自由時間の三天使   作:十和田わと

6 / 6
第四話 特別な場所(後編)

 ノエルとラミエルは、次の会議で配るための資料を運んでいた。

 両手で箱を抱えながら、会館へと続く道を歩く。

 

「本当にすごいんですから! ぜひ見に行ってください!」

 

 落ちそうになった箱を抱え直して、ノエルは隣にいるラミエルに力説する。

 

「分かった分かった。分かったから前見て歩けよ」

 

 ラミエルが半ば呆れるように注意するが、それでもノエルは引き下がらなかった。

 ノエル曰く、オリエント公園の『願いの木』がすごい見た目になっているらしい。

 『願いの木』というのは、年に一度、強い願いを持った天使の思いに応えて姿を変える不思議な木だ。

 去年は、枝先に色とりどりの見事な花を咲かせていたのだが、今年は——

 

「全体的にもふもふなんですよ!? ラミエル様は冷静すぎです!」

「もふもふで興奮しねーよ。お前じゃあるまいし……」

 

 ノエルは、気づいたようにラミエルを見上げると、真面目なトーンで呟く。

 

「確かに……ラミエル様自体がもふもふですもんね。常日頃もふもふされているから驚かない、と」

「……なんか、誤解を招く言いかただな」

 

 他にもツッコミたいことはあるが、言い出したらキリがないとラミエルはため息を吐いた。

 ふと天を仰ぐと、見知った天使が上空を飛んでいる。

 小柄な体に、大きめの猫耳と長い尻尾。

 のんびりと蛇行するような飛びかたは、下を歩くラミエルたちが追い越しそうなほどに遅い。

 

「あそこにいるのはラジエル様? 一体どうしたんでしょう?」

「さあ……? 暇だから散歩でもしてんじゃねえの?」

 

 二人の声に、ラジエルの耳がピクリと反応した。

 

「あ! ノエルとラミちゃん! 箱を持ってどこ行くの?」

 

 ラジエルは、すぐさまノエルたちの元に飛んできた。ふわりと着地して二人が抱えている箱を見る。

 

「僕たちは、サリエル様から頼まれて、会議用の書類を運んでいるところです」

「ラジエル、お前はまた散歩だろ?」

 

 ラミエルが、からかうように聞くと、ラジエルは不服だとばかりに言い返した。

 

「お散歩じゃなくて探検! 今から展望塔を調査しに行く予定なの」

「どっちも一緒だろ」

「ふーんだ。そんなこと言うラミちゃんには、何があっても教えてあげないもんね」

 

 腕を組んでラジエルはそっぽを向く。

 彼女の意味深な言葉に、ラミエルが口を開こうとしたが、それよりも先にノエルが尋ねた。

 

「展望塔って、オリエント公園の近くの塔ですか?」

「そうだよ。あの細長い塔」

「でしたら、ぜひ『願いの木』のほうにも行かれてみてください!」

 

 ノエルは、例のもふもふの木の話をラジエルに熱弁し始めた。

 そのあまりの熱意に、ラジエルも目を丸くして聞いている。

 ノエルが説明を終えると、願いの木がある方向へ目を向けてラジエルは微笑んだ。

 

「今年はもふもふの木かー。ノエルの動物に対する気持ちが届いたんだね」

「サリエル様も同じことを仰っていました。どちらにせよ嬉しい限りです」

「ノエル、良かったね! じゃあ早速見に行ってくるよ!」

「ええ、お気をつけて!」

 

「ちょっと待ったあ!!」

 

 和やかな雰囲気で別れようとするラジエルを、ラミエルが大声で引き止める。

 突然大きな声を出されて、ノエルもラジエルも驚いて動きを止めた。

 

「さっき展望塔に調査しに行くって言ってただろ」

 

 問い質しながら、ラミエルは資料入りの箱を地面に置く。

 

「うん。だから『モフの木』を見に行った後に展望塔に行こうかなって」

「なんだよ、『モフの木』って……」

「『願いの木』のことだよー。もふもふだから『モフの木』!」

「勝手に妙な名前を付けるな!」

 

 天然とも言えるラジエルの返答に対して、いつもの調子でツッコミを入れる。

 そんな二人の掛け合いを眺めて、ノエルは小さく笑った。

 

「お二人とも、本当に仲良しですね」

「仲良し……いや、俺はこいつの『おふざけ』に振り回されてるだけだから」

「ふざけてないもん!」

「……ノエル。悪いけど、ラジエルを『願いの木』まで案内してやってくれよ。こいつ一人だと色々やらかしそうで怖えから」

 

 腕と尻尾を振って抗議するラジエルをかわしつつ、ラミエルは続けて話す。

 

「書類のほうは俺がまとめて運んどくからさ」

「ラミエル様お一人で? この箱、まあまあ重いですよ」

「このくらいの荷物、運び慣れてるから大丈夫だって」

 

 自信満々な様子のラミエルに、ノエルは不安そうにしながらも、抱えていた箱を地面に置く。

 それをラミエルが持ち上げ、地面に置いていたもう一つの箱の上に積み重ねた。

 

「じゃあなー、お前ら。暗くなる前に帰れよー!」

 

 二つの箱を難なく持ち上げると、ラミエルは足早にその場を去っていく。

 

「すみません、ラミエル様! ありがとうございます!」

「転ばないよう気をつけてねー!」

 

 その声を背に、ラミエルはホッと息を吐いた。

 二人を『願いの木』に向かわせたのは、ラジエルが心配だったのもあるが、ノエルのもふもふ話に辟易としていたのも理由の一つだったのだ。

 

 

 

 ラミエルと別れた二人は、早速『願いの木』があるオリエント公園へと向かった。

 

「ラジエル様! あの木です!」

 

 案内のために少し先を飛んでいたノエルが、指を差しながら振り返る。

 その先には、二十メートルほどの高さの樹木がどっしりと植わっていた。

 去年とは全く違う異様な見た目に、ラジエルは瞬きを繰り返す。

 

「木っていうよりも……生き物みたい」

 

 樹木全体が白い毛で覆われ、葉と思われる部分は、黄色のふわふわとした毛玉が連なっている。

 特に際立っているのは、幹から生えているものだ。

 ウサギのような長い耳に、くるんと巻かれた尻尾。そして猫のようにしなやかな前脚が二本。

 それらが動く様は、ラジエルの言葉通り、まるで生き物のようだった。

 

「見た目だけじゃなく、手触りも動物そっくりなんですよ!」

「触ったんだ……近づいて大丈夫なの?」

「前脚にさえ気を付ければ問題ありませんよ。行きましょう!」

「う、うん」

 

 公園には誰もいない。ラジエルは、その原因があの『願いの木』にあるのではないかと思った。

 

 飛ぶのをやめ、ゆっくりと歩いて『願いの木』に近づいていく。

 すると、二人の気配を感じたのだろう。両方の前脚が、激しく地面を引っ掻き出した。

 がりがりと音を立てて抉れていく地面を見て、ラジエルは震える声で囁く。

 

「……機嫌が悪いのかな? 怒ってるみたいだよ」

「ラジエル様、逆ですよ。この子、僕たちに会えて喜んでます!」

「そうは見えないけど!?」

「テンションが上がるとこうなるんです。危ないので前脚には近寄らないでくださいね。後ろのほうに行きましょう」

 

 言われるがままに、ラジエルはノエルとともに木の背後に回った。

 見上げると、幹の中間あたりに生えた尻尾が、左右に大きく揺れている。

 

「ほら、嬉しくて尻尾まで振ってますよ! ワンちゃんみたいで可愛くないですか?」

「うーん。まあ、尻尾は可愛い……かも」

「ですよね! 感触も可愛いですから、触ってみてください!」

 

(……感触が可愛いって、なに?)

 

 幹の真っ白な毛を、ノエルが優しく撫でている。

 その光景を目にして、ラジエルは彼と初めて会った時のことを思い出した。

 撫でさせてほしいと頼まれたことや、乱暴に撫で回されて髪の毛がぐちゃぐちゃになったこと。

 あの時は、ノエルの行為に腹を立てたりもしたっけ、とラジエルは苦笑した。

 

 ついこの間の出来事なのに、なぜか懐かしく感じる。

 そういう気持ちになるのは、自分が成長している証だと、前にラグエルが言っていた。

 当時は理解できなかったけれど、今なら分かる気がする。

 

 ラジエルは長い袖をまくると、ノエルを真似するように幹の毛を撫でた。

 ふわりと手に馴染む毛並みは、想像以上に細くて柔らかい。

 

(この手触り、私のものと似てるような……?)

 

 無言で撫でるラジエルを眺めながら、ノエルは口を開く。

 

「僕、初めてこの木を触った時に、ラジエル様のことを思い出したんです」

「やっぱり。さっき私も、ノエルと初めて会った時のことを思い出しちゃった」

 

 複雑な表情で笑うラジエルに、ノエルは申し訳なさそうに俯いた。

 

「ラジエル様。あの時は、初対面だったのに失礼なことをしてすみませんでした」

 

 そう言って、ラジエルへと深く頭を下げる。

 

「自分のことばかりで、ご迷惑をおかけして……」

「確かにあの時は嫌だったけどさ。でも、ちゃんと謝ってくれたでしょ? だからもうおしまい!」

「ラジエル様……」

「実際に触ってみたら、ノエルがどんな気持ちだったのか、ちょっぴり分かったし」

 

 自分にそっくりな白い毛を撫でながら、ノエルを見上げる。

 

「それよりも、ほんとにもふもふでびっくりしたよ。ここはノエルにとっての特別な場所だね!」

「僕にとっての特別な場所……そうですね」

 

 ノエルは『願いの木』とラジエルの顔を交互に見て微笑んだ。

 

「天界に来て間もないのに、二つも特別な場所ができました」

「二つ? この場所の他にもあるの?」

「もう一つは、広場の……ラジエル様に教えていただいた、あの場所です」

 

 あの場所とは、動物の代わりにと、ラジエルがおすすめした柔らかい芝生のことだ。

 よく考えてみれば的外れな提案だったと、彼女は照れるように笑った。

 

「今思うと……あの葉っぱ、全然もふもふじゃなかったね。それでも特別?」

「はい。ラジエル様が、僕のことを考えて見つけてくれた場所ですから」

 

 いつの間にか、地面を引っ掻く音が止んでいる。

 風に揺れる草の音とともに、静かなノエルの声が、ラジエルの耳に届いた。

 

「素敵な思い出のある場所が、僕にとっての『特別な場所』です」

「もふもふじゃなくても?」

「ええ、もふもふじゃなくても……実は僕、天国にいた頃は、動物以外に好きなものがなかったんです」

「そうなんだ……」

「でも、ここに来て皆さんと出会って……動物以外にも、素敵なものがたくさんあるって気づきました」

 

 ノエルは上を向いた。『願いの木』から生えているウサギ耳が、こちら側へ傾いている。

 

「だから……これからは動物の代わりではなく、動物と同じくらい好きになれるものを探します!」

「絶対見つかるよ! 天界は広いんだもん……あっ」

「どうしました?」

「私、展望塔に行く予定だったの、すっかり忘れてた」

 

 自身の言葉がきっかけで、ラジエルは本来の目的を思い出した。

 ノエルもハッとした様子で彼女に尋ねる。

 

「そういえば、調査に行かれるんでしたね。お仕事関係ですか?」

「仕事じゃないけど、約束したから……ノエルは? まだここに居る?」

「僕はラミエル様のところに戻ります。ラジエル様、お付き合いいただきありがとうございました」

「私のほうこそ、案内してくれてありがとう!」

 

 二人は、大人しくなった『願いの木』の下で別れを告げると、それぞれの目的地へ飛び立った。

 

 

 

 展望塔にたどり着いたラジエルは、意を決して扉に手をかけた。

 ずっしりとした重みを感じながら、扉を開く。真っ先に目に入ったのは、上へと伸びる螺旋階段だった。

 

「階段長〜い!」

 

 ラジエルの声が塔内に響く。内部はとてもシンプルな造りをしていた。

 展望台へと続く、ひたすらに長い螺旋階段と、等間隔にある小さな窓。

 普通の天使なら、そこで登るのを諦めて出ていくところだが、ラジエルは興奮して尻尾を膨らませた。

 

「登り甲斐がありそう!」

 

 よし、と気合を入れて、一気に階段を駆け上がる。

 カンカンと鉄を叩くような音を響かせながら、ラジエルは一度も立ち止まることなく展望台へ到達した。

 

「はあ……流石にちょっと疲れちゃった」

 

 呼吸を整えて、眼下の景色を一望する。

 先ほどノエルと行った『願いの木』や、その木があるオリエント公園。

 近くにある小さな聖堂の庭では、一人の天使が掃除をしている。

 

「おーい!」

 

 ラジエルは、聖堂の庭を手入れしている天使に向かって手を振った。

 天使は塔のほうを見上げたが、すぐに下を向いて、箒を手に聖堂へと入ってしまった。

 

「向こうからは見えないかー」

 

 気を取り直して、遠くを眺める。長い間暮らしてきたのに、初めて見る景色だった。

 ずっと地上に行けることを夢見てきた。ここには無いものが、たくさんあるから。

 でも、天界にだって、まだまだ自分の知らない楽しいものがたくさんある。

 

「見つかるといいな……」

 

 ラジエルは、希望に満ちた瞳で、目の前に広がる世界を見渡した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。