神時代の頂点―――ゼウスファミリアとヘラファミリア。千年もの長きにわたり『ゼウスとヘラ』か『それ以外』かと謳われる程に隔絶した力を有し続けた強大無比な英雄神軍。
民衆は期待した。彼らこそが大いなる魔物を討ち取り世界を救うのだと。
最強の英雄たちは自らを定めた。救世を成すのは我らであると。
全知の神々は断言した。あの英雄たちならば黒竜を討てると。
―――全知足りえぬ白笛だけが、英雄の敗北を確信した。
そして、ゼウスとヘラの敗北から十年後。人類は黒竜に勝利した。
◇
「そうか、冒険者になりにきたのか。なら最初はファミリアを探す前にギルドに行って手続きだな。厳しい世界だが頑張れよ、ボウズ」
「はい!頑張ります!」
冒険者になりにきた。オラリオで門衛を務める自分にそう言った彼は白い髪の純朴な少年だった。戦いとは無縁の人生が似合う心優しい人柄で、モンスターとの殺し合いを日常とし人の悪意に触れる機会も多い冒険者に向いている人格だとは到底思えない。しかしその一方で数多の修羅場を潜り抜け幾度となく限界を越えてきた戦士であるということが洗練された立ち振る舞いから見て取れた。
才能や適性がなくても憧れが止められず、努力を重ね、困難に挑み、超克してきた漢の顔。彼ならどこのファミリアでも歓迎されるだろう。
そんなことを考えていたオラリオの門衛、ガネーシャファミリア所属のハシャーナ・ドルリアは、少年が門を通り姿が見えなくなった頃にふと思った。
(ん?そういやあのボウスって歳はいくつだ…?)
◇
黒竜討伐から五年後。見た者にウサギのようだという印象を持たれる白い髪の純朴な少年―――ベル・クラネルは一人故郷を旅立ち、オラリオにたどり着いた。
「すごい…これがオラリオ……!」
ここはオラリオ。ダンジョンという未知の浪漫を追い求める人々が世界中から集まる冒険の都。世界を救った英雄たちが住まう世界の中心である。
ベルの目に映るのは故郷の村とは比べ物にならない賑わいだった。獣人、エルフ、ドワーフ、パルゥム、アマゾネス。今まで見たこともない多様な種族の人々がごった返し、街中が賑わっている。
道を行き交うのは人類だけではない。古代に神々が下界に遣わした精霊や下界に娯楽を見出し天界から降りてきた超越存在たる神々。さらにはオラリオ以外ではまず見ることのない種族もいる。
目立つのはからくり仕掛けのヒトガタ。干渉器と呼ばれる無骨な機械人形だ。町を警邏する者、護衛をする者、金属を加工する者、製造物を販売する者など、様々な干渉器が街中で見られた。
地上で見ることができるのは冒険者基準でレベル1~5相当の量産型だが、ダンジョンに潜り資源採集を行う者の中にはそれ以上の力を有する特製の戦闘型もいるのだという。
そして、ベルが存在をあらかじめ知っててなお干渉器以上に見て驚いたのは、都市中で人々に混じって生活しているモンスターたちの姿だ。
「くぅ~これこれ!やっぱ一仕事終えた後はキンッキンに冷えた酒だよなあグロス!」
「酔っぱらうまで飲むなよリド、介抱せんからな。まったくフェルズめ、毎度毎度手間がかかる仕事なのはどうにかならんのか……」
「よーし!地上の皆さん盛り上がってますね!それじゃあ次の歌いっちゃいますよー!」
「でさ、これよりもう少し装飾に凝りたいわけよ。これだとパッと見寂しく感じない?」
「しかしそれだと機能性が落ちるし製作費用も上がるだろう。機能美を追求する方が個人的には……」
「アルル、ヘルガ、騒がしいミスターたち制圧しますよ。このままだと迷惑ですからね」
酒を酌み交わしているリザードマンとガーゴイル。街角で楽しそうに歌っているハーピィ。甘味をつつきながら次に作る服のデザインをどうするか話し合っているラミアとアラクネがいれば、冒険者同士の喧嘩をアルミラージやヘルハウンドと共に仲裁するゴブリンもいる。空を見上げればモンスターとは思えないほどに美しい顔立ちをしたセイレーンが舞うかのように優雅に空を飛び、ワイバーンが力強く羽ばたき人や物を運んでいた。
彼らはダンジョンで知性を持って生まれ、神々と被造物たる人類を殺戮する使命を放棄し、人類と共存することを望んだ異端のモンスター―――などではない。
ダンジョンで生まれたモンスターが人類を襲わず、融和することなどありはしない。モンスターはかつて人類を絶滅寸前まで追い詰めた天敵であり、共存不可能な災害であり、人類が滅ぼすべき悪に他ならないのだから。仮にダンジョンで人類との共存を望む奇怪なモンスターが生まれたとしても、そんな悍ましいものなど人類は拒絶し、殺害し、存在しなかったことにするだろう。
黒竜が白笛たちによって倒され、人類を滅ぼす脅威足りえなくなった現在でも、人類の本能に刻まれたモンスターに対する忌避と嫌悪が拭われることなどありはしない。
彼らは『成れ果て』。人ならざる人。自らモンスターになることを選んだ元人類として人々に知られている。
人類をモンスターに変貌させるという常軌を逸した技術を生み出したのは、かの最新の白笛『黎明卿』新しきボンドルド。ゼウスとヘラの黒竜討伐失敗から一年ほど経過した頃に公表し、人々にゼウスとヘラの敗北に匹敵する衝撃を与えた新技術である。
当然のことではあるが、その技術が公表された当初は人であることを捨て忌避と嫌悪の対象でしかないモンスターになることを選ぶ人類は―――かの白笛たちが所属するサルタヒコファミリアのような冒険に全てを捧げた者たちでもなければ―――皆無に等しかった。
そんな人々の意識に変化が生じたのは、十年以上ランクアップ出来ずにレベル1で燻っていたとある冒険者が藁にも縋る想いで『成れ果て』になったことが切っ掛けだった。
ダンジョン探索をより効率的に行うために開発されたモンスター化技術は「モンスターになることでモンスターに襲われず探索出来るようにする」という目論見こそ失敗したものの、ダンジョン内で生活可能なモンスターの肉体を得ることでダンジョン探索の効率は飛躍的に向上した。そして何より、『成れ果て』は冒険者最大の死因である試練に挑み偉業を成す必要がなかった。なにしろ、偉業を成さなくてもモンスターの魔石を摂取するだけで容易かつ急速に生まれ持った器を越えて強くなれるのだから。
そうして、彼は僅か半年でレベル5相当のモンスターに成長し、単身で深層域に到達する偉業を成した。
冒険者の半分は生涯ランクアップできず、一度ランクアップした者であっても更に半分がレベル2で生涯を終える。そんな冒険者の大半にとって、僅か半年でレベル5相当にまで飛躍した彼の偉業はあまりにも眩く、羨ましく、抗い難い魔の誘惑だった。そうして少なくない数の弱き冒険者たちが彼の後に続き、現代のオラリオはモンスターと人類が入り混じる都市へと姿を変えた。
人類の天敵たるモンスターを倒し、偉業を成して強くなり、特別で特異で特例な選ばれし英雄たちが偉業を成し、それを讃えてきた人類の歴史。『黎明卿』はそんな人類の伝統を、誇りを、浪漫を丸ごと踏みにじりながらも、それ以上にオラリオにかつてない発展と夜明けを齎したのだ。
富に、力に、名声に、未知に、浪漫に、冒険に。憧れのために人を捨て、人以上になることを望み、人類の天敵に生まれ変わることを選んだ冒険者の成れの果て。故に彼らは『成れ果て』と呼ばれている。
そんな初めて見るものばかりなオラリオの光景に夢中になり、三日ほど時間を費やしてひと通り散策を終えた頃。ベル・クラネルはようやくやるべきことを思い出した。
「しまった…!英雄になりにきたのに何してるんだ僕は……!!」
そうだった。観光しに来たんじゃなかった。今まで自分を守ってくれた強く偉大な叔父さんやお義母さんを守れる英雄に、家族に誇ってもらえるくらい強い英雄になるためにオラリオに来たのだ。
そうでなければ何のために川に沈められモンスターの巣穴に放り込まれ義母に幾度となくゴスペられ叩き潰され限界を300回くらい越えさせられたというのか。あの地獄の日々を無駄にしてたまるものか……!
そんな想いと共に初志を思い出したベルは門衛の案内に従って冒険者ギルドに足を運び、受付で冒険者登録の手続きをしていた。斯くして最後の英雄になりえた少年、ベル・クラネルの英雄譚が今ここから―――
「冒険者志望の方ですね。ではこちらの書類にご記入をお願いします」
「終わりました。確認をお願いします!」
「はい、確認いたします。名前はベル・クラネル。年齢は……14歳?こちらお間違えないですか?」
「はい!14歳です!」
「……申し訳ございません。規則で16歳未満はダンジョンへの立ち入りが禁止となっておりますので、残念ながら……」
「…………………………………えっ?」
始まらない!
・ダンジョン
かつて人類を絶滅寸前まで追い詰めた強力モンスターが無限に生まれ、あらゆる過酷環境がひしめく世界最悪の危険地帯。常識的に考えて子供が立ち入っていい道理など何一つないので16歳未満の立ち入りが法で禁止されている。違反した者は三年以下の懲役または50万ヴァリス以下の罰金刑に処される。ただし、例外規定として16歳未満であってもレベル3以上かつ本人の希望で立ち入る場合は処罰の対象ではない。
・オラリオ
世界の中心。ゼウスとヘラの黒竜討伐失敗後、討伐失敗の混乱に対して二十年かけて準備していた白笛たちが都市の全権を完全に掌握し世界の混乱を鎮め、闇派閥の拠点である地下迷宮クノッソスを白笛たちが発見、隔離し一人残らず殲滅。闇派閥殲滅後は「安全回廊」「ランクアップ推進制度」「成れ果て化」「冒険者研修制度」「初回ランクアップ時の武神道場体験義務」「ファミリア不定期監査制度」「干渉器のダンジョン常駐および巡回」などの大規模な都市計画や法整備を行った。一連の騒動で流れた血があまりにも多く、大改革や大粛清と呼ばれている。
・サルタヒコファミリア
オラリオ最高の探索専門ファミリア。35年前からオラリオに在籍。最高幹部である白笛は『不動卿』動かざるオーゼン『神秘卿』神秘のスラージョ『先見卿』見通せしワズキャン『殲滅卿』殲滅のライザ『黎明卿』新しきボンドルドの五名。白笛を使用しなければレベル7~9程度の戦闘能力。