side:Naraka
相も変わらず、新エリー都は騒がしい。
表向きには何も変わらないようでいて、裏では様々な危険や悪意が蠢いているようで。
「御馳走様。成程、面白い試みだ。これなら常連客も新規客も見越したテコ入れになるだろう。では、失礼するよ」
「そうかい。アンタがそう言うなら、効果は期待できそうだな。お粗末さん」
時刻は早朝。
ポート・エルピス近くの海岸線では、地平線から顔を出した太陽が差し込んでくる中、目深にフードを被ったジャージ姿の常連客が去っていく。
今日は朝まで働いて、最近、売上が落ち気味だったから考えていたテコ入れを実践。結果はなかなか好評だった。
多少、手間はかかってしまうが、スープや麺を変えるとなると全体のバランスも変わるので、我ながらいいアイディアだったと思う。
さて、もうそろそろ店仕舞いにするか、などと考えていると、遠目に見知った顔と見知らぬ顔の二人組が此方へと歩いてくるのが見えた。
見知らぬ顔の方は常連客とすれ違うと振り返り、首を傾げたが、すぐに首を振って再び歩き出す。
「ナラカ様、まだ店は開いておられますか……?」
「ああ、ライカンさん。もう閉めようと思ってたが、アンタなら話は別だ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「で、そっちは……?」
「お初にお目にかかる。オレはヒューゴ・ブラド。其処の執事殿とは……単なる知人だな」
「店に来た以上、金を払ってもらえりゃいくらでも喰わしてやるが、まずは病院行った方がいいんじゃねえか……?」
やってきたのはライカンさんと見るからに伊達男と言った風体をした美形。
リンとアキラが見たら、確実によくない目で見るであろうレベル。年若い女なら思わず振り返るだろう。
しかし、やたらと色白で顔色も悪い。
生まれ持った肌の色や低血糖、低血圧だけでは説明できない。
大量の脂汗でも流したのか、伊達男にしては額がテカっているし、顔も何だか汚れている。何をしてきたことやら。
「いや、この程度どうということはない。気にしないで貰えると助かるね」
「そうかい。まあいい、座れよ。疲れているんだろう?」
「………………」
「おい、ガウタマ。新規の客におしぼりだけじゃなくて蒸しタオルも用意してやれ。折角の色男が台無しだ」
「ンナナッ!(りょーかーい! ヒューゴさん、少し待っててね)」
「……心遣い、感謝する」
オレが入店を断るとでも思っていたのか、色男──ヒューゴは僅かに目を見開いた。
ほら見たことか、と言わんばかりの表情を作り出すライカンさんに、ヒューゴは忌々しげに舌打ちする。
だが、その苛立ちを此方に向ける気がないだけ上等だろう。
椅子を引き、ゆっくりと座る動作だけでもかなりの疲れが見てとれる。
戦闘してきたわけではないか。その割には怪我が少なすぎるし。何にせよ、客である以上は金の分だけ喰わせてやるだけだ。
「…………ふう、さっぱりした。ありがとう、助かったよ」
「ンナンナ(いえいえ、今後とも御贔屓にして頂ければ……)」
「……ボンプの割に、抜け目がないな。しかし、貴様に誘われるのが屋台とは思いもしなかった。ヴィクトリア家政の執事殿が選ぶには似つかわしくない」
「それを言うなら、アンタも似合わんぞ。なんか絵面がすげーことになってるわ。もうおもしれーレベル。二人してオレのこと笑わせにきてる?」
「そのようなことは。ヒューゴ、オレを罵るのは構わんが、「一期一会」を侮辱するのは許さんぞ」
「…………おぉ」
「侮辱など、とんでもない。オレは美味いものは美味いと言うし、不味いものは不味いと言わせてもらうまでだ。今のところ、この店に対する評価はフラットだとも」
「…………へぇ」
「「……何か?」」
「いや、仲いいなと思って」
「気のせいでしょう」
「気のせいだ」
「じゃあ、そういうことにしておくか」
どういうわけだか、変に意地を張っている二人を横目に肩を竦める。
あのライカンさんが敬語を使わない相手がいるとは思ってもみなかった。
ヒューゴはヒューゴで皮肉屋ではあるのだろうが、確かな芯を感じる。
この二人、すげー相性いいだろこれ。
変に皮肉を飛ばし合うより、気安く付き合っていく方が楽だと思うんだがねえ、オレは。
まあ、その辺りは二人が決めることなので、口を挟むつもりはない。
店で喧嘩でも始めようものなら、まとめて叩き出すが、舌戦くらいなら大目に見よう。
しかし、絵面が華やかだ。
やっぱ屋台で見れる絵面じゃねーよ。色男&伊達男二人が並ぶさまは。おもしろ。
「で、注文はどうする……?」
「その前に、聞きたいのだが……ここは屋台ラーメンかな?」
「それ以外に何に見えるんだよ。おでんでも焼き鳥でも鉄板ものでも、足りないもんが多すぎるだろ」
「では、この瓶は何だ? ラーメンに詳しくはないが、普通ではないのは分かるのだが……」
「ああ、これか」
「私も初めて見ますね。以前、訪れた際にはなかったですが……」
「最近、売上が落ちてきててさ。常連が離れていってるわけじゃないが、新規が少なくなってきてるんでね。ま、テコ入れって奴だ」
単純に疑問だったのだろう。
ヒューゴが問うてきたのは、カウンターの上に置かれた七種の瓶。
中にはそれぞれ色の違う液体が入っており、二人には見慣れないものであったようだ。
と言うか、他のラーメン屋にはこんなものはない。
色々と考えていたアイディアの一つを形にしてみただけだ。
「いや、ラーメン屋のする工夫やこだわりの中で、まだ他の連中があんまり手を付けてないところがあってさ」
「工夫やこだわり……麺やスープ、それに具は、それぞれの店に特色があるのはよく聞くが……」
「そうそう。でもな、香味油にこだわってるところは少ないなー、と思って」
「香味油と言いますと、鶏油が一般的、でしょうね」
「うん。ウチもメインは鶏油。限定ラーメンだと合わせて別の油も使うんだが、折角だし香味油にもこだわってみるかって思いついてさ。これで油の数だけ味にバリエーションが生まれる」
「だが、香味油だけで其処まで味が変わるものなのか……?」
「かえしと出汁は同じだからベースは変わらないが、一口目のインパクトが変わる。麺にも絡まるから、全体の印象もだいぶ違うよ」
「成程、経営や負荷の観点から見ても、スープや麺を変えるよりも手間もかからないでしょう。それに、これまでの味が好みなら鶏油を選択すればよい、と」
「常連客にも配慮して、か。面白い発想だな、味の方にも期待できそうだ」
「そりゃどうも。判断は食ってみてからにしてくれ。で、注文は?」
「そうですね……私は、醤油ラーメンに煮干しの香味油を。半チャーハンのセットは……」
「悪りぃ、飯が切れててね。もうチャーハンを作らなくてもいい、やったぜ……!」
「相変わらずチャーハンは作りたくないのですか。では、麺は大盛で」
「………………」
香味油の種類は七種用意した。
元々使っていた鶏油に、煮干し、カツオ、アサリやシジミなどの二枚貝、海老、唐辛子、ネギ・ニンニク・エシャロットなどの香味菜。
要は醤油、塩、味噌の三種と香味油の七種で、大した手間をかけずに二十一種の味わいを生み出せるわけだ。
因みに、この手法は他のラーメン屋では使えない。どの店も、個性やウリがある。よって香味油も最も合うものが必然的に生まれてくる、
だが、オレのラーメンは極力個性を排し、職人としてのエゴも入っていないが故に、多くの香味油や調味料と調和し、味や風味が喧嘩をしない。
自画自賛だが、なかなかいいテコ入れになったと思う。
常連には鶏油で“いつもの味”を提供できる上に、新たな味にもチャレンジでき、新規には目新しさで客寄せの一環となる。
ただ、失敗点も見えてきた。
香味油による味の変化を予想できない
これはガウタマも予想していた。
良いものであれば売れるという訳ではない。良いものであれ、適切な売り出し方をしなければ売れはしない。
とどのつまりは、説明不足。
どの香味油を使うと、どんな味わいになるのか、説明文でも用意した方がいいか。
“見出しや売りは分かりやすく”が商売の鉄則だ。客は情報も含めて喰っているものだからな。
「ああ、悪いな。今日、始めたばかりの試みなんだよ。ラーメンをそんなに喰わんなら、味も想像しにくいだろう」
「気を遣わせたか。パスタはよく食べるのだが……。折角だ、店主殿のおすすめは?」
「特にはないのが正直なところだが……そうだな、パスタを食べるなら、塩が一番馴染みのある味になるんじゃねえかな? 貝の香味油を入れて、ニンニクのすりおろしをいれるとスープパスタのボンゴレビアンコに近いイメージになる」
「ふむ、そう考えると、其処まで悩むものではないか。では、今の組み合わせで一つ」
「あいよー」
いらん世話かとも思ったが、オレの説明は功を奏したらしく、ヒューゴも注文を決定。
早速、調理に取り掛かる。
香味油を変えるだけなので、屋台での調理それ自体は変わらないのが、このテコ入れのいいところ。
普段通りの動きで己の仕事を進めていくが、ライカンさんとヒューゴの間に妙な空気が漂い始めた。
元々の相性は悪くないと思うのだが、何と言うかギクシャクとしている感じ。何かあったのか。
仕方ない、こんな雰囲気も苦手だし、オレが話を振るとしよう。
「しかし、よく分からん組み合わせだな。師匠筋は同じと見たが」
「ほう、何故そう思う? こちらの執事殿は兎も角として、オレが何者か分かるとでも?」
「盗人の類だろう? そういう動きだ」
「…………?!」
「……ナラカ様」
「別に咎めるつもりはねえよ? オレは治安局の人間でもあるまいし、証拠もないからな。単に、そう見えたってだけだ。あと、二人とも動きの肉付けは違うが、骨組みや根っこ、土台が似てるなー、ってだけ。当たってるだろう?」
見たまま感じたままを伝えただけだが、ヒューゴは片眉を吊り上げてライカンさんを見た。まるで、おいどういうことだ、と問い質さんばかりの勢いだ。
オレは別に、客が盗人であろうが構いやしない。
単なる屋台ラーメンの店主なのだから、犯罪者を捕まえる義務もないしな。目の前で現行犯されれば、通報の義務は生じるだろうが。
ライカンさんは僅かに驚いていたようだが、説明をしても? と視線を向けてきた。
無論、オレに拒否する理由などない。隠してもいないのだ、変わって説明してくれるのなら、ありがたい限りだ。
「ナラカ様はプロキシ様の御家族だ。それくらいは今回の件で調べているだろう?」
「それは知っているが、オレ達についても話したのか」
「話していない。だから、オレも驚いている。だが、実力は確かな方だ。何せ、あのスターループの一件、その解決に尽力したのだからな」
「…………成程、それならば驚愕はしても不思議はない。御慧眼の通りだよ、“終末の獣”殿」
「何だ、裏でそんな大仰な名前で呼ばれてんのかよ、オレは……讃頌会について調べているってことは、アキラとリンが言ってた怪盗ってのはアンタのことか」
「ナラカ様、この件についてですが……」
「ああ、説明はいらんよ。オレは興味がない。アイツ等が選んだことだし、死んだわけでもあるまいし、そっちはそっちで好きにしてくれ」
市長閣下殿の依頼で、アキラとリンが何処ぞのラボから盗み出されたコアの後を追っていることは本人達からも聞いている。
その過程でリンが、手を組んだモッキンバードとかいう怪盗に人質に取られ、エラい目にあったとも。
その怪盗はライカンさんに処されたと言っていたが、真実は違ったらしい。
まあ、二人の目的が何にせよ、悪意があるように見えないし、利用したのではなく、あくまでも必要な行いであったと思っておこう。
「一応聞いておくが、アキラとリンをどうこうしようって気はないよな」
「誓って、そのようなつもりはありません。あくまでも、今回の件を穏便に解決するための策、と思って頂ければ幸いです」
「腹立たしいが、オレも同じ答えだよ。信じるかどうかは貴公の権利だ、店主殿。責められても手を上げられても文句は言えん立場だ。無論、抵抗はさせてもらうがね」
「潔いな、気に入った。讃頌会だけでなくTOPSも絡んだ一件だ。オレが出しゃばるよりもアンタ等二人に任せた方がよさそうだし、口を挟むのは止めておくよ」
「…………意外だな、罵られる程度は覚悟していたが」
「後戻りができなくなる前に、二人には説明する気はあるんだろう? それなら構わんよ」
「そのつもりはあるが……いいのかね?」
「何もかも説明する気もなく利用しようって輩に比べればマシだからな。二人の安全も優先してくれているようだし、一先ずは、ってところだけど」
「君も、リン君やアキラ君と同様に人が良いな……」
「そりゃ勘違いだ。今回はこっちの線引きを超えてねえってだけだよ。ああ、“終末の獣”云々に関しても、何か分かったら教えてくれると助かるね」
「オレも君を気に入った。ヒューゴ・ヴラド個人として約束しよう。情報を入手したのならば、必ず最優先で開示するとな」
調理の手を止めず肩を竦めて応えると、ヒューゴは薄く笑みを刻んだ。
怪盗が益も求めず、借りを返すためだけに自身の名を明かしてまで約束するもんかね。人が良いというのなら、そっちの方だろう。
“終末の獣”という呼び名には相変わらず、心当たりはない。
だが、その言葉が指し示している意味は、何となく分かる。問題は、オレとガウタマしか知らないはずの事柄を、何故讃頌会が知っているか、だ。
誓って口を滑らせてなどいないのだが、一体どんな絡繰りがあるのやら。
カルトの好き放題にうんざりしながらも、丼に麺と具、おまけにチャーシューは一枚多く盛り付けて注文の品が完成した。
目敏いガウタマがおまけを見つけて睨みつけてきたが無視しておく。一仕事終えてきたらしい二人におまけくらいしてもいいだろう。
「醤油ラーメンの煮干し油麺大盛りと塩ラーメンの貝油並盛り、お待ち」
「ほう、香味油が変わると一気に魚介系の香りに変わりますね」
「こちらは、アサリの良い香りだ。いや、別の貝も入っている気がするな」
「そりゃシジミだな。ホタテやハマグリも使ってみたかったんだが、材料費が高くなりすぎてね」
「シジミか、あまり馴染みがないな」
「アサリよりも小さい貝だよ。出汁としての風味が優れているから、洋食では見かけないだろうな」
ライカンさんほどではないにせよ、ヒューゴも嗅覚に優れているのか香味油の香りから材料を推察してみせた。
これなら味覚の方も優れていることだろう。舌バカな常連客よりも、コイツの感想の方が今後の参考になりそうだ。
二人がレンゲでスープを一掬いし、口元へと運ぶ。
「おぉ、これは確かに。一口目の印象が以前とは全く別物に……」
「オレは初めてだが、驚きだ。この値段と提供の早さで、これほどの味とは。貝出汁や鶏ガラの旨味が舌の上で踊っているようだよ」
「屋台だからと馬鹿にしたもんじゃないだろう……?」
「素直に脱帽だ。一口で理解させられた。もう二度と店主殿の腕と舌に疑いの目は向けん」
「じゃあリピート確定ってことで」
「ああ、これは他の組み合わせも気になるな。食は未知への期待と既知への安堵が混在しているものだが、素晴らしいバランスだ」
「つまり……?」
「シンプルに美味い。その一言に集約される。君は小難しい賞賛の言葉など嫌いだろう?」
「ふっ、見る目があるな。オレの店では美味いか不味いかだけ言ってくれりゃいい」
会話や立ち居振る舞いから、オレの人間性を見たのか、ヒューゴは不敵な面構えで微笑んだ。
そして、よほど腹が減っていたのか、その後は無言で麺とスープを啜っていった。
その表情は、間違いなく食の幸福を噛み締めている。
人間、最後に残るのは食欲というし、生と食はどうあっても切り離せない。生命は飢えるために生きていると言ってもいいほどだ。
口数が多く、キザったらしいこの男が無言になるほど楽しんでいるのなら、ラーメン屋冥利に尽きるというもの。
ライカンさんも店の味がヒューゴの舌にあったようで安堵したのか、己も丼から麺を啜った。
しかし、二人とも良い客ではあるんだろうが、色男二人がラーメンを啜る姿は現実感がなさ過ぎて酷く面白い。
どう考えたって、この二人が食べるなら、フレンチやイタリアンが最低ラインだろうに。
何にせよ、今後とも御贔屓に。
客をガッカリさせぬよう、オレも努力を怠らず、研鑽を重ねていくとしよう。
ナラカ
コイツの怖いところは、実際に戦ってみないと強さが全く分からないところ。なので、今まで誰からも注目されることがなく、ヒューゴも驚いた。本人曰く、この街の連中が実力隠すの下手なだけだと思う、とのこと。
ヒューゴ
普段はラーメンなどあまり食べないが、「一期一会」は舌にあった模様。場面は例の薬が抜けた後なので空腹であったため、食べ終わったに大盛りでもよかったな、と呟き、ナラカを吹き出させた。
ライカン
もうリンとアキラは自由だし、市長は裏で自分に何も言わずに何かやってるしで、「一期一会」で食べるのが、ストレス解消になっている節がある。
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