ヒーローを守りたかっただけなのに、魔法少女になった 作:冷凍マカロン
日曜日の昼下がり。
喫茶マジカルポップの混雑は、午後一時半を回ってようやく引き始めていた。
天城ハヤトは、空いたグラスをトレイに載せながら呟く。
「……終わった」
『生命活動は継続しています』
「そういう終わったじゃない。俺の元気」
『低下は確認しています』
「確認しなくていい」
白いシャツに黒いエプロン。袖を捲っているのは格好をつけているからではなく、単純に暑いからだ。魔獣と殴り合うより、喫茶店の昼ピークの方が忙しい。精神的にはいい勝負だった。
「天城くん」
「はい」
厨房との境から店長が顔を出した。
二十九歳。細身で黒縁の眼鏡を掛け、白いシャツの袖を肘まで折っている。忙しい時間を一緒に走り回っていたはずなのに、ハヤトよりずっと疲れていない顔をしていた。
「休憩」
「あと六番片付けます」
「私がやる。十五分、奥で座ってなさい」
「奥っていっても、あそこですけど」
ハヤトが指したのは、厨房脇の細いスタッフ用カウンターだった。客席から完全に隠れているわけではなく、カウンター席からなら普通に見える。
「店が狭いんだから仕方ないでしょ。あとこれ」
差し出された小皿には、半分に切られたホットサンドとポテトサラダが載っていた。
「……これ、昼飯ですよね」
「試作品」
「朝も試作品って言ってオムレツ食わせましたよね」
「配合違うから別」
「便利ですね、その言葉」
「食べないなら下げるけど」
「食べます」
「素直でよろしい」
店長が六番テーブルへ戻ると、ハヤトはスタッフ用カウンターへ腰を下ろした。
『栄養摂取を推奨します』
「飯食ってる時くらい分析やめてくれ」
ホットサンドを齧る。表面はカリッとしていて、中にはチーズとハム、それから薄切りのトマトが入っていた。
「……うま」
『肯定的反応を確認』
「だから確認すんなって」
窓の外を、大型トラックが通り過ぎた。グラスの水面が小さく揺れる。
『微弱な魔力変動を検知』
「ん?」
『発生源特定不能。環境ノイズの可能性があります』
「じゃあ後で」
『了解』
その時、入口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ――」
反射的に立ち上がりかけたハヤトへ、厨房から声が飛ぶ。
「休憩」
「分かってます!」
仕方なく座り直す。
入ってきたのは二人の少女だった。
一人は小柄で、肩までの明るい髪を揺らしながら店内を見回している。もう一人はその後ろから、空いている席を探していた。
「あそこ空いてるよ」
「ほんとなのだ」
小柄な方がカウンター席へ向かう。ハヤトのいるスタッフ用スペースとは斜め前で、声が普通に届く距離だった。
「いらっしゃいませ。決まりましたら呼んでください」
「もう決まってるのだ。スペシャルキングパフェ!」
「一人で?」
「一人で」
「結構大きいよ」
「知ってるのだ」
「なら止めない」
少女が拳を握る。
隣に座った少女が、メニューの写真と彼女の顔を見比べた。
「ティナちゃん、それ一人で食べるの?」
「食べる。今日はこれ目当てで来たのだ」
「お昼は?」
「パンとヨーグルト」
ユズハは巨大なパフェの写真へ視線を戻した。
「……まあ、今日は歩いたし、いいか」
「なんでユズハの許可がいるのだ」
「いらないよ。途中で『もう無理』ってこっちに回してこなければ」
「しない」
「この前のパンケーキ」
「あれは予想より厚かった」
「その前のクレープ」
「クリームが多かった」
「今日は?」
ティナは写真を見下ろし、ほんの少し黙った。
「……これは写真より大きく見える」
「今なら変更できるよ?」
「しない!」
即答だった。
「食べる。残さない。絶対」
「そこまで言うなら応援する」
「見てろユズハ。完食してやるのだ」
「戦う相手みたいになってるよ」
ホットサンドを齧っていたハヤトは、思わず口元を緩めた。
ティナが鞄を膝へ載せた拍子に、小さな恐竜のキーホルダーがカウンターへ転がる。丸っこくデフォルメされたアンキロサウルスだった。
ハヤトの視線に気づき、ティナがそれを持ち上げる。
「今、見た?」
「ああ。アンキロサウルスだっけ?」
「だっけ、とはなんなのだ」
「恐竜は子供の頃に図鑑読んだくらいだから」
「じゃあ一番好きなのは?」
「急に面接始まったな」
「いいから」
妙に真剣だった。
「一番って言われてもな。ティラノとか?」
「『とか』!?」
「そんな怒るところ?」
「好きな恐竜を『とか』で済ませるな!」
「めんどくさい恐竜ファンだな!」
「めんどくさくない!」
ユズハが笑いながら口を挟む。
「ティナちゃん、好きなものの話になると長いんです」
「ユズハも前は聞いてた」
「四十分くらい」
「四十分!?」
「途中から恐竜の名前が区別できなくなりましたけど」
「全然違うのに」
ハヤトは吹き出した。
その時、ティナがふと入口の方を見た。
「……?」
「どうしたの?」
「いや」
数秒、耳を澄ますように黙る。
「なんでもない」
そう言ってキーホルダーを鞄へ戻した。
さっきの微弱反応は少し気になったが、店内にはコーヒーの匂いがあり、客の話し声があり、厨房では食器が触れ合っている。
異変と呼ぶには、あまりにも日曜日だった。
「あの」
今度はユズハがハヤトを見る。
「休憩中ですよね?」
「まあ」
「ずっと立ちっぱなしだったでしょう。今くらい座っててください」
「客に労働環境心配される店員ってどうなんだ」
「忙しそうだったから気になっただけです」
「分かった。ちゃんと休む」
「ならよし」
「ユズハはこういうところだけ頑固なのだ」
「ティナちゃんにだけは言われたくないな」
そこへパフェが運ばれてきた。
大きなガラスの器に、バニラアイス、生クリーム、プリン、季節の果物。頂上には王冠型のクッキーまで刺さっている。
「来たのだ……」
ティナの意識が完全にそちらへ戻った。
「なんか急に静かになったな」
「今、大事なところなのだ」
「何の?」
「最初の一口」
「好きに食えよ」
ティナはスプーンを持ったまま、プリンとアイスと果物の間で視線を往復させる。
散々悩んだ末、頂上の王冠型クッキーを摘まんだ。
「そこからなんだ」
「邪魔だから」
「現実的だな」
「食べにくいものは先にどかす。基本なのだ」
「さっきまで最初の一口にこだわってたやつの台詞か?」
王冠の端を齧りながら、ティナは気にした様子もない。
ユズハが小さく笑って、自分のグラスへ口をつける。
ハヤトも残っていたホットサンドを口へ運んだ。
カリッ、とパンの端が鳴る。厨房では水道の音。窓際では、子供がストローで氷をつついている。
何事もなかったように、午後が続いていく。
ただ、外を歩く人の数が少し減っていた。
ハヤトがそれに気づいたのは、向かいの店先にいた鳩が一斉に飛び立ったからだった。商店街の屋根から、電線から、路地から。群れがまとめて北へ逃げていく。
『契約者』
アストラの声が変わった。
ハヤトはホットサンドを置く。
「さっきの?」
『魔力変動、再検出。数値上昇中』
「場所は」
『解析中』
ティナのスプーンが止まっていた。
パフェを前にしているのに、もう見ていない。ユズハも同じだった。
「ティナちゃん」
「うん」
それだけだった。
さっきまで恐竜について声を上げていた少女から、浮ついたものが綺麗に消えている。ティナは窓の外、ユズハは店内と入口を見ていた。
次の瞬間、足の裏に微かな振動が届いた。店のガラスが震え、遅れて低い轟音が響く。
今度はトラックではない。
ティナがスプーンを置いた。
カチン、と乾いた音がした。
「南東」
呟いたのはユズハだった。
「近い」
「たぶん」
会話が短い。声も低い。
その変化にハヤトが眉を寄せた、その時だった。
店内のスマートフォンが一斉に鳴った。
警報。
「魔獣……?」
椅子を引く音が重なる。
『高密度魔力反応を確認』
「距離」
『約八百メートル。魔獣出現と推定』
近い。
ハヤトが立ち上がるのとほぼ同時に、店長の声が店内を通った。
「皆さん、窓から離れてください。裏口を開けます。小さいお子さんと高齢の方を先に。荷物は持てるものだけで大丈夫です。走らないでください」
怒鳴ってはいない。それでも、ざわめきを押し返すだけの声だった。
店長は厨房の火元を確認し、裏口の鍵を開ける。避難経路を塞いでいた椅子をどける動きに、ほとんど迷いがない。
「天城くん、窓側お願い」
「はい!」
ハヤトは客席へ回った。
「こっちです! 押さなくても大丈夫です、順番に!」
子供連れを先へ通し、足元のおぼつかない老人へ手を貸しながら、何度も入口へ目をやる。
八百メートル。
近すぎる。
カウンターでは、ティナとユズハが立っていた。
「二人もこっち!」
ユズハが振り返る。
「大丈夫。ありがとう」
「大丈夫って――」
次にはもう、いつもの柔らかな表情が消えていた。
ユズハは店内を一度見回し、避難する客と店長を確認してからティナを見る。
「行ける?」
ティナはブレスレットのある手首を握った。
「いつでも」
「無茶はなし」
「ユズハもな」
「私はしないよ」
「する」
「……それはお互い様か」
二人は同時に入口へ向いた。
そこにはもう、さっきまでパフェを巡って騒いでいた二人はいなかった。
「おい、待て!」
ハヤトが追おうとする。
「天城くん!」
店長の声に足が止まった。
まだ人が残っている。
泣いている子供、足の遅い老人、出口で動けなくなった客。
追いたい。
だが、ここにいる人間を放って追うのは違う。
「……分かってます!」
ハヤトは踵を返し、最後の客を裏口へ送り届ける。テーブルの下まで確かめてから声を上げた。
「店長、客席ゼロ!」
「厨房も大丈夫。天城くん、裏口へ」
その時、遠くで轟音がした。
続いて、何か硬いもの同士がぶつかったような音。
『魔力反応二つ、対象と交戦を開始』
「二つ?」
『人型。魔法少女と推定』
頭に浮かんだのは、避難口と逆へ走った二人。そして、傷だらけでも一人で立とうとしていた、あの白い魔法少女だった。
誰かが戦っているから任せればいい。
ハヤトには、どうしてもそう思えなかった。
「店長」
「何?」
「……俺、ちょっと確認してきます」
店長の眉が動く。
「何を?」
「えーっと……逃げ遅れた人とか」
「協会の避難誘導が来る」
「ですよね」
「天城くん」
じっと見られる。
「はい」
「危ないと思ったら、すぐ戻りなさい」
「……はい!」
それ以上は聞かれなかった。
ハヤトはエプロンを外す。
カウンターには、食べかけのキングパフェが残っていた。半分欠けた王冠クッキー。ほとんど手のついていないプリン。溶け始めたアイス。
エプロンを置く。
「アストラ、案内!」
『了解』
裏口から飛び出した。
◇
人の流れを逆に、ティナとユズハは走っていた。
商店街のスピーカーから避難放送が流れ、店々のシャッターが下りていく。子供を抱えて走る父親の向こうから、サイレンが近づいてくる。
ユズハは走りながら周囲を見た。
「右の通り、避難まだ終わってない」
「なら向こうへ行かせない」
「うん」
角を曲がり、人の姿が途切れた路地へ飛び込む。
ユズハが胸元の花型ペンダントへ触れ、ティナはブレスレットを握った。
「ユズハ」
「何?」
「パフェ、ほとんど食べてない」
「……今?」
「今だから言ってるのだ。あれ、限定なのだぞ」
ユズハが一瞬だけ目を丸くして、それから笑う。
「帰ったら、また頼もう」
「二個食う」
「一個にしようね」
「そこは譲らないのだな」
「そこはね」
ティナも笑った。
ほんの一瞬。
次に前を向いた時、その顔から笑みは消えていた。
「行くのだ」
「うん」
光が走った。
ティナの全身を赤褐色の魔力が包む。肩、腰、脚へ鱗を思わせる魔装が重なり、骨を思わせる意匠が背を走る。最後に、本人の背丈には到底釣り合わない巨大なハンマーが光の中から落ちてきた。
ティナは柄を掴む。
「リトルキング!」
隣では花弁が舞った。淡い緑と白の魔装がユズハの身体へ編み上がり、蔓を思わせる紋様が肩から腰へ伸びていく。
ユズハは逃げていく人々の背中を一度だけ見て、魔獣のいる方へ向き直った。
「ブルームハート、行きます!」
二人は同時に地面を蹴った。
◇
最初に見えたのは、横倒しになった配送車だった。
割れたフロントガラス。路面に散った荷物。焦げたゴムの臭い。
その向こうで、黒い巨体がゆっくりと頭を上げる。
全長五メートルを超える、低く横へ広い四足の魔獣。黒い外殻の隙間から赤黒い魔力が脈打ち、背中から生えた無数の棘が擦れ合うたび、金属を引っ掻くような音が響く。
B級上位魔獣、ニードルヘッジ。
前脚が道路へ叩きつけられ、アスファルトがひしゃげた。
「でかっ」
リトルキングがハンマーを担ぐ。
ブルームハートは魔獣より先に周囲を見た。奥の交差点では、協会職員がまだ市民を誘導している。
「キングちゃん。奥にまだ人がいる」
「見えてる」
「あっちへは絶対行かせない」
「了解。私が前」
「私は後ろから止める」
「分かった」
リトルキングは飛び出さず、ブルームハートが構えるのを待った。
視線が重なる。
「行くよ」
「おう!」
魔獣が吠えた。
「《ブルーム・バインド》!」
ブルームハートが路面へ手を向ける。亀裂から緑色の光が走り、太い蔓がニードルヘッジの前脚と胴体へ絡みついた。
「今!」
「もらった! 《ラプトル・シフト》!」
リトルキングの脚部魔装が変形する。
一歩目で加速し、二歩目で姿勢を低くする。三歩目には魔獣の側面へ潜り込んでいた。
「《ラプトル・ラッシュ》!」
一撃、二撃、三撃。
高速の打撃が同じ箇所へ叩き込まれる。
「硬ってぇのだ!?」
最後の一撃が弾かれた。
「キングちゃん、離れて!」
リトルキングが跳ぶと同時に、ニードルヘッジの棘が一斉に立ち上がる。
「《ペタル・シールド》!」
花弁状の光の盾へ棘が突き刺さり、一枚、また一枚と砕けていく。最後の一枚を一本が貫通し、ブルームハートの頬に細い赤線が走った。
「ブルーム!」
「私は平気。それより手」
「ちょっと痺れただけ」
「三秒だけ貸して。《グリーン・パルス》」
緑の光がリトルキングの手首へ染み込む。
「どう?」
「いける」
「じゃあ次。右側の外殻に傷が残ってる。同じ場所を狙おう」
「今度は正面から押す!」
「待って、私まだ――」
「《トリケラ・シフト》!」
肩の魔装が角状に変わり、脚部も重装型へ変化する。
「どっせぇぇぇい!」
角状装甲が魔獣の胸へ食い込み、アスファルトがめくれ上がる。ニードルヘッジの巨体が一メートル、二メートルと押された。
「いける!」
「キングちゃん、足元!」
四脚が道路へ沈み、爪がアスファルトを割って身体を固定した。
次の瞬間、魔獣が全身を振る。
「うわっ!?」
リトルキングの身体が宙へ放り出された。
「キングちゃん!」
ブルームハートの蔓が腰へ巻きつき、別の蔓が街灯へ絡む。落下の軌道を変えられたリトルキングは道路を転がり、ハンマーを抱え込むように止まった。
「いったぁ……!」
「肩。動く?」
「まだ戦える」
「それは聞いてない。上げて」
リトルキングが左腕を上げる。途中で僅かに顔が引きつった。
「ほら」
「見なかったことに」
「しません。《グリーン・パルス》」
「ブルームは世話焼きすぎなのだ」
「キングちゃんが怪我を隠すからでしょ」
「報告がちょっと遅れただけなのだ」
「それを隠したって言うの」
ニードルヘッジが低く唸った。
二人の会話が切れる。
外殻が動き、頭部と四肢が内側へ引き込まれていく。
「ブルーム」
「うん。何か来る」
数秒後、道路の中央に巨大な黒い球体が残った。
「丸くなった」
「今ちょっと楽しそうだった?」
「……ちょっとだけ。だってあれ、すごいのだ」
「感心するのは倒してからね」
「分かってる!」
球体が回り始める。
「キングちゃん、横!」
黒い塊が急加速した。
二人が左右へ跳ぶ。球体は間を突き抜け、背後のガードレールをひしゃげさせる。
「速っ!」
「止まらないで!」
球体は交差点の縁へ衝突し、跳ね返って角度を変えた。
「戻ってくる!」
ブルームハートが両腕を振る。蔓が街路樹、街灯、ガードレールへ絡みついた。
「キングちゃん、掴んで!」
「おう!」
二人の身体が道路脇へ引き寄せられ、直後、黒い球体がさっきまで立っていた場所を抉った。
「まだ!」
球体が再び縁へぶつかる。
角度が変わる。
さっきより速い。
「もう一回来る!」
ブルームハートは別の街灯へ蔓を飛ばし、先にリトルキングを引いた。
その分だけ、自分の動きが一瞬遅れる。
「ブルーム!」
黒い球体が迫った。
◇
ハヤトは人の流れを逆に走っていた。
『南東。直進後、二本目を左』
「分かってる!」
店を離れるほど、地面を擦る重い音、何かが砕ける音、腹に響く衝突音が大きくなる。
『対象付近で魔力反応二つを確認。交戦継続中』
「二人ともまだ戦ってる?」
『肯定』
ハヤトは速度を上げた。白いシャツが汗で背中へ張りつく。
角を曲がった。
抉れた道路。倒れた街路樹。黒い球体。
そして、大きなハンマーを持った小柄な魔法少女と、花と蔓を纏った魔法少女。
「……あれ」
顔も声も同じだった。
つい数分前まで、自分に好きな恐竜を聞いてきた少女。休憩中なんだから座っていろと言ってきた少女。
「あの二人、魔法少女だったのかよ……!」
驚いたのは一瞬だった。
「ブルーム!」
小柄な少女が叫ぶ。
振り返ったブルームハートの正面から、黒い球体が迫っていた。
間に合わない。
ハヤトの足が前へ出る。
『契約者』
「分かってる!」
戦える人間だから、放っておいていいわけじゃない。
誰かを守ろうとしている人間が、目の前で潰されそうになっている。
それを見てしまった。
なら――
「俺も行く!」
建物の陰へ飛び込み、腰へ手を伸ばす。
赤い粒子が集まり、ブレイヴドライバーを形作った。
『BRAVE SYSTEM』
『Stand by』
「ブレイヴ・イン!」
『Type Striker』
赤い光が路地を染めた。
◇
ブルームハートの視界いっぱいに黒い外殻が迫る。
避けられない。
そう思った瞬間、上から赤い光が落ちてきた。
「え……?」
銀髪。黒銀の装甲。両腕のガントレット。そして赤いブースター炎。
リトルキングが目を見開く。
「ブレイヴ!?」
ブレイヴは落下の勢いを利用し、黒い球体の側面へ左拳を当てた。
止める――違う。真正面から受ければ、自分まで持っていかれる。
「アストラ!」
『左腕BOOST』
「曲がれぇっ!」
左腕のブースターが点火し、衝撃が肩まで突き抜けた。
「ぐっ……!」
重い。
球体は止まらない。だが、進行方向が僅かにずれる。
「あと……ちょい!」
右腕のブースターを逆方向へ噴射し、身体を強引に捻る。
球体がブルームハートの横を掠め、街路樹を薙ぎ倒して交差点の向こうへ転がっていった。
ブレイヴ自身も反動で道路へ転がる。
「痛っ……!」
『左上肢へ負荷』
「あいつ相当硬いぞ……!」
痺れる左腕を庇いながら起き上がる。
交差点の向こうでは、ニードルヘッジが倒れた街路樹を押し退けながら体勢を立て直していた。
数秒だけならある。
リトルキングとブルームハートが駆け寄ってきた。
「ブレイヴ!」
ブルームハートは真っ先に左腕を見る。
「腕、大丈夫ですか?」
「そっちこそ。怪我は?」
「私は大丈夫です。キングちゃんが肩を少し」
「少しなのだ」
「今は動く?」
「動く!」
「ならよかった」
ハヤトは一瞬だけ詰まった。
ティナ。ユズハ。
名前を呼びかけそうになって飲み込む。今の自分は、さっきまでカウンターの向こうにいた店員ではない。
「……二人の名前、聞いていい?」
小柄な少女がハンマーを担ぎ直した。
「神宿支部所属、リトルキングなのだ!」
「同じく、ブルームハートです」
「リトルキング。ブルームハート。俺は――」
「ブレイヴなのだ!」
「……知ってるの?」
「知ってる! リリィを助けたやつだろ!」
「支部でも話は聞いてます」
「マジか」
知らないところで自分の話が進んでいるらしい。
道路の向こうで、黒い球体の回転が止まった。
外殻がほどけ、ニードルヘッジが四脚を路面へ突き立てる。
ブレイヴは痺れる左手を一度開き、握り直した。
「リトルキング。ブルームハート。あいつについて分かってることは?」
「硬い!」
「キングちゃん、それだけだと情報にならない」
「めちゃくちゃ硬い!」
「強調じゃなくて追加情報が欲しい!」
「なら最初からそう言うのだ!」
ブルームハートが声を挟む。
「通常時でもかなり硬いです。丸くなると外殻同士が噛み合って、さらに硬くなる。キングちゃんの攻撃で右側に傷はつけましたが、回転すると装甲の位置が変わって同じ場所を狙えません」
「拘束は?」
「短時間なら。ただ、蔓は棘で切られます」
「丸まった時は?」
「速い。重い。正面から止めるのは無理です」
リトルキングが掌を開閉する。
「あと、ぶつかると向きを変えて戻ってくる。面倒なのだ」
「向きを変える……」
ブレイヴは敵から道路へ視線を移した。
ひび割れたアスファルト。球体が通った深い轍。曲がったガードレール。交差点、工事用フェンス、路面の段差。そして少し離れた、掘り返された工事区画。
『契約者。対象、再び突進準備』
「見えてる」
ニードルヘッジが身体を沈め、外殻が動き始める。
「二人とも。次、普通に殴って止めるのはやめよう」
「じゃあどうする?」
「まだ全部は決まってない。でも、一個だけ分かった」
ブレイヴは道路に残った轍を見る。
「あいつ、丸くなると強い。硬くなる。速くなる。重くなる。だったら、その全部をわざわざ消そうとする必要ない」
ブルームハートの視線が轍へ落ちる。
ブレイヴは工事区画を見た。
「強い形のまま、こっちの都合で走らせればいい」
「……進む方向を、私たちが決める?」
「できそう?」
ブルームハートは周囲の街灯とガードレールを確かめる。
「止めるよりは」
「よし」
リトルキングだけが二人を交互に見る。
「待て。私はまだ分かってないのだ」
「大丈夫。俺も半分しか決まってない」
「大丈夫じゃない!」
「だから一緒に考えてくれ!」
一拍。
リトルキングが目を丸くし、やがて笑った。
「それなら最初からそう言え!」
巨大なハンマーを構え直す。
ブルームハートも足元へ蔓を這わせた。
「即興なんですね」
「嫌?」
「いいえ。一人で全部決められるより、その方がやりやすいです」
黒い外殻が噛み合い、ニードルヘッジが再び球体へ変わっていく。
「行くぞ、リトルキング。ブルームハート!」
「おう!」
「はい!」
三人が同時に地面を蹴った。
日曜の休憩時間は、とっくに終わっていた。
次回予告
硬い、速い、止まらない!
丸まったニードルヘッジを前に、ブレイヴ、リトルキング、ブルームハートの即席チームが挑む!
「止めなくていい! 走らせろ!」
「それ作戦なのだ!?」
「たぶん!」
「たぶんなんですか!?」
蔓で道を作り、ハンマーで軌道を変え、ブースターで空を飛ぶ。
そして、追い詰められたブレイヴの右腕に、新たな力が顕現する。
『新規顕現パターン、生成可能』
「……今作ったの!?」
ヒーローの休日は、まだ終わらない。
次回、第六話「止めるな、走らせろ!」後編。
「帰ったらパフェ食うのだ!」
「それ、まだ残ってるかな……」