組合の寄合所――いまだに正式な看板もない、あの古びた公民館――に通うようになって、もう十日近くが経つ。
「ゴウよ、聞くがよい」
朝飯の後片付けをしていると、ヒメが座卓の上でぴょこんと飛び跳ねながら声をかけてきた。心なしか目がきらきらしている。
「なんだよ、朝からテンション高いな」
「昨夜、また潜ってきたのじゃ。ネットの海にな」
「またお前、碌でもない情報しか拾ってこないやつだろ」
「今回は違うぞ! かなりの掘り出し物じゃ!」
得意げに胸を張るヒメに、俺は箸を止めて身構えた。もしかして今日こそ、何か本当に役立つ情報を持ち帰ってきたのかもしれない。
「聞かせてくれ」
「近所の乾物屋、本日限定で干し椎茸が三割引きじゃそうな」
「……それだけ?」
「それだけとは何じゃ。干し椎茸は出汁を取るのに欠かせぬ、暮らしの要ぞ」
「いや分かるけど、なんかもっとこう、探索に役立つ情報とか期待しちまうじゃん」
「贅沢を言うでない。ヒメとて、毎回大層な情報ばかり見つかるわけではないのじゃ」
しゅん、と肩を落とすヒメに、俺は思わず苦笑した。この手のやり取りは、もう何度目になるだろうか。
「まあ、ありがたく頂戴しとくよ。今度買いに行くわ」
「うむ、それでよい」
現金なもので、ヒメはすぐにまた機嫌を直した。俺は残りの飯をかき込みながら、ふと思う。こいつの拾ってくる情報の九割九分はこんな調子だが、残りの一分に、いつか本当に大事な何かが紛れ込んでいるんじゃないか。そんな根拠のない予感を、時々覚えることがあった。もっとも、今のところその予感が当たった試しはない。
「よし、行くか」
「うむ、行ってくるのじゃ」
支度を整え、俺は寄合所へと向かった。
「よう、豪! 今日も来たか!」
扉を開けるなり、鷲尾さんの野太い声が飛んでくる。折り畳み机の島の向こうで、腕まくりをした彼が、片手をひらひらと振っていた。
「おっす。今日は何かめぼしい依頼あります?」
「あるある。ちょうどいいのが来てる」
鷲尾さんに連れられて、壁際の依頼掲示――模造紙に手書きされた、それこそ「アルバイト募集」の張り紙とそう変わらない体裁のもの――を覗き込む。討伐依頼、素材採取、道案内。値段も内容も、まだ誰かがきっちり決めたわけじゃない、成り行きで相場が定まりつつある段階のものばかりだ。
「B区画の小規模ダンジョン、内部にモンスターの巣ができてるらしい。駆除の依頼だ」
「巣、ですか」
「ネズミ系の群れだな。単体なら大したことねえが、数がまとまるとちっとばかし面倒だ。お前ならちょうどいい塩梅だろ」
軽い調子で言われるが、その"塩梅"を測る物差しは、実のところこの寄合所全体にも、いまだにきちんと存在していない。それでも鷲尾さんの見立ては、これまで外れたことがなかった。
「行ってきます」
「おう、気をつけてな」
ヒメを懐に入れ、依頼票を握って歩き出そうとしたところで、横合いから声がかかった。
「あの、赤城さん」
振り返ると、黒髪をきっちりとボブに整えた、見覚えのない女性が立っていた。歳は俺より年下だろう、背負った探索装備は真新しく、しかし着こなし方には既に妙な几帳面さが滲んでいる。手には小さなノートを持ち、何かをせわしなく書き込んでいた。
「はい、俺ですけど」
「私、桐生楓と言います。今日から、こちらでお世話になることになりまして」
「あー、新人さんか。よろしくな」
「その、失礼を承知でお聞きしたいのですが……赤城さんの今日の依頼、B区画の駆除依頼ですよね」
「ん、そうだけど」
「同行させていただけないでしょうか。私、まだこちらでの実地経験が浅く、経験者の方の動きを見て学びたいんです」
真剣な眼差しだった。ヒメが懐からひょいと顔を出し、俺の代わりに口を開く。
「よかろう、連れて行ってやるがよい。若人の向上心は喜ばしいものじゃ」
「わっ……喋る……!?」
桐生が一瞬びくりと身を引いた。だが、すぐにハッとした顔になる。
「もしかして、噂の……八牟須毘比売命様……!?」
「ほう、名を正しく覚えてるとは殊勝な奴じゃな」
「あの、来る前に少し、噂になっている方々のことを調べさせていただいて……失礼だったでしょうか」
「ネットで調べたのじゃろう、よいよい」
「はい、ありがとうございます!」
ほっとした様子で頭を下げる桐生に、ヒメが満足げに頷いた。俺はといえば、この短いやり取りだけで、なんとなく桐生の人となりが見えてきた気がした。
「まあ、来るなら来ればいいよ。ただし」
「ただし?」
「危なくなったら真っ先に逃げること。俺のことは気にすんな」
「――それは、赤城さんが危険な役を引き受けるという意味ですか」
「まあ、そんな感じ?」
「よくないです」
思いのほかきっぱりとした声が返ってきて、俺は面食らった。
「経験の浅い私を庇って、赤城さんが無理をするような状況になれば、それは連携として失敗です。事前に役割分担を決めておくべきかと」
「あ、うん、そうっすね……」
「そもそも、私は今日、赤城さんの実力を見学させていただく立場です。庇われる前提でついていくつもりはありません」
「お、おう。頼もしいな」
「頼もしいのではなく、当然のことを言っているだけです」
やけに理路整然としている。俺の懐で、ヒメがくすくすと笑う気配がした。
「面白い娘じゃな、ゴウ」
「なんかもう既に、こいつ苦手なタイプかもしれん」
「聞こえてますよ、赤城さん」
「うぐっ……い、いや、今のは独り言というか、心の声が漏れたというか……」
じとりとした目で見つめられ、俺は思わず視線を逸らした。どうにも調子が狂う相手だ。
*
B区画のダンジョンは、街外れの空き地にぽっかりと空いた、比較的浅い横穴だった。中に入ると、ひやりとした空気が頬を撫で、湿った土と、かすかな獣臭が鼻をつく。ぴちゃり、と足元で水音がした。奥の方から、きゅう、きゅう、と甲高い鳴き声が、途切れ途切れに響いてくる。
「先に言っておきますが、私は戦闘要員としてはまだ未熟です。主に後方支援と記録を担当します」
「記録?」
「はい。組合として、こういった実地の情報を蓄積していくべきだと思っています。何がどこにいて、どう対処したか。そういうデータの積み重ねが、いずれ組合全体の財産になるはずです」
そう言いながら、桐生は背中に斜めがけで括りつけていた、やけに存在感のある長い棒を、どこか誇らしげに肩から外した。長さは優に三メートル近くある。
「……なんだそれ」
桐生は胸を張り、棒の先端をとんとんと床に打ちつけてみせた。
「十フィートポール、と呼ばれる装備です。探索者の心得を記した資料に、罠の起動確認に長い棒が役立つとありましたので」
「いや長すぎるだろ、それ」
案の定、狭い横穴の中で、桐生が棒の向きを変えようとするたびに、こつん、がつん、と壁や天井にぶつかる音が響いた。
「ひゃっ……!? え、うわ、ちょっ……!」
「あの、桐生さん。ここ、天井低いんですけど」
「え、あ……そうですね。少し、勝手が違うようです」
真剣な顔で棒を抱え直そうとするものの、通路の角を曲がるたびに引っかかり、そのたびに「あ痛っ」「うぐ」と情けない声が漏れる。ヒメが懐から顔を出し、興味深そうに眺めた。
「面白い形から入るのう、その娘」
「形から入るって、ヒメ、お前分かってて言ってるだろ」
「もちろんじゃ。じゃが、悪いことではない。備えあれば憂いなし、というやつじゃろう」
「憂いは今まさに目の前で起きてるけどな」
「うっ……面目ありません」
しょんぼりと肩を落とす桐生に、俺は思わず苦笑した。
「まあ、次からは考えような。もうちょい小回りの利くやつとか」
「……検討します。伸縮式のものを、後日探してみようと思います」
律儀にメモを取ってから、桐生はふと棒に目を落とし、しばし逡巡した後、横穴の入り口近くの壁際に、そっと棒を立てかけた。
「置いていくのか?」
「持ったままでは、赤城さんの足を引っ張るだけですので……。帰りに回収します」
名残惜しそうに一度だけ棒を振り返ってから、桐生は身軽になった様子で歩き出した。俺たちは奥へと進んだ。
真面目な口調で語る桐生を、俺はまじまじと見た。
「……お前、ちゃんとしてるな」
「当然です。命がかかっているので」
まっすぐな答えに、俺は思わず苦笑した。ヒメが小声で耳打ちしてくる。
「ゴウとは正反対の性分じゃな」
「否定できねえ」
「そこは否定しないでください。少しは見習ったらどうですか」
「むっ、むかつくぅ……」
奥へ進むと、案の定、狭い空間にネズミ型のモンスターが数匹、身を寄せ合っているのが見えた。体長は普通のネズミの倍近く、毛並みには薄っすらと発光する斑紋が浮いている。
「数は五、いや六か」
小声で呟いた桐生が、素早くノートに数字だけを走り書きした。俺は拳を握りながら、大きく息を吸う。土と獣の匂いが、いつもより濃く鼻の奥に絡みついた。
「よし、行くか」
「待ってください」
「あ?」
「先に陣形の確認を。私は……その、まだ気術と呼べるほどのものは使えないので、足元の石を投げて牽制します。赤城さんは正面を」
「石?」
「はい。実は最近、体の中に何か目覚めたような感覚があって……気術というものらしいのですが、まだちゃんとした技法は何一つ習得できていません。今、教えてもらえる道場を探している最中でして」
「陣形とか考えたことねえけど、まあ分かった」
軽い調子で頷いた俺に、桐生が一瞬、何とも言えない顔をした。
「本当に大丈夫ですか、この人選……」
「今更か!?」
「今更ですが、不安なものは不安なんです」
ヒメがまたくすくすと笑う。俺は気を取り直し、前へと踏み出した。
――接近。一匹目が地を蹴り、こちらへ飛びかかってくる。ざり、と爪が土を掻く音。
――予備動作。爪を振りかぶった動きは素早いが、この十日間で何度も似たような相手をこなしてきた。体が勝手に動く――重心が、いつもより一段深く沈む感覚。あの日、神威玲奈にボロボロにされてから、この感覚だけは確実に体に馴染みつつあった。
――衝突。拳が、がつん、と鈍い手応えを返す。
――結果。振り抜いた一撃が、そのまま一匹を弾き飛ばす。
「――っ!」
続く二匹目、三匹目も、動きを見切って同じように叩き伏せた。振るうたびに、ひゅん、と空気を切る音が耳をかすめる。骨が砕ける、ごきり、という嫌な感触が拳に伝わるたび、喉の奥が微かにせり上がる。何度経験しても、この感覚にだけは慣れる気がしなかった。相手がどれだけ異形に変じていようと、命を絶つという行為そのものへの居心地の悪さは、拭い去れないままだった。
「速い……!」
後方から、桐生の驚いた声が聞こえた。振り返る間もなく、足元から拾い上げたらしい石が、びゅん、と唸りを上げて俺の脇を抜けていく。石は残る二匹のうちの一匹に命中し、ばちんという鈍い音とともに、その動きを完全に止めた。
(今の……ただの石だよな? 野球部でもあそこまでの速度は出ねえだろ)
振りかぶりも構えも、お世辞にも様になっているとは言えない。それでも、投げられた石そのものにはとんでもない威力が乗っていた。覚醒したばかりの気の力が、技法という形を持たないまま、剥き出しの膂力として発揮されているのだろう。
「ナイス援護!」
「あ、ありがとうございます……!」
思いのほか動揺した声が返ってきて、俺はちらりと振り返った。手元のノートを取り落としそうになりながら、桐生が必死に次の一手を練っている。生真面目なのに、いざとなると余裕がなくなるタイプらしい。
「落ち着け、もう大丈夫だから」
「は、はい、分かってます、分かってるんですが手が……!」
「震えてるじゃねえか」
「震えてません、武者震いです」
言葉とは裏腹に、震える手でノートを握りしめる桐生に、俺は思わず噴き出しそうになった。
最後の一匹を叩き伏せたところで、群れは静かになった。ぜえ、と息をつく。手のひらに残る鈍い感触を、俺は無意識に太腿へこすりつけていた。何度やっても、これだけは平気にならない。
それでも、手を止めるわけにはいかなかった。小さな巣を今のうちに潰しておかなければ、いずれ手に負えない規模に膨れ上がる――あの日、支配ダンジョン化しかけた現場で味わった、あの底冷えするような危機感が、いまだに骨の奥にこびりついている。俺が組合に足を運ぶようになったのも、突き詰めれば、あの時の無力感から逃れたい一心からだったのかもしれない。強くなりたい、と誰かに言われたわけでもないのに、気づけばそう思うようになっていた。
ヒメが懐から顔を出す。
「見事なものじゃな」
「まあ、慣れたもんだよ」
「慣れた、と言うには、いささか身のこなしが変わってきておらぬか」
「え?」
「なんでもないのじゃ」
ヒメがはぐらかすように言葉を濁す。俺は首を傾げたが、深くは追及しなかった。今はそれより、目の前の桐生の様子が気になっていた。
「大丈夫か、桐生」
「は、はい……すみません、思ったより緊張してしまって」
「初めてなら普通だろ。むしろよくやったよ」
「本当ですか?」
「本当本当。援護のタイミングばっちりだったし」
そう言うと、桐生の表情がわずかに緩んだ。
「……ありがとうございます」
「にしても、お前、あの陣形の確認とか、地に足のついたこと考えるタイプなんだな」
「行き当たりばったりで動くと、後で必ず反省点が山ほど出てくるので」
「耳が痛い」
「赤城さんのこと言ってるわけじゃないですよ……あ、いえ、少し言ってます」
「素直か」
ヒメが盛大に吹き出した。俺は肩をすくめながら、討伐の証拠として、ネズミ型モンスターの一部――尻尾の断片――を布に包んで回収する。この手続きも、この十日ですっかり板についてきた。
寄合所へ戻る道すがら、桐生は立ち止まって荷物を下ろすと、熱心にノートへ書き込み始めた。
「そんなに書くことあるか?」
「はい。今日の遭遇パターン、赤城さんの立ち回り、私の援護のタイミング、改善点――全部、次に活かすためのデータです」
覗き込むと、几帳面な文字で「体長:通常個体の約二倍」「発光斑紋あり(威嚇時に発光強度が増す可能性)」と記され、その下に、ネズミの輪郭を簡単な線でスケッチしたものまで添えられている。矢印で尻尾の部分を指し示し、「討伐証明部位」と注記までしてあった。さらに欄外には「個体差:斑紋の色・濃さに幅あり。体格差も一〜二割程度確認」「攻撃方法:飛びかかり+爪による引っ掻き。連携せず単発で突っ込んでくる個体が多い」と、小さな文字でびっしり書き加えられている。
「お前、そこまで書くのか」
「基本です。次に似た個体と会った時、どう動けば効率的か判断できますので」
「真面目だなあ、お前」
「真面目にやらないと、いつか痛い目を見る気がして」
その言葉には、どこか実感のこもった響きがあった。俺は詳しくは聞かなかったが、彼女なりの事情があるのだろう、と何となく察した。
「まあ、これからよろしくな。分からんことあったら聞いてくれ」
「はい。こちらこそ、ご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします」
律儀に頭を下げる桐生に、俺は思わず笑った。ヒメが懐の中で、しみじみと呟く。
「ゴウの周りには、変わり者が集まるのう」
「お前が言うな」
「ヒメは変わり者ではない、由緒正しき神じゃ」
「由緒正しき神が、割引情報漁ってスーパー巡りしてるとは思えねえけどな」
「それとこれとは話が別じゃ」
軽口を叩き合いながら歩く帰り道は、今日もいつも通りに賑やかだった。夕暮れの空を橙色に染める光が、通り沿いの家々の窓にちらちらと反射している。十日前まで、俺はこの寄合所の存在すら知らなかった。それが今では、鷲尾さんという頼れる先輩ができ、桐生という小生意気な後輩まで加わった。
「なあ、ヒメ。俺、意外とやっていけそうな気がしてきたわ」
「今更何を言うておる。ゴウはもとより、なるようになる、が口癖ではなかったか」
「それはそうだけど、なんつうか、実感が伴ってきたっつうか」
「よいことではないか。人の輪が広がるのは、ヒメにとっても喜ばしいことじゃ」
珍しく素直な物言いに、俺は思わず頬を緩めた。まだ何一つ確かなものなんてないけれど、少なくとも今日という日が、悪くない一日だったことだけは確かだった。
その夜、家に戻ると、灰村は台所の隅に座り込んで、ぼんやりと手元の湯呑みを見つめていた。
「おかえり」
「おう、ただいま」
「今日はどうだった」
「新人の子が加わってさ。えらい真面目な奴でよ」
軽い調子で今日の出来事を話す俺に、灰村は静かに相槌を打っていた。だが、その反応は、いつもよりどこか鈍い。
「灰村、なんか考え事か?」
「……いや、大したことじゃない」
「そうか。まあ、何かあったら言えよ」
「ああ」
短いやり取りを最後に、灰村はまた黙り込んだ。俺はそれ以上踏み込まなかった。彼にも、彼なりのペースがあるのだろう。
その横顔に、ほんの一瞬、いつもとは違う色が滲んでいた気がしたが――俺は、その日はまだ、それに気づくことができなかった。
誰もいなくなった部屋で、灰村徹は一人、手のひらをじっと見つめていた。
豪と、あの神様と、賑やかな声が遠ざかっていく。静けさの中に取り残されると、決まってあの感覚がやってくる。血の奥、もっと深いところ――そこに巣食う何かが、ゆっくりと目を覚ますような感覚。指先が、じん、と痺れるように熱を帯びる。
(――強くなれ)
声が聞こえたわけではない。だが、確かにそう感じた。自分の内側から、自分ではない何かが、静かに囁きかけてくる。窓の外では、遠くで犬の鳴き声がしていた。カーテンの隙間から差し込む月明かりが、床に淡い線を引いている。灰村はその線を、ぼんやりと見つめ続けた。
かつて、路地裏でうずくまっていた頃のことを思い出す。誰にも見向きもされず、ただ生きているというだけで疎まれるような日々。冷えたアスファルトの感触、雨に濡れた段ボールの匂い、通り過ぎる人々の視線の重さ――今も鮮明に思い出せる。あの時の自分に、何か力があれば――そう願わなかった夜は、一晩たりともなかった。
(俺たちは強くなれる)
声が、囁く。耳ではなく、もっと奥の方――血の巡りそのものから響いてくるような声だった。
(あの女より強くなれる)
その言葉には、抗いがたい甘さがあった。今の自分にできることは、あまりに少ない。豪の隣で、彼の役に立てているという実感はある。今日も、豪が新しい仲間を迎え入れたと、少し弾んだ声で話していた。あの声を聞くたび、灰村の胸の奥に、温かいものと、それを上回る苦いものとが同時に湧き上がる。
俺たちは、と、いつの間にか口をついて出るようになった一人称。豪はそれを不思議がっていたが、灰村自身、その理由をうまく説明できずにいた。血液に宿った、異物としか呼びようのない何か――その"意思"が、いつからか自分の中で、確かな輪郭を持ち始めている。最初はただの違和感だった。傷の治りが異様に早いこと、疲れをほとんど感じないこと。だが今では、はっきりとした"声"として、自分に語りかけてくるようになっていた。
(異界へ)
声は優しい。優しいからこそ、恐ろしい。
灰村は、ゆっくりと目を閉じた。まだだ、まだ応えるわけにはいかない。豪に拾われたあの日から、自分はまだ、彼に返しきれていない恩がある。それを返し終えるまでは――いや、それだけが理由なのか、と、灰村は自分自身に問いかける。
窓の外で、風が木々を揺らす音がした。さわさわ、という葉擦れの音に紛れて、あの声がまた、かすかに響いた気がした。灰村は目を開け、自分の手のひらを、もう一度見つめ直す。傷一つない、しかしどこか自分のものではないような、そんな感覚が拭えない手のひらだった。
「……俺は、俺たちは、何になろうとしているんだろうな」
誰にも届かない呟きが、静かな部屋に溶けていった。
【体験談】探索者になるにはどうしたらいい?
1:名無しさん
最近「探索者」って言葉よく聞くけど、あれってどうやったらなれるの?
4:名無しさん
>>1
特に資格とかいらないっぽいよ
寄合所みたいなとこに顔出せば、なんとなく仲間扱いしてもらえるって聞いた
7:名無しさん
資格なしで命がけの仕事に飛び込めるの怖くない?
9:名無しさん
>>7
わかる、でも実際そういう緩い仕組みでしか回ってないのが現状っぽい
制度がまだ全然追いついてないんだろうな
12:名無しさん
周りに実際やってる人いるけど、バイト感覚で始めた人もいるらしい
金にはなるが命の保証はない、みたいな
15:名無しさん
>>12
その温度感、逆にリアルで怖いわ
18:名無しさん
最初は誰かベテランについて教わるのが一番安全なんじゃない
我流でいきなり突っ込むのは無謀すぎる
21:名無しさん
>>18
それはそう
でも「ベテラン」って言っても、この業界できてまだ一か月とかだからな
みんな似たようなもんなんだよな
24:名無しさん
なんか新人だけど熱心に情報整理してる子がいるって話聞いた
ノートにびっしり書き込んでるとか
27:名無しさん
>>24
偉いな、そういう地道な積み重ねが今一番必要な気がする
みんな手探りすぎて、ちゃんと記録取ってる人少なそうだし
30:名無しさん
探索者って響きはかっこいいけど、実態は自警団のバイトに近いんだろうな
夢見すぎず現実的に考えたほうがよさそう
【質問】ダンジョン内での飲食について詳しい人いる?
1:名無しさん
ダンジョン内で活動する時、飯とか休憩ってどうしてる?
みんなの工夫が知りたい
3:名無しさん
>>1
携帯食料持ち込む人が多いんじゃないかな
俺は塩むすびとか持っていくことが多い
7:名無しさんじゃ
乾物がよいぞ。特に椎茸。軽いし日持ちもするし、出汁も取れて一石二鳥じゃ
9:名無しさん
>>7
なんか口調独特だな、bot?
12:名無しさん
>>7
椎茸推しすぎて逆に気になる、なんかセールでもあったの
15:名無しさんじゃ
よく分かったな。近所の乾物屋で三割引きだったのじゃ、そなたも行くとよい
18:名無しさん
>>15
情報自体はありがたいけど、なんでそんな古風な喋り方なんだ
21:名無しさん
このスレ、たまにこの人現れるよな
いつも微妙に的外れというか、生活情報寄りの話題ばっかり
24:名無しさん
>>21
わかる、探索の話してたはずなのに気づいたらスーパーの特売情報になってる
27:名無しさん
的外れとは失礼な。有用な情報のつもりなのじゃが
30:名無しさん
>>27
いや否定はしないけど、もう少しダンジョンの話も欲しいというか……
33:名無しさん
この人、遊びに来てるのか情報収集してるのか判断つかないんだよな
でも嫌いじゃない、なんか和む
36:名無しさん
>>33
わかる、殺伐としがちなスレにこの人が来ると謎の緩さが生まれる
39:名無しさん
待って、この「じゃ」口調と椎茸推し……もしかしてあの噂の神様じゃない?
42:名無しさん
>>39
あの噂って?
45:名無しさん
>>42
皇都の寄合所に、喋る人形みたいな神様が出入りしてるって話、聞いたことない?
組合の連中がマスコット扱いしてるとかいうやつ
48:名無しさん
>>45
ああ、それ俺も聞いた
半額情報に詳しいとか、そういう噂込みだった気がする
51:名無しさん
符合しすぎだろこれ、本人(本神?)で確定でよくない?
54:名無しさん
まじで神様が掲示板に書き込んでるってこと!?
なんか一気に親近感湧いてきた
57:名無しさん
>>54
わかる、割引情報探して掲示板徘徊してる神様とか、逆に応援したくなる
【企業】組合とは別に、ダンジョン専門の会社ができたらしい
1:名無しさん
組合の寄合所とは別に、ダンジョン探索を専業にする会社が立ち上がったって聞いたんだけど知ってる人いる?
4:名無しさん
>>1
ああ、なんか新興企業がダンジョン絡みの事業始めたって話は聞いたことある
組合みたいなボランティア寄りの互助会とは違って、ちゃんと社員雇って組織立ってるらしい
7:名無しさん
へえ、ビジネスとして成立するくらいには市場があるってことか
この短期間でよくそこまで動けるな
10:名無しさん
>>7
資本力があるところは動きが早いんだろうな
組合みたいな現場発の緩い集まりとは、そもそもの成り立ちが違う感じ
13:名無しさん
組合とその手の企業、今後どういう住み分けになっていくんだろう
競合するのか、それとも別分野で共存するのか
16:名無しさん
>>13
個人的には共存してほしいけどな
選択肢が増えるのは探索者側にとっても悪くない話だと思う
19:名無しさん
その企業、具体的に何やってるとこなの?
22:名無しさん
>>19
詳しくは知らないけど、探索の請負だけじゃなくて、機材の開発とかもやってるって噂
組合みたいな手弁当の装備とは違うところで攻めてる感じ
25:名無しさん
こういう会社が増えてくると、探索者っていう仕事自体がもっと一般的になっていきそうだな
【依頼】研究施設からダンジョン内の調査依頼が来てるらしい
1:名無しさん
うちの近くの寄合所、なんか大学とか研究機関から調査依頼が来てるって噂を聞いた
3:名無しさん
>>1
どんな依頼?
6:名無しさん
>>3
ダンジョン内に生えてる植物とか、採れる鉱物を採取して持ってきてほしい、みたいな依頼らしい
普通の環境じゃ見られない種類のものが結構あるとかで
9:名無しさん
なるほど、学術的な興味ってことか
言われてみれば、あの空間の植生とか鉱物とか、めちゃくちゃ気になる存在ではあるよな
12:名無しさん
>>9
中の環境自体が異常だから、そこで育つものも普通とは違う性質持ってそうだもんな
研究対象としちゃ宝の山なんだろう
15:名無しさん
探索者からしたら、モンスター討伐の合間にちょっとした小遣い稼ぎになっていいのかもね
18:名無しさん
>>15
依頼の単価とか気になるところではある
命がけの割に合わないと誰もやらないだろうし
21:名無しさん
この手の調査、そのうち国とか大学がもっと本格的に乗り出してきそうな予感がする
今はまだ組合経由の個人依頼レベルだろうけど
24:名無しさん
>>21
わかる、いずれ専門の研究チームがダンジョンに常駐する時代が来るのかもな
なんか未知の資源とか見つかったら大騒ぎになりそう
27:名無しさん
ダンジョンが厄介者扱いされるだけじゃなくて、こういう形で価値を見出されていくの、なんか面白いな
【世間】探索者って儲かるって本当?
1:名無しさん
友達が探索者始めたらしいんだけど、結構稼げてるらしい
これマジ?
3:名無しさん
>>1
依頼によるとしか言えないけど、そこそこ稼げるって話は聞くな
ただ命の危険とトレードオフだから、単純に羨ましいとは言えない
6:名無しさん
危ないんでしょ?って聞くと、みんな「まあ慣れれば」みたいな返しするの怖い
その「慣れ」の基準がわからん
9:名無しさん
>>6
わかる、命の危険を「慣れ」で片付けられると逆に不安になる
12:名無しさん
うちの弟が興味持ち始めてて止めるべきか迷ってる
止めても勝手にやりそうな性格だし
15:名無しさん
>>12
難しいよな、若い子ほど飛び込んでいきそうなイメージある
18:名無しさん
テレビでも特集組まれ始めたよな
「新しい職業のかたち」みたいな煽り文句で
21:名無しさん
>>18
メディアが取り上げ始めると急に一般化した感じがして怖い
まだ何も制度整ってないのに
24:名無しさん
儲かる儲からないより先に、そもそも安全なのかどうかをちゃんと議論してほしい
27:名無しさん
>>24
激しく同意
このままなし崩し的に一般化していくの、ちょっと怖いわ
【雑談】探索者の相棒事情について
1:名無しさん
探索者の中には、変わった相棒連れてる人もいるって聞くけどマジ?
3:名無しさん
>>1
ああ、なんか喋る人形みたいなの連れてる人がいるって話は聞いたことある
6:名無しさん
それモンスターじゃないの?大丈夫なのか
8:名無しさん
>>6
最初はそう思われて騒ぎになったらしいけど、結局ただのマスコット扱いで落ち着いたって噂
11:名無しさん
寄合所の人たちが認めてるなら、そこまで心配しなくてもいいんじゃない
14:名無しさん
>>11
まあ現場の判断が一番信頼できるよな、外野があれこれ言うことでもないか
17:名無しさん
相棒っていうか、なんか神様らしいって噂もあるけど本当なのかね
20:名無しさん
>>17
真偽不明だけど、話のネタとしては面白いよな
神様が探索者やってるとか、いかにもこの時代らしい話というか
23:名無しさん
この状況、何が起きてもおかしくない気がしてきた
神様が普通に人助けしてても、もう驚かなくなってきた自分がいる
26:名無しさん
>>23
わかる、感覚が麻痺してきてるよな、いい意味でも悪い意味でも
【定期】今日の神様、元気に活動中スレ
1:名無しさん
恒例の、皇都の寄合所にいるらしいマスコット神様の目撃情報スレです
今日も元気そうだったって報告あったら書き込んでいってください
3:名無しさん
>>1
このスレ定期的に立つよな、いつの間にか定着してて草
6:名無しさん
今日も掲示板の別スレで、椎茸の割引情報を得意げに披露してるところ目撃したわ
ブレないな、あの神様
9:名無しさん
>>6
それもう本人特定されてるようなもんじゃない?
12:名無しさん
特定されてるというか、もう向こうも隠す気ないと思う
聞かれたら普通に「じゃ」口調で答えてるし
15:名無しさん
寄合所に実際行った知り合いが言うには、みんなに可愛がられてるらしいぞ
完全にマスコットとして定着してる
18:名無しさん
>>15
いいなそれ、癒し系の神様なんだろうな
21:名無しさん
最初はモンスターかと思われて大騒ぎになったらしいのに、今じゃ愛され枠になってるの面白すぎる
24:名無しさん
>>21
わかる、正体不明だった頃の緊張感が嘘みたいだよな
人徳、というか神徳? があるんだろうな
27:名無しさん
次はどんな割引情報持ってくるのか、地味に楽しみになってきた自分がいる
【海外】探索者に相当する職業、各国での扱いに差
1:名無しさん
海外だと探索者的なポジション、国によって扱いがだいぶ違うらしい
4:名無しさん
>>1
どう違うの?
7:名無しさん
>>4
自然発生的なギルド型のところもあれば、最初から国家が完全管理してるとこもあるって
日本は今のところ前者寄りらしい
10:名無しさん
国家管理型のほうが安全そうに見えるけど、実際どうなんだろうな
13:名無しさん
>>10
管理が厳しい分、身動きが取りづらいって話も聞くから一長一短っぽい
16:名無しさん
自然発生的なタイプの国では、日本と同じような手探り感があるって話も
どこも似たような手探りフェーズなんだな
19:名無しさん
>>16
世界中同時多発の現象だから、対応も似たような速度でしか進まないんだろうな
22:名無しさん
各国の対応スピード比較する記事、そろそろ本格的に出てきそう
25:名無しさん
>>22
国民性がそのまま制度設計に出そうで興味深いテーマではある
28:名無しさん
いずれにせよ、どの国も「正解」にはまだ全然辿り着いてない段階なんだろうな
これからどう転ぶか、誰にも読めない
【海外】海外の"謎の投稿者"報告、日本だけの現象ではない?
1:名無しさん
海外の掲示板でも、なんか独特な古風な言い回しで書き込む謎の投稿者がいるって話、見かけたんだが
4:名無しさん
>>1
まじで? こっちにもそういうのいるんだけど
7:名無しさん
うちの国の掲示板にもいるわ
やたら格式ばった言い回しで、自分の国の古い遺跡とか史跡の現状を根掘り葉掘り尋ねてる投稿者がいる
10:名無しさん
>>7
こっちのは、なんか特定の家系の末裔を探してるみたいな書き込みしてる人がいたな
古い記録とか家系図に詳しくて、やたら丁寧な言葉遣いだった
13:名無しさん
各国の"謎の投稿者"、特徴を比較してるスレも立ち始めてるらしい
言語も聞いてる内容もバラバラなのに、なんとなく雰囲気だけは似てるって話も
16:名無しさん
>>13
これもしかして、世界中の神様的な存在が、それぞれ自分の関心事を探ってるってオチだったりして
19:名無しさん
さすがに考えすぎだろ、と言いたいけど、最近何が起きても驚かなくなってきてる自分がいる
22:名無しさん
>>19
わかる、この一か月で常識のハードルがだいぶ下がった気がする
25:名無しさん
世界中で同時多発的に似た現象が起きてるの、やっぱり地球規模で何かが繋がってるんだろうな
スケールが大きすぎて実感が追いつかない