side:Naraka
「こんばんわ、店主殿。良い夜だな」
「随分早いリピートだな、ウチのラーメンがそんなに気に入ったか?」
「ああ、自分でも意外なほどにね。まあ、別件もあるのだが」
「別件……?」
本日の営業は、六分街の外れ。
いくつかある大通り近くの公園で、店を出した。
客入りは上々。仕事帰りや飲み帰りの金に余裕のあるサラリーマンに的を絞ったことが功を奏したようだ。
そうして、人通りも疎らになった頃合いに、金髪にハット姿の伊達男──ヒューゴが現れた。
今日で二度目の来店になるが、立ち居振る舞いはキザったらしいが、随分と様になっている。
しかし、折角来たというのに、ヒューゴは突っ立ったままだ。
大方、怪盗などという立場故、こちらを慮って許可を待っているのだろう。律儀な奴だ、ライカンさんの友人だけのことはある。
「立ち話もなんだ。まあ座れよ」
「ではありがたく。失礼させて貰おう」
「ンナァ、ンナナ(やあいらっしゃいヒューゴさん。顔色は悪いけど元気そうで何よりだ。荷物は預かろうか?)」
「生憎と顔色は生来のものでね。悪いが荷物は商売道具のようなものだ。隣の椅子に置かせてもらってもいいかね?」
「構わねえよ。今は他の客もいないしな。だが、客が来たら足元に頼む。何も知らん奴に物騒なもんをいじらせたくねえし、いじくられるのもゴメンだろ?」
「まったく敵わんな。大した観察眼だ」
「普通のアタッシュケースじゃねえのは見る奴が見れば分かるだろ」
そう言いつつ、ヒューゴは椅子へと腰を下ろし、アタッシュケースは隣の椅子の上に置いた。
足元よりも、その位置の方が不測の事態に対して行動がしやすいからだ。
ヒューゴはガウタマの差し出したおしぼりを受け取り、手を拭きながら口を開こうとしたが、片手で制して止める。
「話の前に注文を聞かせてくれ。話が終わった後にすぐ食いたいだろ?」
「ふッ、この店の売りは提供までの早さも含まれていたな。では、塩ラーメンを。香味油は鶏油にさせてもらおうか」
「何だ、また塩でいいのか?」
「ああ、前回は貝油だったからな。今回は「一期一会」のスタンダードを試してみたい。それから、半チャーハンもセットでね」
「チッ! 麺の大盛りしとけよ!」
「その反応は頂けないな。インターノットのレビューにも書かれていたぞ? 『チャーハンが美味いのに、注文すると店主がデカい溜め息をつく』だの、『半チャーハンを頼んだのに、その注文は辞めないかと言われた』だの。お陰で星は3つだった」
「人の店のレビューを調べるとか。そんなに暇なのか、お前は?」
「滅相もない、ただの善意だとも。味に関する不満は一つもなかった。接客の改善をおすすめしよう」
ヒューゴはそんなことを宣いながら、くつくつと笑う。何が善意だ。面白がってるだけだろうに。
まあいい。それくらいは冗談と流すとしよう。間違っていることを言ってるわけでもないしな。
でも改善する気は微塵もない。だってチャーハン作るの面倒なんだもん。
「それで、別件ってのは?」
「例の“終末の獣”という呼び名について、分かったことがあるのでね。市長殿にもまだ伝えていない」
「あー、事の顛末はアキラとリンから聞いてるが、大丈夫か? 確か、市長と取引してるんだろ? 開示してない情報があるのは不味いだろ、立場上」
「言っただろう? 情報を入手したのなら、最優先で開示する、とな。口約束とは言え、約束は約束。君のようなタイプには、そうした誠実な積み重ねが最も効果的だと判断した」
「大正解だな、分かってらっしゃる。大した観察眼だよ」
「ククッ、こちらも見透かされてばかりでは業腹なのでね。これで少しは溜飲が下がるというものだ」
例のサクリファイスのコアを追っていた事件は、アキラとリンだけでなく、ヒューゴの立ち上げた怪盗団モッキンバードとライカンさん達の尽力で終結を迎えた。
結果だけで言えば、サクリファイスの脅威は退けられ、ヤヌス区の讃頌会は次々の捕縛。
サクリファイス研究を後押ししていたTOPSのレイヴンロック家は後ろ盾に切り捨てられ、裁判が終われば完全に没落するだろう。
その最中、ヒューゴは市長と取引を行っていたらしい。
讃頌会の思惑を止める、という共通する目的に手を組んだのだろうが、口約束のためだけに情報を共有していないのは、ヒューゴの立場を脅かしかねないのだが。
「オレの心配は不要だ。あの古狸相手でも上手くやるさ。それに、情報はキチンと渡すとも。単に順番が違うだけだ」
「其処まで言うなら、オレからは何も言わんがな。怪盗の仕事は手伝わんし手伝えんが、旗色が悪くなったら来い。匿うぐらいはしてやるよ」
「それはありがたい。こんな身の上だ、最後の最後で転がり込めるところがあるだけでも違うのでね」
「で、何も分からなかった、ってオチだったりするのか?」
「まさか。少なくとも、讃頌会の内部で誰が言い始めた言葉なのかまでは分かったさ」
ヒューゴの話では、讃頌会も一枚岩ではないらしく、今回の件を止めるために寝返りを打った信徒が居たのだとか。
その信徒の名は最後まで口にしなかったが、色男の表情が僅かな憂鬱に染まったところを見るに、決して良い結末ではなかったらしい。
ともあれ、その信徒は“終末の獣”という単語に関しても情報を渡したようだ。
「“終末の獣”はスロノス区、正確には衛非地区からやってきた司祭が言い出した言葉らしい」
「一応、司祭は讃頌会のトップになるんだったか」
「名ばかりのようだがね。実際、オレと取引をした彼女も、あまり信用していなかったようだ。讃頌会は組織全体に強固な繋がりはなく、各地区の代表が音頭を取っている状態らしい」
「それで、その司祭は何だって、オレを……?」
「神託だとさ。讃頌会の崇拝対象である“始まりの主”が夢に現れて、君を“終末の獣”と称し、確保ないし殺害しろと伝えた、とのことだ」
「……………………」
「普通に考えれば、狂信者の都合のいい妄想か、或いは司祭が君に対して個人的な恨みを持っている、と見るべきだが」
「恨みと言われてもな。この街で、狂信者をけしかけられるほどのことをした覚えは────ないこともないが、讃頌会と関わりがあったとは思えねえな」
「では、司祭の妄想の可能性が高いが、何か思うところがあるようだな……?」
「……“始まりの主”とやらは実在するらしい。その力の一端に触れたことがある。正確には、その遺物や残滓、が近いんだろうが」
「…………狂信者の崇拝対象が実在するなど、正に世も末だな」
「もう百年も前から世も末だろ、この世界は」
「違いない。嫌になるが、認めざるを得ないな」
ヒューゴの顔に、驚きの色はなかった。讃頌会の崇拝対象が実在するなど眉唾物だが、奴なりの確信があるようだ。
蛇の道は蛇、という。この街の闇に触れてきたのならば、“始まりの主”に関して、何処かで耳にしていても不思議ではない。或いは市長閣下殿から聞いていたのか。
いずれにせよ、オレにはその根拠を知る術はなく、そのつもりもないので一時的に棚上げだ。
そして、オレが触れた力の一端、その一つが雲嶽山の青溟剣。
アレは同じ目的で作られた道具とは一線を画す。恐らくだが、始まりの主により近い、或いは関係深い位置にある、と考えている。
「しかし、意外だな。こうもあっさりと自身の握る情報を明かすとは。我々の世界ではありえん話だ」
「そりゃ裏の、って意味か? それとも新エリー都のか?」
「どちらもだ。明かすべきではない情報は確かにある。だが、この街の住人は病的に隠そうとする、と感じたことは一度や二度ではない」
「その疑問は正しいだろうよ、外から来たオレもそう思うからな。そういう意味でも、オレとお前は似ているか」
「オレも明かしていない事実、自分だけで握っている情報もあるが……?」
「そりゃオレも同じだ。街の連中との違いは、ひたすらに隠すのではなく、明かすべきタイミングを探ってる。違うか?」
「違わんな。明かすべきタイミングが正しいかは、未だに自信はないがね」
「同感だね。気が合うな」
「ふっ、気味の悪い話だ」
其処まで言って、互いに苦笑いを浮かべる。
同じように他人を引き取り、養ってきたからか、ヒューゴとオレは抱えた気苦労も似通っていた。
故に、その苦悩も手に取るように分かる。コイツとは長い付き合いになりそうだ。
「しかし、衛非地区か……」
「何かあるのか……?」
「来週からアキラとリンが行くんだよ。オレもこっちとあっちを行き来する予定でね。暫らくはあっちで店を出すことにしていたんだが……」
「……讃頌会の動向を考えれば、取りやめにした方が無難だと思うが」
「いや、世話になるのは、あの雲嶽山だ。二人は早急にエーテル制御の技術を身につけなきゃなんねえ」
「君だけはこちらに残る……わけにもいかんか。君といい、店長くん達といい、讃頌会と向き合わねばならない星の元に生まれたと見える」
「オレはカルトなんぞに関わりたくはないんだけどなぁ」
「かと言って、雲嶽山に二人を丸投げするつもりもないのだろう? まったく、難儀な性格だよ、君も」
「責任なんぞ背負いたくもないが、こればっかりは自分で決めて始めたことだ、文句も言えないのが辛いところだな」
参るね、どうにも。
この分では、また讃頌会とやりあう羽目になりそうだ。
神託を受けたという司祭、オレを認知しているらしい“始まりの主”。謎は深まるばかりで、答えは見えない。
儀玄を筆頭とした雲嶽山の面々がいる故に、アキラとリンの安全に気を遣わなくてもいいのはありがたいが、面倒なことこの上ない。
「何にせよ、必要ならば呼んでくれ。店長くん達には借りもある。手を貸そう」
「なんだ、そんなに暇なのか、怪盗って奴は?」
「それこそまさか、だな。オレにはやらねばならないことも、やりたいことも山積みだ。ただ、此処も「Random Play」もお気に入りの店で、友人が営んでいる。優先順位など、いくらでも入れ替えるとも」
「そりゃありがたい。手が多いに越したことはないからな」
まだ二度顔を合わせただけだと言うのに、ヒューゴはオレを友人認定したらしい。
気難しそうに見えて案外単純なのか、アキラとリンを認めた故に、オレもついでに認めたのか。はたまた、本気でオレを気に入ったのか。
答えは言わぬが華だろう。どうせオレと同じ理由だ。
そうこうしている間に、注文された塩ラーメンと半チャーハンのセットが出来上がった。
色々と約束を果たしてくれた礼におまけをしたのだが、屋台の内側、ヒューゴの見えない位置では執拗にオレの脛を蹴るガウタマがいるが、オレはガンスルー。これくらいは大目に見てくれ、今日は気分がいいことだしな。
「ほらよ、塩ラーメンの鶏油と半チャーハンのセット、お待ち!」
「相変わらず仕事が早い。いい香りだ。確かに、香味油が変わるだけでも印象が変わるものだな」
「味の方も、な。驚くぞ?」
「どれ、ずずっ………………ははは、これは確かに。貝の香味油とは全く別のもののようだ。本当に香味油しか変えていないのか?」
「ああ。小さい店だ、そう色々と持ってこれんしな」
「さて、噂のチャーハンは、んっ、むぐっ………………んっ!? これは噂通り、いや噂以上、期待すら簡単に超えてきたな。オレは未だに君の腕を侮っていたようだ」
「お褒めに預かり光栄だね。今後とも、贔屓にしてくれよ?」
「無論だ。しかし、こうなってくるとラーメンとチャーハン以外の腕前も気になるものだな」
「そうかい。アンタなら機会があれば振舞ってやるよ」
楽しみにしておこう、と笑い、ヒューゴはそのままラーメンとチャーハンに向かう。
食事中はあまり喋らない
途中、味変の調味料にも手を出し、お気に入りの味を探っている様子を見せた。
その表情は単に食事としてのラーメンに舌鼓を打つだけでなく、エンターテイメントとしてのラーメンも思う存分に楽しんでいるように見えた。
「ふぅ、いい味だ。何処か慣れ親しんだようでいて、新鮮味や洗練さも損なわれていない。やはり美味い」
「冥利に尽きるね」
「ああ、そうだ。料理に詳しいのなら、一つ教えてもらいたい。体質的に低血糖気味でね。何かいい料理はないだろうか。トラウマのせいで甘いものは少々苦手で、それの克服もかねて無理に摂取しているのだが、よくならん」
「当たり前だろ。そこらのヤブ医者だってオレらより病気と身体の勉強してんだからよ。医者行け────と言いたいところだが、立場上難しいか」
「そういうことだ。医者がオレの情報を売らないとは言い切れない」
「うーん、そうだなぁ。サツマイモの味噌汁とかがいいんじゃないか? サツマイモ自体の甘さも控えめだし、味噌の塩味で誤魔化せる。甘さを感じても汁物だから、すぐに飲み込める。最悪、甘味の少ないイモに種類を変えてもいいし、寝起きでも食べやすいだろ」
「味噌汁、か。作ったことがないのだが、手間ではないかね?」
「そうでもない。寝る前にカットしたイモを電子レンジで加熱しておけば、朝は水に粉末出汁と味噌を入れれば完成だ。慣れてくりゃ5分でできるぞ」
「成程、試してみるとしよう。礼を言おう」
ナラカ
始まりの主などの街に関する情報は、街へ来るよう誘った友人達に聞いている。だが、当時は興味関心がなかったので、詳しくは聞いていない。
ヒューゴ
血の繋がりのない子供を家族或いは相棒とした境遇が似ているためか、相性は良好。市長を信用していない点も同じ。ヒューゴとしても気安い同年代との付き合いが生まれるのは久しぶりなのか、友人認定している。ナラカも同じ。
小説の視点はどちらが読みやすい?
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一人称
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三人称