side:Naraka
「体調はどうだ?」
「えっへっへぇ。ナラカの愛情たっぷりの看病で元気百倍! 今日からまた頑張っちゃうよぉ~!」
「看病に愛情なんか込めるかよ。何にせよ、元気になって何よりだ」
「んも~、どうして私の感じた愛情を否定するかなぁ。ナラカ、照れ屋さんなの……?」
「実際に愛情なんか込めてないからですけど???」
「いーや、愛情込もってたね。参っちゃうなぁ、愛されリンちゃん過ぎて」
アキラが澄輝坪の適当観に向かって早三日。
体調を崩していたリンはすっかり回復。活性状態にあったエーテルは今は平時のそれと変わらなくなっている。
ただ気になるのは、エーテルの許容量、保有量が増していることか。確実に知能水晶体かH.D.Dシステムのせいですね。
カローレ・アルナも市長閣下殿も何を考えているのやら。完全にモルモットじゃねえか、引くわー。
まあいい。多分……多分だが、エーテルリンクを使えば何とかなるだろう。問題は、そんな使い方初めてということだが。
「それは兎も角、お兄ちゃんは本当に大丈夫……? 飛行船、撃墜されちゃった、って言ってたよね」
「問題ねえよ。儀玄が傍にいたんだ。高度からの落下だろうが、ホロウの中に落ちようが、どうとでもなる。実際、アキラからも直接連絡があって、無傷だったってよ」
「よかったぁ……でも、師匠のことそんなに信頼してるんだ。へぇ、ほほぅ……?」
「何だよ、その顔は。お前が儀玄のことをどう思ってるか知らんが、この街でも上から数えた方が早いレベルの強さと万能さだぞ。それを見たことあるなら、オレと同じ感想にしかならねえよ。どっかの市長閣下と違って、人間的にも信用できる」
ニヤニヤと笑いながら見てくるリン。何を考えてんだか。
実際、儀玄の腕前は凄まじい。
近接格闘だけに的を絞っても、ライカンさんが全力でも5分持てばいい方だ。
其処に青溟鳥も加われば、虚狩りの星見 雅ともガチンコ
と言うか、青溟鳥が凄まじすぎる。
その性能がではない。その発想や在り方が、だ。
オレも生み出すのに多少手を貸したが、アドバイス程度のもので、大部分は儀玄が一人で組み上げた術法。
とても一代で完成させられる代物ではないだろうと思っていたので、実物を見た時は冗談抜きで驚いた。
アレは、ある種のブレイクスルーに成り得る。
もっと機能面の無駄を削ぎ落とし、簡略化させて人々に行き渡れらせることができれば、ホロウの諸問題も解決……とまでも行かないまでも、犠牲者の数は格段に減るだろう。
「で、「
「うん、常連さんには連絡したし、
「店って、二号店ってことか? 物件と店番はどうすんだよ? そんな金あるのか?」
「あはは、違う違う。そんな立派なものじゃなくて出店みたいな感じ。ビデオの数は少なくなるけど、その分厳選するんだ!
「成程ね。それならアルバイト代ぐらいにはなるかねえ。ほら、さっさと行くぞ」
「あッ、ちょっと待って。車の鍵、鍵」
「やだよ、お前とアキラの車乗るの。
「もー、ナラカの身体が大きすぎるんだってば。でも、ありがとう♪ ガソリン代浮いちゃったー♪」
リンが用意したボストンバッグを片手で二つ持ち、「Random Play」の裏口の扉に手を駆ける。
更に、リンは自分でキャリーバッグまで引いていた。女は大変だ、こういう時にやれ着替えだ下着だ、化粧道具だ何だのと、どうしても荷物が多くなる。アキラなんてリュックサック一つ、行き来する予定のオレなんて手ぶらだってのに。
その時、空いた手に暖かで柔らかな感触が伝わってきた。
目を向ければ、リンがニッコリと微笑んで手を握ってきている。しかし、その笑みは何処か影が見てとれた。
無理もない。リンにしてみれば、もう二度と会えないと思っていた母親にも等しい人物と、再会できるかもしれないのだ。
そして、その思惑も、同時にヘーリオスの真実とも向き合わなくてはならなくなる。そりゃ、不安にもなろう。
「無理して笑わなくていい。明るく振舞う必要もな」
「あ、はは。やっぱり分かっちゃう……?」
「そりゃ、長い付き合いだからな。お前も、アキラも我慢し過ぎだ。お前らの境遇を考えれば、もっとやさぐれてても誰も文句なんて言わんだろうよ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「それがお前らの良い所でもあるのは認めるよ。だけど、オレの前で良い子ちゃんでいる必要なんてないぞ」
「……うん、そうだね」
呆れから笑みを浮かべると、リンの表情にも明るさが戻ってきた。
手を繋いだまま、顎を使って仕事場を指し、共に歩き出す。
こうして手を繋いで歩くのは久し振りだが、我ながら随分と慣れたものだ。初めの頃は、歩幅を合わせられずに二人を引きずるような形になってたしなぁ。
「でも、本当に先生がいたら、どうしよう」
「殴れば……?」
「初手から暴力……!?」
「いや、お前とアキラはそれくらいやっても許されるからな? お前らが殴らんならオレが殴るわ」
「ナラカに殴られたら先生死んじゃう! 恩師が恩人に殴り殺されるところなんて見たくないんだけど……!?」
「じゃあ、関節技で行くか。手足全部折れるくれえなら死なんだろ」
「先生が壊れた人形みたいになっちゃう! 死ななければいいわけじゃないからね!?」
えー? 駄目ー? 駄目かー? などと言っていると、駄目です! と釘を刺された。
マジでそれくらいやっても許されると思うんだがな、お前達は。そして、カローレ・アルナはそれぐらいされても文句言えん立場だろ。
旧都陥落の真実がどうであれ、リンとアキラに厄ネタを埋め込んだ事実は動かない。
何も知らない子供に、何の説明もなく銃や爆弾のスイッチを渡したようなものだ。その結果、何が起こったとしても、責任を問われるべきは渡した大人だろう。
カローレも誰かに強制された可能性もあるが、それが何だと言うのか。
二人の母親を気取っていたのなら、母親らしく二人のために命を捨てればよかった。その方がまだ母親気取りにも格好がついたし、自らの尊厳も守れただろうに。
目的のために、二人を騙し続けていたのか。
いずれにせよ、その辺りが明らかになれば二人の人生はカローレ・アルナという呪いから解き放たれる。
アキラとリンの人生は、其処から始まると言っても過言ではないだろう。
真に愛情を持った母親だったとしても、世間の語る極悪人だとしても、死に逃げなど絶対にさせるものか。ケジメだけは付けさせてやる。
「何にせよ、安心しろ。お前らの面倒くらいは見てやるよ」
「それは嬉しいけど……それだけじゃ、なくてさ……」
「…………?」
「もし、もしだよ。先生が見つかって、私達と一緒に暮らせるようになって、旧都陥落の真実も分かって、全部が丸く収まったハッピーエンドになったらさ。ナラカは、それでも一緒にいてくれる?」
そっちだったかー。
アキラも、同じように考えているのだろうか。
少なくともリンは不安ながらも真剣そのもの。ならば、オレも真剣に応えるとしよう。
「一緒にいる必要なんて、何処にもないだろ。カローレ・アルナと顔も合わせるのも嫌だね、オレは。確定している事実だけでも、反りが合わんのが分かる。嫌な相手とは距離を置くのが互いのためってもんだよ」
「で、でもさ、街には……」
「それもしんどい。我慢はできるが、オレにとってこの街の全てが余りにも遠い。此処での生活は、ただただ苦痛だ。もっとも、オレの人生は元より
「や、やだよ……そんなの、私はやだからね!」
「嫌だと言われてもなぁ……」
「だって……だって、私も、お兄ちゃんも、何の恩も返せてないもん……!」
普段から子供っぽい口調が、更に幼くなっていく。
今にも泣きだしそうな顔で、こちらを見上げてくる姿は、初めて会話をした日を思い出す。
これまで、何度となくしてきたやり取りだと言うのに、全く以て聞き分けのないガキどもだ。
何が恩だ、馬鹿も休み休み言え。
報酬は既に受け取っている。怒りと憎しみ、身体と魂を引き裂かれるような苦痛で彩られた拷問染みた人生で、二人との出会いと生活は、オレにとって間違いなく宝石のような輝きだったとも。
未だにオレの中に居座り、街へと導いた七つの星が道を指し示すものならば、二人は────
「聞けよ、リン」
「………………」
「拗ねるとだんまりは相変わらずか。でも、聞けって」
「…………やだ」
「じゃあ、勝手に話すぞ。失うことを恐れるな。生ある者は失いながら生きていくしかないんだよ」
無限も、永遠も、この世には存在しない。
何せ、この世そのものが有限なのだ。無限も、永遠もその内側に入り込む余地は初めからない。
仮に、人がそう呼ぶものがあったとして、それは人の認識が限界を迎えただけ。人間には単位のつけられない、数えきれない量があるだけだ。
よって、この世の全ては常に喪失と共にある。
一切皆苦とはよく言ったもの、誰もが喪失の苦しみと悲しみからは逃れられない。諸行は無常であり、すべてがいずれ消え行く定め。
故に、恐れてはならない。
その事実を拒絶した瞬間から、無限、永遠という名のまやかしを求め、心は魔道へと堕ちていく。いずれ誰にでも訪れる最後を、胸を張って堂々と受け入れる強さを得るために、日々を懸命に生きていかねば。
「……ナラカの馬鹿、分からず屋、あんぽんたん、甲斐性なし、女たらし、ヤリ捨て男……!」
「おい、ふざけんな。後ろの三つは聞き捨てならねえぞ。特に最後ぉ! オレは童貞だぞ、お前……!」
リンとアキラに見出した輝きが、カローレ・アルナの下でより増すと言うのなら、オレは手放すことを惜しまない。
いいじゃないか。手元になくとも宝石は宝石、輝きは輝きなんだから。何を惜しむ必要があると言う。
「ふん、そんなこと言ってさ。ナラカを好きな女の人がいるかもしれないじゃん、手を出してるんでしょ……?」
「お前ねぇ、オレを何だと思ってんだ。いねえよ、そんな相手。そもそも、オレが女ならオレを選ばねえ」
「でも、そういう物好きな人は確実にいるからね。告白されて、そういう関係になっちゃっても捨てて街から出てくんでしょ、最低……!」
「いや、それは流石になぁ……オレも躊躇するっつーか、男として責任は取らなきゃならんっつーか……」
「言質取ったからね」
「あれ、リンさん? 目が怖いですよ……?」
時折、青くぺかぺか光るリンの緑の瞳は、とてつもない情念の炎が宿っているようで。
アッハイ、絶対逃がさないから覚悟しといてね、と書いてありますね。
……………………いや、大丈夫だな。
オレに惚れる女なんていない。仮にそんな女がいたとして、オレは選ばないと思う。だって確実に頭おかしいもん、そんな女。
「絶対三世帯住宅するから。ナラカの子供、メチャクチャに甘やかしてやるんだから……!」
「それ迷惑なヤツ! 叔父叔母祖父祖母にそのムーブやられるとすっげー迷惑するヤツ!」
「ふふふ、教育とか躾を考えずに甘やかしたいだけ甘やかすのは、両親以外の特権……!」
「お前、オレこの街で生活すんの苦痛って言ってんのに、更に苦痛を増やすおつもり……?」
「大丈夫大丈夫、ナラカとナラカのお嫁さんなら、きちんとした子供に育つから! 私とお兄ちゃんがそれを証明している……!」
「やだよオレ! お前らみたいにやたらとオレに執着する子供とか!? これ以上恐怖を覚えるモンスターに増えて欲しくない!!」
「言っとくけど、ナラカが結婚したりお付き合いしたりしないと、私もお兄ちゃんもそういう真似しないからね……!」
「ば、馬鹿な……! 自分の青い春と婚期を人質にするってのか、お前らは……!?」
「カローレ先生を逃がしたとしても…………逃がさん……! ナラカだけは……!」
「そこは恩師を優先してやれよ、頼むから……!」
クソッ、毎度毎度この調子だ、コイツラは。
オレは単なる余分だと言うのに、執着し過ぎだろ。ほんと何なの……?
まあ、何にせよすべては杞憂だろう。
アキラもリンも、オレと違ってモテるからな。
ヒューゴんとこのビビアンと言う娘もアキラにホの字っぽいし、アストラも狙っている節がある。二人ともかなりの肉食系だろう。オレにそんな相手ができるまで我慢が効くものか。
リンだって、カリュドーンの子のライトやら、対ホロウ六課の浅羽何某やらにモーションを駆けられている。押し倒して手ェ出して、ズドンでオギャーさせろよ小僧共が。
ふッ、勝ったな。オレだけ行き遅れ確定だ。
二人の一人立ちを見届けて、清々と街からおさらばさせてもらうとしよう。
…………………………ん? アレ? オレ、選択肢間違えてないよね? 大丈夫だよね????
ナラカ
これまでの経験から、世界の有限性を認め、いずれ訪れる終わりと死を既に受け容れている。自らの人生における役割を果たしたと考えており、後はただ、進めるだけ進むだけの男。
リンとアキラが一人立ちしたら、さっさと新エリー都を後にして、どっかの山奥にでも引きこもるつもり。でも、二人がギャン泣きして引き留めたらクソデカ溜め息を吐いて、嫌々ながら新エリー都で暮らす。しかし、市長とカローレには絶対に近寄らないし、自分から話しかけることもない。
Q.ツイッギ-、イヴリン、儀玄、レミエールに関して、どう思われておられますか?
A.全員、いい女じゃない? 引く手数多だろうよ。
いい加減にしろよ、クソボケが……!
リン
ナラカのそういった部分を知っているため、三世帯住宅やらお嫁さん、子供で引き留めるつもり満々。
その根底は、受け取ってばかりではなく、その恩を少しでも返したいという切なる祈りであり、人として当たり前の願いから。
それはそれとして、ナラカをよくない目で見るし、気ぶリンと化す。
三バ家族。
ナラカ「アキラとリンはモテるからな。オレが一番最後だろ」
アキラ「ナラカとリンはモテるからね。僕が一番遅いだろうな」
リン「お兄ちゃんとナラカ、モテモテだよね~。あーあ、私だけ行き遅れ確定かなぁ」
自分以外の恋愛感情には敏感。自己肯定感は高いのに、自己評価は低い似た者家族ども。
小説の視点はどちらが読みやすい?
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三人称