学校か、病院のような中庭を持つ建築物の、重機の搬出路であったろう開口部に、大洗のポルシェティーガーが陣取る。この車を囲んで黒森峰の戦車が打ち据える。建物の中庭にいる、隊長のもとへ助太刀に入ろうと砲弾を浴びせる。しかし、戦車回収車もない状況で、この位置のままポルシェティーガーを打ち取ってしまえば通路が封鎖されてしまう。これでは閉塞作戦だ。
「杉野はいずこ、杉野はいずや」
この開口部とは離れたところに、同じ建物の外周を走る戦車が2両いた。
「車長、もうそろそろ到達します」
前方を走る車の車長用ハッチから少女が上体を出し、茶髪をたなびかせ、たれ目がちな碧眼で建物の外壁を眺める。
どこかイタリアの突撃砲にも似た、野暮ったい四角い戦車の後ろには、黒森峰の副隊長がキューポラから姿を見せてティーガーIIが続く。
「伊久地、あなた間に合わなかったら容赦しないからね!」
「了解、副隊長どの」
前方の少女のすました返答にティーガーIIの車長は苦り切った顔を見せるが、建物の内側から激しい砲撃の応酬が聞こえてくると顔を引き締めた。それを見た先頭車の車長は車内に戻って、装填手に叫ぶ。
「弾種りゅう弾、100メーター、2発。止まったらすぐ撃つぞ!」
装填手が砲弾と発射薬を装填し、尾栓を閉める。
「フォイアーべライト」
「戦車てーし!車体を建物に向けろ」
金属が軋む音と、エンジンの唸りを響かせ、箱形の車体が回頭する。砲が建物を見据えたとき、後続の車も、前方の車と重ならない位置で建物に正対した。
「ロス!」
鈍く、とどろくような砲声が響き、間をおかず建物の壁で大きな爆発、次いで土煙と瓦礫が広がった。
しばらくして、薄れた煙の向こうに中庭側の壁が見えた。
「フォイアーべライト!」
「ロス!」
再び轟音があたりに響き渡る。戦車砲の高圧がなす落雷がごとき破裂音と異なり、やはり鈍い音だが、戦場の女神の畏怖を覚えさせる重低音である。しかし、2両に乗る少女達はまったく動じた様子を見せず、2度目の土煙が晴れるのを、その先の景色をいち早く見通さんと睨みつける。
果たして視界が晴れたとき、互いに砲身を向けあったティーガーとIV号戦車の、目線を交わし合う姉妹の姿が現れた。
◇
転生したら○○の世界だった!という数千番煎じの出涸らしに至った、伊久地梨奈と申します。転生というか、前世の知識が湧いてきたという方が適切でしょう。
昨年度の戦車道全国高校生大会 にて、我が黒森峰のフラック車の随伴をしていたIII号戦車、その砲手であった私は悪天候に緩んだ崖から滑落する車内に居た。
ガルパン世界の戦車は謎装甲のおかげで砲弾があたっても車内は安全だが、物理的な回転・並進運動が打ち消されるわけでもなし。ヘルメットなしで数度頭を打ち付けた私は気絶したまま溺水した。
次に目が覚めたのは病床だった。そしてこの世界の物語としての今後を思い出した。他の乗員と比べて私のケガは程度が悪かったようで、目覚めるのも、退院も最後であった。学校に戻ったのは、みほさんが居なくなった後のことだ。
前世、いわゆるガルパンおじさん(と認めたくない年齢)の一人で、かつ今生も百合作品が好きであった私は、どうせなら、もっと早い時点で前世を思い出せたなら、この不幸を回避できたのではないか、西住姉妹の間や逸見さんとの行き違いを避けられたのでは、と悔やんだ。
しかし、もしみほさんが大洗に行かなければ大洗女子学園の廃校を回避するのが難しくなる。それに、原作崩壊というのも気が引ける。
原作通りに進めば、西住姉妹は仲直りし、エリカさんも吹っ切れて最終章の姿に落ち着くのでしょう。それでも私は、エリカさんの中の蟠りは直接にみほさんにぶつけて、仲直りして欲しいし、まほさんも高校生に似つかわしくない心労を抱えたまま3年生の時間を過ごして欲しくない。
加えて、前世で社会人だった感性から言えば、この世界の文科省はあまりに生徒を軽視している。加えて戦車道連盟や各校の教員、運営団体、自治体は物語の都合とはいえ動きが無さ過ぎる。
自身で不満を抱えるところがあって、その改善を他人がやらないならば、私がやるまでだ。
病床で暇に飽かせて考えた結論として、今生の行動指針として、①:黒森峰において隊長、副隊長の負担を軽減する。②:予想される大洗女子学園との決勝戦において副隊長を彼の隊長と直接対決に至らしめ、もってお互いの負い目を解消させる。③:①-②の結果大洗女子学園が負ける可能性が大となるため、大洗女子の生徒会長が行った口約束と別方面から廃校回避の策を講じる。と定めた。まだ具体策はないが、何事もまずは目標を決めることからだと信じる。
「復帰早々に呼び出してすまない……。少し気がそれていたようだが、まだ調子が悪いのか?」
「は、失礼いたしました。少し考え事を」
「確かに失礼なことだ。だが、詮無いことかもしれん。あれから視力が落ちたそうじゃないか。それほどの衝撃を頭に受けて元通りとも行かないだろう」
沈潜していた思考を浮上させる。復帰の挨拶と心身の状況報告を兼ねて、隊長室を訪ねている途中であった。昼間の練習を終えた後の夕方の時間である。机の向こうで、窓からの西日を背負った隊長の表情はあまり読み取れない。
「メガネはまだ慣れませんが、それ以外の思考、身体は戦車道に差支えありません。ただ残念ながら砲手はもう難しく」
自己申告を聞いたまほ隊長の影が動いた気がした。
「それでも、戦車道を続けてくれると聞いて嬉しい。車長の赤星も復帰している。伊久地も不可欠な仲間だ。」
「ありがとうございます。引き続き微力を尽くします」
前向きな返答を受け、少しは気を軽くしたのだろうか。やや俯いていた頭を戻して話をつづけた。
「今後の伊久地の配置だが……、赤星は先輩が抜けたパンターの車長に移ってもらう。するとIII号の車長が1席空いている。そこでどうだろうか。」
車長は中等部で務めたことがある。それに、頭を打ってから、視力の代わりに得たものもある。車長の立場のほうが、打合せ等でまほ隊長やエリカさんと話す機会が多いだろう。
「是非、務めさせていただきます。これは提案なのですが、損傷したIII号を33型突撃歩兵砲にできませんか」
「障害除去ならばストゥーパ(ブルムベア)がいるが、同じ用途で予備があっても良いだろう。わかった、修復ついでに頼んでおく。しかし伊久地、私が言えたことではないが、なにやら硬いな。以前と比べて大人ぶってみえる。隊長と隊員で隔意があっては困る。何かあれば言え」
すこし冷っとした。同時に、鉄面皮の下で隊員各個人をよく見ているのだと尊敬を新たにする思いである。そんな尊敬する人とは言えども、前世がどうの何てスピリチュアルな話はできない。
「少々、心情に変化があったまでです。繰り返しますが、異常ありません」
「それならいい。質問がなければ帰ってよろしい」
◇
伊久地が去ったあと、手元の資料へ再び目を落とす。側頭に衝撃を受けて視力低下、日常的に矯正が必要。性格の変化あり、以前と比べて感情表現が希薄になる、但しうちに抱え込んでいる様子があるため、情動が少なくなったとはみなせない。脳の機能を確認するために行った知能検査において、記憶や数値処理の項目で高得点をみせた。
戦車道に必要な範囲で履修者の学業成績を閲覧しているが、元の彼女は中の上といったところだった。それが、復帰後の定期試験ではいきなり学年3位に躍り出た。
正直なところ、他のIII号乗員も含め、転科の可能性を考えていた。とくに伊久地の場合、一生の後遺症が残り、反対に大学進学にあたり非常に有利となる特質を得た。だが、彼女は残った。
機甲科に残る元III号乗員は、他の車両に移動させるつもりだった。滑落し、窒息しかけた車両になど再び乗りたくないだろう。でも、どうしてもひとり分、席が足りなかった。そこで、仕方なくアンケートをとった。みな、昇進ともいえるパンターやティーガーへの移動を望んだが、伊久地はIII号の選択肢のみにチェックをつけていた。あるいは今日言っていた自走砲への改造は、彼女の何らかの遠望あっての事だろう。どうせ大規模な修復が必要だったのだ、忌々しい車両でもある、少々いじってもOGの文句は無いだろう。
性格は……、引っ込み思案なときと積極的に動く時のムラがあった。役職を受け持つなどは消極的だったし、会話の輪の中心になるタイプでもなかった。かと思えば、みほとエリカの仲を気にかけ、時にエリカをなだめ、時にみほの趣味に付き合ってくれていた。元のIII号の乗員たちとの仲も良好で一緒に遊びに行っていた様子もあった。復帰後は新編成での練習が少なく、私自身の所感は未だ判然としない。
数巡目の思案の結果は以前と変わらず、要注視、異常があればすぐに声を掛けよう。というものだった。
そう思えば、元乗員のなかで、みほのことを何も聞いてこなかったのは、何も責めてこなかったのは彼女だけだったな。
伊久地梨奈:いくじなしな