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side:Yixuan
「んーーー。さて、今日もよく働いたものだ」
メイフラワー直々の依頼を受け、ホロウ調査員として駆けまわった一日。
身体中から疲れを逃すように伸びをして、日が傾いて赤く染まっていく空を眺める。
しかし、人の縁とは何とも奇妙なものだ。
依頼の途中、メイフラワーが「指導」をするよう頼みこんできた兄妹の片割れを見かけ、窮地に陥っていた故に手を貸した。
あの様子では妹の方──リンも、メイフラワーから何らかの依頼を受けていたようだ。
厄介事を押し付けられたと思ったものだが、直接会ってみれば、なかなかどうしていい「気」をしていた。
アレの寄越した資料を見た時は思いもしなかったが、まさかその兄妹がナラカの引き取った二人だったとは。世の中狭いものだ。
メイフラワーはメイフラワーで、ナラカを警戒しておるのか根掘り葉掘り、奴に関して問うてきた。
結果的にナラカを庇うような形になったが、アレでメイフラワーが納得するとも思えんし、面倒なことだ。
「ふむ、今から適当観に戻るとしても、遅くなるな。致し方ない、此処は恥を忍んでナラカを頼るか」
リンとアキラに指導をするのなら、保護者に当たるナラカに一声かけておくのが筋。
いい加減な男だが、筋を通さない輩は嫌うし、本人も可能な限り筋を通そうとする。アレには色々と恩もあれば借りもある身だ、こちらも筋は通しておきたい。
どうせメイフラワーのことだ。正しいことだからと、ナラカには一言も伝えていない可能性もあるからな。
では、奴の仕事場に向かうとしよう。
ナラカの仕事場、その外階段を昇り、踊り場の前でチャイムを鳴らす。
「はいはい、どちらさんで────うわぁ、オレ面倒臭がった顔、出来てるか?」
「出来ているな。まったく、お前さんと来たら、人の顔を見るなりそれか」
「今日、泊めてくれとか言わねーだろうな」
「……………………そんなつもりはない。別件だ」
「今の間は、そのつもりだった奴の間だなぁ……!」
ナラカは顔を合わせるや否や、見る間に口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せた。
どうやら奴ときたら、私を厄介事しか持ってこないと思っているらしい。心外にもほどがある。
これから澄輝坪に戻るとなると帰りは深夜になってしまう故、ホテル代わりに泊めてもらえないだろうか、という下心がないわけではなかったが。
「独り身の女が独り身の男の部屋に来るんじゃねえよ。夜だぞ夜」
「むっ、それもそうだな。お前さんの言う通りだ。仕方あるまい、この寒空の下を一人寂しく歩いて帰るとするか」
「はぁ~~~~~~~……、あがれよ。茶ぐらい出してやる」
「はっはっは。お前さんも大概人がいいな」
「追い帰されたいのかテメー」
「おっと失言だったか。そう怒るな。話があるのも、本当だ」
「また雲嶽山に入れとか言うつもりじゃねえよな?」
「それはお前さんの気が変わるまで延々言わせてもらうつもりだが? 嫌か?」
「嫌に決まってんだろ! 入ったらお前の代わりにあちこちホロウ走り回らされるじゃねえか! その上、一番下の弟子だからって福福だの釈淵だのに顎で使われんの目に見えてんだよなぁ!」
そう吐き捨て、ナラカは部屋の奥に配置された台所へと消えていく。
その途中で、冬場の夜を歩いてきた私のために暖房をつけた辺り、文句は言いつつも気が利く男だ。
しかし、福福と釈淵はナラカにどう思われておるのか。
いや、釈淵は特にナラカに対して容赦も遠慮もないからなぁ。私は信頼の裏返しだと思うのだが。
「ほらよ、好きなだけ飲め」
「ほう、
「お前んとこの遠慮知らずの弟子どもが、人ん家の茶に口出してきたから用意したんだがぁ……!?」
「あやつらめ…………なんだ、家族ぐるみの付き合いのようなものだ、許してやってくれ」
「どっかの誰かさんにもお小言を頂いたんですがぁ!?」
はて、私はそのようなことを────言った気がするな。
しかし、お小言とは心外な。ちょっとした不満を漏らしただけで、そのようなつもりは誓ってなかった。
本当に、根が真面目な奴だ。
もてなすつもりがなくとも、部屋にあげた以上はもてなすのが礼儀だとでも思っているのか。
まあいい、用意してくれているのならありがた頂くとしよう。
だが、その前に。普洱茶の入った茶器を片手に、対面のソファに座ったナラカの隣に移動する。
「すまんな、気を遣わせた。ほれ、これは礼だ」
「またチャーシューまん!? お前さぁ、チャーシューまんに誰か人質に取られてんの!?」
「いや、単純に私が好きなだけだが」
「しかもまた半分こ! 礼なら最初から二人分買ってこいよ!」
「何を言うか、チャーシューまんは一つを二人で分け合うものだぞ」
「そんな作法聞いたことねえよ。え? 澄輝坪だとそんな風習あんの?」
此処へ来る道中で買っておいたチャーシューまんを包みから取り出し、二つに割る。
湯気と共に食欲をそそる香りが立ち上った。初めて利用する店だったが、匂いだけで当りだったことが分かるほどだ。
差し出したチャーシューまんを暫らく眺めていたナラカだが、ようやく文句を言うことさえ諦めたのか、肩を落としながら受け取った。
「ふむ、美味いな。お前さんほどではないが、私もそれなりに目が利くようになったか」
「確かにいい味だな。あー、蜂蜜使ってんのか」
「はは、流石の味覚だな。私には美味いことしか分からん。何を使っているかまでは、さっぱりだ」
「潘もこれくらいは出来ると思うぞ…………しかし、好きだなチャーシューまん。いつからか急に食べ出すようになった気がするけど」
「………………お前さんのお陰だよ」
「……?」
私の言葉に、ナラカはチャーシューまんなんか作ってやったことあないんだけど? と首を傾げるだけだった。
当然の反応だ。
チャーシューまんが姉様との思い出の品であることも、姉様を失ってから口にする気にさえなれなかったのも、ナラカは知らない。
私が、姉様を失った事実と、本当の意味で向き合えていなかったのだと思う。
それと向き合い、受け入れられたのは、腹立たしいことだがナラカのお陰だ。
姉様の命を奪った剣、青溟剣と剣主の処遇を巡る我々の内輪揉め。
そして、どういう理由か暴走までした一連の事件において、この男は命を賭して尽力してくれた。その際に────
「何だ、
「チュピ、ピピィ……!」
「普段は砂糖漬けを好むのだがな。しかし、お前さんの肩に留まるとは。福福の肩にも留まらんぞ」
「え? そうなの? 割と前からこいつの方から近づいてくるんだけど」
「そうか、まあこいつにも自我があるからな。お前さんを特別気に入っておるのだろう」
「チュピィ……♪」
「ええ……何それ……怖っ……オレ何もしてないんだけど……」
「ピィッ……!」
「いてて、耳を突くな。やっぱりオレのこと嫌いなんじゃないかコイツゥ」
何時の間にか、墨壺の中から勝手に出てきた青溟鳥はナラカの肩を留まり、差し出されたチャーシューまんを啄んでいた。
青溟鳥は私の力そのものであり、分身であるが、奴なりの自我も持つ。
ただ、私が基である故に、ナラカを気に入っているのは────ふむ、青溟鳥の気の迷いだな……!
少々頬が熱を持っている気がするが、そちらも気のせいか、暖房のせいだろう。
「ああ、そうそう。今日来たのはメイフラワーから打診があってな」
「市長閣下殿と知り合いだったっけ。何だ、オレを殺せとでも言われたか?」
「私は殺し屋ではないぞ。まあ、メイフラワーがお前さんを警戒するのも分かるがな。アレはそういう男だ」
「ハッ、よくご存じで。お前も同じ意見か、儀玄」
「阿呆、私が疑うものか。お前さんは私や瞬光、亡くなった姉様や皆のために怒ってくれただろう。お前さんは、人のために怒れる男だ。それだけで信頼に値する」
「それはそれでどうなんだ……?」
「まったく、肩を持てばこれだ。何を言えば納得するんだ、お前さんは」
案の定、ナラカはナラカでメイフラワーを嫌っていた。
少なくとも私の知る限りにおいて、ナラカは他者を利用する者に尋常ではない
腹を割って明かすべきを明かし、その上で協力して欲しいと真摯に願えば、文句を言いながらも手を貸す。筋道を立て、それが合理的で最短の道であると説明すれば、不承不承と納得する。
それすらしない者は、すべてを一括りに塵屑と言って憚らず、殺傷すらも辞さないだろう。
メイフラワーは、自らの指示で動く者に罪を背負わせたくはないのだろう。故に、決して多くは語らない。
私も奴が街のため、市民の安全のために動いていることを疑いはしない。そこに私心や私欲はないと断言できる。
だが、どんな理由があれ、語るべきを語らずに人を動かすのは利用に当たり、ナラカにとっては死に値する不義理であり不誠実。
街のため、大義のため、人類という名のない多くの者のために動くメイフラワー。
人のため、義理のため、個人という決して無視できないもののために動くナラカ。
二人の相性は最悪と言えよう。
まったく、こやつらに挟まれる私の身にもなって欲しいものだ。
「メイフラワーは、お前さんの家族に指導してやってくれと私に頼んできてな」
「ああ、アイツらのインプラントされたものを考えれば、術法を学ぶのが制御に最適か」
「そういうことだ」
「………………」(悪い話じゃないが、儀玄にも話していないことがあるだろうな、これは)
「それから今日な、家族の片割れ、リンにあったぞ。いい気をしていたよ。私も気に入った」
「そうか。実際に接してみれば、お前ならもっと気に入るだろうよ。アキラの方もな」
「……何にせよ、私が面倒を見る以上は私の弟子だ。メイフラワーの好きにはさせんさ。とは言え、依頼された案件を共に調査するよう言われたがな」
「お前なら信用も信頼もできる。任せるよ」(調査先はラマニアンだろうな。始まりの主関連か)
「エーテル制御ならお前さんが上だろうに。雲嶽山の術法を好き勝手に改造しおって」
「ものを教えるならお前の方が上だろ。オレには向いてない。師匠として、二人の味方をしてやってくれ」
真っ直ぐに疑いなく向けられる信頼が心地良い。
やはり嬉しいものだな、信頼に対して信頼で応えてもらえるのは。況して、恩や借りのある相手であれば猶更だ。
「しかし、お前さんもお前さんだ。メイフラワーに過去を話してしまえばいい。私にすら教えないのも不満と言えば不満だ」
「どうせ市長閣下殿は信じねえよ。お前も聞きたけりゃ教えてやる。別に隠しちゃいないしな」
「たわけ。それでは私が強請ったようではないか」
「どうしてそういうのを気にするかね。アキラもリンもそうだが、聞く内容は変わらないだろうに」
「お前さんが、自分の意思で語ってくれることに意味があるのさ。どうして理解できんのか、私の方が聞きたいくらいだぞ」
「オレにとってはもうとっくの昔に終わった話だからだよ。心底からどうでもいい。拘る意味も理由も、理解するつもりはないんでね」
ナラカにとっては、語った言葉がすべてなのだろう。
いかなる過去にせよ、既に整理はついていて、思い返す必要さえない。
そのありさまを、過去を振り返らない強さと思えばいいのか、過去を気にしない人間性の欠如と見ればいいのか、判然としない。
いずれにせよ、私にはアキラとリンの気持ちが手に取るように分かる。
大切な人の過去だからこそ大切にしたいし、自身の気持ち一つで暴き立てる真似をしたくはない。
例えどのような過去であれ、受け入れる準備ができているからこそ、相手の意思で話して欲しい。
そう願うのは、当然のことだ。
「さて、何か食うか……?」
「何だ、帰れとは言わんのか」
「もう諦めた。澄輝坪に車で送るのも面倒だし、お前に女として危機感を覚えろって苦言を呈するのもな」
「何だ、私が女を捨てているとでも言いたいのか、お前さんは」
「言ってねえよ。お前は魅力的だ、眩暈を覚えるくらいにはな。信頼してくれてるのは嬉しいが、オレ相手でも下手に隙を見せたら危ないぞ、っつー話」
「………………助兵衛め」
「そういう意味で受け取ったかー……もういいよ、それで。少しは自覚もっとけ」
頭を掻きながら溜め息をつき、ナラカは料理を振舞うべく、台所へと向かっていく。
まったく、恥ずかしいことを言いおって。ゾッとしたぞ。いや、ゾクッとか?
以前、瞬光達が仕掛けたくだらない嘘に騙されている時も思ったが、ナラカがそのような目で私を見ているなど思いもしなかった。
他の男、それこそメイフラワーやその執事であるライカンにそのような目で見られたら、如何に親しい仲とは言え、反射的に引っ叩いていたところだ。
如何に、より親しいナラカと言えども…………む? むむ?
はて、この気持ちはなんだ。胸の内側を指先で擽られるような奇妙な感覚は。
ふむ、諦観のようなものか。
アレの力を考えれば、押し倒されたら抵抗も出来んだろう。気を引き締めなければならんな、雲嶽山宗主として。
「チュピィ……」
私の頭の上に留まった青溟鳥の鳴き声が、随分と呆れていた気がした。
ナラカ
仕事場に知人を泊めるのはいいが、女は色々と考えて?
儀玄
相変わらず自覚がない。恋愛面に関しては女児
雲嶽山の皆さん「もう付き合っちゃ────結婚しちゃえよーーーーー!!!」
青溟鳥
ナラカにめちゃくちゃ懐いている。元が儀玄なのでそういうこと。
青溟剣
御存知クソ剣。だが、原作でもそうであるように、悪意があるわけではない。
あくまで製造目的を果たそうとしているだけ。しかし、何らかの理由で暴走した模様。但し、瞬光には影響はなかった。
小説の視点はどちらが読みやすい?
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一人称
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三人称