『青春』
曰く──それは輝かしい学生時代のことであろう。
曰く──甘酸っぱい恋の駆け引きのことであろう。
曰く──友人たちと過ごすかけがえのない日々であろう。
かつて友人たちと俺はそう解釈した。
思い返せば馬鹿らしくて、定義した所で意味のない会話だった。
高校を卒業して早三年。
青春なんてとっくに忘れ、自堕落を極めていた俺は気づけば砂漠のど真ん中に突っ立っていた。
辺りを見渡してもあるのは砂。砂。砂。
砂しかない。
いや、正確にはそれ以外もあるのだが、砂に埋もれてしまってほとんど分からない状態。
そして持ち物はスマホと空っぽの財布。
「どうしろってんだよぉ!?」
叫んだ所で返事はない。
吹き抜ける風が足元の砂を巻き上げる。
チリチリと肌を焼く陽の光に鬱陶しさを覚えつつ、頬をつねる。
「ってぇ……夢、じゃねぇんだな……」
一体俺が何をしたというのか。
生まれてこの方悪いことなど一つもしたことがない。
ただ少しだけ人生に躓いてしまったぐらいだ。
「神様ってのがいるなら、あんまりじゃねぇ……?」
ハァ、とため息を吐く。
「取り敢えず……日陰でも探すか」
昔、地理の教師が教えてくれた砂漠で遭難した時に何をするべきか。
役に立たない知識だと思っていたが、案外そうでもないらしかった。
「無闇に歩き回らず、日陰で留まって救助を待つ……最適解だと、いいんだけどな……」
救助なんて来るはずねぇけど、と頭の中で嘲笑う。
そうして一歩踏み出した時だった。
──パンッ。
乾いた破裂音が砂漠に響いた。
「……は?」
思わず足が止まる。
一発。
二発。
三発。
遮るものがないから分かる。
立て続けに響く銃声はこの先から聞こえてくる。
冷や汗が流れ、一歩後ずさる。
次の瞬間、目の前の砂丘から飛び出してきたのはライフルを抱えた少女だった。
高校生、だろう。
日本では見たことのないブレザータイプの紺色の制服。
太陽の光に透けるセミロングの銀髪が目に焼き付いた。
そして何より不思議なのは、その少女の獣耳と頭上に浮かぶ輪っかの存在だった。
「おん……え、ライフル……え?」
目を丸くする俺を見て少女もまた目を丸くした。
「……一般人が、なんでこんなところに?」
俺が一番聞きたいよ、それは。
だが声を出すより先に少女が動いた。
「ううん、今そんなことはどうでもいい。そこの人、ここは危ない。逃げるよ」
「え、ちょ」
そう言って少女は俺の服をむんずと掴むと、砂漠を一気に駆け抜ける。
拒否権は一切なかった。
巻き上がる砂煙に視界が奪われる。
一体何が起こっているのか、何処に向かっているのか。
少女に聞こうとしてもあまりの速さに口が開かない。
微かに音だけは聞こえた。
銃声だけでなく、人の声。
「あ、あそこにいた!!」
「逃がすな!」
どう聞いても女の子の声。
今俺を連れ去っている少女を狙っているのは声の主である女の子たちで間違いない。
銃を乱射しているのも彼女たちだろう。
というか……
(なんで女子高生が重火器持ってんだよぉぉぉ!!)
心の中に絶叫が響き渡った。
◇
「ん、ここまでくれば、安全」
気がつけば俺と少女は崩れたビルの影へ転がり込んでいた。
服のあちこちに砂が入り込んで気持ちが悪い。
立ち上がり、砂を払い落とす。
少女はと言えば額に汗を浮かべているものの、呼吸はほとんど乱れていなかった。
「ねぇ」
ふと少女から声をかけられる。
「あんな所で何してたの?」
少女は俺のことをまじまじと観察しながらそう問いかけた。
「いや、俺は……」
「……自殺志願者?」
状況だけ見れば否定できない。
でも飛躍のし過ぎじゃないか?
「それとも……遭難?」
「どちらかといえば……そうかもしれない」
「何それ……」
少女は呆れた顔をする。
仕方がない。
俺自身も何がどうなってここにいるのか把握していないのだから。
「ところで、えーと……なんて呼べばいいかな」
「ん、私は砂狼シロコ。シロコでいいよ」
「じゃあシロコさん。ここは何処だ?日本じゃなさそうなことは分かってるんだが……外国か?」
俺がそう聞くと少女──シロコさんは頭を横に傾けた。
その際、シロコさんの頭の耳がピョコと動いた。
「に、ほん?がいこく?」
シロコさんは片言で俺の言葉を繰り返す。
恐らく言葉の意味を理解していないのだろう。
どう伝えようかと頭を痛めているとシロコさんが口を開く。
「ここは学園都市キヴォトス、アビドス自治区だよ」
「……学園都市?アビドス?」
そんな地名は聞いたことがない。
先ほどの反応的に日本でも、外国でもない。
……だとすれば。
「ここは異世界、ってやつなのか……?」
顔から血の気が引いていく。
拝啓、お父様お母様。
お元気ですか?
あなた方の息子は知らない間に異世界(仮)へと旅立ちました。
安心してください。
私もよく理解していません。
敬具
「異世界?」
「あ、こっちの話だから気にしないで。うん」
「そう」
両親への最後の手紙を心の中で書き留め、今を把握するために大きく深呼吸をする。
冷静になるにはこれが一番手っ取り早い。
そりゃあそうだ。
女子高生が銃をぶっ放す国なんて世界の何処を探しても無い。
シロコさんのアニメのような整った顔立ちも、頭上で浮かぶ輪っかも、現実離れした脚力も。
世界が違うのなら納得できる。
……納得は、できる。
「理解したくねぇ……」
「情緒不安定……」
言うんじゃねぇ。
「はぁ……取り敢えずシロコさん……というか人に会えて良かった」
一度息をついて、改めてシロコさんを見る。
「ありがとう。助かった」
「ん、どういたしまして」
「あと少しでカラッカラに干からびるところだったからさ……」
渇いた笑いが口からこぼれる。
ホント、何でこんな事になったのかなぁ……
そんなふうに思っていると、シロコさんは「ちょっと待ってて」と言い残し、何処かに歩いていった。
「……?」
何をしに行ったのか分からないが、ぼーっと待ってるのも勿体ない。
無駄に動いて体力を消耗させるより、これからどうするかを考えよう。
まず、ここは見知らぬ土地で知り合いもいない。
あえて言うならシロコさんが唯一の知り合いだ。
高校生とはいえ、知らない世界で一人でも知り合いがいるのは心強い。
それでも、このまま甘えるわけにもいかないが。
しかし、一人でどうにかするにしても住む場所も金もない。
砂漠の夜は確かかなり冷え込んだ筈だ。
このまま夜を過ごすのは得策ではない。
かといって身分証もないから自分を証明する手立てもない。
そんな状態で働くにしても、雇ってくれるところがあるとは思えない。
「……詰んでね?」
思考が止まる。
「いや、何か手が……」
野宿は駄目。
仕事も難しい。
ならいっそ、誰かに事情を話して……
「いや、異世界から来ましたなんて誰が信じるんだよ」
精神異常者と思われるのがオチだ。
「あー……マジでどうしよう……」
「ん、お待たせ」
かけられた声に顔を上げると、両手にペットボトルを持ったシロコさんが戻ってきていた。
「水、買ってきたよ」
「水……え、ここ砂漠だよな?そんな貴重品、何処で……」
「すぐそこの自動販売機」
「……ん?」
自動、販売機……?
「いらない?」
「いるいるいる!!!貰います頂きます頂戴します!!」
「ん」
疑問はさておいて、シロコさんからペットボトルをもらう。
ひんやりとした冷たさが手のひらに伝わってくる。
「うわぁ……本当に水だ……」
ボトルの中で揺れる水がキラリと光る。
「……」
ゴクリ、と生唾を飲み込む。
キャップを開け、一気に喉に流し込む。
「〜〜ッ!!!」
冷たい水が渇いた喉を潤していく。
「ッハァ〜〜……生き返るぅ……」
「大袈裟……」
「そんなことないから!ホント、シロコさんは命の恩人……いや、神だな!」
「違う」
「じゃあ天使?」
「違う……」
◇
「……しっかし、シロコさんには二回も助けてもらっちゃったな」
「ん、別に気にしなくていい」
「俺が気にすんだよ……はぁ、甘えるわけにはって決めたのに」
結局また助けてもらってしまった。
飲み干したペットボトルをグシャっと潰す。
どうすれば、恩を返せる?
「……」
シロコさんを見る。
……高校生、か。
「?」
……俺にも、出来ることがあるかもしれない。
「なぁシロコさん」
「何?」
「何か困ってることはないか?俺にできることならなんでもする」
「困ってる、こと……」
「小さなことでも、なんでも」
「……」
シロコさんが考え込む。
……我ながら自分勝手だと思う。
恩返しのために相手を困らせてどうする。
「……じゃあ名前、教えて」
「……名前?あれ、名乗ってなかったっけ」
「ん」
「……じゃあ、改めて。俺は
手を差し出す。
「よろしく、ハジメ」
シロコさんが手を取った。
「……呼び捨て?」
「ん、ハジメはハジメ」
「……まぁいいか。それで、他に何かあるか?」
「ある」
今度は考える素振りなく、即答する。
じゃあさっきの間はなんだったんだ……
「なんでもする、んだよね?」
「……できる範囲でな」
「じゃあ学校に来て」
「学校?」
「ん、私の通う学校、少し困ってる」
「学校単位での困りごとって……部外者が口を挟んでもいいのか?」
「……さぁ」
「おい?」
「でも人手はいるから。許してくれるはず」
はずって言ったぞこの人。
「それになんでもする、でしょ?」
……なんでも、なんて言わなかったらよかった。
自然とため息がこぼれる。
「……分かった。男に二言はない」
「ん!」
そうして、俺はシロコさんと一緒に彼女の学校……アビドス高等学校に行くことになったのだが……
「……んで」
「え?」
アビドス高等学校、その教室。
俺の目の前でピンク色の髪をした女の子がわなわなと震えている。
拳は強く握りしめられており、俯いた顔からは表情が分からない。
「なんで、今更……ッ」
絞り出したようなか細い声。
「……ッ!!」
女の子が勢いよく顔を上げる。
その表情は酷く苦しんでいるように見えるのに、異なる色の瞳は俺を冷たく睨みつけている。
しかし女の子はそれ以上何も言わず、踵を返し教室を出ていった。
何が何だかは分からない。
ただ一つ分かったのは──
「……俺、なんか気に障ることやっちゃった……?」
許されるどころか、まるで歓迎されていないことだけだった。
改めて開始した『スクイスクワレ、アオイハル』
ハジメと、彼を取り巻く生徒たちの物語をよろしくお願いします。