01 はじめまして初星学園
彼が最初の"星"に出逢ったのは10年ほど昔のある夏の日のこと。
ある人にとっては1年に1度、当然のようにやってくるひと夏の何の変哲もない日常。けれどもあの少年にとっては、生涯に1度きりの特別な思い出。
その夏、少年が預けられることになったのは都心から離れた田舎にある親戚の家だった。
少年の生まれ育った街からは電車と路線バスを何度か乗り換えて2、3時間程度。
夏休み前に友達と交わした遊びの約束は愚か、彼の慣れ親しんだ日常風景は見る影もない。
そのことが悔しかったのか。あるいはそれ以上に寂しかったのだろう。
広場前のバス停の時刻表に向かって「かえりたい」とただただ駄々をこねて泣きじゃくっていた頃。
『────ねえ、きみ。どうして泣いてるの……?』
少年の前に小さな魔法使いが現れたのだ。
身長は彼と大きく違わない、おおよそ同い年くらいの幼い女の子である。
『元気だして。お姉さんが、お歌を歌ってあげる』
そうして、少年を元気付けようと歌う彼女の魔法は瞬く間に彼を魅了した。
特筆して歌が上手だったわけでも、それを補うようなパフォーマンスがあったわけでもない。
観客はたったひとりの、あまりに寂しすぎるライブステージ。
それでも少年の無垢な瞳には、自身の心に差し込む星の光が視えていた。
いつか大きくなったら、この星は寂しい夜空すら明るく照らしてしまうのだろうと、心の底から信じていた。
それから長い月日を重ねた今もなお、彼はその魔法の中にいる。
少年では持て余したであろう現実離れした大きな幻想を、きちんと目標に見据えながら。
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コツコツと心地の良い足音を鳴らしながら、なにひとつ迷いのない足取りで新入生は冷え切った学園の廊下を進んでいく。
道中で見かけた生徒はわずか
4月初め。アイドル養成校として名高い初星学園も中等部・高等部は世間一般に倣って春休みの最中である。
この時点で普通科の生徒はおおよそ校舎に足を運ばなくなるだろうし、アイドル科の生徒にしても用事があるのは特別教育棟のはず。
こうした背景もあり、早朝の本校舎から高等部以下の生徒の姿が消えてしまうのは必然と言えるかもしれない。
対して教員やトレーナーは言わずもがな、プロデューサー科の学生にもそのような休みは存在しない。
アイドルが夢を追い続ける限り、それを日夜サポートするのがプロデューサーらの仕事なのだ。
新たにその責を負うこととなった彼もまたその例外ではなく。わざわざ春休み中に呼び出されているのはつまり、今日この日を以て彼を正式にプロデューサー候補生として扱うということ。
すなわち、入学。
初星学園高等部の入学式が華々しく大々的に行われるのはあまりに有名だが、一方でプロデューサー科の入学は諸々の手続きと挨拶のみ。
プロデューサーが目立ってどうする? というごもっともな理屈に加えて、そもそも編入を除いて年に十人合格できればいいような学科の入学式を大々的に行う理由が見当たらない。
よって、そんなプロデューサー科の入学手続きの締め括り────言わば初星学園"裏"入学式は本校舎の学園長室で簡素に執り行われる。
「────────────よし」
年齢不問の専門学校とはいえ、入学初日にたったひとりで学園長室に赴き、果てはマンツーマンで学園長と挨拶を交わしてこいというのは、なかなか酷な注文である。
ましてその人物はプロデューサー志望なら誰もが憧れる名士だというのだから、緊張するなという方が無茶な話だ。
しかしこんなことでいちいち緊張して、挙句躊躇していたのではプロデューサーなど務まるはずもない、と。遂に彼が腹を括ったのは、ちょうど学園長室に到着したのと同時だった。
一通り背広を整え直すと、若者はおもむろに扉をノックし、内側からの返答を得ていよいよ入室する。
「よくぞ来た。若きプロデューサー候補生よ!」
上品に整えられたアップバングの髪型。
訪問者を快く迎え入れたこの好々爺こそ、この学園の学園長────十王邦夫。
芸能事務所100プロダクションの創業者にして、学園の創設者でもある。
今やアイドル養成校の名門として語られる初星だが、その創設理念はプロデューサーの強化育成の場としての側面が強い。
いち早く一流のプロデューサーになって活躍したいのであれば、この学園に入学する以上の選択肢はない。そう言っても過言ではないほどに。
「ふむ……数多の難関を突破し、今わしの前に立っているおぬしにはいまさらな話であったな。
今後の活動については、担任教師から聞くとよい」
簡単な挨拶と軽い説明の後、学園長は机に備え付けられた電話の受話器を手にして、どこかに連絡を取り始める。
話の流れからして、件の担任教師宛てに掛けているのだろう。
「ワシじゃ。学園長室まで来てくれぬか。そう、新入生の案内を頼みたくてのう。うむ、よろしく頼む」
通話を終えた学園長はガチャリと受話器を戻すと、改めてこちらへと向き直る。
担当教師の到着に少し時間がかかる旨を伝えた後、彼はプロデューサーに腰を下ろすように促した。
先に懸けた学園長の正面には、長机を境に鏡合わせのように配置されたもうひとつのソファー。
天川市に越してくる前に大手家具メーカーの商品を一通り調べ尽くしたプロデューサーをして、これほど威厳に満ちた腰掛けは見たことがない。
そいつに座り込めという提案はなかなかどうして魅力的であり、同時に恐れ多くもあったが。とうとうこのまま立って待つのも野暮だろうと結論付けて、プロデューサーはぎこちなく腰を下ろす。
その一部始終をしっかりと見届けてなお、学園長は彼の顔をじっと見つめていた。
「あ、あの…………なにか?」
「ふはははは、いやすまんな。なに、今年はアイドルもプロデューサーも粒揃いじゃと思ってのう」
学園長は冗談みたく豪快に笑ってみせたものの、その言及がまったくの嘘偽りでないことをプロデューサーは知っている。
曰く、その生涯で数多のアイドルを見続けてきた彼には、一目で彼女たちの才能を見抜く慧眼が身についているらしい。
その発言を裏付けるように100プロ、もとい初星学園は数々のトップアイドルを輩出し続けてきた。
そんな彼が敢えて"粒揃い"と口にした以上、今年の初星学園生は本当に錚々たる世代なのだろう。
プロデューサーにはそこまでの観察眼は備わっていないものの、今年度のアイドル科の新入生らのプロフィールを見た限りでは確かにそう予感させる部分はあった。
いちプロデューサーとして彼女たちをこの手で育てることができる。そう考えるだけで彼は心が勇み立つのを抑えられなくなった。
「いい目をしておる。それでこそワシの見込んだプロデューサー候補生じゃ」
プロデューサーのことがよっぽど気に入ったのか。学園長は終始ご満悦の様子だった。
これといって弾むような会話があったわけではない。むしろそういった類の処世術はプロデューサーにとって数少ない苦手分野だ。
例え相手が気の知れた仲であったにしても、下手な世間話で場を濁すより互いに黙々と何かに没頭するのを好むのが彼の性質である。
学園長との間に何かいい話題を見つけられればよかったのだが、当の学園長はこちらを見て満足げに頷いているだけなのだから仕方がない。
結局あまり続かない会話を数回繰り広げた後、程なくして近づいてきた軽い足音に彼は救われることとなった。
「すみません、おまたせしました」
が、次の瞬間プロデューサーはほんの少し驚くように目を瞬いた。
バツの悪そうな表情で入室したのは、ボーダー柄のシャツを着こなした女性教員。それ自体に何か奇妙さを覚えるわけではないし、彼女が教鞭を執ることに対しての抵抗があるわけではない。
ただ自身の担任教師が想像していたよりも若く思えたことと、その上で一流プロデューサーとしての風格をきちんと兼ね備えているところに、畏怖と尊敬の意を抱いただけのこと。
「紹介する。プロデューサー科でおぬしの担任を務める根緒亜紗里君じゃ」
「根緒亜紗里です。あさり先生って呼んでくださいね」
紹介に預かってにこりと柔和な笑顔を作る担当教師。
アイドルの模範であらんとしたその所作は間違いなくアイドルのソレに匹敵している。
この瞬間、その理知的な美貌と安心感を与える包容力に当てられて、彼女をプロデュースしたいという衝動に襲われたのは彼だけの秘密である。
かくして、学園長への挨拶を無事終えたプロデューサーはあさり先生に連れられるようにして学園長室を後にする。
跨いだ扉がゆっくりと閉まる瞬間────
「プロデューサー、おぬしの活躍に期待しておるぞ!」
学園長のそんな激励がプロデューサーの背を押した。
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改めて、初星学園の規模はいち学園としては規格外だ。
ランドマークとも言える講堂をはじめとして、ひとつひとつの設備がアイドル活動での利用────つまり観客・部外者の来校を強く意識して設計されている。むしろ演出や音響、観客動員数においては日本有数と言っても差し支えないレベルだろう。
ただしアイドルや一般客の多くが立ち入らないような施設の類は当然その例に漏れることとなる。
あさり先生に案内されて向かったプロデューサー科の校舎は、やはり本校舎たちと比べると見劣りした。
それでもプロデューサー候補生ひとりひとりに事務所に相当する教室を割り当ててくれるのだから決して吝嗇というわけではない。
「ところで、プロデューサーくんは今年の初星学園のアイドルのことをどのくらい把握していますか?」
道中、あさり先生がプロデューサーに投げかける。
何のことはない。ちょっとした世間話代わりの確認である。
「先日いただいた仮名簿には一通り目を通しました。その中でも新入生に関しては念入りに調査を行っています」
「では、担当するアイドルについても目星を?」
つけているのか? と問う先生に対して、プロデューサーは堂々と頷きを返す。
今期の新入生の中から誰をプロデュースするのか、どのような方針で彼女らを育成していくのかは、初星学園への入学が決定してから彼がずっと考えてきたことである。
「ひとつ考えていることはあります。その上であさり先生に伺いたいのですが、プロデューサー科では複数人のアイドルを担当することは認められているのでしょうか?」
「もちろん認められていますよ。アイドルの中にはソロ活動よりユニット活動に向いている子もいますから、その子達の適性にあったプロデュースを行うことはむしろ推奨されているところです」
しかしながら、一般的にユニットのプロデュースはソロアイドルのソレよりも遥かに難しい、と先生は付け加える。
人数が増えた分プロデューサーの負担が大きくなってしまうのは当然として、ユニットメンバーの仲を取り持つことも必要だろう。
特に高校生アイドルは若い。仲の良い組み合わせが仲違いしてしまわない保証はないし、ビジネスライクで付き合っていけるような精神性はまだ育っていない子がほとんどである。
ユニットアイドルのプロデュースにはそういった問題に対処していく覚悟が必要なのだ。
「なるほど、プロデューサーくんはユニットアイドルのプロデュースを考えているんですね」
「いえ、ユニットを組ませる予定はありません」
「────────────んん?」
だから、その言葉に亜紗里は見事に固まった。
頭の中をコンピュータに見立てるなら、マウスカーソルがぐるぐると円を描いて必死に読み込み中を表明しているような状態。
彼の返答があまりにも想定外だったもので、思わず目をきょとんとさせたまま首を傾げてしまう。
複数人のアイドルのプロデュースについて言及していながら、ユニットを検討していないとなれば、彼の考えていることは自ずと導き出される。
要するにユニットアイドルのプロデュースは難しいという提言を聞き入れた上で、プロデューサーはソロアイドルを複数担当したいと宣言したのだ。
確かに業界を探せば100人以上のアイドルを担当するプロデューサーだって存在するが、それは既に多くの経験を積んできた手練れだからこそ為せる所業である。
あくまでも一候補生である彼がその領域に到達するというのなら、それは幼児が三輪車をすっ飛ばしていきなり一輪車を乗り回すようなものだ。
制度的には問題がないとしても、担任教師としては安易に推奨できるものではない。
「プロデューサーくん。優柔不断なプロデュースはきみにとって、なにより担当アイドルにとって良くありませんよ」
「重々承知しています」
「ではどうしていきなり複数のソロアイドルを担当したいと?」
ただこのとき、亜紗里は既に彼の返答に期待していた。
どんなに若かろうともプロデューサーの優秀さは学園長の折り紙付き。何よりその目からは静かな覚悟がひしひしと感じられる。
そんな彼が根拠もなく大言壮語を口にしているとはとても思えなかったのだ。
「それが、何よりもアイドルの為になると思ったからです」
して、彼は間抜けなほどに淡々と返答する。
これが一般企業の面接であればお祈りも辞さないくらいの簡潔すぎる回答。
この学生はどうも言葉を省きすぎるところがあるらしい。
「……プロデューサーくん。もっと具体的に説明をお願いします」
「失礼しました。先生のおっしゃったように、生徒の中にはユニット適性の高い方が数多くいます。しかしそれは、彼女たちの特性がユニット活動に有利に働くという話であって、ユニットが最適解という意味ではありません」
「プロデューサーくんは、ユニット適性を持っていながら、なおソロアイドル向きの生徒もいる、と?」
「適性があるからといって必ずしも全員にユニットを組ませる必要はないのでは、と考えています。特に今年の新入生は個性の強い方が多い。ユニットアイドルとして育成することで、彼女たちの強みが少なからず損なわれてしまうのは惜しいと思いました。
もちろん、それは逆も然りではあるのですが」
「────────────」
プロデューサーの言いたいことは理解できる。
ユニットアイドルのプロデュースにおいてまず重要とされるのは、ユニットのテーマ性・方向性を明確に定めることだ。
メンバーがそれぞれ存分に個性を発揮するだけでは、調和の取れたパフォーマンスなど実現し得ない。
個々の特性などはユニットにとって隠し味のようなもので、それがユニット全体のイメージを覆すようなことはあってはならないのである。
だからこそユニットアイドルは時に強みを矯正しながら、自らの偶像をユニットそのものの方向性へと適合させていく。
それはユニットの強みを最大化させるという点において最適なアプローチであって、アイドル単体の強みを最大化させるものではない。
当然、どちらの強みを活かすべきかはアイドル次第なところではあるし、それを突き詰めたところでユニットとソロのどちらが優れているかという話になるわけでもないのだが。
「きみなりにしっかりと考えていることはわかりました。ですが……」
それでも簡単に容認できることではない、と亜紗里は言葉を詰まらせる。
ユニット適性を活かしながらソロアイドルとして育成する。そのために複数のアイドルを担当する。
確かに理に適ってこそいるが、現時点ではあくまでも机上の空論というやつである。
果たして彼にそのプロデュースを完璧に遂行する技量があるのか、という疑念は決して拭い切れない。
しかしながら────────
「いいえ、これ以上は野暮……ですね」
やがて熟慮の末に、亜紗里は観念した。
どれだけ問い詰めたにしても、彼にそれを成し遂げられるという根拠は提示しようがないし、裏を返せば、こちらが不可能だと断定する理屈もない。
すべては水掛け論であり、平行線。
そんな中でもはっきりしていることは、プロデューサーは自らがスカウトするアイドルたちの可能性を信じていて、そして彼女たちをプロデュースする自分自身をも信じているということ。
ならばこそ、彼を信じて後押ししてあげるのが担任教師の役目ではないか、と。
「計画書と報告書をきちんと提出するようにしてください。そこでプロデュースの状況と方針に問題があれば、わたしがストップをかけます。それまではきみの思うようにプロデュースしてみるといいでしょう」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに感謝を述べる好青年。
この判断は特別に私情を挟んだものではない。候補生のレポートを確認し徹底した指導を行うことは、学園のカリキュラムに沿った教育である。
ただ付言するのであれば、このとき亜紗里は、自身の考えを熱く語ってみせた彼の内側にアイドルの原石のような輝きを見出し、そんな彼のプロデュースの顛末を見届けてみたいと少なからず嘱望していたのだ。
「さて」
問答がひと段落したところで、ふたりは目的の教室へと到着する。
ガチャリ、と鍵を解いて開かれる扉。
先に照明を点ける先生にうながされてプロデューサーはその中へと踏み入った。
「ここが…………?」
「はい。ここがプロデューサーくんの教室、つまり初星学園内でのきみの事務所です」
一応の確認を取って、プロデューサーは改めて愕然とした。
教室にはロッカーとオフィス用のガラス戸付き本棚に始まり、黒板に肩を並べたホワイトボード、プロデューサー用のオフィスデスクの他、テレビや冷蔵庫、給湯器なども完備されている。
他の学校のことは知らないが、一学生にこの至れり尽せりの環境を貸し出すというのはやはり規格外なのではないだろうか、というのがプロデューサーの正直な感想だった。
当然アイドルたちの舞台となる施設の華やかさに比べれば質素なものだが、それはそもそも比べるのが野暮というものである。
少なくとも、ソロアイドル1人に集中してプロデュース活動を行う場合にはむしろ充実しすぎているくらいだ。その証拠だと言わんばかりに、広々とした教室の中央では長机ふたりが手持無沙汰げに身を寄せ合っている。
事ここに至って、彼は『本校舎に比べて見劣りする』という自身の所感をひっそりと撤回することにした。
「プロデュースに必要な備品は一通り揃っています。追加で何か必要であれば────例えばベッドなどは申請すれば置くことが出来ます」
「ベッド、ですか…………?」
「忙しい時期は通学の時間を削って作業したい、という候補生が後を絶たなくて。正直なところ学園としては推奨したくないんですが、ソファーで睡眠をとられるよりはいいだろうということで近年許可が下りるようになったんです。特に、きみは多忙を極める予定のようなので」
「お心遣い痛み入ります…………」
ジーと物言いたげな視線を向けるあさり先生に負けて、プロデューサーは素直に頭を下げる。
彼としても無茶苦茶なプロデュース方針を提示したことは自覚している。
複数のアイドルをプロデュースしていくうえで経験不足は大きな足枷となるだろう。ただそれを理由にアイドルにとって最適な道を諦めてしまうことが彼自身許せなかっただけのこと。
この"アイドル"に対する狂気的な貪欲さがなければおそらく彼はこの場に立っていない。
「こほん、あまり説教臭くなっても仕方ありませんね。プロデューサーのことは先生としてできる限りサポートさせてもらいます。ですからくれぐれも無理だけはしないように! いいですね?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「いいお返事ですね! では、さっそく初仕事です。
わたしに教えてください。きみがプロデュースすると決めた、アイドルたちのことを!」
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────────"アイドル"。
それは、女の子達の永遠の憧れ。
夜空に輝く星のように。大地に咲く花のように。
みんなの心を熱く震わせて。かなしさをやさしく包み込んで。
いつも笑顔にしてくれる。
そんな素敵な人になりたくて、わたしは「初星学園」の門をくぐりました────────
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講堂から漏れ出る入学試験首席の挨拶を頼りに、少女は桜並木を駆けていく。
800メートル近い疾走を経てしても彼女はほとんど息を乱していない。
適切な腹式呼吸とランニングフォームは誇張なしに閾値走の儀表である。
それでも彼女が校門に辿り着いたのは新入生代表の言葉が終わってしばらくした頃。少女の走りには非の打ちどころがなかったものの、そもそも走り始めるのが遅すぎた。
こんなことになるなら、姉が式のリハーサルを理由に早く登校するというのを忘れず、それについていくべきだった────と悔いるも後の祭りである。
「す、すみませ〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!」
やがて講堂前に人影らしきものを見つけた少女は慌ててそれに駆け寄る。
これだけ立派にスーツを着こなしているのだからきっと教員か何かなのだろう、と思ってのことだ。
もっとも教員であればほとんどが式で講堂内に拘束されているし、彼がここにいたのは出席義務のないプロデューサー科の学生だったからなのだが。そんな細かな事情は彼女の知るところではない。
「入学式って、もう始まっちゃってますかっ!?」
「もう、終わるところです。いまから入っていくのは……難しいでしょうね」
「うひゃ〜、入学式当日から大遅刻!! 失敗したぁ〜! どうやって合流しよう〜!」
全身全霊で落胆を表現する女子生徒。
その口振りからして今年入学する新入生のひとりなのだろうというのは容易に推察できる。
プロデューサーもちょうど、新入生が
だがこの女子生徒がアイドル科の生徒なのだとすると、下調べを徹底してきた彼としては少し疑問が残る。
とはいえ、今はその確認よりも目前のアイドルの卵の苦悩を解決するのが先だ。
「皆が講堂から出てくる際に、こっそり混ざってしまうというのは?」
「それです! ナイスアイデア!
ああっ、申し遅れましたっ! あたし、アイドル科の新入生で花海佑芽っていいます! はじめまして!」
「こちらこそ、はじめまして────こういうものです」
元気いっぱいの自己紹介に応えてプロデューサーも名刺を渡す。
その内容を熟読する佑芽を眺めながら、彼は改めて先ほどの疑念について考えた。
花海佑芽という名前を確かにプロデューサーは知っていた。
しかし、それは彼女が初星学園の新入生だからではない。彼のプロデュースするアイドルにとって遠くない未来、最大の障壁になり得たからである。
彼女とここで相対してしまうのは、プロデューサーにとっても予想外のことだった。
「おぉ~、プロデューサー科の方だったんですね~!
そうだっ! もしよろしければ、あたしをプロデュースしてくれませんか!?」
やがて名刺を読み終えた佑芽が勢いよく顔を上げると、そのまま突拍子のない提案を口にした。
まるで明日の夜は外で食べよう、と進言するくらいの気軽なコミュニケーション。
もっともそれで決定されるのは明日1日などに留まらず、彼女の初星学園での3年間の命運である。
「唐突ですね」
「はい! あたし、アイドル初心者なので! プロデューサーさんが一緒にいてくれたら、心強いなって!」
「初対面の人間に頼まずともいいのでは?」
「あなたがいいんです! 直感なんですけど────この人なら、あたしの力になってくれそうだなって」
「直感、ですか」
「へへー、当たるんですよっ! あたしの勘!」
ふわふわとした笑顔を浮かべながら、けれども力強く佑芽は訴えかける。
対するプロデューサーは怪訝そうな表情を一切崩さなかった。
彼女の感性を疑っているわけではない。初対面でこれだけの信頼を獲得できるというのはいちプロデューサーとしても喜ばしいことだ。
しかしながら、このときのプロデューサーには彼女の魅力的な提案を断る理由が必要だっただけ。
差し当たって当初の疑念は実に有用だった。
「ところで…………花海さん。お名前が、生徒名簿に載っていないようですが」
「ふっふっふ! それはきっと、入学試験の成績がギリギリで────────補欠合格だったからですね!」
「この話はなかったことに」
「ちょちょちょちょちょ! ちょお~~~~~っと待った!!」
が、彼の小賢しい計略は花海佑芽にまったく敵わない。その程度で折れる彼女ではない。
話を切り上げようと踵を返した候補生を全速力で追い抜かして立ちはだかるや否や、佑芽は頭の天辺から足の爪先までをフル稼働して必死の抗議を開始する。
「確かにあたし、歌もダンスも筆記もスピーチも、ちょっぴりダメだったかもしれません! いいや! かなりダメダメだったかもしれません! でも! 試験では計れない、すっごい実力の持ち主かもしれないじゃないですか!!」
「────な、なるほど。では、動機を聞かせてください」
「…………へっ?」
「あなたがアイドルを目指した理由。この学園に入ろうと思った理由です」
結局ぶんぶんと四肢を振り回す少女の圧に押し負けて、プロデューサーは改めて問いを投げる。
初星学園にいる以上、佑芽は彼にとっても最大級の宿敵となる。本来なら多少バツが悪くなろうとも強引に話を振り切るのが最善策のはずだ。
それでも彼女の内側にわずかでも"星"を視てしまった以上、その真髄を確かめずにはいられなかった。
「あっ、はい。それは、ですね。それは────────勝ちたい人が、いるんです。
生まれたときから、ずっとそばにいて。色んな競技で何度も何度も競い合って。一度だって勝てたことがなくて、本当にすごい人で……尊敬してて。
だけど……だから…………今度こそは、絶対に、勝ちたいんです!」
「その人は…………この学園に?」
「はい。だから、あたしはここにいます。あたしは初心者で……アイドルのこと、よくわかってなくて。自信があるのは運動くらいで。才能だって、そんなにないのかもしれません。
────────でも。勝ちたい気持ちだけは負けません。きっと、誰にもです。必ず勝ちます。そして、学園で1番のアイドルになります!
自分で言うのもなんですけど、いい物件ですよっ! いかがでしょ~~かっ!」
連ねられた言葉に理屈めいたものは存在しない。
彼女が補欠合格である事実だけを鑑みれば、このような押し売りは大言壮語と評価されるのがオチである。
しかしどういうわけか、天真爛漫な彼女の言葉には底知れぬ可能性を感じさせる何かがあった。
「────────────」
一方でプロデューサーは自身の惚れっぽい性質を酷く悔恨していた。
目の前で返答を待っている少女は間違いなくトップアイドルの原石である。
彼女のような可能性を埋もれさせないために自分はプロデューサー科に入学したのではないか、と。
「花海佑芽さん」
「はい!」
「────"お断りします"」
「はいっ!」
けれど、だからこそ、湧き上がってくる衝動に蓋をしてプロデューサーは佑芽の提案を断った。
いくらプロデューサーが構わなくても、アイドルたちがその方針に頷いてくれるかは別問題。
そもそも優柔不断なプロデュースは禁物だと先日あさり先生に忠告を受けたばかりである。
従来のプロデュース計画が軌道に乗り始めてすらいない状態でイレギュラーな選択をするべきではない。
「────って、ええぇ~っ!? いまOKしてくれそうな流れだったのに!?」
そして、1秒後。ようやくその返答の意味を理解した佑芽が断末魔のような声を上げる。
事実、当初の予定に反して花海佑芽をどうしてもプロデュースしたいという気持ちに駆られてはいるので、彼女の見立てはあながち間違っていない。
仮にプロデューサーが事前準備の段階で佑芽の入学を考慮できていれば、あるいは逆に、今ほど下調べを徹底していなければそういった可能性も十分にあっただろう。
けれどそんな"もしも"の話を叶えたいのなら、それこそ魔法使いにでもなって世界を分けてしまう他ない。
受け入れるべき現実は目前にあるもので。つまるところ彼がプロデュースするアイドルは花海佑芽ではなく────────
「その人は、わたしのプロデューサーだからよ!」
と、プロデューサーが角の立たない言い訳を思案していた頃。自信に満ち溢れた明るく伸びやかな声が背後から響き渡った。
振り返ると佑芽に比べて少しばかり小柄な────けれど確かに芯の通った女子生徒が講堂から歩いてきたところだった。
「お────────お姉ちゃん!?」
「ええ、お姉ちゃんよ!」
人形のように可愛らしい顔立ちを飾る赤毛のツーサイドアップ。
加えて、その童顔をして燃え上がる闘志を感じさせる竜胆色の瞳。
彼女────花海咲季こそ入学試験首席にして佑芽の宿命の姉。そして、プロデューサーが担当すると決めたアイドルである。
「まったく、初日から遅刻するなんて、どうせ迷ったんでしょう?」
「う、うるさいなー! そ、それより! いま言ったことって!」
「その人は、わたしのプロデューサーよ。佑芽、あなたにはあげないわ!」
「ほんとですか! プロデューサーさん!?」
鼻高々な咲季の言葉を受けて、佑芽は慌ててプロデューサーの方へ問い正す。
当然、それで彼が首を横に振るようなことはなく。
「はい。ですが、もしよろしければ、ふたりをプロデュースすることも────────」
むしろこれを好機と見て、試しに提案だけでもしてみよう、と。
一度は『優柔不断だ』と切り捨てたプロデュース方針を得意げに語らんとする。
「「それは絶対イヤ!!」」
すると彼がすべて言い切るより先に、見事に姉妹で息の揃った拒絶を見せてくれた。
しかしこのような返答になることはプロデューサーも想定していたところである。
だからこそ、彼は魅力的な佑芽の提案を頑なに断り続けていたのだ。
「────────と、いうわけですので、花海さんのお誘いは受けられません」
「ぐぬぬぅ〜〜〜〜〜〜!! プロデューサーさんも、あたしの宿敵だったんですね!?」
「そのようですね」
「ならッ、あなたにも勝ちます!!」
一連の問答を経て、ようやく彼女なりに納得することができたのか。
佑芽は先ほどのふわふわとした雰囲気から一転。燃え滾る敵意をむき出しにしては、宿敵の一味を睨みながら宣戦布告する。
「お姉ちゃん! あたし、今度こそは負けないから!」
「ええ、相手になるわ! かかってきなさい!」
「くっそー、余裕ぶりやがってぇ~!」
売り言葉に買い言葉。
プロデューサーと同じく、改めて宣戦布告を受けた咲季は挑発的に妹を鼓舞してみせる。
場合によっては姉妹仲を険悪化させるほどの悪役なコミュニケーションだが、これで動じるようなら佑芽がここに立っているはずもなく。
「それはそれとしてプロデューサーさん、お姉ちゃんをよろしく!」
「よ、余計なこと言うんじゃないわよ!」
「ひひ〜! じゃ、またね!」
直前のバチバチと火花が散るようなやり取りが嘘のように、陽気なひとことを残して彼女は走り去ってしまう。
向かう先には講堂から本校舎に流れる生徒の雑踏。
プロデューサーの提案通り、入学式後の人混みに紛れてクラスへ合流するつもりのようだ。
嵐のような妹の天真爛漫さに咲季はやれやれと溜息をつくが、呆れながらもその口角はしっかりと吊り上がっていた。
「ねぇ、プロデューサー。あの子がわたしの妹よ。
────────す~~~っごく、可愛いでしょ?」
────────────────────────────────
暦は春と謳えども、4月の学び舎はまだまだ寒い。
風が吹こうものなら冬の亡霊が足元からにじり寄り、せっかく日向で蓄えた温もりを奪っていってしまう。
そんな中、教室には人影がふたつ。
外部入学組の入学を形式的に歓迎し、その後の合同の軽いオリエンテーションから解放されるや否や、一目散に目的地へ辿り着いた少女ら2名。
プロデューサーから召集を掛けられていた彼女たちは、教室に備え付けられた暖房の存在を認知しているものの、勝手に点けていいものか悩んだ結果、点けず終い。加えて、互いの存在を確認して以来、適度に距離を保って黙りこくったままである。
特に、先に到着していた青髪の少女に関しては、同席したもう一人の方を強く意識しながらも決して目を合わせず、代わりに教室内のあらゆるものを睨みつけていた。
後からやってきた金髪の少女はというと、柔和な物腰で何度か彼女との世間話を試みた後、それを断念したところである。
そもそもとして────────
『え、えっと…………月村手毬ちゃん、だよね? "元SyngUp!"の』
『………………………………だったら、なに?』
一言目で見事に地雷を踏みぬいてしまった時点で、親睦への道は絶たれていたと言って差し支えない。
本人としては学園内での交友関係を重要視しているというのに、時折このようなポカをやらかしてしまうのは彼女の生来の性格ゆえなのか。あるいは、そういう星の下に生まれてしまっただけなのか。
ともかくとして、あのプロデューサーの申し入れを安易に承諾してしまったことを、このとき彼女────藤田ことねは少し後悔していた。
一方、咲季はひどくご機嫌だった。
これから案内される場所が、彼女たちの活動拠点───事務所と聞かされてのことである。
アイドルとは全くの別世界から新たに参入してきた咲季にとっては、事務所は自身がアイドルの道を歩み始めたことを実感できる大きな要素なのだ。
もっとも、今やその教室がとんでもなく重苦しい空気になっていることなど、すべてを謀ったプロデューサーはともかくとして、まんまと謀られた側の彼女には知る由もない。
「ところでプロデューサー。わたしの妹と会って話したんでしょう? どう、だった?」
「どう、とは?」
「色々」
少し複雑そうな表情で咲季が問う。
どんな返答を期待していたのかは咲季自身もよくわかっていない。
ただ、プロデューサーには宿敵がどう視えたのか。それを知っておくべきだと思ってのことである。
「とても、可愛らしい方だと」
「でしょ? でっしょお~~~~~~?」
「姉妹仲がいいんですね」
「うんッ!」
反面、その賛美には姉として心から歓喜する。
花海佑芽のライバルであり、姉である咲季の在り方は、このときプロデューサーの目には歪に映った。
「花海さんは、いままで……多くの競技で、妹である花海佑芽さんと競い合ってきた」
「紛らわしいから咲季でいいわ。そうよ」
「では咲季さん。あなた方はお互いに、宿命のライバルだと想い合っている」
「ええ、そうよ!」
「なのに仲がいいんですか?」
「
プロデューサーの問いに、咲季は足を止めてきっぱりと返す。
自分たちにとってはそれが当たり前のことなのだと、そう主張するように。
「わたしは、勝つのが好き。そう言ったじゃない? アレ、すこし訂正させて。
わたしは、わたしに勝ちうるヤツに勝つのが好きなの。
わたしよりもすごいヤツに勝つのが好きなの。
本気で挑んでくるヤツに勝つのが好きなの。
負けたら悔しい勝負に勝つのが好きなの。
きっとあの子もそう。だからわたしたち姉妹は、お互いのことがだぁ~い好きなのよ!」
咲季の力説に、なるほど、と顎を撫でるプロデューサー。
この姉妹はどうにも、敵意と反感が紐づいていない。
勝ち負けにはこだわるものの、宿敵へのリスペクトを決して忘れず、むしろそういった相手をかけがえのないものとして捉えている。
プロデューサーとして強く共感を覚える一方で、高校生らしくはない────しかしながら、実に元アスリートらしい達観した考え方だと思った。
「ま、そんな理屈は抜きにしても妹のことは大好きだけどねっ! だってわたしは、お姉ちゃんだもの!」
だから、花海佑芽だけが例外になり得る。
花海咲季にとって最初からかけがえのなかった存在。
彼女の中でスポーツマンシップの精神よりも優先される、姉としての矜持。
それが、きっと。
「佑芽さんは、お姉さんにずっと負け続けてきた────と、そう言っていました」
「ん、事実ね。わたしは、あの子に負けたことはないわ」
「しかし、あなたは────────────────」
そう言葉を紡ぎながら、プロデューサーは今朝方に耳にした咲季の台詞を思い出していた。
『このままじゃ、絶対に負けたくない相手に、絶対に負けたくないことで負けちゃうの!』
忘れるはずもない。それは入学式の直前────スカウトの瞬間に聞こえてきた花海咲季という少女の赤裸々な告白である。
当の咲季もプロデューサーの言わんとすることを察し、皆まで言うより先にうーむと小さく唸り声を上げて。
「わかってるくせに」
拗ねるように一言、そう返答した。
彼女の16年ほどの人生において、その苦悩を他の誰かに打ち明けたのはあれが初めて。
両親はとっくに気付いているだろうが、少なくとも面と向かって指摘された覚えはない。
つまり、初対面で既に彼女の悩みを見抜いていたプロデューサーの存在は、咲季にとって極めて異端なのである。
こうして真っ向から弱みに言及される経験は少なく、しばらくは動揺を隠すことができなかった。
「ま、でも、そーよね。プロデューサーには、ちゃんと伝えておかないと」
それでもすぐに気を取り直して、咲季は再び歩き出す。
プロデューサーのスカウトを承諾したのは彼女自身。その理由も、彼の慧眼を見込んでのことだ。
長所も短所も、すべてを知り尽くしてもらうことに異論はない、と。
アスリートとしての花海咲季を以って、少女として当然の戸惑いを律したのだ。
「ここ?」
「はい」
「なら、秘密の話は中でしましょ────────そう、わたしたちふたりの"事務所"でねっ!」
やがてプロデューサーの教室に到達しその扉に手をかける頃には、先ほどの動揺など忘れたみたいに、咲季は本調子に戻っていた。
否、実のところは────そんなことを忘れざるを得ないほどに扉の向こうの光景が衝撃だった、というのが正しいのかもしれない。
「────────────────」
その場にいた一同が息を吞む。
あらゆるスポーツで散々コンマ1秒の世界を経験した咲季だが、まさかアイドルの世界──しかも舞台上ですらない学園生活の中でそれを体感することになろうとは思いもしなかった。
他2名も同様に。手毬は相変わらず不機嫌そうな顔で来訪者を睨みつけながら、ことねは驚くようにきょとんと目を開きながら、1秒に満たない長い沈黙の中、精一杯に思考を巡らせている。
このように、プロデューサーが半ばサプライズの如く企てた3人の邂逅は、一触即発の火薬庫のように、バチバチと火花を散らすのも恐れ多いピリピリとした始まりだった。
「あ! プロデューサー! お疲れ様でぇ~~っす♪」
息の詰まるような静寂の中、最初に火蓋を切ったのはことねだった。
咲季の後ろに立ち尽くしたプロデューサーの姿を見つけたのもそうだが、だんまりにはもう懲りごり、という切実な想いもあってのことである。
「遅い。いつまで待たせるつもりですか? プロデューサー」
続く手毬の一言目は、やはり刺々しいものだった。
実際、今日の工程に外部入学者向けの手続きが含まれていた咲季を前置きもなく待たされていたため、プロデューサーに対する彼女の指摘はごもっともだ。
だが仮にそこを弁明できたとして、彼女の憤懣が収まることはきっとないのだろう。
手毬の不機嫌さと無愛想さは全くの無関係。彼女を苛立たせているのは、目下の混沌に他ならない。
「……ねぇ、プロデューサー? このコたち、誰?」
しばらくして事態を理解し始めた咲季も、手毬の毒気に中てられたかのように沸々と怒りを煮え滾らせ、プロデューサーの方へと差し向ける。
先ほどまでの上機嫌さはどこへやら、振り返った彼女の声色は怒気を孕みながら実に1オクターブほど下がっていた。
「ハア? それはこっちの台詞なんですけどぉ~~~! プロデューサーに呼ばれてきたら、なんかいるし!」
こうなってはことねも黙っていない。
溜まっていた鬱憤を解放するように、他2名へと敵意の視線を送る。
「プロデューサー、説明してください! あなたがプロデュースするのは、私だけ。そうじゃなかったんですか?」
となれば、手毬がさらに感情的になっていくのは自明。
抑えがきかなくなったふたりは互いに牽制し合いながら、ずかずかとスーツ姿の男へ肉迫していく。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ! どういうコト!?」
そして、負けず嫌いの咲季が追い抜かされたことを黙って見過ごすわけもなく。
並び立つようにさらに一歩前へ、ずいっと踏み込んでくる。
こうしてプロデューサーを包囲した3名の形相は凄まじく、とてもアイドルの卵に取り囲まれただけの至福な状態とは思えない。
奇妙なコミックの世界観なら、ゴゴゴゴゴゴ、なんてオノマトペまで付きそうな勢いである。
しかしそれでプロデューサーが後ずさるようなことはなく、菩薩とも冷徹ともとれる────どちらかといえば喜悦に傾いたような表情で。
「一番星を決める夏の祭典────"Hatsuboshi IDOL FESTIVAL"! あなた方には今夏の大会に出場し、
参謀は朗々と、そのとんでもない計画を口にしたのである。
01 はじめまして初星学園