その少女の目は、魔獣よりもずっとブレイヴを見ていた。
◇
「それで、さっきの推進機構。左右で独立制御してる?」
九条イオ――ウィッチクラフトは、骨剣を構えるリザードナイトを前にしても、ブレイヴの両腕から目を離さなかった。
「だから後にしてって!」
骨剣が振り下ろされる。巨大な機械腕が横から割り込み、五本の指で刃を受け止めた。ガァンッ、と重い衝撃音が響き、火花が散る。
「出力切り替えが速い。左右で推力を変えて姿勢制御までしてた。制御系はガントレット? それともスーツ側?」
「知らない!」
「知らない?」
「俺だって使い始めて二日なんだよ!」
言ってから、ハヤトはしまったと思った。案の定、イオの目が露骨に輝く。
「二日?」
「あ」
「二日で、あそこまで?」
「今の忘れて」
「無理。重要」
「なんで戦闘中に尋問されてんだよ!」
リザードナイトが吠え、骨剣を強引に引き抜く。そこでようやくイオも魔獣へ向き直った。
「……邪魔」
「ずっといたよ!」
イオが片手を上げると、二本の巨大アームが左右から飛んだ。一基が剣腕を掴み、もう一基が背後から胴体を抱え込む。
「グァッ!?」
魔獣が暴れ、機械指が軋む。それでも巨大アームは離さない。次の瞬間、関節部に青白い光が走った。
「拘束完了」
「それ何――」
バヂンッ!
電撃が弾けた。青白い火花がリザードナイトの全身を駆け抜け、巨体が大きく痙攣する。骨剣を握る腕から力が抜けた。
「いや強っ!」
「長くは止められない。胸、空いてる」
「十分だよ!」
前編で砕いた胸部装甲。その奥には赤黒い魔核が露出している。ブレイヴは拳を引いた。
『Final Attack』
両腕のブースターが低く唸る。
『Approved』
「そのまま押さえてて!」
「了解」
リザードナイトが拘束を振りほどこうと身を捩るが、巨大アームの指がさらに食い込む。
『BRAVE FINISH』
「おおおおおおっ!」
ダブルブースターが爆ぜた。黒銀の身体が一直線に射出され、右拳が魔核へ深々と突き刺さる。赤黒い光が大きく膨れ上がり、次の瞬間にはリザードナイトの全身を内側から閃光が駆け抜けた。
「グ、ァァァァァッ!」
骨剣が砕け、黒い外殻が灰のような魔力粒子へ変わる。最後に胸の奥で魔核が砕け、光が消えた。
『魔獣反応の消失を確認』
「……終わったぁ」
ブレイヴは肩から力を抜いた。腕は重く、前半で盾を殴り続けたせいか拳にも鈍い痛みが残っている。それでも昨日よりは、ずっとまともに戦えた。吹き飛ばされて、考えて、ブースターの新しい使い方も見つけた。何より、逃げ遅れた作業員を助けられた。
「助かったよ。ありがとう」
「うん」
「じゃ、俺これで」
帰ろう。今日はもう十分だ。魔獣を一体倒したのだから数学の課題くらい免除されてもいい気がするが、学校側がそんな事情を汲んでくれるとは思えない。夕飯だってまだだった。
ブレイヴが資材置き場の出口へ歩き出す。そこで、視界の端に巨大な指が入った。
「……ん?」
足を止めて振り返る。ウィッチクラフトの巨大アームが、さっきより近い。
「…………」
ブレイヴが一歩下がる。機械腕も、するりと同じだけ進んだ。もう一歩下がる。また来る。
「ねぇ」
「何?」
「それ、近づいてない?」
「近づけてる」
「なんで!?」
「観察したいから」
「遠くからして!」
「遠くだと細部が見えない」
巨大な五本指がゆっくり開いた。ついさっきリザードナイトを拘束していた手だ。ブレイヴ一人くらい、簡単に包める。
「……ウィッチクラフトさん?」
「イオでいい」
「そこじゃない」
「九条でもいい」
「呼び方の問題でもない!」
本人まで近づいてきた。その視線がブレイヴの首から胸部装甲、腰、脚へ下り、最後に両腕のガントレットで止まる。
敵意はない。殺気もない。だから余計に怖い。人間を見るというより、今すぐ作業台へ載せたい新型機械を眺めている目だった。
「近くで見ると、もっと変」
「初対面で失礼だな!?」
「悪い意味じゃない」
「良い意味でも言わないんだよ!」
イオは気にせず、ブレイヴの周囲をゆっくり歩き始める。
「装甲が妙に機械的。継ぎ目もある。ガントレットも魔法で作った武器というより、別の場所から装着されたみたい」
「知らないって」
「ブースターも見たい」
「見るだけな」
「できれば触りたい」
「駄目」
「内部も」
「もっと駄目」
「血液は?」
「なんでそうなる!?」
「毛髪でもいい」
「研究対象として見るのやめてくれない!?」
「無理」
即答だった。
イオは端末を取り出す。
「協力してくれるなら謝礼は払う」
ブレイヴの動きが止まった。
「……謝礼?」
「うん」
現金。その二文字が、やけに鮮明に頭へ浮かんだ。
今日もスーパーへ寄る予定だった。牛乳、卵、洗剤。できれば肉も欲しい。最近は財布と相談するたび、だいたい豆腐が勝っている。
「……いくら?」
『ハヤト』
「聞くだけ! 聞くだけだから!」
イオが端末を操作して画面を向けた。
「外部観察と簡単な計測なら、このくらい」
「…………」
ブレイヴは目を細め、もう一度見る。
「……マジ?」
「マジ」
「見るだけ?」
「最初は」
「最初は?」
「研究までさせてくれたら、もっと払う」
数字が変わった。
「…………」
増えた。かなり。高校生の財布へ直接殴りかかってくる金額だった。
「ちょっと待って」
『推奨しません』
「分かってる。でも、ちょっとだけ待って」
食費、光熱費、夏休み、バイト代。頭の中で現実的すぎる数字が踊り始める。そんなハヤトへ、イオは淡々と説明を続けた。
「装甲材質の採取。推進機構の分解調査。エネルギー経路の特定。それから身体構造も――」
「帰ります」
迷いが消えた。
「まだある」
「聞かない!」
「必要なら装甲を外して」
「分解する気じゃん!」
「戻す」
「そういう問題じゃない!」
「たぶん壊さない」
「今『たぶん』って言ったよね!?」
魔法少女、研究者、巨大なロボットアーム、無表情で分解を提案してくる。ハヤトの頭の中で、マッドサイエンティストという単語が完成した。
「とにかく! 助けてもらったのは本当に感謝してる。ありがとう。でも研究は無理。じゃあ!」
ブレイヴは出口へ走り出した。
「待って」
「待たない!」
巨大アームが進路を塞ぐ。ブレイヴは左腕のブースターを噴かし、身体を横へ弾いて積まれた鉄骨の脇へ滑り込んだ。だが、もう一基のアームが追ってくる。
「捕まえる気!?」
「うん」
「即答するな!」
「計測するだけ」
「さっき分解って言ったよね!?」
「それは捕まえてから相談する」
「順番がおかしい!」
ブレイヴは資材の間を駆けた。さっきまでリザードナイトと戦っていた同じ場所だ。積まれた鉄骨、コンテナ、重機、足場。その全部が、今度はウィッチクラフトから逃げるための障害物に変わっている。
正面から巨大な掌が迫る。ブレイヴは鉄骨を蹴り、ブースターを短く噴かして頭上を越えた。
着地した瞬間、シュッ、と細い音が耳を掠める。
「今度は何!?」
銀色のワイヤーが足元を走り、鉄骨へ突き刺さった。次の瞬間には巻き取られ、その先からイオ本人が飛んでくる。
「本人まで来るの!?」
「話が終わってない」
「俺の中では終わってる!」
イオが目の前へ着地する。
近い。
ハヤトの身体が勝手に反応した。右拳を引く。この距離なら一発、ブースターを使わなくても押し返せる。
でも、拳の先にいるのは人間だった。少女だった。しかも、さっき一緒に戦った相手だ。
「……っ」
拳が止まる。
イオの目が、その動きを追った。
「攻撃しないんだ」
「するわけないだろ!」
「私は捕まえようとしてるけど」
「自覚あるならやめろ!」
拳ではなく左のブースターを噴かし、ブレイヴは後ろへ飛んで距離を取った。イオは追わず、ほんの一瞬だけ考えるようにこちらを見る。
「……なるほど」
「何が!?」
「そこも興味深い」
「俺の何もかも研究対象にするな!」
頭上から小さな駆動音が聞こえた。見上げると、三機のドローンが浮かんでいる。
「まだ増えるの!?」
「観測用」
「その下についてるワイヤーは何!?」
「捕獲用」
「正直すぎる!」
三方向からワイヤーが飛ぶ。
ブレイヴは一本目を身体を沈めてかわし、二本目を鉄骨の陰へ逃れて防ぐ。三本目が右のガントレットへ巻きついた。
「捕まえた」
「まだ!」
右腕のブースターを噴かす。ワイヤーが張り詰め、ドローンの方が強引に引っ張られた。
「おりゃ!」
腕を振り抜くと、ドローンが弧を描いて資材の山へ突っ込み、派手な金属音を立てて転がる。
イオの目がまた輝いた。
ブレイヴはコンテナの間へ飛び込んだ。だが、そこでようやく気づく。
誘導されている。
右には巨大アーム。左にはドローン。後ろにはイオ。逃げやすい場所だけを残し、少しずつ進路を絞られていた。
「……まずい」
『同意します』
「どうする!?」
『装備のハッキング試みます』
「急いで!」
前方から巨大アームが迫る。上へ逃げようと踏み切った瞬間、ワイヤーが足首へ巻きついた。
「しまっ――」
身体が引かれ、姿勢が崩れる。ブースターで立て直そうとした先には、巨大な掌が待っていた。
「うわあああっ!」
五本の機械指が閉じる。
ガシャン。
腰から胸まで完全に掴まれた。両腕まで押さえ込まれ、ブースターの向きも変えられない。
「捕獲」
「言うな!」
イオが近づいてくる。走って追いかけていた時より、今の方が怖い。逃げないと分かった途端、急ぐ必要がなくなったみたいに、ゆっくり歩いてくる。
「やっと近くで見られる」
「怖い怖い怖い!」
「大丈夫」
「その前置きやめて!」
「痛くしない」
「一番信用できないやつ!」
イオの手がガントレットへ伸びる。
「まず材質。それから魔力伝導率。ブースターも外せるなら――」
『解析完了』
アストラの声に、ハヤトの目が見開かれた。
「待ってた!」
『ウィッチクラフトの装備制御系統を確認しました。限定的な干渉が可能です』
「やって!」
イオの手が止まる。
「……誰と話してるの?」
『実行』
巨大アームの駆動音が途切れた。
「……え?」
イオが振り返る。もう一基も停止し、上空のドローンも制御灯を失ってふらつきながら降下する。
「制御系が……切られた?」
拘束していた機械指が緩んだ。
「今だ!」
ブレイヴは隙間から身体を引き抜き、着地と同時に両腕を後ろへ向けた。
『妨害可能時間は限定的です。撤退を推奨』
「全力で賛成!」
イオがこちらを見る。
「待って」
「絶対待たない!」
「せめて連絡先」
「もっと嫌だ!」
ダブルブースター。
爆音とともにブレイヴが資材置き場の出口へ飛ぶ。
「また会おう」
「会いたくねぇぇぇぇっ!」
銀色の影が金網の向こうへ消えた。
◇
「……あいつ、めっちゃ怖かった」
天城ハヤトは自宅の床へ大の字になっていた。変身は解除済み。制服のままで、鞄も適当に放り出してある。
『ウィッチクラフトに明確な敵意は確認できませんでした』
「それが一番怖いんだよ」
『理解できません』
「魔獣なら殴れるだろ」
『はい』
「でも女の子は殴れない。しかも一緒に戦って助けてもらった」
『事実です』
「その子が巨大な手で追い回してきて、最後は分解しようとするんだぞ」
『分解はまだ実行されていません』
「まだって言うな!」
ハヤトは腕で顔を覆った。
今日、魔獣を倒した。巨大な盾を砕き、骨剣とも戦った。それなのに一番鮮明に残っているのは、巨大な手に追い回された記憶だった。
「……もう会いたくねぇ」
『再接触の可能性は高いと推測します』
「やめて」
『研究対象として強い関心を――』
「本当にやめて」
腹が鳴った。
ハヤトはしばらく天井を見たあと、力なく呟く。
「……夕飯どうしよ」
『冷蔵庫内には豆腐と卵があります』
「また豆腐か……」
『数学課題も未完了です』
「今日、魔獣倒したんだけど」
『学校の提出規定とは無関係です』
「世の中、ヒーローに厳しくない?」
窓の外から、蝉の声だけが返ってきた。
◇
同じ頃。九条イオは資材置き場へ残っていた。
巨大アームはすでに再起動している。だが、イオが見ているのは端末に残った今日の観測データだった。
「……変」
最初に見た時から思っていた。
黒と銀の装甲。両腕のガントレット。後から展開されたブースター。何もかもが、妙にメカメカしい。
それだけなら、まだ分かる。
魔法少女は一人として同じではない。能力も、魔装も、戦い方も違う。イオ自身がそうだ。巨大アームもドローンもワイヤーも、魔法だけではまともに戦えなかった自分が後から作り上げた装備だった。
機械を使う魔法少女なら、ここにも一人いる。
だから、引っかかっているのはそこではない。
イオは戦闘中の計測結果を開いた。ブレイヴが加速し、跳び、空中で軌道を変え、硬い外殻を拳で砕き、最後には魔核まで破壊する。
あれだけの出力。
なのに。
「……少ない」
魔力反応が、あまりにも少ない。
魔法少女なら、能力を使うたびに身体を中心として魔力が動く。能力に個人差があっても、魔装の形が違っても、効率が異常に良くても、そこだけは消えない。
イオにもある。ホワイトリリィにも、インフェルノにも、テンペストにもある。
魔法少女なら、ある。
でも、ブレイヴにはそれがほとんど見えない。
「なのに、どうやって……?」
装甲、身体強化、ガントレット、ブースター。あれだけの戦闘出力が存在しているのに、その中心にあるはずの魔力だけが噛み合わない。
しかも、自分の装備へ割り込んだ何か。あれも、魔法による妨害には見えなかった。
疑問が一つ増えるたび、その奥からさらに別の疑問が顔を出す。
「……何、この子」
怖い、ではない。
もっと知りたい。
イオの中にあったのは、それだけだった。
端末が鳴る。表示されたのは神宿支部長。
「はい」
『九条さん。怪我はありませんか』
「ない」
『それなら良かったです。一般の方への追加被害もないと聞いています』
「うん」
『では、今回の無断行動については明日お話ししましょう。現場へ向かった判断そのものではなく、連絡なしに動いたことについてです』
「……分かった」
『お願いします。こちらも、あなたに何かあった時に動けなくなりますから』
怒鳴らない。ただ、それだけ言ってから支部長は話題を変えた。
『ブレイヴには接触できましたか』
「できた」
『何か分かりました?』
イオは画面を見る。
「たぶん」
『では、そのデータも明日持ってきてください。一度、皆で整理しましょう』
「分かった」
『それと九条さん』
「何?」
『次に会っても、いきなり捕まえないように』
「……善処する」
『お願いします。本当に』
通話が切れた。
イオは再び端末へ視線を戻す。
現在、支部ではブレイヴを未登録の魔法少女として扱っている。世間もそう思っている。自分も、今日まで疑わなかった。
女の子の姿。人間離れした身体能力。魔獣と戦う力。
だから、魔法少女。
でも。
「…………」
違う。
その前提を外せば、妙に機械的な装甲も、ブースターも、異常に薄い魔力反応も、全部が別の意味を持つ。
イオは画面の中のブレイヴを見つめた。口元が、わずかに上がる。
恐怖でも警戒でもない。純粋な探究心だけが、その瞳に灯っていた。
「……この子、魔法少女じゃないかもしれない」
翌朝。
神宿支部で、ブレイヴを巡るミーティングが始まる。
次回予告
『アストラです』
『ブレイヴの戦闘データが、神宿支部に渡りました』
「……嫌な予感しかしない」
『現在、魔法少女たちによる会議が進行中です』
「俺抜きで!?」
『次回「ようこそ、神宿支部」』
『あなたは、魔法少女なのでしょうか』
「いや、男だけど」