これで、レミエール編は一時終了!
評価、感想ありがとうございます!
文体などへの指摘もありましたら、お願い致します!
「ふぅ、さっぱり……♪」
シャワーを浴び終えたレミエールは、タオルで髪を拭きながらリビングへと現れる。
ガウタマの用意したショート丈のタンクトップとグレーのスウェットパンツは、如何にも部屋着と言った趣。
間取りに慣れた様子で5人掛けのソファに座り、髪だけでなく背中の黒い翼からも余計な水分を丁寧に拭き取っていく。
その時、ガチャリと玄関の扉が開き、ナラカが入ってきた。
「……うわぁ。マジか。マジでいるよコイツゥ……」
「おかえりなさい、ナラカさん♪」
「おい、オレちゃんと信じられないものを見る顔できてるか?」
「できてるできてる。でも、ナラカさんが先に行っとけ、って言ってくれたじゃない」
「お前の気が変わるよう、一縷の望みに賭けただけなんだよなぁ」
玄関先の小物入れに鍵を投げ入れ、ナラカは盛大に溜め息をつくと、靴を脱いで絨毯に上がる。
鍵を閉めなかったのは防犯意識が低いのではなく、うら若い異性と完全な密室空間に二人きりという状況を避けたかったから。
ナラカとてレミエールをただ面倒なだけの客とは思っていない。
だから、万が一にでも自身がレミエールの言うところの悪い狼になろうとしたら、容易に逃げられるよう配慮したのだろう。
身なりからは想像できない心遣いに、レミエールは笑みを零す。
「いやぁ、ナラカさんの家にお泊りも慣れてきちゃったなぁ。もう何回目だったっけ?」
「いちいち数えちゃいねえよ。ほんと信じらんねえ。独り身の男の部屋に泊まりに来るって、どういう神経してんだ?」
「え? それナラカさんが言っちゃうの? こんな美人が自分の部屋にいるのに、モーションさえかけてこないとか。頭おかしいんじゃないの?」
「あーはいはい、そーですかー! オレ、分からねえの! お前のこと傷つけずに手を出す方法とかぜーんぜん分かりませーん! 頭おかしくてすみませんねえ!!!」
此処は、ナラカの仕事場。
生活の中心は「Randam play」であるが、仕込みの匂いや屋台を続けていく上での道具の増加など、どうしても別の拠点が必要となった。
結果、「Randam play」の開店に伴い、潰れた町工場を買い取り、改装したもの。
1階は工場を改造し、屋台を入れる車庫と麺やスープの仕込みを行う調理場。
2階は事務所をナラカが休めるように改装し、現在の形となった。
レミエールの拗ねを含んだ揶揄いに、ナラカは半ギレになりながらソファの前の床に直接腰を下ろし、テレビをつける。
「それよりほら、翼、拭いてくれる……?」
「はぁ~~~~~~~~~~……」
レミエールはソファの背もたれを向いて座り直し、半渇きの黒翼を見せつけ、タオルを差し出す。
警戒しているのか、信頼しているのか分からない言動と行動に、ナラカは苛立ちながらもひったくるようにタオルを取ると、翼に手を伸ばす。
多くのシリオンは、生えた耳や尾を不用意に触れられることを嫌う。
自己の身体の一部である以上は当然の反応である。
これに触れさせるのは、一定以上の信頼関係を築いた相手、かつ自ら許可を出した者のみ。
ナラカにもその程度の知識はあったが、実際に目の当たりにして何を思うのかは、状況によるのだろう。
ぶつぶつと文句を垂れながらも、ナラカの手つきは慎重で丁寧だった。
対するレミエールは辛辣な物言いに反して、上機嫌。
腫物扱いするでもなく、かと言って傷つけぬように踏み込み過ぎないナラカの接し方は、彼女にとって心地良いもので。
「ナラカさんも上手になってきたね。うむ、苦しゅうない」
「何処のお姫様だよ、テメェは」
「もー、女の子はね、心の何処かでお姫様になりたがってるんだよ? ナラカさんには分からないか。この複雑な乙女心は」
分かるかぁ! と吐き捨てながらも決して投げ槍にもならず、見捨てもしないナラカに、途方もない安心感を覚えている自分に、レミエールは満足げに頷た。
自分でも面倒な甘え方だとは思いつつも、ある程度は心してやってきた乙女の覚悟を踏み躙る男への罰としながら、思うままに堪能する。
「……で、ストーカーだったか?」
普段、ナラカの部屋にまで押しかけて、泊めて貰うのは精神の谷間に引きずり込まれた時。
放り出された百年後の世界は、何もかもが変わり果てていて、自分の知る景色は何一つ残っていない。
残された使命感と反骨精神で心を何とか奮い立たせても、罪悪感と孤独感にじわじわと蝕まれていく。
そんな夜は、ナラカの下を訪れた。
大抵、彼は嫌そうな顔をするのだが、軽口で答えながらも受け入れてくる。
もう何度も会うべきではないと結論を出しても、気が付けば足は屋台へと向かっていく。
無理もない。
彼との繋がりは、レミエールが放り出された世界で唯一得た温もり。
心が凍てつけば、温もりに向かっていくは人の性だ。
どうしても、さよならが言えない。
いや、言いたくないとすら考えている自分がいる。
しかし、今日は別件であった。
「うん、ほんっとうにしつこくって、もううんざり……!」
「随分、苛ついてるじゃないか……」
苛立ちが漏れ出し、声の調子が明らかに変わるレミエールに、ナラカは僅かに考え込む仕草を見せた。
あくまでナラカには、ストーカーに付き纏われているから泊めて欲しい、としか明かしていない。
その正体が、「結社」を名乗る何者かである、とは分かりようはずもない。
「初代虚狩りをストーカーするとは、豪気と言うか、阿呆と言うか」
「………………」
「まあ、アンタなら心配ないか」
「あ、酷ーい。か弱い女の子にそんな風に突き放すのはどうかと思うんだけど……?」
「コイツ、ほんと面倒臭いな。心配したら心配したで、舐めないでくれる? くらいは言うだろうに」
図星を突かれ、レミエールは押し黙る。
確かに、ナラカの言う通り。気が立っている今は相手が何を言っても反論したい気分であった。
ぐぬぬ、と拳を握り締めるも、苛立ちが先走りすぎて言葉が出てこない。
その時、背中に妙な感覚が発生した。
「ひゃわぁぁぁぁ────!!」
「おぉ、艶のあるいい声だな」
背骨の半ばから腰辺りにまで、気持ちよさとむず痒さが同時に発生し、思わず悲鳴を上げる。
慌てて振り返れば、油断していたな、とばかりに笑みを浮かべるナラカの姿が。
どうやら、背骨を指先でなぞられたらしい。
自分でも恥ずかしくなる嬌声だった。
声を上げさせた本人はタオルを頭の上に置いて、くつくつと笑いながら元の場に座り直す。
「さいってー! 女の子の身体に許可なく触るなんて……! ナラカさんのエッチ! スケベ! 変態!」
「あんまりにも無防備で綺麗な背中だったんでな。まあ、羽を拭いてやった仲だ、許せよ」
「許すわけないでしょ……! 喰らっちゃって、乙女の怒りを……! うりゃぁ……っ!」
「おぐぅ!? いや待て! これ乙女云々じゃなくて軍隊式の格闘術だろ! があっ、極まってる極まってる……!」
ちょうどいいところにあったナラカの首に両脚を巻き付ける。
背後からの変則三角締め。
完全に極まった、とレミエールが満足するほどの極まり具合で、容赦なく太ももで頸動脈を締め上げる。
「あ゛ーーーー、これヤバいやつ! 意識飛ぶやつだ! うおっ、すげー太もも! ぐにぐにで柔らかい! ふっっっっとぉ……!」
「ちょ、ちょっと、人の太もも揉まない、で……んっ♥」
「だったら離せ! この太ももの名に相応しいふっとい太ももを!!」
「太くないっ!!」
「太ぇって!!!!」
「太くないって!!!!」
この一年ですっかり縮まった距離を表すように、思う存分にじゃれ合って。
無駄で、無意味で、けれど無価値ではない瞬間。
少なくとも、レミエールのささくれた心を癒すには十分すぎる時間であった。
「────ったく、ベッドで寝ろっつったろうが」
部屋の電気を消し、ナラカは僅かに疲れを滲ませながら、頭を掻く。
月明りのみが部屋を照らす中、レミエールはソファの上で赤子のように丸くなっている。
騒がしくじゃれ合い、くだらない話をしている間に、いつの間にか彼女は眠っていた。
普段、レミエールが何をやっているのか、ナラカは知らない。
それでも、彼女が作り笑顔でも、泣き笑いでもない笑みを見る機会が増えた事実は、純粋に喜びを覚える。
風邪を引かぬように、起こさぬように。
必要以上に慎重になって、レミエールに毛布をかける。
オレも寝るか。
そう考え、空のベッドへ向かう途中、あまりにも痛ましいものを見た。
「…………ベリ」
一筋の涙と、まるで許しを請うように漏れ出た名前。
ナラカは見て見ぬ振りもできず、かと言って起こすこともできず。
無力な己に苛立ってか、大きい溜め息と共に頭を掻き毟る。
天井を見上げた彼は、そのままベッドには入らず、ソファの前に座り込んだ。
そうして、暫らくの間、悲痛に歪むレミエールの顔を眺め、指で涙を掬い取る。
「あんまり泣くな、こっちの方が辛くなるだろ…………ぐっ」
無意識に伸びたレミエールの腕が首に回り、ナラカの後頭部に柔らかな肉の感触が押し当てられた。
伸ばされた腕が求めたものは、救いだったか、人の温もりであったのか。
「安心しろ。あんたを、一人にゃしないよ」
その呟きは、闇夜に飲まれ────窓の外から、中の様子を伺う
「……んっ、……むぅ……?」
瞼の上からでも目に染みる光に、レミエールは目を覚ました。
寝起きの頭で視線を彷徨わせる。普段使用している拠点とは違う位置から入り込んでいる光に疑問符が浮かぶ。
しかし、徐々に覚醒していく過程で、ナラカの家に泊めて貰ったんだっけ、と思い出す。
何か酷く悲しい夢を見た気はするが、心持ちは意外なほど穏やかであった。
そういう時は、大抵吐き気を覚えるほど気分が落ち込むものだが、今日は不思議と心地良ささえある。
「……わっ!」
何でだろう、などとボンヤリ考えていると、ふと胸元の感触に気付く。
ちくちくとしていながら暖かい不思議な感覚。それがナラカの頭だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。
驚きから、慌てて起き上がる。
どうやら寝ている間、ナラカの頭を抱き枕にしていたらしい。
「もう、起こしてくれてもよかったのに…………
文句は言いつつ礼は言わず、ただにんまりと笑う。
いつかこの人に、素直に礼を伝えられる時は来るのだろうか。
そう思いながら、後頭部を小突いていると────
「ヒェッ……! えっ、えぇっ……!? ちょ、えぇぇぇぇ────!!??」
かくーん! とナラカの首が力なく垂れ下がる。
白目を剥いた表情は、レミエールに悲鳴を上げさせるに十分な衝撃を秘めていた。
どうやら抱き枕どころか、失神するレベルで力を込めていたようだ。
「ン、ンナァ……!?(どうしたの、レミ…………殺人現場だっ!?)」
「ち、違う違う、そうじゃ、そうじゃないから! 事故! あくまでも事故現場!」
「ンナァァァァッ!!(まずい! ナラカ戻ってきて! ボンプ流蘇生術! 飛鳥文化アタックーーーーーーーーーー!!!)」
「蘇生術なにも関係ない!」
「ごっふぁぁ……!??!」
「あ゛ー……酷い目にあった」
「あ、あはは、ごめんね、ナラカさんっ♪」
「いや、不用意に近づいたオレが悪かったわ」
ガウタマによる鳩尾への回転アタックで意識を取り戻したナラカは、首と肩を回していた。
レミエールも黒いドレスへと着替え、今は二人で玄関を出てすぐの踊り場に立っている。
気まずげな彼女を余所に、ナラカは煙草に火を付けた。
「じゃあ、もう行くね。泊めてくれて、ありがとう。さようなら」
声の調子はそのままに、しかしナラカの目には落ち込んでいるように見えた。
踊り場からすぐに外階段を、ヒールを鳴らしながら降りていく姿は、このまま朝靄へと溶けてしまいそうで。
だから、どうしても黙っていられず、口を開いた。
「おい、レミエール」
「…………?」
掛けられた声にレミエールは階段の半ばで足を止めて振り返る。
その姿に、何だかおかしくなり、同時に泣きたくなったから────
「風邪ひくなよ」
────単純に、心に浮かんだ言葉を素直に口にした。
何もできない無力で愚かな男だが、それでも見ている者がいる、と伝えるように。
「…………はぁ~~~。ナラカさん、また来ても、いい……?」
「────いいよ」
私の負け、とでも言いたげな溜め息を吐き、さようならという別れの言葉を撤回して、レミエールは再会の約束を口にした。
ナラカが何時かと同じように返すと、レミエールは機嫌よく進み出す。
足取りは軽やかに。
舞台で舞い踊るダンサーのような、或いは大空を軽やかに飛翔する鳥のような姿。
その姿が朝靄の中に溶けるのではなく、見えなくなるだけであることを確認するまで、紫煙を燻らせて見送った。
「さて、と…………ガウタマ、昨日不法侵入者が来てるのに気づいたか?」
「ンナンナッ!(ボクを誰だと思ってるの? ボクこそは最高傑作ボンプ、ガウタマ! 写真まで撮ってあるとも!)」
「流石だよ、お前は。さて、何処のどいつなのかねえ」
レミエール・ダン
初代虚狩り。脳焼き被害者その3。やはりキャラ崩壊著しい。
現在はウェルダン未満だが、本格的に動き出すロスカリファ編で黒焦げにされる模様。
じっとりとしたような、さっぱりとしたような重い感情を向けている。
なお、実際に激重感情を向けているのはナラカの方。
ロスカリファ編以降では、リンとアキラに毒される運命。
ナラカとリンとアキラとサンブリンガーとベリオラをよくない目で見ている。
ジョイアスはいくら罵ってもいいと思っている。