生きたいとは、まだ言えない   作:烏何故なくの

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(後)

 

「ひぃぃぃっ……!!」「たべないでぇっ……!!」

 

 子供たちは後ずさり、悲鳴を上げる。

 最初は軽い好奇心だった。

 森の中の村、外からの情報もろくに入ってこない環境で、彼らにとっての竜の標準はピュトンだけだった。

 

 つねっても引っ張っても怒らない大人しい種族。

 そんな幻想は、ダークドラゴンの鹿を食い荒らす獰猛な姿でかき消される。

 

 鹿の足を折り、腹を裂き、あえてとどめを刺さず傷口をなめて失血死させようとするその姿は、人生経験の少ない子供たちから見てもわかるほど悪意に満ちていた。

 

「ひっ……」

 

 圧倒的強者からは鳥も虫も逃げる。無音の森の中で、子供たちが漏らした悲鳴は致命的だった。

 

「グルルルルッ」

 

 木々をかき分け、ダークドラゴンはすんすんと鼻を鳴らす。

 食べたことのない人間の肉の匂いに、うっとりと頬を緩ませた。

 

 ゆっくり、ゆっくりと歩みを進め、ダークドラゴンは子供たちに迫る。

 子供たちも慌てて逃げだすが、歩幅が違う。瞬く間に追いつかれ、大木を背にして震えることしかできない。

 

「たっ、たすけ………たすけて……」「お、お前らのせいだぞ!」

「イツ、イツ姉ちゃ……ごめんなさい……」

 

 ダークドラゴンが口を開き、子供の一人を飲み込もうとした瞬間。

 土の壁がドーム状にせり上がり、子供たちを覆った。

 

「助けに来ました! そこで待っていてください!」

 

 セイロンの声に、子供たちからワッと歓声が沸く。

 

『行くぜぇっ!!』

 

 ピュトンは地面を転がりながら加速して地面から跳ね、勢いのついた尻尾の一撃をダークドラゴンの顔に叩き込んだ。

 ドーム状の土の壁は子供たちにピュトンの戦闘力を見られないようにするためでもある。

 

 ピュトンは息を吸い込み、魔力と体の中で練り合わせ、炎のブレスを吐いた。

 

「グゥウウウゥゥッ!!」

 

 熱は大したダメージになってはいない。しかし、ダークドラゴンの視界は炎の息で覆われた。

 その隙にセイロンは粘土の鎖をダークドラゴンの体に纏わりつかせる。

 

「ピュトン、今です!」

 

 まだ肉体年齢が四歳のピュトンの肉体では、爪も牙も成竜であるダークドラゴンに有効打を与えられない。

 ただし、それは今の姿であればの話だ。

 

 ダークドラゴンは、自分の首元を走るむず痒い感覚に思わず下を見る。

 小さなネズミが首元まで這いよっていた。

 

 ネズミはニコリとほほ笑むと、爆発的にその体積を増大させた。

 ダークドラゴンの首元で熊の姿へ変身したピュトンは、その質量でダークドラゴンの顎を吹き飛ばした。

 

「アッガァアアアァアアアアアァ!!?」

『よっしゃ顎外れた! 襲われた鹿の傷口を見るに、こいつ食って回復するタイプだもんな!』

 

 竜の中には時折、肉を食わず血と魔力を好む種がいる。

 そういったものは、戦いが起きた後に自分の肉体を回復するため、獲物を殺さずストックしておくのだ。

 

 顎が外れて、攻撃力が下がったダークドラゴンに、セイロンは土の槍を構えた。

 

『こんどこそ、串刺しにできるといいわね』

 

 声が聞こえて、セイロンはおもわず息を呑む。

 拳を握って、開いて、また握る。

 

 セイロンは土の槍を粘土の鎖に変換させ、ダークドラゴンの体に巻き付けた。

 

 「グウウゥゥゥウウウッッ!!」

 

 粘土の鎖にひっくり返され、ダークドラゴンが転ぶ。

 ダークドラゴンは怒りに満ちた声を上げ、走り出した。

 狙いはピュトンでもセイロンでもない。子供たちが守られている、ドーム状の土壁だ。

 

「なっ」

『まずっ———こいつ、子供を丸のみして回復するつもりだ!』

 

 セイロンが作り出した土壁は、あくまで戦闘の余波から子供たちを守るためのものだ。

 ダークドラゴンの全力のぶちかましを食らっては、守りきれない。

 

 そもそもダークドラゴンとピュトンたちでは圧倒的にスペックが違うのだ。

 ダークドラゴンのフルパワーを受けきれる土壁なぞ、幼いセイロンの体では作りだせない。

 

 セイロンは小さく息を吐く。

 

「私が囮になります。ダークドラゴンの目的は子供たちの捕食から私たちの排除に切り替わっている。私がダークドラゴンの突進に自ら突っ込み、致命傷を負えば、ダークドラゴンは私にトドメを刺すことを優先するでしょう。ピュトンは子供たちを—————」

『つまんねぇこと言うなよ。—————どうせなら一緒に行こうぜ』

 

 セイロンは肩に重さを感じた。

 幼竜の鱗がざらりと頬を撫でる。

 

(……なぜでしょう、いままでずっと寒かったのに…… この重みは、温かい)

 

 ピュトンはセイロンの肩を蹴り飛ばすと、ダークドラゴンの上に躍り出た。

 セイロンはそれに合わせて土をピュトンに防具として纏わせる。

 防具を作るのは土をそのまま武器にするより難しく、なにより纏わせる相手と防具のイメージを共有できていないと効果を発揮しない。

 でも、セイロンにはピュトンと共有できる『強いもの』のイメージがあった。

 

 一瞬のうちに、空中に巨大なドラゴンが現れた。

 土塊で作り上げた、竜王ピュトンの前世の姿だった。

 

「グルルルルルルルルルァッ!!!」

「ぐぎゃぎゃあああぁああぁっ!??」

 

 ピュトンは土塊の鎧を魔力で動かしながら、自分の筋力と鎧の質量を掛け合わせ、ダークドラゴンの脳天を殴り飛ばした。

 ダークドラゴンはたまらず反撃する。

 地力で劣っているピュトンはそれに耐えきれず、土塊の鎧は一撃で砕けてしまう。

 

 しかしダークドラゴンの足が一歩下がったのを、セイロンは見逃さなかった。

 土魔法で地面を崩し、ダークドラゴンを再び転ばせる。

 

『おっしゃあ、トドメ!!』

 

 砕けた土塊の鎧の中から、一匹の蛇がはい出てきた。

 蛇になったピュトンは、ダークドラゴンの首元に纏わりつくと、竜の急所である逆鱗に狙いを合わせ、大きく口を開けた。

 

「まっ、殺さないで!!」

 

 背後から聞こえてきたセイロンの声に、ピュトンは思わず体を硬直させる。

 

『殺さないでっつったって……!』

 

 硬直しているピュトンを振り払い、ダークドラゴンは後ろへと下がる。

 その目には怯えの色があった。

 ピュトンが竜の姿になって吠えると、ダークドラゴンは慌てて翼を広げて去っていった。

 

 数秒の硬直のあと、セイロンはその場に座りこむ。

 

「はぁ………勝った……」

『よかったのかよ、あいつを殺さないで』

「……もう、前世とは違うので」

 

 

 

「我が主~~~~~~~!!!! 大丈夫ですか!!!」

 

 森の奥から、眼鏡をかけたメイド服の女性が走り出してきた。

 枝と葉っぱが全身に絡みついており、よほど急いでここまで走ってきたのだろうことがわかる。

 

『おせえよ、ボウ。全部終わっちまったぞ』

「そ、そんなぁ…… こんなに急いできたのに……」

『ま、子供を村まで返さなきゃいけないし、その手伝いでもしてくれや』

 

 ボウと呼ばれた女性は気落ちした様子で、「ガキども、ついてくるがいいですわ」と横暴な態度で子供を引率していた。

 子供たちも困惑していたが、セイロンが何も言わなかったことから信用していい相手だと判断したらしく、大人しくボウについていった。

 

 村に帰り、セイロンがダークドラゴンを退けたことを告げると、村中が大騒ぎになった。

 子供たちは厳しくしかられ、交易の邪魔だったダークドラゴンがいなくなったことは大きな喜びの波になって村を満たした。

 

「イツ、あんたまた危ないことして……!!」

「……ごめんなさい、お母さん」

 

 セイロンもまた、ひどく叱られていた。

 

「イツ、一つだけ聞かせてくれ。父さんたちに助けを求めなかったのはなんでだ?」

「……そっちのほうが、勝率が高かったから」

 

 ピュトンとの連携がうまくいったのは、ピュトンもセイロンも鍛え上げられた戦士だったからである。

 ただの農民が一人や二人しかいなかったところで邪魔にしかならない。

 

「よし、じゃあ俺たちの問題でもある。父さんたちが弱くてごめんなぁ、イツ」

 

 そういって抱きしめてくる父を、セイロンは震える手で抱きしめ返した。

 

 

 

『たぶんだけどさ、お前はどこまで行ってもまともなんだよ』

 

 ダークドラゴンがいなくなって、小規模な祭りが開かれたキドリ村で。

 山羊の乳を飲むセイロンに、ピュトンは話しかける。

 

『お前は結局、この小さい村で親とどうにかやっていけるんじゃないか? 恨みを抱いたまま他人に優しくできるお前なら』

「………」

『嫌そうな顔をするな。どこまでもマトモなお前はなんでも選べるってだけの話だ。……そこで提案なんだが』

 

 ドラゴンの顔でもわかるくらい茶目っ気のある瞳で、ピュトンは口を開く。

 

『俺の仲間になれよ』

「へ?」

『お前の土魔法が欲しい。なんならこの村を出てボウの会社にいけよ。両親と距離を置ければ恨みもなくなるかもしれん。同じ村の中じゃ別の家で暮らしてても顔合わせることが多いだろ?』

 

 しばらく逡巡して、セイロンはコップに入っていた山羊の乳を飲み干し、口を開く。

 

「……同情?」

『ぶはは! 違う違う。仲間とは対等じゃないといけねぇ。選択肢がないやつを誘ったりしないぞ。一人でも親とどうにかなりそうなお前だから誘うんだ』

 

 笑い転げるピュトンを見て、セイロンは考える。

 憎しみを捨てろと言われればそれは無理なんだけれども。

 今日のピュトンとの間にあった温かさを感じても、生きたいとは、まだ言えないんだけど。

 

「……そうですね。………あなたの隣には、もう少しいたい」

 

 

 

—————

 

 

 

「どうだった?」

「前世のことまで洗いざらい話しましたよ」

「あれから三年か。お前にしちゃ悩む期間が短かったな」

「欲望に忠実で契約をしないと働かないどこかの誰かの影響ですよ」

「はは……。お前これからどうすんの? もう、家族と離れなくていいだろ」

 

「え? あなたについて行きますけど。次の代理戦争のために戦力は必要でしょう? 来世でも記憶持ち越せるように神通力浴びせてくださいよ」

「いいのか? 生をいたずらに延ばして」

「てっきり『仲間になれ』って代理戦争に私を参加させるつもりの発言だと思ってましたよ。私、仲間にするのにそんな悪くないスペックだと思いますけど」

「ん〜〜。それじゃ、貰いすぎだ。取引にならねぇな。……来世でも、お前が自分で生き方を選べるようにする。その代わり、俺が壊れたら殺してくれ」

 

「告白ですか?」

「ふざけろバカ。……本当にいいのか?」

「いいんですよ。『あなたの力になる』のが私のやりたいことですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

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