マッドバッドダンジョン   作:syumasyuma

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別れ

 朝から、灰村の様子がどこかおかしかった。

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、畳の上に細い光の筋を作っている。遠くで誰かの家の風鈴が、ちりん、と控えめな音を立てた。炊きたての飯の匂いが台所に立ち込める中、いつもなら朝飯の支度を無言で手伝ってくれるのに、今日は台所の隅に立ったまま、じっと自分の両手を見つめている。窓から差し込む朝日が、その横顔にまだらな影を落としていた。

 

「灰村、飯できたぞ」

 

「……ああ」

 

 返事はあったが、腰を上げるまでに一拍分の間があった。俺は茶碗に飯をよそいながら、それとなく様子をうかがう。湯気がふわりと立ち上り、味噌汁の匂いが鼻先をくすぐった。

 

「ヒメの分もよそっておいたぞ」

 

「おお、気が利くではないか」

 

 ヒメが俺の肩から座卓に飛び降り、小さな茶碗を両手で抱えるように持った。

 

「今日の味噌汁、いつもより出汁が効いておるな」

 

「乾物屋の椎茸、まだ使ってるからな。お前が三割引きで買ってきたやつ」

 

「あれはヒメの功績じゃな。もっと褒め称えるがよい」

 

「はいはい、ありがとよ」

 

 いつも通りのやり取りに、俺は少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。だが、その空気も長くは続かなかった。

 

「なんか、顔色悪くねえか」

 

「そんなことはない」

 

 いつもよりわずかに低い声だった。ヒメが俺の肩の上から、灰村の顔をまじまじと覗き込む。

 

「確かに、いつもより陰りがあるのう」

 

「気のせいだ」

 

 灰村はそう言って箸を取ったが、飯には手をつけず、湯呑みの茶をただ見つめていた。湯呑みの縁から立ち上る白い湯気が、彼の視線の先で頼りなく揺れている。

 

「珍しいな、お前が飯残すの」

 

「食欲がないだけだ」

 

「らしくねえな。何かあったのか」

 

「……いや」

 

 言葉を濁して、灰村は視線を逸らした。俺はそれ以上突っ込まず、黙々と自分の朝飯を平らげていく。ヒメだけが、何かを察したように、いつもより静かに俺の肩の上に座っていた。

 

「今日、天気良さそうじゃな」

 

 ヒメがぽつりと言った。窓の外、雲一つない青空が広がっている。いつもならこういう時、ヒメは「探索日和じゃ、稼ぎに行くぞ」とはしゃぐところだが、今日はどこか遠慮がちな声色だった。灰村がその声に、小さく頷く。

 

「ああ……そうだな」

 

 三人で交わす言葉が、いつもより少しだけ、間延びしていた。何かが違う。そう感じながらも、俺はまだそれが何なのか、はっきりとは掴めずにいた。

 

 この数週間、灰村がいることで、暮らしにはずいぶんと張りが出ていた。組合での依頼をこなす時も、桐生カエデが道場巡りで抜けている日は、灰村が後方から状況を見極めてくれることも多かった。鷲尾さんとも、いつの間にか軽口を交わす仲になっていた。そんな日々が、今日を境に少し変わってしまうのだろうか――そんな予感が、朝飯の湯気の向こうに、ぼんやりと漂っていた。

 

 しばらくの沈黙の後、灰村がゆっくりと口を開いた。

 

「豪。話がある」

 

 その声音に、俺は箸を止めた。いつもの落ち着いた調子とは、どこか違う響きがあった。

 

「なんだよ、改まって」

 

「まず、礼を言わせてくれ」

 

 灰村は姿勢を正し、俺の目をまっすぐ見た。

 

「あの日、ダンジョンの奥で行き倒れていた俺を、お前は迷いもせず助け起こした。あれがなければ、俺はとうにあの場所で朽ち果てていた。この数週間、お前たちと過ごした日々は、存外悪くなかった」

 

「なんだよ急に。柄にもねえな」

 

 俺は少し照れくさくなって、そう茶化した。だが灰村は、真剣な顔を崩さなかった。

 

「柄にもないついでに、もう一つ聞いてほしい話がある」

 

「……なんだよ」

 

「俺の体は、もうとうに普通の人間じゃない。ダンジョンのせいで、誰かが、俺の中に同居している」

 

 告げられた事実に、俺は箸を置いた。薄々感じてはいたが、はっきりと言葉にされると、思っていた以上に重かった。

 

「やはり、そうであったか。ヒメも薄々気づいておったぞ」

 

 ヒメが真剣な顔で口を挟んだ。灰村は驚いた様子もなく、静かに頷く。

 

「お前の見立ての鋭さには、正直助かる部分もあった」

 

「褒められても嬉しくないのう、こういう時は」

 

 ヒメがぽつりと呟いた。その一言に、灰村の口元がわずかに緩んだ。

 

「たまに『俺たち』になるのは、そのせいだ。傷の治りが異様に早いのも、疲れをほとんど感じないのも、全部そいつのお陰だ」

 

「……マジかよ」

 

「もっと早く話すべきだったかもしれないが、今まで言えずにいた。すまない」

 

 灰村は静かに頭を下げた。俺はしばらく言葉を失っていたが、やがて絞り出すように口を開いた。

 

「いや……別に、謝ることじゃねえよ。言いにくいことだったろうし」

 

「そう言ってもらえると、助かる」

 

 灰村はわずかに肩の力を抜いた。それから、決意を固めるように続けた。

 

「俺の中のもう一人の俺も、敵ってわけじゃない。ただ強さを求める。生存本能の塊みたいなやつさ」

 

「そうか……」

 

 俺は静かに相槌を打った。灰村が抱えているものの重さを、俺は完全には理解できないだろう。それでも、この告白が、灰村なりの精一杯の誠実さだということだけは、痛いほど伝わってきた。

 

「俺と同じように、ダンジョンでおかしくなって困っている奴らがいるなら」

 

 灰村の声には、確かな熱が込もっていた。

 

「かつて誰にも顧みられなかった俺を、お前が拾ってくれたように――今度は俺が、そういう連中を助ける番だと思ってる」

 

「そうか……」

 

 俺は静かに頷いた。灰村の目の奥に、迷いのなさがはっきりと宿っていた。それは、力に唆された者の目ではなく、自分の意志で何かを選び取った者の目だった。少なくとも、俺にはそう見えた。

 

「豪」

 

「なんだ」

 

「世話になった礼と言ってはなんだが――一つ、言わせてくれ」

 

 灰村は、真っ直ぐに俺を見据えた。

 

「俺たちは、これから強くなる。お前に助けられてばかりの俺じゃなく、いつかお前と対等に渡り合えるくらいにな」

 

 思いがけない言葉に、俺は目を見開いた。

 

「……ライバル宣言かよ、それ」

 

「そういうことだ。次に会う時は、俺たちの方がお前より強くなっているさ」

 

 灰村にしては珍しく、挑発するような笑みが浮かんでいた。俺は思わず噴き出した。

 

「上等じゃねえか。返り討ちにしてやるよ」

 

「言ったな」

 

「言ったね」

 

 軽口の応酬に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。ヒメが俺の懐から顔を出し、興味深そうに二人を見比べる。

 

「ほう、面白い話になってきたのう」

 

「お前は黙って見てろ」

 

「見物人にも口を出す権利はあろう」

 

 ヒメが澄ました顔でそう言うので、俺と灰村は思わず顔を見合わせて笑った。

 

「ヒメも将来的には、二人まとめて肩を並べられるくらい強くなってもらわんとな」

 

「お前も強くなる気なのかよ」

 

「当然じゃ。ヒメはもとより神ぞ。今は本調子でないだけじゃ」

 

「その言い訳、もう何回目だっけ」

 

「数えるでない、無粋な奴じゃな」

 

 ヒメが頬を膨らませて抗議する様子に、灰村も堪えきれず小さく吹き出した。

 

「で、いつ出るんだ」

 

「明日には」

 

「早えな、おい」

 

「長居すれば、情が移る。それだけ、決断が鈍る」

 

 灰村らしい、素っ気ない言い方だった。だがその奥に、名残惜しさが滲んでいるのを、俺は感じ取っていた。

 

「行く当てはあるのか?」

 

「ある程度は。同じような境遇の者たちが、ぽつぽつと集まり始めている場所がある」

 

「そうか」

 

 それ以上、俺は詳しく聞かなかった。聞いたところで、今の自分に何ができるわけでもない。

 

「一人で大丈夫なのかよ、それ」

 

「一人じゃない」

 

 灰村は自分の胸を叩いた。

 

「こいつも、一緒だ。頼りになるかは分からんが、少なくとも、独りじゃない」

 

 その言い方には、自嘲めいた響きと、どこか腹を括ったような静けさとが同居していた。俺は何と返せばいいか分からず、ただ小さく頷くしかなかった。

 

「なあ、灰村」

 

「なんだ」

 

「困ったら、いつでも戻ってこいよ。飯くらいは食わせてやる」

 

 灰村は一瞬、虚を突かれたような顔をした。それから、珍しく口元を緩めた。

 

「……ああ。世話になった」

 

「世話になったのはこっちだよ。お前がいなきゃ、ヒメと二人であちこち行き倒れてたかもしれねえし」

 

「行き倒れはせんが」

 

「うるせえ」

 

 ヒメが不満げに口を挟み、俺は思わず噴き出した。灰村も、久しぶりに肩の力が抜けたような笑みを見せる。

 

 灰村は静かに立ち上がり、名残惜しそうに部屋の中を見回した。畳の目、天井の染み、台所の古びた食器棚――そのどれもを、目に焼き付けるように見つめていた。

 

「そんなにじろじろ見なくても、部屋は逃げねえよ」

 

「……そうだな」

 

 灰村は苦笑して、視線を俺たちの方に戻した。ヒメが座卓の上から、しみじみとした調子で口を挟む。

 

「短い間じゃったが、賑やかになったのう、この部屋も」

 

「そうだな。悪くない日々だった」

 

 灰村は珍しく素直に、そう認めた。

 

「なあ、灰村。行った先で、ちゃんと飯食えよ」

 

「心配性だな、お前は」

 

「お前が言うな」

 

 軽口を交わしながらも、灰村の覚悟の重さだけは、しっかりと伝わってきた。着の身着のまま、荷物一つ持たずに、それでも見知らぬ誰かのために動き出そうとしている――その背中が、少しだけ大きく見えた。

 

 俺たちは連れ立って玄関へ向かった。朝の光が、まだ土間に短い影を落としている。

 

「じゃあな」

 

「ああ」

 

 短いやり取りだった。それ以上、互いに言葉を重ねる必要はなかった。

 

「これ、持ってけ」

 

 俺は財布ごと、灰村に向かって放り投げた。

 

「路銀くらいにはなるだろ、多分」

 

「……お前、それでいいのか」

 

 灰村は慌てて財布を受け止め、驚いた顔で俺を見た。

 

「いいんだよ、細けえこと気にすんな」

 

「律儀なんだか豪快なんだか、よく分からん奴だな、お前は」

 

 灰村は苦笑しながらも、その財布をしっかりと握りしめた。

 

「ありがたく貰っておく」

 

「気をつけてな。無茶すんなよ、俺が言うのもなんだけど」

 

「お前が言うか、それを」

 

 灰村がわずかに口元を緩めた。ヒメが俺の懐から顔を出し、灰村に向かって声を張った。

 

「困ったらいつでも戻ってくるのじゃぞ。ゴウに唐揚げを揚げさせて待っておるからな」

 

「唐揚げのために戻ってこいと言われる日が来るとはな」

 

 灰村は小さく笑い、それから居住まいを正した。目に、確かな光が宿っていた。あの二重の色のうち、どちらの色がより強く滲んでいるのか、俺には判別がつかなかった。それでも、まっすぐにこちらを見据えるその眼差しが、灰村自身の意志によるものだということだけは、疑いようもなく伝わってきた。

 

 軽口を交わし合いながら、俺たちは互いに拳を突き合わせた。拳同士がこつん、と軽い音を立てる。その一瞬だけ、灰村の目からいつもの憂いが消え、まっすぐな光だけが残っているように見えた。

 

「世話になった。二人とも」

 

「また会おうぜ」

 

 俺がそう言うと、灰村は一度だけ、確かに頷いた。

 

「……ああ。また、いつか」

 

 その声に、俺、と、俺たち、のどちらが応えたのか、俺にはもう分からなかった。ただ、灰村の背中が路地の向こうに消えていくまで、俺はずっとそこに立っていた。朝日が長く伸びた影を、路地の敷石の上に落としていた。どこか遠くで、また風鈴の音がちりんと鳴った。

 

 静かになった部屋の中、ヒメが小さくため息をついた。

 

「寂しくなるのう」

 

「まあな」

 

 俺は短く答えて、朝飯の後片付けを始めた。皿を洗う水音だけが、やけに大きく響いた。蛇口から流れる水の冷たさが、いやに指先に染みた。

 

「また賑やかになる日も来るじゃろう」

 

「だろうな」

 

 俺は水を止め、濡れた手を拭いながら、灰村が最後に見せた笑みを思い出していた。あの目に宿っていた光が、渇いた色だったのか、それとも灰村自身の色だったのか――結局、俺には分からずじまいだった。だが、どちらであっても構わない気がした。灰村が誰かのために動こうとしているという事実だけは、疑いようもなく本物だったからだ。

 

 根拠なんて何もなかったが、そう思うことにした。なるようになる。俺の口癖が、今日は少しだけ、いつもより重たく感じられた。

 

 洗い終えた皿を拭きながら、窓の外を見る。今日も変わらず、青い空が広がっていた。灰村がいなくなっても、世界は何食わぬ顔で回っていく。それが少し寂しくて、それでいてどこか救いのようにも思えた。

 

「よし、俺たちも今日の分、稼ぎに行くか」

 

「うむ。気合を入れ直すぞ」

 

 ヒメが俺の肩に飛び乗り、いつもの調子で拳を振り上げた。その空元気に、俺は思わず口元を緩める。玄関の戸を開けると、外の空気がひやりと肌を撫でた。一人分減った家の中を出て、俺は今日もいつもの道を歩き出した。

 

 

                     

 

 下町の外れ、古びた瓦屋根の道場に、乾いた木刀の音が響いていた。

 

「遅い! もう一度だ!」

 

「はい……!」

 

 桐生カエデは、額に滲む汗を拭う間もなく、木刀を構え直した。権藤剛造の怒声が、道場の板張りに反響する。

 

「振り方が硬い。腕だけで振ろうとするな、腰から出せ、腰から」

 

「腰から……」

 

 カエデは言われた通り、腰の捻りを意識して木刀を振り抜いた。だが、権藤の眉間の皺はさらに深くなる。

 

「まだ硬い。理屈をこねる前に、まず千回振れ。話はそれからだ」

 

「理屈が分からないと、正しく修正できないと思うのですが……」

 

「理屈はその千回の中で、勝手に体が覚える。四の五の言わずに振れ」

 

 あまりに大雑把な指導方針に、カエデは思わず言葉に詰まった。組合で几帳面にノートを取り、理論立てて物事を進めることに慣れた身にとって、この道場のやり方は、最初は面食らうことばかりだった。

 

(説明が、あまりにも少なすぎる……)

 

 入門したばかりの頃、カエデはそう感じて何度も戸惑った。だが、権藤の指導には、言葉少なながらも一貫した芯があることに、次第に気づき始めていた。彼が求めているのは、頭で理解することではなく、体に馴染ませることそのものだった。

 

「休憩だ。十分やる」

 

「ありがとうございます……!」

 

 カエデは崩れ落ちるように、道場の板の間に座り込んだ。手のひらには、木刀の柄で擦れた赤い痕がくっきりと残っている。

 

「相変わらず身体に無理させる叩き込み方じゃな、ゴンさんは」

 

 道場の隅から、聞き覚えのある声がした。振り返ると、老いた猫のような佇まいの、小柄な老人が茶を運んできていた。権藤の道場に古くから出入りしている、近所の隠居だという。

 

「体で覚えるのが一番早い、というのが師範の持論のようで」

 

「まあ、間違ってはおらんよ。理屈より先に、体が勝手に動くようになった方が、いざという時には強い」

 

 その言葉に、カエデはふと、豪の姿を思い出した。理屈より先に体が動く、というのは、まさに豪そのものではないか。自分が積み上げようとしている道と、豪が歩んでいる道――方向性はまるで違うのに、行き着く先には、案外近いものがあるのかもしれない。

 

「どうした、ぼうっとして」

 

「いえ、何でもありません」

 

 カエデは慌てて居住まいを正した。権藤が、木刀を担いでこちらへ歩いてくる。

 

「次だ。今度は左からの一撃を意識しろ」

 

「はい!」

 

 カエデは再び木刀を構えた。腕はすでに悲鳴を上げていたが、それでも、一歩ずつ、確かな手応えを積み重ねている実感があった。基礎から正式に学び直すというこの選択が、間違っていなかったと、まだ確信するには早いけれど――少なくとも今は、そう信じて振り続けるしかなかった。

 

 道場に、また乾いた木刀の音が響いた。

 

 

                     

 

 薄暗いカフェの奥の席で、黒江縁は目の前に座る青年を、静かに観察していた。

 

「望月くん、今日も来てくれて嬉しいわ」

 

「あ、いえ、こちらこそ、いつも誘っていただいて」

 

 望月悠人は、少し緊張した面持ちでコーヒーカップを両手で包んでいた。この数週間で、彼との距離はずいぶん縮まったと言っていい。最初はただの人懐こい大学生だったが、今では黒江の一言一言に、はっきりとした期待の色を浮かべるようになっている。

 

「今日は、少しだけ踏み込んだ話をしてもいいかしら」

 

「はい、ぜひ」

 

 望月の目が輝いた。この反応も、もう見慣れたものだった。

 

「わたくしたちのサークルは、表向きは"魔道書研究会"――でも、本当は、もっと古くて、深い教えを受け継いでいるの」

 

「古い教え、ですか」

 

「ええ。この世界には、人が語り継いできた神話よりも、ずっと昔から存在するものたちがいる。星の巡りが正しく整った時、再びこの世に姿を現すとされる存在たち」

 

 黒江は、慎重に言葉を選びながら、真実の断片をそっと差し出す。あまりに一気に明かせば、大抵の人間は恐怖して離れていく。だが、少しずつ、少しずつであれば――むしろ、選ばれたのだという高揚感の方が、恐怖を上回ることがある。

 

「それって、その……人智を超えた、古い神々みたいな話ですか? オカルト系の本で、そういう話を読んだことがあります」

 

「よく知っているのね」

 

「ちょっとかじった程度ですけど」

 

 望月は照れたように笑った。だがその奥に、隠しきれない好奇心の色が見える。黒江は内心、静かに頷いた。悪くない反応だ。

 

「あれは、単なる創作ではないのよ」

 

「え……」

 

「本当に存在する。今も、どこかで眠っている。そして、目覚めの時が近づいている」

 

 望月の表情が、驚きと戸惑い、そしてそれを上回るほどの興奮とで、複雑に揺れ動いた。

 

「な、なんで僕にそんな話……」

 

「あなたには、素質があると思ったから」

 

 その一言に、望月の頬が、分かりやすく上気した。

 

「僕に……ですか」

 

「ええ。誰にでも話すわけじゃないの。これは、選ばれた人にしか話さない」

 

 選ばれた。その言葉が、望月の中で確かな重みを持って響いたのが、表情から読み取れた。彼はまだ、教団の本当の目的も、自分がその歯車の一つとして組み込まれつつあることも、何一つ知らない。ただ、自分だけが特別扱いされているという事実だけが、彼の心を静かに満たしていく。

 

「あの、僕、もっと知りたいです」

 

「焦らなくていいのよ。少しずつ、教えていくから」

 

 黒江は微笑みながら、内心では冷静に望月を値踏みしていた。この青年は、まだ全体像を掴んではいない。だが素直で、承認欲求が強く、疑うということを知らない。教団にとって、これほど扱いやすい人材もいない。

 

(もう少し。もう少しだけ、深く踏み込ませよう)

 

 急いてはいけない。だが、着実に。マスターが望むのは、数ではなく質だ。望月がどこまでこの道を進めるか、それを冷静に見極める必要がある。

 

「今日はこのくらいにしましょうか。また、次の集まりで」

 

「はい! ありがとうございます、黒江さん」

 

 望月は深々と頭を下げ、そそくさとカフェを後にした。その後ろ姿を見送りながら、黒江はゆっくりとコーヒーを口に運んだ。

 

(星が正しく並ぶその日まで、あと何百年かかろうと構わない。だが――少しくらいは、足を速めてもいいはずだわ)

 

 窓の外、皇都の街並みに夕暮れが差し掛かっていた。この街のどこかで、また一人、静かに何かが目覚めようとしていることなど、行き交う誰も気づいていない。

 

 

【目撃談】普通の覚醒者とは様子が違う奴らを見た

 

1:名無しさん

 昨日、郊外のダンジョン跡地で変な連中見かけたんだけど

 覚醒者は覚醒者っぽいんだけど、なんか纏ってる雰囲気が違うというか

 

4:名無しさん

 >>1

 どう違うのか具体的に教えてくれ

 

7:名無しさん

 >>4

 うまく言えないけど、目つきとか動き方とか、普通の探索者とは明らかに違う感じ

 集団で行動してたのも気になった

 

10:名無しさん

 ダンジョンのせいで肉体が変異しちまった人たちなんじゃないかって噂、前からあったよな

 普通の覚醒とは別枠の、もっと不可逆な変質をした人たちがいるとかいう

 

13:名無しさん

 >>10

 あー、聞いたことある

 見た目とか性質が、普通の覚醒者とはっきり違うタイプだっけ

 

16:名無しさん

 そういう人たち、社会に馴染めなくて独自にコミュニティ作ってるって話も聞いたことあるな

 

19:名無しさん

 >>16

 まあ気持ちは分かる、見た目とか能力とか普通と違いすぎると居場所なくすよな

 

22:名無しさん

 怖いっちゃ怖いけど、別に危害加えてくるわけじゃないなら放っておいてもいい気もする

 

25:名無しさん

 >>22

 それはそう、でも正体不明な分、警戒はしちゃうよな

 

28:名無しさん

 最近この手の目撃談増えてきてる気がする

 水面下で何か動いてるんだろうか

 

 

【体験談】組合とか道場とか、教える側に回った人いる?

 

1:名無しさん

 覚醒者になって数ヶ月経つけど、最近道場とか開いて教える側に回る人が出てきてるらしいな

 

4:名無しさん

 >>1

 うちの近所にもある、下町の方の道場

 結構スパルタらしいけど評判はいいって聞いた

 

7:名無しさん

 組合系の互助会と、ちゃんとした道場、両方の形が並行して増えてきてる感じだよな

 

10:名無しさん

 >>7

 組合は現場で覚える系、道場は基礎からみっちり系、みたいな棲み分けができつつあるのかも

 

13:名無しさん

 どっちが向いてるかは人によるだろうけど、選択肢が増えるのはいいことだと思う

 

16:名無しさん

 >>13

 わかる、我流でいきなり突っ込むより、どっちかの型にハマった方が安全そうではある

 

19:名無しさん

 道場の方って、月謝とか結構するんだろうか

 

22:名無しさん

 >>19

 場所によりけりだろうけど、命に関わることだし、多少高くても妥当な気がする

 

25:名無しさん

 こういう教育の仕組みが整ってくると、探索者っていう職業自体がもっと安定してきそうだな

 

 

【話題】オカルトサークル、怪しい勧誘ある?

 

1:名無しさん

 最近大学とかでオカルト系のサークルの勧誘が活発になってる気がするんだけど、みんなのとこはどう?

 

3:名無しさん

 >>1

 うちの大学にもあるわ、なんか妙に熱心に誘ってくる

 

6:名無しさん

 オカルト自体は昔からある趣味だし、別に危険視するようなもんでもないと思うけど

 

9:名無しさん

 >>6

 最近の異界氾濫の流れで、その手のサークルの入会者が急増してるって話は聞くな

 時代が時代だけに需要があるんだろう

 

12:名無しさん

 中には結構がっつり勧誘してくるとこもあるらしいぞ

 友達が誘われて、ちょっと引いてたって言ってた

 

15:名無しさん

 >>12

 どのくらいがっつりなの?

 

18:名無しさん

 >>15

 なんか、選ばれた人にしか教えない秘密の話がある、みたいな誘い文句だったらしい

 いかにもって感じで逆に怪しい

 

21:名無しさん

 その手の勧誘文句、定番すぎて逆に見分けやすいと思うけどな

 「選ばれた」に弱い人は気をつけた方がいいかも

 

24:名無しさん

 >>21

 わかる、承認欲求刺激してくるタイプの勧誘は要注意だよな

 

27:名無しさん

 実害があるわけじゃなさそうだから静観してるけど、なんかキナ臭さは感じる

 

 

【疑問】選ばれた人にしか、みたいな誘い文句って心理学的にどうなの

 

1:名無しさん

 最近のオカルトサークルの勧誘文句、「選ばれた人にしか」系多すぎない?

 

3:名無しさん

 >>1

 定番中の定番だよな、承認欲求刺激する系の

 

6:名無しさん

 心理学的にも、特別扱いされると警戒心が下がるっていうのはよく言われる話らしい

 

9:名無しさん

 >>6

 詳しいな、なんかの本で読んだのか

 

12:名無しさん

 >>9

 大学の講義でちらっとやった、こういう手法自体は昔からある勧誘の定石らしい

 

15:名無しさん

 分かってても引っかかる人がいるから、こういう勧誘が廃れないんだろうな

 

18:名無しさん

 >>15

 わかる、頭では分かってても、実際に言われると嬉しくなっちゃう気持ちも分からなくはない

 

21:名無しさん

 友人とかがそういうのにハマってたら、どう声をかければいいんだろうな

 

24:名無しさん

 >>21

 難しいよな、頭ごなしに否定すると余計意固地になりそうだし

 

27:名無しさん

 こういう手口への注意喚起、もっと広まってほしいところではある

 

 

【海外】不可逆の変質、世界各地で報告相次ぐ

 

1:名無しさん

 海外のニュースで、ダンジョンのせいで肉体が不可逆に変質しちまった人たちの報告が相次いでるって記事見た

 

4:名無しさん

 >>1

 日本だけの現象じゃなかったんだな、これも

 

7:名無しさん

 各国でそれぞれ独自の呼び方をされてるっぽいけど、指してる現象自体は共通してるみたいだ

 

10:名無しさん

 >>7

 覚醒とは別枠の、もっと踏み込んだ変質ってことだよな

 世界的に見ても新しい現象なんだろうな

 

13:名無しさん

 こういう人たちへの社会的な扱いも、国によって結構違うらしい

 保護対象として扱う国もあれば、危険視して隔離する方向の国もあるとか

 

16:名無しさん

 >>13

 日本はどっちかというとまだ静観寄りな気がする

 積極的な対応方針が固まってない印象

 

19:名無しさん

 当事者からしたら、扱いの違いって死活問題だよな

 どの国に生まれたかで人生変わるとか、ちょっと怖い話

 

22:名無しさん

 >>19

 わかる、こういう時こそ国際的な基準作りが必要な気がするけど、まだそこまで進んでなさそう

 

25:名無しさん

 世界中で同時多発的にこの手の変質が起きてるの、やっぱり地球規模の異変が根底にあるんだろうな

 スケールの大きさに実感が追いつかない

 

 

【海外】各国のオカルト系コミュニティ、規模拡大中との報道

 

1:名無しさん

 海外でも、オカルト系の集まりが急速に規模を拡大してるって報道を見たんだが

 

4:名無しさん

 >>1

 どこの国の話?

 

7:名無しさん

 >>4

 複数の国でほぼ同時期に、似たような傾向が報告されてるらしい

 異界氾濫のタイミングと重なってるのは偶然じゃなさそうだ

 

10:名無しさん

 世界的に神秘とかオカルトへの関心が高まってるのは、まあ自然な流れではあるよな

 

13:名無しさん

 >>10

 こういう時こそ、悪質な勧誘に注意が必要なんだろうけど、なかなか周知が追いつかない

 

16:名無しさん

 各国の当局も、この手のコミュニティの監視を強め始めてるって話も聞くな

 

19:名無しさん

 >>16

 水面下で何か大きな組織が動いてる、みたいな噂もちらほら見かける

 

22:名無しさん

 真偽不明の噂ばかりだけど、なんとなく不穏な空気は感じるな

 

25:名無しさん

 >>22

 わかる、根拠はないけど、そろそろ何か表面化しそうな予感がする

 

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