お手柔らかにお願いします。
アインズ様が冒険者として活動することをお決めになり、その供回りとしてナーベラルを選ばれた。
原作通りだ。
なのでアインズ様は原作通りに、ナーベラルの発言や態度に悩まされることになるだろう。
となると、シモベとしては先回りして手を打っておくべきだ。先回りこそ、デミウルゴスの矜持である。
「やあセバス。忙しいところをすまないが、今いいかね?」
セバスは、ナーベラルに演技指導をしているところだった。
近づく間に漏れ聞こえた内容は、とても「捗っている」とは言い難い内容だ。
かたや善良そのもののセバス。自然体で人間に好意的である。
かたや邪悪とまでは言わずとも人間をゴミのように見ているナーベラル。しかも演技に関してはポンコツそのもの。
お互いの価値観が違いすぎて、演技指導がうまくいくはずがない。
「……良い所に、と言わねばなりませんね」
なんだか業腹そうに言うセバス。
そうあれと創造されているのだから、デミウルゴスに対して反抗的なのは仕方ない。
「困っているだろうな、と思ってね。手伝いに来たよ。
君は善良すぎて、彼女のような価値観を理解できまい」
「そういうあなたは邪悪すぎて、私のような価値観は理解できないのでしょうね」
すかさず言い返すセバス。
そうあれと創造された通り、きちんと振る舞っている。
まあ、セバスがこうなのだから、ナーベラルも当然そうなのだろう。
むべなるかな、というやつだ。
「それが……いや、よそう。今は遊んでいる時間はない」
セバスに対して、デミウルゴスも言い返すのが本来だ。
そうあれと創造されたのだから。
しかし、俺が憑依している今、それは抑えようと思えば抑えられる。
抑えすぎて怪しまれるのを避けるために、ちょっぴり乗ってやる必要があるほどだ。
「ナーベラル。君がどう振る舞うかは、アインズ様にご迷惑がかかるかお役に立つか、その分水嶺となる」
前置きとしてそう言うと、ナーベラルは表情を引き締めた。
「そしてアインズ様は冒険者として人間社会に入り込もうとされている。
その目的は、人間社会における地位を確立することで、より広範囲に情報を集めること。
つまりアインズ様は、情報網として現地の人間どもを利用しようと考えておられる。そのために支配者としての姿を隠して、一介の冒険者として振る舞うおつもりだ」
いいかね、と視線を送ると、ナーベラルは頷いた。
「そのためには人間に対して、敵対的な態度は避けなくてはならない。ただしセバスほど好意的なのもダメだ」
そう言うと、セバスが顔をしかめた。
見る者が見なければ分からないほどわずかな変化だが、仲間同士、目の色がちょっと変わるだけでも分かってしまう。
「なぜダメかというと、頼めば何でもやってくれると思われたのでは、ただの便利屋と認識されてしまい、ナザリックを普遍の伝説にというご命令から外れてしまうからだよ」
む……とセバスが引き下がる気配がした。
善良すぎるとアインズ様の価値・立場を低くしてしまう。
そのことを理解したらしい。
何事も、過ぎたるは及ばざるが如しというわけだ。
「重要なのばバランスだ。非常に強力な助け舟だが、都合よく使える存在ではない。そう思わせることが必要だからね。迎合してはいけないが、反発してもいけない」
少しナーベラルが困った様子を見せた。
難しいか。
だが、その難しいところを実行しなければならない。
アインズ様の供回りというのは、そういう立場だ。
「ナーベラル。君はとても難しい任務を任されている。人間の価値観をよく知らない我々では非常に難しい。もちろんアインズ様であれば苦もなくこなしてしまわれるのだろうが、我々シモベは至高の御方より劣る存在だ。よく見て学ぶ、絶好の機会だと思わなくてはね」
「はい、デミウルゴス様。そのように言われて初めて理解できた部分がございます。
恥ずかしながら、デミウルゴス様の言葉で理解が深まりました。いっそう注意深く任務に当たります」
セバスは「好意的に振る舞え」とだけ指導したのだろう。
背景まで深く説明しないのは、ナザリックに共通する悪い癖だ。NPCだけでなく、アインズ様ご自身も含めて。
だからルプスレギナがカルネ村の危機を傍観してしまって「失望したぞ」なんて言いすぎてしまう羽目になるのだ。
「至高の御方のためなら、嫌いな相手に頭を下げることも厭わない。我々にはその覚悟がある。
まあ、実際には頭を下げるほどではないが、険のある態度は慎むべきだ。
その点も、分かっているね?」
「もちろんです」
「……という事を、セバスからさんざん言われて、なおもうまく演技できない。
ちょうど今そういう状況である――と理解しているのだが、合っているかね?」
「ええ……その通りです」
「はい、デミウルゴス様。申し訳ありません」
「いいとも。
それは『そうあれ』と創造していただいたのだから、大切にするべきだと思うよ。
ところで、その大切なものを、なぜくだらない下等生物ごときに見せてやるのかね?」
「はっ……!」
リアルに「はっ」て言うやつ初めて見た。
「どうでもいい相手にわざわざ腹を立てるのも無駄なことだ。
そんな余裕があるなら、アインズ様のお役に立つことを考えるべきではないかね?」
「うっ……!」
この言い方はちょっと辛辣すぎたか?
でもデミウルゴスなら、このくらい言いそうだ。
もちろんフォローも忘れない。
「下等生物など無視しておけば良いのだよ。
たとえばプレアデスたちは揃って美人に創造されているね? それを見た現地人は、無遠慮に言い寄ってくるかもしれない。
だが、わざわざ不快感を示してやるなど、栄光あるナザリックの者として、ふさわしい振る舞いだろうか?
そうあれと創造された価値観は大切に胸にしまっておいて、余裕を持って断れば良いのではないかね?
たとえば『お気持ちだけいただいておきます』などと言って、あとは無視してしまえば良いと思うのだが。セバス、君から見てどうだろう?」
「そうですね。……少し冷淡かもしれませんが、誰も彼もが気安く話しかけてくるようでは、アインズ様のお手を煩わせてしまいかねません。
そう考えると、悪くない方法ではないでしょうか」
「という事だよ。
もちろん、いきなり剣に手をかけるような事も慎まなくてはね」
ンフィーレアが接近したとき、やらかしていたっけ。
それでアインズ様にチョップを食らっていたな。
「そもそも我々は、至高の御方のためなら我が身を盾にして死ぬことにためらいなど無い。また現地人は我々に比べればひどく脆弱な存在だ。だから、無遠慮に近づいてくる者がいたら、ほんの少しアインズ様より前に出てやれば、それだけで十分な威嚇になるだろうし、盾にもなれる」
「もちろんです」
ふんす、と鼻息も荒くナーベラルが胸を張る。
「それに、もしも相手の攻撃が君を傷つけるほどの威力だった場合には、身を挺して玉体を守ったシモベと、そのシモベを傷つけた相手に怒りを示されるアインズ様……布教活動としては、まずまずだろう。
汝の友を愛せ、だったかな? 最古図書館の文献にたしかそんな言葉があったと思うよ」
「おお……」
アインズ様の慈悲深さを知ればこそ、シモベたちはその様子がありありと想像できる。
至高の御方をわざと怒らせる、などというのは不敬なことだが、それが自分のために怒ってくださると思うと、それはとても甘美なことだ。背徳的な甘美。まさに悪魔的だ。
うまくデミウルゴスらしい振る舞いができているのではなかろうか。
「つまりね、効果的な場面では、あえて下手を打つことも、アインズ様のお役に立つチャンスだと理解しておくと良い。
できれば事前にアインズ様と相談しておくのが良いが、咄嗟の場合には……ね」
これは甘い毒になるだろう。だが毒と薬は紙一重だ。
クレマンティーヌを殺害する場面の少し前、ナーベラル自身が言ったことだ。
被害が拡大するまで待ってから登場したほうが、効果的に宣伝できるのではないか――と。
その考え方ができるのなら、効果的な場面を見誤る心配はないだろう。
「それから、君に2つ頼みがある。
アインズ様が何に興味を示されたか報告してほしいのと、現地でナザリックの消耗品の代わりになるものがないか探してほしいんだ。スクロールとかね。
もちろん時間を取って探す必要はないよ。供回りのついでに目についたものがあれば、で良い。その時にはアインズ様が隣にいらっしゃるのだから、使えるかどうかお伺いを立ててくれれば間違いないだろう」
「承知しました。ですが、いちいち御方を煩わせるのは……」
ナーベラルは躊躇った。
まあ、不敬だとかシモベに相応しくない振る舞いだとか考えてしまうのだろう。
「冒険者として活動するのに、主従の関係を隠そうともしないのはダメだと思うよ。冒険者らしく、なるべく対等に振る舞うほうが良いのではないかな。そのあたりはアインズ様からご指示があるだろうから、それに従えば良いだろうね。
それに、そうしたほうがアインズ様が外出をお楽しみになれるだろうと思うよ」
ンフィーレアのことは、こちらに引き込まねばならないから、そのままにしておこう。「アルベド様という方が……!」などと失言してくれるのは織り込み済みだ。
カルネ村を救ったときにアルベドに向かって名前を呼んだアインズ様。それを聞いていたエンリ。そしてエンリから話を聞いてモモン様の正体がアインズ様だと理解したンフィーレア。
モモン様とアルベドに関係があるというのは、この流れに必要なキーワードだ。
◇
「――という指導をしておきましたので、アインズ様におかれましてはお手数ですが、ナーベラルが好ましい振る舞いをした場合には褒めてやっていただけますようお願いいたします」
「あー……うむ、承知した」
アインズ様なら「理想の上司像」を求めて応じてくださると思っていたが、いまいち反応が薄い。
これはまさか、そこまでナーベラルの態度が悪いとは予想していなかったという事か?
「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。
ただ、御身の慈悲深さは、我らシモベでは到底及ばぬものでございます。
シモベ基準で判断しますと、アインズ様、ひいてはナザリックにどのような不利益を生じるか……そのあたりが検討もつかず、不勉強で申し訳ありません」
「ああ、いや。よくぞ相談してくれた。
先んじて手を打ってくれたことも礼を言う」
「もったいないお言葉、身に余る光栄です。
アインズ様に冒険を楽しんでいただけるよう、これからも手を尽くしてまいります」
◇
「ボウフラの分際で『付き合って下さい』などと……捻り潰してやりたいところでしたが、デミウルゴス様のご指導の通り『お気持ちだけいただいておきます』と答えて、あとは無視しておきました。
そうしたらアインズ様から『よくやった』と……うふふ……頭を撫でていただいて」
「そうかね。羨ましい限りだよ」
漆黒の剣とかいうパーティーと一緒に初めて冒険者としての仕事をこなしたナーベラルは、ナザリックに帰ってから、うっとりした様子で語った。
プレアデスたちのお茶会だ。
「デミウルゴス様」
と俺の登場に気付いたプレアデスたちがかしこまる。
「いや、すまないね。女子会に乱入するのは紳士としてあるまじき事とは承知しているんだが、なにやらアインズ様にお叱りを受けたと聞いてね。
私の指導に漏れがあったせいだと思って、今後のために話を聞きに来たのだよ」
「はい……私がアインズ様と付き合っているのか、などと聞かれて思わず『アルベド様という方が……!』と言ってしまいました。
アインズ様からは、ナザリックのことは外部には秘密だから勝手に漏らさないようにとお叱りを……」
ナーベラルは一転して、しょんぼりした様子で言った。
アインズ様にはお叱りを受けたというが、これを聞いたアルベドは叱るに叱れないだろう。なんなら「よく言った」と喜びかねない。
デミウルゴスとして俺はやれやれとため息をついた。
「まずは、人間相手に暴言を抑えたという部分について、よくやってくれたと思うよ。これによって、アインズ様のご計画――ナザリックを宗教団体として布教活動に勤しむ、その第一歩は順調に滑り出したといえるね」
ナーベラルは自己判断だとポンコツだが、マニュアルを渡せばきちんとこなせる。
まあ「モモンさーん」と「様」が出てくるのを必死に抑えているのがバレバレの大根役者ではあるが。しかし何でも使いようだ。社交辞令を社交辞令だと分かるように棒読みで言わせたら、ナーベラルはソリュシャンより上だろう。
「ありがとうございます。しかし――」
「うん。一方で、アルベドの名前を出してしまったことは、確かに失言だった。ナザリックに所属するものとしては当然の知識だが、現地人にナザリックがどのような組織なのかを開示するのは避けるべきだからね」
「はい……」
「なぜ避けるべきか分かるかい?」
「敵対するかもしれない相手に情報を渡すことは、いたずらにこちらを不利にすると……」
「それもあるがね。
ナザリックを普遍の伝説にせよ――アインズ様のご命令のもと、我々はナザリックを宗教団体として世に広めようとしている。
宗教には、神秘性が必要なのだよ。もちろんアインズ様は存在からして神秘そのものだが、現地の下等生物にそこまで理解できるものは稀だろう」
ネイア・バラハという例外は居るが……。
うん、彼女には悪いが、そのために聖王国については原作通りに進めさせてもらうとしよう。
「ゆえに、分かりやすく演出してやらなくてはいけない。
アインズ様はそのように動かれたはずだよ。いま聞く限り、現地人からの印象は、強力で有益、理知的で礼儀正しい、正体不明だが美女を連れている――と、神秘性の演出としてこれ以上ないほど条件がそろっている。
だからこそ、アインズ様――いやモモン様に関する情報は秘密にしたままでなければね」
「はい……」
「さあ、落ち込むのは終わりだ。我々は1分1秒たりとも至高の御方のためにこそ存在しなければね」
「はい!」
「次は確か、セバスとソリュシャンが『消えても問題ない現地人』を釣るのだったね。
シャルティアの準備は万端かな?」
その後、シャルティアが無事に戻ってきた。エイトエッジアサシンなどを連れていき、事前に洞窟内をよく調べた上で襲撃。血の狂乱は使わなかったらしい。
ブレインは血を吸われてシャルティアの眷属になった。表舞台から退場しても影響のない人物だ。問題はないだろう。
ブリタはシャルティアと出会わず、こちらも表舞台からは退場。ただしブレインとは違って、一介の冒険者としてフェードアウトという形だ。
カイレはシャルティアと出会わず、予定通りザイトルクワエを支配しただろう。いずれ王国にけしかけるだろうが、アインズ様のご活躍の場が増えるだけだ。