個性…というモノがこの世界にはある。
個性という言葉ではなく、モノ…個々人の趣味嗜好や思考回路などから発生した個人個人の差異などを表す言葉ではなく、明確に一つのモノとしてその名はこの世界に存在していた。
即ち異能、人間誰しもが一度は憧れるであろうそれが個性と銘打たれて一つの世界に存在していた。
ある者は炎を操る個性、ある者は水を操る個性、ある者は身体の一部がエンジンのようになっている個性、ある者は獣のような風貌と能力を得る個性…多種多様にして千変万化、数えるのも馬鹿らしくなる程に存在する異能の数々、そしてそれらが当たり前に存在する世界…人々はそれを個性社会と呼ぶ。
そんな当たり前に異能が存在し得る世界なもので、ならば何が起きるかと聞かれれば頭の良い者ならば誰しもがこう答える…異能を用いた犯罪であると。
異能を用いた犯罪者、自らの異能を用いて悪徳を成す者…人々はそれらを総称して『
しかし逆に、そう言った犯罪者達に対抗するようにその真逆も確かに存在する…人々を守ることを生業とする者、人々の平和と安寧を守り抜くことを使命とする者、人を活かし『敵』を倒し捕らえ豚箱にぶち込む所謂『正義の味方』…人々はそれを『ヒーロー』と呼び、自らの心の希望と安寧とした。
職業としてのヒーローと犯罪者としての『敵』…所謂アメコミ世界のような、コミックスの設定のようなそれらが尽く現実として存在するその超人社会…様々な歪みと淀みを内包するその世界で、その中心地に立つ一人の偉大なヒーローがいる。
ありとあらゆる悪をねじ伏せ弱者を救った無敵の英雄、強大な邪悪を退け国に安寧と平和を齎した平和の象徴…今回の話は、そんな風に呼ばれる彼と出会った、一人の『敵』の話。
偶然出会い、偶然知り合い、逃げて追いかけて戦って、最後には笑顔で終わった小さな子供の長いようで短い寄り道の思い出。
何れ、訪れたであろう運命に次ぐ運命を捻じ曲げてしまった…たった一人の小さく無邪気な『敵』の、小さな小さな思い出話。
通報があった…人が死んでいると、人が殺されていると…『敵』がそこにいるのだと。
酷く怯えた様子で、通話越しにも良く聞こえてくる歯をガタガタと鳴らす音、目の前で直に浴びせられた惨劇を前に恐怖に抑えが利かないことが良く分かるような…そんな様子で、通報者はそれらを懸命に訴えた。
助けて、次は私だ、早く来て、死にたくない…そんな言葉を延々と涙声で垂れ流しながらヒステリックに叫ぶ通報者、落ち着くように言った対応者の言葉など耳にも入らないと言った様子で捲し立てるのは恐怖に突き動かされた言葉の数々。
止まらない言葉、何処にいるのかと問いかける言葉に辛うじて残っていた正常な部分が働いたのだろうか、水を鼻で飲むような音を響かせながら通報者は所在地を口にしようとし…そこで言葉は途切れた。
───グシャァッ!!
対応者の耳元に響いたのはそんな音だった…肉を砕いた音、肉を潰した音、何か重く硬質な代物で肉々しい何かをかち割ったような音…何が起きたのか、考えるまでもなかった。
青ざめる対応者の表情、泡を食った様子で急げと叫んだ彼の言葉を最後に通話はぶつりっと途切れた。
後に、通報を受け伝えられた某所にて頭蓋を粉砕された女性の遺体が発見される…遺体の損傷跡から、女性は鈍器のようなもので頭部を破壊され、絶命していたことがニュースにて発表された。
ガサガサッと、何かを漁るような音がした。
ビニールを破く音だ、ゴミ箱をひっくり返しガサリガサリとそこから流れ出てきた腐臭のするそれらをひたすら漁る。
汚れる身体を気にもせず、長く揺れた髪の毛をものともせず、何か良いものはないかと一心不乱な様子でソレは生ゴミを漁り続けた。
一頻りやって、何やら良いものでも見つけたのか口元へと運んでくちゃりくちゃりと咀嚼する…不味かったのか、若干オエッとしながらもしかし貴重な食料であると咀嚼を繰り返し、最後には飲み干した。
…小さな人影だった。
身長は大凡130cm程度であろうか、年齢として見るのならば小学生4年から5年程度…もしかすればそれよりも下かもしれない。
長く白い髪を地面へと垂らし、それがゴミに絡みつこうが引っ付こうが知りもしない、洗えば綺麗に映えるであろう純白を思わせるその色は、しかし汚泥に塗れたように酷く汚れていた。
金色の瞳が虚空を見る、何かに反応したのか単なる勘違いなのか、何かを察知したように咄嗟に上げた瞳はまるで闇を思わせるように暗く、淀んでいるように思えた。
くちゃりくちゃりと咀嚼の音が静かに響く、野良犬も野良猫もいない暗い暗い路地の中、僅かな光しか届かないその暗闇の中でその小さな人影は生ゴミの中へと手を伸ばし、無事な残飯へと手を伸ばした。
ペタペタと足音が響く、裸足のままに歩くその影は特に何をするでもなく咀嚼音を響かせていた。
一頻り食い終わり、このまま座って食べているのも面倒だと思ったのだろう、残飯の破片をガジガジと噛りながら少年とも少女ともつかないその影は何時ものように暗闇の奥底へと消えていく。
…ふと、光の方に視線が行った…眩しい眩しい光の中、喧しくも騒がしい、普通の人間の住まう領域。
…光の向こうに行こうと思ったことは無かった…行けるわけがないというあきらめがあったのもそうだが、単純に行くのが怖かったというのが大部分を占めていた。
何が起きるか分からない、何があるのか分からない…何も知らぬが故の恐怖、何も知らぬが故にそこへと一歩を踏み込めない…そんな感覚だった。
振り返ったのはほんの少しのこと、直ぐに踵を返して影は暗闇の奥へと今度こそ姿を消していく…明日もご飯に有りつけますようにと、そんな願いを持ちながら。
生々しい音が響いた。
ドゴッ、バキッと音を響かせながら遠慮無しに振るわれる暴力、腹に突き刺さった蹴りに思わず胃の中身を吐き出した。
切っ掛けは些細なことだった…普段は人が通ることなぞ滅多に無い暗い路地裏、自らのすみか…そこに、酷く珍しい闖入者が現れた。
男と女、男の腕に身体を絡めた薄着の女とボサボサとした金髪に人相の悪い顔をした男の二人…なんてことない、自らの隣を通過していくだけであったはずのその二人の目にその小さな人影が止まっただけだった。
ゴミを漁り、その中身を食らう子供…薄汚れてた身体に光を映さないその瞳はさぞかし見窄らしく映ったのだろう、さながらネズミか何かの様に思ったのだろう。
僅かに止まった身体、気配に気付いてその身体を見上げたその直後のこと…その顔面に、男の足が突き刺さった。
鼻血を吹き出して、何が起きたのかと混乱するその小さな身体に男は笑いながら蹴りを突き立てた…踏みつけるように腹や頭へと何度も何度も死ぬんじゃないという程に、楽しそうにその足を突き入れた。
女は止めない、寧ろ面白可笑しそうにそれを眺めるだけだった…何やら言っていたようではあるが、自分の身を守るのに必死であったこの子供にはそれがどんな意味を持っているのかなんて全く分からなかったし、判断のしようも無かった。
暴力、暴力、暴力、暴力…繰り返し、幾度と無く振るわれる加減の無い暴力…髪を掴まれ持ち上げれた頭、そこから笑いながら殴ってくる男の表情は何処までも笑顔だった。
飛び散った血が辺りに舞う、ボタボタと落ちた血液は次第に長い白髪の先端を次第に赤く染め上げていく。
痛い、痛い、嫌だ、やめて、殴らないで……そんな風に言葉に出すことも出来ない、生まれてこの方言葉を話すということなぞ滅多に無かったが故か、子供の頭の中には言葉を発するという選択肢が浮かび上がらなかったし、そもそも言ったところでこの暴力が止まることは無かっただろう。
誰も助けない、誰にもその音は届かない…暗い暗い路地の中で無造作に理不尽に振るわれ続けられるその暴力に、子供は生まれて始めて死を感じた。
───いやだ
そんな風に思った、その瞬間だった…目の前で、唐突に弾けるように男の右腕が吹き飛んだのは。
「───はっ?」
この時、子供はようやくと言ったように男の言葉を認識した…自分の身を守ることに必死になっていた子供にまるで届いていなかったその言葉が届いたということの意味は…最早言うまでもない。
ダバダバと地面へと落ちていく血…当たり前だろう、片腕が吹き飛んだのだ、そこから流れる血が多くないわけが無い。
何が起きたのかが分からないと言った様子の男、先程まで理不尽に暴力を振るっていた男のものとは思えないその表情に不思議と子供はその口角を僅かに上げた。
「お…俺の…俺の腕…俺のうでがぁぁぁぁっ!!!??」
次第に理解と痛覚が追いついてくる、悲鳴を上げて尻もちを付いた男は無くなった腕に目を釘付けにし、遅れてやってきた痛みによだれを垂らすほどに喚いた。
何が起きたのか、それは子供にも分かっていない…ただ、酷く心地が良かったことは何となしに分かっていた。
目の前で取り乱す男の表情、怯え竦んでいるその表情を見ていると不思議と胸が空くような気持ちだった…たった、それだけのことだった。
ぺたりと足音が響く…裸足特有の足音だった。
血を垂らしながら立ち上がる、ぽたりぽたりと垂れる自分のものではないその赤色に男はようやく子供の存在に思い至った。
「…わっ、悪かったっ!! 俺がわるかっ───」
言葉は続かなかった…言葉を紡ぎ出したその次の瞬間には、男の頭部は壁の赤いシミと化していた。
ドチャリっと弾け飛んだ頭とその中身が壁へと張り付く、暗く不気味なだけだった路地にちょっとした彩りが出来たように、子供は思えた。
「えっ…あっ……えっ……?」
直ぐ近くから聞こえてきた声に、子供の視線がそこへと向く…男と同じように突然のことに理解が追いついていない女の姿がそこにはある…そういえばもう一人いたんだったと、子供は今更ながらに思い出した。
唐突に引き起こされた惨劇、目の前で頭を潰された先程まで自分の身体を絡みつかせていた男、さっきまでただ殴られるだけだった気味の悪い子供の姿…何がどうしてそうなったと言いたくなるような状況だった。
悲鳴と絶叫を上げて逃げ出す女、スマホを取り出し番号を打ち込み通報を開始した、何が起こったのかキッチリ理解していない割にはその行動はそれなりに的確だった。
子供はそんな女の姿にほぼ無意識的にその後を追っていた…理由なんて無いはずだったのに、子供の脳裏には警察のけの字も出てきていなかったはずなのに…子供は、何気なくその背を追いかけた。
追いつくのに時間は掛からなかった…そこまで離れていなかったし、何よりヒステリックに叫ぶ女の声で何処に行ったのかが非常に分かりやすかった。
涙を流してスマホに叫ぶ女、助けて助けてと叫ぶその女が先程まで殴られていた自分を笑っていた女と同一人物だとは、子供にはどうにもそう思えなかった。
ひたり、ひたりと響く裸足の音、音に気が付いた女が背後を振り向き子供の姿を目にしたその時、声すら無くして絶望の表情を浮かべた…それが、女が浮かべた最後の表情。
次の瞬間、女の頭は粉砕されていた。
血溜まりが足元まで広がる…足に当たる生温い感覚、脳髄が溢れ出しピンク色が血の色に混じって地面へと広がっていく…その光景を、子供は何処か我を忘れたように見つめていた。
自分がどう殺したのかなんて分からない…自分の個性すら知らない自分がどのように他者を害したかなぞ分かるわけがなかった、増して見えてすらいなかったのだからそれも当然。
……ただ───
「───……………………くひっ……」
楽しかったことだけは、なんとなく分かっていた。
悲報…ヒロアカ要素がほぼほぼ無い。