side:Naraka
衛非地区は澄輝坪の片隅にある道観。
雲嶽山の支部に当たる其処は、建立の一件から適当観と呼ばれている。
長らく不在になっていた道観は時の流れによって色褪せていたが清掃は行き届いており、うらぶれた印象はない。
其処で出迎えたのは儀玄とその愛弟子達。
「ようこそ、適当観へ。こちらが今日からお前さんの兄弟子、姉弟子になる者達だ」
「初めまして! お兄ちゃんから聞いていると思うけど、私はリン。分からないことだらけだから、色々教えてね!」
「「「「おお」」」」
「何がおおだよ」
「これはおおですよ!」
「そうですね、大将の御家族が同門になると聞いた時は戦々恐々としましたから。野生児のような兄妹が来るのか、と」
「お、お兄ちゃんは言い過ぎだけど、正直以外だったかも……」
「テメェらなぁ……と言いたいところだが、別にオレは育ててない。勝手に育っただけだ。オレがやったのは腹いっぱい食わせただけだわ。もっと二人を褒めていいぞ」
「「でぇへへへへへ」」
「はっはっはっ、何にせよ、大将の教育方針は間違っていなかったわけだ。いやよかったな、本当によかったぁ」
「潘、感慨と安堵が籠もり過ぎだ」
儀玄の遠慮のない愛弟子どもにとってリンは好印象らしい。
オレにしてみれば中身は割とモンスター寄りかつ変態なのは黙っておこう。しかし──
「流石はお弟子さんの妹さんですね! 可愛らしいです!」
「ありがとう、福福先輩。リンは、僕の自慢の妹さ」
「分かります。とてもよく分かりますよ、お弟子さん。妹は可愛いものですからね」
「もー、お兄ちゃんったら……アキラ、あんまり過保護だと嫌われちゃうからね?」
「確かに、大兄弟子は瞬光ちゃんに対して過保護だなぁ」
「何を言うのです、潘。これくらい普通ですよ、普通」
「そうだね、釈淵さんの言う通りだ。お兄ちゃんとして当然だよ」
「「おお」」
「何がおおだ、お前さん達」
「いや、これはおおだろ」
たったの三日で、大分仲良くなってんな。
流石はアキラ。自分の懐にはなかなか飛び込ませないのに、相手の懐に飛び込んでいくのは得意のようだ。
気難しいというか、警戒心の強い釈淵と打ち解けているとは意外だった。まあ、アレは兄って境遇からの共感も含まれているのだろうが。
それよりも福福と瞬光の距離が近い、近くない……?
福福は元から距離感が近いタイプだが、瞬光なんかさりげなくボディタッチまでしてるぞ、おい。
いや、これはもう────
(これは、
(
釈淵と目だけで会話をする。
マジか。マジかー。アキラすげえな。
瞬光とアキラの相性いいだろうな、と予想していた。
あんな可憐で儚げな見た目しといて、瞬光も割とぐいぐい行くタイプだし。爆速で仲が良くなっても不思議じゃない。
驚きなのは、釈淵にまで認められてることだよ……!
コレ、交際OKしてんじゃん……! 完全に妹を任せるに足る男と思われてるよ……!
(ナラカ、これって……
(ああ、
ピシガシグッグ! パァンパァン! ギュッギュッ、コツン……!
アキラにやってきた春の予感に、思わずリンとファストバンプ。
釈淵もキランと眼鏡を煌めかせ、皆の見えないところでサムズアップ。
他の連中からは、突然の奇行に妙な目で見られた、気にしない。気にしている場合じゃありませんね、これは。
(流石はお兄ちゃん、アンビーに、エレンに、カリンちゃんに、シーザーに、ルーシーに、11号に、雅さんに、朱鳶さんに、アストラさんに、ビビアンに続き……!)
(多い多い多い……!)
そ、そんなに……!?
すげーな、アキラ! 人たらし女たらしだとは思っていたが、ちょっと数が多過ぎねえかなぁ……!?
オレは心配になってきました。コイツ、いつか刺されんじゃねえかな。大丈夫かなぁ、心配だなぁ。
でも、流石に色恋は保護者にとって管轄外、首を突っ込むところじゃない。アキラ、自分で何とかしてくれ……! オレは知らん。骨は拾ってやる。
これは、リンよりもアキラが先かなぁ。
このままリンも、いい相手が見つかってくれたらいいんだけどなぁ。
頑張れ、ライト、浅羽何某。何ならライカンさんやヒューゴでもいいぞ。頑張れ、まだ見ぬ色男たちよ、超頑張れ。
オレは二人が自分の意思で選んだ相手なら誰でも構わん。
さっさとズドンでオギャーしろ、ズドンでオギャーさせろ。早く一人立ちしてオレを安心させてくれ、頼むから。
「さて……福福、瞬光、リンを案内してやれ。女同士だ、そう気を遣わなくてもいいだろう。アキラは引き続き、釈淵と潘から術法の指導を受けるように」
「了解しました、お師匠様! お弟子ちゃんのお部屋はこちらです!」
「ナラカさん、リンの荷物も持っていくから貸して」
「ああ、ほらリンも行けよ」
「は~い。えへへ、よろしくね! 姉弟子さん!」
「……はうぅっ!」
「あれ、どうしたの?」
「ああ、瞬光ちゃんは今まで一番下の弟子だったので、妹弟子、弟弟子ができて嬉しいんですよ!」
「ちょっ、福姐さん……!」
「ほほぅ……姉弟子、一緒に頑張ろうね! 姉弟子、これから仲良くしてね! 姉弟子、頼りにしてるからね!」
「はうっ!! ……も~、二人してからかってぇ……!」
リンも爆速で仲良くなっていくぅ~。
相変わらず、驚きはなかった。
元より雲嶽山の面々は儀玄の影響で堅苦しくもなく、善良で裏表もない。そりゃ、二人と好相性だわな。
「ナラカ、少し話がある。場所は……私の部屋にするか。来てくれ」
「ああ、分かった」
「…………ッ!?」
儀玄が親指で、道観内の自室を指す。
この様子じゃあ、真面目な話だな。素直に付いていくとしよう。
しかし、リンは何を驚いてるんだ。
(女の人が自室に男の人を気軽に……!? お兄ちゃん、皆、これは一体……!)
(妹よ、自分を棚上げするのはやめるんだ。…………それはそれとして、
(
(
(
(
(カーッ! やってんねぇ! ナラカもやっちゃってるねぇ……!)
(ナラカも……? どういうことだい……?)
(((マジかコイツ……)))
「む、邪気……? 気のせいか……?」
(どうせリンとアキラが儀玄のぺぇとケツ見てんだろうな。儀玄に悟られなくなったら本物だゾ……!)
相手に視線を悟らせない見方を二人に教えたのは、このオレだ……!
故郷のクソどもから学んだ技だが、まさか二人が身に付けられるとは夢にも思わなかったぜ……!
だが甘い、まだ甘い……! 獲物を狙う野生の獣レベルになってからが本番だ……! エロ根性でそのまま頑張れよ、二人とも……!
…………いや、オレはなんて技術を二人に教えてるんだ。馬鹿なのか、オレは。馬鹿だったわ。まあいいや、悪さできる技術でもないし。
儀玄の後に続き、適当観内の部屋へと脚を踏み入れる。
簡素な寝具と少ない調度品だけが置かれた部屋は、雲嶽山の本殿にある儀玄の部屋とよく似ていた。
「んで、話ってのは……?」
「色々と此方の近況を伝えておきたくてな。まあ座れ」
寝具に腰を下ろした儀玄は、ポンポンと自分の隣を叩いて座るように示してきた。
促されるまま腰を下ろす、と儀玄は満足げに頷き、やたらと長い脚を組む。
むっちりと擬音のつきそうな肉付きのいい脚だが見蕩れてはならない、これは凶器だ。蹴りを放って直撃しようもんなら、成人男性の首でも一撃でへし折れます。
「まずアキラの適正だがな。もう既にいくつかの術法を身に着けたぞ。お前さんから見てどうだ?」
「エーテルの状態もいいんじゃないか? 活性の状態も静かすぎず騒がしすぎず、凪いじゃいないが荒れてもいない。並の奴じゃ、術法を学び始めると一時的にエーテルの状態が不安定になるからな。ヘーリオスの遺産を抜きにしても、元からエーテル制御の才能があったんだろ」
「そのようだ。リンの方はどうだ?」
「オレの印象じゃ、アキラよりも繊細な制御は苦手そうって感じ。その分、エーテルの許容量も保有量も上だな」
「成程な、それも加味して修練を進めよう」
問題があるとするなら、アキラとリンのエーテルが
通常では、こんなことは在り得ない。そんな繋がりを察せるのはオレくらいのものだろうが、少なくとも自然と繋がった状態になっているのを見たことなどない。
こんな状態、オレがエーテルリンクを使わなければ、在り得ないんだが……。
多分、ヘーリオスで何かがあったのだろう。研究成果か、事故か、或いは知能水晶体か、H.D.Dシステムのせいか。
または、二人の中で眠っている何かが、ケーブルの役割を果たしているのか。
いずれにせよ、ヘーリオスで何があったのか、二人がまだ語っていない、オレの知らない何かがあると見た方がいいか。
システムの作られた目的、仕様の詳細が分かるまでは静観する他ない。
下手にいじっては、二人の身にどんな影響を与えるか分かったものではないからな。
「私とアキラの乗った飛行船を堕とした輩は、正体不明だな」
「爆発は外からか? それとも中から?」
「外からロケットランチャーを打ち込まれたようだ。飛行船の空路がバレていたと見た方がいいな」
「てことは、市長回りに潜んでいるだろうスパイの可能性は低そうだな」
「何故そう思う?」
「どの飛行船に乗るのかまで分かってれば、中の座席に爆弾しかけた方が墜落死よりも確実に殺せるからな。相手が分かってたのはどの空路を通るのかだけってことだろ」
「…………お前さん、発想が時々怖いな」
すっ、とオレから身体を離してドン引きする儀玄。
え? これオレが悪いのか? 普通の発想じゃない……?
市長閣下殿が用意した飛行船と空路を特定したところまでは見事だが、やり方が杜撰すぎる辺り、金も時間もない弱小組織のやり口か。讃頌会辺りが最有力候補だが、さて……。
しかし、この街の連中は皆して杜撰なんだよな。スターループの一件からも分かる通り、TOPSでさえやり方が杜撰で幼稚で安易で手緩すぎる。ア ホ く さ。
もっともアキラの傍に儀玄がいた時点で、至近距離で爆弾が炸裂しようと殺し損ねていただろう。座席に収まる程度の爆弾では、儀玄の術法を用いた防御は抜けないからな。
どの道、これだけの情報では何処の誰がやったことなのか、確定にまでは至らない。此方は、相手の出方を見る待ちの一手しかないな。
「それから澄輝坪も騒がしくなってきたようでな。ポーセルメックスの連中と地元の労働者の間で軋轢が生じている」
「ああ、輝磁の採掘と加工してるTOPS傘下の会社だったっけ?」
「そうだ。ポーセルメックスが所有しているラマニアンホロウ内の鉱山で労働災害が発生したらしいのだが、補償の話が進展していないそうでな。労働者の連中がカンカンだ」
「ただの雇われに補償の進展具合なんて分からんだろ。そういうのが分かるのはポーセルメックスの幹部クラスか、専門部署の正社員くらいだ」
「…………言われてみれば、確かに妙な話、ではあるか」
「どーせ、ポーセルメックスの下っ端が余計なこと言ったんじゃないか? あいつら高圧的すぎんだよ、もっとお客様みたいに丁寧に扱えばいいのにな、考える力のないアホはそれだけで首輪を付けられる」
「お前さんなぁ、それではどちらも馬鹿だと言っているようなものではないか」
「だからそうだと言ってんだよ。澄輝坪の労働者も確定してない情報に踊らされてるし、ポーセルメックスも労働者の扱い方を分かってないんだから、馬鹿な話だ」
しかし、第三者による作意を感じるのは確か。
確実に
オレの言葉に儀玄は露骨に眉をひそめた。
基本的に、儀玄も含めた雲嶽山は、其処に生きる住人の味方。
加えて旧都陥落後、TOPS連中にはあの手この手で資産やら土地やら毟り取られた側なので、いい印象がない。
よって、どうしても心情は労働者、ひいては澄輝坪側に寄るのだろう。
話の流れ的に、あの疑り深い釈淵も待ったをかけていないのがいい証拠だ。
「オレが当たってみようか? 労働者側には伝手がある。TOPS側はどうすっかなぁ、最悪忍び込んでもいいが……」
「それはやめておけ。できるだけ事を荒立てたくはない。直接、聞いてみるのもいいかもしれん」
「どういうこと……?」
「雲嶽山が衛非地区に舞い戻ったと聞きつけ、ポーセルメックスの最高責任者とやらがやってきてな、首を突っ込むなと釘を刺してきたよ。ほれ、名刺も置いていった」
「…………ダミアン・ブラックウッド、ねえ」
儀玄から手渡された名刺には名前と役職、そして連絡先が記されていた。
首を突っ込むな、と言いながら、連絡先を残していったということは、雲嶽山との繋がりを断つつもりはないのだろう。
どうしようもならなくなった時の保険、或いは澄輝坪の住人との窓口にでもするつもりか。なら、話を聞くくらいはできそうだ。
しかし、問題だったのは儀玄の機嫌が加速度的に悪くなっていっていることか。
「ああ、お前さんの物の見方はフラットだ。誰にも寄らん故、こういうことには向いているだろうさ」
「………………なんか拗ねてない?」
「……拗ねてなどいない」
(…………ふんっ、薄情者め)
拗ねてんじゃん。
長い付き合いなのだから、私の肩くらい持ったらどうだ、ということか。
そう言われましても、物事を正しく見極めるためには俯瞰的な視点が必要でして、儀玄の肩越しの視点だけでは、事実を立体として把握できないわけですよ、などとは口が裂けても言わない。
何故って? こうなった儀玄に何を言っても逆効果でしかねえと学んでいるからですよ……!
仕方ない。今日のところはオレも潘の手伝いに勤しむとしよう。あと自腹切って、夕飯を豪勢にしてご機嫌伺いだ。
side:Rin
(おほぉ~~、いい雰囲気だねぇ! あんまり表情の変わらない師匠が拗ねてる拗ねてる……!)
(やっぱり、リンもそう思う!? 師匠ったら、ナラカさんの前では私達には見せない表情するんだよね……!)
(ナラカさんは鈍感すぎるし、師匠は自覚がなさすぎますよ……!)
(((もう付き合っちゃえよ────!!!!)))
ナラカと師匠が部屋の中に消えていった後を追い、私は姉弟子と一緒に窓へと近寄る。
三人揃って鼻から上だけを出して、窓から中を覗き込む。其処にはベッドに並んで座り、何やら話し込んでいた。
いやベッドに座ってお話とか、もうお付き合いしてる距離じゃん! 肩が触れ合いそうだよ!
あと、師匠のムッとした無表情が、年不相応の可愛らしさに溢れているように見える……!
くっはぁ~! 堪らないよねぇ……! 普段、冷静な大人の女性が、幼さの残る少女性を見せるとか。それを見せるのはナラカだけとか! 少女漫画か……!
(こ、これが雲嶽山……! 噂に違わぬ魔境にして、修行者の楽園……!)
(リン、何だか意味合いが違う気が……)
(でも瞬光ちゃん、お師匠さまとナラカさんのヤキモキする関係は、私達の精神修行になっている気もしますよ!)
(た、確かに……!)
テンション上がってきたぁ……!
でも、私は淑女! 恋する乙女の背中は押しても、誘導はしない。
そう、恋愛とはお花のようなもの。いくら綺麗だからと手を出すのは、ましてや踏み荒らすなど無粋……! 見守りながら愛で、時に水を与えることこそ粋……!
頑張れ、師匠……! 頑張れ、姉弟子……! 夢の三世帯住宅を目指して……!
ナラカには、ずっと傍にいて貰うからね……?(真顔)
………………はぁ、私にも春が来ないかなぁ。
ナラカ
クソボケその1。しかし、その実態は肉食系、否ケダモノ系男子。
恋愛に発展しなければ、面が良くて胸も尻もデカい女を相手に悟られることなく見てニッコリしているだけだが、恋人、婚姻関係になったら、いきなりアクセルべた踏みする男。
何なら付き合い出したのその日に手を出すレベルの爆速具合。但し、相手が嫌がったら説得するし、駄目なら緊急停止する。本人としては、そうした方が腹を括れるし、責任を取らざるを得なくなるかららしい。
アキラ
クソボケその2。その実態は無自覚ロールキャベツ系男子。
相手の欲しい言葉を無自覚に垂れ流し、男なら信頼を獲得し、女なら恋心にまで発展させる。実際に付き合っても、なかなか手を出さずプラトニックな関係を思う存分に楽しんで、相手をヤキモキさせるタイプ。だが、一度でも関係を持てば、容赦のない言葉攻めと優しい手付きで相手の脳みそをトロトロにする魔性の男。
リン
クソボケその3。ライト、悠真、セスなどのアプローチに気付いていない。君の春もすぐそこにまで来ているのだよ、リンちゃん。その実態は、アスパラベーコン系女子。
無邪気さの中に女らしい健康的な色気と妹属性由来の小悪魔成分と甘え方で、男をメロつかせ、女は可愛がる。
お付き合いするとぐいぐい迫るも、直前になってヒヨる。ぴゃーぴゃーと可愛く叫んで言い訳を並べ、相手の理性を完全にぶっ壊す魔性の女。
瞬光
この時空では、山に籠らず他の弟子と行動を共にしている。アキラが気になっているご様子のお清楚な見た目をしておいて、その実かなりの肉食系女子。
青溟剣の問題があるため、門弟として動く際には必ず誰かが同行する形を選択。
一人で不満を貯めるよりも、皆で苦しみも悲しみも共にし、支え合おうという儀玄の考え故。
また、ナラカが剣棺の作成に関わっており、代償がある程度軽減されている。その原理は、とある妖刀の鞘を参考にし、更に彼独自の細工が施されている。
儀玄
信頼している相手には、かなりストレートに感情を表現する。
特に、ナラカには年長者として振舞う必要を感じていないほど信頼しているため、拗ねたりもする。可愛いね。
小説の視点はどちらが読みやすい?
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一人称
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三人称