「この3人で"H.I.F"の優勝を争う!?」
予想外のひとことに、声を荒げながら驚きをあらわにするアイドルたち。
それもそのはず。要約するとこのプロデューサーは、今から夏までの間に初星学園の頂点へ上り詰めてもらう、と。そう宣言したのだから。
「プロデューサー……ふざけているんですか……!」
だが、手毬が気にしているのはそこではない。
荒唐無稽なプロデュース方針ではあるが、初星学園アイドル科の生徒の最終目標は一番星に違いない。今夏のH.I.Fへの出場は彼女も望むところだ。
しかし他のアイドルとの同時プロデュースというのであれば話が別である。
ただひたすらに走り続けるしか能のない、一匹狼のような精神性を自覚する手毬からすると、他人と歩幅を合わせるなんてとても自分の性に合っていないように思えるのだ。
「これからは、このふたりと足を引っ張り合えって?」
「H.I.F本戦に限って言えば、そういうことになるでしょう。しかし、それまでの過程は別です。月村さんたちが手を取り合えば、それぞれがソロで活動するよりもさらに大きな成長が見込めると考えていますよ」
「手を取り合う……? 冗談じゃありませんッ! プロデューサーは、 私だけをプロデュースしてくれるって、そう言ったじゃないですか!」
「……………………ん?」
途端。
何か、聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、プロデューサーは思わず首を傾げた。
思い返すのは春休みのある日のこと。ボイスレッスン室で練習をしていた手毬に、彼が声をかけようとした時の会話である。
『月村手毬さんですね』
『あなたは?』
『こういうものです』
『────────────』
差し出された名刺を確認し、プロデューサーの素性を把握した後も、手毬は警戒を緩めない。
刺々しい態度は、貴重なレッスンの時間を奪っていることを非難してのものだ。
だが、プロデューサーはそんな彼女の視線をものともしない様子で。
『あなたにお話があります。レッスン後にお時間をいただけないでしょうか?』
『待たなくていいです。いま、ここで聞きます』
『では、率直に────"あなたをプロデュースさせてください"』
下手をすれば興が覚めるほどに淡々と、その言葉を口にした。
大して言葉を尽くさなかったのは、プロデューサーなりに彼女の割く時間を1秒でも短くしようと配慮してのこと。
事実、そのストイックな勧誘文句は実に手毬好みだったのだが。
『お断りします。私のことをよく調べもせずにきた方を、信用できません』
お返しと言わんばかりに素っ気なく、彼女はそれを跳ね除ける。
彼はきっと月村手毬の何たるかを知らない。
知っているのであれば声をかける気になるはずがない、と。
極度の自己否定の末、彼女の中で出された結論がそれだったのだ。
『よく調べてきたつもりです。その上で、あなたをスカウトしたい』
『………………えっ?』
だからこそ、突然のスカウトにも動じなかった手毬は、その返答を聞いて初めて驚愕した。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこういうことなのではないかと、一周回って自身を客観視してしまうほどに。
『私が起こした
『知っています』
『なのに私を、プロデュースしたいんですか?』
『ぜひ』
『………………少し、考えさせてください』
そうして、手毬はようやくプロデューサーの話を検討し始める。
彼の提案は彼女にとってそう悪いものではない。
プロデューサー科制度の理念上、プロデューサーの付いたアイドルは大きな恩恵を受けることができる。
楽曲や衣装、ステージの手配。すべての要素において、セルフプロデュースのアイドルとは一線を画した活動が期待できるはずだ。
問題は彼がそのメリットを十全と扱い切れるのか、だが。
そもそも、今の手毬をプロデュースしようという人物がそうそういない以上、彼女は選り好みをできる立場にいなかった。
『────決めました。私をプロデュースさせてあげます』
かくして、月村手毬はプロデューサーのスカウトを承諾した。
しかしながらこの時点で、彼女は他のアイドルとの同時プロデュースの可能性など視野にも入れていない。
否、彼女の起こした問題を承知していると宣ったプロデューサーが、まさかそんなことを考えているなんて疑う余地がなかったのだ。
「────────言ってませんよ」
ただ、それは単に手毬の確認不足だと言わんばかりに。
スカウトの一部始終を回想し終えたプロデューサーは、計略を成功させた詐欺師の如く非情な事実を突きつける。
一応彼の名誉のために言及しておくが、プロデューサーに欺瞞を働いたつもりは一切ない。
スカウトの時点で追求されていれば、彼はプロデュース方針の全貌を詳らかに語ったことだろう。
「くっ……だとしても、他のアイドルと一緒にプロデュースだなんて納得できません。絶対にイヤ! お断りです!」
当然、そんな理屈で彼女が納得するはずがなく。
いよいよ怒りが臨界点に達した手毬は、大きな声で拒絶を示す。
彼女の事情を知っている者からすれば大いに理解できる言動だが、ここまでの彼女の表層的な言葉は、漏れなく他2名の激情を煽るもので。
「こっちだってお断りよ!」
痺れを切らした咲季は、とうとう口を開くに至った。
「あなたたちが誰だか知らないけど、このわたしは入学試験で首席だったのよっ!
わたしは、ここに、勝つためにきたの! 足でまといなんていらないわ!」
「井の中の蛙」
「は、はあ!?」
「今年から入学した未経験者の中で1位を取ったからって、それがなに? なんの自慢にもならないのに、滑稽だね」
「なっ……なんっですってぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
佑芽を鼓舞した時然り、勝負を売られれば必ず買ってしまうのが花海咲季だが、今回ばかりはとても相手が悪かった。
立てば芍薬、歌えば牡丹、口を開けばアイドル失格。
理論武装した正論ならともかくとして、このような対等な条件での口論において、月村手毬の右に出る者はなかなかいない。
この光景を前に、彼女の問題行動に目を瞑ってスカウトを持ちかけたプロデューサーでさえ、これは急ぎ改善させるべきだと改めて思った。
「はいっ、そこまでぇ〜〜〜〜〜〜っ♪
ふたりとも! 喧嘩はやめなよ〜! アイドルがしちゃダメな顔になってるよ〜!」
そんな中、犬猿の仲を見兼ねて仲裁に入る一声。
足を引っ張るだの何だの。手毬にしろ咲季にしろ、傍観する彼女に対してなかなか失礼な物言いだったのだが、それはそれとして。
仮に自分がそこに加わってしまえばいよいよ手に負えなくなる、と自身を諫めながら、ことねは極めて陽気に振る舞う。
流石の手毬たちも、この場においてアイドルとしての品性を問われてしまうと、強く言い返すことはできなかった。
「とにかく〜ッ! わたしは他のコと一緒にプロデュースなんて絶対イヤ!
プロデューサー! わたしをプロデュースしたいなら、心を入れ替えて謝りに来なさい! じゃなきゃ、この話はナシだからね」
「……プロデューサーは、当然、私を選ぶでしょ? これ以上、期待を裏切らないで」
すると、怒りのぶつけ方を見失ったふたりは、思い思いの捨て台詞を残して教室を後にする。
途中、ことねが「コワ〜」なんて正直な感想を漏らしたものの、両者は一瞥することもなく。
結果として、プロデューサーの事務所に残ったのは彼自身とことねのふたりだけであった。
「ふたりとも怒って出ていっちゃいましたけどぉ……どします? プロデューサー」
「藤田さんは、方針に不満はないのですか?」
「あのふたりと一緒にプロデュースしてもらう〜って件です? う〜ん。しょーじき、エラそーでめんどいやつらだナ〜、とは思いましたけどぉ」
初対面であれだけの侮蔑を浴びせられたのだ。これくらいの小言は許されるだろう、と。
ことねは渋々ため息を零しながら、それでも努めて正当に彼女らの評価を考えた。
入学試験首席の新入生と元エリートの歌姫。
大変悔しいことだが、彼女たちの裏付けられた実力は認めざるを得ない。
もしもあのふたりと切磋琢磨できたのなら、藤田ことねはアイドルとして確実に成長できることだろう。
プロデューサーが手毬に説明していた同時プロデュースを行うメリットは、つまりそういうことだったはずだ。
と、そこまで思考を巡らせると、ある疑念がことねの脳裏に浮かび始めた。
「……どうしてあのふたりと、あたしなんですか? 他に、優秀な1年生なんてたくさんいるのに」
「スカウトのときにも同じことを聞かれた気がしますね」
「それは、そうかもしれませんけど…………」
そう言い淀みながら、ことねが思い返すのは春休みの記憶。
その春何十回目かのアルバイトの終わりに、プロデューサーに声を掛けられた瞬間のことである。
『藤田ことねさんですね』
『あ、はい、そですけど……あなたは?』
『こういうものです』
丁寧に差し出された紙切れには、"初星学園プロデューサー科"の文字。
それを見れば、目の前の人物が何者なのか、何の目的で彼女に声をかけたのかは想像に難くない。
もっとも、それはあくまでも客観的な話。
自分自身がその立場になってしまえば、色々な憶測と否定材料が頭の中を飛び交い、思考をジャミングされるのが道理。
『────"あなたをプロデュースさせてください"』
現に動揺を隠しきれないことねに対して、プロデューサーは追い打ちをかけるようにとんでもない一言を付け加える。
『ええーっ!? そ、それって、スカウトってことですよね? じゃあ、あたしのこと……』
『資料を拝見しました』
『なら────どうしてあたしなんですか?』
成績のいい生徒なら他にたくさんいるだろう、と。
スカウトしてもらえた興奮はさておき、ことねは冷めた表情でプロデューサーに問いかけた。
資料を見たというからには、この学生は藤田ことねの成績不振をよくよく理解しているはずである。
一目惚れ、なんて言い出すならまだしも、明確な根拠を以て彼女のスカウトに望むというのが、どうにもことねには想像できなかった。
『プロデューサー科の学生の成績は担当アイドルの活躍いかんによって決まってきます』
『ですよね? なら…………』
『
『────────────』
その言葉に、思わず息を呑む。
ことねが欲していた明確な根拠と呼べるものではないが、そもそも彼女は夢を見せるアイドルである前に、夢見る少女なのだ。
これだけ全幅の信頼を向けられれば、心が揺れ動かないはずもない。
『ちょ、ちょい待ちです! 一応確認しますけど、これ、ナンパとかじゃないですよね!?』
『違います』
『本気で言ってるってことですか!?』
『本気で言っています』
久しぶりに褒められて浮き足立っているのはことねも承知している。
しかし、それを差し引いても、彼女は目前に好機が転がり込んできたのだと思わずにはいられなかった。
初星学園で成功している人で、プロデューサーがついていない人は稀だ。
大前提としてプロデューサー側が彼女たちの持つ素養を見込んで声をかけているからというのも要因だろうが、とはいえ、成功まで至るのはプロデューサーらの献身によるところも大きいはずである。
元より、藤田ことねは崖っぷち。
この一世一代の好機を信じるより他に大逆転劇は存在しない。
『そのお話! 受けさせていただきますっ!!』
こうして、藤田ことねはプロデューサーのスカウトを快諾した。
思い返してみれば、自身への信頼を示してくれたプロデューサーを信じることにしたというだけの話。
あの問答の中で、藤田ことね個人の才覚が直接言及されることはなかった。
だからこそ────────
「目をかけて貰えるのはめちゃ嬉しいですけど、あたし自身は……その期待に応えられる気がまったくしないっていうか」
借りてきた猫のように、至極不安そうな表情でことねはプロデューサーを見上げる。
ただの学生ひとりに評価されたからといって落ちこぼれの3年間を帳消しにできるほど、藤田ことねも能天気ではないのだ。
その事情を把握したプロデューサーは、落ち着いた様子でなるほど、と呟くと。
「それでは、手始めに咲季さんを説得しに行きましょうか」
「ん? あの、いや、"それでは"の意味がまったくわからないんですけど~」
「藤田さんの自信に繋がるような実績を作ろうという話です」
「えーっと、花海ちゃんを説得するのがあたしの自信に繋がるってことですか? う〜ん……あんまりピンと来ないような」
掴みどころのないプロデューサーの返答に、首を捻ることね。
説得というからには、咲季との関係を絆す何かしらを行うということだ。
他のアイドルと良い関係を築くことがゆくゆく彼女自身の大成に一役買うという理屈なら理解できるが、それが彼女の自信の礎となるというのはなかなか想像しがたいところである。
まして、成績や実績という結果に囚われていたことねにとって、このときプロデューサーが説得の過程にこそ重きを置いていることなど、容易に推察できるはずもなかった。
「そもそも説得って、どーするつもりなんです? 取り付く島もなさそーな感じでしたけど」
「咲季さんが同時プロデュースを嫌がった理由は、彼女が自分で言った通りなんです。ですから、それをなくしてしまえばいい」
「ふーん……詳しいんですね? あの子のコト。ひとりだけ名前呼びだし」
「……そうでもありませんよ」
一方、問い質すことねの言葉にプロデューサーは少しばかり顔をしかめた。
ユニットを組ませるという話ならともかくとして、同時プロデュースすら拒絶されてしまうのは、彼をしてあまり想定していなかった展開だ。
手毬は以前のユニットの一件が尾を引いていることが原因だろうが、咲季に至ってはむしろ彼女好みの方針のはずだった。
それすら拒んでしまうのは────直前に佑芽の話題をしていたのも影響してか────それだけ彼女が余裕を失っているということだろう。
どうにも想像以上に花海咲季の抱えている焦りは肥大化している、と、プロデューサーは事前評価を改めた。
「とにかく、咲季さんの行き先はわかっています。さっそく向かいましょう」
「────────────は?」
そうして、しれっと言ってのけるプロデューサーに、ことねは短く驚愕の声を上げた。
言葉の理解に少しだけ時間を要して反応が遅れたからか、幸い、猫被りを忘れたそのアイドルらしからぬリアクションがプロデューサーに気づかれることはなかったが。
少なくとも、入学試験首席のエリート新入生と中等部ナンバーワンの歌姫のスカウトに成功した男の言葉である。堂々と当てずっぽうを言っている、というわけでは決してあるまい。
"アイドルに発信機とかつけてるんじゃねーだろうな……"
念の為上着を軽く確認してみるが、当然そんなものが見つかるはずもなく。
いまいち釈然としないまま、それでもスカウトされたあの日、彼に人生を賭けると決めたのだ、と気持ちを切り替えて。
既に事務所の扉を開けようとしているプロデューサーを追いかけ、ことねは第一の刺客・花海咲季の元へと向かい始めた。
そうして辿り着いたのは本校舎の屋上。
少女は温かな春風に赤髪を靡かせながら、金網越しに活躍の舞台を見下ろしている。
「あ! 見つけた! 花海ちゃ〜ん!」
その背中へわざとらしく愛嬌のある声色で呼びかけることね。
咲季は背後に近づいてくる気配を認識こそしていたものの、その声を合図にようやく振り返った。
「プロデューサー、さっそく気が変わったってわけじゃなさそうね?」
一瞬ことねの方を一瞥するも、関心なさげに視線を外して、プロデューサーへ問いかける。
堂々と感情を包み隠さないのは、彼女なりに自身の意見を表明してのもの。
裏を返せばそれだけ他人に構う余裕がなくなってるとも言えるが、そんな繊細な事情をことねがわざわざ汲み取る道理はなく。
ご丁寧な歩み寄りをぶっきらぼうに躱されては、憤慨も致し方ないというものだ。
しかし、どれだけ気に食わない相手であろうと、利用できるものはすべて利用するのが彼女のモットー。
どん底から稼げるアイドルを志す少女は、この程度でへこたれはしない。
「花海ちゃん、あたしと一緒にプロデュースしてもらう気にはならないかな〜って♪」
「絶対イヤって言ったはずだけど?」
「足でまといはいらないから?」
「そーよ!」
とはいえ、折れないのは相手も同じ。
凄むように腕を組みながら、学年首席は容赦のない語気で端的に返答する。
それも、プロデューサーには少し意外だった。
咲季の態度は明確にことねを拒絶している。
丸い瞳孔でことねを睨みながら、交渉の余地はないと訴えかけている。
本来の彼女であれば────少なくともプロデューサーの想定する花海咲季という少女であれば、この時点で勝負のひとつやふたつ提案しそうなものだったのだが。
「では、足手まといではないことを証明しましょう。
咲季さん、入学試験で一番得意な科目はなんでしたか?」
「ぜんぶ得意だけど────────一番はダンスね」
それがなに? と質問の意図を尋ねる咲季。
プロデューサーの言わんとするところが薄々わかってのことだったが、「それはよかった」と満足そうに頷きながらことねの方へ目を配る様子を見て、いよいよ彼女は確信してしまった。
「藤田さん、咲季さんとダンス勝負をして勝ってください」
「…………………………はぇえッ!? ちょ、ちょちょちょ、いまなんか、とんでもないコト言いませんでした!?」
「咲季さんが最も得意だというダンスで、彼女をやっつけてください。そうすれば、足手まといでないことを証明できます」
「そりゃそーですけどぉッ!?」
屋上に響き渡る叫び声。
さきほど『期待に応えられる自信がない』と宣告したにも関わらずこの横暴さ。
ことねが思わず頭を抱えてしまうのは、彼女の性格からして当然といえるだろう。
対して、慌てふためく彼女を尻目に、咲季はやはり、と言わんばかりに冷たい視線をプロデューサーへ向けながら。
「ねぇ……本気で言ってんの? このわたしが、そいつに負けるって?」
「はい」
「面白いじゃない! 乗ったわ、その勝負!! 」
意気揚々と彼の宣戦布告を受け入れた。
「私が負けたら、おとなしくあなたのプロデュース方針に従ってあげる! その代わり、私が勝ったら、わたしだけのプロデューサーになるのよ!」
「いいでしょう」
提示された条件に一切の難色を示すことなく快諾する。
その威勢の良さがますます気に入ったのか。咲季はすっかり上機嫌に戻り始めていた。
プロデューサーに乗せられているようなのは少し癪だが、それはそれとして、勝負が嬉しいことに変わりはないのだ。
「勝負はいつ?」
「3日後の放課後、ダンスレッスン室で」
「決まりね」
楽しみにしているわ、と言い残して、屋上を後にする咲季。
再びプロデューサーとことねだけがその場に取り残されたものの、ひとりは計画通りに事が運んでご満悦、ひとりは信頼という名の無理往生にほとほと参っている。
「そういうことになりましたので、よろしくお願いします、藤田さん…………藤田さん?」
「プロデューサぁ〜〜〜〜〜!」
「大声を出してどうしました?」
「め〜ッちゃ怒ってるんですよぉ〜! 大事なコト勝手に決めてぇ! あたしが負けたらオシマイじゃないですかぁ!」
「勝てばいい。自信がないんですか?」
「ないですねっ! ぜぇ〜んぜんっ、ないですねっ!」
「…………堂々と言い切りますね」
「だって……そもそも! あたしに自信をつけさせるために花海ちゃんを説得するって話だったじゃないですか! どうしてそれがダンス勝負で命運を決めるなんて話になってるんですかッ!」
「咲季さんは知っての通り今年度の入学試験首席。特に……際立った運動神経を活かしたダンスは、とても1年生とは思えない完成度です。
そんな彼女に勝てば、藤田さんも少しは自信をつけることができるでしょう?」
「この……、簡単に言いやがってぇ…………!」
「藤田さんは、ダンスには少なからず自信があるはずです」
「……そりゃ、歌に比べれば断然得意かなぁ、とは思いますけど。それでも結局、1度も手放しに褒められたことはないですし、実際に成績だってよくないわけで」
ダンスが得意だと豪語し、実際に入学試験で優秀な成績を収めたエリートアイドルなんかと手合わせしようものなら、結果は火を見るより明らかだろう、と未来を悲観する劣等生。
彼女に全幅の信頼を置くプロデューサーも、決してその推論が間違っていると言いたいわけではなく。
「はい。率直に申し上げて、藤田さんのアイドルとしての実績や成績は、とても良いものとは言えません。今すぐ咲季さんと勝負すれば必ず負けます」
「ダメじゃん!!」
さっぱりとしたプロデューサーの相槌に、猫かぶりも忘れて鋭いツッコミを入れることね。
自ら言及したこととはいえ、他人にこうも肯定されてしまうのは話が違うというか。
プロデューサーはそれを承知でスカウトを持ちかけたはずだ、と。
勝算があるから咲季に勝負をけしかけたはずだ、と、問い詰めずにはいられなかった。
しかし彼曰く、それに答えるには少し場所が悪いらしく。話の続きは事務所に持ち帰ることと相成った。
「藤田さんが咲季さんに負ける理由────あなたの成績不振の原因は、アルバイトのしすぎでアイドル活動に集中できていないからです」
教室に戻るや否や、プロデューサーは単刀直入に切り出す。
初星学園も苦学生が少なからず存在するが、その中でも彼女は筆頭格。
中等部でアルバイトを掛け持ちしておきながら、アイドルコースを3年間生き延びた根気強さは評価できるものの、その代償が成績不振という現状である。
「藤田さんが本来の実力を発揮できれば、いくら咲季さんが期待の新入生といえども負けるはずがありません」
「あ、アルバイト…………ですか」
「自覚はありますか?」
「うっ……あり、ます。でもぉ、事情があってぇ……」
「アルバイトは減らせない、と」
「そーなんですよねぇ〜、えへへ……」
勝ち目のない討論を、ことねは空々しい苦笑で誤魔化す。
『減らせない』という表現に否定の意こそ示さなかったものの、実際は高等部への進学を機に働き先を増やしたばかり。
苦学生の名に恥じぬレベルで、藤田ことねの経済事情は刻一刻と逼迫している。
「藤田さん、まずはこれを渡しておきます」
もちろん、プロデューサーがそれを承知していないわけはなく。
議場を事務所へ移したのも、この一件を解決する重大な資料を渡したかったからに他ならない。
「へっ? これって、奨学金の申請書……?」
「プロデューサーが付いた生徒は、学園からの奨学金や支援金を受ける条件が緩和されます。これでアルバイトを減らせますね」
「────ぷ、プロデューサー!!」
バッ、と前のめりに詰め寄ることね。
先ほどの屋上にて、プロデューサーが無茶振りを口にした後も似たような詰め方をされたが、あのときとは評価がまるで正反対である。
ことねはかつて抱いた"後悔"なんて感情などすっかり忘れて。
「あたし……プロデューサーと出逢えて、よかったです!」
「大袈裟な。出会ったばかりですよ」
「大袈裟じゃないですってぇ! これでレッスンの時間をバーンと増やせますよ!!」
希望に満ちた表情で拳を突き上げるアイドル候補生。
事ここに至ってレッスンを増やそうと考えるのは────当然、劣等生としての焦りもあるのだろうが────彼女のアイドルに対する過剰な羨望を感じさせる。
「いえ、レッスンはしないでください」
ならばこそ、それを制御するのもプロデューサーの役目。
練習量だけで見れば、既に彼女は他の生徒の平均に及んでいる。足りていないのはレッスンの方ではない。
「えぇえぇぇぇ!? ど、どどど、どーゆーことですか!?」
「時間は有限です。厳選して、やるべきことをやりましょう」
「いやいや、花海ちゃんとの勝負の日まで時間ないですよね? それまでできるだけ特訓するしかないんじゃ」
「短期間の特訓で実力を大きく伸ばせるのは初心者だけですよ」
「そりゃぁ、そーかもしれませんけど! この状況で、レッスン以外にやるべきコトなんて────────」
「休養です。さきほどアルバイトのしすぎでアイドル活動に集中できていないとは申し上げましたが、そもそも藤田さんは、過労で本来の実力をまったく発揮できていません。
最低でも24時間以上は休養に充ててもらわないと、咲季さんとの勝負は厳しいでしょう。3日後というのは、そういう意味を含めての日数です。
咲季さんに勝った後も、さらに5日ほどは休養に充ててもらうつもりでいます」
そもそも、苦学生といえども彼女は少し前まで中学生だったのである。
学園に申請して許可されたわずかな職種と、某商店街の
藤田ことねの成績を貶めている真の黒幕は、少しの休養も良しとしなかった彼女自身なのだ。
初星学園中等部アイドルコースのレッスンは、十分な休息なしでついていけるほど甘いものではない。
アルバイトをしながら、休日は実家で家事の手伝いをし、空いた時間にレッスンを詰め込む。そんな無茶ぶりを3年間も続けていれば、心身が疲弊して然るべきだ。
「ほんとに……休むだけで、いいんですか?」
「藤田さんは中等部で3年間、実力を伸ばし続けてきたんです。その実力を十全に発揮させる方が、付け焼き刃の特訓よりも遥かに効果がある」
「ほんとのほんとに……大丈夫なんですか?」
「はい。藤田さんには比類なきアイドルの才能がありますから」
「────────────────」
プロデューサーの言葉にことねは再び息を呑む。
疲れ切っていたはずの身体が、それだけで癒えてしまうような清々しい響き。
それは、彼にとってはごくごく妥当な評価であったのだが、彼女にとってはこれまでの3年間をまるっと肯定してくれるような魔法の言葉だった。
つどつどプロデューサーがスカウトに至った明確な理由を問い質してきたことねだが、彼女が本当に求めていたのはそんなものではなく。
落ちこぼれとして散々な日々を過ごし、自信を喪失してしまっていた少女が心の底から欲していたのは、そんな彼女でもアイドルになれるのだと信じさせてくれる言葉だったのだ。
「わかりました。プロデューサーの言葉を信じてみます」
謂わば、これは暗示に近い。
ことね自身は何も変わっていないし、自信など微塵の欠片も存在しない。
そんな彼女を支え、奮い立たせるのは唯一、信用に足るプロデューサーによる、絶対的な信頼である。
「勝手に決めたんだから、負けても見捨てないでくださいよねっ!」
閑話休題。
こうして藤田ことねの目下のプロデュース方針として、計1週間の休息が可決された。
02 ファーストステップ