side:Akira
「ふむ、よく似合っておるな。漢前が上がって見えるぞ」
「ははは。この道着のお陰だね。でも師匠、それは自画自賛になるんじゃ?」
「他人を褒めつつ、自分も持ち上げる。“うぃんうぃん”、というやつだな」
「それは少し違う気が……」
「そうか?」
衛非地区へと向かう道中、市長が用意してくれた飛行船の中でお世話になる雲嶽山宗主の儀玄さん、もとい師匠と世間話に興じる。
現在、リンはダウンしている。
研究所から持ち出されたサクリファイスのコアを追う一件で、新たに出来たエキセントリックな友人であるビビアンが、その過程でエーテリアスになりかけた。
直接、目にしたわけではないけれど、身体の一部が結晶化しかけ、通常であればそのまま────というところで、リンが何とかしてしまったらしい。
市長曰く、君達の身体にインプラントされた力の一端が、周囲のエーテル粒子に影響し、侵蝕を後退させたのだろう、とのこと。
結果、リンの体内に存在するエーテル粒子が通常よりも活性化しており、体調不良を引き起こした。
幸い、風邪程度の軽い症状で、ナラカに看病を任せて僕は機材の調整もかねて一足先に、という具合。
本来であれば、僕も一緒に残るところだけど…………。
「それが、お前さんの師か」
「うん、カローレ・アルナ。世間では旧都陥落の元凶、と言われている、けど……」
「お前さんもリンも、無実を信じているのだな」
「…………いや、どうだろう。信じている、というよりも、信じたい、が正しい気がするよ。記憶にある先生は何時も優しくて、何でも教えてくれたから」
「そうか……それならば、信じてもよいのではないか?」
「そうかもしれない。でも、先生やヘーリオス研究所が行っていたかもしれないことを考えると、無条件では信じられないし、肯定するわけにもいかないさ」
「辛い決断だな。お前さんがそう言うのなら、私から言うべきことは何もない。とは言え、既に私もお前さんの師の一人だ。微力であれども、手を貸そう」
「ありがとう。頼りにさせて貰うよ」
座席に座りながら、ポケットから市長から渡された写真を取り出す。
其処に写っているのは、一人の女性。僕が見間違えるはずもない。間違いなくカローレ先生だ。
「ミアズマ」と呼ばれる特殊なエーテル侵蝕物質に囲まれている彼女の姿は、在りし日と何一つ変わることなく。
これが過去に撮られたものであるのならば、問題はなかった。
ただ、市長の話では、最近になってラマニアンホロウ内部に存在する輝磁生産エリアから流れてきたものらしい。
その事実に、リンはどうかは分からないが、僕の心に浮かんできたのは確かな希望と喜び、同時にそれ以上の怒りと悲しみだった。
もし生きているのなら、どうして会いに来てくれないのか。
一体何が目的で姿を隠し、何を成そうとしていて、どうして何も教えてくれないのか。
動けないにしても、手紙やメールの一つでも送ってくれてもいいのではないか。
浮かぶ疑問にキリはなく、泣きだしたくなるほどの暗い感情に気分が落ち沈む。
──思わず写真を握りつぶしそうになると、ふわりと白檀の香りが鼻を擽る。
見れば、隣の席に儀玄さん、もとい師匠が腰を下ろしていた。
不機嫌にも見える無表情だったけど、その瞳には新たにできた弟子に対する確かな優しさが灯っている。
ナラカが浮かべるものとはよく似通っていて何処か違っていたのは、母性と父性の違いだろうか。
でも、それだけで随分と落ち着いた。
隣に頼れる誰かが居てくれる、というのは精神を安定させてくれる。
もう少し、この気分でいたい。
折角だから師匠の気遣いに甘えて、世間話に興じよう。
「でも、意外だったな。ナラカが師匠と知り合いなんて」
「それは私もさ。話に聞いていた一緒に暮らしてる兄妹が、まさかお前さん達だとは思ってもみなかった」
「そうなんだ。ナラカとは何時から……?」
「そうさな、アレは旧都陥落から1年ほど経った頃のはずだ。となると、もう10年来の付き合いになるか。ふらりと雲嶽山の本殿にやってきてな、ラマニアンホロウで見つけた雲嶽山の史書やら門下生の
「じゃあ、僕達と同じぐらいの付き合いになるんだ。でも、どうしてナラカはラマニアンホロウに……?」
「第一は金儲け、ホロウレイダーの真似事と言っておったか。他は詳しく聞いておらんが、あの当たりの歴史で気になることがあるとかでな。そうそう、あのサンブリンガーも一時は身を置いていたとか、輝磁の利用法を確立したのも彼女の功績と言っておったか」
「サンブリンガー、って、あの……!?」
「ああ、初代虚狩りのな。ただ、あまり良い結末ではなかったようだ。当時あの当たりを牛耳っていた領主とやらは、あくどい輩であったらしくてな、最終的に彼女が邪魔になって排斥したとか何とか」
「……酷い話だね。輝磁の利用法なんて、人類にとっては偉大な発見、重要な発明なのに」
「そうだな、何時の時代も権力者とはそういうものかもしれん。ただ、ナラカは嬉しそうだったぞ」
「えぇ……ナラカはそういう裏切りは許さないタイプだと思うけど……」
「いやいや、領主の裏切りは口汚く罵っておったよ。ただ、領主と手を切って、ミス・サンブリンガーに味方した奴らがいたらしくてな。彼女にも確かに救いがあった、と喜んでおったぞ」
師匠との会話は心が躍った。
僕達も知らないナラカの話を聞くのは、思いの外楽しい。
しかし、まさか此処でミス・サンブリンガーの名を聞くとは思わなかった。
況してや、ナラカが自ら進んで調べているなんて、驚きだ。
でも、意外ではないかな。
ナラカは新エリー都に対して、好感を抱いていない。寧ろ、強い不信感と嫌悪感を示している。
初代虚狩りは街に深く関わる英雄。その過去に迫ることで、隠された真実に至ろうとしているのかも。
其処で目を付けたのが、ミス・サンブリンガー。
もう百年も前の話だが、ハイブロード・ホロウを消滅させ、人類の友であるボンプを生み出した、太陽を齎す者。
そして、彼女を信じ、身体を支え、信頼の下に身命を賭して奮戦した誰か。
成程、これにはナラカもにっこりだろう。
アレで、ナラカは人の善性を信じている。例えそれがどれだけか細い光であろうとも、決して消えることはない、と謳うように。
でも、ナラカはどうやってラマニアンホロウに当たりを付けたのだろう。
歴史が気になる、ということは、調べる以前に目を付けるだけの情報を持っていたことになる。
例の、新エリー都へ来るように誘った友人から聞いたのだろうか。なら、友人は歴史家や学者の類かな?
人類の生存圏ぎりぎりのところにあるらしいナラカの故郷にまで足を運ぶような人だ。」
きっとアグレッシブでフィールドワークが得意な人なんだろう。今度ナラカに聞いてみようかな。
「そう言えば、雲嶽山の術法だけど、本当に僕やリンにも使えるのかい……?」
「勿論だとも。お前さん達にインプラントされたものの性質を考えれば、素養はあるだろう。あとは、お前さん達の努力次第だな」
「へぇ……じゃあ、ナラカみたいにエーテル波動でホロウの内部を探ったりも?」
「何だ、あやつと来たらそんな真似をしておるのか」
「うん。こう、両手を叩いて特定の物体や物質にだけ反射するエーテル波動を出して、コウモリの反響定位みたいに使っていた。と言っても、ナラカの自己申告だから僕達にはどうなっているのか、詳しくは分からなかったけど」
僕とリンの中にある術法のイメージは、バレエツインズのホロウで見せたエーテル反響定位(仮)で固定されている。
実際、ナラカも術法の延長にある、と言っていたし。当然だろう。
確かに、あんな真似ができれば便利なことこの上ない。
プロキシの仕事にはホロウ内に取り残された物品の探索もあるし、環境や地形、裂け目の位置を計器なしに把握すれば、キャロットデータなしにホロウを踏破できるかもしれない。勿論、僕達のようにホロウ探索や迷宮のアルゴリズム解析の知識は必要になるだろうけれど。
師匠は僕の話を聞いて、ナラカが何をやったのか推察しているのか、唸りながら両腕を組む。
「…………うーむ。結論から言えば、不可能だろうな」
「……残念だな。できるようになれば、もうホロウで迷わなくなると思ったのだけど」
「プロキシであるお前さんにはとんでもなく有用だろうからな、その反応も納得だ。エーテル波動を発するところまでは私もできるし、お前さんもできるようになるだろうが、帰ってきた波動の判別まではできん……と思う」
「うん。Fairyも、現在使用されている計器でも其処まで詳しく感知するのは不可能と言っていたよ」
「アレのエーテルに対する感覚は、もはや異能の域だ。術法も人は選ぶが、アレほど再現性のないものではないぞ?」
おぉ、アレはナラカだけの特殊能力だったのか。
僕達の
ハッ……!? いけないいけない、僕の男心が暴れ出すところだった……!
それに特殊な能力がなくなってナラカは、僕にとってのヒーローだ。
お腹の減っている人に食料を分け与えたり、求められた助けに迷いなく手を差し伸べたりするところが最高にヒーローしてる……!
ただ、そんな
「市長にも、ナラカを疑って欲しくけど……」
「私も同意見だ。しかし、傍目から見てもあの二人の相性は最悪だからな。メイフラワーも悪い奴ではないのだが、必要だと判断すれば他者の心を考慮しないところがある」
「……………………」
「厳しい決断を迫られた時には、そうした非情さも必要になるものだ。私では延々と決断を下せずに悩み続け、機を逸することになるだろう」
「じゃあ、師匠もやっぱり市長の肩を持つのかい……?」
「状況による。だが、そうさな。最終的には、ナラカの味方をするだろうさ。アレには恩も借りもある。お前さん達も弟子になったことだしな」
そう言って、師匠は薄く微笑んだ。
彼女の脳裏には何が浮かんでいるだろう。僕には分からないけれど、ナラカとの輝かしい思い出であることだけは間違いなさそうだ。
これは心配なさそうだ。
この人なら市長とナラカの間に入って、上手く取り持ってくれるだろう。板挟みにさせてしまうのは申し訳ないけれど。
「よかった、嬉しいよ。師匠がナラカの味方になってくれて」
「まあ、何だ。アレは腹立たしい男だが、頼りになる。実際、私や弟子達も助けられたことは一度や二度ではないしな」
「成程。でも、腹立たしいというのは……?」
「何度も雲嶽山に籍を置かぬか、と誘ってみたのだが、取り付く島もなくてな」
「あはは、それは僕達が居たからじゃ……」
「その程度は此方も配慮する準備はあったのだぞ? だと言うのに、あやつと来たら勝手気ままに屋台なぞ始めおって」
「うーん、僕はナラカが組織に属してるところ自体が想像できない、かな……?」
「それもそうか。全く、仕方のない奴だ」
腹立たしげに表情を歪めた師匠だったけれど、やがて頬を緩めてみせた。
その頬は僅かばかりに朱に染まり、ただでさえ視覚を殴り倒してくる美しい顔立ちが、更に魅力を増しているかのよう。
こ、これは……!
まさか、ツイッギーやイヴリンさんばかりでなく、師匠もナラカを……!?
いや、でも不思議じゃない……! 僕達の脳を焼け野原にしたように、ナラカが師匠の性癖と脳を焼き尽くしていたとしても……!
よし、まずは探りを入れていこう。
リンにも報告しなければならない。内容に如何によっては気ぶリンになってしまうが仕方がない。それは本当に仕方がない。
「ところで、師匠にはいい人はいるのかい……?」
「何だ、藪から棒に」
「いや、僕もリンもそういうのが気になるお年頃なんだ」
「まあ、そういったものか。福福や瞬光も似たようなことを聞いてくる。だが、そのような相手はおらんよ。期待に応えられず済まんな」
「……じゃあ、好みとかは」
「好み、なあ……」
師匠はこれまで恋愛などしてこなかったのか、はたまた興味を示してこなかったのか、返答に窮しているようだった。
腕を組んだかと思えば、次は顎に手を当て、続いて首を傾げてみせる。
やがて、慎重に言葉を選ぶよう、ゆっくりと口を開く。
「そうさなぁ……顔立ちはそう気にしたことはないが、何かに打ち込む真剣な横顔や、
(ナラカだ……)
「身体は、線が細いタイプよりも、逞しい方がいいかもしれん。見ていて不安にならんからな」
(ナラカだ……!)
「性格は、ありきたりだが誠実で優しく、共にいると安心感があるとよい。それでいて気遣いの必要がない、何でも言い合える方がいい気がする……」
(絶対にナラカだ……!!)
いやもうこれは確定……!
師匠もナラカのお嫁さん候補……! そして、僕達の義姉になるかもしれない人とは……!
「師匠、三世帯住宅って、どう思うかな……?」
「どうした、急に。家庭には色々と事情があるからな。よいのではないか……?」
思わず、僕達の夢を師匠に問うていた。この反応なら、問題はないだろう。
しかし、其処は紳士を標榜とする僕。
背中を押すことはあっても、誘導はしない。ナラカを想う女性には平等にチャンスがなければ……!
師匠に妙なものに向ける視線を向けられたが、気にし────
「うぁっ、ば、爆発……!?」
「拙いな、飛行船が墜落しているぞ……!」
「そんな、どうして……!」
「兎に角、姿勢を低くして衝撃に備えろ……!」
突然の爆発音。
窓の外では、飛行船の一部が炎上しているのか、真っ赤な火の粉と黒煙が後方へと流れている。
スターループの時といい、どうしてこう僕は墜落に縁があるのか。
我が身に襲いくる不幸を呪いながらも、師匠の指示通りに床に両膝をついて、座席にしがみつく。
同時に師匠が何事かを唱え、印を結ぶと腰の道具から墨が大量に溢れ出し、僕達の周囲をドームのように覆っていった。
「案ずるな、私が居る」
その頼もしさと来たら、流石はあの雅さんに肩を並べるほどの実力者。
ツイッギーもイヴリンさんもそうだけど、ナラカの隣に立つ女性はこれくらいじゃないと……!
エーテル反響定位(仮)
ナラカにクソださいからやめて? と言われること請け合いの仮称。
原理としては、とある酒飲みがホロウ踏破に使用していたアーティファクトのそれと同じ。ただ、ナラカの場合は完全に生身でそれを成す。極めて優れた──というよりも完全に異常値を示しているエーテル感知能力がなければ成り立たない。
「お前、インチキ能力も大概にしておけよ。コレと同じ真似を生身やるな。チートか」
「いや、ナラカの場合はもうバグの域だ」
ミス・サンブリンガー
ナラカがラマニアンホロウで調査していた対象。その過去は成した功績に反して、最後は領主による裏切りで終わった。しかし、彼女を信じ慕う者もおり、ナラカにしては珍しく、皮肉抜きで安堵したようだ。
「そうか。お前にも、確かに救いも報酬もあったんだな、サンブリンガー」
アキラ
ナラカの影響か、カローレ・アルナには親愛だけでなく、一人の子供として当然の怒りを抱えている。
そして気ぶる気ぶる。思わず儀玄に夢の三世帯住宅計画を明かしそうになった。だがまだだ、まだ慌てるような時間じゃない。
儀玄
信じられるか、これで自覚していないんだぜ……?
なお、これからは雲嶽山の皆さんだけでなく、アキラとリンからも気ぶられる模様。
小説の視点はどちらが読みやすい?
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一人称
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三人称