終末世界のラーメン屋台の店長さん   作:一反木綿豆腐

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本日のベーグル計画

エレベーターに乗って二階へ

目の前に猟犬の幻影が出待ち。びっくりしすぎて固まる

スマホプレイヤーなのでエレベーターから出るまで回避コマンドが表示されず

パニくって、エレベーターから出れずにボコられる

猟犬実体化

ダウン寸前に抜け、半泣きで変異体ギルタブルルへ突撃

トラキアンと焦天残火、各エージェントの終結スキルゴリ押しで事なきを得る。


ふざけるなよ、猟犬。ハメ技じゃないか。敵がそれやっちゃダメだろ……。
ようやくの思いで解放して金貯めて作った装備品全ロスするところだったぞ貴様。マジゆるさねぇ……。



話は変わりますが、評価・感想ありがとうございます。嬉しさのあまりパエトーンダンスwithアキラverを踊っております.
大変励み、またやる気になりますので、引き続きよろしくお願いします!



ラミルと塩ラーメン②

 

 

 

「痛ぁっ、しくじったなぁ。まったく、何がなんだか…………」

 

 

 深夜の路地裏で、少女は壁に背を預けて立っていた。

 華々しい表通りとは裏腹に、ゴミが散らばり、吐瀉物と排泄物の匂いが満ちる路地裏は、新エリー都の在り方を端的に表しているようだ。

 

 余りにも多くの喪失と大きな犠牲。

 それに見合わぬ少ない成果に小さな繁栄。

 分類であれば前者に当たるであろう自分自身に、思わず自嘲が漏れる。

 

 服が汚れるのも構わず、その場に座り込んだ。

 

 目覚め。混乱。正体不明の接触者。横から割り込んできた襲撃者の集団。

 

 驚きよりも先に、身体が動いた。

 集団の攻撃を交わし、ナイフを奪い取って反撃に出たが、抵抗する術のない接触者の姿は既になく、形勢は不利。

 生じた混乱に乗じて何とか遁走したが、右の上腕に流れ弾が当たり、今もなお出血が続いている。

 

 何より衝撃的だったのは、集団の追跡から逃れるために入った新エリー都の街並みが────

 

 

「………………っ!!」

 

 

 突然生じた気配に、それまでの思考を全て放棄せざるを得なかった。

 

 自由になる左手でナイフを逆手に構えたが、頭よりも先に身体が悲鳴を上げる。

 

 襲撃者の追撃を警戒したのでもない。

 ましてや怪我の痛みによるものでもない。

 それが何かを理解するよりも早く、気配の主は姿を現した。

 

 

「……………………」

 

 

 現れたのは頭にタオルを、腰に前掛けを巻いた、黒Tシャツの男。

 顔立ちは整っているのだが、鋭すぎる双眸が全てを台無しにしている。

 これではすれ違った人々も、やたらと目付きの悪い男という情報しか頭に残るまい。

 

 あからさまに場末の飲食店勤務といった出で立ちで、襲撃者を警戒していたラミルは露骨に肩透かしを喰らう形となった。

 先程、身体が上げていた悲鳴すら忘れてしまうほどに。

 

 こちらの存在に気付いた彼は、手にしていたゴミ袋をその場に取り落とす。

 

 反応は分からないでもない。

 ゴミを捨てに行った先、怪我を負った女がいるなど考えてもみなかったろう。

 

 その割に表情に変化がなさすぎる。

 驚きが上限を上回れば無表情になることもあるだろうが、どうにもチグハグな印象を拭えない。

 

 

「おい、大丈夫……なわけないか。怪我しているようだな」

「………………」

「理由は分からんが、警戒は理解できる。だが、そのままってわけにもいかねえだろ。近くに店がある。軽い手当ぐらいならできるぞ」

 

 

 彼女は、無防備に近づいてくる男の神経と真意が測れずにいた。

 一般人であれば、ナイフを握った女になど近づこうとはしない。

 誰とて厄介事に巻き込まれたくはないのだから。

 

 さりとて、接触者や襲撃者の一味でもない。

 前者は研究者気質、後者は訓練された戦闘員。

 どちらも立ち居振る舞いから滲み出る雰囲気をよく知っている。

 

 男は、どちらにも当てはまらない。

 

 どうするべきか。

 決定的な結論を出せぬまま、気が付けば男は間合いの内側へ。

 その姿は自ら脅威へ近づいている自覚さえもないのか、相変わらず無防備で無表情。

 

 ──もう何だか、すべてが馬鹿らしくなっていた。

 

 見ず知らずの誰かの真意を測るのも。

 他人の思惑に巻き込まれ、利用されるのも。

 

 

「──行くぞ」

「あっ、ちょ、っと、危ない、から……」

 

 

 肉体ではなく精神の疲弊から動くこともままならず、ナイフを握ったままの手を捕まれ、引き起こされる。

 

 男の太い腕から想像できる通りの有無を言わせぬ強い力。

 久方ぶりにさえ思える人肌の温もりは、何処までも暖かい。

 

 何より、無表情のまま自らを見つめる鋭い瞳は、紛うことなき慈悲が浮かんでおり────結局、警戒心はそのままに、抵抗だけはできなかった。

 

 

「ンナッ、ンナンナァ(これでよし。傷口が綺麗だったから傷跡は残らないだろうけど、念には念を。きちんとした医療機関でもう一度検査はして貰ってね)」

「……うん、ありが、とう」

 

 

 連れてこられたラーメン屋台は、少女にとっても珍しくはない形をしていた。

 利用など、ついぞしなかったものの、遠目に見かけたものと大差はない。

 

 そのカウンター席に座り、男のボンプに手当てを受けた。

 血を丁寧に拭い、傷口を消毒し、ガーゼで覆い、包帯を巻く。

 あとは鎮痛剤と解熱剤を飲まされた。これならボンプ──ガウタマの言うように、無理に病院へ行く必要はなさそうだ。

 

 しかし、妙ではある。

 ただの屋台ラーメンに上等な医療品が常備され、治療までできるボンプがいるなど

 

 疑心暗鬼は深まっていく。

 

 此処へ連れてきた張本人は名前さえ聞かず、明かさず、黙々と己の仕事を進めるのみ。

 彼女には屋台の仕事など分からなかったが、そう忙しそうには見えない。

 自分で連れてきたにも関わらず、興味関心を示さない姿に、いい加減我慢の限界を迎え、少女は声をかけた。

 

 

「…………ねえ」

「あ? なんだよ?」

「どうして、助けて、くれたのかな……? 普通の神経だったら、ナイフを持っているような人には、近づかないでしょ……?」

 

 

 自分でも、信じられないほど低い声だった。

 麻酔なしの縫合で体力を消耗していたのもあったが、警戒心が諸に出ている。

 

 もし仮に、男が敵だとしたら悪手もいいところ。

 隠された本心や目的を知りたければ、無警戒を装い、馴れ馴れしさすら覚える態度で情報を引き出すべきだった。

 様々な状況に追い詰められ、本来の自分を見失っている自覚はあったが、どうしても止めることはできない。

 

 対し、男はさほど気にしておらず、問いかけを咀嚼するように顎に手を当て、しばらく考え込んだ。

 どうやら、男にとっても店に連れてきて治療をさせたのは衝動に近い感覚だったようで、自らの本心が何処にあるのか分かっていないらしい。

 

 

「普通、普通ねえ。そもそもオレには何が普通で、何が普通じゃないのかが分からんね。だから、オレはやりたいようにやるだけだ」

「………………」

「助けた理由は……そうだな。相手は覚えちゃいないだろうが、世話になった女にあんまりにも似ていたんでな。下心だとでも思ってくれればいい」

「何それ、つまらない」

「そりゃどうも。元々面白味のない男だ」

 

 

 思ったことを思ったままに。

 感じたことを感じたままに。

 絵に描いたような自然体。

 

 其処に悪意も作為も見当たらない。

 まだ警戒こそ解けないが、口にしている言葉が本心であることは伝わってきた。

 

 彼は下心と言いはしたが、一般的に見て善意と呼んで差し支えない。

 またしても喰らわされた肩透かしに苛立ちを覚え、八つ当たり気味にきつい言葉を投げつけてしまう。

 

 男は肩を竦めるだけ。

 善意であれども本質は自己満足。

 相手がどう思おうが好きにすればよく、結果がどうなろうが知ったことではない。

 目下、彼の興味は寸胴鍋にこびり付いた油汚れを洗剤とたわしで綺麗に落とせるかにあるらしく、視線すら向けていなかった。

 

 態度と背中で語る姿に、ラミルも徐々に冷静さを取り戻していく。

 客観的に見た己は善意を受けたにも関わらず、余りにも礼儀に欠けていた。

 置かれた状況が状況だけに仕方ない面もあるが、それこそ男には関係ないだろう。

 

 疑心暗鬼、困惑、苛立ち、怒り、悲しみ。

 深く深く、精神の根本にまで溜まった感情を呼気に乗せて吐き出し、新鮮な空気を肺一杯吸い込む。

 

 そして、両手で頬を叩いて気持ちを切り替えた。

 

 

「ごめん、なさい。なんて言うか、余裕なくて」

「────いいよ」

 

 

 謝罪の言葉に返ってきたのは、たった一言。

 

 声色は暖かで、酷く驚いた。

 見れば、男は先程までの無表情が嘘のように穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 その笑みが余りにも優しくて。

 何も知らないくせに、それでもいいんだとで言うように、これまでの全てを肯定する慈悲が浮かんでいるようで。

 

 風貌どころか性別すら違うのに、何があっても同じように微笑んでくれた。

 もう二度とは会えない大切な人(かのじょ)を思い起こさせるものだから。

 

 そんな資格なんてない、と罪悪感と諦めで押し殺していた感情が、堰を切って溢れ出す。

 ()()を見るよりも聞くよりも早く、ガウタマはカウンターを下りて本日終了の看板を用意し、男は視線を戻して掃除に没頭する。

 

 誰の目にも映ることも、誰の耳にも届くことのない慟哭は静かに。

 けれど確かに、少女の中に溜まった澱をゆっくりと洗い流していった────

 

 

 


 

 

 

「………………最悪、男の人に泣かされるなんて」

「何もなかったのに、おかしなことを言うのはやめてくんねえかな?」

 

 

 ────どれほどの時間が経っただろうか。

 

 少女は目を赤く、時折鼻を啜ってはいたが、吐き出せるものを吐き出して精神的に持ち直したのか、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 男はあくまでも何も見なかったし、何も聞かなかったつもりでいるようではあったが、表情は呆れを形作っていた。

 

 

「……そう言えば、名前聞いてなかったね。教えてくれる……?」

「ナラカ。ただのナラカだ。そっちは?」

「えっ、あ、あー……ラミル、ラミルって呼んで」

「……そうか」

 

 

 男はナラカ、少女はラミルと互いに名乗りあう。

 ただ、今この瞬間()()()()()()()少女は自らの失敗を自覚し、まだ頭が回っていない事実に歯噛みした。

 

 

「そうだ。暫らく何も食べてないだろ。食ってくか?」

「……ナラカ、さんの気持ちは嬉しいけど、今は持ち合わせがなくて」

「別にオレはタダでもいいんだが……ならツケにでもしておくか。気が付いたら居なくなっている、なんてのも嫌だしな」

 

 

 ラミルの異変を察したのだろう、ナラカは露骨に話題を変える。

 傷の手当てを受け、恥を晒し、更に施しまで受けるのは気が引けた。

 

 事実、金銭など一文足りとも持っていない。

 これ以上の迷惑は掛けられない、と丁寧に辞そうとしたが、妥協案を提示される。

 

 ツケは必ず返さなければならないもの。

 とどのつまり、今回限りではなく、気が向いたら何時でも来ていい、と遠回しに伝えているのだ。

 

 どうして自分に構うのか。

 ナラカの真意は全く以て測れない。そもそも測れるだけの情報がない。

 これまでの言動を考えれば単なるお人よしのお節介だが、それだけではないと直感が叫んでいる。

 

 同時に、悪意はないとも。

 

 ラミルは僅かに悩んだが、腹を括る。

 落ち着いたら、身体が空腹を訴え始めていた。

 貧すれば鈍する。このままの状態で出した答えが、まともなものになるはずもない。

 

 まずは生きる。

 そのために食欲を満たす。

 これからどうするかを決めるのは、それからにした方がいい。

 

 そう結論したラミルは、素直に好意を受け取ることにした。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「おう。で、味は────いや、ちょっと待って。おい、ガウタマ」

「ンナ? ……ンナナッ!(なに、ナラカ? ……了解! ラミル、これ羽織って!)」

「ちょっ────ッ!」

 

 

 それでいい、とばかりに笑みを浮かべたナラカであったが、途端に眼光が鋭くなる。

 視線を向けていたのはラミルの遥か後方、店から離れた位置に停止した一台の車へであった。

 

 名前を呼ばれただけで事態を把握したガウタマは、ラミルに黒いロングコートを羽織らせる。

 突然の行動にラミルは驚いたものの、黒塗りの車から降りてきた二人組を目にした瞬間、コートの中へと黒い翼を隠す。

 

 明らかに堅気の放つ雰囲気ではない。

 真夜中にも関わらずサングラスを外さず、耳につけた無線機、スーツの脇下辺りを不自然に盛り上げる何か。

 マフィアやホロウレイダーというには、動きが高度な訓練を受けてきた者のそれであり、明らかに誰かを探している様子。

 確証はないが、目覚めた直後に現れた接触者か、横やりを入れてきた襲撃者の手の者を連想するには十分すぎる。

 

 ナラカは店の前へと移動し、煙草に火を付けた。

 閉店前の一服を装うつもりらしい。即断即決、ラミルが止める間さえなかった。

 

 

「失礼。本日は、ここで営業を……?」

「…………ああ」

「不躾で申し訳ありませんが、人を探しておりまして、御協力願えますか?」

「そりゃ構わんが、あんたら何処の誰だい? 治安局じゃないよな? オレに答える義務はあんのか?」

「…………余計な詮索をすれば、ためにならんぞ」

「おい、止めろ。……大変な失礼を。奴に代わって謝罪致します。我々は私立探偵でして、家出人を探しております。有益な情報を頂ければ、少なくはありますが謝礼もお渡しできますが」

「いらねえよ、金には困ってない。探し人の特徴は? それとも写真でも?」

「写真があります。こちらです」

 

 

 二人組の片割れ、物腰低い壮年の男はあくまでも丁寧に接していたが、厄介なのはむしろ若い相方の方。

 

 たったの一言で傲慢で尊大な性格と伺える。

 それは自己に対する自信によるものではなく、自らの背後にいる何者か、或いは組織に対する自信。

 

 詰まる話が虎の威を借る狐ということ。

 この手の人間は、自身を守って貰えると思い込んでいるが故に、必要がなくとも簡単に強引な手段を取る。

 

 二人組の正体が本当に私立探偵などと馬鹿正直に信じるわけもない。

 万が一、二人が想像している通りの人物であれば、ナラカにも危険が及ぶ可能性がある。

 下手に動くわけにもいかず、全身に奔る緊張を表には出さず、コートの下にナイフを握り、隙を伺いながら事の推移を見守る。

 

 

「なんだこりゃ、手振れを補正してこうなってんのか? 角度もおかしいし、まるで盗撮だな」

「…………おい」

「……いい加減にしろ。上に報告されたいのか?」

「まあ、どうでもいいか。しかし、派手なピンク髪だ。見覚えがないわけじゃない」

「……! それは本当ですか?」

「ああ。だが同一人物かどうかは分からん。邪兎屋って何でも屋のニコという女はピンク髪だ。顔付きは化粧でいくらでも変わるからな。何度もツケで食っていく厄介者だよ。確認したければ、店の場所を教えてやろうか」

「何度も、ですか。それならば、結構です。……依頼があったのは今日なので、恐らく別人でしょう。御協力感謝します」

 

 

 ナラカが敢えて口にした言葉は、ラミルにとって有益な情報を引き出していた。

 

 ピンク髪という単語は、間違いなくラミル自身であると言外に伝えている。

 わざわざ写真に写った人物の分かりやすい特徴を口にする必要など何処にもない。

 

 手振れを補正、角度のおかしさはまっとうな方法で撮られた写真ではないことを示している。

 其処から連想できるのは、戦闘用のウェアラブルカメラから抜き出された画像データである可能性。

 

 “何度も”というワードに明確な落胆の反応を示し、丁寧に提案を断った。

 人海戦術が可能な行政機関ならば兎も角、私立探偵は個人的な情報網を基本に人を探す。

 それが依頼の初日から全く関係のない人物にまで声をかけて回っている状況にも関わらず、探し人が今日初めてここを通ったという確信があるかのようなチグハグな対応。

 

 ラミルが二人組を襲撃者の一味と判断するには十分過ぎる情報だった。

 

 ならば、このまま素知らぬ顔をしてやり過ごし、二人組の後を付ける。

 ナラカの好意を無碍にするのは気が引けたが、襲撃者の思惑と自らの置かれた状況を正しく把握する好機には代えられない。

 

 淡い期待もあった。

 彼なら、また何食わぬ顔で訪れれば、今日のように暖かに接し、迎え入れてくれるのではないか、と──

 

 

「……おい、お前。其処に座っているお前だ。この際だ、お前も確認しろ。この女を見たか?」

「おい、オレの客だぞ。なに勝手な真似をしていやがる。テメェにそんな権利なんざねえよ」

「場末の屋台ラーメン風情が、図に乗るなよ。痛い目を見たいのか?」

「おっと、こっちの台詞を先に言われたな。よく吠えるじゃないか。面白い、試してみろ。使い走りの犬ッコロ風情にできるもんなら、な」

 

 

 ──けれども、現実はそう上手くいかなくて。

 

 二人組の若い方が、声をかけてきた。

 

 正体がバレていた訳ではない。

 物のついでか、或いはナラカに対する嫌がらせのつもりであったのか。

 

 いずれにせよ、ナラカもまた一度でも庇った以上、身を守るためにも隠し通す他ない。

 自らを見下した安い挑発に、更なる軽口と挑発で返答する。

 

 ビキッ、と男の額に青筋が浮き上がる。

 どうやら挑発するのは構わないが、挑発されるのは我慢ならなかったらしい。

 スーツの内側、脇下に隠されたホルスターに収まった銃へと手をかけた。

 

 あっという間に一触即発の空気が出来上がる。

 

 壮年の男は一度は相方を止めようとしたが、反応を示さないまま固まったラミルの様子に違和感を覚え、静かに銃へと手を伸ばしていた。

 

 

「ンナッ!? ンナナナッ!?(ちょ、何を!? あわ、あわわわわわわっ!?)」

 

 

 ナイフを握った手をカウンターの向こう側へと一度伸ばすと、そのまま立ち上がる。

 何をしたのか目撃したガウタマだけは、慌てた様子で後ろに下がり、カウンターから転がり落ちた。

 

 ポテン、と可愛らしい音が響くと同時にラミルが振り返り、暖簾から顔を出す。

 二人組はフードの向こうに見え隠れする顔を確認するや即座に拳銃を抜き放ち、両手で構えた。

 

 ナラカは首を振ると同時に片手で顔を覆う。

 

 

「まさか、だな……!」

「武器を捨てて、その場に跪け! 抵抗すれば撃つ! そっちのクソ生意気なお前もだ! 早くしろ!」

 

 

 即発砲ではなく警告と投降を促す怒号は、二人組の、引いては背後にいる何者かは、ラミルの殺害ではなく捕縛を目的としている。

 目覚めたばかりの身体でも、手加減を強いられている相手を制圧するなど何の事はない。

 

 問題はナラカの方。

 制圧の最中に流れ弾が当たる可能性も、人質にされる可能性もある。

 何とかこの場を切り抜けたとしても、襲撃してきた集団の装備や規模を鑑みるに、二人組が最後に通信を行ったポイントからいずれはナラカに行き当たるだろう。

 制圧してから情報を絞り出し、口封じをして始末をつけても、このままでは彼が巻き込まれるは確定。

 

 ──ならば、どうするか。

 

 

「ナラカさん、ごめんね。ラーメン、食べてみたかったんだけど。本当に、ごめんなさい」

 

 

 心配だけは掛けないように、ナラカに向かって微笑んでみる。

 

 うまく笑えている自信はない。

 鏡を見なくてもよく分かった。

 何しろ自分自身の事柄故に。

 

 きっと、泣きそうな顔で笑ってしまった。

 

 その顔を見た瞬間、ナラカは僅かに目を見開くと同時に、深い皺を眉間に刻む。

 

 二人組を上手くやり過ごそうとした上に情報まで引き出したことといい。

 危険な相手の挑発に、更にきつい挑発で応じたことといい。

 背景は分からないが相応の修羅場を潜ってきている。

 

 ラミルも察してはいた。

 察してはいたが、彼を巻き込んでいい理由にまではならない。 

 だから、彼女は嘘偽りのない本心だけを伝えて、次の瞬間には行動に出た。

 

 

「────!」

 

 

 漏れた呻きは誰のものか。

 

 ラミルは着せられたロングコートを投げつけ、相手の視界を一瞬塞ぐや否や弾かれたように走り出す。

 向かう先は最も近い路地への道、身を隠し、射線から逃れるのが目的であった。

 

 残された三人は、それぞれの思惑に沿って動き出す。

 二人組は己に銃口を向け、ナラカはそれを止めようと手を伸ばす。

 

 全て、ラミルの思惑通りであった。

 

 

「ンナァァァァァァァァァァ!?!(ナラカァァ?! ガス管切られたぁ!! 隠れてぇぇぇッ!?!?)」

「ファッ!? ちょちょちょ、そんな急に────ぶっッ!!!」

「ンナァァァぁぁぁぁぁッ!!!(わああああああああああああああっ!!!!)」

 

 

 ラミルが駆け出す直前の行為を目撃したガウタマの絶叫が、背後から聞こえてきた。

 

 叫びが聞こえていなかったのか。功を焦ったのか。

 二人組どちらかから銃が音を立てると同時に、付近一帯に爆音が響き渡る。

 

 どうしても襲撃者の一味を亡き者にしたかったわけではない。

 これでナラカは完璧な被害者となり、一時とはいえ治安組織に保護される。

 如何に襲撃者の背後に強大な権力をあったとしても、そう簡単に手出しはできないはず

 事情聴取から自分との繋がりが、偶然に手繰り寄せられた一時的なもの。

 単なる善意によるものと証明されれば、襲撃者にとって彼の重要度は無きに等しくなる。

 

 屋台にあったガス管の規模も内容量も把握済み。

 仮に至近距離で爆発したとしても、怪我はするが生死の境を彷徨う重傷には至らない。

 

 彼を救うため、彼をこれ以上巻き込まないためとは言え、彼に被害を強いた罪悪感に押し潰されそうになりながらも、ラミルは足は止まらない。

 

 

「ごめん、なさい……ごめんなさい。私……私は……」

 

 

 誰の耳にも届くことのない謝罪の言葉は、ひたすらに重く、同時に呪詛めいていた。

 

 残酷な運命と自身を利用しようとする者達に対する明確な怒り。

 抗う力を持たず、他者を巻き込む弱い自分。

 

 積み重なる自己嫌悪は、何処までも残酷に彼女を追い詰めていく。

 もし彼女に不幸があるとするならば、いっそ何もかも捨て去って膝を折った方が楽な状況でもなお、前に進み続ける強さを生まれ持ったことか。

 

 そうして、ラミルは何一つ振り返ることなく新エリー都の闇へと消えて行った。

 

 

 もっとも────

 

 

「ようやく来やがったなテメェ! おかげ様で新装開店する羽目になったぞコノヤロー!! 借金もなしじゃい!!! ざまあみやがれ塵屑どもがぁ!!! お前も無事で何よりだよぉ!!!」

「ンナァ……(借金なしなのは、僕が株で稼いだお陰なんだよなぁ……)」

「……………………えぇ」

 

 

 キレ散らかしているのか喜んでいるのか分からないナラカとあっさり再会してしまったのだが。

 

 ニュースや新聞でガス爆発に死傷者なしとなっていたが、まさかまさかのたった一ヵ月で新装開店。

 

 ラミルも店を見つけた瞬間、綺麗な二度見。

 顔の周りにハテナマークを大量に浮かべる羽目になった。

 

 困惑こそ大いにあったが、それ以上の安堵があった。

 勝手に巻き込んだ相手が、以前と変わらない生活を送る現実は、ラミルにとって救いそのもの。

 このまま、もう二度と会わない方がいい。そう考え、足早に去ろうとしたのだが──

 

 

 ──風で浮いた暖簾の向こうからとんでもない光を放つ目をした姿ナラカと目が合った。

 

 

 どうやら、彼の方が先に気づいていたらしい。

 その眼光たるや、もはやビームでも放ち、背後のビルに大穴を開けそうな勢いである。

 お前このまま一言もなしで消えるつもりか? そんな訳ねえよなぁ? 人としてありえねえよなぁ? と口以上に目で語っている。

 

 逃げられない。

 と言うか、逃げたらバチクソにキレて追いかけてくる。絶対に。

 嫌な確信に、ラミルは全てを諦め、恐る恐る暖簾を潜って椅子に座らざるを得なかった。

 

 

「そういやラーメン食いたかったって言ってたなぁ!! そんなに食いたきゃ食わせてやるよぉ!! 食えオラァ!!!!」

「あの、えーっと……?」

「なんだぁ!? 足りねぇってか!? あぁ?! じゃあ、チャーハンと餃子もつけてやるよぉオラ!! このぉ……いやしんぼうがぁ!!!!」

「うーん、この世でもっとも謂れのない罵倒を受けてるよね、私……」

 

 

 だん、と派手に音を立てながら、次々とカウンターに並んでいくラーメン、チャーハン、餃子。

 勝手に用意したにも関わらず、まるで自分がねだったかのような言い草に、もう乾いた笑いしか浮かんでこない。

 

 でも、じわりと暖かなものが冷え切った心に広がり、僅かに涙となって滲み出す。

 

 

「色々と言わなきゃならないことがたくさんあると思うんだけど、でも遠慮したらもっと怒られそうだし…………いただきまぁーす♪」

「おお、食え食え! 食って腹一杯になったら気が楽になる! そうしたらもう生きるモードに自動で入んだよ!」

「うん、それは真理だよね。じゃあ、さっそく…………ずず、わ、美味しい! でも個性がないね。パンチが足りてないよ。私くらいの味覚の持ち主には、物足りないかなぁ~♪」

「こんの、クソ客ゥッ!! こっちは狙ってそう作ってんだよ!! 舌バカがぁ!!!」

 

 

 悲しみを忘れるほどドタバタで。

 憂いも遥か彼方に吹き飛ばしてしまうほどハチャメチャで。

 

 でも、思わず微笑んでしまう暖かなもの。

 ラミルにとっては掛け替えのない大きな輝きを放つ宝物。

 

 それが、ナラカとの始まりだった。

 




 嵐が過ぎ去ったロスカリファの一幕。


「……………………」
「あー、レミエールがまた黄昏てる」
「今日はどうしたんだい? ナラカの料理でも食べに来たのかな?」
「………………ねえ、リンちゃん、アキラさん」
「おぉ、ギルタブルルと戦ってた時並に真面目な顔だ。珍しー」

「もしかしてナラカさんって、私専用のスパダリなんじゃ?(名推理」

「真面目な顔で何を言ってるんだ、君は」
「いやだって! 私に、私に都合が良すぎるよ! 目覚めた直後から助けてもらって、ロスカリファでも……!」
「それはそう。ナラカにしては珍しく終始真面目にアンタの助けになってたからねー」
「確かに。人に助けを求められたら文句を言いながら助けるし、命を賭けることも厭わないけど、自分から手を差し伸べていたことは……僕の知る限りではあまりない気がする」
「でしょう!?」
「でもね、レミエール。あれ見て?」


「うっめぇのだ! やっぱナラカは料理のうっめぇっのだ! もぐっ、んぐっ、ほぉの、ふぉっとしゃんど、ふぁいふぉーなのだ!(ガツガツ」
「そらどうも。食いながら喋んなよ。ヴェリナさんに、はしたないって言われんぞ。もう二度と作るつもりねえからしっかり味わえ」 
「んぐぐっ!? ごくごくごくっ! どうしてなのだ! こんなに美味しいのに!?(牛乳でヒゲをつくりながら」
「いや、ローストビーフもそこそこ手間かかったし、何よりデミグラスソースを一から作ったからクソほど面倒臭かったわ。ソースだけで三日だぞ」
「うぇぇ、デミグラスソースってそんなに作るの時間かかるのだぁ? それは確かに。普段何気なく食べてるけど、作ってるチビどもや企業の努力には頭が下がるのだぁ」
「夜分にごめ────あら、ノルムー。あなた、また熟さなければならない仕事(タスク)を熟しもせずに……」
「げぇ、ヴェリナァ! た、ただのご飯休憩! ご飯休憩だから! ヴェリナもちゃんと三食摂れって言ってたのだ! もう食べ終わったから戻るのだー!(スタコラサッサー」
「おい、クソガキ。これも持ってけ、夜食にしろ。あと研究もほどほどにして寝ろよー。いつまでもチビのまんまだぞー(ポイー」
「うるっせぇのだ! 将来はヴェリナとかエルダ様に負けねードナイスボデーになって目にもの見せてやるのだぁ! でも夜食はありがとーなのだぁぁぁぁぁぁ(ドップラー効果」

「まったくあの子ったら……ごめんなさいね、ナラカさん。ノルムーの面倒まで見て貰って」
「面倒見てるのはアキラとリンなんだよなぁ。オレは飯食わせてるだけだよ」
「ふふ、そんなことはないわ。お二人だけでなくあなたにも懐いているもの。あの子が素直に言うことを聞く相手は珍しいのよ? それに研究に没頭しすぎて食事を疎かにすることもなくなったわ」
「美味いもん食いたいだけじゃないかねえ。ああ、そうだ。ヴェリナさんも食べるか?」
「あら、いいのかしら?」
「ああ。デミグラスソースを使い切っちまおうと思ってね。もう二度と作るつもりはないから、此処で食べ逃すともう味わえない」
「ふふ、それは逃す手はないわね。この後、夜勤の予定があるから、お夜食にでも。楽しみだわ、アナタの料理は私も好きだもの」
「そうかい。お上品な舌に合うようならよかったよ。局まで送ろう。アンタはオレが出会ってきた中で、一番エレガントなレディだからな。夜の一人歩きはさせられん。無骨な野郎が隣にいれば、悪い虫も余計なちょっかいをかけようとは思わんだろ」
「────ありがとう。エスコート、お願いね?」


「かーッ! 見んね、レミエール! 卑しか男ばい! 気に入った女の人にはああいうムーブかますのがナラカだよ。あれ、お兄ちゃん参考にしてるからね」
「おっとぉ……? 僕にまで飛び火させるつもりかな? そんなつもりはないんだが……ん? リン、まさかとは思うけど、遠回しに僕も卑しいと罵倒しているのかな?」
「…………ふぅーん」
「あとはイヴリンさんとかー、師匠とかー、サンブリンガー様達にもしてたなー」
「ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……?」
「まあもっとも? アンタを含めた他の人も? 私達には? 敵わないんですけどね?(ドヤァ」
「そうだね。君達と僕達を天秤に賭けざるを得ない状況になったら、ナラカは迷わず僕達を選ぶさ(ドヤァ」
「うわぁ、すっごい自信だぁ。ナラカさん、この二人の脳みそを焼け野原にしすぎでしょ……」

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