定はできないな……まあいい、私は報告書をまとめるから、二人は訓練に戻るように。鬼火は残していってくれ、隊の今後について話がしたい」
「「了解……!」」
私の命令に、オルペウスとトリガーは敬礼で応じる。
その後、オルペウスはいそいそと自らの尻尾と連結された鬼火を取り外し、トリガーの後を追っていく。
「トリガーさん、朝からずっと何かを聞いておりますね! 音楽ですか?」
「いえ、ニュースやSNSの動画を。ええっと、その、知り合いのことを話しているようで……」
「ほうほう。おや、スターループのニュースですか。こちらも讃頌会が関わっているようですけど、もしやあのアストラ・ヤオと……!?」
「いえ、そちらではなくて……」
「行ったな。それで、讃頌会の話の続きか……?」
「いや、そちらは現時点でこれ以上は判断しようがない。別件だ、ニュースを見ていないのか?」
「オルペウスの奴がニュースを見ようとしても教育番組だのアニメだの、音楽番組にチャンネルを変えるんだよ……!」
「そ、そうか。そういう年頃だから仕方がないか…………これだ」
机の上で蛇のように鎌首をもたげた鬼火に、携帯を操作してある動画を見せる。
それはSNSにアップされた私的な動画であり、スターループで発生した事件の一部を移したもの。
現在は削除されてしまっているが、その前に私が保存したものだ。
動画の中では異形の仮面を被った男が、自立制御ユニットとサクリファイスを相手に大立ち回りをしている。
身長も身体つきも、顔を隠すものさえ変わっているが、右腕の武装を私と鬼火も見違えるはずもない。
「────奴だ」
「……ッ! 本当に、何なんだコイツは……! 長く沈黙していたかと思えば、いきなり姿を現すなぞ……!」
旧都陥落の日。
当時、私と鬼火が所属していたアガメムノン小隊は、想像を絶する数のエーテリアスを前にして、壊滅の危機に陥った。
だが、撤退の二文字は私を含めた小隊の人間には存在しなかったのもまた事実。
任務の内容が、民間人の避難支援であったからだ。もっとも、それさえも偽りであったが。
残念ながら、その件を立証するだけの証拠は揃っていない。
腹の底で黒々と燃える復讐心はあったが、それでも身を燃やし尽くされなかったのは、突如として現れた
小隊では対応しきれない数のエーテリアスを前に、徐々に、だが確実に戦友達が負傷し、命を散らしていく最中、奴は突然現れた。
何の前触れもなく、エーテリアスの大群に横合いから斬りかかった黒い影。
恐れもなく、一歩も引くことなく、ただひたすらに悉くを斬滅する暴力の化身。
圧倒的な殺意と戦意。まるでそれしか知らぬ、それしか持たぬと言わんばかりに、片刃が完全に潰れて血錆びた大剣を振り回す覆面の少年だった。
何が起きたのか、何のつもりなのかも分からない存在であったが、小隊が救われたことだけは確か。
どういうわけか、今まさに隊員へと襲い掛からんとしていたエーテリアスさえも突如として、奴へと標的を変えた。
そのさまは、まるで砂糖菓子に群がる蟻のように容赦もなく、躊躇もなく。
対する奴は、丁寧に、丹念に、一匹ずつ斬り伏せていながらも、津波の如き襲撃と拮抗していた。
私を含めた誰もが啞然としている中、右腕のふざけた武装────パイルバンカーを放つと同時にその場を離脱。
別の何者かが運転するトラックへと飛び乗ると、エーテリアスを引き連れて去っていった。
その後、我々小隊は遅れて救援に訪れた雲嶽山宗主と一門の助けを受け、多くの戦友が救われた。
「何者なんだ、一体……」
「少なくとも、市政の人間ではないだろうな。個人戦力としてならば星見 雅にも比肩しうる。TOPSに対する抑止力として利用するために、虚狩りの称号を叙勲させているはずだ」
「そして、今回の件を考えるにTOPSでも讃頌会でもない、だろうな」
「いずれにせよ、所在だけでも捕捉する必要がある。その目的もな」
「…………他の勢力に、動きは?」
「市政にもTOPSにも、動きらしい動きはない。明確に奴の存在を認識しているのは遭遇した上で生き残った我々だけだ。上層部にも報告しているが、今の今まで“ありえない”で済まし、存在を認めてこなかった。今頃は頭を抱えているだろうさ」
旧都陥落後、ありのままをありのまま報告したが、上層部は“奴”の存在を認めなかった。
そんな戦力が存在するはずはない、お前達が何かをしたはずだ、雲嶽山は何をしたのか、と意味のない追及は苛烈を極めた。
その過去を思い出すだけで、うんざりした気分になる。
「…………私としては礼を言いたくはあるがね」
「それは……私も同じだ。奴のお陰で、失われるはずだった戦友の命が救われた。だが、軍人としては……」
「分かっているさ。放置はできない。私も、個人的に探ってみるとも……」
ナラカ
旧都陥落時に暴れ散らかした張本人。アガメムノン小隊だけではなく、他の隊も認知しているところはあるが、正体はバレていない。なお、本人に助けた認識はない模様。
イゾルデ&鬼火
戦友の命を救ってくれたことは感謝しているが、同時に強く警戒している。そりゃ虚狩りクラスと考えている戦力が何処の勢力にも属していないとか警戒するしかない。
新エリー都防衛軍。
どうすんだよ。旧都陥落時にぽつぽつあった
市政&TOPS
防衛軍から情報を得ていないから、スターループの件を見ても、まあ強いよね、でも最悪、虚狩りとかぶつければいいっしょ、としか考えてない。それよりも、讃頌会が狙っている理由の方が気になっている。旧都陥落時に暴れ散らかし、好き放題やって平気な面して帰ってこれるレベルの怪物と認識してない。
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