ヒーローを守りたかっただけなのに、魔法少女になった 作:冷凍マカロン
ずるずるずるっ。
「……うめえ」
深夜のラーメンは、どうしてこうも美味いのだろうか。
天城ハヤトは箸を持ったまま、しみじみと考えていた。
特売の袋麺に卵を一つ落とし、冷蔵庫に残っていたネギを散らしただけ。それでも十分だった。むしろ、こういうのでいい。財布にも優しいし、何より洗い物が少ない。
『契約者。現在の食事は、推奨される夕食時刻から大幅に遅れています』
「うるさいな。夜中に食うラーメンが美味いのは世界の常識だろ」
『味覚評価と健康上の推奨は別の問題です』
「お前、ラーメン屋の前でそれ言ってみろよ。出禁になるぞ」
『私は店舗への入店を必要としません』
「無敵かよ」
ハヤトは麺をすすり、器の中央に浮かぶ卵へ視線を落とした。
「……さて」
『どうしましたか?』
「こいつをいつ食うか。それが問題だ」
『卵のことですか?』
「そう。俺は最後まで取っておく派なんだよ」
『では、最後に食べればよいのでは?』
「お前は分かってないな。麺と一緒に食うのも捨てがたいんだよ」
『では、一緒に食べればよいのでは?』
「だから悩んでんだろ!」
ハヤトは箸で卵を器の端へ寄せようとした。
ぷつっ。
「……あ」
黄身が割れた。
黄金色の液体が、ゆっくりとスープへ広がっていく。
『問題は解決したようです』
「そうだけど! 俺の楽しみが一つ消えたんだぞ!」
『卵自体は消失していません』
「そういう話じゃねえんだよ……」
ハヤトはしばらく器を見つめていたが、やがて黄身の絡んだ麺をすすった。
「……うまっ」
『問題は解決しましたね』
「……うん」
テレビでは夜のニュースが流れている。政治家の謝罪、芸能人の結婚、明日の降水確率。どれも今のハヤトには、さほど関係のない話だった。
テーブルの上にはアストラ。椅子にはハヤト。窓の外からは、時折車が通り過ぎる音が聞こえてくる。
平和だった。
今朝、あんなことがあったとは思えないほどに。
「……ん?」
麺を持ち上げたところで、箸の先が小さく揺れた。
ハヤトは自分の右手を見た。
ほんの少し、震えている。
昼間ではなく、今朝のことだ。
魔獣を殴った手。
魔獣が消えたあとも、地面を殴り続けた手。
箸を握り直す。
「…………」
『契約者』
「ん?」
『本日の戦闘について、確認したい事項があります』
「……飯食ってからじゃ駄目?」
『構いません』
「じゃあ、あとで」
『食後、改めて確認します』
「……忘れてくれてもいいんだけど」
『記録を削除する理由がありません』
「だよなあ」
ハヤトはテレビへ視線を戻した。
画面の右下に速報が表示される。
神宿市内で発生した魔獣の討伐が完了したらしい。数秒後、番組は現場からの中継へ切り替わった。
『本日夕方、神宿市内に新たに出現した魔獣は、神宿魔法少女支部所属の魔法少女たちによって討伐されました』
「……お」
画面には見覚えのある街並みが映っていた。
道路は封鎖され、建物の壁には破損が残っている。それでも周辺の店舗は、すでに営業再開の準備を進めていた。
続いて、魔獣へ向かって駆ける魔法少女たちの映像。カメラが大きく揺れ、派手な光が画面を埋め尽くす。
「おー……」
魔獣が倒れる。
キャスターは、人的被害が軽傷者数名に留まり、建物への被害も比較的小さかったと説明した。
「……やるじゃん」
『神宿支部による討伐が完了しています』
「見りゃ分かるって。……すげえな」
『何がですか?』
「やっぱり、強いよな。あの人ら」
『神宿支部には、豊富な実戦経験を有する魔法少女が所属しています』
「だよな。俺なんかより、ずっと長く戦ってんだもんな」
ハヤトはテレビを見つめた。
自分がいなくても、魔獣は倒される。
街は守られる。
それは、当たり前のことだった。
「……そうだよな」
『契約者?』
「俺が戦わなくても、別に問題ないのか」
『以前にも説明しましたが、あなたに戦闘義務はありません』
「……うん」
『魔獣への対処を専門とする組織は存在しています。あなたがすべての事案へ出動する必要はありません』
「分かってるんだけどさ」
ハヤトは残り少ない麺を箸でかき混ぜた。
「……なんか、変な感じだな」
『どのような感覚ですか?』
「俺がいなくても、普通に解決するんだなって」
『事実です』
「そこはちょっと気を遣えよ」
『事実を変更することはできません』
「……それもそうだな」
ハヤトは笑ってみた。
けれど、すぐに箸を置いた。
「……なあ、アストラ」
『はい』
「もしさ、俺がずっと戦わなかったら、どうなる?」
『質問の範囲が不明確です』
「だから、俺がブレイヴにならなかったらって話」
『BRAVE SYSTEMを使用しない場合、あなたは変身しません』
「そこから説明しなくていい!」
『では、何を確認したいのですか?』
「……街とか。魔獣とか」
ハヤトはテレビへ視線を戻した。
「俺がいなくても、何とかなるんじゃねえかなって」
『神宿支部を含む魔獣対処組織は、あなたの活動以前から存在しています』
「……だよな」
『ただし、あなたが過去に救助した人々の状況が、あなたの不在時にも同じ結果となったかは判断できません』
「…………」
ハヤトは少しだけ目を伏せた。
「……難しいこと言うなあ」
『事実関係を説明しました』
「分かってるよ」
しばらく、テレビの音だけが流れた。
画面の向こうでは、通行人が魔法少女たちへの感謝を口にしている。
ハヤトは、残ったスープを飲もうとして、やめた。
器を流しへ運び、蛇口をひねる。
「……しばらく、休むわ」
『承知しました』
「今度こそ、ちゃんと。ゲームして、寝て、バイトして……普通の高校生、満喫してやる」
『課題も含まれてますか?』
「……まあ?」
『承知しました。では、未完了の課題について――』
「聞こえませーん!」
ハヤトはテレビの音量を上げた。
『契約者』
「何!」
『明日、提出ですが』
「今からやれば、間に合うかな…」
◇
翌日。
神宿魔法少女支部では、ホワイトリリィが昨日の出動報告書を見つめていた。
討伐対象。現場の被害状況。到着時には魔獣が消滅していたこと。
そして、ブレイヴの様子。
「……はあ」
今日、何度目になるか分からないため息をついた。
「リリィさん、どうしたの?」
向かいに座っていたブルームハートが顔を上げた。手元にはお菓子の袋。
隣ではリトルキングが、その中身を覗き込んでいる。
「昨日のこと?」
「……はい。ブレイヴさんのことが気になって」
「ブレイヴ?」
リトルキングが顔を上げた。
「またあいつが何かやったのか?」
「まだ何も説明してませんよ!」
「ブレイヴならやりかねん!」
「どういう信用のされ方なんですか……」
ブルームハートが袋を開けると、中身が一つ机へ転がった。
「あっ」
「いただくのだ!」
「待って。それ落ちたやつ!」
「机の上なのだ!」
「そういう問題じゃなくて!」
リトルキングは、すでにお菓子を口へ運んでいた。
「……うむ。美味いのだ」
「きんちゃん、勝手に食べないでよ?」
「落ちたものを救助しただけなのだ!」
「救助したなら返してよ!」
「もう助からんのだ」
「食べちゃったからでしょ!」
リリィは二人を眺めた。
いつもどおりだった。
少しだけ肩の力が抜ける。
「……それで、昨日の話なんですけど」
「うん」
「ブレイヴさんと会ったんです」
「おお!」
リトルキングが身を乗り出した。
「元気だったか?」
「……それが」
リリィは言葉を選んだ。
「魔獣を倒した直後だったんですけど、様子がおかしくて」
「怪我してたの?」
ブルームハートがお菓子の袋を置いた。
「はっきりとは分かりません。でも、顔色が悪くて、呼吸も乱れて、手まで震えていたんです」
「ふむ」
リトルキングが腕を組んだ。
「強い敵だったのか?」
「B級下位です。ブレイヴさんなら、普段は十分対応できる相手だと思います」
「じゃあ、油断したのか?」
「……分かりません」
それが一番困っていることだった。
魔獣は倒されていた。ブレイヴは大丈夫だと言った。
けれど、あの顔を見て何もなかったとは思えない。
「支部へ来るようお願いしたんですけど……」
「断られた?」
「逃げられました」
「逃げられたのだ!?」
「……はい」
リリィは机へ視線を落とした。
「一応、止めようとはしたんですけど」
「どうやって?」
「光の壁で」
「ほう」
「……四方を囲んで」
「捕獲なのだ!」
「違います!」
リリィは反射的に否定した。
ブルームハートが、そっと首を傾げる。
「でも、それって……」
「治療を受けてもらいたかったんです!」
「うん。それは分かるけど……」
「だって、あの状態で飛んで帰ろうとしたんですよ!? 普通、止めませんか!?」
「……止めるかなあ」
ブルームハートが困ったように笑った。
「それで、捕まえたのか?」
「……壁を壊されました」
「脱走なのだ!」
「だから違いますって!」
リトルキングは、なぜか感心したように頷いている。
「でも、リリィさん」
ブルームハートが口を開いた。
「壁を壊して逃げたってことは、相当帰りたかったんじゃないかな」
「ブルームちゃんまで……」
「ちなみに、出口は作ったのか?」
「……え?」
「…………」
リリィは口を閉じた。
「作ってなかったのだ!」
「そ、それは! ちゃんとお話を聞いていただければ!」
「出口のない部屋で?」
「そもそも部屋じゃありません!」
「なら、檻なのだ!」
「違います!!」
ブルームハートが、とうとう吹き出した。
「ご、ごめん、リリィさん……!」
「笑わないでください!」
「だって、きんちゃんが言うから……!」
「正しいことを言っているのだ!」
「それが問題なんです!」
リリィは頭を抱えた。
心配したこと自体は間違っていないはずだ。
たぶん。
「……もう」
椅子へ座り直す。
「最近、ブレイヴさんを見かけなかったじゃないですか。久しぶりに会えたと思ったら、あんな状態で……」
「そういえば、しばらく見なかったね」
ブルームハートが頷いた。
「忙しいのかなって思ってた」
「学校とか?」
リトルキングが口を挟んだ。
「……学校?」
「知らん! 何か忙しいのだろう!」
「知らないなら自信満々に言わないでください!」
そのとき、休憩室の扉が開いた。
「何だ、昼間っから騒がしいな」
入ってきたのはインフェルノだった。
その後ろから、テンペストがふらふらと続く。
「……おはよ」
「もう昼ですよ、テンペスト」
「じゃあ、おそよう」
「訂正するところ、そこじゃないです!」
テンペストはソファへ沈み、インフェルノが椅子を引いた。
「で、何の話だ?」
「ブレイヴさんです」
「あいつ? また何かやらかしたのか?」
「……皆さん、ブレイヴさんを何だと思ってるんですか」
「何かやらかしそうなやつだろ」
「それはそうなのだ!」
「否定しづらいですけど!」
リリィは咳払いした。
「昨日、魔獣討伐の現場で会ったんです。でも、様子がおかしくて……」
昨日の出来事を説明する。
魔獣はすでに倒されていたこと。ブレイヴがひどく消耗していたこと。そして、治療を勧めたが、光の壁を壊して逃げたこと。
途中、インフェルノが噴き出した。
「お前、必殺技で脱走されたのかよ!」
「笑い事じゃありません!」
「悪い悪い。……あいつらしいな」
「どこがですか!」
「いや、普通に考えろよ。光の壁で囲まれたら、そりゃ逃げたくもなるだろ」
「私は治療を受けてもらいたかっただけです!」
「分かるけどよ。あいつからしたら、いきなり捕まったようなもんじゃねえか?」
「……う」
リリィは言葉に詰まった。
ブルームハートが、そっと頷く。
「きんちゃんが同じことされたらどうする?」
「当然、突破するのだ!」
「ほら」
「…う」
インフェルノが肩を震わせた。
「まあ、あいつも相当頑固そうだしな」
「……頑固なのは、認めます」
「お前もだぞ」
「え?」
「いや、何でもねえ」
インフェルノは飲み物を口へ運んだ。
だが、リリィが続けた言葉で、その手が止まった。
「……本当に震えてたんです。拳も、脚も」
「…………」
「呼吸も浅くて。何度聞いても大丈夫だって言うばかりで……」
インフェルノは飲み物を机へ置いた。
「……おい、テンペ」
「んー?」
「これ、あの夜の件じゃねえか?」
テンペストが片目を開けた。
「……かもね」
「……え?」
リリィが二人を見る。
「何ですか、その話」
インフェルノが顔を上げた。
「ん? 報告、聞いてねえのか?」
「何の報告ですか?」
妙な沈黙が流れた。
インフェルノは、ゆっくりとテンペストを見た。
テンペストは、ゆっくりと目を逸らした。
「……テンペ」
「……ん」
「お前、報告したよな?」
「……あー」
「おい」
「……しようとは思ってた」
「思ってた!?」
インフェルノの声が裏返った。
テンペストはソファの上で身体を丸める。
「家に着いてから連絡しようと思ったんだけど……」
「だけど?」
「……寝た」
「寝た!?」
「起きたら忘れてた」
「お前なあああっ!」
インフェルノが頭を抱えた。
リリィは、しばらく二人を交互に見ていた。
「……つまり」
声が低くなる。
「私が知らない間に、ブレイヴさんに何かあったんですね?」
「……まあ」
「それを」
「……うん」
「報告してなかったんですね?」
インフェルノがテンペストを指差した。
「こいつが!」
テンペストがインフェルノを指差した。
「……任せた人も悪い」
「お前がやるって言ったんだろ!」
「……言ったっけ」
「言ったわ!!」
「二人とも!!」
リリィの声が休憩室に響いた。
ブルームハートの肩が跳ねる。
リトルキングは口へ運びかけていたお菓子を止めた。
「いい大人が、何してるんですか!」
「……いや、リリィ」
「少女って呼ばれてるからって、年齢まで少女になるわけじゃないんですよ!」
「それはそうなんだが!」
「テンペストも! 寝る前に報告してください!」
「……反省してる」
「今、眠そうな顔で言わないでください!」
テンペストは目を擦った。
「……顔は関係ない」
「あります!」
インフェルノが口元を押さえた。
笑っている。
「インフェルノ!」
「悪い! いや、あまりにも正論で……!」
「あなたもです!」
「はい!」
即答だった。
その様子を見て、リトルキングが小さく呟く。
「……リリィが一番怖いのだ」
「聞こえてます!」
「ひっ!」
ブルームハートが、そっとお菓子の袋を閉じた。
しばらくして、リリィは大きく息を吐き、椅子へ座り直した。
「……それで、何があったんですか」
今度は、誰も茶化さなかった。
インフェルノが腕を組む。
「詳しいことは、あいつ自身に聞かねえと分からん、ああ、何つうか……」
インフェルノは言葉を探した。
「戦えなくなったってわけじゃねえ。けど、何か引っかかってるように見えた。怖いもんでも思い出してるみたいな」
「……怖いもの」
「トラウマって言やあ近いのかもしれねえけど、そこまでは分からん」
テンペストが、ソファからぼそりと言った。
「……無理してたと思う」
リリィは何も言わなかった。
昨日の光景が、頭に浮かぶ。
青白い顔。
震える拳。
何度も繰り返された「大丈夫」という言葉。
そして、あの地面。
魔獣が消えたあとも残っていた、何度も殴りつけたような跡。
「……じゃあ」
リリィは膝の上で両手を握った。
「昨日のあれも……」
途中で言葉が止まった。
何となく、つながった気がした。
けれど、それだけだ。
本人から何も聞いていない。
自分が勝手に決めつけていいことではない。
「……本当に、心配です」
インフェルノが頬を掻く。
「まあ、あいつのことだ。言ったって聞かねえだろうけどな」
「……昨日も聞いてくれませんでした」
「壁まで壊したんだろ?」
「……はい」
「そりゃ相当だな」
「だから、笑わないでください!」
「笑ってねえって!」
口元が緩んでいる。
リリィはじとっと睨んだ。
テンペストが寝返りを打つ。
「……次会ったら、普通に聞けば?」
「普通に聞いたんです!」
「……囲まずに」
「…………」
リリィは黙った。
ブルームハートが、そっとリリィの肩を叩く。
「……次は、一緒にお話ししよう?」
「……そうですね」
リリィは小さく頷いた。
それから、インフェルノとテンペストへ視線を戻す。
「あと、報告書です」
「……あ?」
「今日中に、二人とも書いてください」
「テンペが――」
「二人とも!」
「……はい」
「……了解」
インフェルノが天井を仰いだ。
「くっそ。ブレイヴの野郎、今頃何してんだ」
◇
「はああああああ!?」
その頃。
天城ハヤトは、四連敗していた。
「今の当たんの!? 絶対当たってねえだろ!」
テレビ画面には、大きな文字。
K.O.
ハヤトはコントローラーを握り締め、天井を仰いだ。
「終わってる! このゲーム終わってる!」
ハヤトが遊んでいるのは、最近ハマっている対戦格闘ゲームだった。
選んだキャラクターは、近距離での連続攻撃を得意とするタイプ。
相手は、遠距離から飛び道具を撃ち続けるタイプ。
相性が悪い。
非常に悪い。
少なくとも、ハヤトはそう信じている。
「次! 次は絶対勝つ!」
『直近四試合の勝率は〇パーセントです』
「うるせえ! 次勝てば二十パーだろ!」
即座に再戦を選択した。
画面が切り替わる。
対戦開始。
相手が飛び道具を放つ。
ハヤトはガードした。
もう一発。
ガード。
さらにもう一発。
「……お前、それしかできねえのか?」
返事などあるはずもない。
飛び道具が飛んでくる。
ハヤトは前へ歩いた。
ガード。
少し前進。
またガード。
ようやく距離を詰めたところで、相手が後ろへ下がった。
「逃げんな!」
ジャンプ。
直後、対空攻撃が突き刺さる。
「……っ!」
画面の中で、自分のキャラクターが派手に吹き飛んだ。
ハヤトは無言になった。
コントローラーを握り直す。
次の飛び道具をガード。
歩く。
ガード。
歩く。
今度は跳ばない。
相手がもう一度飛び道具を撃った瞬間、わずかな隙へ踏み込んだ。
届く。
通常攻撃。
連続攻撃。
相手が画面端へ追い込まれる。
ハヤトの口元が、ゆっくりと持ち上がった。
「……捕まえた」
さらに攻撃。
相手がガードする。
投げ。
成功。
「よっしゃあ!」
ハヤトは思わず身体を前へ乗り出した。
相手の体力は残りわずか。
こちらにも、まだ十分な体力がある。
勝てる。
今度こそ。
相手が起き上がる。
ハヤトは、勢いに任せて攻撃を重ねた。
しかし、相手はガード。
間合いが離れる。
飛び道具。
ハヤトはガードした。
相手が一歩前へ出た。
「……来たな!」
ハヤトは無敵技を入力した。
自分のキャラクターが勢いよく飛び上がる。
だが。
相手は何もしていなかった。
「……あ」
空振り。
着地。
そこへ、相手の最大反撃が突き刺さった。
画面の中で、体力ゲージが恐ろしい勢いで減っていく。
「待っ……!」
連続攻撃。
必殺技。
最後の一撃。
K.O.
「…………」
ハヤトはコントローラーを膝の上へ置いた。
テレビを見つめる。
しばらく、動かなかった。
『契約者』
「……何」
『敗因を分析しますか?』
「いや、今のはラグだろ」
『通信遅延は正常範囲内でした』
「……言わなくていい!」
『相手が攻撃していない状況で、無敵技を使用したことが直接的な敗因です』
「言うなああああ!」
ハヤトは床へ倒れ込んだ。
天井を見つめる。
アストラは、淡々と続けた。
『なお、最終局面までは有利な状況を維持していました』
「……だろ?」
『はい』
「ほら! 俺、ちゃんと上手くなってるじゃん!」
『最後の判断を除けば』
「余計な一言!」
ハヤトは身体を起こした。
再戦ボタンへ指を伸ばす。
「もう一回! 次こそ――」
そこで、手が止まった。
画面の中では、自分のキャラクターが拳を構えている。
敵へ踏み込み、距離を詰め、殴る。
近距離で戦うキャラクター。
何となく、自分と似ている気がした。
「…………」
ブレイヴの姿が頭に浮かんだ。
黒と銀の装甲。
両腕のガントレット。
赤いブースターの炎。
敵へ飛び込み、拳を叩き込む。
そこまでは、いつもの自分だった。
だが。
次に思い浮かんだのは、黒い杭だった。
「……っ」
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
左脇腹に、あの感覚が蘇る。
画面の中で、キャラクターが待機モーションを繰り返している。
拳を握り、身体を揺らし、いつでも飛び込めるように構えている。
ハヤトは、自分の右手を見た。
コントローラーを握っている。
なのに、指先が冷たい。
『契約者?』
「…………」
ハヤトは再戦ボタンから指を離した。
「……やっぱ、やめた」
『先ほどは再戦を希望していましたが』
「気が変わった」
ゲームを終了する。
画面が暗くなった。
テレビに、ぼんやりと自分の顔が映る。
ハヤトはコントローラーを机へ置き、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
「……あーあ」
天井を見上げる。
せっかくの休日。
ゲームをして、飯を食って、好きなだけ寝る。
それだけでよかったはずなのに。
『契約者。体調に異常がありますか?』
「……いや」
ハヤトは腕で目元を覆った。
「ちょっと、疲れた」
『休息を推奨します』
「……そうする」
アストラは、それ以上何も言わなかった。
窓の外から、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
休日の午後。
街は、いつもどおり平和だった。
ハヤトは目を閉じた。
けれど、さっきまで夢中になっていたゲームのことは、もう考えられなかった。
◇
次回予告!
『明日の勤務に備えて十分な休息を推奨します』
「だから、その休み方が分かんねえんだって……」
『店長に相談してはいかがでしょうか』
「何を? 俺、魔法少女やってて怖くなりましたって?」
『その説明は推奨しません』
「分かってるわ!」
そして、喫茶マジカルポップ。
「ハヤトくん。最近、何か悩んでる?」
「……え?」
次回、第十三話「これ、友達の話なんですけど」
「……その友達って、君のこと?」