そんな中、『十六夜ノノミ』という生徒から、意図の読めないメッセージが届く。
何度も会ううちに、先生はノノミを『理解出来ない存在』だと見なし、距離を置こうとするが……?
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1.刺激の渇望
──つまらん。
また同じ業務の繰り返しか。ドラマが無い。
何かこの異世界でもっと楽しませてくれるものはねェのか?
興味本位で『先生』になってみたが、案外退屈してしまう。
別に、こんな単純作業をやりたかった訳じゃねぇんだけどな。
生徒は銃を持ち歩くのが当たり前。それが異世界の『普通』らしい。
エネルギー兵器、AIが制御する高度な防衛システム……。
すべてがハイテクなのに──なんで書類仕事は紙とペンなんだよ。
これ、あまりにも非効率すぎるだろ。
デスクの上には、連邦捜査部シャーレの公印が押された書類の山。
ここは、キヴォトスの秩序維持を担う機関──連邦捜査部シャーレのオフィス。
銃火器を持つ生徒たちの問題を処理しつつ、経費の精算や報告書の記入までこなすのがこの職場の現実だった。
そもそも、指揮するだけじゃつまらねぇんだよな。もっとこう、自分が活躍出来るような場があってもいいんじゃねぇか?
今のままじゃ、この世界のプレイヤーとして愉しめるビジョンが見えねぇ。
さて、と──このつまらねぇ仕事、さっさと終わらせてしまいたい所だが……どう考えても今日中に片付く気がしねぇ。
だったら、最適解を選ぶだけの話だ。
俺はマニュアルを作成し終えると、すぐさまオフィスを出て教室に向かった。
目についた生徒に軽い調子で声を掛ける。
「ちょっと頼みたい事があるんだけど、いいかな?」
俺は書類を手にして、にこやかに続けた。
「この書類のコピーとファイリング作業なんだけど、悪いが代わりにやってくれないか? もちろん、しっかり報酬は出す。マニュアル通りにやるだけだから難しくないぞ」
生徒は一瞬だけ悩む表情を見せたが、すぐに
「……書類処理ですか、分かりました。やっておきますね。報酬、ありがたくいただきます!」
と書類を受け取った。
こういう地味な作業を快く引き受けるヤツは、実際ありがたい存在だ。
「助かるよ。ほら、これがマニュアル。分からない所があったら遠慮なく聞いてくれ」
俺は満足げに書類を渡し、生徒の元を離れた。
その後、オフィスに戻り、自分の椅子に腰を下ろして腕を組む。
人に任せるのも悪くはないが、くだらん作業は自動化した方が断然いい。
今後の事を考えて書類の電子化を推進するべきだな。後で連邦生徒会に掛け合ってみるとするか。
俺は頭の中で思考を巡らせながら、どうすれば業務をより楽に出来るかを考え続けていた。
こんな単純な作業、やっていても何の為にもならんし時間の無駄だからな。
しかし、報酬をどうするか。
ただ金銭を渡すのではつまらんし、何か良さげなモンは……と、コレがあったな。
デスクの引き出しをゴソゴソと漁っていると、一枚のチケットを見つけた。
ガラポンで手に入れた特賞の引換券、少し惜しいがコイツを渡すとするか。
別に、アイスくらいならいつでも買えるしな。
──自分のやるべき仕事がほとんど片付いた後、書類の処理を依頼された生徒が俺の所へやって来る。
「先生、書類の処理、すべて完了しました! 先生が作ってくださったマニュアルが丁寧だったので、案外サクッとできちゃいました!」
生徒は少し自慢げに書類を差し出してきた。
「おお、そうか。どれどれ……」
俺は書類を手に取り、ざっと目を通す。
「うん、問題なさそうだな、ありがとう。ほら、これが報酬だ」
生徒に1枚のチケットを手渡す。
「アイスクリーム1年分引換券!? いいんですか、こんなの貰っちゃって!?」
「なぁに、いいって事よ。これだけ頑張ってくれたんだから、それ相応の報酬を用意しないとな」
「本当にありがとうございます! 大切に使わせていただきます!」
生徒は大事そうにチケットを握り、ウキウキした気分で俺の元を去っていった。
まっ、これぐらいやっておかねぇとな。
生徒に『いい先生』だと思わせておけば後々都合もいい。
そう考えればこの程度の損失、痛くも痒くもねぇ。
俺は椅子の背にもたれかかり、ふっと笑う。
──数時間して、残りの仕事を全て片付けた。
ようやく帰ろうと思った矢先──
ピコンッ
スマホが鳴る。
ん? 何の通知だ?
手に取り、画面をタップする。
モモトークに一通のメッセージが届いていた。
モモトーク──この世界の生徒同士が使っているチャットアプリ。
1対1はもちろん、グループトークやスタンプ、画像のやり取りまで文句無しの機能揃い。
俺が現実世界で使っていたアプリと使い勝手はほとんど変わらない。
えーっと、相手は誰だ?
……ふむふむ、
確か、アビドスにいた生徒だったよな。
──アビドス高校。生徒数わずか5人、周囲の砂漠化による衰退の影響で、借金漬けの廃校寸前の学校だ。全員が『廃校対策委員会』なんて看板背負って、雑務やバイトに明け暮れている。
……そこまでして潰れかけの学校を守ろうとする意志、俺は嫌いじゃないがな。
──んで、十六夜ノノミって、どんな生徒だったか。
まず思い浮かぶのは、いつもニコニコしていて感情豊かな印象。
対策委員会では前に出るタイプじゃなく、どっちかっていうとサポート役か。
ちょっと抜けてるというか、ユルくてフワっとした天然系?
俺からすると、何考えてんのかイマイチ読めない生徒だった。
──見た目は……そうだ、5人の中だと一番背が高くて、やたら胸が目立っていた記憶がある。
グラビアでもやっていけそうなプロポーションといった所か。
ライムグリーンみたいな色の瞳はぱっちりしていて、視線を向けられると妙に目に残った。
髪は淡い金色で腰まで届くロングヘア。それに加えて、頭の片側──ちょうどサイドの高い位置で髪を結んで、クルンッと輪っかみたいな形を作っていたな。
しかも、よく見たら『のの字』に見えなくもない……。
もしかして、のの字だからノノミ? だとしたら最高にシャレが効いてるが、まさかな。
一瞬だけふっと笑い、スマホの画面に目を落とす。
モモトークの通知をタップすると、十六夜からのメッセージが開かれる。
『今日はなんだか、いいことが起きそうな日です』
『先生は今どうですか? 楽しい時間、過ごせてますか?』
『今日がいい日になりますように。私、先生のこと応援してますから!』
俺はしばらく無言でメッセージを眺めていた。
……んん? コイツのメッセージの意図は何だ?
いまいち本質が掴めん。
そもそも、コレにどうやって返せばいいんだ?
とはいえ、何も返さないのもつまらねぇし、とりあえず適当にメッセージを送っておけばいいか。
えーっと、『応援してくれてありがとう』、これで送信っと。
──すると、数分もしないうちに十六夜からメッセージが返ってきた。
『あ……うわあ……!』
『お返事をいただけるとは思っていませんでした、嬉しいです~☆』
『先生からお返事をいただけるなんて! 私はもう、今日一日これだけで十分すぎるくらい幸せです!』
『今回は最初の特別なご挨拶ですが、これからも時々送らせてもらいますね☆』
『♡♡』
俺はスマホの画面を見つめたまま、思わず眉をひそめて固まった。
……何なんだコイツは。
直接会いたいワケでもなく、こんなポエムみてェなメッセージを連投してきやがって。
しかも、たった一言返しただけで『今日一日が幸せ』とか──重すぎるだろ、常識的に考えて。
いや、それ以前に……どうして俺にこんなメッセージを送ってくる? 何が目的だ?
ただの挨拶か? それとも、何か言いたい事があるのか?
俺は手のひらを額に当て、頭を抱えた。
十六夜ノノミ……まさに理解不能な存在に等しい。何を考えているのか、まるで読めねェ。
──だが逆に、どんな生徒なのか気になってきた。
そんな疑問と、僅かな興味を抱えたまま、俺はスマホをポケットにしまって帰る準備をした。
2.十六夜ノノミとの遭遇
あれから数日が経った。
その後も、十六夜からのメッセージは時折送られてきた。
今日はちょっとした外での用事を終え、帰り道にいた。
『今日も一日お疲れさまです! 先生、無理しすぎていませんか?』
『何かあったら、いつでも話してくださいね☆』
『先生のこと、ずっと応援しています!』
なぜコイツはここまで俺に構う?
いや、それだけならまだ分かるが、俺の調子を気にしてくるかのような言動はどういうつもりだ?
俺は眉間に皺を寄せ、スマホの画面を見つめた。
このメッセージにどう反応すればいいのか、相変わらず分からん。
そんな考えを抱えたまま、俺はスマホをポケットに突っ込んだ。
が、すぐにまた取り出し、モモトークの画面をぼんやりと眺めながら歩き出す。
──その時だった。
歩いている最中、ふと妙な気配を感じた。
何かが近づいてくる──
「わっ!」
突如、背後から弾けるような声が響いた。
「……なっ!?」
あまりにも急だったので、俺は反射的に肩をビクッとさせる。
思わず身を引きつつ振り返る──すると、そこにいたのは十六夜だった。
「あはは~☆ じゃーん、驚きました?」
満面の笑みを浮かべながら、無邪気な声で俺に話し掛ける。
「おっと、十六夜か。いや~驚いたよ」
軽く笑いながら、スマホをポケットにしまう。
黄色いカーディガンを羽織って、白いシャツの上からでも分かるくらい胸元の輪郭がハッキリしている。
あのテンションでいきなり詰め寄られると、余計に目立つっつーか……不意打ちにも程があるだろ。
「それにしても、こんな所で会うなんて奇遇だな」
「歩いてたら先生を見つけて、嬉しくなって走ってきちゃいました☆」
十六夜は息を整えながら微笑む。
急に走ってきたと思ったら、そんな理由かよ。
「アビドスからだと遠いはずだが、何か用があってここに来たのか?」
「うん? なんでここにいるのか、ですか?」
少し首をかしげる。
「ああ、そうだが」
「あ、ちょうど買いたいものがあったんです! ご存じの通りアビドスは多くの店が閉まってまして……。生活必需品を買うのに結構遠くまで出てこなきゃいけないので……。でも大丈夫です! こうやって偶然の出会いが起こったりもしますから☆ うんうん! 本当に嬉しい偶然!」
「へぇ~、そんな偶然がまさか現実に起こるとはな」
いやいや、胡散臭ェ! 何が『大丈夫』なんだよ!
そもそも、こんな都合よく俺と遭遇するか?
「それでは私とパフェを食べに行きませんか? この周辺に、よく知っている有名なお店があるんです☆」
なるほど、それがお前の目的か。なぜモモトークで直接約束をしなかったのかは謎だが。
──もしかして、俺に断られる可能性を考慮して偶然を装ったのか?
もしそうなら、この『出会い』そのものが仕組まれていたって事になるが……。
……試しに、適当にはぐらかして反応を見てみるか。
「しかし、他に用事があってだな──」
「捕まえた~☆」
そんな俺のセリフを気にも留めず、十六夜はニコニコしながら俺の手をがっしりと掴む。
コイツ、人の話を聞いてねェぞ!!
無理にでも俺に構うつもりかよ!
「先生、帰り道なのは知っていますよ」
「……い、十六夜くん? なぜそんな事まで知っているのかな?」
「うーん、それはヒ・ミ・ツ、です♡ じゃあ、早速しゅっぱ~つ!」
いや怖ェよ!!
どうやって俺のスケジュールを調べたのかは知らんが、この生徒……本気で動機が読めん。
ただ──この距離感、普通じゃねぇな。
コイツが何を考えているのか、俺にはまだ何一つ見えてこない。
だったら、それを確かめる価値くらいはあるか。
──それから、近くのパフェ専門店に入り、1メートル近くのパフェをそれぞれ一つずつ頼んだ。
ちょうど糖分が欲しかったからこういうのも悪くないな。
パフェを待っている間、十六夜と軽く話をした。
「そういえば、十六夜の趣味って何だ?」
「趣味、ですか? 私はショッピングが好きです☆ ……あっ、でも自分のというよりかは、対策委員会のみんなが喜びそうなものを探すのが楽しくて……」
「……ふーん、なるほどな」
「だからつい、期間限定のお菓子とか役に立ちそうな雑貨とか買っちゃって……。私、対策委員会では『おやつ担当』なんです☆」
『おやつ担当』ねぇ……随分風変わりな肩書き名乗ってんな。
気遣いに関しては一級品だが……何が楽しいのかは俺にはよく分からねぇ。
そんな話をしているうちに、注文していたパフェが運ばれてきた。
意外にも美味くて、糖分が脳に染みる。気怠さが少しだけ抜けた。
にしても、めちゃくちゃ量が多いな……。
何とか食べ終わり、俺がまとめて会計を済ませようとした所──
十六夜が金色のカードを取り出して支払おうとしてきたので、止めてやった。
ここで気づいたんだが、十六夜ってどうやら家が金持ちらしいな。
別に金目当てで絡むつもりは一切ねぇが。
会計が済んで店の外に出た後、十六夜と軽く挨拶をして解散した。
──その日の夕方。
スマホを確認すると、モモトークに十六夜からのメッセージが届いていた。
『私から誘ったんですから、先生にご馳走させてもらいたかったんですが……』
『次どこか行くときは、私に奢らせてくださいね?』
おいおい、甘えるってコトを知らねえのか?
金持ちであろうが生徒なんだから、その立場を利用して奢ってもらうのが自然だろうが。
そもそも『奢ってもらう』って発想自体がねェのか? 真面目ちゃんかっての。
やっぱりよく分からねぇ。
とりあえず今回の会話で分かったのは、コイツがやたら強引ではっちゃけたヤツだって事だ。
ただ、実際に面と向かって話してみると、場の雰囲気を和ませる能力は卓越しているように感じた。接客とか向いてそうだな。
十六夜とは、趣味の話以外でも他愛のない会話をいくつかした。
どんな話題を出すかと思えば、『今日はいい天気ですね』とか、『先生は甘いのと苦いの、どっちが好きですか?』とか、まぁそんな調子だ。
あまりにも無難すぎて、ちっとも面白くねぇ。
あのポエムみたいなメッセージを送ってきたヤツが、実際には『良い子』のテンプレみたいな会話しかしない。
愛想はいいし、言葉遣いも丁寧。誰がどう見たって『良い子』。
でも、それだけだと──なんつーか、拍子抜けなんだよな。
結論として、俺とはあんまり気が合わない人種なのかな、って感想。
あの文体といい、やたら踏み込んだ距離感といい、もうちょっとクセの強いヤツかと思ったんだがな。
だからこそ、多少引っかかる。
あのメッセージは、ただの気まぐれか?
本当に素であんなのを送ってきたのか?
それとも、単に調子に乗っていただけか──あるいは、ちょっとズレたヤツなのか……。
俺の事が気になるぐらいなんだから、もう少し愉しませてくれると思ったんだがな。
あと何回か会って、それでも見込みが無さそうなら距離を置くか。
3.お人好しの実態
翌日、十六夜からモモトークでアビドスの部室に来て欲しいとの連絡があった。
『今日は対策委員会の教室を、大掃除しようかと思います!』
『先生がお越しになるころには、前よりずっと綺麗になってるはずです☆』
『終わった頃にでも、ぜひ見に来てくださいね?』
今回は『掃除の成果を見に来て欲しい』って事か。
どうやら自分の頑張りをちゃんと評価して欲しいらしいな。
少しは主張というモンが見えてきたかもしれねぇ。
さて、コイツの掃除スキルとやらを拝見させてもらおうか。
──という訳で、気まぐれな好奇心で教室前に到着。
何時に終わるかを明確に言ってこなかったから、とりあえず『これくらいだろ』って適当な時間を見計らって来てみた訳だ。
ちなみに、この部屋は『教室』というより『会議室』って感じがする。
パイプ椅子が8脚置けるサイズの大テーブルが1つ。横にホワイトボードが1枚。5、6人が集まるにはピッタリな広さのスペースだ。
以前、対策委員会の手伝いで何度か顔を出してるから、この部屋の事は何となく覚えている。
様子を見てみるとするか……。
そっと扉を開けて中を覗く。
十六夜の姿だけが見えた。
まだ終わってねぇみたいだな。ちと早かったか。
しょうがねぇ、顔だけでも出してやるか。
そのまま扉を開けて、教室に足を踏み入れる──
「あら? 先生?」
俺から声を掛けようと思ったが、十六夜に先手を取られた。
「わあ~、本当に来てくださったんですね!」
ぱあっと表情を輝かせて、両手のひらを胸の前でぎゅうと合わせる。
まっ、モモトークに返事もしてねぇし、来てくれるかどうかコイツには分からなかったろうな。
「うーん……でもちょっと来られたのが早すぎたといいますか……ちょうど今掃除を始めたばかりなんです。3時間後くらいに来ていただければ、その後には綺麗になっているかと思いますが……どうしましょう?」
そう言いながら、気まずそうに笑って視線を逸らす。
どうやら、少々急ぎすぎたみたいだ。俺の好奇心が先走ったってとこだな。
「そうだったのか。早く来すぎてしまって悪いな。しかし、大掃除なのにどうして一人なんだ? 他のメンバーはどこに行った?」
「えっと、みんな週末はアルバイトだったり、図書館へ行ったり、忙しいので仕方ないんです。学校の借金も返す時間も足りないのに、自分の勉強もと思うと、みんな体が二つあっても足りないので……。なので、大掃除はずっと私がやっています」
なるほど。優しいヤツ特有の『全部一人で抱え込んじゃう病』だな、これ。
よくいるよな~、こういうの。誰も頼んでねぇのに勝手に背負って自滅するタイプ。
協力すりゃ速攻で終わるってのに、『自分がやらなきゃ』って思い込む……。信頼関係が築けてんだったら、頼ればすぐ応えてくれるだろうによ。
「うんうん! 私がやりたくてやっているので、大丈夫です☆ みんなのための空間ですから! 衛生的で綺麗じゃないと、みんな元気に学校に通えないので!」
「そうか。だが、一人で全部やるには少し大変じゃないか?」
「少し時間はかかりますけど、大丈夫です☆ それでは先生、3時間後くらいにまた来てくださいますか? その時は掃除も終わってそうです」
口調こそ明るいが、その言葉の端々には、どこか自分を納得させようとするような響きが混じっていた。
まったく、効率ってもんを考えねェのかよ。
こういう非効率な動きを見ると、どうにもイラつく性分なんだよな。
「掃除に3時間? 時間掛かりすぎじゃないか? ……仕方ないな、手伝ってやるよ。その方が早く終わるだろ?」
クソッ、柄にもねぇコトを言っちまった。
変なトコロで優しさが出たな、俺。
「えっと、でも……大人の方に掃除をお願いしてしまってもよいのでしょうか? ……うんうん! 先生ですもんね。ありがとうございます。これ、ちり取りです!」
明るく振舞いながらも少し申し訳なさそうに、十六夜は俺に清掃用具を手渡す。
──それから、二人きりで教室全体の掃除をし、1時間もしないうちに完了。
俺の要領が良すぎたからかもしれねぇが、案外サクッと終わったな。
「わあ! 本当に綺麗になりましたね!」
教室の変わり様に感動したかのように、十六夜が言う。
「うんうん! 二人でやるとずっと早く終わりますね。いつもの掃除のときとは違って、なんだかよりやりがいを感じました……。先生と一緒に、だったからでしょうか?」
表情には、ほんの少しの照れが表れているように見えた。
──その後、綺麗になった教室で十六夜と少し雑談をして、暗くなる前に戻ってきた。
結局、今回もダメだったな。
以前と同じく、ただ最近あった出来事を並べて終わるだけで、広がりのない会話しか出てこなかった。
想像の入り込む余地もない起伏ゼロのやり取りじゃ、どうにも退屈しちまう。
やっぱり、俺の見当違いだったのかもしれねぇな。
何か得体の知れねぇモンを秘めてそうだと、一瞬でも思った俺がバカだった。
ごくごく普通のヤツなんかじゃ──俺の好奇心は満たされねぇ。
──翌日の昼頃。今日も今日とてシャーレのオフィスでくだらん雑務を片付けていた。
慣れてきたおかげで手際は良くなったが、つまらない事には変わりない。
さて、気分転換がてら、この世界の事でも少々勉強してみるとするか。
俺は椅子から立ち上がり、すぐ左の書庫に手を伸ばす。
ガラス戸を開けて中を覗き込むと──そこに、ひときわ場違いなほど古めいた書物が一冊だけ置かれていた。
ん? 何だコレ。やたらボロっちいが、むしろこういうのが面白そうな気がするぜ。
試しに、これでも読んでみるか。
その古ぼけた書物を1ページ目からざっと読み進めてみる。
どうやら、キヴォトスの歴史について延々と書き綴られているらしい。
ページ数もそれなりにあって、真面目に読むのがだんだん面倒になってくる。
結局、気になった箇所だけを拾い読みしながらパラパラとページをめくっていく。
その中に、ふと興味を引くような記述を目にした。
『第二の古則:理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることができるのか』
この世界──キヴォトスには、『七つの古則』と呼ばれる教えが昔から伝わっていて、その二つ目がコレらしい。
『理解できないもの』か。
俺は『感情の為に生きる存在』ってのが、どうにも理解出来そうにねぇ。
いつもニコニコしていて、誰かの為に頑張り続ける。
感謝されると『お役に立てて嬉しいです!』と満面の笑みを浮かべる。
絵に描いたお人好しって生き物だ。
そういうヤツら、何考えてるか全然分からねぇ。
そんなに感謝される事が楽しいのか?
もしかして、感情をエネルギー源にでもしてんのか?
……一生理解出来ねぇ領域だな。
仮に『感情を力に変換出来るシステム』でもあれば、ソイツらに対して興味を持つんだけどな。そんなもん利用する価値ありまくりだろ。
まっ、そんなカオスなシステムなんて、流石にキヴォトスにあるワケねぇよな。
絵空事は程々にして、残りの仕事をさっさと片付けちまおう。
っと──その前に、ちょっと『アイツ』に話を聞いてみるとするか。
俺は自分のデスクに戻って椅子に腰を掛け、机上に置いてあるタブレット状の機器──『シッテムの箱』の電源ボタンを押す。
シッテムの箱ってのは、俺がこの世界に来た時に渡された、先生専用の特別端末って扱いらしいが……誰がどう作ったのかすら分からねぇし、構造も何もかも全部不明。
常識も理屈も完全にぶっ飛んだイカれ仕様。
で、そいつのメインOSが──『
名前だけ聞くと格好つけた人工知能っぽいが、実態は……まさかの子供。
髪は透明感ある水色で、背格好は低め。制服みたいな格好で画面の中をぴょこぴょこ動くその姿は、どう見てもAIって感じじゃねぇ。
おまけに反応はやたら人間臭ぇし、感情表現までしっかりしてやがる。
まったく、何から何まで規格外だ。
コイツも、この世界も──
「おいアロナ、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「はい、何でしょう?」
明るくハキハキした声で答える。
「俗に言う『お人好し』ってのは、普段何考えて生きてんのか分かるか?」
「うーんとですね……先生っ! お人好しの方って、きっと『こうなったら素敵だな』っていう世界が、ちゃんと心の中にあると思うんです! それに向かって動いてるから……誰かのために頑張ったり、自分が損しちゃうことも、ぜんぜん平気なんですよ!」
素直すぎる答えに、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
コイツ、本気でそう思ってんのか?
「……つまり、『自分の夢の為に人に尽くす』っつー性格か。まぁ、言ってる事は分かるな」
「えへへっ、なんだかちょっと夢みたいですけど……でも、そういう優しさって、すごくまっすぐだと思いませんか?」
「夢見がちな人間は嫌いじゃねぇ。むしろ、そういうヤツらと話していた方が退屈しねぇからな。とりあえず参考になった」
「また何かあれば、遠慮なく聞いてくださいね!」
画面の中のアロナは、にっこり笑って手を振っていた。
──ったく、どこまで人間臭ぇんだか。
しかし、何か引っかかる。
もしアイツに夢があるとしたら、なぜ俺との会話でそれを語らなかったんだ?
別に隠すほどでもねぇだろ、そんなモン。
気にはなるが、別に深掘りする話でもねぇか。
というか、そんな分からねぇもんなんて、これ以上考えても無駄だからな。
よし、休憩は終わりだ。残りの仕事をさっさと片付けるとするか。
4.理解出来なければ利用するまで
数時間後、また十六夜からモモトークで連絡が届いていた。
また来やがったか。
正直コイツにはもう見切りをつけてたし、ここいらで適当に距離を置こうと思ってたが……メッセージだけは読んでおいてやるか。
『先生~☆』
『今度の休日、もし時間があったら一緒にショッピングに行きませんか?』
ショッピングか。確か十六夜の趣味だったな。
これ以上コイツと付き合う事のメリットがありそうにねぇが──敢えての選択をしてみるか。
『買い物だな、行ってもいいぞ』
『わっ! ありがとうございます』
『先生と二人でデートですっ!』
『あ、いえショッピング、ショッピングですね、先生とショッピング~☆』
『では、ショッピングモールでお待ちしておりますね~☆』
っておい、『デート』って本音が文章で漏れてんぞ。
何だよ、単に好意があって接触してきただけだってのか?
とは言え、そんなモン俺には関係ねぇがな。
ラストチャンスだ。
お人好しの本性、暴いてやろうじゃねぇか。
──数日後。約束の日がやって来た。
定刻5分前、待ち合わせ場所に着いた頃には十六夜が既に待っていた。
俺が到着した事に気づいた十六夜は、いつも通りのホワっとした声で声を掛けてきた。
「あ、先生! ここです~こちらへ~。お待ちしておりました☆」
「おっと、待たせてしまって悪いな。どれくらい前から待ってたんだ?」
「はい? 長い時間待たせちゃった……ですか? いえいえ、30分くらいですし」
「30分って、そんな前からいたのか。退屈しなかったのか?」
「いえそんな、先生は時間通りにいらっしゃいましたし、私が勝手に待っていただけですので☆」
コイツからは『絶対に俺よりも遅れてはいけない』という強い執念を感じる。
約束の時間より早いとはいえ、俺を少しでも待たせたら迷惑掛けるとでも思ってんのか?
本日のお人好しポイント1点目。
「さあ、それでは、出発~☆」
『気にしてませんよー』とでも言いたげな顔で、十六夜は当然のように先を歩き出す。
──十六夜はショッピングモールの中を遠足か何かのようなテンションで歩き回る。
店に入るたび、目についた商品を次々とショッピングカートに突っ込んでいく。
何かダンベルまで入れてるんだが……こんなモン本当に使うのかよ。
「あっ、先生! あそこも行ってみましょう!」
十六夜が俺の方を見て、行きたい店に指を差す。
……せわしねぇヤツだ。
「うーん、やっぱりディフューザーも買った方がいいですよね? 教室に置いたらよさそうです。あら? オセロゲーム? やっぱりこういうのも一つあると……」
「十六夜、流石に買いすぎじゃないか? 少しは計画的な買い物をだな……」
あまりのムチャクチャな買いっぷりに呆れる俺。
「だって、アビドスからこのショッピングモールまで、こんなに遠いのですから! 何度も頻繁には来られないので、これぐらいは買わないとダメです」
十六夜の目つきから、『たくさん買わなくちゃ』という使命感がひしひしと伝わってくる。
「それに……みんな自分のアルバイト代を、学校の借金を返すために使っているので……。このままじゃ学校の教室じゃなくて、まるでアルバイトの休憩室みたいでかわいそうなんです……」
話している際、ほんの一瞬だけ表情が曇ったように感じた。
ほう、『かわいそう』ねぇ。
そうやって周りの状況に憐れみを抱いて、金の使い道すらも他人基準になるって訳か。
本日のお人好しポイント2点目だな。
「さあ! ショッピングを続けましょう! 私のカードの限度額オーバーまでは、まだまだですので!」
ったく、ここまで親切な金持ちが普通いるかよ。
やっぱキヴォトスってファンタジーの世界なんだな。
コイツと話してるとつくづく実感するぜ。
その後も十六夜とショッピングを続け、日用品等を大量に買い漁った。
アビドスまでの配達はやっていないそうで、かなり重たい荷物を抱えて対策委員会の教室まで徒歩で帰るハメになった。
……なぜ俺がこんな荷物を持たなきゃならねぇんだ。
──教室に着き、ドデカい荷物をドサッと床に落とす。
「せ、先生。だ、大丈夫ですか? ……はい、お疲れ様でした!」
重い荷物を持ち続けた俺を心配しつつ、十六夜は労いの言葉を掛ける。
「まさか、こんなに荷物を持って歩いて帰るとは思わなかったぞ。そりゃあ私を頼るのも納得だな」
「……すみません。ちょっと買いすぎましたね。いつもはここまで買わないのですが……。今日は少し……テンションが上がりすぎちゃったみたいです」
やりすぎた事を自覚したからか、反省気味の苦笑いをする。
床に置いたパンパンの買い物袋をどかそうとすると──袋からダンベルが『ドンッ』と音を立ててゴロゴロと転がり出る。
「……シロコちゃんに渡すダンベル、これもありましたね……」
サイクリングが趣味……だったか。
俺は買ったものを一つずつ袋から取り出し、大テーブルの上に置く。
「これはセリカちゃんにあげる植木鉢で……」
感情表現はストレートだが、キレやすい所は少し俺に似てるかもな。
「にしても色々入ってるなぁ。さて、お次は何かな……って、変な小物セットが出てきたぞ」
「あれ……これは……あ、ここに入れてたんですね。じゃーん☆ 実はこれ、先生のために買ったものなんです」
十六夜はテーブルの上に置かれた耳かきセットを手に持ち、嬉しそうな顔で俺に見せつけてくる。
待てよ……? コレ、いつのタイミングで買ったんだ?
ずっと同行してたから、買った物は全部把握してたつもりだったんだが。
もしかして、俺がトイレに行ってる間にこっそりカートに入れたのか?
「俺……いや、私の為に?」
仕事モードでやってるとはいえ自分でも違和感あるな、この口調。
「はい! そうなんです! ちょっと待っててくださいね! 床にシートを敷いて……」
謎の儀式でも始めるのだろうか、準備をし始める十六夜。
教室の中でピクニックでもするつもりか?
「さあ、先生。ここ、私の膝の上で横になってください」
「……お、おう……?」
あまりにも想像の斜め上すぎる展開に、流石の俺でも思考がフリーズしてしまった。
何考えてんだコイツ……?
「さあ、いい子ですから、早く~」
十六夜は敷かれたシートの上で正座し、膝をトントンと軽く叩きながら、赤子をあやすような口調で俺を誘導してくる。
待て待て待て、何なんだよこの展開は……。
この俺が──生徒の上で膝枕されるのか……!?
本日のお人好しポイント、これで3点目……?
フッ、こんなぶっ飛んだエンタメ展開まであるとはな。何でもアリな世界だ、流石キヴォトス。
本来だったら俺のプライドが許せねェ所だが……幸いコイツは仕事モードの俺しか知らねぇし、されるがままになってやるか。
俺は一切の躊躇をかなぐり捨て、十六夜のいる方まで近づき、膝の上に身を預けた。
髪が太ももの素肌にふわりと触れる。
ほんのり温かくて、思った以上に柔らかい感触だ。
この弾力と安定感、俺が普段使ってる低反発枕よりも性能高いかもしれねぇ。
「さあ、お耳掃除の時間ですよ。大人しくしててくださいね、先生?」
耳かき棒を持ったまま、ふわっとした口調で言う。
人に膝枕をされるのに慣れていないからか、反射的に頭を少しずらすように動かす。
悪いな十六夜。俺は『大人しくしろ』と指示された所で、言う事を聞かねぇタチでな。
「もぞもぞしちゃダメです。今からこれが入るんですからね? くすぐったかったら言ってくださいね?」
「……ああ、よろしく頼む」
チッ、やりすぎたか。
仕方ねぇ、ここは黙って大人しくしておくか。
「うんうん。いい子ね、よしよし」
子供に絵本でも読んであげるかのような優しい声で言う。
……何かこう、胸の奥でむしゃくしゃしたものを感じる。
小学生くらいのガキと同じ扱いをされてるみたいな、そんな気分だ。
──耳の浅い部分を耳かき棒が優しくなでる。
カリッ、カリッとした音が心地よく、思わず体の力も抜けていく。
耳かきってこんなに気持ちいいモンなのか? すげぇリラックス効果があるな。
にしてもコイツ、初めてにしては結構やるじゃねぇか。
『耳かき大臣』に任命して、これから定期的に耳かきしてもらうってのもアリかもな。
そう考えると、こういうヤツと付き合うメリットは案外あるかもしれねぇ。
「えっと……考えてみると、これちょっと……恥ずかしいんですけど? なんか先生の顔が近すぎて……えっと……」
俺との距離の近さを自覚したのか、顔を少し赤らめながら目を逸らす。
勝手にやり出したのはそっちだってのに、今更恥ずかしがってどうする。お前が始めた耳かきだろ?
とは言え、ようやくコイツ『らしさ』が見えたような……気がしなくもねぇ。
そんな事を考えながら耳かきをされていると、十六夜がそっと耳元で囁く。
「これは先生だけへのサービスですから、二人だけのひ・み・つ、ですよ?」
やっぱり十六夜の本心は最後まで掴めなかったが……独占欲ってヤツか?
そういうのはビビっと感じたな。
だが、他人優先のコイツがなぜ俺を独占したいのかは……よく分からねぇ。
『理解できないものを通して理解を得る』──今の俺にとっては、『理解出来ねぇなら利用するまで』って結論に落ち着いた。
まっ、分からねぇモンは最初から無理に分かろうとしなくてもいい、そういう事だろ。
そもそも、俺と合わない人種なのは分かってんだから、理解しようとするだけ時間の無駄だ。
まともに付き合うなんて非合理にも程がある。
────せっかくのリラックスタイムも束の間、校舎の外──グラウンドの方から、突如として鋭い銃撃音が鳴り響いた。
「きゃっ……!? な、なんの音でしょう!?」
想定外の事態にたじろぐ十六夜。
チッ……敵か?
折角の耳かきタイムを邪魔しやがって。
直接文句言ってやるか……って、待てよ?
今この校舎に俺と十六夜しかいねぇワケだが……。
明らかにコイツ、単体で戦えるようなタイプじゃねぇだろうし……この状況、ヤバいんじゃねェか?
「ど、どうしましょう、先生……」
十六夜は耳かき棒を手から落としそうになりながら、判断を仰ぐかのようにオロオロと俺の方を見てくる。
「とにかく、武器を持ってグラウンドに向かうぞ。指揮は私に任せてくれ」
「……はい、分かりました!」
十六夜は動揺しながらも、窓際の机の上に置かれていた武器──リトルマシンガンⅤを手に取った。手がほんの少し震えているのが分かる。
そのまま、慌てて俺の後ろについて教室の外へと向かう。
まさかこの後、俺『達』の運命を揺るがすとんでもない事件に巻き込まれるなんて────
当時の俺は、微塵も想像すらしていなかった。