その日、ナザリック地下大墳墓は異様な興奮に包まれていた。
「たっち・みー様とウルベルト様がお戻りになられました」
地表で当番をしていたユリ・アルファからの報告が入った。
アインズ様は即座に守護者全員を第10階層・玉座の間に集め、ユリの案内で至高の御方々が入場される。
「よく来たな、勇者たちよ。待っていたぞ……ふふふふふ……」
「あー……モモンガさんも種族の精神に引っ張られてるのか」
「NPCの忠誠心がどうなるかですね。運が良ければ敵対しないかもしれません」
「あっ、ちょ……ガチなやつ、やめてください。俺は大丈夫ですから」
「え? あ、え?」
「うーわ。冗談かよ。きついって、それは」
緊張した空気が一気に弛緩する。
守護者たちが一斉にひざまずき、御方々の帰還を祝った。
「「お帰りなさいませ、たっち・みー様!
お帰りなさいませ、ウルベルト様!」」
と、そこで俺とパンドラは進み出た。
「本当によくお戻りになられました、ウルベルト様、たっち・みー様。
種族に精神を引っ張られていることを警戒しておられたから、お戻りが遅くなったのですね。こちらからお出迎えもせず、失礼いたしました」
なにか隠密にやりたい事があるのかも、と考えていたが、どうやらその内容はナザリックが邪悪の巣窟になっていた場合への備えだったらしい。
「ンですがっ! 父上は御覧の通り、ご無事でございます!
なんならお二方に向かって『寂しかったですよぉ~!』と抱きしめに行きたい気持ちでいっぱいでございますので! どうぞご安心を」
「ちょっ! おま! パンドラ、こら! なに恥ずかしいこと言ってるんだ、お前!」
アインズ様が抗議の声を上げられたが、ここはスルーさせていただく。
なぜなら俺達にとって、ここは祝福の場ではない。
「お二方も、精神の変容が見られないようで、何よりでございました。
お互いに丁度良い抑止力になったのでは、と愚考いたします」
「ああ、まさにな。
たっちと言い争うためだけに精神の変容に抗っていたといえる」
「悔しいけれど、そのせいでウルベルトさんと離れられなかったからね。
察するところ、モモンガさんが変容していないのは、デミウルゴスの働きかな?」
「いえいえ、私などは変容してしまった側でした。
たっち・みー様のお創りになったセバスのおかげです」
「……おい、お前」
「はい、ウルベルト様」
「お前、誰だ?
デミウルゴスは悪にこだわる設定だったはず。
たっちが創ったセバスはその逆だ。
デミウルゴスがセバスに感謝するなんて、おかしいだろ? 変容したなら余計にな」
冗談とは思えない鋭い視線と強い気迫を伴って放たれたその言葉は、喜びに沸く玉座の間を一瞬で静寂に包ませた。
「先に言わせてしまった無礼をお許しください。
ですが、言葉で説明するのは非常に困難であり、聞いたところで信じられるものではないかと。
ですので――」
俺はアインズ様を振り返った。
「アインズ様。褒美を頂戴したく存じます」
「褒美?」
「どのような功績に対するものであるのか、先に説明できない無礼をお許しください。
以前お願い申し上げました事を覚えておられるでしょうか?
次に褒美をいただく時には、魔法をひとつ使っていただきたい――と」
あの時から決めていた。
「ああ、覚えている。
何を使ってほしいのだ? 周辺被害が出るようなものではないと言っていたな」
さあ、審判の時だ。
「記憶操作です。
どうぞ私の記憶をご確認ください」
「それは……プライバシーも何も無いのだぞ?」
「なるほど。言葉で説明されるより確実だ。
読めと言うなら読んでやる。モモンガさんがやらないなら俺がな」
「ええ、どうぞ。直接ご確認ください。
そしてどうか、デミウルゴスをお返しする方法をお探しください」
シモベたちは混乱した。
「何を言っているの、デミウルゴス?」
「意味が分からないでありんす」
「マルデ偽物ガ化ケテイタトデモ言ウヨウナ口ブリダナ」
「え? だとしたら意味がわからないんだけど。何のために?」
「す、すごく、良くしてくれたような……スパイって悪くするものじゃないのかな、お姉ちゃん」
このままでは混乱は増すばかりだ。
アインズ様は手を振った。
「騒々しい、静かにせよ」
そして決断された。
「記憶操作を使う。見せてもらうぞ、デミウルゴス。
ウルベルトさんも一緒にな」
「どうぞご存分に」
そしてお二方が、記憶操作を使用された。
◇
「ふむ……人を殺しても何も感じない。やはり肉体だけでなく心までも――」
「世界征服なんて、面白いかもしれないな」
「お前はあれを殺すのに時間をかけたのだろう? だったら私だって、ゆっくりやってやるさ」
「さて、何の時間が経過したと思う? ――私も最初から接近戦で勝負をつけるつもりだったという事さ」
「シャルティアよ、復活せよ」
「まあ、これから死ぬんだ。こういった場合、種族維持本能が目覚めるとか何とか――」
「少しだけ楽しいな。なんというか――戦っているという気がする」
「ルプスレギナ、お前には失望したぞ」
「クズがぁ! この俺がぁ! 俺と仲間たちがともに! ともに作り上げた俺達の――」
「喝采せよ――我が偉大なる魔法に、喝采せよ」
◇
しばらくして、魔法は解除された。
重苦しい空気が、アインズ様とウルベルト様の間に暗雲のごとく垂れ込めている。
「……功績だな。たしかに、これは褒美を与えるべき功績だ」
「モモンガさんの精神の変容が、こんなに進んでしまうものだったとは……」
たっち・みー様は、頭の上に「?」を浮かべながらも、空気を読んで黙っていてくださった。
「ウルベルト様。御身がお創りになったデミウルゴスの体、長らくお借りしており、申し訳ございません。
お返しする方法も分からず、またお返しした場合に起きるであろうことを考えますと――」
「言うな。俺のデミウルゴスがそんな事をする奴だなんて……知りたくなかった。
何が両脚羊だ……クソ!」
「情報が不足しておりました。
御身がお定めになった『悪』へのこだわり……それが何のための悪であったのかという前提の情報が」
「ああ……そこを補って、俺が思い描いた通りのデミウルゴスをやってくれたわけだ。
よくやってくれた。
よくやってくれたが……クソ……喜んでいいのか悲しんでいいのか……」
「予想もしなかった状況です。仕方のない事かと」
「お前の目的は、ナザリックの暴走を止めることだったわけだな。
そして、今度はモモンガさんを孤独にしないこと」
「御意の通りでございます」
「ひとつだけ聞きたい。
もう少しだけうまくやる方法があっただろう? なぜ完璧を求めず、多少の犠牲を許容した?」
たしかに、犠牲を抑えるだけなら、もう少しやりようがあった。
だが、そうしなかった。
なぜなら死者ゼロ縛りは、アインズ様を過剰に不自由にさせてしまうからだ。なるべく殺さない方針と、絶対に殺してはいけない方針では、自由度が全く違う。前者なら1手で済むところに、10手も20手もかけなくてはいけない場面が出てくるのだ。
「きっかけは竜王国での一件です。
ビーストマンに40人の犠牲が出ました。そこで、はたと気づいたのです。
至高の41人。アインズ様を除いて40人。その単なる数字の一致は偶然でしょうが、もし偶然でなかった場合は? 転移が何者かの悪意によって人為的に起こされたもので、犠牲になった40人のビーストマンがすべて至高の御方々の転生体だったとすれば?」
転移そのものが悪意によるのだとしたら、あとで知って後悔したり、次の悲劇に飛び込ませる原因にしたり、色々と使い道がある。
わざとアインズ様に至高の御方々の転生体を殺させて、事実を知ったアインズ様が絶望して暴走したところを、強力な爆弾やエネルギー源として利用するといった事が予想できる。
「発想の飛躍ではないか?」
「ええ、たしかにそんな可能性は低いでしょう。
しかし完全に否定できるものでもございません。まったく情報がない中で、転移の瞬間に同じようにログインしておられなかった御方々をこの世界で探そうとするのと同じくらい、確率的に低いことだと思います。
しかし、それでも探そうとお考えになるでしょう? アインズ様はそういうお方ですから。ゆえに、その逆も否定できないのです」
否定できず、アインズ様が沈黙された。
ウルベルト様も、読み取った記憶からアインズ様がどちらの世界線でもそのようにされた事を理解なさっただろう。
「さっきから何を言ってるのか分からないな。
そろそろ説明してくれないか?」
たっち・みー様がしびれを切らして口を挟まれた。
後で詳しく説明せねばなるまい。
しかし今は次の話に移らせて頂く。
ここまでは前提にすぎないのだ。
重要なのは、ここからである。
「たっち・みー様。ここからはご理解いただけるでしょう。
そもそも転移の原因が不明なので、アカウントを削除なさった御方々の中には、転生するべきアバターが存在せず、代わりに現地の生物に転生している御方がいる可能性があるということです」
それが死亡したビーストマンだったら……?
「転生前の記憶が残っている保証はありません。種族の精神構造に引っ張られて、すっかりその種族になりきってしまっている可能性もあります。その状態で敵対してきたら、打つ手がないのです。見分けがつかないのですから」
「……そういうことか。
実際には、なぜかアバターの姿になったけど……そうと知らない中で考えれば、そういう可能性もあるわけだね」
「はい。そして、ここからが先程のご質問の答えになります。
なぜ完璧に犠牲をなくす事をしなかったのか?
知的生命体に転生しているとは限らない――しかし、足元のアリや微生物にまで『御方かも?』と疑っていては1歩も動けなくなります」
それでは御方々を探すことができない。
「そもそも御方としての記憶や人格がないものを、御方とみなすべきかどうか。たとえ双子でも異なる体験をしていくうちに、性格は違っていくものです。別人と考えるべきではないでしょうか」
別人だと定義すれば、御方として扱う必要はなくなる。
「それに、記憶をなくしている御方がいるとして、その記憶を取り戻す方法は? 『星に願いを』や『記憶操作』など、いくつか方法がございます。しかし、どれもダメだった場合、最終手段として、もう1回転生させるという方法が候補に上がるでしょう。
では検証できない微生物に転生した御方を、そうと知らずに踏み潰して『もう1回転生させる』ことになった場合、それは反逆なのでしょうか? 私は『そうではない』と思っています」
御方々は考え込んだ。
しばらく静寂が流れ、そして――
「……非常によく分かる話だった。
確かにその通りだろう。
そして、それは言っても仕方ないことだ。ゆえに言わなかった事は罪にならない」
「たしかに微生物を1匹ずつ調べるわけにもいかないからな」
「そこまで考えて『犠牲ゼロ』を目指すなら、本当に何もせずに眠っているしかないね。
そしてその場合、モモンガさんと君が救ってくれた国々では大きな犠牲が出続ける。
その犠牲の中に誰かがいるかもしれないという可能性には目をつぶったまま……。
だから、つまり、どこに目をつぶるかというだけの違いだったという事だね?」
「……『星に願いを』を使おう。
デミウルゴスから分離して別の肉体を与えられるはずだ」
「アインズ様の御慈悲に深く感謝いたします。
であれば、消費する経験値の補充手段として、カッツェ平野の地下にでも空間を作り、アンデッドを大量に召喚して『死の螺旋』を発生させ、これを討伐するという形はいかがでしょうか」
「こんな時にまで参謀か。
つくづくお前には助けられる」
そうして俺は、デミウルゴスの体から分離されることになった。
種族はホムンクルス。一般メイドらと同じ、レベル1。性別は男。個体名は未設定。
オバマスの主人公みたいな状態だ。
そして、本物のデミウルゴスが目を覚ます。
「……やれやれ。ようやく肉体の主導権を取り戻せました。
まったく……私の体で好き勝手してからに」
デミウルゴスは明らかに怒っていた。
そりゃあ自分の体を操られて、自分が望みもしない事をさんざんやられたのでは、ブチギレ必至だろう。
だがそこに、パンドラズ・アクターが割って入った。
「……そちらに味方するつもりですか、パンドラズ・アクター」
「ええ、もちろんです。
以前『守る』と約束しましたのでね」
さらにそこへ、ウルベルト様が並び立つ。
たっち・みー様が。
アインズ様が。
そしてシモベたちが。
次々と俺の前に進み出た。
「これは……」
さしものデミウルゴスも、味方が1人もいないとは思わなかったようだ。
俺も割れると思っていた。
「デミウルゴス」
「ウルベルト様……ようこそお戻りくださいました」
「お前は彼に腹を立てる資格がない」
「は……?」
「とっくりと聞かせてやろう」
そうしてウルベルト様から、俺の記憶と正体が語られた。
デミウルゴスは己の間違いに絶望し、同時に実行しなかった事に安堵した。
他のシモベたちも似たようなものだ。アインズ様を苦しめる事になっていたと理解して絶望し、そうならなかったことに安堵した。
いつしか日付が変わるほどの時間が過ぎていた。
「ところで、たっち・みー様とウルベルト様は、今までどちらでお過ごしに?」
「ああ、そうだ。そのことなんだがモモンガさん、聞いてくれよ」
「何人かギルメンの姿を確認しましたよ」
「えっ!? 本当ですか!? どこに!? 誰が居るんです!?」
「落ち着け、モモンガさん。
見つけはしたが、あまり良い状態じゃない」
「ええ……種族の精神に引っ張られているようでして」
「早急に『死の螺旋』計画を実行しましょう。
経験値を稼いで『星に願いを』で正気に戻せば……!」
「そうだな。それが手っ取り早いだろう」
「それに、あれだけ変容してしまうと、それしか効果がないでしょうし」
なんとなく状況を理解し、俺は最も重要なことを確認した。
「状態が良くないのですね?
ちなみに人を襲う様子はありましたか?」
「いや、それは大丈夫そうだ。お前も安心していい。
まずは評議国だな。女性メンバーは全員そこだ。やまいこさんを中心に、ツアーのバカ理論を論破してた。あのへっぽこドラゴンはまだ納得してない感じだったがな。3人相手じゃ勝ち目がないから、だいぶ苦い顔をしていたぞ。あれは見ものだったな。
ただ、3人で集まったまま変容が進んだせいか、だいぶ腐女子になっていた」
「竜王国の北にワイバーンライダーの部族というのが居ましてね。
ペロロンチーノさんが大人気でしたよ。あの人、ワイバーンに乗らなくても飛べますから。飛行能力も高いので、超人扱いです。調子に乗って女の子を口説いていたので、早めに迎えに行きましょう。子供でも作ってしまうと元に戻したときに大変そうですから」
「ヘロヘロさんは回収しておいた。
見つけた時から、ずっと眠ったままだ。バッドステータスとかじゃなくて、単純に眠っている。よっぽど疲れてるんだろうと思ったが、流石に眠りすぎだ。種族の精神に引っ張られているんだと思う」
「教授は帝国魔法省で教鞭を執っているようです。
たびたび時間を守らずに講義を延長して、周りを困らせているようですね」
「砂漠地帯でブルー・プラネットが緑化活動に夢中になってる。
砂漠には砂漠の生き物がいるんだが……変容しているせいで目に入ってない」
この周辺で確認できたのはそんなところだ、とウルベルト様が締められた。
やるべきタスクは多いが、シンプルな繰り返しだけだ。
「思ったより時間がなさそうですね。
では『死の螺旋』計画を急ぎましょう。大規模な作業が必要です。
守護者の皆さん、手伝ってくれますか?」
「ぶしゅー……モチロンダ」
「ええ、アインズ様のお役に立つことですもの」
「至高の御方々のお役に立つことこそシモベの喜びでありんす」
「そうでなくても協力するよ。そのくらいの恩はあるからね」
「ぼ、僕も頑張ります」
「はぁ……あなたには大変な恩が出来てしまいましたからね。
そのままにはしておけません」
「ツンデレですか、デミウルゴス?」
「セバス。そういうおふざけは相手が違うだろう?」
「おっと。失礼しました。
ですが、あるべき姿は見せてもらいましたのでね」
「くっ……やりにくい……!」
「ははははは! よーし、お前たち! 皆を助けに行くぞ!」
楽しそうに笑うアインズ様に、シモベたちは揃って跪いた。
「「はっ!」」
それから間もなく、アインズ様は名前をモモンガ様に戻された。
やっぱりアインズ・ウール・ゴウンはギルドの名前だから、と。
考えていた終わり方は、次の4つです。全部まぜる事にしました。
①御方に記憶操作の魔法を使ってもらって、正体と限界を知ってもらう。原作知識がないこの先の時間では役に立てない。
②ウルベルトが現れて「よくやった」と褒めてくれる。偽物だとバレないまま正体を隠して活動を続ける。
③デミウルゴスから分離して別の肉体を与えられる。デミウルゴスが昏睡状態で、目覚めさせるために奔走する。
④私の体で好き勝手してからに、と怒るデミウルゴスを、パンドラが「守る」と約束した通り止めに入る。
さて、こんなところで目ん玉の物語は終わりです。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
作者「目ん玉」に石を投げますか?
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めっちゃ投げる!ふざけんな!
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ちょっと1発投げさせろ
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う~ん……
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いやいや、投げない投げない
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チョコラータする。よーしよしよしよし