ヒーローを守りたかっただけなのに、魔法少女になった 作:冷凍マカロン
「……なあ、リリィ」
「はい?」
「パフェって、鎧着たまま食っても怒られないと思う?」
「…………」
駅前へ向かう途中、ホワイトリリィは足を止めた。
隣に立つブレイヴを、上から下まで眺める。
銀色の長い髪。黒と銀の装甲。両腕を覆う無骨なガントレット。
つい先ほど魔獣を倒したばかりの、見るからに戦闘向けの格好である。
「あ……」
「気づいた?」
「……すみません。すっかり忘れてました」
「俺も今気づいた」
通りの向こうでは、小学生くらいの男の子がこちらを指差していた。ブレイヴが軽く手を振ると、男の子は飛び跳ねて喜んだ。
「……ファンサまで発生してるんだけど」
「人気者ですね、ブレイヴさん」
「嬉しいけど、今日の目的はパフェだからな」
「それは分かってますけど……」
リリィは自分の白い衣装を見下ろした。
「私は変身を解除すれば大丈夫なんですけど、ブレイヴさんは?」
「…………」
さて、どうしたものか。
こちらはリリィの正体が白咲ユイだと知っている。しかし向こうは、ブレイヴの正体を知らない。
ここで変身を解除したら、現れるのは男子高校生の天城ハヤトだ。
さっきまで銀髪の美少女だった人物が、いきなり男になったら。
……うん。説明が面倒すぎる。
(アストラ、どうする?)
『正体を秘匿するのであれば、変身解除は避けるべきです』
(だよなあ……)
「……ちょっと事情があってな。今はこの姿のままでいたいんだ」
「そうなんですか?」
「おう。悪い」
「いえ、事情があるなら無理に聞きませんよ」
リリィはあっさり頷いた。
それから、何か思いついたように手を合わせる。
「あ、それなら私の服を貸しましょうか?」
「……え?」
「普段着なら、もう少し目立たないと思います」
「いや、ありがたいんだけど……」
ブレイヴは頬を掻いた。
女の子から私服を借りる。
それも、正体を知らない相手から。
……さすがに抵抗がある。
「悪い。人の服借りるの、ちょっと苦手でさ」
「あ、そうなんですね」
リリィは特に気を悪くした様子もなく頷いた。
「じゃあ、服を買いに行きませんか?」
「……買う?」
「はい。この近くに服屋さんがありますよ」
「なるほど。それなら……」
言いかけて、ブレイヴは固まった。
財布。
そうだ、財布だ。
今日はコロッケを買うつもりで出かけてきたのである。
服を買う予定なんて、あるわけがない。
(……アストラ)
『はい、契約者』
(服、買えると思う?)
『現在の所持金では困難です』
(ですよねー)
「……ブレイヴさん?」
「あー、いや。金が……」
「あ、でしたら私が立て替えますよ?」
「……えっ」
「私がお誘いしたんですし」
「いやいや! パフェまで奢ってもらうのに、服までってのはさすがに悪いだろ!」
「でも、立て替えるだけですよ?」
「……あ」
「今度返していただければ大丈夫です」
リリィはにこりと笑った。
「それに、ブレイヴさんの服を選ぶのも楽しそうですし」
「……そっちが本音じゃね?」
「ふふっ。どうでしょう?」
否定しないのかよ。
「……まあ、助かる。ちゃんと返すからな」
「はい!」
こうして、パフェを食べに行くはずだった二人は、先に服屋へ向かうことになった。
◇
「それじゃあ、先に変身を解除しますね」
人通りの少ない建物の陰へ移動すると、リリィは変身を解除した。
白い衣装が消え、現れたのは制服姿のユイだった。
「……さて、俺も装甲だけ消すか」
ブレイヴの装甲が消え、下に着ていた黒いアンダースーツが露わになる。
身体にぴったりと沿った、いわゆる全身タイツのような格好だった。
「…………」
ブレイヴは自分の身体を見下ろした。
「……これで服屋まで行くの?」
『現状、ほかに外出着はありません』
(分かってるよ!)
鎧姿とは別の意味で、ものすごく目立つ。
むしろ、こっちのほうが恥ずかしいかもしれない。
「……せめて上に何か着てえな」
「あ、それなら」
ユイは制服の上に羽織っていたものを脱ぎ、ブレイヴへ差し出した。
「よかったら、これ使ってください」
「……え?」
「お店に着くまでですけど。何もないよりは目立たないと思います」
「いや、でも……」
さっき、人の服を借りるのは苦手だと言ったばかりだ。
ブレイヴが迷っていると、ユイは羽織りものを差し出したまま首を傾げた。
「お店までの間だけでも、嫌ですか?」
「……いや、嫌ってわけじゃねえけど」
「じゃあ、どうぞ!」
「……あー、分かった。ちょっとだけ借りるわ」
「はい!」
ブレイヴは受け取った羽織りものに袖を通し、前を合わせた。
下半身のアンダースーツまでは隠せないが、上半身が覆われただけでも多少はマシになった。
「……どう?」
ユイが少し離れて眺める。
「ふふっ。さっきよりは普通ですよ」
「『よりは』って言った?」
「言いました」
「そこは嘘でも大丈夫って言ってくれよ……」
ユイが楽しそうに笑う。
「それじゃあ、早くお店に行きましょう!」
「おう。できれば誰にも会わないうちにな!」
ブレイヴは借りた羽織りものの前を押さえながら、ユイの後を追った。
◇
「……なあ、リリィ」
「はい?」
「服って、こんなに種類あんの?」
店内へ入って早々、ブレイヴは圧倒されていた。
色とりどりのシャツやパーカー。壁際にはパンツやスカートが並び、棚には帽子やバッグまで置かれている。
ユイは楽しそうに服を眺めていた。
「何か好きなもの、ありますか?」
「動きやすいやつ」
「それだけですか?」
「あと安いやつ」
「ふふっ。大事ですね」
ユイは近くの棚からパーカーを一枚取り上げた。
「あ、これなんてどうですか?」
「お、いいじゃん」
「こっちのスカートと合わせても可愛いと思いますよ」
「スカートは却下」
「えっ、即答!?」
「即答」
「……似合うと思うんですけど」
「動きにくそうだし」
「じゃあ、パンツにしましょうか」
「そうしてくれ」
ユイは少し残念そうにスカートを戻した。
しかし、諦めたのはスカートだけだったらしい。
「じゃあ、これは? こっちの色もいいですよ」
「んー、さっきのほうが好きかな」
「そうですか? でも、銀色の髪にはこっちも合うと思います」
「いや、服なんて着やすけりゃ十分だろ」
「せっかく買うんですから、もう少し選びましょうよ」
「……リリィ、結構こういうの好きだな?」
「はい!」
即答だった。
「友達と服を見に行くの、楽しいんです」
「そ、そうか」
「ブレイヴさんは、あまり行かないんですか?」
「……まあ、自分の服は大体適当に買うし」
「それはもったいないです!」
「もったいないって言われてもなあ……」
ユイは別のパーカーを持ち上げた。
「じゃあ、これも合わせてみませんか?」
「……お、結構いいかも」
「ですよね!」
鏡の前で服を身体に当ててみる。
銀色の髪との相性も悪くない。
……悪くないのだが。
(なんで俺、こんな真剣に女の子の服選んでんだろ)
『必要な外出着を購入するためです』
(そういうことじゃねえよ)
そのとき、近くで服を畳んでいた店員が声をかけてきた。
「そちら、お似合いですよ。よろしければ別のお色もございますが」
「……あっ、いや、大丈夫です!」
思わず背筋が伸びた。
店員が離れると、ユイが口元を押さえた。
「……ふふっ」
「なんだよ」
「いえ。ブレイヴさん、店員さんには緊張するんだなって」
「するだろ、普通」
「魔獣にはあんなに堂々と向かっていくのに?」
「相手が違うだろ!」
「どう違うんですか?」
「魔獣は殴ればいいけど、店員さんはそういうわけにいかねえじゃん!」
「当たり前ですよ!?」
ユイが吹き出した。
ブレイヴもつられて笑う。
結局、二人で選んだのは、淡い色のパーカーと動きやすいパンツだった。
「……うん。これいいわ!」
「それじゃあ、これにしましょう!」
「おう。頼むわ」
会計を済ませ、試着室でアンダースーツの上から購入した服を着る。
鏡には、銀髪の少女が映っていた。
服の下は相変わらずアンダースーツだが、見た目は普通の私服姿だ。
「……おお」
先ほどまでの全身タイツ姿に比べれば、圧倒的に落ち着く。
店を出る前に、ブレイヴは借りていた羽織りものをユイへ返した。
「助かった。ありがとな」
「いえいえ。新しい服も似合ってますよ!」
「……そりゃどうも」
ユイは満足げに頷いた。
「それじゃあ、今度こそカフェに行きましょう!」
「おう! ようやく本命だな!」
◇
駅前のカフェは、大通りから少し入った場所にあった。
大きな窓に、木製の看板。入口の脇には季節限定メニューの写真が飾られている。
「ここです!」
「へえ……」
ブレイヴは店先を見上げた。
普段働いているマジカルポップとは、また違った雰囲気だ。
ユイが扉を開けると、軽やかなベルの音が響いた。
コーヒーと焼き菓子の香りが漂う店内には、木目調のテーブルが並んでいる。窓際では学生らしい二人組が、スマートフォンを覗き込みながら笑っていた。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい!」
ユイが答える。
ブレイヴも何気なく顔を上げ、店員と目が合った。
「…………」
視線が一瞬、銀色の髪へ向いたような気がした。
……いや、気のせいかもしれない。
今は普通の服を着ている。
普通の服なのだが。
(……やっぱ気まずいな、これ)
『契約者。何か問題が?』
(問題ってほどじゃねえけどさ……)
店内には同年代らしい女の子たちが何組か座っていた。
その中を、銀髪に赤い瞳のブレイヴが歩いていく。
鎧よりはずっとマシだ。
しかし、普段の天城ハヤトとは何もかも違う。
(なんか俺だけ場違いじゃね……?)
「ブレイヴさん?」
「……ん?」
「こっちですよ」
気づけば、ユイが数歩先で振り返っていた。
「あ、おう」
慌てて後を追う。
案内されたのは窓際の二人席だった。
椅子に腰を下ろすと、今度は自分の座り方が妙に気になった。思わず足を開きかけ、そっと座り直す。
向かいでは、ユイが何事もないように荷物を置いている。
「……リリィって、こういう店よく来るのか?」
「たまにですね。友達と来たりしますよ」
「へえ」
「ブレイヴさんは?」
「……まあ、こういう洒落た店はあんまり」
嘘ではない。
マジカルポップでは働いているが、こうして客として座る機会はそれほど多くない。
何となく落ち着かず、テーブルの端に置かれた紙ナプキンを意味もなく整えてしまう。
そのとき、店員がメニューを置いていった。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
「ありがとうございます」
ユイが礼を言う。
ブレイヴはメニューを開いた。
「…………」
その瞬間。
さっきまで気にしていた周囲の視線も、慣れない姿への気まずさも、だいたい吹っ飛んだ。
「……おおおっ!」
見開きいっぱいに並ぶパフェの写真。
チョコレート、イチゴ、抹茶、季節限定のフルーツパフェ。
どれもグラスから溢れそうなほど豪華だった。
「……やべえな、これ」
「気になるもの、ありました?」
「全部」
「全部ですか!?」
「いや、待て。落ち着け俺」
ブレイヴはメニューをテーブルへ広げた。
「チョコは絶対美味いだろ。でもイチゴも捨てがたいし、抹茶もいい。……あ、季節限定まであるじゃん」
「そんなに迷います?」
「迷うだろ! 今日しか来ないかもしれないんだぞ!」
「また来ればいいじゃないですか」
「……あ」
その発想はなかった。
「ふふっ。次も来ましょうよ」
「……じゃあ、今回はチョコにするか」
「決断、早いですね」
「次があるなら話は別だ」
ブレイヴはもう一度写真を眺めた。
そして、あることに気づく。
「……なるほどな」
「ん?」
「このパフェ、写真の撮り方上手いな」
「写真ですか?」
「ほら、グラスの中の層がちゃんと見える角度になってるだろ。上のクリームも切れてねえし」
「……あ、本当ですね」
「しかも限定メニューだけ、入口にも写真出してたよな」
ブレイヴは窓の向こうにある看板へ目を向けた。
「店入る前にあれ見たら、ちょっと食いたくなるじゃん」
「ブレイヴさん、詳しいんですね」
「ん? ああ、まあ……ちょっとな」
そこで言葉を切る。
危ない。
つい、いつもの癖が出た。
「……こういうの、見るの好きなんだよ」
「へえ。意外です」
「そうか?」
「はい。てっきり、パフェの写真しか見てないのかと」
「失礼な。ちゃんと周りも見てるわ」
「さっきはずっとパフェを見てましたよ?」
「……それはそれ」
ユイがくすくす笑う。
ブレイヴはもう一度メニューに目を落とした。
写真の下には、使われている材料が簡潔に書かれている。季節限定品は、特別感が伝わるようになっていた。
(……へえ。こういう書き方すんのか)
マジカルポップのメニューが頭に浮かぶ。
(うちも、写真もうちょい工夫したら注文増えたりすんのかな……)
値段を眺め、少し考える。
(限定メニューの見せ方とか、店長に言ってみるか)
「……よし」
「決まりました?」
「おう。チョコパフェ!」
「私はイチゴにしますね」
二人で注文を済ませる。
ブレイヴは何となく店内を見回した。
客席から見えるショーケースには、色とりどりのケーキが並んでいる。
(……あれもいいな)
メニューだけでなく、実物を見せる。
注文を済ませた客にも、追加で食べたくなる仕掛けになっている。
「……なるほど」
「また何か見つけたんですか?」
「いや、あのショーケースいいなって」
「ケーキですか?」
「そうそう。あそこ通るとき絶対見えるじゃん。あれ、ずるいよな」
「ずるい?」
「メニュー見て決めたのに、実物見たらまた食いたくなる」
「……それはブレイヴさんだけじゃ?」
「いや、絶対ほかにもいるって!」
「ふふっ。そうかもしれませんね」
言い返そうとしたところで、店員がトレイを持って近づいてきた。
「お待たせしました」
二つのパフェがテーブルへ置かれる。
「……おおっ!」
ブレイヴは思わず身を乗り出した。
チョコレートパフェは写真以上の迫力だった。
たっぷりのクリームに、濃厚そうなチョコアイス。細長いチョコレートが斜めに刺さり、グラスの内側にはソースとアイスが綺麗な層を作っている。
イチゴパフェも、真っ赤な果実が鮮やかだった。
「……すげえ」
「美味しそうですね!」
「これ、盛り付けも上手いな……」
「まだ分析してるんですか?」
「いや、これは普通に感動してる」
「ふふっ。じゃあ、食べましょうか」
「おう!」
二人はスプーンを手に取った。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
チョコアイスをひと口。
「…………」
「ブレイヴさん?」
「……うっま」
思わず声が漏れた。
濃厚なチョコレートと冷たいアイス。甘さの中に、少しだけ苦みがある。
クリームと一緒に食べると、また味が変わった。
「……あー、なるほど」
「美味しいですか?」
「めっちゃ美味い。それに、このソースがいいんだよな……」
(これ、マジカルポップでも参考になるかもな)
ブレイヴはもうひと口食べて、今度はグラスの下の層を確かめた。
「……あ、ここに食感違うの入れてんのか」
「ブレイヴさん、さっきから研究してるみたいですね」
「研究ってほどじゃねえよ」
「すごく嬉しそうに食べたと思ったら、急に真剣な顔になるので」
「……そんな顔してる?」
「はい。忙しそうです」
「パフェ食ってるだけなんだけどな」
ユイは笑いながら、イチゴを一つ口へ運んだ。
「あ、そうだ。ブレイヴさん」
「ん?」
「よかったら、少し交換しませんか?」
「……交換?」
「はい。私のイチゴパフェと、ブレイヴさんのチョコパフェ。どっちも味わえたらいいかなって」
ユイは嬉しそうに笑った。
ブレイヴは差し出されかけたグラスを見て、少し困ったように頬を掻いた。
「あー……いや、さすがにいいよ」
「え?」
「奢ってもらってるし、その上リリィの分までもらうのは悪いって」
「でも、私が言い出したことですし」
「いやいや。俺はこれで十分満足してるからさ」
ブレイヴは自分のパフェを軽く持ち上げた。
「それ、リリィが食いたくて選んだんだろ? ちゃんと食えって」
ユイは少し目を丸くした。
それから、くすっと笑う。
「……ブレイヴさん、そういうところは遠慮するんですね」
「そういうところってなんだよ」
「だって、カフェに誘ったときはすごく嬉しそうだったので」
「奢りは嬉しいだろ。でも人の分まで取るのは違うじゃん」
「ふふっ。そうですね」
ユイは自分のグラスを引き寄せた。
「じゃあ、イチゴは私が全部いただきます」
「おう。遠慮なくいってくれ」
「……あ、でも」
「ん?」
「チョコパフェ、そんなに美味しいなら気になりますね」
「……おい」
「冗談です」
「お前、今ちょっと本気だったろ」
「どうでしょう?」
ユイは涼しい顔でイチゴをすくった。
「……なあ、リリィ」
「はい?」
「お前、意外と人のことからかうよな」
「そうですか?」
「そうだよ」
「ブレイヴさんが面白い反応をするからですよ」
「俺のせい!?」
ユイが吹き出した。
「ふふっ。ごめんなさい」
「絶対反省してねえな……」
そう言いながらも、ブレイヴの口元は緩んでいた。
◇
「そういえば、ブレイヴさんって、普段のお休みは何をしてるんですか?」
イチゴパフェを食べ進めながら、ユイが尋ねた。
「んー、ゲームとか?」
「ゲームですか!」
「おう。今日もやってた」
「へえ。どんなゲームですか?」
「つよつよなボスと戦うやつ。今日、ようやく倒せたんだよ」
「すごいですね!」
「二十三回も負けたけどな」
「……二十三回?」
ユイが目を瞬かせた。
「そんなに難しいんですか?」
「めちゃくちゃ難しい。あいつ絶対、初心者を帰らせる気ないからな」
「でも、最後は勝てたんですよね?」
「おう。最後は完璧だった」
「じゃあ、諦めなくてよかったですね」
「まあな。途中でコントローラー投げそうになったけど」
「投げちゃダメですよ?」
「例えだから!」
ユイは笑いながら、紅茶をひと口飲んだ。
「私もゲームはたまにやるんですけど、あまり上手じゃなくて」
「へえ。意外だな」
「意外ですか?」
「だって、戦ってるときはあんなに動けるだろ」
「ゲームと戦闘は違いますよ」
「まあ、それはそうか」
「それに、ブレイヴさんも二十三回負けたんですよね?」
「……おい」
ユイが口元を押さえた。
「ふふっ。ごめんなさい」
「絶対反省してねえだろ」
「少しはしてます」
「少しかよ!」
ブレイヴは呆れながらも、笑ってしまった。
「……お前、最初に会ったときと印象違うわ」
「そうですか?」
「もっとおとなしいと思ってた」
「私、そんなにおとなしく見えました?」
「まあ、結構」
「……それはちょっと意外です」
「自覚ないのかよ」
ユイは少し考え込んだ。
「でも、ブレイヴさんも印象が違います」
「俺?」
「はい。もっと、こう……」
「格好いい?」
「……」
「おい、そこで黙るなよ!」
ユイはとうとう笑い出した。
「違います! そういう意味じゃなくて!」
「じゃあ何だよ」
「戦っているときは、すごく頼もしいので。普段ももっと真面目な方なのかなって」
「……なるほどね」
ブレイヴはチョコパフェをもうひと口食べた。
「まあ、腹も減るし、ゲームで負けたら悔しいし。普通に面倒くさいことは面倒くさいぞ」
「……ふふっ」
「何だよ」
「いえ。ちょっと安心しました」
「安心?」
「はい。ブレイヴさんにも、私たちと変わらないところがあるんだなって」
ブレイヴは少しだけ黙った。
そりゃ、そうだ。
中身はただの高校生なんだから。
「……まあ、そんなもんだよ」
ユイは楽しそうに頷き、残っていたイチゴを口に運んだ。
◇
しばらくして、二人のパフェのグラスが空になった。
ブレイヴは最後のチョコレートを食べ終えると、満足げにスプーンを置いた。
「……いやー、美味かった」
「ふふっ。本当に美味しそうに食べますね」
「実際、美味かったからな」
「誘ってよかったです」
ユイは空になったグラスを眺めた。
「……今日みたいに、普通にお誘いすればよかったんですよね」
「ん?」
「……あの、ブレイヴさん」
さっきまでとは少し違う声だった。
「以前、結界でブレイヴさんを捕まえようとしたこと、覚えてますか?」
「あー……」
ブレイヴは頬を掻いた。
「まあ、忘れられねえよな。あれは」
「……ですよね」
ユイは膝の上で手を重ね、頭を下げた。
「本当に、すみませんでした」
「いや、ちょっと待て。こんな店で頭下げなくていいって!」
「でも、あのときは私たちの都合ばかりで……」
「分かった。分かったから顔上げてくれ」
ユイはゆっくり顔を上げた。
「支部のことを知ってもらいたくて、話を聞いてもらえたら分かってもらえると思っていたんです。でも、ブレイヴさんが嫌がっているのに、無理に引き止めようとしてしまって……」
「……まあ、正直びっくりはしたけどな」
「ですよね……」
「普通、話し合おうって相手を結界で囲まねえし」
「……はい」
「逃げ道塞がれて『ちょっとお話しませんか』って言われても、そりゃ警戒するって」
「……本当に、その通りです」
ユイがしょんぼりと肩を落とした。
その姿に、ブレイヴは少し困ったように笑った。
「……でも、もういいって」
「え?」
「こうしてちゃんと謝ってくれたし。別に、ずっと怒ってるわけじゃねえよ」
「……本当ですか?」
「おう」
ユイはほっと息を吐いた。
「ありがとうございます……」
「ただし、次は普通に声かけろよ?」
「はい!」
「結界なしでな」
「分かってます!」
「追いかけ回すのもなし」
「しません!」
「あと、甘いもの付きだと話が早い」
「……それは必要なんですか?」
「交渉を円滑にするために」
「もう……!」
ユイが笑った。
「ブレイヴさんって、思ってたよりずっと食いしん坊ですね」
「否定はしねえ」
「そこは否定しないんですね」
「美味いもん好きなのは事実だからな」
ユイは空になったパフェのグラスを見た。
「……でも、本当に誘えてよかったです」
「ん?」
「結界のことも、ちゃんと謝りたかったですし。それに……」
少しだけ言葉を選ぶような間があった。
「フェンリルのときのお礼も、もう一度言いたかったので」
ブレイヴの手が止まった。
「……ああ」
「あのとき、私、本当にもう駄目だと思っていました」
ユイは膝の上で手を握り直した。
「魔力もほとんど残っていなくて、身体も動かなくて……それでも、後ろには逃げ遅れた人たちがいて」
さっきまで楽しそうに話していた声が、少しだけ静かになった。
「どうにかしなきゃって思ってたんです。でも、何もできなくて」
ブレイヴは黙って聞いていた。
「そこに、ブレイヴさんが来てくれました」
ユイが顔を上げる。
「あのとき、本当に嬉しかったんです」
「……そっか」
「はい」
ユイは小さく笑った。
「突然現れて、フェンリルに向かっていって。正直、最初はびっくりしました」
「まあ、そうだろうな」
「でも、すごく格好よかったです」
「……っ」
ブレイヴは思わず目を逸らした。
「いや、あれは……」
「本当ですよ?」
「いやいや。そんな大したもんじゃねえって」
ユイは首を傾げた。
「どうしてですか?」
「だってさ」
ブレイヴは少しだけ考えてから、顔を上げた。
「リリィが先に戦ってくれてただろ。俺が来るまで、ずっと」
「……それは」
「それに、最後だってそうじゃん」
フェンリルの口に集まった赤黒い光。
避ければ、背後の人々へ直撃する。
あの瞬間、白い光が横から走った。
「リリィがあの光線を逸らしてくれなかったら、俺、あそこまで踏み込めなかったと思う」
「……」
「だから、俺一人で勝ったわけじゃねえよ」
ブレイヴは笑った。
「俺だって助けられたんだ。お互い様だろ?」
ユイは何も言わなかった。
ただ、少し驚いたようにこちらを見ていた。
「……リリィ?」
「……あ、いえ」
ユイは慌てて首を振った。
「そう言ってもらえるとは、思っていなくて」
「え?」
「私、あの戦いでは、自分は何もできなかったと思っていたので」
「いやいや、できてただろ。めちゃくちゃ助かったぞ?」
「……そう、なんですね」
ユイは小さく俯いた。
その口元が、少しだけ緩んでいる。
「……嬉しいです」
「ん?」
「ブレイヴさんに、そう思ってもらえて」
ブレイヴは少し照れくさくなり、空になったグラスへ視線を逃がした。
「……別に、事実だし」
「ふふっ」
「なんだよ」
「いえ」
ユイは首を横に振った。
それから、少しだけ身を乗り出す。
「……でも、やっぱり私にとって、ブレイヴさんは特別なんです」
「……!」
ブレイヴは飲みかけの水でむせた。
「ごほっ……! お、お前、急に何言ってんだ!?」
「えっ!? だ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫! ちょっと変なとこ入っただけ!」
ユイが慌てて紙ナプキンを差し出す。
ブレイヴはそれを受け取り、口元を拭った。
「……ふう」
「すみません。驚かせちゃいました?」
「……いや、まあ」
驚いた。
というより、何を言われたのか一瞬分からなかった。
「……お前、そういうこと普通に言うんだな」
「そういうこと?」
「……いや、なんでもねえ」
ユイは不思議そうに瞬きをした。
それから、ふっと笑う。
「……あ、もしかして」
「ん?」
「照れてます?」
「照れてねえよ」
「本当ですか?」
「本当だって」
「ふふっ」
「……なんだよ、その顔」
「いえ。ブレイヴさんにも、そういうところがあるんだなって」
「だからどういうところだよ!」
ユイは答えず、楽しそうに笑っている。
完全に遊ばれていた。
……さっきまで、あんなに真面目な顔してたくせに。
ブレイヴは水をもうひと口飲んだ。
◇
「……それで、神宿支部のことなんですけど」
少し落ち着いたところで、ユイが切り出した。
「……ああ」
「私、ブレイヴさんとまた一緒に戦いたいです」
まっすぐな言葉だった。
「フェンリルのときみたいに。今度は、最初から一緒に」
ブレイヴは黙って聞いていた。
「もちろん、無理に入ってほしいわけじゃありません」
ユイは少し笑った。
「前みたいなことは、もうしませんから」
「……結界のこと?」
「……はい」
「ははっ。そこは信用しとく」
「ありがとうございます」
ユイは小さく頭を下げた。
「でも、ブレイヴさんが一人で戦っているのを見ると、やっぱり心配なんです」
「……心配?」
「はい」
ユイは真剣な顔で頷いた。
「今日の戦いも、かなり無茶をしたんですよね?」
「……まあな」
「強いから大丈夫、とは思えないんです。どんなに強い人でも、一人では難しいことがありますから」
ブレイヴは窓の外へ目を向けた。
商店街での戦い。
魔獣の爪が迫ってきた瞬間、身体が動かなかった。
あのとき、もし逃げ遅れた親子が声をかけてくれなかったら。
「……そうだな」
「だから、支部のことも知ってもらえたら嬉しいです。入るかどうかは、そのあとで決めてもらって構いません」
ブレイヴは少し考えた。
今すぐ答えを出すことはできない。
けれど。
「……悪い。やっぱ、まだすぐには決められねえ」
「はい」
ユイは頷いた。
残念そうな顔はしなかった。
「でも、ちゃんと考えるよ」
ブレイヴは彼女を見る。
「今日話してみて、少し分かった気がするし」
「……本当ですか?」
「おう」
「……ありがとうございます!」
ユイの表情がぱっと明るくなる。
「いや、まだ入るって言ってねえぞ?」
「分かってます」
「本当か?」
「はい。今回は、ちゃんと待ちます」
「……そっか」
ブレイヴは小さく笑った。
「じゃあ、よろしく頼むわ」
「はい!」
その返事は、驚くほど嬉しそうだった。
◇
「いやー、美味かった! ご馳走さま!」
店を出るなり、ブレイヴは満足げに伸びをした。
「ふふっ。喜んでもらえてよかったです」
「マジでありがとな。あ、そうだ」
ブレイヴは自分のパーカーを軽く摘まんだ。
「服代も、今度ちゃんと返すからな」
「え?」
「いや、立て替えてもらっただろ。忘れてねえって」
「……あの、ブレイヴさん」
『契約者。一点、お伝えしておくことがあります』
(ん?)
『先ほど購入した衣服ですが、契約者の現在の経済状況を考慮すると、かなり高額です』
(……え?)
『返済には相応の期間を要すると予測されます』
(…………マジ?)
『はい』
ブレイヴの顔から、すうっと血の気が引いた。
値札を見たときは何とかなると思った。
だが、冷静に考えてみれば、今の自分にそんな余裕があるわけがない。
「……ブレイヴさん?」
「……あ、ああ」
「大丈夫ですか? 顔色が……」
「……リリィ」
「はい?」
「……返すの、ちょっと待ってもらってもいい?」
「えっ?」
「いや、絶対返す! 返すんだけど、ちょっと時間が……!」
すると、リリィは目を丸くしたあと、小さく笑った。
「……もう。そんなに気にしなくていいんですよ」
「いや、でも……」
「その服はお礼だと思ってください。」
「……お礼?」
「はい。フェンリルのとき、助けてもらったお礼です」
リリィはブレイヴの顔を見つめた。
「本当は、ずっと何かお礼がしたかったんです。でも、なかなか機会がなくて……」
そう言って、少し照れくさそうに笑う。
「だから今日、ブレイヴさんに喜んでもらえて、すごく嬉しかったんです」
「……リリィ」
「それに、また一緒にお出かけできるかもしれませんし」
リリィはそこで一度言葉を切った。
その瞳が、少し潤んでいる。
「……私、ブレイヴさんとこうしてお話しできるだけでも、嬉しいんです」
ブレイヴは思わず黙った。
さっきまで服代のことで頭がいっぱいだったのに、今度は何と言えばいいのか分からない。
……まったく。
そんな顔で言われたら、困るだろ。
「……分かった」
ブレイヴは頭を掻いた。
「じゃあ、ありがたく貰っとく」
「……はい!」
「でも、その代わり!」
「え?」
ブレイヴはリリィを指差した。
「次のスイーツは、俺に奢らせてくれ!」
リリィが目を丸くする。
「……いいんですか?」
「おう! 今度は俺が誘うからさ!」
リリィは口元を押さえた。
潤んでいた瞳を細め、嬉しそうに笑う。
「……はいっ! ぜひ、お願いします!」
「おう、任せろ!」