それは、朝というには少し早い暁のこと。
早起きの小鳥たちですら囀りを躊躇う静けさの中、学生寮の一室で枕元の何かが小さく身を震わせる。
同居人の眠りを妨げないよう配慮した、控えめな目覚ましの振動。
起床アラームの仕事ぶりとしてはいささか頼りないが、日頃から彼女より一足先に起きる習慣のある少女を目覚めさせるには、それでも十分な合図だった。
「──────────」
そうして容易く起こされた頭とは裏腹に、体は未練がましく微睡みへ戻ろうとしている。
カーテンの隙間から覗く空は、墨を流したように黒い。
窓の向こうでは、新聞配達のバイクの音がかろうじて夜の終わりを告げている程度だ。
このまま瞼を閉じて、素直に眠りへと誘われてしまえば、きっと至福の二度寝にありつけるに違いない。
布団の温もりは、絶えず少女を誘惑する。
遥か北の国で育った彼女にとって、日本の朝の冷え込みなどたかが知れていた。
だがそれはそれとして、安らかな眠りこそが最上級の幸せのカタチであるというのは、全人類共通の認識なのである。
そんな生物としてごくごく当たり前の欲求を強引に切り離して、少女はベッドを後にした。
『リーリヤ、あなたも明日から一緒に走る?』
遡ること数日前。
リーリヤがプロデューサーの担当アイドルとなったその放課後、改めて彼女の加入を認めた咲季はそのような提案を口にした。
各アイドルのレッスンを管理するプロデューサー曰く、咲季たちのランニングに参加するにせよしないにせよ、1日の運動量が適切になるようメニューを調整するとのことらしい。
なので、咲季の問いかけはあくまでも、朝のルーティンを共有しないかというだけの勧誘である。
一方、リーリヤとしても学年で指折りの実力者たちと同じメニューに取り組めるのは願ってもない話で、二つ返事でこれを承諾したのだった。
「いってくるね、清夏ちゃん」
身支度を終えて、未だ深い眠りに囚われたままの親友に、小声で短く告げる。
一度だけ、ダメもとで彼女をランニングに誘ったこともあったのだが、やはりのらりくらりとはぐらかされるに終わった。
きっぱりと拒絶しないあたり、何かしら事情があるのだろうと察してはいるものの、それが一体何なのかまで確かめる術をリーリヤは持たない。
否、清夏自身がリーリヤに知られることを極端に避けているような気がして、それ以上うまく踏み込めずにいるのである。
プロデューサーからスカウトされるという一大イベントを経ても、親友との間に生じたぎこちない距離感には、良くも悪くも変化は訪れなかったのだ。
以来、リーリヤは布団に包まったままの清夏を残して朝練に向かう日々を送っている。
「う〜っす。おはよ〜、リーリヤちゃん」
「あ……ことねちゃん。お、おはよう、ございます」
寮の廊下に出たところで、ことねに声をかけられる。
昨晩アルバイトが入っていなかった彼女もまた、リーリヤと同じくこれから朝練に向かうところだ。
極度の人見知りであるリーリヤとしては、こうしてひとりきりのタイミングで不意に誰かと出くわすのはあまり好ましくない。
ひとりの時間を好んでいるというより、他人とのコミュニケーションにおいて無難な結果を追求するあまり、一周回って思考停止に陥ってしまうきらいが彼女にはあるのだ。
しかしながら、同じプロデューサーの担当アイドルという関係性が築かれた影響か。
特に対人関係において清夏と方向性が似ていることねや典型的な姉御肌の咲季とは、ここ数日で少しずつ言葉を交わせるようになってきた。
ふたりとの距離感については、咲季が名前で呼び合うように指定してくれたことも一役買っているのだろう。
もっとも、言葉遣いという面ではまだまだぎこちなさを拭えないのだが。
「そういえば、プロデューサーって今日からいないんだっけ?」
「は、はい。出張で数日、学園を空けるって……」
「出張、ねぇ……」
集合場所へ向かう道すがら。
大きな欠伸を噛み殺しつつ、ことねは昨日のミーティングにおける連絡事項を思い出す。
その内容は簡潔に、
『今晩から週明けまで出張に出るので、休日は学園にいません。連絡は可能な限り取れるようにしますので、何かあれば遠慮なくどうぞ』
というものである。
プロデューサーは目的にまで言及しなかったものの、出張と言うからには、プロデュースに関わる用件であることはまず間違いない。
加えて、初公演の最終試験まで残すところ数日というタイミングで差し込まれている以上、よほど重要度の高い案件なのだろうとことねは推察した。
「……リーリヤちゃんの実家って、たしかスウェーデンだっけ?」
「そうですけど……それがどうかしたんですか?」
「いや、まさかナーと思っただけ」
5人目のプロデュースともなれば、プロデューサーの計画にもある程度の法則性を見出せる。
そんな中でも、新しくアイドルをスカウトした彼が最初にとる行動は、これまでの奇行から察してもはや確信の域だ。
週明け、出張から帰ってきたプロデューサーが何食わぬ顔で『先日は葛城さんのご両親に挨拶してきました』と報告する未来はことねの想像に難くない。
その様子がありありと頭に浮かんでしまったせいか。彼女はそれ以上の詮索を切り上げることとした。
どれだけ邪推を重ねたところで、行動力の化身たる彼が北欧に向かっているというトンデモない仮説に対して、なにひとつ反証を挙げられそうにないためである。
やがて、常夜灯の照らす廊下と薄暗いままの共有スペースを抜けて、ふたりは寮門へと辿り着く。
人影はすでに3つ。
どうやら集合場所に到着したのはことねとリーリヤで最後だったらしい。
それが気に食わないのか。手毬は腕を組んだまま遅れて現れたふたりをじろりと睨んで、
「遅い。ふたりとも気が緩んでるんじゃない?」
開口一番。実に彼女らしいご挨拶を披露した。
不機嫌さは自身が待たされたことではなく、先輩である莉波を待たせてしまったことへの批難によるものである。
が、そんな事情は他4名には知る由もない。
プロデューサーの同時プロデュースが始まって半月ほどが経過した現在、手毬の突拍子もない怒りを真に受けるのはスカウトされて日の浅い新入りくらいなもので。
「す、すみません!」
「大丈夫よ、ちゃんと時間通りだから。おはよう! ふたりとも」
思わず萎縮しそうになるリーリヤを見兼ねて気さくに話しかける咲季。
ご機嫌斜めな手毬をどうどう、と宥めながら、莉波も続いて小さく手を振る。
「おはよう。ことねちゃん、リーリヤちゃん」
「お、おはようございます! 咲季ちゃん、姫崎センパイ」
「おはよー、咲季────莉波先輩もおはようございま〜す♡ 今日もお綺麗っすねぇ〜」
同級生への挨拶もそこそこに、上級生へ向き直った途端にことねは声色をワントーン跳ね上げる。
この早変わりも咲季や手毬にとっては見慣れた光景であるが、やはり新参者のリーリヤとしては呆気にとられるばかり。
正直、この強すぎる個性の同級生たちについていける未来が見えない、というのが数日彼女たちとレッスンをともにした所感であった。
────とまあ、人付き合いに関してはそこそこに不安が残っているものの。
入学当初の1年1組の崩壊具合を引き合いに出せば、それは些細な問題である。
リーリヤが本当に気にしているのはそんな精神面でのギャップではなく、もっと肉体的な話で。
「はぁっ、はぁ、は…………っ!」
呼吸の乱れを律するように足音を刻む。
深く息を吸い込むたび、肺の奥がすっと冴えていくような感覚。
朝の澄んだ空気は冷たく、遠い故郷のソレを思い出させた。
けれど、少女がそんな感傷に現を抜かしていられるのはわずか数分間だけ。
矢継ぎ早に酸素を送り込む気道は、まもなく焼けるような熱を帯び始める。
雪国で育ったリーリヤには、寒冷への対処が生活の知恵として身についている。
特に冷たく乾いた空気を口呼吸で取り込むことが悪手であるというのは、頭以上に体がいたく理解しているところだ。
しかし、ランニングともなれば鼻呼吸だけですべての酸素を賄うことは困難だし、そもそもの話、彼女の心肺機能はアイドルとして十分なほどに成熟できていない。
それゆえ、レッスンメニューで指定された距離を走り切ることも、今のリーリヤにとっては一苦労であった。
「リーリヤちゃん、大丈夫?」
前方を走っていた莉波が寄り添うようにペースを落とし、少し息を弾ませながら声をかける。
彼女と並走していたことねも、声は発さないものの、心配そうな視線をリーリヤに送っていた。
朝のランニングでは、寮から堤防道路へと抜け、河川敷沿いをぐるりと回って再び寮へと戻ってくるという共通のコースを周回する。
一方、その周回数とペース配分はそれぞれの体力に合わせて異なっていた。
先頭を走るのは言わずもがな咲季と手毬のふたり。
ことねと莉波が適度な速度を維持しながらそれに続き、さらに遥か後方でリーリヤが必死に追いかける。
これがここ最近の朝練の定位置────否、アイドル初心者である葛城リーリヤに突きつけられた実力差である。
「は、はいっ………大丈夫、です!」
莉波の気遣いに短く返事をして、リーリヤは黙々と脚を前へ運び続けた。
あいにく、それ以上に言葉を尽くす余裕はない。
元アスリートである咲季に言わせれば、トレーニングにおけるランニングの真髄はその速さでも距離でもなく『会話が成立しないほどの負荷を体にかけ続けること』だという。
仮に隣を走る相手と無理なく言葉を交わすだけの余裕を残しているなら、それはランニングではなくジョギングだ。
寝起きで固まっている筋肉と関節を温め、心臓と肺に『これから動く』と前以て通達しておくための準備運動。
ジョギングは長時間にわたって肉体を動かし続けるための土台──すなわち、全身へ酸素を送り届ける基礎体力をじっくり育てることを目的としたメニューである。
対して、ランニングではこの余裕を手放す。
心肺にあえて負荷をかけ、苦しい状態そのものに体を慣らしていくための鍛錬。
アイドルにとってそれがどういう意味を持つかは、今さら語るまでもない。
ステージの終盤に十分な声と脚を残しておけるかどうかは、この苦しさをどれだけ飼い慣らしてきたかに懸かっている。
それを肝に銘じて、リーリヤは自らの心に改めて活を入れたのだった。
「あ」
瞬間、やっとの思いで両脚を駆動させている彼女とは対極的に、颯爽とその横を追い抜く足音がふたつ。
リーリヤを周回遅れにした少女たちはスタートから一切の減速を許さず、電池で動く人形みたいに規則正しい運動を続けている。
走者たちの影が重なった刹那。ちらりと見えた横顔は一途に、ただ前に走り続ける自分たちだけを認めていた。
“咲季ちゃんも月村さんも、すごいな……”
試験を間近に控えて、優等生らは自身を追い込むことに余念がない。
リーリヤをはじめとする他の新入生たちと比べれば、実力はすでに雲泥の差が開いているというのに、それを慢心の理由にせず、さらなる高みを目指している。
その後ろ姿が、リーリヤの無垢な瞳にはひどく眩しく映った。
行動原理すら統べる、尊ぶべきひたむきさ。
それはプロデューサーがアイドルに最も必要だと論じ、彼女の中に唯一認めた、強い意志という才能に他ならなかった。
────────────────────────────────
祖国で縁を結んだ大親友を除けば、同じプロデューサーを持った1年1組の3名は、リーリヤにとって身近でありながら、畏敬を抱かずにはいられない存在だった。
今朝のランニングを難なくこなす姿とか。
その後のストレッチや基礎トレーニングでも、メニュー表に沿ってテキパキと動いていく様とか。
果ては、昼食の常軌を逸したストイックさとか。
昼食に関しては、あれでもまだ常識的になりつつあるというのだから恐ろしい。
元々、特に咲季や手毬については入学当初から遠く離れた世界の人間という意識が強かった。
学級での懇親会を経て同時プロデュースを受けるに至り、曲がりなりにもその心理的な距離は縮まったといえるのだが、反面、彼女らへの敬意は強まるばかりである。
もちろん莉波もその例には漏れないものの、前提として“先輩”という意味合いが大きく含まれているように思う。
対する1年生組は、同年代にしてリーリヤの理想をすでに体現しているような、アイドルの卵の模範だったのだ。
「────はぁ……こんな出来じゃまだまだダメだ」
「え、今ので? 全然悪いところなんてなかったと思うんだけど」
午後を迎えたボーカルレッスン室の一角。
譜面台の前に立った手毬が深刻そうに苦言を呈する一方で、ことねは不思議そうに首を傾げた。
歌に関しては筋金入りの落ちこぼれとはいえ、彼女も中等部の3年間でアイドルの基礎を学んだひとりである。
そんな藤田ことねをして、今の月村手毬の歌は非の打ち所がないと言わしめる出来栄えだった。
しかし。
「後半にかけて声の伸びが浅くなった。音程もところどころ浮ついてたし……完璧とは程遠いよ」
「はぇー、実力がつくと、それだけ自分で気付けることも増える、ってコトかね〜」
手毬が言及した難点は未だ理解できていないものの、要するにレベル帯が違うのだろう、と納得する。
手毬が向き合っているのは、おそらく今の藤田ことねが実力を伸ばすうえではまだ無関係なほど、繊細な世界の話なのだ。
「でも、呼吸の乱れはかなり抑えられるようになってきたわね。ちゃんと体力がついてきてるじゃない」
「……当然でしょ。そのために走ってるんだから」
一方、咲季の評価に素っ気なく返しながら、手毬の声はどこか満更でもない。
体力管理を咲季に学び、基礎を他人に教えることで見直し調整する。
先日のミーティングでプロデューサーが示した彼女の特訓法は、今のところ正しく機能しているようであった。
「それより、次はことねの番でしょ。ほら、Aメロの頭から」
わずかな上機嫌っぷりを誤魔化したかったのか、投げやりに譜面台の前から退く手毬。
合同でのボーカルレッスンは、体力消費の大きさも鑑みて交代制だ。
この手の課題は回数をこなすよりも質を上げる方が合理的、というプロデューサーの考えに基づく判断である。
何より“他人に見られている”という意識を持って行われるパフォーマンスから得られる経験値は大きい。
「──ことね、今のところもう一回。3小節目の入りの音と拍が合ってない」
「げ、また? 今のは大丈夫だったでしょ」
「大丈夫じゃない。練習の時点で完璧に歌えないなら、本番はもっと派手に外すことになると思いなよ」
「ぐ、うごごごご」
宣告された未来を想像して、ことねは身震いする。
手毬の言う通り、練習でできていないことが本番になってできる道理はない。
仮にことねが本番に強いタイプで、偶発的に練習以上のパフォーマンスを発揮できる才能の持ち主だったとしても、そんな奇跡を頼りにできるほど彼女の肝は据わっていないのである。
「わかったら、ほら、もう一回」
指揮棒代わりのボールペンで、ぴしりと手元の譜面を叩く手毬。
講師としての彼女は、実に容赦がない。
“指導”という名目があるうちは、プロデューサーが制定した魔のルールを気にせずに済むからなのか。
ペナルティなぞどこ吹く風で、いつも以上の毒舌を門下生に浴びせている。
それだけで藤田ことねの自己肯定感にとって大打撃ではあるのだが、彼女の指導がとりわけ的確であるという点も忘れてはいけない。
実際、ここ数日の鬼指導の賜物か。ことねは自身のボーカル技能の向上をわずかながらに実感し始めている。
「…………今のは、悪くないんじゃない?」
やがて、何度目かのリテイクを終えた直後、手毬は独り言のように所感を口にする。
それが気まぐれによる優しさなどでないことは、散々と怒鳴られ続けたことねが一番よく知っていた。
彼女は期待の眼差しを向けながら、心底嬉しそうに鬼教官の顔を覗き込む。
「え、マジ? 今のよかった?」
「悪くないって言っただけ。調子に乗らないで」
「へっへー、手毬に褒められた〜」
「ほ、褒めてないから!」
慌てて訂正するが、その声はいつになく頼りない。
普段から毒気たっぷりの発言しかしていないせいか。手毬は自身の言葉を好意的に受け取られることにあまり慣れていないのである。
「聞きましたか? 莉波先輩! あたし、ついに手毬先生に褒めてもらえましたよ!」
「ふふ、よかったね、ことねちゃん! 私もとっても上手に歌えてたと思うよ」
「えへへぇ、もっと言ってくださぁ〜い♡」
対して、ことねは浮かれ具合をまるで隠す様子がない。
ご機嫌に莉波にすり寄っては、撫で回しを強要する猫のように甘えている。
落ちこぼれ街道まっしぐらだったことねにとって、このようにお世辞抜きに褒めてもらえる機会というのは絶好の自己肯定感爆上げチャンスなのだ。
莉波は莉波でそんな彼女を目一杯に慈しむものだから、気が付けば、レッスン室には小さな世界が完成していた。
ふたりの性格と抱える課題は、プロデューサーの目算通りにすこぶる相性がいい。
「それじゃあ、次はリーリヤの番ね」
ほどなくして、目を丸くしながらその光景を眺めていたリーリヤにも声がかかる。
咲季の呼びかけは手毬のように棘のあるものではないが、リーリヤほどの人見知りともなれば、威勢がいいだけで脅威となりうる。
感情論は一切抜きにして、反射的に肩をビクンと跳ねさせてしまうのはどうか堪忍してほしい。
「なんでそんなに驚くのよ」
「す、すみません……!」
もちろん、そんな彼女の内なる願いを聞き届けられるほど、咲季の勘はよろしくないのだけれど。
“…………どうしよう。やらなきゃ……!”
謝罪の勢いでそのまま立ち上がったはいいものの、心の準備とやらはお粗末だ。
咲季の一声で飛び跳ねた心臓は依然として高いBPMを叩き出しているし、譜面台へ向かう足はひどく重たい。
ふと視線を落としてみれば、ぷるぷると両足が震えているのがよく見えた。
これがダンスレッスンじゃなかったのは不幸中の幸いである。
このレッスンにおけるリーリヤの課題はボーカル技能の基礎の習熟だ。
他4名と違い完全にアイドル初心者の彼女にとって、最優先で着手するべき問題がそれだとプロデューサーは判断した。
実際、歌唱力に関しては聞くに堪えないレベル──というのが本人の認識でもある。
それを頭で理解しているからこそ、こうして人前でパフォーマンスをすることを強く拒んでしまうのだ。
「ょ…………よろしくお願いしますっ」
どうしようもない緊張を呑み下して、リーリヤは譜面台を前にする。
歌うべき楽曲は『Luna say maybe』ではない。
基礎すらおぼつかない彼女にとって、手毬のデビュー曲はあまりに荷が重すぎた。
ゆえに、リーリヤだけは課題曲『初』に集中した特訓を行っている。
無理難題が十八番のプロデューサーにしては無難な選択。
しかし、リーリヤにとってはそれも十分すぎるハードルだった。
「……………………」
覚悟を決めて、すう、と息を吸い込む。
呼吸の意識は肩でも胸でもなく、より深い、下腹部の奥へ。
人の肉体に備わった、日常会話でも使用するための発声機能を、歌唱に適した仕組みに切り替える。
スイッチのような二値的なものではなく、つまみを調整するような連続した変容。
プロであれば無意識のうちに、かつ迅速に転換できるのだろうが、リーリヤの場合は未熟さゆえに、意識でもしなければ切り替えられないし、持続できない。
「────────ッ!」
練習用の音源に組み込まれた無機質なカウントに合わせて、リーリヤは歌い出す。
緊張で喉が強張っている影響か。
出だしの一音は音階こそ合っているものの、観客が違和感を覚えてしまう程度に上擦っている。
それを自覚した次のフレーズでは、もう取り返しがつかないレベルにまでズレが波及していた。
パフォーマンスの齟齬は縦方向だけに留まらない。
慌ててミスを取り返そうとする歌声は、わずかに前のめりになったり、それによってつまずいたりを矢継ぎ早に繰り返す。
現時点でも歌唱の不出来さは致命的。急ぎ修正しようにも、彼女にはそれを為せるだけの基盤がない。
しかし、だからといって途中で投げ出すわけにもいかない、と、リーリヤは必死に歌を紡ぎ続ける。
“……ここで吸って、ここは、伸ばす!”
フレーズの切れ目。息継ぎの位置。
ここ数日の実践において手毬から指摘されてきた数々の要点を、リーリヤは可能な限り、余すことなく拾い上げていく。
技術が拙いにしても、せめて勘所を押さえる気概がなければ意味がない、という意地がもたらす、あのプロデューサーすら予期していなかった嬉しい誤算。
当の本人はまるで自覚していないが、手順を覚えて
無論、リーリヤの肉体が追いつかない──余裕のないうちは、その才覚もあってないようなものだ。
拾い上げた要所が完全にクリアできる保証はないし、手毬の指摘を意識するあまり、他方がおざなりになっている側面だってある。
それでも、地道ながら欠点を潰していく少女の歩みは、着実にその歌声を前へと推し進めていた。
「……ど、どうでした、か……?」
指定された範囲を歌い終えて、リーリヤは恐る恐る顔を上げる。
しばらく押し黙ったまま譜面に目を落としていた手毬は、そんな彼女の問いかけに答えるように鼻を鳴らして。
「出だしから音程が全然取れてない。Aメロに入るまではかなり走り気味だったし。ロングトーンは全体的に後ろの方で音が下がってる。それと、声が全然前に出てない」
「うっ……」
強く、当然のように少女を批難する言葉。
それらがすべて事前に指摘されている内容である以上、『知らなかった』なんて弁明は成立しない。
何より、要点を絞って全神経を注ぎ込んだというのに、そのわずか3割ほどしかクリアすることができなかった結果の悲惨さは、リーリヤが最も理解している。
「でも、息継ぎの位置は全部合ってた。昨日までは息が切れてた箇所も、最後までもってたし」
「え?」
つい、と呟くように言い残して、手毬は譜面にペンを走らせる。
褒めたつもりがあるのかないのか、本人にもよくわかっていないような素っ気なさだ。
「うんうん。確かに課題も多いけれど、数日前に比べたら着実に成長しているわ! この調子なら形になる日も近いでしょうね」
かたや、咲季は実直な感想を口にしながら、腕を組んで満足げに頷いていた。
その言葉を決して咎めないあたり、手毬も彼女の評価を妥当だと認めているのだろう。
「あ、ありがとう、ございます……」
譜面で顔を半分隠しながら、リーリヤは小さく頭を下げる。
目標とする優等生たちからの称賛は、ことねと同様に何物にも代えがたい。
その事実に胸を撫で下ろす一方で、手毬に挙げられた課題の数々は、譜面の余白に書き込まれる赤字みたいに、頭の中へひとつずつ刻まれていく。
ほんのわずかな手応えと、それを優に上回る課題の山。
その天秤がどちらに傾いているのかを量りかねたまま、少女はもう一度だけ、手元の五線譜に目を落とした。
────────────────────────────────
その後も、5名による合同レッスンは滞りなく進んだ。
咲季は持ち前の体力と声量こそ認められたものの、音程の甘さを手毬に指摘され、
莉波は安定感のある柔らかな歌声で、後輩から素直な賛辞を引き出し、
再び巡ってきたことねの番では、鬼教官の容赦ない駄目出しが数多飛ぶ。
そうして、かれこれ1時間余りが経過したタイミングで、咲季がぱん、と両手を打ち鳴らした。
「────それじゃあ、一旦休憩にしましょ!」
監督のような号令を合図に、レッスン室の空気がふっと緩む。
ことねは床にへたり込み、手毬は譜面を睨みながらもペットボトルを傾け、莉波はそんな後輩たちを労わるようにタオルを配って回る。
実に彼女たちらしい、十人十色の休憩時間の過ごし方。
その傍らで、リーリヤは膝を抱えるようにして座り込みながら、手元の譜面に視線を落としていた。
『出だしから音程が全然取れてない。Aメロに入るまではかなり走り気味だったし。ロングトーンは全体的に後ろの方で音が下がってる。それと、声が全然前に出てない』
先ほど手毬に告げられた批評が、耳の奥で際限なくこだまする。
少なからず褒められるところも出てきたと言えど、リーリヤの歌の改善点はまだまだ多い。
改めて順番が回ってきたときに歌った『初』も、最初より幾分かマシになった程度で、指摘された箇所の大半は手つかずのまま残ってしまった。
それに比べて、同じ部屋で特訓している4人のアイドルは、それぞれの課題に真っ向から取り組み、刻々と目に見える成長を遂げていた。
“……本当に、これだけで大丈夫なのかな”
最初に練習メニューを受け取ったときから胸の奥に小さく引っかかっていた懸念。
リーリヤのレッスン内容は他4名とほとんど変わらない。
違いといえば、基礎トレーニングの各項目の回数や量がいくらか控えめに設定されていたり、楽曲に『Luna say maybe』を使用していないことくらい。
つまるところ、レッスンメニューの時点で、自分は他のアイドルたちと比較して、質・量ともに大きく劣ってしまっているのではないか、と。
『たくさんがんばって、足を引っ張らないようにしますから』
それは、手毬に認めてもらうために彼女自身が口にした言葉だ。
あの約束を守るためには、今のままでは、きっと足りない。
だから、休憩のあいだに、ほんの少しだけ。
手毬の指摘が耳に残っているうちに、出だしの音をもう何回か確かめておくだけ。
誰に聞かせるでもない言い訳を胸の内で繰り返して、リーリヤはそっと立ち上がる。
皆の輪から少しだけ離れた壁際で、譜面を胸の前に抱え直して。
「ア、エ、イ、オ、ウ────」
声を潜めて、発声の基礎をなぞる。
音程が上擦らないように。喉が強張らないように。
一音ずつ、慎重に確かめながら、少女は再び息を吸い込んで────
「リーリヤ、今は休憩中よ」
「ひゃっ……!? さ、咲季ちゃん……!」
背後からかけられた声に、奇声を上げて勢いよく飛び退く不良生徒。
振り返った先で腕を組んでいたのは、つい数分ほど前に休憩の号令をかけたばかりの咲季である。
「えっと、その……少しだけ、さっきの出だしを確かめておこうかな、って……」
「休憩もメニューの内でしょ。内容を振り返るだけならまだしも、体はしっかり休ませないと、いつかのことねみたいになっちゃうわよ?」
言いながら、咲季は件のバイト戦士に流し目を送る。
しっかりと休息を取りながらも、意識はレッスン室全体に張り巡らせていたのか。
ことねは「おーい、聞こえてんぞー」と牽制しつつ、それ以上はこちらの会話に関わる素振りを見せなかった。
「……でも、わたしだけ、みなさんと同じメニューを少しずつしかやっていないので……このままじゃ、置いていかれてしまう気がして」
気を取り直して、リーリヤは深刻そうにその胸中を明かす。
その告白に、咲季はわずかに目を見開いた。
「そう。入学してしばらくしてから、目に見えてレッスンの量を増やしていたのは、そういう理由だったのね」
ひとり得心したように頷いてから、咲季は改めてリーリヤに向き直る。
その目は呆れているのでも、憐れんでいるのでもない。
真剣に相手と向き合うときの、勝負師のそれだった。
「リーリヤ、あなたはいくつか勘違いをしているわ」
「勘違い……?」
きょとんと目を瞬かせるリーリヤに、咲季は人差し指を立ててみせる。
数々の競技を渡り歩き、トレーナーとしての知識まで持ち合わせている元アスリートにとって、トレーニングの理屈は専門分野も同然。
その領域を盛大な勘違いが横切るのであれば、到底看過できはしない。
「あなたはレッスンの質を難易度で捉えてるようだけれど、それはまったくの別物よ。
例えばの話、あなたが今から腕の筋肉をつけたいとして、いきなり30kgのバーベルに挑戦しても持ち上がらないのは目に見えているでしょう?」
「それは……はい。絶対に持ち上げられないです……」
「当然よね。そもそも今のあなたにはそれができるだけの筋肉が付いていないんだもの。
だから必要なのは、最初に自分の筋力に見合った負荷を設定して、それを少しずつ高めていくこと。要するに同じ運動をしたとしても、トレーニングとしての質は人それぞれなのよ。
同じ理屈で、あなたはあなたにとって最適なレッスンをする必要があるわ」
「わたしにとって、最適…………今のメニューは、そうなっているんでしょうか?」
うーん、と唸るようにして首を傾げるリーリヤ。
プロデューサーのことを疑うわけではないが、それでも以前の4人体制のものを流用している事実がある以上、リーリヤとしてはかなり実感しづらいところである。
「信じられないかもしれないけど、ミーティングの時にプロデューサーも説明していたじゃない? あなたの課題はわたしたちのと共通している部分が多い、って。
あれから数日レッスンをともにしたわけだけれど、わたしもまったくの同意見よ」
体力管理が致命的なところは手毬に似ているし、自己不信なところはことねにそっくり。
最終試験までの合同レッスンにおいて着目している課題を同じように抱えている以上、従来のメニューが十分に通用するというのがプロデューサーの判断であった。
体力の使い方なら、手毬と並んで咲季から学べばいい。
自己評価の低さなら、ことねと同じく仲間からの評価で少しずつ埋めていけばいい。
わざわざ専用の枠を設けずとも、既存のメニューに乗り合わせるだけで、リーリヤの課題の一部は手当てできてしまうのだ。
「もちろん、わたしたちが最終試験を控えた仕上げの段階でメニューを大きく組み替えたくなかった、って事情もあるにはあるでしょうけど。それだけが理由なら、なおさらリーリヤ専用のメニューを用意した方が合理的でしょう?」
逆説的に、プロデューサーは彼女も合同レッスンに参加させた方が効果的と判断したはずだ、と咲季は語る。
あえて揚げ足を取ると、彼女はプロデューサーが新しいメニューを考案する手間を惜しんだ可能性について言及していないのだが────
『ご心配なく。皆さんのプロデュースに関して手を抜くなんてことはしません。
これまで通り、全身全霊を以てあなた方をプロデュースすることを約束します』
彼の言葉を信じるのであれば、それこそ愚問である。
「それから、これはあくまでもわたしの憶測にはなるけれど。あなたが今、土台を積み上げている真っ最中だから、っていうのも理由のひとつだと思うわ。
今は手毬が教えてくれる基礎をひとつ残らず自分のものにするのが一番の近道。量を増やすのはその後でいいの」
未経験者に必要なのは、奇をてらった特訓でも闇雲な反復でもなく、正しい基礎を正しい順序で身につけることだ。
そして幸いにも、この陣営には元中等部No.1の歌姫という、基礎を学ぶにはこれ以上ない講師がいる。
他のアイドルとの間で称賛したり批難したり、積極的に意見を交換できるのもリーリヤにとっては大きなメリットだろう。
「けど、それじゃあ咲季ちゃんたちに一向に追いつけないんじゃ……」
「そりゃあ、そうならないようにわたしたちも最善を尽くしているもの。闇雲に練習量を増やすだけで実力を伸ばせるなら、先人だってそうしているわ」
「────────」
それは、当然と言えば当然の理。
才能のある人間だって絶えず努力をする。
凡人がいくら必死に追いかけようとも、それでは単に鼬ごっこになるだけである。
「でもね、成長速度だけを比較するなら、熟練者より初心者の方が圧倒的よ。成長曲線は経験に応じて緩やかになっていくのが通例だもの」
たまに目を逸らしたくなるような成長の仕方をする規格外の選手も存在するにはするけれど、と言いかけてやめる。
それはそれで才能の話になってしまうし、今のリーリヤが必要としているのはそんな気休めにもならない余談ではない。
「だからこそ、リーリヤは量じゃなくて質にこだわるべきよ」
「量じゃなくて、質……?」
「ええ。運動量はきっとプロデューサーがメニューを組む段階で調整しているもの。それなら、改善の余地が残っているのはレッスンの質だけってことになるわ」
「けど、レッスンの質をあげるなんて、一体どうすれば……」
「簡単な話よ。1回の練習でより多くの経験が身につくようにすること。今あなたがやっているみたいに、明確な改善点に集中して取り組むことも方法のひとつね。もうひとつは────」
「休むこと、でしょうか?」
「わかってきたじゃない。実力を大きく伸ばすためには、練習でも最大限のパフォーマンスを発揮する必要がある。そのためのコンディションを整えるためには、休憩は決して欠かせないわ」
満足げに頷いてから、咲季はふっと表情を和らげる。
理屈を並べ立てていた先ほどまでとは打って変わって、その声音はどこまでも柔らかい。
「あなたはよく頑張っているわ。そのせっかくの頑張りが台無しになったらもったいないでしょう?」
「咲季ちゃん……」
「だ・か・ら、休むことだって立派な練習よ。ほら、ちゃんと水分を摂って体を休めなさい」
「────っ、はい!」
ぽん、と軽く肩を叩かれて、リーリヤは晴れ晴れとした様子でこくりと頷く。
慰めでもなく、同情でもなく。
赤毛の少女の声には、ただひとりの対等な相手として向けられる、誠実な温もりがあった。
努力を肯定する言葉以上に、その眼差しと声音に込められたものこそが、リーリヤにとっては嬉しくて仕方がない。
が、そんな小さな幸せを彼女が噛みしめていられたのも束の間。
「…………はい?」
ドタバタドタバタ、と。
特別教室棟の防音設備を突き抜けて、なにやら暴力的な物音が近づいてくる。
「たのもーーーーっ!! お姉ちゃん、勝負しようっ!」
ドン! と聞いたことのない怪音を鳴らしながら、勢いよく開け放たれる扉。
それまでボーカルレッスン室を覆っていた穏やかな空気はどこへやら。
底抜けに明るい侵略者は、アイドルたちの安息の時間を粉微塵に吹き飛ばした。
お団子にまとめているにもかかわらず快活に揺れ動く髪。
立ち止まっていてなお躍動感を感じさせる四肢。
そして何より、太陽をそのまま人の形にギュっと圧縮したような屈託のない笑顔。
咲季の妹にして1年2組の生徒────花海佑芽は、かくしてこの一瞬で部屋一帯を独壇場に塗り替えた。
「あいつ、どっから来たんだよ。あんだけ全力疾走で入ってきたのに息切れひとつしてねーし……」
「休日なのに……ほんと騒々しいやつ」
壁際で休憩していたことねと手毬が思い思いに呆れ声を漏らす。
破天荒の権化を前にしては、流石のふたりも気の利いた反応が思いつかない様子だ。
リーリヤに至っては思考そのものが追いついていない。
莉波は少し余裕があるのか、「おはよう、佑芽ちゃん」と挨拶を試みているものの、ユニット時代ばりのぎこちなさからして平静というわけではないのだろう。
一方、名指しされた姉はといえば、彼女の登場に一切驚く素振りを見せないどころか、不敵な笑みを浮かべていた。
「来たわね、佑芽! ええ、受けて立とうじゃない────わたしの弟子のリーリヤが!!」
「ええっ!?」
「お姉ちゃんじゃないのっ!?」
ふたり分の驚愕が、見事に重なる。
片や、いつの間にか弟子にされていた新参者。
片や、勝負を挑んだはずが肩透かしを食らった妹。
少なくともリーリヤ本人には、弟子入りを申し出た覚えも、逆に弟子入りを持ちかけられた覚えもない。
なるほど。妹の豪快さに太刀打ちするためには、姉もこれくらい常軌を逸している必要があるらしい。
「は? 葛城のことを教えてるのは私なんだけど」
ちなみに、そんな咲季の突拍子のない主張に最も不服を申し立てたのは手毬である。
最初こそ同時プロデュースに否定的だった彼女も、今や指導者としての矜持というものがあるようだ。
ただし悲しきかな、この場において彼女の怒りは本題ではない。
「細かいことはいいの! 佑芽、わたしに挑みたければ、リーリヤに勝ってからにしなさい!」
「うごごご……わかった! えっと、リーリヤ、ちゃん? さっそく勝負しよう!」
「え、ええっと……、その……」
初対面をもろともせず、ずいっと詰め寄る佑芽。
それに気圧されて、リーリヤはずいっと同じ分だけ後ずさる。
第一、突然現れたこの少女を自分がどう呼称するかすら定かではないのだ。
それなのに弟子がどうだとか、勝負をするとかしないとか、そんな二者択一を迫られても困る、と。
ようやくリーリヤの心のうちで不満らしい不満が形を成し始めた頃合い。
「さ、咲季ちゃん。リーリヤちゃんもいきなりのことで困ってるみたいだし……それに、勝手にレッスンメニューを変更するのはよくないんじゃないかな?」
花海姉妹の荒波の中、助け舟を出さんが如く会話に割って入る莉波。
このまま彼女たちのペースに呑まれれば、リーリヤは頭が爆発してしまうかもしれないと慮ってのことである。
「むむ、それは確かにそうですね。一度プロデューサーにも確認してみます」
「う、うん? そこなんだ…………えっと、リーリヤちゃんは大丈夫?」
「うぅ……大丈夫、ではないかもしれないんですけど。咲季ちゃんは、どうしてわたしと……は、花海さんを勝負させたいんですか?」
ようやく絞り出した問いかけに、咲季はふっと口元を緩める。
師匠は気まぐれや思いつきで弟子を差し出したわけではない、とでも言いたげに。
「リーリヤにとっても佑芽にとっても、いい経験になると思ったからよ。
リーリヤは初公演の試験にも参加してないから、パフォーマンスを誰かと競う機会が少ないし。佑芽はわたしとばかり勝負して負け続けてる状況なのよね。
今の実力を実感してもらうには、力量が拮抗しているふたりで勝負してもらうのがいいと思ったの」
「わたしの、経験に……」
咲季の言葉を反芻するように、リーリヤは小さく呟く。
ちらりと佑芽の方を窺えば、燃えるような瞳がまっすぐにこちらを見つめ返してくる。
胸を張って誰かと競い合えるほど、彼女はまだ自分の歌に自信が持てていない。
しかし、佑芽との勝負が咲季の言う経験に繋がるのであれば、と。
逃げ道を探していたはずの思考は、いつの間にか別の方向へと舵を切っていた。
「わかりました。その勝負、受けます!」
あまりにはきはきとした返事に、佑芽はぱっと顔を輝かせ、ことねと手毬は揃って目を丸くする。
莉波だけは、心配そうに、けれどどこか嬉しそうに、両手を胸の前で合わせていた。
「いい返事だわ! そうと決まればプロデューサーに連絡よ」
言うが早いか、咲季はスマートフォンを取り出して画面を操作する。
耳に当てた端末から呼び出し音が数回。
その連続がぷつりと途切れた後は、予想通り、あの事務的な声が応答する。
「プロデューサー、今いいかしら? 実は佑芽が────」
途端。
彼の返事を待たずして本題を切り出そうとした声を、かちゃり、と陶器の触れ合う小さな音が制止した。
端末の向こう側では、続いてカップをソーサーに戻すような気配と、ナプキンで口元を拭うような物音が鳴っている。
しばらくして、咲季が言葉を詰まらせたのを察知したのだろう。
プロデューサーは彼女が問いただすより前に口を開いて。
『……失礼しました。ちょうど朝食をいただいていたところで』
「朝食? もう午後の3時よ?」
『いえ、あー、まあ。少し、遠くにいるものですから。それより咲季さん、どうしましたか?』
返答はあくまで淡白で、それ以上の説明が続く気配はない。
立て続けにこちらの用件を訊くあたり、むしろそれ以上は尋ねても答えてくれなさそうな予感すらある。
咲季はそれに小さく肩をすくめて、現在の状況を手短に伝えた。
佑芽が勝負を挑みに来たこと。
咲季がその相手にリーリヤを指名したこと。
種目は、元々メニューにある『初』のパフォーマンスにするつもりであること。
そのために、休憩明けのメニューを少しだけ組み替えたいこと。
結局、どれも予想外の内容ではなかったのか。彼は一度もそれを聞き返すことなく。
『わかりました。許可します』
「あら、随分とあっさりね」
『本番の空気を知る相手と同じ曲で競える機会はそう多くありませんから。花海さんとの勝負は、葛城さんにとって良い経験になるはずです』
電話越しにも、青年がわずかに口元を緩めたのが伝わってくる。
耳を澄まして聞いてみると、プロデューサーの周囲の空間では英語が主に飛び交っているような気がした。
『ただし、そういうことであれば勝負後の休憩は十分に────』
「わかってる。わたしを誰だと思ってるの?」
『そうでしたね、失礼しました。では、よろしくお願いします、咲季さん』
プロデューサーの言葉に「任せなさい」と応えて、咲季は通話を終える。
達成感に満ちた表情は、それだけで彼の返答を物語っているようだった。
「許可が下りたわ! 休憩明けのメニューを組み替えて、『初』で勝負よ!」
「やったー! リーリヤちゃん、悪いけど勝つのはあたしだからね!」
「ま、負けません……!」
拳を突き上げて宣言する佑芽に、怯むことなく言葉を返すリーリヤ。
気弱で控えめな普段の姿からは想像しにくいが、ひとたび勝負の土俵に上がってしまえば、この少女は簡単には引き下がらない。
その瞳の奥で燻る火の色を、師匠(自称)である咲季は見逃さなかった。
そして、休憩明け。
譜面台やその他諸々は壁際へと押しやられ、ボーカルレッスン室には即席のステージが整えられた。
種目は課題曲『初』の通し。
歌とダンス、その両方を以て、より優れたパフォーマンスを披露した方の勝ち。
審査は、咲季、手毬、ことね、莉波の4人が観客役を兼ねて務める。
本番さながらに、とまではいかないまでも、誰かに見られながら一曲を通すという意味では、試験のステージと何ら変わりがない。
「先攻はリーリヤ、後攻は佑芽よ。いいわね?」
「はーい! リーリヤちゃん、がんばれー!」
「え? えっと……が、がんばります!」
これから競う相手に声援を送られて、リーリヤは曖昧に頭を下げる。
ステージ側から審査員の方を向いて立つと、窓ガラスにうっすら浮かぶ自分の影と目が合った。
ひどく強張った顔をしている、と他人事のように思う。
それでも、たったそれだけでこの対決をご破算にするわけにもいくまいと、彼女は本日最後の勇気を絞りだすことにした。
“……大丈夫。教わったことを、教わった通りにやれば”
心の奥底で自身を鼓舞しながら、リーリヤは流れ出す課題曲へと臨む。
呼吸と律動の同調。遍く意識の集束。
少女の発声機能は今度こそ疑いなく、その地点に向かっていく。
やがて、限界まで引き上げられた集中は、寸分の狂いもなく最初の一歩を掴み取った。
「……へぇ」
観客席で、手毬が小さく声を漏らす。
今度こそ的確な滑り出しを決めた少女は、そのまま安定感のある歌い出しを形作ってみせた。
技術は依然として拙くあれど、彼女の歌声には今のところ
ここ数日、手毬に浴びせられ続けた指摘の数々は、ひとつ残らず彼女の歌に刻み込まれていた。
歌声は走ることなく。長音は最後まで支えを失わず。
練り上げられた手順に沿って、一工程ずつ、着実に。
さながら精密機械が設計図をなぞるような几帳面さで、葛城リーリヤは曲を組み上げていく。
ダンスについても、申し分ない。
脚の踏み込み。腕の振り。重心の流転。
歌唱ほど重点的な特訓を行っていないにしても、ここ数日のレッスンで叩き込まれた振り付けを、少女はひとつずつ丁寧に辿っていく。
そのパフォーマンスを評価するのであれば、間違いなく彼女の中で過去一番の出来だと断言できる。
──無論、その研ぎ澄まされた集中力が最後まで続けば……の話だが。
“…………っ! 拾い損ねた!?”
楽曲がBメロに差し掛かる頃には、すでにいくつか致命的なミスが発生し始めていた。
大前提として、手毬よりも遥かに体力の少ないリーリヤが、彼女と同程度の集中を維持し続けるのには無理がある。
ゆえにこそ、この失速は当然の帰結。
冒頭から全力を尽くすと決めた時点で、少女の歌の瓦解は確定していた。
けれど、
“でも、それは最初からわかっていたことだ”
元より、少女には完璧なパフォーマンスを行うだけの技量がまだない。
ならば細く長くか、太く短くか、選択は二つに一つ。
加えて、ペース配分の技術が未熟である以上、前者はすべてを出し尽くせない可能性すら孕んでいる。
佑芽に紛うことなき全力をぶつけるためには、リーリヤは後者を選択する他なかった。
だから彼女にとって真の正念場はここから────容赦なく崩れゆく歌とダンスのカタチをどこまで保っていられるかに懸かっている。
「────────ッ!」
額を伝う汗も、喉の奥にじわりと溜まっていく熱も、今は意識の外へ追いやる。
バラバラになりそうな意識を引き留めながら、頭の中の譜面に刻まれた印を消していく。
幸いなことに、リーリヤの精神状態はハイだ。
佑芽との勝負が、脳内に少年漫画の決闘のようなイメージを誘発しているせいか。
通常のレッスン以上にアドレナリンが放出されているのを実感する。
しかし、過度な集中の副作用か。
リーリヤは終始、
実力が伴わない中で、似たような技量の相手と競うのであれば、本当の意味でこだわるべきは技術的な勘所ではなく────
「…………あ、ありがとう、ござい……ました」
最後の振りを終えて、リーリヤは肩で息をしながらぺこりと頭を下げる。
それで限界。
正真正銘、すべての体力を使い果たしたリーリヤはステージから降りることもままならず、その場でゆらり、と体勢を崩して。
「リーリヤちゃん!」
咄嗟に動いた莉波に支えられた。
強引に四肢を動かし続けた反動なのか。彼女の体は未だ静止を許せていないようだ。
一方で、そんな頼りない肉体とは裏腹に、リーリヤの思考はアドレナリンの余韻で冴えわたっている。
彼女は確かに全力を絞り出した。
それで佑芽に勝てるという確信は持てずとも、少しくらい達成感というものが湧いて然るべき状況である。
けれど、少女の胸の奥には、すべてを出し切ったはずの疲労とは別の、何かをやり残したような手応えのなさがわだかまっているだけ。
そういえば、講師から授かった忠告のうち、何かひとつ大切なものを忘れているような……と、思い至ったところで、ぱちぱちと鳴る拍手の音が思考を掻き消した。
「お疲れ様、リーリヤ。いいパフォーマンスだったわ。体力の消耗はかなり激しかったみたいだけど……」
「すごかったけど、あの全力っぷりはちょっと心臓に悪かったかもナー。手毬の悪い影響が出てんじゃないの?」
「ふん」
健闘を称えつつ釘を刺す咲季と、ことねに責任の所在を問われて複雑そうに鼻を鳴らす手毬。
リーリヤの精神性は元からあんな感じなのだが、それはそれとして目標でもある月村手毬の影響を完全に否定することは難しい。
「ほら、リーリヤちゃん。ゆっくりでいいから、こっちに座ろっか」
莉波に身体を預けながら、リーリヤはおぼつかない足取りで壁際の観客席へと移動する。
手渡されたペットボトルの水を一口含むと、荒れていた呼吸がようやく少しずつ落ち着きを取り戻していった。
入れ替わるようにして即席のステージへと躍り出たのは、もちろん後攻の挑戦者だ。
「リーリヤちゃんの全力、ちゃんと伝わってきたよ。だからあたしも、全力で行くねっ!
花海佑芽、いっきま~~~~す!」
元気な掛け声と同時に、2度目の『初』が流れ出す。
この時点で、佑芽の体はもう楽しげに揺れていた。
曲に臨む前に自らを鼓舞し、覚悟を決める必要があったリーリヤとは対照的に、彼女は嬉々としてあの位置に立っている。
最初の音は盛大かつ豪快に、
音程やリズムなんて何のその、
リーリヤがあれほどありがたがっていた設計図をまるで意に介さないみたいに、
少女はその轟音を以て演舞の火蓋を切り裂いた。
“────────っ!?”
響く。響く。響く。
開演を謡う声は銅鑼のように、聴く者の心を直に揺れ動かす。
驚きのあまり、リーリヤは感嘆の声音さえ忘れた。
彼女の目から見ても、佑芽のパフォーマンスには粗が目立つ。
高音では時折音程が上擦り、ステップは勢い余って半歩分ほど流れている。
さきほど対戦相手が丁寧に拾い上げていた要点の半分も、きっと少女は理解できていないだろう。
ところが、花海佑芽は瓦解しない。
ステップを踏み外しかけた次の瞬間には、むしろ楽しげに笑って、そのまま勢いで次の振りへと繋げてしまう。
失敗を失敗と受け止めつつ、次の一歩の推進力に変える────それは、技術というよりも彼女の性分と呼ぶべきものだった。
取りこぼしを恐れて手順にしがみつき、崩れかけた歌を必死に繋ぎ止めていたリーリヤとは、まるで正反対の歌い方。
音程もリズムも散々だというのに、どうして────彼女のパフォーマンスはどうしてこれほど、心打たれてしまうのか。
「あ」
ふと、目が合った。
瞬間、まるで歌詞の一言一句が自分に向かって投げかけられたような錯覚を覚える。
少女の真っ直ぐな歌声が、胸の真ん中を一直線に貫いていくような感覚。
あべこべな音程も、デタラメなリズムも、その歌の勢いに押し流されて、気付けばどうでもよくなっていた。
視線を横に滑らせれば、ことねも、莉波も、そして手毬さえも、いつの間にか佑芽の歌に聞き入っている。
“どうして……”
同じ曲を、同じ振り付けで歌っているはずなのに。
自分の歌にはなかったものが、確かにそこにあるとリーリヤは確信した。
最後の一音を吐き出すと同時に、佑芽はぴたりと決めポーズを取る。
肩で大きく息をしながらも、その顔には疲労の色よりも、満足の色の方がずっと濃く浮かんでいた。
ちなみに、このとき観客席では、リーリヤとはまた別の驚きが静かに広がっていた。
「……あいつ、中間のときより全然歌えてんじゃん」
「うん。ちゃんと曲に乗れるようになってたね」
ことねと莉波が感想を呟きながら顔を見合わせる。
中間試験の日、体育館のステージで佑芽の歌?を目の当たりにしたのは、ここにいる者の中では咲季、ことね、莉波の3人だけだ。
あの時の佑芽はメロディも歌詞も十分に理解しないまま、ただ持ち前の度胸だけで最後まで声を張り上げていた。
それが今は────相変わらず滅茶苦茶なパフォーマンスではあるけれど────声のひとつひとつが歌の形を成している。
ほんのわずかな、けれど確かな前進。
勢い任せに張り上げるだけだった声に、今は言葉を相手へ手渡そうとする誠実さが、少しずつ混じり始めている。
それは中間試験のステージと比べられる者にしかわからない、花海佑芽の小さな成長だった。
そして、その小さな成長を誰よりも正確に測っていたのは、言わずもがな姉である。
“……やるじゃない、佑芽”
腕を組んだままの咲季の口元が、かすかに吊り上がる。
それが審査員としての感心なのか、姉としての喜びなのか、はたまた好敵手としての闘志なのか。
おそらくは、そのすべてだったのだろう。
「────いぇーい! どうだった、お姉ちゃん!」
やがて決めポーズを解いた佑芽が、息を弾ませたまま満面の笑みで姉に駆け寄る。
「中間のときよりもずっと良くなっていたわ。褒めてあげる」
それに同等の笑顔を返しながら、咲季は妹の頭を優しく撫で回した。
ひとしきり愛でられた佑芽が満足して離れると、咲季は観客席に並ぶ面々へと視線を送る。
リーリヤと佑芽のどちらのパフォーマンスが勝っていたか。審査は4人の合議だ。
ことねは腕を組んで唸り、莉波は胸の前でそっと指を組み、手毬は険しい表情のまま思考を巡らせている。
やがて全員の結論が出たのを確かめて、咲季はぱん、と手を打つ。
「それじゃあ、判定に移るわよ。まずはひとりずつ、どっちが良かったかを言ってちょうだい」
咲季の仕切りで、観客役の4人が順番に口を開く。
真っ先に答えたのは、リーリヤの講師役も務める手毬だった。
「技術だけなら全体を通して葛城の方が上。音程もブレスも、振りの正確さも。たしかにBメロから先は崩れていたけど、それでも佑芽より正確性が高かった、と思う。
けど、聴き終わって耳に残ってたのは、佑芽の歌の方だった」
「……………………っ!」
手毬の論評に、リーリヤは息を呑む。
それは勝者への称賛も敗者への同情も混じえない、実に彼女らしい評価だった。
耳に残っていたのは、佑芽の歌。
その言葉は、つい先ほど佑芽と目が合った瞬間の感覚と見事に重なっている気がする。
けれど、それが具体的に何を指すのか。自分の歌に何が欠けていたのかを言葉にしようとすると、途端に輪郭がぼやけてしまう。
最初から大きな取りこぼしをしていた────その正体に、リーリヤはまだ指先さえ届いていない。
「あたしも佑芽かなぁ。中間のときと比べたら別人だし、なんか、最後まで目が離せなかったんだよね」
対して、ことねの評価はどこまでも感覚的だ。
けれど、それはそれで正しい物差しでもある。
理屈を抜きにして目を奪われるかどうか────観客の大半がアイドルのステージに求めているのは、結局のところそこなのだから。
「リーリヤちゃんの歌もすっごく丁寧で、素敵だったよ。でも……佑芽ちゃんの方が、歌うのを楽しんでたように見えた。かな」
一方、最後まで後輩を気遣う言葉を選ぶのは、莉波の人柄の顕れだろう。
それでも、ステージを楽しんでいたかどうかという一点においてふたりの間に差があったことは、彼女にとっても明らかだったようだ。
リーリヤはその評価に頷くほかない。
思えば、丁寧に歌とダンスを紡ぐことに精一杯で、歌うことを楽しむ余裕など、今日の彼女にはひと欠片もなかった。
「わたしも同意見よ。リーリヤは後半に体力が持たなかったのもあるけれど……佑芽は最初から最後まで、観客を見て、自分の歌を疑わずに歌い切った」
今日の一番の差はきっとそこね、と締めくくる咲季。
こと勝負において、彼女は誰よりも公平だ。
かつてプロデューサーがそう太鼓判を押した通り、その天秤は相手が血を分けた実の妹であろうと、師事を強制した弟子であろうと、決して揺らぐことはない。
4人の判定が出揃い、ボーカルレッスン室にしばしの静寂が落ちる。
もっとも、ここまでの論評を聞けば、結論はもはや誰の耳にも明らかだ。
それでも、咲季は決着の言葉を省かない。
それが彼女なりの、勝負の舞台に立った選手ふたりへの礼儀なのだろう。
咲季はまず、今か今かと身を乗り出す妹へ。
それから、この後に告げられるであろう結果をすでに受け入れているリーリヤへと順に視線を巡らせて。
「今回の勝負、勝者は佑芽よ」
「やったぁーーーっ!!」
拳を突き上げて飛び跳ねる佑芽を横目に、咲季はちらりとリーリヤの方を見やる。
その視線から逃れるように俯いたリーリヤの手のひらは、知らず固く握りしめられていた。
思えば、咲季や手毬を前にして、彼女がこの感情を抱いたことは一度もない。
雲泥の差が開いた相手の背中には、眩しさや畏敬こそ覚えても、負けたことを嘆く余地などない。
最初から負けている相手には、ただ追いつきたいという願いが募るだけだ。
しかし、そういう意味では佑芽は違った。
『技術だけなら全体を通して葛城の方が上』
手毬がそう評したように、手を伸ばせば届くはずの距離にいた相手に、リーリヤはほんのわずか、けれど決定的に届かなかった。
実力のかけ離れていない相手に敗れたからこそ、彼女は今、確かに“悔しい”と感じることができているのである。
それがきっと、リーリヤの成長にとって鍵になるだろうと、咲季は睨んでいた。
妹と同じく、この折れない少女もまた、悔しさをバネにして必ず這い上がってくるはずだ、と。
「よーしっ! じゃあ次はお姉ちゃんの番だね! 今度こそ、あたしと勝負して!」
「……ええ、いいわよ。約束通り受けて立ってあげる!」
「やったー!」
かくして、今度は花海姉妹による勝負の幕が上がる。
リーリヤは観客席で十分な休息を取りながら、その勝負の行く末を見届けることにした。
「ふふん、手加減はしてあげないわよ! 佑芽」
「望むところだよ、お姉ちゃん!」
互いに一歩も譲る気のない姉妹を前に、ことねが「あの姉妹、休憩って言葉知らないのかよ……」と呆れ顔でぼやいた。
ほどなくして、ボーカルレッスン室には再び聞き慣れたイントロが鳴り響く。
その熱気を少し離れた場所から見つめるリーリヤの膝の上で、握られたままの拳はまだ当分ほどけそうになかった。
12 一歩
ほんっっっっとうに大変お待たせしております。
今回は正真正銘リーリヤが中心のお話でした。
登場キャラがそこそこに増えてきたので、本当に彼彼女たちを扱いきれるのか、作者の腕が問われるようになってきましたね……末恐ろしい。
学Pよりも私が先に音を上げることになるのではないかとドキドキしてきました。
そうならないように精進させていただきます。
さて、余談ではありますが活動報告でも記載させていただいた通り、最近は閲覧数やお気に入り数、評価数が大きく伸び、ついに本作に調整平均評価が付くに至りました。
改めて、本話まで通読いただいている読者の皆様に御礼申し上げます。
物語が大きく展開し始めるまで今しばらくお時間を頂くことになると思いますが、評価や感想、お気に入り登録をして応援していただけますと大変励みになります。
また誤字・脱字であったり、設定・アイドルの解釈に不備がある場合もご指摘していただけますとありがたいです。
引き続きよろしくお願いいたします。