『ユートラピア公国不全記』   作:匿名の筆者

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ユートラピア公国は困ると首相が中立的立場を追求すると言い出す

 

 パリの朝は早い。

 

 サウスアジア自治政府に対する侵攻から三週間、地獄の議会は終わらないが……首相が発表したモノによれば、ウエストアジアに経済制裁をひとまず浴びせた。しかし私個人の観察では、サウスアジアのことは国と認めているとも言わないし、認めないとも言いたくないと言うのが内情であるように思える。

 

 サウスアジアの国境線が火の海に沈んでから三週間、当然なから……我がユートラピア公国を覆い尽くすあの地獄のような議会は、未だに終わる気配を見せない。連日連夜の怒号と乱闘の末、我が国の首相がようやく公の場所に捻り出した閣議決定は、ウエストアジア同君連合に対する限定的な経済制裁だった。

 

 しかし、その中身たるや失笑を禁じ得ない。

 

 経済制裁をしたとて連合は我が国の隣国、陸路で繋がるゆえもはや切っても切っても切り離せない関係にある。

 石油、ガス、そして重要資源はちゃっかり制裁の対象外とし、武器の禁輸や、国債購入手続きの全面凍結に留めた抜け穴だらけのザルである。

 

 禁輸対象が武器、これで庶民院の政治家たちは毅然たる態度を示したと胸を張っているが、私個人の観察によれば、実態は全く異なる。

経済面で相互に影響を与え、あるいは影響を受ける。輸出入においてウエストアジアは非常に重大な影響力を持っている国家。もしも石油を禁輸したりすれば民間の流通業者はもちろん、国策企業だって大打撃を受ける。

 

 そんな訳で、彼らはサウスアジアの独立を国家として認めているとは明言しないが、しかし、かといって認めないとも言いたくないのだ。

 

 認めればウエストアジアとの外交関係が一段階悪化するし、これはとても避けたい。

 認めなければ、サウスアジアに対する講和仲介そのものとの整合性が怪しくなる。

 

 だから結論をあえて出さない。

 このどっちつかずの態度は、本当に高度な外交的配慮など飾れるほど立派なものなのか? 

 

 一方、当のサウスアジアの現地では、我々の空疎な議論など置き去りにして事態が急速にエスカレートしている。

 

 インド地方での大規模な大蜂起。それに乗じた民兵組織による苛烈な武力闘争は、ついに同地を治めていたウエストアジア側の自治領知事を追放し、新たに自治政府を名乗るまでに至った。

 

 現在、その知事はサウスアジア自治政府の法廷に引きずり出され、長年の汚職と不当な統治の罪で裁かれているという。自治政府はすでに彼の知事職を解任したと高らかに宣言している。

 だが、ここにも法解釈のねじれが存在するし、ここをえぐるように日々指摘が飛ぶ。

 

 これは絶対に議会では話せないような、国として認めるか認めないかという非常にセンシティブな領域の話だ。

 自治領の規定上、知事の人事権を握っているのはあくまでウエストアジアの中央政府である。そのため、我が国の法曹界や国際法の専門家たちは、法的には彼は依然として知事の座にあるという見解を崩していない。

 

 同君連合ゆえ、ウエストアジアを構成する共和国に自治政府の樹立とは動揺が走る。

 厳密に言えば自治領は共和国の土地の一部に出来ているものなので、構成共和国と同じということではないが……

 

 

 現実の権力を完全に失い、包囲された官邸の中では知事が軟禁されているのにも関わらず書類の上では数億の民を統治する正当な権力者として扱われている。

 主権を考えると知事については徹底的にその様に扱わざるを得ないのだが、ウエストアジアにおける法という名の虚構が、暴力という現実の前にいかに無力であるかを象徴するような光景だ。

 

 私が何より戦慄を覚えているのは、ウエストアジア側の呼称の変化である。

 彼らはつい少し前まで、サウスアジアの独立勢力を単なるインサージェンシーと呼称し、軍事行動についても一連の戦闘は自治領における反乱軍の鎮圧であると強弁していた。

 

 しかし、険しいヒマラヤ山岳地帯での戦闘でウエストアジア軍が歴史的な大敗を喫したのを境に、彼らはサウスアジアを軍事独裁政権と呼ぶようになり、ついには国防連合軍まで本格的に前線に参加した。

 

 戦車師団が堂々と高速道路から向かい、もはや軍事行動であることを包み隠そうともする必要がなくなった。

 この呼称変更が意味するものは極めて自明であり、そしてサウスアジアにとっては絶望的だ。

 暴徒への対処は警察行動だが、国家に準ずる軍事組織への対処は戦争なのだ。

 

 ウエストアジアの皇帝と、新たに陸軍大臣に就任した皇太子は、サウスアジアを明確な打倒すべき敵国であるとして認定したのである。これはすなわち、これまでの治安維持を目的とした軍隊の進駐はさらに拡大する。インド自治領における限定的な武力行使を捨て、ここから拡大するとして、重火器や絨毯爆撃、あるいはそれ以上の大量破壊すら辞さないのか。

 

 ひとつの疑念として、これは国家総力戦による完全殲滅へと意向を閣議決定したという、サウスアジアに向けた不気味な宣言なのか? 

 

 共和国では募兵が始まり、州兵や予備役を再訓練している。国防連合軍がさらに参加するとなれば、これまでの戦績が酷すぎる一年半の遅滞戦闘も解消され、武力闘争は武力による終焉を迎えることになるだろう。

 

 暫定占領地域は連合軍が追加で派兵され、南下はいっそ軽快なほど。ヒマラヤ山脈の堅固な要塞網にはバンカーバスターが使用され、要塞の真上に居座るガンシップが甚大な被害を与えた。

 南下についてサウスアジアが正規国家へ脱皮できるか、それともウエストアジアに再吸収されるかを決める分水嶺であるし、これ程の攻撃を受けたサウスアジアの方針についても注視したい。

 

 

 

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