しかし、追い詰められた戦闘の最中に覚醒し、黒いオーラを纏ったロボット兵を撃破した。
感情と思考が共有される代わりに、身体を超人的に強化できる能力『ソウルリンク』。
その詳細を知るため、先生とアロナはシステムに残されたマニュアルを解析するが……?
0.漆黒の観測者
薄暗い部屋。私はデスクに肘を預け、今回の観測結果を静かに検証していた。
『ソウルリンク』に『あの二人』、実に興味深い。
彼の回収だけで終わるはずだったのですが……思わぬ収穫でした。
しかしこの力、どうもコントロールが難しい。因子を注入し過ぎたのでしょうか。
ですが、『半殺しにしろ』と命令したのに、まさか無視して殺しに行くとは想定外でした。
まだまだ研究する必要がありそうですね。
とはいえ、彼と彼女の力にも不可解な点が多い。
理解出来ないからこそ探求心をくすぐられます。
あと確か、あの生徒の名前は『
もし
……さて、今後も観測させてもらいますよ、先生。
それに十六夜ノノミさん。
1.ソウルリンクの謎
ブラックマーケットのロボット兵との戦闘から一夜明け、俺はシャーレのオフィスで今日やるべき事を整理していた。
昨日、ノノに本性を晒したのは博打だった。
だが、ソウルリンクで思考が漏れる以上、取り繕い続ける方がよっぽどリスクが高い。どうせ隠し切れないなら、先に全部見せてしまった方が合理的だ。
結果として、あの選択は正解だった。
もしノノが俺を拒んでいたら──そして、この力が互いの理解によって強まるものだとしたら──俺達はまともにソウルリンクを扱えないまま、いずれ詰んでいただろう。
そう考えると、俺達は最初からソウルリンクという『逃れられない運命』に縛られていたのかもしれない。
「おいアロナ、本当にソウルリンクについて何も知らねぇのか?」
腕を組みながら、デスクに置いたシッテムの箱の画面越しに話しかける。
「ごめんなさい、先生……。機能停止中に起きたことは何も覚えてないんです」
バツが悪そうにしょぼくれた顔をするアロナ。
とはいえ、アロナが動いてねぇのにシッテムの箱が起動してたって事実も変な話だけどな。
「そうか。ならログみたいなのはどうだ? 残ってたりするか?」
「それなら、もしかすると残ってるかもしれません! 探してみます!」
そう言った途端、アロナのいる空間の床に分厚いファイルが現れた。
アロナはそれを開き、何かを探すように目を走らせている。
「え~っと、これでもないし、どこにあるんだろ……」
「もしかして、それがログ情報なのか?」
「はい! 昨日のシステムログなんですが、私が機能停止してた時間帯を見れば……ありました! 表示させますね」
画面が黒くなり、そこにソウルリンク関連のログらしきテキストが現れる。
『15:10:02 AIクリエイションモード 起動』
『15:10:30 システム設計 開始』
『15:13:34 システム設計 終了 名称:ソウルリンク』
『15:13:37 システム構築 開始』
『15:18:37 システム構築 終了』
『15:18:37 AIクリエイションモード 終了』
「『AIクリエイションモード』という単語、確かに聞き覚えがある。お前じゃない別の機械音声が全く同じ事を喋ってたな。ただ想定はしてたが、マニュアル的な情報はここには無いか」
「う~ん、それらしき情報はログには残ってないみたいですね……」
「……待てよ? じゃあソウルリンクのプログラム自体はどこにあるんだ? シッテムの箱にインストールされてんなら、ソイツが格納されてる場所にマニュアルもあったりしねぇか?」
「あっ、確かに先生の言う通りです! ソウルリンクのプログラム自体はシステムフォルダにあると思うので、解析してみます」
アロナの目の前にホログラムのディスプレイが表示される。アロナはしばらく画面を操作していたが、やがてパッと表情を明るくした。
「プログラムとマニュアル、見つかりました! マニュアルのデータを表示させます!」
黒い画面に大量のテキストが表示されていく。
マニュアル自体は簡素な形式ながら、フォーマットは整っているように見える。
だが、数行先へ目を滑らせた所で違和感に気づいた。
「おい、途中から文字化けしてんぞ。これ、読めるように出来るか?」
「ちょっとやってみます──すみません……欠損データが多すぎて、復元はできないみたいです……」
マニュアルの最初には目次があって、ざっくり『システムの概要』『各モードの詳細』『実用例』『Q&A』の4項目に分かれている。
そして残念ながら、このうちの最初の項目しか読む事が出来ない。
恐らくだが、システムの構築には何らかの時間制限があったんだろう。ソウルリンク本体の実装を優先したせいで、完全なマニュアルを作る余裕までは無かったのかもしれない。
ログを見ると、構築開始から終了までは丁度5分間となっている。
「概要に書いてあるのは、俺にとって既知の情報ばかりだろうな。アロナ、代わりに読み上げてくれ。ソウルリンクについてお前にも知ってもらう必要がある」
「はい! それなら私もちゃんと理解しておきたいですし……最初から読み上げますね! え~っと、まずは……『ソウルリンクとは、所有者と対象者の精神を相互接続し、感情と思考の共有や身体能力の強化を可能とするシステムです』……と書いてあります」
「そうか、続けろ」
だろうな。やはりそんな説明が出るとは思ってたが。
「分かりました──『ソウルリンクには二つのモードが実装されており、〈
「おいちょっと待て。今『二つのモードがある』って言ったか? 知らねぇ情報だな。どれだけ詳しく書かれてる?」
「かなり詳しく書かれてます! 続きを読みますね──『戦闘モードは、互いが〈状況に反発する意志〉を持ち、肌同士が接触したタイミングで起動します。肉体の強化や銃弾の創造(ソウルバレット)、思考の共有といった、戦闘に有利な機能を発揮します』」
「発動条件は分かった。で、その『ソウルバレット』ってのは、昨日俺がマシンガンをぶっ放した時のアレの事か……。続けろ」
「はい──『システムの維持には〈ソウルエネルギー〉というエネルギーが必要で、互いの精神力を消費する事で生成されます。エネルギーの生成量は〈感情の強度〉〈相互の理解度・信頼度〉〈感情・思考のシンクロ率〉〈思念の具現化能力〉の4要素が関連しており、これらが高まるほど生成量も増大し、システムレベルも向上します』」
「4つの要素の話はあの機械音声から聞いたが……精神力を削ってソウルエネルギーを生成する、か……。弾無しのマシンガンを撃てたのは、このエネルギーが弾代わりになってたからなのか」
「先生、ここは注意が必要そうです! 使いすぎると危険かもしれませんよ!」
「ああ。昨日ノノが倒れたのも、それが原因かもしれねぇ。そんでここには書いてねぇが、システムが安全性を考慮して設計されたんなら、精神力が一定の値を下回れば解除されるって仕組みもありそうだな。可能なら検証したい所だが……まずは発動条件の確認が最優先だ」
「確かに、そこは実際に試した方がよさそうです! 『状況に反発する意志』という条件も、具体例がないと少し分かりにくいですし……。そしたら次は、同調モードについて読んでみます」
「分かった、読んでくれ」
「こっちは短めですね──『同調モードは、互いの目線が合った状態で、肌同士が接触した際に起動します。互いの感情や内的思考を感覚的に共有する事が可能となります。起動している間は精神力を消費し続けるため、一時的な使用を推奨します』」
「なるほどな、コッチはエネルギーの生成は無しで、あくまで思考と感情の共有のみを行えるのか。戦闘モードじゃ思考しか読めねぇが、感情まで共有出来んなら使い道はある。……とは思うんだが……」
どうもリスクが高そうだな、この機能。
昨日、ノノが目を覚ました時に偶然発動しちまったが……俺の感情と思考までダダ漏れになっちまうのは都合が悪い。
……というか、そもそもこの機能は必要なのか?
「二つのモードを見比べてみると、どちらも『思考の共有はできる』と書いてありますね。先生は、実際の戦闘でノノミさんの思考が分かったんですか?」
「あくまでノノの姿を見ている間だけだがな。ただ、こっちから意識して思考を探らねぇと聞こえなかった。実際に試そうとしない限り、俺の考えも向こうには伝わってねぇはずだ」
「あれ、先生……? 『ノノ』っていうのは、ノノミさんのことですか? そんなに仲良かったんでしたっけ?」
人差し指を顎に当て、不思議そうな顔で俺の方を見つめている。
「あぁ? 別に仲良くもねぇし、アイツが面白そうなヤツだったから俺が勝手に呼び名を変えただけだ。何かおかしい事でもあるのか?」
「ちょっとズレてる気もするんですが……先生らしいですね!」
小さく笑いながら、アロナはそう答えた。
少々引っかかる言い方ではあったが、別に目くじら立てる程でもねぇか。
「っと、だいぶ話し込んじまったが……今何時だ?」
「今の時刻は……午前9時20分ですね」
「午前中にはアビドスに寄る予定だから、そろそろここを出る準備でもするか」
ここまで来てもらう案もあったが、対策委員会のメンバーには俺から『事情』を説明した方が早いと考え、アビドスへ向かう事にした。
とは言いつつ、実際はそれっぽい嘘で誤魔化すつもりだ。
余計な詮索をされるのは面倒なので、ソウルリンクの事を伝えるつもりなんて一切無い。
「……あっ、先生! もう少しだけ待ってもらえませんか!?」
「何だ、そんなに声を荒げて」
「さっきのマニュアルなんですが、戦闘モードの仕様で読み漏れてたところがあって……けっこう重要な情報だと思います!」
「おい、それ抜かしちゃダメだろ。しっかり頼むぞスーパーアロナさんよ」
「えへへ……ごめんなさい、うっかりしちゃってました……。……では、読み上げます──『エネルギーの生成効率を上げるためには、内発的な感情出力が最も重要なファクターとなります』」
「……そこが肝か。その先は?」
「はい──『なお、不健全な心理的要因における感情はシステムに悪影響をもたらし、生成効率の大幅な低下、あるいは持続性の低下を招く恐れがあります。感情の種類と生成効率を対応させた表は巻末に記載しています』」
「……で、その肝心な資料が巻末にあるから読めねぇって事だな」
「はい……どうやら、その部分は読めないみたいです……」
『感情の種類によってエネルギーの出方が変わる』ってのは、俺の仮説が当たってたみてぇだ。
だが一番引っかかるのは、『不健全な心理的要因における感情』の一文。
あの時はブチギレた瞬間、身体能力が飛躍的に強化された感じがしたが、確かに持続時間は短かった。と言っても、『生成効率の大幅な低下』には該当しない。
つまり──マイナスな影響を及ぼす感情にも種類があると見ていいだろう。
どちらかというと、『怒り』ってのはプラスにもマイナスにも振れる感情だと思うんだがな。
感情の出力のデカさだけなら、確実にノノの方が上だと思っていたが、実際に力が跳ね上がったのは俺がキレた直後だった。
仮説になっちまうが、怒りが他の感情よりも強い力を生み出すんだったら、あの時の現象の辻褄が合いそうな気もするな……。
つっても、巻末資料は確認出来ねぇし、真実かどうかは判断不能。
……ダメだ、分からねぇ事があまりにも多すぎる……。
「先生。そろそろ出発のお時間ですよ」
アロナの声で、沈みかけていた思考が現実へ引き戻される。
「……ああ、そうだったな。これ以上ここで考えててもラチが明かねぇ。アビドスに向かうか」
椅子から腰を上げ、シッテムの箱をベストの内ポケットにしまい、シャーレを後にした。
2.アビドス廃校対策委員会
現在時刻は11時過ぎ。俺はアビドス高校の校舎前まで来ていた。
昨日、ノノと共に壮絶な戦闘を繰り広げたグラウンドはすぐ近くにある。
しかし、あの場所で何が起きたのかを知る者は、俺とノノしかいない。
校門をくぐって少し歩くと、一人の生徒が昇降口から出て来るのが見えた。
左右に結んだ長く黒い髪を揺らしながら、鞄を手に
頭には猫のような耳があり、それとは別に普通の耳も見える。
……この世界じゃ、こういう姿のヤツも珍しくないらしい。
こちらに気づくと、その生徒は足を緩め、赤い瞳を鋭くこちらへ向けた。どこか気の強そうな目つきだ。
「あ、先生。来たんだ」
声を掛けてきたのは、
「ノノミ先輩から聞いてるわ。しばらくシャーレの手伝いに行くんでしょ?」
「話が早くて助かるな。ちょうどその件で来た所だ」
「悪いんだけど、私はこれからバイトなの。詳しい話はアヤネたちにして。たぶん対策委員会の教室にいるから」
「そうか、あまり無理をするなよ」
「それ、こっちの台詞。先生も、ノノミ先輩に無理させないでよね!」
『無理させないで』か……。
先日の戦闘でノノの思考を読み取った時、アイツが平気そうな顔の裏で無理をしている事は分かっていた。
ブッ倒れる寸前だってのに、それでも俺に心配をかけまいとしていた。
自分が限界なのを隠してまで、平気なフリを押し通そうとしてやがったんだ。
……ったく、黒見に言われるまでもなく、そこは気を付けるべき点かもしれねぇな。
──対策委員会の教室前まで来て、戸を開ける。
中には、黒見以外の対策委員会のメンバーが残っていた。
ノノもいないような気がするんだが……どこ行った?
扉の開く音に気づいたのか、教室にいた三人の視線が一斉にこちらへ向いた。
まず目に入ったのは、銀色の髪とオオカミのような耳を持つ生徒。
ほとんど表情を変えないまま、じっとこちらを見ている。感情は読みにくいが、視線だけはやけに真っ直ぐだ。
「ん、先生が来た」
そう呟いたのは、
その隣では、眼鏡を掛け、尖った耳を持つ黒髪の生徒が、資料らしきものを手元に揃えていた。
姿勢からして真面目そうなヤツ。こういうタイプは、状況整理を任せるには向いている。
「お疲れ様です、先生。ノノミ先輩からお話は伺っています」
以前コイツらの会議を聞いた事があったが……まぁ、ご苦労さんって感じだな。
そして奥の席では、小柄な生徒が机に突っ伏すようにしていた。
桃色がかった長髪の上で、ひときわ大きく跳ねた毛束が揺れていた。
やる気があるのか無いのか分からない、気の抜けた雰囲気。
「やあ先生。おじさんたち待ってたよ~」
小鳥遊ホシノ。対策委員会の委員長で最年長者。
……これだけ見ると、とても『キヴォトス最高の神秘』とは思えねぇ。
「やあ、十六夜から話は聞いてたみたいだな。……で、肝心の十六夜がいないようだけど」
「ノノミは今トイレに行ってる。もうすぐ戻ってくると思う」
砂狼が短く答えた。
「そうなのか、なら少し待つとしよう。ちなみに、さっきまで会議でもやってたのか?」
「はい、借金返済のためのアイデア出しをしていたんですが……どうしても現実的な案が思い浮かばなくて……」
「おじさんたちも頑張って考えてたんだけどさ、結局ネタに走っちゃうんだよね~。例えば『アイドル活動やろう!』とか、『銀行強盗しよう!』とかね~」
「アヤネ、顔真っ赤にして『真面目に考えて』って怒ってた」
「シ、シロコ先輩! それは言わないでください!」
奥空は声を上擦らせていた。怒っているというより、何か別の反応に見える。
少しすると、廊下から『タッタッタッ』と駆け足のような音がこちらへ近づいてきた。
「あっ、先生! すみません、お待たせしてしまいましたか?」
その声に振り返ると、戸口にノノが立っていた。
「いや、さっき来たばかりだ。大して待ってはないぞ」
「そうですか! それなら良かったです☆ ……えっと、もう出発されますか?」
「そうだな、最後に一言伝えてから出るとしよう」
そう言って、俺はノノ以外の三人の方に顔を向ける。
「君達も知っての通りだが、しばらくの間、十六夜には仕事を手伝ってもらう事になった。最近、市民からの相談対応が増えてきてね。十六夜のような気遣いの出来る優しい生徒がいると助かるんだ」
「ノノミなら、そういう仕事に向いてると思う」
「そうですね。ノノミ先輩がいてくれたら、市民の方もきっと安心して相談できると思います。でも、あまり無理はしないでくださいね」
奥空は少し心配そうにノノへ視線を向ける。
「うへ~、ノノミちゃんがいないと、おじさんちょっと寂しくなるなぁ。でもまあ、先生の仕事なら仕方ないか。ノノミちゃん、頑張りすぎないようにね~」
「ふふっ、ホシノ先輩。帰ってきたら、また膝枕してあげますから☆」
「ノノミちゃん、それは嬉しいんだけど、みんなの前で言われるとちょっと照れるなぁ~」
「あら、つい言ってしまいました☆ でも、約束ですからね☆」
ノノはそう言ってから、改めて三人へ向き直る。
「それでは、シロコちゃん、アヤネちゃん、ホシノ先輩。先生のお役に立てるように、精一杯頑張ってきますね!」
「挨拶は出来たな。行くぞ、十六夜」
「はい、先生☆」
対策委員会の面々に見送られながら、俺はノノと共に教室を後にした。