ヒーローを守りたかっただけなのに、魔法少女になった   作:冷凍マカロン

16 / 16
怖くても、

カラン、と軽いベルの音が鳴った。

 

「ありがとうございましたー!」

 

最後の客を見送り、天城ハヤトは喫茶マジカルポップの扉を閉めた。

 

夕方の店内にはコーヒーと焼き菓子の匂いが残っている。窓の外では街灯が点き始め、帰宅途中の学生たちが笑いながら通り過ぎていった。

 

「ハヤトくん、そっちのテーブルお願いしていい?」

 

「了解っす!」

 

カウンターの向こうで、店長の木場さんが洗い終えたカップを棚へ戻している。

 

ハヤトがグラスを下げていると、木場さんが声をかけてきた。

 

「そういえば、新しいチョコケーキ、試食してみない?」

 

「食います!」

 

「返事早いねえ。仕事のときもそれくらい早いと助かるんだけど」

 

「普段から早いっすよ!?」

 

「さっき三回呼んで、やっと振り向いたのは誰だったかな」

 

「……ちょっと考え事してただけで」

 

「へえ?」

 

木場さんはそれ以上聞かず、小皿を二つ並べた。

 

片方にはホイップクリーム、もう片方には赤いベリーソースを添えたチョコレートケーキが載っている。

 

「どっちを出すか迷ってるんだよね」

 

「ほう……重大な問題ですね」

 

「そんなに?」

 

「チョコとベリーは鉄板。でもホイップも捨てがたい。これは店の命運を左右する選択といっても……」

 

「過言だよ」

 

「最後まで言わせてくださいよ!」

 

まずはホイップ。濃厚なチョコに軽いクリームがよく合う。

 

続いてベリーを食べると、甘酸っぱさが後味をすっきりさせた。

 

「……あー、こっちもいい!」

 

「で、どっち?」

 

ハヤトは二つの皿を見比べた。

 

「……両方売りましょう」

 

「そう来たか」

 

「いや、選べないっすよ! どっちも美味いし!」

 

「じゃあ、ハヤトくんが全部買ってくれる?」

 

「給料と相談させてください」

 

「現実的だなあ」

 

「先月、限定プリン三つ買って財布が死にかけたんですから」

 

「三つも?」

 

「一個目が美味すぎて、二個目を買って、三個目は明日の自分へのプレゼントで……」

 

「ちゃんと明日の自分に届いた?」

 

「……夜中の俺が食いました」

 

「でしょうね」

 

木場さんが吹き出し、ハヤトも笑った。

 

いつもどおりの、バイト先の夕方だった。

 

◇

 

カチャン、と食器の触れ合う音がした。

 

「っ!」

 

肩が跳ね、手にしていたグラスが傾く。残っていた水がトレーへこぼれた。

 

「あっ、やべ!」

 

「ごめんごめん。スプーン落としちゃった」

 

床には銀色のスプーンが一本転がっている。

 

ただそれだけなのに、ハヤトの指先は冷たくなっていた。

 

黒い杭が迫る。

 

避けられない。

 

左脇腹を貫いた衝撃と、息ができなくなった感覚。

 

「……っ」

 

違う。ここは喫茶店だ。

 

布巾を取ろうとして、一度取り落とした。

 

「ハヤトくん、ちょっと休憩する?」

 

「え? いや、全然平気っすよ!」

 

思ったより大きな声が出た。

 

木場さんは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに頷いた。

 

「そっか。じゃあ、その水だけ拭いておいてくれる?」

 

「……はい」

 

ハヤトは布巾を握り直した。

 

何度もやってきた簡単な仕事なのに、心臓の音ばかりが耳についた。

 

店内のテレビでは、神宿市内で発生した魔獣が魔法少女に討伐されたと報じていた。

 

「……また出たんだ。最近、多いよねえ」

 

「……そうっすね」

 

ハヤトはカップを拭きながら答えた。

 

画面には壊れた道路と、魔法少女へ拍手を送る人々が映っている。

 

少し前なら、どんな武器を使ったのかと食いついていただろう。

 

今はテレビを見る気になれず、手元へ目を落とした。

 

「ハヤトくん。そのカップ、もう乾いてるよ」

 

「……あ」

 

「さっきからずっと磨いてる」

 

「ピカピカっすね」

 

「うん。じゃあ、そのサービス精神で残りもお願いしようかな」

 

「しまった。墓穴掘った」

 

木場さんは笑った。

 

ハヤトも笑い返したが、すぐに手元へ視線を戻した。

 

◇

 

閉店作業が終わる頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 

木場さんがレジを締め、ハヤトはエプロンを外す。

 

帰るつもりで紐を引いたところで、指が止まった。

 

「……木場さん」

 

「ん?」

 

「ちょっと、聞いてもいいっすか?」

 

「いいよ。どうしたの?」

 

「……変な話なんですけど」

 

ハヤトはエプロンの紐を指に巻きつけ、またほどいた。

 

「前まで普通にできてたことが、急に怖くなるって、あると思います?」

 

木場さんはレジを閉じ、カウンターの椅子へ腰を下ろした。

 

「あるんじゃないかな。何かあった?」

 

「いや、その……知り合いの話なんですけど」

 

「知り合い?」

 

「はい。そいつ、一回すげえ怖い思いしてから、前みたいにできなくなっちゃったらしくて」

 

「うん」

 

「頭では分かってるんですよ。前はできたんだから、またやれるはずだって。でも、いざやろうとすると……身体が動かなくなるんです」

 

自分の手を見つめ、慌てて付け足した。

 

「……らしいっす」

 

「そっか」

 

木場さんはそれ以上、知り合いについて聞いてこなかった。

 

そのせいか、ハヤトの口から次の言葉がこぼれた。

 

「……俺、前はできたんですよ」

 

「あ」

 

「……今のなしで」

 

「ふふっ。いいよ」

 

「いや、絶対分かってますよね?」

 

「何のことかなあ」

 

「その顔は分かってる顔っすよ!」

 

つられて笑ったあと、ハヤトはエプロンを握り直した。

 

「……なんか、情けないっすよね。前はできてたのに、今はやろうとするだけで怖くなる」

 

「……うん」

 

「怖いって思ったら、もうダメなんすかね」

 

木場さんは少し考えた。

 

「どうだろうね」

 

「そこは、いい感じの答えとかないんすか?」

 

「そんな便利な答えがあったら、私も知りたいよ」

 

「ですよねえ……」

 

木場さんはカウンターに頬杖をついた。

 

「でも、怖くなくなるまで待たなきゃいけないってことでもないと思うよ」

 

「……え?」

 

「怖いものは怖いでしょ。嫌な思いをしたなら、なおさら。だから、怖がってる自分を責めても、あんまりいいことないんじゃないかな」

 

「……でも、それじゃ何もできないままじゃないっすか」

 

「そうかな。しばらく休んでもいいし、誰かに頼ってもいいと思うけど」

 

「でも、逃げてたら……」

 

ハヤトは口を閉じた。

 

自分が行けば助けられたかもしれない人がいる。

 

そう考えると、休んでいることさえ落ち着かなかった。

 

「……分かんねえんすよ。どうしたらいいのか」

 

「そっか」

 

木場さんは頷いた。

 

「じゃあ、今すぐ決めなくてもいいんじゃない?」

 

「……決めなくても?」

 

「うん。もう一度やってみたいと思ったときに考えてもいいし。どっちにしても、自分を壊すほど無理するのはおすすめしないかな」

 

ハヤトはしばらく黙っていた。

 

「……なんか、店長っぽいこと言いますね」

 

「店長だからね」

 

「普段は俺にケーキ食わせて感想聞いてるだけじゃないっすか」

 

「それも立派なお仕事です」

 

「俺の胃袋を業務利用してません?」

 

「今さら?」

 

「開き直った!」

 

木場さんが笑う。

 

ハヤトも、今度は自然に笑えた。

 

◇

 

「はい、これ」

 

帰り際、木場さんが紙袋を差し出した。

 

「……何すか?」

 

「今日の試作品。持って帰っていいよ」

 

袋の中には小さな箱が二つ。

 

「……二つ?」

 

「ホイップとベリー。どっちも好きなんでしょ?」

 

「……木場さん。一生ついていきます」

 

「大げさだなあ。じゃあ明日もよろしくね」

 

「……明日もシフト入ってましたっけ?」

 

「入ってるよ」

 

「しまった。ケーキ二個で契約を交わしてしまった」

 

「安い契約だねえ」

 

木場さんに見送られ、ハヤトは店を出た。

 

夜風が頬を冷やす。

 

紙袋を揺らさないように持ち直し、しばらく歩いてから口を開いた。

 

「……アストラ。聞いてた?」

 

『はい、契約者』

 

「どう思う?」

 

『木場氏の助言は合理的だと考えます』

 

「……合理的、ねえ」

 

ハヤトは街灯の下で足を緩めた。

 

「なあ。母さんもさ……怖かったのかな」

 

『それは分かりません』

 

「……だよな」

 

人を助けに戻った母は、帰ってこなかった。

 

怖かったのか。何を考えていたのか。今となっては確かめようがない。

 

「最初にフェンリルと戦ったときも、めちゃくちゃ怖かったんだよ。あんなデカい化け物、ゲームの中でしか見たことなかったし」

 

『当時の契約者には戦闘経験がありませんでした』

 

「そうそう。なのに、あのときは動けたんだよな」

 

傷だらけで、それでも魔獣の前に立っていた白い少女を思い出す。

 

「……次に魔獣が出たら、俺、どうすんだろうな」

 

『現時点では判断できません』

 

「だよな。俺も分かんねえ」

 

ハヤトは小さく息を吐いた。

 

「……でも、最初から無理って決めるのも嫌なんだよな」

 

『承知しました』

 

返事はいつもどおりだった。

 

それが、今はありがたかった。

 

「……さて。帰ったらケーキ食うぞ」

 

『先ほど試食を済ませたばかりでは?』

 

「試食と夜食は別腹だろ」

 

『同一の胃に収容されます』

 

「そういう話じゃねえんだよ!」

 

ハヤトは紙袋を持ち上げた。

 

「しかも二種類あるからな。どっちから食うか迷うぜ」

 

『両方を同時に食べるという選択肢もあります』

 

「……お前、たまに悪魔みたいな提案するよな」

 

『合理的な提案です』

 

「合理的に俺を太らせようとすんな!」

 

信号が赤に変わり、ハヤトは足を止めた。

 

箱が傾いていないか確かめてから、顔を上げる。

 

恐怖が消えたわけじゃない。

 

次に同じことが起きたら、どうするかも決められない。

 

青信号が灯る。

 

「……よし」

 

『何がですか?』

 

「ケーキの安全確認」

 

『異常はありません』

 

「今日の俺には大事なんだよ」

 

ハヤトは紙袋を大事に抱え、家路を急いだ。

 

 

 




次回予告 第十四話「立ち上がれ、ブレイヴ」
 また、魔獣が現れた。
 蘇る痛み。震える足。
 怖い。逃げたい。もう、あんな思いはしたくない。
 それでも、背後には守るべき人たちがいる。
「……俺が、守るんだ」
 心に突き刺さった黒い杭。
 そんなもの、ぶっ壊してしまえ。
次回、第十四話「立ち上がれ、ブレイヴ」
 今度こそ、自分の意志で変身する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

女になんて、なりたくないっ!~魔女になんてなるものか~(作者:生活みだらし団子)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

やる気がない上にうだつの上がらない日常。▼高校生として進路をせかされる学校生活。▼それを変えたのは──魔女でした。


総合評価:35/評価:-.--/連載:15話/更新日時:2026年09月09日(水) 15:46 小説情報

TS美少女の俺と化け物になった元親友の異世界生存録(作者:ケトゥ毛)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

 百歩譲って俺が美少女に転生したのはいいけど、なんでこいつは化け物になったの?▼ 見知らぬ世界で目覚めたかと元男の記憶を持つ少女は、親友と思しき言葉も通じない怪物とダークファンタジーな旅路を歩む羽目になる。▼ 彼らが目指すべきは何なのか。▼ これは呪いなのか? それとも……?▼ コメディとシリアスを交えながら書いていきます。▼追記:誤字報告ありがとうございま…


総合評価:38/評価:-.--/連載:9話/更新日時:2026年10月22日(木) 03:03 小説情報

異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ(作者:vhuphje)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

「魔力もダンジョンも信じるのに、なんで異世界は信じないの?」「異世界帰り?設定乙w」▼魔王を倒したことは信じてもらえない。▼でも視聴者は、勇者とTS姫様の強さと、二人が付き合っていることだけ、なぜか信じている。▼リョウとイオリは、本物の異世界帰還者。▼リョウは、勇者として王国に召喚された。イオリは、異世界に召喚されたときに身体が女子に変わっていて、姫君として…


総合評価:405/評価:8.14/連載:57話/更新日時:2026年10月27日(火) 12:07 小説情報

ミリしら魔法少女アニメ系の男モブに転生したと思ったら、やばい魔導書と契約してTS魔法少女に変身できてしまった(作者:春海とまと)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

ジャンル不明の魔法少女アニメの男モブ、影倉伊月に転生してしまった主人公。▼ミリしらなので普通の中学生として過ごしていたある日、三人の女子小学生と出会い、いつもとちょっとだけ違うことをしてしまう。▼その行動が数年後の運命を変え、三人は魔法少女に、主人公もまた裏方役モブから厄ネタっぽい魔導書と契約し、TS魔法少女に変身してしまう。▼ミリしらなのでだんまりも良くな…


総合評価:157/評価:-.--/連載:29話/更新日時:2026年10月27日(火) 12:07 小説情報

居場所をなくしたTS聖女は魔法少女と出会う(作者:綺羅星瑠奈)(オリジナル:現代/冒険・バトル)

世界統治の為、象徴として利用されたTS転生聖女のルナ。▼かつての仲間だった魔法使いによって前世の現代日本に転移する。▼しかしそこは魔法少女がいる世界だった。▼前世の妹にも信じてもらえず、死んだ方が楽なのではないか思っていたところで、死にかけの魔法少女に出会う。▼異世界でも現代でも居場所をなくしたサポート特化のTS聖女と困っている人を見捨てられない近接特化魔法…


総合評価:1803/評価:8.44/連載:46話/更新日時:2026年10月27日(火) 07:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>