もはや”雷帝の遺産”なんて言えばなんでも出てくるでしょ   作:らんかん

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この話に出てくるネームドキャラ
◻️チーム・シャンバラ
枯墨(かれずみ) シシュウ……ゲヘナ二年、遺産ハンターの1人。
虚遣(こづか) ナダレ……トリニティ二年、遺産ハンターの1人。

◻️その他
ゴスペル……雷帝に作られたゲヘナ領土統治用無人システム。今はホログラムの無職。


ゲヘナ領土統治用無人システム“ゴスペル”

 ここは虚遣家の屋敷。

 

 ナダレの実家は相当な金持ちであり、紅茶に関係する事業を多く担当して成り上がった一族で、明確にステレオタイプのお嬢様を輩出してきた歴史がある。

 

 特に植民地支配……と言えば先生の世界により過ぎた表現になるが、兎角複雑な経緯で出来上がったトリニティ総合学園が生まれる前、弱小の学園が群れていた時代から強い学園で権力を持ったお嬢様が暗躍し続けたことが今の地位に落ち着いた理由らしい。

 

「おはようございます、シシュウ様」

「ああどうもおはようございます」

 

 使用人に頭を下げるシシュウは客人として礼儀正しい上に、この一家の娘の中で一番才能はあっても若干内向的で人付き合いの悪い方であったナダレの数少ない友人であるからか非常に丁寧に扱われている。

 

 シシュウそのものがゲヘナ生である以上本来だったらトリニティの令嬢一家としてあり得ない扱いだが、これはもう虚遣家が“内部の人間ですらこき使って利益を上げ続けた一族”という面が強いので、内面はゲヘナ気質なのが理由らしい。

 

 ともあれそんなご友人は、この一族の跡取りが1人の部屋へと足を運んだ。

 

「おはようナダレ」

「あ、あぁ……」

「どうしたんだよ」

 

 ナダレの様子がおかしい。

 

 部屋そのものは機械などが多く点在する明確なソフトウェア開発環境であったのだが、その部屋の真ん中に置いてあった少し燻んでる小型のサーバーから1人の少女らしきホログラムがあった。

 

《ごきげんよう、未来の市民よ》

 

 その声に聞き覚えはないが、角が6本、翼も6枚、おまけに服装は万魔殿の前身組織……をイメージしたようなデザイン。

 

「ああどうもごきげんよう」

《ほう我を見てどうでも良さそうにしているとは面白いやつだな。ゲヘナの生徒みたいだがはて名前は?》

「枯墨 シシュウ。あんたは?」

 

 焼けたチーズのような髪色、紫色の瞳を持った少女は己の存在を明かす。

 

《正式な名前はない。仮称は“ゴスペル”だ》

「福音書か。はっ、たいそうな名前だな」

《雷帝が目指した【ゲヘナ領土統治用無人システム】の総称、だと思ってくれ》

「……どういうことだ?」

 

 ゴスペルは、空中に座ってから説明する。

 

《私はあくまでゴスペルというサーバー群の統合・管理を目的に設計されていた女にすぎない。データ上そうデザインされただけで男にもなれるがまあ男になったところで意味はないだろう、ともかく私はゲヘナをAIで統治するために作られた》

 

 雷帝はどうやらAIに完全な政治のコントロールをさせようと一時期目指していたらしい。

 

 かの帝は相当な実力者であったことは誰しもが認めるところであるのだが、政治分野において“人間の政治”に限界がある事を知ってしまった時があったようだ。

 

 どれだけ最善を尽くしても人が多ければそれだけ問題が多発する上、問題同士が絡み合って複雑化することも稀にある。

 

 例えば第一次産業の生産が気候などの問題で規模縮小すれば、経済の停滞が始まる。そこでテコ入れがうまく出来なければ停滞直前の影響力の結果発表として資産が可視化されるだけで増えず、不幸な人が増え、それが政治へと強い悪影響を及ぼす。

 

《AIであれば問題が大きくなったり主題が変化してしまっても耐えられると我等の帝は考えたわけだが、しかしAIのネットワークは私一つだけでは処理能力に限界がある。

 故に情報を受け止めて整理するAI、そこから問題を放置した時や考えられる対策のシミュレーションを常時高速で行うAI、その結果を受けて総合システムに政治家的なアドバイスを行うAI、そして総合AIからの指示で政治家活動を行うAIの四つで構成された》

 

 その名前が『マタイ』『ヨハネ』『マルコ』『ルカ』とそれぞれ付けられて、巨大で、実体のない政府を運営させようとしていたのだ。

 

 目の前の少女はそれらのAIを監視、そして制御する為の“奴隷の王”として生まれたと言っていい。名前に人名が無くただ“福音書”と名付けられたのはその為だと言っていい。

 

 しばらく腰を抜かしていた物の話の途中からは普通に戻り、ゴスペルが話を終えたタイミングでメガネを掛け直したナダレは口を開く。

 

「……なるほどね。どこかで聞いたことあるようなシステムだなと思ったけど、君は『愛国者達』のようなシステムってことか」

「なんだそれ」

「外の世界から来たゲームの名作の一つにあるんだよ、AIによる国家運営の概念があったんだ。それも一国だけでなく、裏から世界を操って世界を統一しようとする為のね」

 

 その『愛国者達』と比べれば、既に頓挫してまともに機能するか分からないAIが1つだけなのは有難いことだった。人間の身で争おうとしなくて済むのは幸運だろう。

 

「まあともかく、残念だったね。君を完成させる前に雷帝さんは失脚してしまったよ。起こしてしまったこと以外に自分達から謝れることはなさそうだ」

《謝ってもらおうとも思っていない。それにこの世界の生徒は、我の統治には耐えられまい。確かに合理的で、計算に埋もれた政治、法律という壁に囲われた民を効率的な経済活動へ誘導することは大凡最高の国家を実現するだろう》

「ただしその政治体系が人間らしさを剥奪するからそれは人の世界かどうかが分からないと?」

《そんなことはどうでも良い、人間は勝手にその時代で意義を見出して生きていけるのだから我が考える義理はなかろう》

 

 ゴスペルは床へと降りて、少しばかり髪を目元から退かし、彼女達を見る。

 

《人間に指示を出した時、例えば右を向けと言われた時に向く人間は多くいるが完璧にタイミングが合うことはない。コンマ数秒でも遅れは出る》

「ああ、向かない天邪鬼ちゃんも居るはずだな?」

《その状態で今度は左を向けと指示を出した時、これもまた全員が完璧に一致した状態で向くこともないはずだ……あとは言わなくても分かるだろう?》

 

 彼女の瞳が、かつての主の理想を懐かしむように細まった。

 

《そのラグを発生しても是正し切る、もしくはそもそも発生しないようにしないとA()I()()()()()()()()()()()()のだ》

 

 行動を指示し、促し、人々が手をつけるまではできるだろう。

 

 しかし動き出すタイミング、行動の変化のタイミング、問題が発生した時の解決速度……全てを均一化することはできない。指示を出し続ければどのような集団でも徐々に人々の動きがずれ、完遂スピードに差が出てくる。

 

 これを許容できるのが”あそび”という余裕の抽象的なストックであるが、これがあまりにも抽象すぎるので数値化は不可能。数値化できないからデータとして用意できないし、データがないから予測もできない、予測がないから指示も出せない。

 

《よしんばそのラグの発生や状況を管理出来たとしても、ラグそのものは”偶発的”であるから意味を持つ。災害備蓄のようなストックを想定して行おうとしたら経済活動へのテコ入れが入り、挙句そうするためには需要・供給の整理計画が必須になる上、行き着く先は共産主義だ。AIによる政治が向いているのは共産主義で、主義そのものに善悪がない一つの政治体系だが、これを行おうにも問題が出てくる》

「……()()()()()()()()()()()()、かな?」

 

 ナダレが、白くふわふわした己の髪を後ろに束ね直しながら口を挟む。

 

《よく分かったな》

「共産主義は大仰に言うところ”歴史を計画する”政治なんだ、だけど政治には必ず外交というものがある。この政治体系を維持するのには()()()()()()()()()()()()()()()のさ」

 

 しかし考えなくても分かる通り、一国家が諸外国との外交を計画通り遂行することは不可能。共産主義国家、ましてや共産主義の共栄圏を作ったとしても資本主義などが主体の国家が世界に存在する限り計画性を持った外交など無理だ。

 

「そうするためには少なくとも世界にある他の国家の動脈になる産業を支配する必要があるし、一番いいのは国家の枠ごと消滅させて自分達の領土と文化で完全に根絶やしにすることになる。外交という手段が必要ない世界なら気候の変動ないし天変地異によるイレギュラーに対応するだけでいいし、星そのものが統一国家になったなら局所的な地域のダメージは他の広大な地域の物資で賄えるからね」

《だが世界を統一するという前代未聞の行為は雷帝でも出来なかった上、実際にやろうとすればAIによる超効率的な無人戦争を行わないといけない。だが中途半端にAIを利用すれば経済活動などの不備で予測と違う作戦を練って動くと電撃作戦が出来ないから政治も戦争も状況が悪化し》

 

 

 

 

 

「ダァ──ッ! やめだやめ! 話の埒が開かねえ!」

 

 

 

 

 

 ずっと黙っていたシシュウが叫ぶ。

 

「要は『AIによる統治をするにはどんだけ完璧なシステムを組んでも問題がありすぎて稼働できなかったし用意する前に雷帝が失脚した』でいいじゃないか! なんでこう二人揃って上流階級っぽくしゃべりやがって!」

「この屋敷を見ての通り自分は上流階級だよ?」

《我は上流階級どころか帝直属で作られた支配者だが》

「当てつけかよ!」

 

 どうやらゲヘナの一般ピーポーはお呼ばれじゃなかったらしい。

 

 落ち込んで部屋の隅でうずくまってるシシュウに、ナダレとゴスペルがしゃがんで肩を持つ。

 

「まあまあ、君を置いてきぼりにしたのは謝るからさ。ほらアイスでも食べよ、食堂のおっきい冷蔵庫に高級アイスがスーパーレベルで並んでるよ、10個食べてもバレないからさ」

《それに我はもう他のAIが機能しない上に今の政治には雷帝を支持する一派はいないと聞いている。お役御免の電脳地下アイドルやカーナビ以外にやることがないから、お前と同じく一般市民だぞ》

「うう、うう、見てろよ、いつかお前らよりも稼いでやるからな……!」

「だからって雷帝の遺産を見つけた端から売るとかはやめてよ〜?」

 

 一瞬で空気が和んだところで、ナダレは部屋を離れ、急いでアイスをとりに行く。自分の部屋の冷蔵庫のストックも併せてだ、持ってくる量が多い上に広い屋敷だ。すぐには帰ってこないだろう。

 

《売るのは確かに困るが、我も知ってる遺産や予測した在処でお前のサポートはするぞ。だから元気を出せ、我には子守の機能はないのだぞ……》

 

 ああ、平和だ。

 

 トリニティは外に一歩出れば不穏な空気を感じ取ってしまうものだが、冷房の効いたお屋敷のこの一部屋は確かに”居場所”なのだろう。

 

 ゲヘナのキヴォトス侵攻の日が近づきつつあった世界の明確な日常、蝋燭の火が一つがこの時間を過ごした二人、いや、三人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして”雷帝の遺産”を狙うハンター、チーム・シャンバラに________

 

 統治可能なほどの設計で作られたAI、ゴスペルが加入した。

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