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築き上げられた人間の社会に馴染めぬ姿は、まるで野生の獣の如く。
他者の言葉に耳を傾け、受け入れながらも己が在り方を変えようとしないさまは、まるで一振りの剣の如し。
ふらりと雲嶽山にやってきた男は、実に不思議な男だった。
この世の全てに憤りを覚えているような目付きをしていながら、当然のように助けを求められた手を掴む。
少年から大人へと成長していく過程でありながら、酸いも甘いも嚙み分けた老人のように人や物事の本質を見抜く。
相反する要素が多く目に付くにも関わらず、その全てが整然と並べられ、一つの形を成しているかのような、そんな男だ。
名は、ナラカという。
奴が雲嶽山にやってきたのは、ラマニアンホロウで見つけた雲嶽山の史書や覚書を売るためであったが────
「ナラカ、この覚書どう思う……?」
「字が汚くて読みにくい」
「……そういう意味でなくてだな」
「分かってるよ。敢えて周波数をズラして、相手側に浸透させて周波数を探る、ことを言ってるんじゃないか? つーか、澄輝坪の方言って漢語かこれ、時制がないから過去か、現在か、未来のことなのか全然分からん……!」
「成程、……方言は読んでいれば分かるだろう」
「慣れてるお前らはな! 慣れてないこっちからすると読み手の常識に左右されすぎて分かりづらいんだよ……!」
いまや旧都陥落によって失われた多くの術法を取り戻そうとしていた私に助力している。
いや、正確には助力
雲嶽山の本殿の一室。多くの書物が納められた書房で、椅子に座りながらナラカと向き合い、過去を思い返す。
『お前さん、随分と氣が落ち着いているな。何があっても
『な、何ですとぉ……! ナラカさん、お師匠様の一番弟子は私なのに……!』
『まあ、エーテル制御に長けてる自覚はあるが。あと福福、睨んでくるな。才能の有無は一番弟子の条件じゃないだろ』
『そんなことを言って、ナラカさんは一番弟子の座を狙っているんでしょう……? お師匠様を支えるのは私です! この座は渡しませんよ……!』
『たった二人しかいない、立て直そうとしてる最中の宗門になんて入るもんか。こっちは自分とガキ二人のことで手一杯だ。好きこのんで苦労を
『事実とは言え、面と向かって言われると腹立たしいものだな。…………だが、猫の手も貸りたいところなのは事実だ。手伝ってくれないか』
『…………はぁ~~~~~~~。頼られると弱いな、どうにも』
『おい、福福……! こやつ、存外扱いやすいぞ……!(ヒソヒソ』
『ですね……! このまま美味しいご飯も毎日作って貰いましょう……!(ヒソヒソ』
『聞こえてんだよなぁ……! もうちょっとこっちが気持ちよくなれるように使ってくれませんかねえ……!』
キッカケはそんなところ。
何度か顔を合わせたあと、奴の氣が表面上は凪いだ海面を思わせる静謐さを保っていながら、その底では溶岩の如き熱量を持っていることに気が付いた。
ラマニアンホロウに単身で挑み、鼻歌交じりに帰って来れる時点で只者ではないのは分かっていたが、術法の適正まであったのは予想外と言っていい。
福福のお陰で、悲しみに沈んでいた心は随分と楽になったが、私の……雲嶽山の置かれた状況が変わったわけではない。
旧都陥落の折、軍の要請に従い、雲嶽山は山門を開け放って市民の救助に向かった。多くの門弟は、その中で血に塗れて倒れ、それでも多くの命を救った。私の、姉も……。
しかし、その成果を、TOPSの連中は認めなかった。
奴等の資産に甚大な被害を与えたとし、雲嶽山の所有していた土地の多くを賠償として奪い去り、最後に残ったのは雲嶽山の本殿だけ。
本音は土地に眠っていた鉱石だろう。事実、既に開発は勧められており、莫大な利益を生み出しているそうだ。私が周囲の協力を得て成せたのは、難民の保護を約束させたことだけ。
あまりの情けなさに、思わず笑ってしまうほどだ。
だから、エーテル制御に長じたナラカが現れたのは、私にとっては僥倖であった。
何者かも分からない男に信を置くのは危険であったが、其処は藁にも縋るというやつ。
望んでいたわけではなかったが宗主と成った以上、かつての隆盛とまで行かずとも、次世代に託せるだけのものを残しておきたいと願うのは当然のこと。警戒心を解いたわけではないが、利用できるものは利用せねば。
「しっかしまあ、お前もとんでもないことを考えるな」
「……ん? ああ、青溟鳥のことか」
「そうだよ。こんなもんを術法と呼んでいいものか。雲嶽山の術法を取り戻すのを手伝ってきたが、こりゃあレベルが違う。複雑さもそうだが、発想そのものが……」
「まあ、そうかもしれん。しかし、もう……」
ナラカは史書に記された難解な言い回し、或いは覚書の個人的な感覚に寄った術法の詳細を読み解きながら、机の上に散らばった紙束にも視線を向けていた。
それは旧都陥落以前に私が過去の書物を読み漁って解析し、考案した青溟鳥という術式が記されている。
しかし、完成には程遠い。全ては姉様のために完成させようとしてが、結局は間に合わなかった。
ああ、嫌な気分だ。
全身を溶かした鉛に浸したよう。
熱くはない、痛くもない。なのに、気分だけは落ち込んでいく。
まるでお前の人生は全て無駄だったと否定されているかのようだ。笑えるのは、否定しているのは他でもない自分自身であるということか。
「……………………少し、気分転換でもするか」
「何だ、急に……?」
「いや、こんな部屋で引きこもって研究研究じゃ、息も詰まる。たまには日の光を長く浴びるのもいいだろ……?」
「毎日、鍛錬は行っているのだがな……」
「そりゃそうだけどぉ……どうだ? オレちゃんと察してくれって顔できてるか?」
「できているのではないか? まあ、お前さんの言葉にも一理あるか。行き詰っているのも事実だしな」
口をへの字に曲げ、視線を反らすナラカの顔には、確かに“察してくれよ”と書いてあった。
初めて会った時からそうだったが、口癖になっている妙な言い回しだが、不思議とナラカに合っているような気がする。
恐らく、私の変化を悟ったのだろう。
辛気臭い雰囲気が苦手なのか、落ち込んだ人間を放ってはおけなかったのか。
いずれにせよ、このままでは不甲斐ない姿を見せていたに違いない。ありがたく、ナラカの提案に乗るとしよう。
「それで、何処に行く? 福福を連れて街に降りるか?」
「いや、行くのはラマニアンホロウだ。少し前に、面白いものを見つけてな」
「────は?」
「そんなおっかない顔するなよ。もしかしたら、青溟鳥のヒントになるかもしれんしな」
ナラカの誘いに乗り、やってきたのはラマニアンホロウ。
元は観光地であったラマニアン島が名の由来となっているらしいが、島すべてを飲み込んだ今は、その名残りなど微塵もない。
TOPSが管理するロープウェイに輝磁採掘を生業とする鉱山夫に交じり、私達は脚を踏み入れていた。
「それで、こんな場所でどう気分転換をすると言うんだ、お前さんは。エーテリアスとやり合って、身体を動かすなどと言うまいな」
「冗談だろ。エーテリアスと戦うなんざ無駄の極みだ。戦闘経験は積めるがな」
「では、何故連れてきた……? ホロウに面白いものなどありはしないだろう」
「ちょっと、他のホロウで見たことのないものがあってな……」
「まさかとは思うが、ミアズマか……?」
「アレはアレでちょっと気になるが、別だ。大体、零号ホロウでも見つかるだろ、ミアズマは」
私に「キャロット」を用意させ、やってきたのはラマニアンホロウの外縁部。
TOPSの管理区画でもなく、何の価値もないと廃棄された雑草も伸び放題、建築物も朽ち始めている区画に一体何があると言うのか。
ふと、私に乱暴狼藉を働くつもりか、などと考えたが、それもないだろう。
人気が無いとは言え、どんな危険が潜んでいるか分からないホロウの中で、女人を襲うなど悠長に過ぎる。
かと言って、私を亡き者とするにしても、今の私にそんな価値があるとも思えない。
いささか投げ槍な結論だが、油断はしないまでも、ナラカに警戒を強めるよりもエーテリアスを気にした方がいいか。
其処まで思案していると、ナラカが手を差し出してきた。
「……? どうした?」
「手を出せ。エーテリアスに襲われたくはないだろう……?」
「どういうことだ……?」
「いやな、エーテリアスを始めてみた時に思ったんだよ。コイツら、どういう風に世界を見ているんだってな」
「ふむ。確かにな、人と違って眼球があるわけでもない。だが、エーテルで構成させれているんだ、我々のエーテルを見ているのではないか?」
「多分な。正確にはエーテルから放たれる波動を見ているんだろうよ。だから、それを抑える。そうすれば、オレ達はエーテリアスにとって透明人間になる」
「私のエーテルに干渉すると……? そんな真似が……?」
「本質的には術法と変わらんだろ。オレのエーテルの周波数を合わせて、お前のエーテルに干渉するんだから」
「、他者のエーテルに干渉するのは、雲嶽山においてもかなりの高等技術だぞ」
「その辺りはただの才能だ。まあ、お前ならその内、自分で調節できるようになるだろうがな」
「………………」
「何だ、信用できないって? それもそうか。オレはどっちでも構わんぞ、浅い層のエーテリアスなら苦戦もしないだろうし」
唐突な提案に、目が丸くなる。
ナラカの言は、私には信じられないものだった。
確かに理論上は可能、だと思う。
そして、ナラカの様子を見るに、実践も既に済ませてあるのだろう。
信じられないのは、思いつきを実現させるだけのエーテル制御能力。
少なくともこれだけの能力を持ち得るのは、雲嶽山の歴史上でもほんの一握り。
私は訝しんだが、何事も物は試しだ。
差し伸ばされたナラカの手を掴むと同時に、全身を柔らかに叩く波動を感じた。
「ふむ、確かに氣が落ち着いたな」
「お、お誂え向きの奴が来た」
ナラカの発したエーテル波動を察したのか、物陰から現れたのは多脚の小型エーテリアス。
蜘蛛のような素早い動きと、人へと積極的に近づいて自爆することから、ブラストスパイダーと呼ばれる個体だった。
ブラストスパイダーは、昆虫そのものの動きでこちらへと近づいてくる。
僅かに緊張しながら様子を見守ると、ソイツは周囲をキョロキョロと見回して、やがて何処かへと去っていく。
再度の驚きにナラカを見れば、な? という顔ができていた。
「成程、こうしてホロウを渡り歩いてきたのか。極力戦闘は避け、金になるものだけを持っておさらば、か」
「そういうことだ。特に、突発で発生したホロウは兎も角、原生ホロウはエーテリアスの数で拡張はしても、一定以下にまで縮小はしないみたいだしな。戦うだけ無駄だろ」
「ふむ、私としても無駄な戦闘を避けられるに越したことはないが……」
「何だよ……?」
「もしかして、暫らくこのままか……?」
「あー……他人のエーテルを抑制するのは慣れてないんだよ。我慢してくれ」
「男と手を繋ぐなど初めてだが、よもやホロウでそのような経験をするとは」
「すみませんねえ、色気のない場所で。さっさといい相手でも見つけて上書きしろ」
単純に驚きがあっただけで不快ではなかったのだが、ナラカは何を勘違いしたのか、肩を竦めるばかり。
行くぞ、と言われるがまま手を引かれ、ホロウの中を進んでいく。
「……………………」
雲嶽山の一員として、長年修行に費やしてきた私をも超えるエーテル制御の技量。
単純に嫉妬から、苦々しい気分になる。どうして天は、望んだ才能を望む者に与えぬのか。これだけの才気があれば、青溟鳥とて間に合っただろう……。
同時に、疑念も浮かぶ。
この男は何者なのか。初めの内は藁にも縋る思いで頼ったが、誰の指導も受けずにこれほどのエーテル制御を身に付けるなど、天賦と呼ぶには余りにも……。
これまでの協力に感謝は当然存在する。しかし、それを上回る不安が生まれた。
いま手を引いている男は余りにも自身にとって都合が良く、同時に私の理解を超えた才を持つ。
その姿は、まるで、人の弱みに付け込む悪魔のようで────
けれど、逃げる気にはならなかった。
手を引かれて歩くなど、何年ぶりか。雲嶽山の山門を潜る以前、浮浪者として生活する中で、姉様にこうして手を引かれて歩いたものだ。
ナラカの手は、姉様のそれとはまるで違う。
物を叩きすぎて何もかもが厚く太くなった手は巌のように固く、この手から繊細な料理が生み出されるとは思えないが、時に優しく、時に強引に手を引くさまはよく似ていて、知らず泣きそうになっていた。
情けない。
どれだけ願おうと、どれだけ請おうと、死んだ人間は戻ってくるはずもなく。
────姉様、どうして私を置いていったんだ。
私に出来たのは、零れそうになる涙を堪え、口から漏れそうになる疑問を抑えることだけだった。
ナラカ
この時期は、自転車で爆走して雲嶽山にやってきている。
アキラとリンはイアスとガウタマに任せ、自分は日雇いの仕事をしたり、ホロウレイダーの真似事で日銭を稼ぐ日々。
儀玄と福福の料理スキルがあまりにも壊滅的だったため、顔を出すたびに料理を振舞っている。
儀玄
この頃は、儀降の死と向き合えていないため、だいぶ情緒不安定。
またTOPSに色々と持っていかれたため、人間不信に陥っている。福福のお陰で持ち直してこそいるが、ナラカは其処まで信用していない。
福福
自分も辛い境遇だが、それを感じさせない生来の明るさを持つ。
拾ってくれた儀玄を心底から慕っており、ナラカがやってきた際は警戒心剥き出しだったが、料理で簡単に絆された。
これには思わずナラカもホッコリ、儀玄もかなり救われている。彼女がいなければ、儀玄はもっと自暴自棄になっていた。流石の一番弟子。
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