早すぎるけど、これで弾切れ!
これからは不定期です。申し訳ない!
「ごちそうさまでした。美味しかったー♪ もう満腹っ、大・満・足……♥」
「そいつは重畳。お粗末さん」
ラミルは自信満々に注文しただけあって、ぺろりとすべてを平らげた。
ただ、乙女の尊厳を守るため、普段は飲み干してしまうスープは残ったままである。
どうやら来店した際に決められたカウンターが、まだ利いているらしい。
カウンターを決めた張本人は素知らぬ顔で食器を回収し、さっさと洗い始める。
ラミルはカプサイシンと食事そのもので上がった体温を、お冷で下げながら機会を待つ。
やがて洗い物を終えるとナラカの手が止まる。
「何だ、まだ帰らねえのか」
「あれ~? もしかして、帰って欲しかったのかな……?」
「いや、別に。どうせ暫らくは暇だ、好きなだけいりゃあいい」
その態度に、ラミルはわざとむっとした表情を作って見せるが、ナラカは変化を微塵も見せない。
こうしたところは本当に可愛げがない。
もう少し慌てた様子でも見せてくれれば、揶揄い甲斐があるのに、と彼女は溜め息をつく。
時間帯の既に夜半。
キャスト達も出勤を終え、年配の男や女慣れしていない若者を店で転がしている頃合い。
もし次の波が来るとしたら、水商売の店が閉まる夜明け近くになってから。
ラミルもそれが分かっているから、こうして居座っている。
「そういえばナラカさん、私のこと、ラミルって呼ばないよね。おいとか、お前とか、アンタとかばっかり。もしかして私達、熟年夫婦だったかな……?!」
「…………お前ねえ」
「あはは、やっぱり分かってるよね。うん、名乗った時の私、すっごい目を泳がせてたでしょ」
ナラカは少女の揶揄いを相変わらず黙殺し、人が気ぃ遣ってんのにコイツは、とでも言いたげな顔を作り出す。
しかし、少女もまたナラカの表情を気にせず黙殺して言葉を紡ぎ、困ったように笑みを作り上げる。
気遣いは分かっていた。
分かってはいたが、明かして置かねばならないこともある。
嘘吐きを自認する彼女であれ、心苦しさはあるもので。
気を遣ってもらっていたのは分かっていた。だから、返礼の一つもしたくなった。
「私は、ダン。レミエール・ダン。それが私の、本当の名前」
「へぇ~~~~~~~~……」
「反応薄いなぁ……。あ、言っておくけど、ラミルもまったくの偽名ってわけじゃないよ。愛称みたいな感じ」
「誰に言い訳してんだ。気にしちゃいないよ」
本名を明かしても、ナラカは顔色一つ変えず、やたらと長い生返事をするだけ。
大げさに驚いてくれれば面白かったのだろうに。
予想通りと言えば予想通りの反応に笑うしかない。
同時に、二つの相反する心が生じる。
ようやく本当の名前を伝えられたという安堵と本来ならありえない名前に驚きもしないのかという不可思議だ。
「やっぱり、分かってたんだ」
「そりゃあな。アンタの伝え方もそうだが、何処の誰かってのは、この街について調べれば自然とアンタ達に行き当たる」
「歴史の教科書にも載ってるもんね。でも、それでも驚かないのは不思議。だって、ねぇ?」
ホロウ災害によって人類が完全な終末を迎えようとした時、これに歯止めをかけた七人の英雄がいる。
人類は彼等を災害の狩人、都市の守護者と讃え、特別な“
────“虚狩り”と。
レミエール・ダンは、その内の一人。
天才の名を欲しいままにし、瞬く間に「杖の軍」の中佐に上り詰めた麒麟児。
同じく虚狩りのベリオラ・ヴァイク大佐とファルケンハイン傭兵団の長との共同作戦に参加。
ダークウォールを37kmも後退させ、人類の生存圏を広げる文字通りの偉業を成し遂げた傑物。
これ以上ないほどの有名人であり、偉人。
自分と家族の生活と手の届く範囲にしか興味のないナラカでも、名前くらいは聞いたことがあるだろう。
問題は、彼らがもう百年近く前に活躍した人物であることだ。
「百年も前の人間が目の前に現れて、驚かないんだ」
「驚かんね。逆に、どうして驚くのかこっちが聞きたいくらいだよ、俺にしてみればな」
「ぜんっぜん分からないなあ。どういう感性でそんなことを言っているのか、理解できないよ」
ラミル改めレミエールには、ナラカに驚きがないように見えた。
そういうこともあるだろうと言わんばかりの振る舞いで、自然と受け入れているようにさえ。
その根拠と素地が、レミエールには分からなかった。
疑っているのではない。
レミエールにとって、ナラカはもう心から信じられる人物で、いまさら疑うなど手遅れにもほどがある。
ただ、知りたいだけだ。見定めたいだけ。
ナラカという人間の感性、本質────その深淵を。
「あんなものがあるんだ。もうこの世は何があっても不思議じゃない。何が起こっても驚くに値しねえ」
レミエールの自らを探る目を受け止め、ナラカは冷蔵庫からハーフカットされたリンゴを取り出しながら、そう言った。
“あんなもの”と親指で指示したのは、彼の遥か後方。
ビルとビルの隙間に見える巨大な黒い半球のシミ。少なくとも、外側からではそうとしか見えない。
あれは、零号ホロウ。
10年前、旧都全てを飲み込み、新エリー都と改号する原因となった災害の中心部。
「頭のいい学者先生がどう考えてるのか知らんし、学術的なことも科学的なことも分からんが、オレにしてみればアレは現実に空いた穴だ」
「現実に、空いた穴……」
「初めて聞いた時は感心したもんだ。アレをホロウと呼ぶとは、ってな。ホロウは空洞とか虚ろって意味なんだろ? 的を射てるよ」
「…………ふーん?」
「アレが存在してるだけで現実の根幹が揺らぐ。本来、現実は変化しない固体のようなものだ。それが、アレのせいで液体やら気体に変わっちまう。だとすれば、百年前の人間が目の前に現れたって、不思議じゃない。そもそも現実があやふやになってるんだからな」
「うーん、何だかスピリチュアルな感じになってきたような……」
ナラカの言葉は、あくまでもナラカの感性に沿ったもの。
レミエールにはあまりに遠く、何の根拠もない思い込みや間違った理屈にしか思えない。
だが、同時に。
彼一人だけが本質を突いていて、自分を含めた新エリー都の住人全ての認識が間違っているような不安感もある。
そう考えてしまうだけのものを、彼女のまたホロウの内部で目撃し、時に立ち向かい、時に歯噛みしながら
少なくとも彼にとって、零号ホロウは存在しているだけで、時間さえ捻じ曲げても不思議はない、と考えているようだ。
「オレの感性は人のそれより、獣のそれに近い。山奥で生まれ育ったからだろうな。お前ら都市の人間には理解できないだろうよ」
「ううん、そんなことないよ。全部を理解できたわけじゃないとは思うけど、少なくともナラカさんが驚かない理由は納得はできたつもり」
「そうかい。ほらよ、記念だ」
ナラカの語った言葉を咀嚼するため、零号ホロウを眺めていたレミエールの前に、メニューにない一品が置かれる。
小皿の上に置かれたハーフカットのリンゴ。
但し、そこに振るわれた
本来は半球に近い形状の半分のリンゴが、見事に白鳥の形に変化していた。
無数に切れ込みを入れ、段差をズラして羽を表現し、首の形状は一部をカットして差し込む。
いわゆるアップルスワンというカット方法。
果物を熟練の技で、生き物や華などに表現する方法は珍しくない。
身近なところで言えば、リンゴを兎に見立てるカット方法が誰もが思い浮かぶだろう。
これだけ複雑なカットをするなら、もっと小さい果物ナイフやペティナイフをつかうもの。
だが、ナラカは分厚く大きい中華包丁で作ったらしく、珍しくドヤ顔で見せつけるように汚れを拭き取っていた。
(急に可愛いことするなぁ、この人)
思わず笑ってしまう。
以前から、そういうところはあるにはあったが、こうして改めて目の当たりにするとやはり面白い。
恐らく、翼のシリオンであるレミエールの背中から生えた黒翼から連想したのだろう。
優美さとは無縁の無骨な男の手先から、こんなに愛らしいものが生まれるとは。
ギャップと驚きは、いつまでも新鮮な味を保っている。
「うわぁ、かわいいー! こんなの食べるのもったいないよ、もー……このまま持って帰ろうかな」
「いや食えよ、腐るわ」
「じゃあ写真! 写真だけでも……!」
「後には何も残らないから風情があるんだろうに、物好きだな」
ポケットからスマホを取り出し、写真アプリを起動する。
百年前の人間と言えど、現代に適応するため色々と学んでいる。この程度は造作もない。
ナラカは何も残らないからこそいい、と言ったが、レミエールはそう思わない。
こうした些細な感動や喜びを形として残し、後から大切に眺められる方が素敵に決まっている。
この角度がいいかな。いやこの角度も。
と思うままに写真を撮っている、と視線を感じて顔を上げる。
「……レミエール、レミエールか」
「何かな? まさか、疑ってる?」
「それこそまさかだ。ようやく名前で呼べると思ったら、感慨深くてな」
「…………はぁ~~~~~~~~~~~」
「どうした急に」
遠い昔に別れた友人に再会した時を思わせる、はにかんだ笑み。
自分の名を噛み締めるように何度も呼ぶ彼は、随分と幼く見える。
見ている方が照れ臭くなる姿に、レミエールは思わずカウンターに突っ伏した。
やめてよ、そんなに喜ばなくたっていいでしょ……! と叫び出しそうになりながら。
「…………この大将、スケベすぎるッッッ!!!」
「急にアキラとリンみたいなこと言うのやめろぉ! こっちは結構な恐怖なんだぞそれぇ!! オレにはその発言のが驚きだよぉ?!」
────無理やり気持ちを言葉にすると、自分でもどうかと思うほどあんまりにもあんまりで。
照れ隠しにしたって、もうちょっと何かあったのでは。
それも乙女心ということで、ここは一つ聞き流してくれないかなぁ、とレミエールは思うのであった。
「あ、そうだ。ナラカさん、今日泊めてくれない?」
「この流れで!? おまっ、嘘だろ? 人のこと悪い狼とか言っておいて?!」
「ああ、それはいつもの冗談っていうか……まあ、その、それに覚悟は……ごにょごにょ……」
「ンナッ、ナナンナ?(ナラカ、女の子に恥をかかせるのは関心しないな、それでもボクのマスターなの?)」
「恥!? 恥かかせてるんじゃなくて、コイツが恥搔きに来てんじゃねえか!? もうやだ何一つ理解できない!! この街怖い!!」
嵐の過ぎ去ったロスカリファでの一幕
「ふん、ふふーん、ふーん」
「おやレミエール。今日は芸術の日かい?」
「レミエール画伯じゃーん」
「何だか含みを感じるなぁ……」
「あはは、うそうそ! 私、レミエールの絵好きだよ、可愛くて」
「確かに。絵の上手い人がわざと崩して描いている感じがするし、デフォルメも特徴をしっかり捕えてるよ」
((一部の人のデフォルメに悪意を感じるけど))
「でしょ? もっと褒めてくれてもいいよ~? 私の溢れ出す才能には参っちゃうなぁ~(バササー」
「あれ」
「おや」
「…………っ(シュババ」
「……見た?」
「みぃちゃったぁ♪(ニヤニヤ」
「随分リアルな人物画だったね。誰かさんの(ニヤニヤ」
「くっ、これは、その、そう! 私がよくない目で見てる証拠なだけだから!」
「そっかそっか。でも折角なら一枚欲しいなぁ」
「い、いや、リンちゃん、それはね……」
「代わりに、この私秘蔵のナラカの写真をあげちゃうけどなぁ(スッ」
「そうだね、実は僕も持ってきていてね(スッ」
(この二人、普段からナラカさんの写真持ち歩いてるの???)
「私のは、これだぁ! 背中と振り向き顔! それも洗濯失敗して普段よりもピチピチになったTシャツをイジめてる姿ぁ!」
「おっふ……♥ (背中)でっかぁ……♥」
「折角だから、レミエールの癖が詰まった一枚をちょうだい!」
「どうぞ、お納めください!」
「おっ、ほほほっ♥ 人相悪い笑みと流し目! 一見すると完璧悪役だけど、実態は完全無欠の私達の味方! いいよぉこれぇ~、レミエールの癖の波動とナラカのエッチ度が天井ぶち抜いてるこの感じ~!」
「僕の方は、これだよ。雪の日に、煙草を吸うナラカさ。目を細めて、色気がヤバい(確信」
「かっっっっっっっっ(呼吸停止」
「僕は、そうだな。僕達三人の絵はあるかい?」
「こちらなど、いかがでしょう」
「ははは。うん、凄くいい。素敵だね。ナラカが僕達の肩を抱いて、三人で笑ってる。ありがとう、嬉しいよ」
「じゃあ、これは私の部屋に飾っとくから」
「折角だし、額縁も買おうか。ロスカリファのものならセンスもいい。ヴェリナさんに聞いてみよう」
「ちゃんと見に来てよねー」
「こっちは店に飾っておくよ」
「………………っ」
「もう告っちゃいなよぉ────!!」
「落ち着くんだリン! いや、気ぶリン! 僕はこのもどかしい距離感をもっと楽しんでいたい!」
…………参っちゃうなぁ、あの三バ家族。
“勝手にいなくならないでよね”と釘を刺しに来たらしい。
何だか途中、色々変なことになっていたけど。あの二人はアレが平常運転だし。
でも、これだけは見られなくてよかった。あの人が私にだけ見せた本音と表情。
『オレにお前を止める権利はない』
『ないが、そうだな────お前がいなくなると、寂しくなるよ』
オレは勝手にやるから、お前も勝手にしろ。
人は勝手に生まれ、勝手に争い、勝手に死ぬ。
それを当然と考えている彼が、あまりにも寂しげに、はにかむものだから。
もっと生きていたいと、心から願うようになったのです。
ごめんね、ベリ。
私、レミエール・ダンは、この青空の下を、これ以上ないほど懸命に飛んでいようと思います。
だから、そっちに逝くのは随分とかかりそう。
もし、そちらで会えたなら、褒めるよりもいっぱい叱って欲しいかな。
その代わり、あなたが呆れかえるぐらいに、素敵な人達とのあれこれを両手いっぱいのお土産にしてもっていくから。
罪を背負い、罰に生きる。
きっと、辛いことの方が多いだろうけど。
それは、なんて希望に満ちた────
「お? なんだそれ、オレか?」
「…………」
「やっぱり上手いな。記念に一枚──」
「ナラカさんの、エッチィ────ッ!!」
「何!? 確かによくない目で見ているが、何故バレ────おごぉっ!? うぅ、浮島から落ちてるぅぅぅ!!」