「プロデューサぁ〜〜〜〜〜♪」
「報告があるわっ!」
放課後の静かな教室に勢いよく飛び込んでくる快活な声。
ことねと咲季は事務所に入るや否や、中で作業をしていたプロデューサーに話しかける。
プロデューサーはその声に応えるように手を止めると、体をパソコンから教室の入口の方へと向けた。
手毬が躊躇いながらも改めて事務所に踏み入ったのはこのタイミング。
やがてことねたちに並んだ彼女は、ふたりに促されるように報告する。
「私、プロデューサーの方針に従うことにしました」
「ということは、つまり……?」
「このふたりと一緒に、私をプロデュースさせてあげます」
腕を組み、高圧的に宣言する手毬。
上から目線の言葉遣いは相変わらずだが、それでもプロデュース方針に理解を示してくれたことに変わりはない。
「ありがとうございます。まさか、こんなに早く、良い報告が聞けるとは……やはり、3人の相性は最高でしたね」
正直なところ、この展開は彼にとっても嬉しい誤算である。
月村手毬が抱えている心因的な問題は決して根深くないとは言えない。
いくら他ふたりとの高いシナジーが見込めると言っても、それは互いの性質を理解し合って初めて発揮されるもので、そこに至るまでにはある程度の時間が必要だとプロデューサーは睨んでいた。
しかし、率直な感想を口にするプロデューサーを前に、手毬は途端、不機嫌そうな表情を見せる。
彼の喜びようを否定するつもりはないが、それはそれとして、最後の言葉は聞き捨てならない。
「私はそんなふうに思えない。プロデューサーにもはっきり言っておきます。私、このふたりのことが嫌いです」
「構いませんよ。だから、このプロデュースを呑む気になったのでしょう?」
「……そうやって、見透かしたようなことを言う人も嫌いです。今回の方針は承諾したけど、今後も納得できない指示を聞くつもりはありませんから」
「承知の上です。あなたの信頼を得られていないのはわかっていますから」
それも想定内だ、とプロデューサーは笑顔で返答する。
その態度がますます手毬の感情を逆撫でしたことは言うまでもなく。
普段の鉄仮面とは裏腹に年相応の感性を持っている彼女としては、乙女心に無頓着なプロデューサーのスタンスはやや苦手と評価せざるを得ない。
だが同時に、そんな自分の身勝手さを嫌っている部分も大いにあり、自己矛盾に苛まれた末、とうとう手毬は不貞腐れたように言葉を押し込むことしかできなかった。
そうして、とりあえず彼女の納得した素振りを見届けてか、プロデューサーはいよいよ本題を切り出すことにした。
「先日もお伝えした通り、みなさんの目標はH.I.Fでの優勝です。そのために、まずは選抜試験で好成績をおさめてもらおうと考えています」
「選抜試験……?」
プロデューサーの提案に早速、はてな、と首を傾げる咲季。
学園外でも有名なH.I.Fならともかくとして、復唱したその単語は差し当たって彼女の知るところではない。
「希望者のみが参加する実践形式の試験。ライブをして、審査員から評価を受けるの。夏前は4月末、5月末の2回ある」
「へぇ〜、面白そう。わたしのファーストライブに、観客はどのくらい来てくれるのかしら?」
「無名生徒のライブに、観客なんて来ないと思う」
「ぐぬぬ……早く満員のステージでライブができるようになりたいわ!」
手毬からの回答を得て、咲季は期待に胸を膨らませる。
その傍ら、対極的に意気消沈しつつあるアイドルがひとり。
「H.I.F選抜試験かぁ……ハードル高っかぁ……実力ある人しか出ないやつじゃん」
「なら、わたしたちに相応しいってことね!」
「気楽に言うなよぉ。3年生でも指折りの人しか出ないような試験なんだぞ? あー、舞台上で恥をかく未来しか見えない」
「あなた、わたしに勝っておきながらどうしてそんなに自信がなさげなのよ……」
「しょーがないじゃん! 今までまともにステージに立てたことないんだから!」
容赦してくれ、と涙目ながらに抗議の声を上げることね。
それを言うなら自分だって条件は同じのようなものだ、と咲季は訝しんでいるが、それは藤田ことねの落ちこぼれとしての3年を実感できていないからこそ生じた認識の齟齬である。
「立ったことがない」と「立つことができなかった」との間には致命的な差があるのだ。
「まったく卑屈なやつ。そんなだから1年も足踏みすることになるんだよ」
その後者で頭を悩ませていることねを手毬は舌打ち交じりに強く批難する。
自信喪失までは理解を示すとして、それで足を停めてしまうことには意味がない、と。
「え? なに、何の話?」
「咲季が『先輩』って……あなたのことを。留年してるんでしょ? 劣等生だから」
「してねーし! 咲季ぃ〜〜〜! やっぱり勘違いされたじゃん!」
が、冷笑すら浮かべた批評はあらぬ方向へ。
受けてことねはその原因となった赤毛の少女への敵意をむき出しにした。
突如として責任を問い詰められた咲季は「ごめんなさい」と申し訳なさそうにしている。
「プロデューサーまで! 何笑ってるんですか!」
やがて矛先は傍観者の方へ。
まったくもって無意識なのだが、賑やかな3名のやり取りを眺めて、プロデューサーは自然と笑みを浮かべていたらしい。
「誤解です。自分の見る目があったことを再確認していただけですよ。
しかしながら、藤田さんの懸念はごもっともでしょう。SyngUp!で数多くのライブ経験をしている月村さんはともかくとして、咲季さんや藤田さんが初めて立つ舞台としてH.I.F選抜試験はあまりにレベルが高い」
「ちょっとプロデューサー、それはわたしたちの実力を信用していないってことかしら?」
「そうではありません。おふたりであれば、きっと初舞台であっても良いステージを作ることができると確信していますよ。
ですが、選抜試験の結果は履歴書に記載され、学内外にも開示されます。おまけにその比較対象は初星学園3年の成績優秀者たち。今後の活動を見据えるのであれば、万全を期して臨むに越したことはない」
プロデューサーの弁明にむう、と納得する咲季。
単なる目標設定というだけでなく、できる限り最良の結果を求めたいというのは彼女としても同意見だ。
「そこで、咲季さんと藤田さんにはさらに小目標を課そうと考えています」
「小目標?」
「定期公演『初』への出場です。咲季さんも、定期公演についてはご存知ですよね?」
「ええ。オリエンテーションでも説明を受けたわ。たしか学園で定期的に開催される、主に駆け出しアイドルを対象とした公演。出場条件は2回の試験を突破すること────だったわよね?」
「その通り。直近の定期公演の開催は選抜試験より前です。少しタイトなスケジュールにはなりますが、おふたりにとっては良い調整になるでしょう」
淡々と言ってのけるが、駆け出しアイドルとしてはかなりハードスケジュールであるし、何よりそれを2人分管理するのはプロデューサーの役割だ。
よほど担当アイドルを信じているのか、あるいは自身の手腕に自信があるのだろう、と手毬は呆れるように溜息を溢した。
しかしながら、彼彼女らの過酷さは手毬本人に直接関係ない。
問題はプロデューサーがその事実を客観的に理解できているのか。その上で彼女自身にどれほどの課題を課すのかという点である。
「プロデューサー、私の方針はどうするつもりですか?」
「月村さんにも初に出演してもらう予定です。しかし、おふたりとは違って小目標というより調整の意味合いが強い。
これは後に詳しく話すことですが、月村さんの課題のひとつは、『ユニットアイドルからソロアイドルへの転向』です」
「今のわたしにはソロアイドルとしてのパフォーマンスができていない、と?」
「大雑把に言うのであれば。ですので、それらの問題を修正しつつ、定期公演と選抜試験に臨んでもらいます。
そしてそれらの成果を以てして、ソロアイドル・月村手毬としてのファーストライブに挑んでもらう予定です」
「つまり定期公演と選抜試験をソロライブに向けての調整に使う、と……随分と思い切りのいいプロデュースをするんですね?」
「月村さんにはこれくらいの目標設定がちょうどいいと思いまして」
「…………そう、わかった。異論はないよ、プロデューサー。その方針でいこう」
「ありがとうございます」
結果、きっぱりと断言するプロデューサーの胆力を買って、手毬は彼の提案を承諾した。
可不可はさておいて、ファーストライブを目標として走れというのは実にわかりやすく、彼女好みの方針である。
「当面の目標は今お伝えした通りです。以上を踏まえた上で、みなさんにはそれぞれの課題克服に努めてもらいます」
言って、机の引き出しから白い封筒を取り出し、それぞれに手渡すプロデューサー。
「プロデューサー、これは?」
「今回のプロデュースプランに関する詳細な資料です。みなさんの現時点での長所と課題について、調査結果を事細かに記載しています」
「……………………」
端的に説明するプロデューサーの言葉に、ことねは恐る恐るその中身を確認する。
封筒を受け取った瞬間からわかりきっていたことだが、内容物は紙切れ数枚なんて生易しいものではない。
紙束にはしっかりとした厚みがあって、しかもその紙面には都心の満員電車の如くみっしりと活字が詰め込まれている。
両手に感じる重みの大半が、紙本来の持ちうるものか、この書類に消費された大量のインクのものか、判別が難しいほどに。
「みっ、身の危険を感じるんですけど……」
同じく軽く資料に目を通して、思わずそんな感想を漏らしたのは手毬だった。
封筒に収められていたのは緻密な分析データの塊。そこには、彼女たち自身ですら意識していなかった癖や、過去の経歴が冷徹なまでに網羅されていた。
彼の仕事ぶりは興信所のそれと遜色がない。
スカウト以前から少なからず調査をしていたのだろうが、プロデュースを承諾されてから数日でここまで徹底して担当アイドルを調べ上げているのは、流石に常軌を逸していると言わざるを得なかった。
「それにこの資料、もしかして全員に同じものを渡しているんですか?」
「ええ。そうでなければ同時プロデュースの意味がありませんから」
「それはそうかもしれませんけど……プライバシーってものが……」
「その点に関してはご心配なく。資料に記載しているのはあくまでも客観的な情報です。みなさんの事情に深く踏み込んだ話や俺個人の見解については省略しています」
「────────────」
そんな言葉が出てくる時点で、少なくとも彼は省略すべき情報を得たのだろう、と手毬は口を噤む。
プロデューサーの狂気を前にすれば、倫理観などというものはあってないようなものらしい。
「そんなことよりプロデューサー、どういうこと? この資料、うちの両親が使っているフォーマットじゃない!」
「咲季さんのご両親からいただきました。今後はこの書式を使ってほしいと」
「ま、まさかあなた、わたしの両親に会ってきたの?」
「はい。ご両親の公式Webサイトから面会予約をしたところ、すぐに会っていただけるとのことで。なので行ってきました」
「”なので”ってあなたね……」
こともなげに言うプロデューサーに、咲季は言葉を失う。
徹底した資料作成を前に物怖じしなかった咲季をして、この数日で愛知の実家にまで訪問した彼の行動力────否、その一種の狂気は驚愕に値したそうだ。
「『両親の公式Webサイト』って、なに……?」
「咲季さんのご両親はアスリートとして有名な方々ですから。もちろん、藤田さんのご実家にもご挨拶に伺っていますよ」
「い、いつの間に!?」
ガバッと身体を仰け反らせながら、本日何度目かの驚きをあらわにすることね。
聞き流し難い情報の数々も、これだけ立て続けに畳み掛けられては受け止めろという方が無茶な話だ。
事実、既に頭が真っ白になりかけていることねとしては、直前の彼の発言に反応するので精一杯である。
「同時プロデュースを承諾していただいた直後です。あなた方を担当するにあたって必要なことですから。
今しがた返事をいただいたばかりなので月村さんのご家族にはまだご挨拶できていませんが、近日中に訪問する予定です」
「そう、ですか……」
一方、手毬はもはや驚くことすら諦めている。
きっとこの男の言動にいちいち常道を求めてしまってはいけないのだ、と。
この春、腫れ物扱いされていた自分をわざわざスカウトしてきた変わり者のプロデューサーとの付き合い方を悟って。
「さて。まず、藤田さん。前にも説明したとは思いますが、あなたには比類なきアイドルの才能があります。それを十全に発揮できていないのは、その身に積み重なってしまった数々の『不調』が理由です」
そんな彼女らの心中は一切察さないままプロデューサーは演説を再開する。
今まで脳内で混沌を極めていたことねも、流石に、と頭を切り替えて耳を傾けた。
もっとも混乱の原因はプロデューサーにあるので、向き直る前に特大の溜息はつかせてもらったが。
「……だから今はレッスンよりも休養を優先する、でしたよね?」
「はい。当初の予定通り今週いっぱいは回復に専念してもらいます。この点に関しては咲季さんの力もお借りしたい」
「咲季の?」
アイコンタクトを送るように、ことねの隣へ視線を向けるプロデューサー。
それに付き添うように隣を見ると、咲季は彼の言いたいことを理解できているのか、うんと頷いて。
「なるほど。ことねの身体をマッサージしてあげればいいのね?」
「よろしくお願いします」
「頼まれるまでもないわ。ことねはわたしの大切な仲間だもの」
体いっぱいに胸を張りながら、二つ返事で快諾してみせた。
これまでの人生で則ってきたスポーツマンシップに由来するのか。同年代の相手にここまで包み隠さず本心を表明できるのは咲季の長所であろう。
「さて、これで身体的な不調は取り除けました。ですが藤田さんの成績不振の原因はもう一つあります。いえ、むしろこちらが主因と言ってもいいかもしれません」
「…………それって?」
「心理的な不調、すなわち心労です。第一に、あなたには自分を信じる気持ちが足りていない」
「あー………………」
思わずプロデューサーから目を逸らすことね。
以前のアルバイトについての指摘も的確ではあったが、今回の言及も思い当たる節しかない。
「先日のダンス勝負は咲季さんの説得のほかに、藤田さんの自信を回復する目的がありました。しかしながらその結果はあまり芳しいとは言えません」
「ですね。ステージに立つってなると、やっぱり不安ですし……」
「この自信喪失は致命的です。アイドルはステージで怯んではならない、決して」
「あたしの気持ちが、お客さんに伝わるから。わかってはいるんです。
だけど、むずかしーです。あたし、ずっと劣等生だったんでぇ」
困り顔で両手の人差し指をつん、と合わせることね。
彼女とて、そんな理屈で簡単に割り切れるのであれば苦労はしていない。
「ダンスには自信があるのでしょう?」
「…………それは、まぁ……そですね。咲季にも勝ちましたし、得意かなぁって」
「容姿にも自信がある」
「はいっ! 我ながら、学園では一番可愛いんじゃないか〜って!」
「その通り。あなたには大きな才能があり、とても可愛く、歌が下手です」
「最後の一言要ります!?」
「現状を正しく認識していただくためです。あなたは、本来の実力よりもずっと低く評価されています。他人からも、自分自身からもです。
周囲から実力通りの評価を受けられるようになること。それを以て自身を正しく評価し、自信に変えること。それが藤田ことねの課題です」
「うーん、言いたいことはわかりましたけど、具体的にどーすりゃいーんです?」
「地道に良い仕事を積み重ねていきましょう。結局のところ、それが一番早い。
しっかり休み、休暇分を取り戻して有り余るくらいバンバン働きましょう」
経験による劣等感は経験で拭うに限る、と。
プロデューサーは迷いのない声で淡々とそう告げた。
これまでの彼の突拍子のない提案と比べれば、拍子抜けなほど無難な方針。
しかしながら、それは普遍的に成長を約束するものでもない。
これから積み上げる経験は必ずしも劣等感を拭うものであるとは限らないのだ。
それでもプロデューサーに迷いがないのは、藤田ことねという少女を信じているからに他ならない。
「…………わかりました。プロデューサーの言葉を信じるよ」
ならばこそその期待に応えたい、とことねは首を縦に振る。
彼女自身を信じることは叶わなくとも、彼女を信じるプロデューサーの言葉を信じることはできるから、と。
決して自信に満ちたものではない、けれど確かに熱の宿った瞳をプロデューサーに向けた。
ことねの返答に満足したプロデューサーは、同じくコクリと頷きを返すと、やがてその隣、ふたりのやり取りを見守っていた赤毛の少女へと向き直る。
「続いて咲季さん。あなたの課題はアイドルという競技への完全な適応です」
「……これでも初星への入学を決めてから、徹底して研究してきたつもりなんだけどね」
「ええ。総合的に見ても咲季さん以上の1年生はほとんどいないでしょう」
「そ、そう? わたしってそんなに凄い?」
不意の称賛に咲季の頬がわずかに緩む。
しかしプロデューサーは間髪を入れず、その甘い空気を引き締めるように。
「ですがダンス勝負で藤田さんに敗北したように────歌唱力勝負で月村さんに敗北したように、あなたは有力な1年生ではあっても学年一のアイドルではありません」
「ぬぐぐぅ……わ、わかってるわ!! このままじゃ佑芽に勝つどころか……勝負の場にさえ立てはしないって」
核心を突く指摘に苦虫を噛み潰しす咲季。
これから競い合うライバルたちの実力は、ことねや手毬との勝負ですでに骨身にしみている。
彼女たちと対等に渡り合うためには、さらなる成長は必要不可欠だ。
「プロデューサー。わたしはアイドルに完全に適応できていない、って……そう言ったわよね?」
「はい。咲季さんは現時点で”Vocal”・”Dance”・”Visual”────アイドルに求められる3つの技能がある一定の水準に達しています。先ほども申し上げた通り、1年生において、まして外部入学の新入生においては異例のステータスです。
しかし、それらはあくまでも個々の数値としての話。あなたの技能はアイドルのパフォーマンス向けに最適化されているとは言い難い」
「アイドルの、パフォーマンス……」
「例えば先日の藤田さんとのダンス対決。勝敗を左右したのはダンスの技術だけではなく、藤田さんが織り交ぜたビジュアルの技能の高さだったように思います」
「……そうね。ことねのダンスの技術自体も確かに凄いものだったけれど、それだけじゃない。目を奪われる以上に心を惹きつけられてしまうよな……そんなパフォーマンスだったように思うわ」
瞼を閉じ、咲季はその憧憬を思い返す。
脳裏に色濃く焼き付いたソレは、数日経過した今でも容易に回想することができた。
不調続きの中、彼女が3年間積み上げてきたダンスの技量に適わなかったのにはひとまず目を瞑るとして、それ以上に咲季の心を震わせたのは、ダンスの節々に混ぜ込まれたことねの”かわいい”である。
手毬との歌唱勝負も同じ。
力強い手毬の歌声には、ボーカルの技能だけでは説明がつかない魅力が潜んでいた。
「アイドルはミュージシャンでもなければ、ダンサーでもモデルでもありません。持てる全てを尽くして人々に”偶像”を魅せる者。アイドルにとっての歌やダンスは、そのための手段の一つに過ぎない」
「つまり、わたしがアイドルに適応するためには、もっと”観客に魅せる”ことを意識した技術を身につけないとダメってこと?」
「その認識で問題ないかと。その点、内部進学組である藤田さんや月村さんはとても参考になるでしょう。おふたりともアイドルへの理解は咲季さんより遥かに高いですから」
「アイドルとしての先輩たちを身近に学ぶ。それが、わたしがふたりと一緒にプロデュースをしてもらうメリットってわけね?」
「そういうことです。もちろん魅せる演技を極めるためにはより高い技術力が求められます。藤田さんのあのパフォーマンスは、彼女のセンスと高いダンス・ビジュアルの技能が掛け合わさってこそです。
咲季さんの場合、センスは申し分ないかと思いますが────────」
と、そこまで言って口を重くするプロデューサー。
咲季は彼が何を言いかけたのかを瞬時に察して。
「……そーよね。わたしをよく調べてから声をかけてきたんだものね」
呆れるようにそう呟いてから、深呼吸をひとつ。
改めてプロデューサーに向き直り、咲季は自ら告白を始めた。
「確かにわたしは、誰よりも物覚えがよくて、上達が早いわ。
だけどね、わたしはすぐに上達しきってしまうの。毎日成長を実感できていたのに、ある日を境にぴたりと止まるの。どんなに努力しても、成長しなくなる。大きな壁が立ちふさがって────わたしの才能はここまでだって言われているみたいに。
最終的なわたしはそこそこ止まりの選手でしかない、どんな競技でもね。
わたしのこの弱点は、アイドルとして成長していく上でも大きな障壁になる。そうでしょう?」
「否定はしません。アイドルはステータスがすべてでないとはいえ、ステータスが高いに越したことはない。
とはいえ、現時点で咲季さんはまだまだ伸びしろを残している状態です。まずはトレーナー陣とも相談しながら、全体的な能力を限界まで伸ばすことに注力したいと考えています」
プロデューサーの返答に、咲季はうんうん、と頷いた。
要するに、致命的な咲季の弱点については後回しにして今は目下の課題を優先する、とプロデューサーは言ったのだ。
当然、弱点そのものは看過できるものではないし、そういう意味ではこの方針は咲季にとって釈然としないところではあるのだが。
「わかったわ、プロデューサー。着実に、今やるべきことを積み重ねましょう」
実際問題として、どのタイミングで”成長限界”が来るのかは咲季にもわからない。プロデューサーに至っては尚のこと予測できないはずである。
彼がまとめた調査資料には、無機質にこれまでの成長限界に関する記述と考察が羅列されているが、これがそっくりそのままアイドルに転用できるとも限らない。
すべてが不確定である以上、そんないつかの未来について議論しても意味がないのだ。
「────さて」
咲季の話題がひと段落し、区切るようにプロデューサーが短く繋ぐ。
途端、事務所内の意識は自然と最後のひとり────月村手毬の方へと集中した。
手毬はさしてふたりの身の上話に興味がなかったのか、やれやれといった様子で改めて耳を傾ける姿勢をとる。
「最後は、月村さんの課題についてです」
「わたしにはソロアイドルとしてのパフォーマンスができていない……そう言いましたよね」
「はい。まずは現状の確認ですが、月村さんは去年の時点ですでに、中等部でNo.1のアイドル────そう呼ばれていました」
「それがなにか?」
「率直に言って、今のあなたは去年よりも数段劣っています」
「っ…………!?」
ぴしゃりと断言するプロデューサーに、手毬は目を見開く。
基本的にオブラートな物言いを嫌う彼女ではあるが、こうも忌憚のない評価が飛んでくると、それはそれで動揺せずにはいられなかった。
「ライブ開始直後から時間経過と共にパフォーマンスが低下していく。まるでスタミナ不足の初心者のように、自覚がありますね?」
「そ、それは……!」
「その直接的な原因について、トレーナーとも話をしてきました。しかし────」
「……な、なんですか?」
恐る恐る続きを促す手毬。
プロデューサーの表情は深刻そのもの。
それを見れば、これから重大な何かが告げられることは、火を見るより明らかである。
「ここからは少しデリケートな話になります。月村さんが希望するのであれば、咲季さんや藤田さんに席を外してもらうことも検討しますが」
それをそのまま宣告してしまうほどプロデューサーも鬼ではなかったが。
一方で、そんな手心こそが、これから告げられる事実の深刻さを確信させてしまったともいえる。
度重なる不安から生殺しのような気分に陥った手毬は、大して熟慮もせず「構いません」と勢い任せにプロデューサーを睨みつけた。
「きっとショックを受けると思います。それでも構いませんか?」
「いいからもったいぶらずに教えてください! 私の不調の原因ってなんなんですか!?」
再三の忠告も事ここに至っては火に油。
手毬は急かすようにプロデューサーを問い詰める。
決死の表情でずい、ずい、と迫られれば、プロデューサーがそれを無碍にするはずもなく。
「────体重が増えたことです」
情け容赦なく、いつもの如く淡々とその事実を口にした。
ガサリ、と手毬が落とした書類が教室の床に散らばる音がした後、沈黙は数秒。
しばらくゼンマイが切れた人形みたいに停止していた手毬は途端、今度は突然非常電源でも入ったように息を荒くして。
「なっ……なっ……ななな……!?」
「いかに中等部最高のアイドルといえども体重が5キロも増えれば……」
「5キロも増えてませんっ!!!」
手毬が狼狽しているのをいいことにズラズラと捲し立てるプロデューサーへ、すかさず反論する。
もっとも、その根拠となるデータは彼女の足元に散らばった無数の紙面の一部にしっかりと記載されているのだが。
「短期間に体重が大きく増えれば、動きが鈍くもなります。体力の消耗も激しくなるでしょう」
「デリカシーとかないんですかっ!?」
「しかし、このペースで増え続けると、大変なことになりますよ」
「わかってます! だからいま、ダイエットをはじめたところで!」
「食事を抜いたりしていませんか?」
「してますけど」
「それが不調の原因その2ですね。月村さん、適切な食事をとることは、アイドルにとって、とても大切です」
「……わ、わかってます。でも……食べると体重が……」
「月村さん、その件についてですが────」
困り果てた手毬に、解決策を示そうと言葉を紡ぐプロデューサー。
アイドルの育成に必要な知識を限界まで詰め込んだ彼にとっては、彼女らの食事管理など造作もないことである。
が、しかし────────
「ふっふっふ。そういうことならわたしに任せなさい! わたしがあなたに最適な、トップアイドルになるための食事を作ってあげるわ!」
「え?」
プロデューサーの提案は、不敵な笑みを浮かべた咲季によって妨害されることとなった。
「わたしの特製手料理を毎日食べなさい! そうすれば、理想的なアイドルのカラダが手に入るわ」
「……ッ! ず、ずいぶん自信があるみたいだけど……根拠はあるの?」
「専門家のお墨付きをもらってあるわ。それに……わたしたち姉妹は、ずっとわたしの特製手料理を食べて結果を出し続けてきたのよ」
「…………ふとらない?」
「見なさい、わたしの美しいボディラインを!」
手毬の疑念を拭うべく、自慢げにウエストを強調する咲季。
誰よりも自らの体たらくを嘆いている手毬の目には、彼女の引き締まった腰つきはさぞ輝いて見えたことだろう。
「ふ、ふぅん……そこまで言うなら、食べてみよう、かな」
やがて、呆気なく陥落する一匹狼。
自分が食事管理を申し出ていればきっともう少し違った反応になっていたはずだろう、とプロデューサーは感心する。
しかしながら、ちょうどふたりの合意が成立しようとしたところで、彼は遮るように手を挙げて。
「待ってください。そこまで咲季さんの手を煩わせるわけには……」
「心配しなくても大丈夫! 普段から自分と妹の分を作っているもの」
咲季の負担を気にしての抗告だったが、当の本人は、数人分増えたところで手間は変わらない、と一蹴。
それどころか「そうだ!」と何かを思い付いたように振り返っては────
「ことね、あなたのごはんも作ってあげる! 疲労回復にも効果があるはずよ」
と、自らさらなる負担を抱えにいったほどである。
度が過ぎて面倒見がいいのも考えものだな、と額を押さえつつ、プロデューサーは次こそ我関せずを決め込むことにした。
実のところ、この複数プロデュースで咲季に求めていた役割は現状のソレに近しい。
元アスリートとして健康面で豊富な知識を有する彼女にかかれば、手毬とことねの表層的な不調は解決を約束されたといっても過言ではないのだ。
「うーん……いや話はありがたいんだけどさ、食事代って、寮費に入ってるじゃん。余分なおカネ使いたくないんだけど〜」
だが、今度はプロデューサーに代わってことねが難色を示す。
奨学金制度を利用できるようになったにしても、それだけで節約癖が綺麗さっぱりなくなる道理はない。
「お金なんて、もらうつもりないけど?」
「はあ〜? ダメに決まってるだろ、そんなの。仲間同士で貸し借り作るとかさぁ」
「農場をやってる祖父が、食材を送ってくれるのよ。妹とふたりじゃ食べきれないくらい。一緒に食べてくれるなら、むしろ助かるわ。
それでも気になるっていうなら、あなたが納得するぶんだけ支払って」
「ん〜……そういうことなら……甘えとく」
「決まりね。ひひ〜。さっそく明日から腕を振るわせてもらうわっ!」
友人ふたりを抱き込むことに成功した咲季は、機嫌よくガッツポーズを決める。
手毬の不調に関する解決策をまるっと彼女に横取りされてしまったものの、プロデューサーが用意した議題はこれにて終了。
これからいよいよ、本格的にプロデュース計画が始動する。
なんだかんだで仲睦まじげに言葉を交わす3名の担当アイドルを眺めながら、プロデューサーは彼女たちの今後の展望に胸を膨らませた。
────────────────────────────────
21時過ぎ頃、値引き品オンリーの買い物袋を引っ提げながら、プロデューサーはマンションへと帰宅する。
プロデューサー科に入学して以来、彼が身を置いているのは、一棟まるごと初星学園が借り上げている社宅のような集合住宅だ。
主な入居者は彼と同じプロデューサー科の学生ではあるが、時には初星学園や100プロの関係者が一時的に利用することもあるらしく、単に学生寮と説明するのは実情にそぐわない。
その分割高ではあるものの、プロデューサーが個人的に部屋を契約するのに比べれば断然安くつくし、何より学園へアクセスしやすい立地は何にも代え難い利点だろう。
もっとも、その代償として彼は毎晩スーパーの特売に通うこととなっているのだが。
“まぁ、藤田さんに言わせてみれば、もっと上手に節約する術もあるのかもしれないが……”
彼女ほど経済事情が逼迫しているわけではないし。そもそもプロデュースに費やす時間などを諸々検討した上で今の方針に落ち着いたのだし、と。
とりとめのないことを考えながら、彼は部屋のドアに手をかけた。
薄暗い玄関から台所を抜けて、寒々とした居間の明かりをつける。
学生の一人暮らしにしてはやや贅沢な12畳の一部屋。
その奢侈を省みてか、広々としたフローリングの上には必要最低限の家具と申し訳程度の観葉植物が並ぶだけ。
プロデューサーにミニマリストの自覚はないが、学園内の事務所に”プロデューサー”という要素を預けてしまった以上、青年の住まいには文字通りの衣食住くらいしか残らなかったのだ。
当然、学園で事足りるからと言って、彼が家にソレを持ち帰らないのかと問われれば、答えはNOなのだが。
スーツ姿から部屋着に着替えて夕食を準備する。
アイドルの食事管理を想定して腕を磨いた甲斐あって自炊はお手の物。
今やその動機も咲季の献身的な提案によって失われたので、彼が台所に立つ意義は単に倹約の為という、独居の学生としてもっともらしい理由に落ち着いてしまった。
場合によっては手毬の胃袋を掴んでやろうとも企んでいたプロデューサーとしては、少々肩透かしな展開と言えなくもない。
“………いや、そんなことよりも今はプロデュースが上手くいっていることを喜ぶべき、か”
現状、プロデューサーの計画は予定通り、いや予定を前倒す勢いで進行している。
大前提たる3名それぞれのスカウトに成功し、同時プロデュースについてもわずか数日で了承を得ることができた。
ことねは既に身体的な不調を取り除きつつあるし、手毬も改善に着手し始めている。ふたりとも心因性の問題が残ってはいるが、それらは今後のプロデュースで対処予定の課題だ。
そして咲季に関しては、プロデューサーの心配に及ばずとも最善の成長を歩んでいくことだろう。
彼女の関門は、そうして順調に成長を積み重ねていった先にある。
今日のミーティングでプロデューサーが言及した通り、この課題は実際に限界に到達するまで保留とする他ない。
「致命的な見落としさえなければ、プロデュースは今のところ順調と言っていい。見落としが、なければ……見落とし………………」
ぶつぶつと呪文のように呟きながら、プロデューサーは夕食皿を居間に運び込む。
彼自身の処理能力に目をつぶるのであれば、プロデュース計画に目立った問題はない。
その点についてはあさり先生に報告書を確認してもらってお墨付きを得ている。
しかしながら問題がないことと完璧はイコールではない。
無論、プロデューサーとて本当に完璧な計画を求めているわけではないが、あらゆる可能性を思考し柔軟性を高めるに越したことはないはずだ。
『…………プロデューサー、あたしたちをH.I.Fで優勝争いさせるつもりだって言いましたよね。
実際に有村先輩と話してみて、どう思いましたか?』
例えば、想定外の障壁の出現であったりとか。
────────有村麻央。
プロデューサーの心を震わせた彼女の存在は、その実、完全に彼の下調べから漏れていた。
「……………………」
ふと食器を置いて、部屋の隅のビジネスバッグに視線を向ける。
思い立ったが吉日。
プロデューサーは威勢よく立ち上がると、鞄に押し込まれた無数の参考書と携行品の中からノートPCを抜き取り、食卓へと持ち帰った。
主菜。副菜。ノートPC。
彩り豊かな食器皿の隣に、何食わぬ顔でデン、と並ぶ文明の利器。
不作法は承知の上で、プロデューサーは食事の片手間に全校生徒の名簿に改めて目を通し始めた。
H.I.Fは初星学園を代表する祭典ではあるものの、すべての生徒が出場するわけではない。
実力で足切りされる場合もあれば、あえて出場を選択しないというアイドルも少なからず存在する。
特に既にプロ活動を開始し、徹底的なブランディングを行っている3組の生徒はその傾向が強い。
それらを加味すると、H.I.Fで障壁となりうるアイドルは自ずと絞られる。
“第一に、現一番星である十王星南。学園長のご令孫にして、初星学園の生徒会長。前回、前々回とH.I.Fを連覇している名実ともに学園一のアイドル……”
幼少期からの徹底した教育により圧倒的な数値を手に入れた彼女は、間違いなく次回のH.I.Fの優勝者候補である。
プロデューサーが担当アイドルの優勝を狙うのであれば、当然のことながら彼女を出し抜かなければならない。
Vocal・Dance・Visual。単純なステータスの勝負ではかなり分の悪い賭けをすることになってしまうだろう。
だが、ミーティングで咲季たちに説いたように、ステータスだけがアイドルの優劣を決定するわけではない。
“────そこに、必ず勝機がある”
H.I.Fは競技性の高い大会だ。
アイドルそれぞれが持つ“文脈”ではなく、ステージ上で魅せる“本来の実力”こそが評価の対象となる。
世のプロデューサーたちが大得意とする盤外戦術は、この大会では存分に機能しない。
ただし同時に、本来の実力とは『己を支えるすべての力を含むもの』、というのが初星学園の見解。
つまるところ盤外戦術も盤上に持ち込むことさえできれば、十分に番狂わせが狙えるということである。
例えば、大会そのものの文脈。
出場者の実力がおおよそ拮抗している状態においては、パフォーマンスの順番すら結果に影響しうる。
アイドルという酷く主観に訴えかけてくるものを評価する以上、それは避けようのない事象だ。
対十王星南において、その恩恵を十分に発揮できる存在といえば────────
“雨夜燕。自他ともに認める学園のNo.2。彼女の存在はやはり、十王星南と同じくらいに無視できない”
十王星南に匹敵するステータス。
そして、彼女の宿命のライバルを公言し続けることにより生じた『一番星を脅かす者』というレッテル。
番狂わせを起こすとしたら雨夜燕だろう、という固定観念のようなものが、今の初星学園には蔓延っている。
“H.I.Fまでにこの認識を正さなければ、勝機はさらに薄くなってしまうはずだ”
とりわけ、今夏の大会は十王星南と雨夜燕の独壇場だと予測されることが多い。
プロデューサーとして面白い面白くないはともかくとして、それが担当アイドルたちにとって向かい風であることに違いはなかった。
けれど皮肉なことに、その固定観念に囚われてしまっていたのはプロデューサーも同じ。
2、3年生のアイドルに関して事前調査を徹底できていなかったのは、彼自身も学園トップのふたりの実力が桁違いだと評価していたからに他ならない。
そんなことでは見落としが生まれてしまうのも必然だ、と自嘲しながら、プロデューサーは雨夜燕の下にある名前へ目を滑らせる。
「有村麻央…………」
十王星南、雨夜燕と同じ3年1組の所属で、学生寮の寮長も務める生徒。
初対面のあと、軽く彼女の調査を行ったプロデューサーだったが、アイドル活動に関して麻央自身やことねが語った以上の情報は得られなかった。
あさり先生曰く、アイドルとしての仕事もほとんどしていないらしい。
その昔、劇団の子役として活動していたことは判明したものの、それが現状にどう結びついているかは邪推することしかできない。
今のままではきっとH.I.Fの優勝候補にはなりえないというのがプロデューサーの見立てではあるが、同時に唐突に化ける可能性を秘めているだろうという確信が彼にはあった。
彼女自身が前向きにアイドル活動に取り組むようなことがあれば、あるいは、と。
「────────────」
さらにつらつらと名簿に目を通していく。
どうでもなさげに、努めて感情的にならないよう、プロデューサーは機械的に情報を処理する。
そうでなければ、思わず大声を上げかねないくらいに、重く複雑な感情が彼を支配していた。
調べれば調べるほど、プロデューサーのついていない3年生には惜しい生徒が多い。
長らく初星学園で経験を培ってきたからだろう、基本的にステータスは申し分ないと言える。
そこへあと一押し、それこそ適切なプロデュースによって輝けそうな生徒は有村麻央だけに留まらなかったのだ。
そんな残忍な事実、あるいは彼女たちをスカウトしたいという欲求から目を逸らすようにプロデューサーは資料をスクロールしていく。
ガラ、ガラ、とホイールがリズムを刻む中、ある生徒の名前に差し掛かったところで彼の手はぴたりと止まった。
「…………姫崎、莉波」
またか、と困惑するようにプロデューサーは小言を溢す。
入学前に名簿を通したときにも、彼女の名前には何か引っかかるものを感じていた。
しかし彼女の過去のライブ映像などを見たところでその正体を特定するには至らず、「思い違いか」と見過ごすことにしたのだ。
とはいえ、流石にそれが二度目ともなれば安易に無視することもできない。
何よりプロデュース計画に対する漠然とした不安は、この少女に端を発しているような気がしてならなかった。
“1年の頃、妹アイドル系ユニット『Love☆しすたぁず』のメンバーとしてデビューしたものの、結果が振るわず脱退。その後もユニット時代の経験が尾を引いてか、現在もソロアイドルとして目立った活躍がない”
事前に収集した情報を改めて反芻する。
姫崎莉波の経歴は、初星学園の中でもそう特殊なものではない。
3年生ともなれば自らの実力に見切りをつけて普通科へ転科する生徒だって大勢いる。
他と比べて飛びぬけた点がなければ日の目を見ることすらままならない。世知辛い話ではあるが、人気商売とはそういうものだ。
だからこそ、自分は一体何に惹かれているのだろうか、と。
プロデューサーは首を傾げずにはいられなかった。
ユニット時代のパフォーマンスを観察してみても、ぎこちないファンサとチグハグな演技が繰り返されるばかり。
そもそも妹キャラという属性付けが合っていなかったのだろう。
『Love☆しすたぁず』のライブ映像からはとても彼女の魅力を評価することは出来なかった。
そうしていくつかのライブ映像を見た末に、彼はユニット結成当初の、まだメンバーたちに妹キャラが馴染んでいない時期の記録を掘り起こす。
新しい映像では姫崎莉波は髪型をツインテールにし、大きなリボンをつけていたが、この頃はまだそこまで妹キャラに固執していなかったらしい。
もっともユニットの方向性自体は相変わらず。楽曲も振り付けも妹キャラを意識した可愛らしいものに違いはなかった。
それでも、おそらくユニットから浮いていることを自覚する前だったのだろう演技は、幾分か自然なもののように見えた。
「……………………あれ?」
やがて、プロデューサーがその笑顔に既視感を覚えた頃合い、彼女のあどけないファンサをカメラが捉えて────
『……ううん。きっと、また会えるよ。だから、泣かないで。泣きそうになったら────お姉さんの歌を思い出して』
「……………………っ!」
その面影がようやく、少年がかつて出逢った魔法使いのものと重なった。
そこから漠然とした期待が確信に至るまでは早かった。
彼女の出身地が福岡であることを確認して、果ては散々と見てきたライブ映像を再び振り返る。
今にして思えば、画面越しに手を振る生徒の顔付きはあの少女に瓜二つ。
妹キャラを彼女が強く意識し始めてからというもの、ステージ上で帯びる雰囲気がその魅力からかけ離れてしまったがために照合が遅れたのだ。
「姫崎……ああ、そうか……姫崎か」
無自覚に口角を上げながら、噛み締めるようにプロデューサーは復唱する。
子ども時代、同年代の子の苗字など大して気にしていなかった彼だが、確かに少女の家はそのような姓だったように思う。
「年下、だったのか……」
ああ、と胸の支えが取れるような安堵を覚えながら、プロデューサーはありのままの所感を独白する。
第二次性徴期。男児より女児の方が早く成長が進むというのはよく聞く話だが、もし少女が年下だと知っていたのなら、彼が『りなみお姉ちゃん』と『姫崎莉波』を結びつけるのに、これほどの時間は必要なかっただろう。
「そもそもアイドルとして定番の属性とはいえ、彼女に妹キャラを演じさせるなんて」
無粋にもほどがある、と首を横に振るプロデューサー。
おおよそ他人のアイドル像やプロデュース計画をとやかく言わない彼だが、今は興奮状態にあるためかその限りではない。
がみがみと愚痴を溢しながら夕食をつつく姿は、ビール缶でも添えれば等身大の大学生らしい様相になったのだろうに、あいにく彼はアルコールの類を嗜好していなかった。
「いや、ギャップを狙って、ということもあるかもしれないが、実際それをフォローするような施策もなかったみたいだし」
結果として、妹系アイドルとしてのプロデュースは姫崎莉波の才能を腐らせてしまっただけである。
そこから繋がる道が見えないのであれば、彼女がソロアイドルとして路頭に迷ったのは必然といえるだろう。
「……………はぁ。すでに終わっているものを嘆いても仕方がない」
大きく溜息をついた後、プロデューサーはしばらく欠いていた冷静さを取り戻す。
変えようのない事実に愚痴を溢し続けるよりも、当然これからどうするかを考える方が建設的だからだ。
しかし、彼はすでに咲季、手毬、ことねの3名をプロデュースしている。
確かにその走り出しは順調ではあるものの、彼女の現状を見兼ねて、安易にスカウトを持ち掛けていい状況とはとても言えない。
『プロデューサーくん。優柔不断なプロデュースはきみにとって、なにより担当アイドルにとって良くありませんよ』
入学初日にあさり先生から授かった忠告が脳裏を過る。
姫崎莉波をスカウトしたいという彼の欲求は、極めて個人的な事情を孕んでいる。
仮にそうでないのなら、佑芽の申し出を断り、麻央の苦境に素知らぬふりを通した言い訳が立たない。
堅実的なプロデュースを絶対とするのなら、ここで彼女にスカウトを持ち掛けるというのは道理に合わない。
「……………………」
青年は額に手を当てて長考する。
プロデュースできないにしても、彼女を再びステージで輝かせる手段はないかと愚考する。
例えば、他の優秀なプロデューサーに彼女を売り込むというのはどうだろうか。
否、そもそも現時点で姫崎莉波の魅力に気づいているプロデューサーがいない以上、望み薄だ。
それで再びステージに上がれたとしても、ユニットアイドル時代の二の舞にすらなりかねない。
何より────────
“他の誰かに託すという選択を、俺自身がどうしても肯定できない”
託すということは、彼女の将来に積極的に関与しておきながら、その責任を負わないということに等しい。
いつかの未来、姫崎莉波がアイドルとして成功した場合は我が事のように歓喜し、失敗してしまった場合の責任は他人に押し付けて、楽になろうとしているに過ぎないのだ。
それは最も無責任な選択。
アイドルを導くプロデューサーは、そのような中途半端な態度を取るべきではない。
「俺は────────」
取るべき選択は最初から決まっている。
あの日、自らを笑顔にしようと頑張る魔法使いの姿を見て────自身も目元を赤くしていながら、それでも健気に歌を届けようとする少女の姿を見て────少年は、それを支える存在でありたいと願ったのだ。
無論、その衝動がそのままプロデューサーという夢に当てはまったわけではない。
それでも、今の姫崎莉波を支えないことは、彼にとって、かつての魔法を否定するような選択なのである。
だから────────────────
────────────────────────────────
翌日。昼休みもしばらくすれば終わろうという時間。
あさり先生に改訂したプロデュース計画書を突きつけたその足で、プロデューサーは初星学園3年の教室前を訪れる。
プロデューサー科の存在に慣れていない下級生と違い、この学園で2年以上過ごしてきた彼女たちは、スーツ姿の彼が歩いているのを気にも留めていない。
「少し、よろしいでしょうか」
そんな中、目的の生徒を見つけるのはそう難しい話ではなかった。
資料やライブ映像だけでは上手く拾うことができていなかったが、自然体で学園生活を送る彼女の雰囲気は、やはり昔ながらの魅力を帯びていたのだ。
「私、ですか? はい。いいで、すよ……?」
プロデューサーの呼びかけに振り返る女生徒。
途端、彼女は目を疑うように瞬く。
昼下がりの喧騒は意識から遠のき、時間経過の感覚すら倒錯する。
ただ呆然と運命に魅せられて、少女は見事に言葉を失っていた。
「…………どうかしましたか?」
「え、えっと……ごめんなさい。少し……いえ、すごく、びっくりしてしまって……」
やや不安げに問いかけるプロデューサーの声に、女生徒はやっと我に返る。
思わず見惚れてしまっていたが、不安そうに顔色を伺う素振りも含めて昔とまるで変わっていないなぁ、と少女は確信した。
「あ、あのっ! 私のこと……覚えて、ますか?」
それでも緊張しながら、少し照れくさそうに尋ねる。
その反応を以て、プロデューサーも彼女が自身を正しく認識したことを悟り。
「姫崎莉波さん、ですよね。もちろん、覚えています。子どもの頃、お世話になりました」
「よかった……忘れられてたりしたら、どうしようって……」
ホッ、と莉波が胸を撫で下ろす。
忘れてこそいないものの、実際しばらく気付かない可能性はあったので、プロデューサーとしては苦笑を返さざるをえなかった。
そのような彼の複雑な心境などつゆ知らず、嬉々とした表情で向き直る莉波。
「久しぶりですね。お元気でしたか?」
「はい。姫崎さんも、お変わりなく」
「……懐かしいです。もしかして、プロデューサー科に在籍を?」
「はい。名刺もあります」
言って、慣れた手つきで名刺を差し出すプロデューサー。
莉波はそれを丁寧に受け取りつつ、少しだけバツの悪そうな表情を浮かべて。
「あの……失礼なことを、言ってもいいですか?」
「どうぞ」
「ずっと、私が年上だと思っていました」
「実は、俺もです」
微笑みながら、互いに白状する。
出会いが出会いだったこともあって、実際には年功序列が正反対だなんてことを、少年少女らは疑いもしなかった。
現にこうして再会するまでは、ふたりは永遠に血の繋がらない姉弟であったことだろう。
「なんだか不思議な感じ……弟みたいに思っていたきみが、こんな素敵なプロデューサーさんになってるなんて……あ、ごめんね! つい、懐かしくて、昔みたいに話しちゃって……ちゃんと敬語で話します」
「いえ、どうか、昔のように話してください」
「ええっ!? だ、だめですよ! 年上の先輩で、目上の人なんだし……」
「構いません。かなりくだけた感じで接してくる方もいますので」
「ううん……」
いいのかなぁ、と首を捻る莉波。
幼少期は不問だったにしても、高校生ともなれば社会的な上下関係は教育上徹底されてくる。
目上の人に敬意を払うのは今の莉波にとっては不変の常識だ。
それを意図的に破るというのは、誠実な性格をしている彼女としては少し躊躇われるのだが。
「じゃあ、いまだけ……昔に戻ったつもりで、きみにお願いしてもいいかな?」
「なんなりと」
「それじゃあ、あの頃みたいに、呼んでくれるかな────────『莉波お姉ちゃん』って」
躊躇いを踏み越えたが最後、彼女は限度というものを知らなかった。
大胆不敵な要求に、プロデューサーは莉波以上に尻込みせざるをえない。
「…………それは、ちょっと」
「ええー、プロデューサーくんだけずるいよ」
不公平だ、と抗議する莉波に対して「しかし……」とプロデューサー。
アイドルがプロデューサーに気を遣わないのと、プロデューサーがアイドルの弟を自称するのとではまるで話が違うのだが、先に要望を呑んでもらった以上、彼の方が少しだけ分が悪かった。
幸か不幸か、ふたりの会話に聞き耳を立てる素振りの生徒は周囲にいない。
それに
「……わかりました。こほん。莉波お姉ちゃん」
「ふふっ、なあに? プロデューサーくん?」
「……っ! これは……想像以上に恥ずかしいですね。お姉ちゃんは、やめておきましょう。人の目もありますし」
「そ、そうかなぁ……」
恥辱的な合理性を断念したプロデューサーに、莉波は残念そうな表情を浮かべる。
本当はもう少しこうして押し問答をしていたい気分ではあるが、そういえばまだ彼が話しかけてきた用件を済ませていない、と思い至った。
「……こほん。冗談はさておいて、ここに来たのは、スカウトのためですか?」
「はい」
「よかったら、案内しましょうか? 寮のみんなのことなら、だいたいわかりますし……」
「いいえ、それには及びません。探していた人は、目の前にいますので」
「えっ? そ、それって……」
続く言葉を悟った莉波を前に、プロデューサーは深呼吸を挟む。
彼にとっては既に4度目となるフレーズ。
経験数だけで見ればそろそろ慣れてもいい頃だろうに、プロデューサーは相変わらず緊張で手足を震わせていた。
だが一方で、プロデューサーとしての信頼を獲得するためには、こういうのは威信に満ちていなければならない、と目一杯に平静さを装って。
「姫崎莉波さん────“あなたをプロデュースさせてください”」
「……………………!?」
プロデューサーのスカウトに、莉波は息を呑む。
その言葉を予感し身構えていたとはいえ、それだけでなんでもなさげに受け止められる道理はないのだ。
「……びっ……くり、したぁ」
やがて、飲み込んでいたものを解放するように息を吐きながら、同時、彼女は所感を口にする。
「私で、いいの?」
「あなたがいいんです」
「で、でも、私……もう3年生なのに、ぜんぜんダメで。ここを卒業したら、アイドルはやめようって思ってて。きみの求めるようなアイドルには、たぶん、なれないと思う……」
「そんなことはありません。あなたの魅力は、誰よりもよく知っているつもりです。約束します。あなたを────最高のアイドルにしてみせます」
「……………………」
さきほどの談笑のときとは打って変わって、力強い眼差しで莉波を射抜くプロデューサー。
ここまで真剣に見つめられた経験はなく、莉波は思わず頬を紅潮させた。
ユニット時代の失敗の経験は今なお彼女の頭の片隅に残っている。
プロデューサーに伝えた通り、いや伝えた以上に、アイドルの夢を諦めることを視野に入れていた。
それでも、こんなにも真っ直ぐな彼の言葉を疑うことはできない、と。
「……立派になったね、すごく。もう、あの頃みたいに、弟扱いなんてできないね」
白旗を上げるように、つい紅潮した頬を緩ませる。
あの日の少女が与えた魔法は、巡り巡って彼女の元に帰ってきた。
そんな奇跡のような運命を噛み締めながら。
「……うん、わかりました。きみのスカウト、謹んでお受けします。
改めてよろしくね、プロデューサーくん。じゃなくて────よろしくお願いします、プロデューサーさん」
────────────────────────────────
放課後、プロデューサーは教室まで迎えに行って、莉波を事務所に案内する。
3年生である彼女には教室の場所を教えるだけでも十分だったのだが、こうする方が確実だと判断してのこと。
道中、再び昔話に花を咲かせていたプロデューサーと莉波だったが、残念なことに、ひと夏分の思い出を語り切るにはふたつの教室は近すぎた。
「こちらが事務所になります」
「案内ありがとうございます」
「さっそく中に入りましょうか。既に皆さんも集まっているはずですし」
「…………皆さん?」
莉波の疑問を都合よく聴き逃して、プロデューサーは教室の扉を開く。
事務所には予想通り、先客が3名。
担当アイドルたちは彼の到着に気付くと扉の方へ振り返って、
「あら、来たわねプロデュ────────」
その背後に4人目の影を認めた途端、続く言葉を呑み下した。
プロデューサーの奇行の数々を知る彼女たちは、瞬時にして事態を察したらしい。
「え、えっとぉ……どうして莉波先輩がここに?」
引き攣った表情で恐る恐るとことねが問い掛ける。
一縷の望みに賭けるような確認だったのだが、そんな彼女のささやかな願いも虚しく。
「本日スカウトしました。これからは彼女も一緒にプロデュースします」
「……………………まじか」
彼女たちと同様に呆気に取られている莉波に代わり、事務的に回答するプロデューサー。
対してことねは項垂れるように肩を落とした。
彼の返答があまりに想定通りのもので、もはや声を上げてオーバーリアクションする気にもなれなかったのである。
ちなみに、ことねたちは全員莉波と面識がある。
入学からしばらく経ち、アイドル科の寮での生活も随分と馴染んできた頃合い。
彼女たちの中で莉波は面倒見のいい先輩という共通認識になっている。
当の莉波の方はというと、寮の後輩3名にプロデューサーがついたことを聞き及んでいたものの、まさかそれが彼であるとは露ほども思っていなかった。
「……プロデューサーくん、ことねちゃんたちのプロデューサーさんだったんだね」
「すみません。言いそびれていました」
「ううん、驚きはしたけど、大丈夫! きみにプロデュースしてもらえるだけでも私は嬉しいし」
それでも彼と再会できたことに比べれば些細な問題だ、と再び頬を緩める莉波。
彼女なりにこの現状を受け止めようと思ってのことなのだが、傍観する手毬たちにとってはまったくの逆効果である。
「
「姫崎さんとは幼馴染なんです」
「幼馴染……そうなんですか? 姫崎先輩」
口を尖らせながら、手毬は莉波へと目線を送る。
不服そうな表情はとても尊敬すべき先輩に向けていいものとは思えない。
「う、うん。プロデューサーくんとは幼い頃に出会って。その時は私の方が年下だとは思ってなかったから、弟みたいに接してたんだ」
「あの頃はまだ子供でしたし、背も低かったですしね。俺には姉がいなかったので……あなたが、理想のお姉さんでした」
「……そうなんだ。なんだか、照れちゃうなぁ」
一方、面映ゆそうにはにかむ莉波。
幸せな思い出に浸る彼彼女らには、手毬の遠回しな批判は届かなかった。
いや、莉波は少なからず彼女の不機嫌さを察知しているものの、その原因の特定ができていない。
なまじ手毬が先輩を尊敬しているために、不服さは露呈したにしろ矛先までは向けないように、と努めているが故である。
対して、プロデューサーに至っては気にも留めていない様子。
であれば、もはや手毬に声を上げる以外の選択肢はなかった。
「聞いていた話と違います! 私たち3人だけをプロデュースするんじゃなかったんですか?」
ついに事務所に響き渡る糾弾の一声。
証言台に立たされるのはもちろんプロデューサーである。
彼を睨む手毬の険相は、弁明の内容次第では彼からのスカウトを再び白紙にすることも辞さない、という勢いだった。
咲季とことねのことは認めたし、同時プロデュースを引き受けもしたが、手毬はまだ彼のことを信用したわけではない。
「落ち着きなさい、手毬。確かにプロデューサーの担当が増えれば、わたしたちが受ける恩恵は少なからず減ってしまうけれど、3年生の先輩と一緒に研鑽を積めるのはメリットでもあるわ」
だから矛を収めなさい、とプロデューサーの弁護する咲季。
最初こそ彼の計画に反対していた咲季だが、今ではその考えを深く理解している。
無制限にとまではいかないまでも、少なくともプロデューサーのお眼鏡に適うアイドルなら増えても構わない、というのが今の彼女のスタンスなのだ。
「それはそれとして…………プロデューサー、姫崎先輩が『理想のお姉さん』って言ったかしら?」
「はい。姫崎さんの持つ魅力は、いわゆるお姉さんアイドルへの適性が極めて高い」
「聞き捨てならないわ! わたしだって佑芽の自慢の姉だもの。お姉ちゃんとしてNo.1の座は譲れないわよ!!」
されど、む、と手毬に負けず劣らずの剣幕で咲季は異存を訴える。
莉波をプロデュースすることには何ら異論はないが、プロデューサーのその評価を聞いた以上、冷静でいられるはずがない、と。
「いやどこを張り合ってんだよ」
その傍ら、呆れるように口を挟んだのはことねだった。
しかし、そんな彼女の的確な指摘を他所に、咲季はさらに感情を昂らせて、
「姫崎先輩、いえ────────姫崎莉波! 私と勝負しなさい! どちらが『理想の姉』なのか、思い知らせてあげるわ!」
「えええええ!?」
いつもの調子で宣戦布告を披露する。
手毬とことねは随分とこのペースに慣れてきたのか、やれやれと呆れながら事態の傍観に回っている。
莉波は莉波で、突如として勝負事を挑まれたことに困惑しながら、プロデューサーの方へとSOSを送っていた。
突拍子のなさすぎる花海咲季の文脈は、もはや価値観の相違として片付けるしかないのだろう。
「プロデューサー、本当に大丈夫なんですかねぇ……このメンツ」
一部始終を微笑ましそうに眺めるプロデューサーに対して、ことねは改めて確認する。
なんだかんだで丸く収まりそうな予感こそあれど、そこまでの紆余曲折を想像して彼女はひとり戦慄していた。
「確かに当初想定していたメンバーではありませんが、相変わらず皆さんの相性は最高だと思っていますよ。藤田さんも参戦しますか? 姉勝負」
「いや…………遠慮しときます。休養中なんで」
笑顔で提案するプロデューサーに、やんわりと拒絶を示すことね。
時に爽やかすぎる彼の表情は、本気なのか冗談なのかが掴めなくて対応に困る。
閑話休題。
そんな底の見えないプロデューサーに導かれることとなったアイドルはこれで4名。
その全員が輝く未来に期待を膨らませてみつつ、それでもやはり、早まったかなぁ、と漠然とした不安を抱かざるを得ないことねであった。
05 遠回りする連星