適当観の日常
side:Akira
適当観にリンがやってきて、早一週間。
師匠から申し渡された修行内容は座禅や瞑想など精神修養を中心に、呼吸法の習得や基礎体力をつけるための運動を繰り返す日々。
当初は正直なところ、驚いた。
僕の中での修行者の生活はアクション映画の知識ばかりで、もっと肉体を虐め抜く過酷なものだと思っていたけれど────
『阿呆、そんな過激な方法では身体を壊すだけだ。健全な肉体には健全な精神が宿るとは言うが、どちらかと言えばアレは願望の類だ』
『そりゃそうだよね。その理屈に従うと、不健康だったり障害のある人は全員不健全な精神になっちゃうってことだもん』
『然り。とは言え、肉体が健全健康であるに越したことはない。お前さん達はそもそも運動不足気味だ。よし、お望み通り、修行を増やしてやろうではないか』
『『や、藪蛇だった……!』』
そういう訳で、インドア派の僕達には、少々辛いものになった。
とは言え、軽いランニングが追加されただけ。師匠も運動不足を解消させるだけのつもりらしい。
…………運動不足が解消された後のことは、考えないでおこう。きっと僕達兄妹には辛い毎日になるからね……!
「そこまで。お二人とも、楽にしてください」
「ふぅ……」
「アキラさんは、座禅にも随分慣れた様子ですね。姿勢も素晴らしく、氣に乱れも少ない。リンさんの方は…………その、もう少々、落ち着きを持たれた方が」
「はい、すみません……落ち着きがないって、ナラカにもお兄ちゃんにも言われてきましたぁ……」
適当観の片隅で座禅を組み、瞼を落として行う精神統一。
その意味合いや理由は教えて貰っていない。師匠曰く、それを見出すのも、この修行の一環なのだとか。
座禅の様子を見守っていた釈淵さんに、僕はお褒めの言葉を貰ったが、リンへはかなり慎重に言葉を選んでいた。
無理もない。座禅の最中、隣からモゾモゾと音が聞こえてきた。インドア派の癖にやたら活発なリンには、こうした何もしていないように思える修行は辛いものがあるのだろう。
大兄弟子からのオブラートに包まれたアドバイスに、リンは小さくなってしょんぼりと肩を落としていた。
少々意地が悪いけれど、兄の面目躍如と言ったところか。
最近は、プロキシの仕事をリンに任せきりだった。僕の威厳は風前の灯だったからね。
このまま差を付けさせて貰おう。リン、見ていてくれ。これが君のお兄ちゃんだ……!
「釈淵さん! お弟子さん、お弟子ちゃん! お茶の準備ができましたよぉー!!」
「……だそうです。我々も行きましょうか」
「やったー! 今日のお茶請けは潘さんかなぁ、瞬光かなぁ! 今行きまーす!」
「やれやれ、我が妹ながら切り替えが早い」
「妹のそうしたところも可愛らしいものですよ。アキラさんなら御存知だと思いますが」
「勿論。でも、瞬光に困ったところはなさそうだけどね。釈淵さんにも分かるのかい?」
「ははは。アレで拗ねると御機嫌取りが必要になりますからね。似たようなものです」
福福先輩の呼び声に、リンはパッと顔を輝かせ、一足先に声の下へと向かっていく。
残された僕と釈淵さんは顔を見合わせ、妹談義をしながら後を追う。
向かった先ではテーブルと椅子が用意されており、既に皆が待っていた。
「さあ来たなぁ、お弟子くん! 今日は潘特性チャーシューまんだ!」
「ふぉぉ、生地もツヤツヤしてておいしそぉ~!」
「ま、休憩中のお茶請けにしてはちょっと重めだが、午後からは体力造りだからなぁ」
「よく食べ、よく鍛え、よく眠る。体力をつけるには、一番の近道です。お二人とも、寝る前のネットサーフィンは控えるように」
「アキラもリンも、職業柄なのは分かるけど早く寝ないと駄目だよ。修行にも身が入らなくなっちゃう」
「特に精神修行は眠くなっちゃいますからね! 夜更かしは大敵です!」
「あ、はは、耳が痛いな。気を付けるよ」
テーブルの上にはチャーシューまんとお茶が用意されていた。
適当観にやってきてから潘さんのチャーシューまんを何度か頂いたが、非常に美味だ。
コンビニのものとは味が違う。そのまま店売りできるレベルだと思う。
僕はそのまま、空いていた瞬光とリンに挟まれた席へと腰を下ろした。
『いただきます!』
そして、全員で手を合わせて軽く一礼しながら、すべての命と人々の手間に感謝を捧げる。
新エリー都では怪訝な顔をされる習慣だけど、雲嶽山ではナラカから聞いていたのか、全員が実践していた。
こうなると、皆がナラカとどうやって仲良くなったのか、気になるところだ。
ぼんやりとそんなことを考えながら、熱々のチャーシューまんを頬張れば、思わず目を見開いていた。
「んぅ~~~~、美味ひぃ~~~~!」
「そうでしょうそうでしょう! 潘さんのチャーシューまんは天下一品! ナラカさんにも負けていませんよ、あぁむっ!」
「おいおい、福姐、そこは勝てると言って欲しかったなぁ。まあ、大将相手じゃ、オレも気後れするけどな」
「よく言いますね。澄輝坪の郷土料理なら自身があるでしょうに。おや? 今日のチャーシューまんは……」
「んん! 何だかいつもと違う甘さ。口当たりも優しい気がする……」
「そうなのかい? 僕達は初めてだから分からないけど、お店で食べたものよりも遥かに美味しいよ」
「チャーシューもトロトロでほろほろ! 甘じょっぱくて癖になるぅ~~~!」
リンの言う通り、潘さんのチャーシューまんは、とても美味しい。福福先輩の言葉も納得だ。
もう皮からして、コンビニどころか半端な店では敵わないのが分かる。
中のチャーシューは、濃い味付けだけど、くどさがない。それでいて、噛めば旨味が滲むと同時にホロリと崩れるほど柔らかく煮込まれており、いつまでも飽きが来そうになかった。
しかも、釈淵さんと瞬光曰く、今日は何やら工夫を加えているらしく、潘さんも自信ありげ。
だけど、初めて食べる僕にも、潘さんの自信に見合う出来栄えだと分かる。
「おや、お師さんが帰ってきたな。大将も一緒みたいだ。おーーーい! 二人とも、こっちこっち!」
「何だ、お前さん達、こんな時間に茶をしばくとは。ああ、ちょうど修行が一段落したところか」
「お二人の得手不得手がようやく見えてきました。午後からは、身体造りの方を」
「そうか。任せきりで済まんな、釈淵。それにアキラとリンもな。まったく、メイフラワーも人使いが荒い」
「お前も似たようなもんですけど? オレをタクシー代わりにするの止めてくださる?」
「良いではないか。どの道、お前さんも此方に来るんだ。ついでだ、ついで」
「それ言っていいのオレよ? ねえ、分かってる? お前が無理やり車出させたんだよ? ねえ、儀玄?」
「ま、まあまあ、ナラカさん。ほら、潘さんがチャーシューまんを作ってくれたから、二人もどう……?」
「ほう、潘のチャーシューまんか。帰ってきたばかりだが、さっそく頂くか」
昨日からホロウ調査に向かっていた師匠が、うっすらと青筋を立てたナラカを伴なって帰ってきた。
ナラカは適当観で生活をせず、朝方に六分外へ戻って眠り、昼は仕事場でラーメンの仕込み、それが終わり次第こちらにやってきて夜に屋台を出している。
以前、澄輝坪でも店を出していたようで、「一期一会」を知っている人は少なくないらしく、売上はガウタマも満足するほど上々らしい。
師匠に都合よく使われていることに対してか、慣れない生活の疲れからか、苛立った様子のナラカを見兼ね、瞬光がまだ誰も手に付けていないチャーシューまんの乗ったお皿を差し出す。
普段、無表情の師匠だけど、好物を前にして目を輝かせた。
もう手を洗ってきたらしく、チャーシューまんを一つ手に取ると、そのまま一口────とはいかず、綺麗に二等分すると一方をナラカに差し出す。
ナラカは口を半分だけ開き、視線だけを動かして、何度となく師匠の顔とチャーシューまんを見比べ、やがて諦めたように受け取った。
「何だ、お前はオレにチャーシューまんを半分だけ食べさせる呪いか何かにかかってらっしゃる?」
「雲嶽山にそのようなヘンテコな呪法、邪法は存在せんぞ?」
「知ってんよそれくらい! 頑なに半分こすんの、ほんと何なんだよお前ェ……!」
「チャーシューまんは、こうして分け合うのが一番美味い食べ方だ。知らんのか?」
「聞いたことありませんけど? それで美味くなれば料理人は苦労しねえっての」
「大将、味は変わらないなら半分でもいいじゃないか。気に入ったなら、おかわりもあるさ。それよりも、オレは味の感想を聞かせて欲しいね」
「自信作か、これは楽しみだ。どれ、むぐっ。むっ、もぐもぐ……おぉ、腕を上げたな、潘。私は、こちらの方が好きかもしれん。甘さが上品だ」
「ほぉー、この味と色合いは……黒糖でも使ったのか?」
「正解! 流石の舌だなぁ、大将……!」
(アキラ、リン! ちなみにだけど、師匠がチャーシューまんを半分こするのはね……!)
(ナラカさんだけなんですよ!)
((キテる……))
瞬光と福福先輩が小声で伝えてきた事実に、僕とリンは同時に昇天しかけた。
例え、それがどんな感情によるものだったとしても、師匠が僕達の大切な
あわよくば、そのままお付き合いを経て結婚し、三世帯住宅まで突き進んでくれないものか……!
いや、まだだ、まだ早い……!
僕は、このもどかしい感じを見守っていたい……! もう付き合っちゃえよー! と叫んでいたい……!
くそっ、じれったい……! 僕ちょっとやらしい雰囲気にしてくるよ……! するのはまだまだ先の話……!
「で、感想はどうだい……?」
「美味いぞ。お、青溟鳥も喜んでるな」
「チュピ、ピィ……♪」
(お弟子さん達……! 師の青溟鳥が肩に留まるのは、大将だけですよ……!)
((再びキテる……))
「いやさ大将、こうしたらいいとか、ああしてみたらとか、そういうのを期待してたんだけど……」
「あのなぁ、潘。オレは人の作ったもんにケチつける気はねえの。金も払ってねえのに、そんな偉そうな真似するかっての。素直に美味い、嘘は言ってねえぞ……?」
「大将はオレの料理の師匠みたいなもんだろ? そうでなくても同じ料理人だ。助言の一つくらいくれてもいいだろう……?」
「師匠って、大したこと教えてねえだろ…………まあ、そうだな。無理に言うなら、オレなら刻み生姜でも入れてみる、かな。元からくどくはないが、後味がもっとさっぱりしていいかもしれん」
「成程、おろし生姜は入れたんだが、そっちの方が歯ごたえもよくなりそうだ。ありがとう、大将。これで、もっと美味いもんを皆に食わせられるぞぉ……!」
「物好きだな、ほんと。だが、お前らしいよ。流石は、雲嶽山の料理番だ」
「うむ、そうだろう。流石は私の弟子だ」
「オメェはどや顔してないで、福福とリンと一緒に自分の料理スキル何とかしろ。恥ずかしいぞ、人として」
「「ひ、人として……」」
「ナラカ、私にも流れ弾当てるの止めて!?」
ナラカの容赦のない余計な一言に、いきなり刺された師匠と福福先輩は愕然と表情を歪ませた。
そして、料理なんて袋ラーメンでギリギリのリンは、かつてから抉られている傷口に塩を塗り込まれ、涙目になる。
ナラカは自分の作った料理の粗は気にするけれど、他人の作った料理に文句を言っていることは見たことがない。
例えば、僕が失敗してしまった薄かったり、濃かったりする味噌汁を食べても、眉一つ動かさずに最後まできちんと食べた後で──
『薄味もいいな。いくらでも食べても塩分を気にしなくていい。罪悪感ゼロだ』
『お、今日は濃いめ。白米をいくらでも食べられる感じだな』
──と、リンがぶーぶーと文句を垂れる横で、そんなことを言う。
そういうところだよ、ナラカ……!
そういうところが僕とリンの脳みそをメチャクチャにするんだ……!
ああ、誇らしい。このスケベ過ぎる恩人を、世界の皆に見て欲しい。ご覧、皆、これが僕達の
「ごちそうさん。オレは、ちょっと澄輝坪を見て回ってくるわ」
「ん? 例のポーセルメックスの件か?」
「それもあるが、ここ最近の澄輝坪で人気料理の
「そうか。お前さんなら心配ないと思うが、気を付けろよ」
「ああ。じゃあ、アキラとリンは修行を頑張れ。ホロウに入るなら、術法は必ず役に立つからな」
「うん、分かった。ナラカも無茶や無謀はいいけど、無理だけはしないでね」
「そりゃこっちの台詞だ。相も変わらず、自分が見えてないなぁ、お前らは」
ハッ、とナラカは笑いながら背を向け、両手を天に向けて肩を竦めつつ、適当観の門を潜っていく。
むぅ、ナラカには僕達が無理をしているように見えるらしい。
けれど、それは的を射ている。市長から渡された先生の写真に関する手掛かりは、未だに何も掴めていない。
急いては事を仕損じる。
そんなことは分かっているけれど、逸る気持ちを抑えるのにも苦労する有り様。
何なら、今すぐにでもラマニアンホロウに飛び込んでいきたい気分でさえある。
もしかしたら、座禅と瞑想による精神修行が中心なのは、そうした心を師匠が見抜いているからなのかもしれない。
こういう時は気分転換に何処かへ遊びにいくのがいいけど、午後には身体造りが待っている。
なら、やれることと言ったら師匠や姉、兄弟子との会話だろう。折角だから、僕の知らないナラカについて聞いてみようかな。
「そう言えば、皆はどうやってナラカと仲良くなったんだい? ほら、ナラカはああだろう?」
「ははは、お弟子くんも言うなぁ。そうだな、オレはやっぱり料理だよ。雲嶽山に入ったばかりの頃、自分から料理番を買って出たはいいが、大人数の分を作るとなるとかなり勝手が違ってなぁ。色々と教えて貰っている内に、って感じだ」
「私は潘さんが来るまで美味しい料理をたくさん食べさせて貰いました! お師匠様の料理はほんっとうに酷くってェ……」
「福福、自分を棚上げして師匠を貶すとはいい度胸だ」
「ひぇー、藪蛇でしたー!」
「あ、あはは……私とお兄ちゃんは、当時の教育係みたいな人が厳しくて……」
「………………兎に角、外に連れ出して遊ばせてもらいましたよ。大抵は川や海で釣りをしたり、山で山菜やきのこを取ったりでしたが」
「あー、ナラカらしいね。アウトドア……なんてレベルじゃなくて殆どサバイバルみたいだったけど、私とお兄ちゃんも外で色々教えてもらったなぁ」
「……それに」
其処まで言って、釈淵さんは一瞬だけ目を伏せ、続いて師匠を見る。
何かを問いかけているのか、指示を仰いでいるのか。その視線に込められた意味を、僕とリンには読み取ることはできなかった。
師匠は、釈淵の視線を受け、少し悩む素振りを見せたものの、やがて意を決したように口を開く。
「折角だ、ナラカとの話ついでに、雲嶽山の話もしてやろう。弟子となったお前さん達にも知っておいてもらいたい」
「雲嶽山の……?」
「ああ、重要な話だ、心して聞け。もっとも、我々にもまだ分からぬ部分は多いがな」
「師匠、それって、どういう意味なの?」
「言葉通りだ。そして、瞬光も深く関係している」
「………………」
「……?」
「雲嶽山には使い手の命を奪う魔剣が存在する。私以外の宗主が代々受け継いできた……いや受け継いだ者が宗主となる、と言った方が正しいな。兎も角、危険な剣だ。名を、青溟剣と言う」
(使い手の命を奪う、魔剣……? それは……)
(雅さんの、無尾の、ような……? でも、アレは使い手の身体を乗っ取る、意識を奪うとか、そういう感じだったけど……)
師匠の表情に僅かな影が落ちたが、すぐに消え去り、訥々と語り始めた。
皆とナラカの関係、青溟剣の中心とした雲嶽山の騒動、そして、ナラカが雲嶽山で何を成したのかを────
ナラカ
口は悪いのに、気遣いはできる男。他人の作った料理には文句を言わない。
けど、アストラレベルだと半ギレになる、でも食べる。リナさん? もう料理認定しないよ、食べるけど。なお、食べ終わった後に、バチクソにキレながら、食い物粗末に扱ってんじゃねえぞ、殺すぞくらいは言う模様。その後にスパルタ料理教室が始まります。
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