艦隊司令部より指示があるまで待機。
隊員たちにはそうは言ったものの、そんなものが来るわけがないとコテツは踏んでいる。
少なくとも、生き残った二人の隊員たちの出番はない。出番があるとしたら、自分ひとりだけだろう。制宙権の取り合いに駆り出すなら、ドッグファイトで戦果を挙げている自分だけに目をつけるはずだ。
そう思っていたから、
「艦橋まで来てください」
その伝令を受けたときもコテツは意外には感じなかった。
意外に思うどころか、失望を伴った驚愕がもたらされたのは、
「コテツ雷撃隊の再再出撃は三十分後である」
艦橋でその言葉を聞いたときである。言ったのは無論、というべきか空母艦長であった。
宇宙会戦における雷撃とは、宙雷による対艦攻撃である。
つまり、艦長は、
「三機のコテツ編隊で地球戦艦に宙雷をぶちこんでこい」
と言っているのだ。
「正気か、貴様ら!」
と叫んで艦長の胸倉をつかみたい衝動をこらえながらコテツは言った。
「……承服しかねます」
それに対して、
「何故だ」
とは艦長は言わなかった。
「三十五機の攻撃機を繰り出して、一機も敵艦まで到達できなかった。ましてや、二機の攻撃機がどうして辿りつけようか。そう言いたいのかね」
むしろ、優しげな口調でそう言った。
「……肯定であります」
「届かせる目算ならばある」 ら
言うだけならばただだな。そう思いながら、コテツは沈黙した。
それをどう受け取ったか、艦長は言葉を続ける。
「地球人の対応力はたしかに卓越している。ならば、地球人の予想のひとつ上を行けばよいたけの話だ」
「具体的には?」
まさか、愚にもつかぬ精神論でも持ち出すつもりか。必勝の信念万能論でも言い出すつもりか。
そんな侮蔑まじりの想いが表情に出ていたのだろうか。
苦笑を抑えきれぬ表情で艦長は告げた。
「戦闘機の交戦宙域を本艦で強行突破する」
「…………は?」
予想だにしていなかった言葉にコテツが素で聞き返す。およそ、上官に対する態度ではなかったが、それを咎めることもなく艦長は言葉を継いだ。
「しかる後に、コテツ編隊の攻撃機をカタパルトより射出する。これならば、作戦成功の可能性も見えてくるだろう」
……心臓が七つほど脈拍を刻んでから、ようやくコテツは口を開いた。
「空母で交戦宙域を? 自殺行為です! 空母は戦艦のように分厚い装甲を持ってないんですよ、それは艦長が一番ご存知のはず……」
「だが、銀鞠よりは装甲が厚い。それになにより、これならさすがの地球人にも予想できまい。彼らのひとつもふたつも上を行ける」
軍人らしくない口調になりかけたコテツを、やんわりと艦長がなだめた。
「で、ですが……」
「わたしはね、後悔しているのだ」
「………」
「二度目の出撃で、この方法をなぜ採らなかったのかと、ね」
「……………」
自分は今、どんな表情をしているのだろう。そう思いながら、コテツは紡ぐべき言葉を見つけることができなかった。
もしも、自分たちとは別の編隊が地球戦艦を撃沈したとしたら。
コテツはこう思うだろう。
「もう一度、出撃してくれ。残り二隻を沈めてくれ。頼む。そのためなら、自分にできることなら何だってする。お願いだ、この戦争を終わらせてくれ」
そう、心の底から思うだろう。
「機銃の銃身の替えはまだか! こんなヘタった機銃を持たせて戦場に送り出してみろ。末代までの恥だぞ!」
「推進剤、酸化剤、チャージ終わりました!」
「照準の調整準備、もう少しで終わります!」
格納庫に戻ったコテツが見たのは、機体の整備と補給に忙殺されている整備兵たちだった。
どうやら再々出撃の件はすでに伝わっているらしい。
苦々しげな顔でそれを眺めやっているコテツに駆け寄ってきたふたつの人影がある。
ダラジム准尉とラッダス准尉。
コテツ編隊の二人の生き残りだった。
ダラジムが話しかけてくる。
「編隊長どの。ふがいない結果に終わったこと、申し訳ありませんでした。今度こそは、必ず成功してみせます」
「今度こそ……」
「はい、今度こそは!」
「……今度こそ生きて帰ってはこれないかも知れない。そう思ったりはしないのか」
感情が暴れだすのを懸命に押さえつけ、あえて物静かな口調をコテツはつくった。こんな、わざわざ不安にさせるようなことを、なんでこのときに言い出すのか、自分でも不分明なままに。こんなとき、隊をあずかる者なら、隊員の戦意を鼓舞し、不安を和らげてやるべきではないか。……たとえ、それがまやかしに過ぎないとしても。
せめて、今からでも。そう思ったコテツが言葉をさがしていると。
「自分はシティ・ウォディーバの出身であります。兄二人は既に戦死しましたが、妹が二人おります。妹たちが……手づくりパン屋を営んでいる両親が……生まれ育った街が戦火に巻き込まれないで済むのなら、命がけで戦うのに、何の不満もありません」
人懐っこい笑顔で、そう言われてしまった。
俺よりも年下なのに、俺なんかよりも、ずっといいやつをやってるじゃないか。こんないいやつらが、なんで戦争なんてしなきゃいけないんだ。悔しさがコテツの胸中を満たす。
そんな彼らが戦場に駆り出されているのは、自分たちがふがいないからだ。そんな自責の念がコテツを苛む。
「……いい答えだ。その心構え、忘れるな」
こんな言葉でしか取り繕えない自分を情けなく思いながらも、コテツは背筋を伸ばし、胸を張った。
こんなのは虚勢でしかないことは自分が一番よくわかっている。
それでも、コテツは強がりをやめたりはしなかった。
俺たちは戦場に死ににいくのではない。
その思いが言葉ではなく己の背中で部下たちに伝わることを祈りながら、コテツは赤と黒に染められた愛機へ向かって歩き出した。
カタパルトで宇宙空母から射出されたコテツは、淀みない動きで母艦の後方に陣取った。無論、これから交戦宙域を突っ切る母艦を護衛するためである。
前方を見やれば、早速、地球軍戦闘機の一群がこちらに向かってきていた。
数は四機。
「目ざといことだな」
ため息をひとつ吐(つ)いて、コテツは迎撃に向かった。
宇宙空母に目をやれば、小艇(ランチ)が次々と後方へ向けて飛び立っていた。操艦に直接の関係のない乗組員が退艦しているのだ。よく見れば、小艇に乗り切れない乗組員が、宇宙服を着込んで、小艇から垂らされたロープにぶら下がっている。
つまりは乗組員全員分の脱出艇が用意されていないというわけだ。ひどい話ではある。あるのだが、電磁パルス兵器のせいで、自動制御装置が使えなくなっている今、有人制御のために乗組員の数が急増しているのだ。脱出艇の増強が間に合わなくても無理のない話ではあった。
「残っているのは艦橋と機関室、あとは操舵関係の乗組員ぐらいか……。そして……ダラジム准尉とラッダス准尉、か」
深呼吸をひとつして、操縦桿をわずかに握りなおす。
戦艦に比べれば装甲が薄いとは言え、戦闘機の機銃で宇宙空母がたやすく墜とされはすまい。
だが、地球軍にだって攻撃機はあるのだ。宙雷の直撃を受ければただでは済まない。
「しかも地球人どもときたら、いざとなれば体当たりだって躊躇しないときていやがるからな……」
一機たりとも近づけてはならない。そうは思うのだが。
「……俺だけで、どこまでやれるか」
あきれたことに、艦隊司令は増援の戦闘機をただの一機も寄越さなかったのだ。
「どこもカツカツ、余裕なんかないのはわかっちゃいるが……」
あふれてくる愚痴を振り払おうとするかのように、コテツは頭を振った。
「ないものねだりをしたって埒は開かないのもわかっちゃいるのさ」
火を噴くようなまなざしで、近づいてくる砲弾型戦闘機を睨み付ける。
「俺はあきらめないぜ」
ひとかけらの躊躇いもない声。
「やぁってやるさぁ!」
いっそ陽気にコテツは吼えた。
宇宙空母を背にして、赤い虎が虚空を駆ける。
駆ける。
駆ける!
地球軍戦闘機の編隊と、見る見るうちに間合いが詰まってゆく。
ふいに、いやな予感がコテツの喉元をしめあげた。
「なんだ? この感じ」
敵機編隊。その先頭。その機体。その機首。
「あれは!」
三つ巴のノーズ・アート。
「……ヤツか……!」
前回の出撃で出会った雄敵との再会に、コテツは戦慄した。
「さっきはすきっ腹を抱えていたようだが、今度は腹ごしらえ万端のようだな……!」
相手のガス欠は望み薄だろう。
「状況が進めば進むほど、悪くなる一方ってやつか」
苦々しげに吐き捨てる。
「だけどな」
三つ巴を睨み付けるそのまなざしは、どこかふてぶてしい。
「俺はあきらめないぜ」
開き直った、の一言では言い表せない決意が、その声には込められていた。
二条の稲妻が、互いを目掛けて虚空を貫くかのようであった。
正面衝突するか、と思わせて、かすめるかのようにすれ違う。
互いに撃った機銃はどちらも二発ずつ。
当たりはしなかった。だが、当たっていてもおかしくなかった。
「なかなかやるね、コンチクショーが!」
忌々しげにコテツが叫ぶ。
叫びながら操縦桿を引く。方向舵(ラダー)ペダルを踏む。
たちまち急旋回のGが彼の全身を締め上げる。
歯を食いしばってそれに耐える。
セミ・オートに設定されたトリガーを引く。引く。引く。
フェイントを織り交ぜた三発の機銃弾は、しかし三つ巴にかわされる。
かわしざまに機銃を撃ち込んできた。
「そうはいくかよ!」
コテツもかわす。三つ巴とすれ違う。
激戦は続く。
続く間にも事態は進んでゆく。
コテツが三つ巴とドッグファイトを繰り広げている横を、三機の戦闘機が通り過ぎていく。いや、それは戦闘機ではなかった。
三つの閃光が宇宙空母にまとわりついたのを見て、コテツはようやくそれに気づいた。
「あれは……宙雷? ……雷撃……? ……! やられた! あの三機、戦闘機ではなくて攻撃機か!」
まさか、交戦宙域に差し掛かった途端、雷撃隊の熱烈歓迎を受けるとは。
「戦闘機同士での制宙権の取り合いのさなかに攻撃機とは、いくらなんでも用意がよすぎるぜ。まさか、この作戦すらお見通しだったってのかよ。……つくづく地球人って連中は!」
毒づく間にも、コテツは三つ巴から目を離したりはしない。今のところ、互いに距離をたもつ格好ではあるが……。
「イヤらしいところに陣取ってくれるぜ」
宙雷を切り離して去ってゆく地球軍攻撃機を追撃したいところだが、それをやれば背後から三つ巴の追撃を喰らう。そういうポジションを三つ巴はキープしていた。
「業っ腹だが、あの三機は見逃すしかないか」
自分をなだめるような独白が口からもれる。
「空母の方も、致命傷にはまだ程遠い様子だしな……。どうやら、宙雷の威力は帝国軍(こちら)に一日の長があるらしい」
懸命に己を納得させようとするコテツだったが、こちらに近づいてくるいくつかの機影を見つけ、
「うん? ……また新手……いや、こいつら!」
あやうく激昂しかかる。
「あのもっさりした挙動……擬態じゃなけりゃ、ヤツらも攻撃機か! あの三つ巴がいなければ、空母に近づかせもしないのに! 五、六、七……あれが全部、攻撃機かよ!」
仮に、近づいてくる地球軍機がすべて攻撃機ではなく戦闘機であったなら、雄敵である三つ巴に加えて絶望的な戦力差がコテツに生じるのだが、そういう発想は今のコテツからは吹き飛んでいる。
「あの三つ巴……俺を空母から引き離すための囮役か!」
空母へと殺到する地球軍雷撃隊を迎え撃つためには、その前に三つ巴を討ち果たさねばならない。
だが。
「クソッタレが!」
三つ巴のノーズ・アートを掲げた地球軍戦闘機は、巧みに間合いをはずしながらもコテツとの距離をたもち続ける。
「空母の直衛についている戦闘機は俺しかいないってのに!」
無防備な背中を三つ巴にさらすわけにもゆかず、焦らすような挙動の三つ巴を追いかける。
「ヒラヒラ、ヒラヒラと嫌味くせえ動きをしやがって!」
追いかければ、空母から引き離そうとする。空母のそばへ戻ろうとすると、背後に回りこもうとする。
「つかず離れず俺を牽制するか。いーい性格してやがるな。機銃で頭を撫でてやるから、こっちへ来やがれ!」
苛立ちも顕わにコテツは吼えたが、それに三つ巴が頓着してくれるわけもない。
まともにヤり合っても勝てるかどうかはあやしい相手だ。無理を通そうとすれば、勝ち目はさらに薄くなる。
「八方がふさがってやがる」
火に炙られるような思いを強要される間にも、次々と地球軍雷撃隊は空母へと迫り、宙雷を宇宙空母へと投下しては去ってゆく。
「俺と互角(タメ)の戦闘機乗りを三機……いや、二機、……せめて一機、一機だけでもまわしてくれれば、ここまでやられっぱなしにはされないものを!」
ない物ねだりの恨み言が、つい口をつく。
ディノン帝国軍の救援が来る気配はない。
「戦力に余裕なし、か。ここまで追い詰められているとは」
空母への救援に帝国機を割けば、戦場のバランスが崩れて一方的な攻勢を喰らってしまう戦況なのだ。
宙雷の爆発が立て続けに宇宙空母を襲う。
「くそっ……お前の相手をしている場合じゃないってのに」
三つ巴と互いに牽制しあいながら、コテツは苛立ちを懸命に押さえ込む。
「ここまで出鼻をくじかれるとは。……この作戦も失敗か」
コテツは歯噛みした。
戦闘機同士の交戦域を空母で中央突破する。
このあまりに無謀な策が成功する鍵は、対艦攻撃ができる攻撃機編隊を地球軍が投入するまでに、空母がどこまで進められるかにかかっていたのだ。
地球軍戦闘機による機銃攻撃に耐えながら交戦域を突破し、ダラジム機とラッダス機を発艦させ、地球軍攻撃機編隊が出てくる前に引き返し、帝国艦隊のもとへ逃げ込む。
そのあまりに危険で、それでも虫のよすぎる目論見は、早々に潰えた。
「こうなった以上、今すぐ引き返すよりほかにない……」
コテツはそう思った。
思ったのだが。
「……! おい! なにをやってやがる。なにをしようというんだ!」
コテツが驚愕したのも無理はない。
彼の母艦は前進していた。
前進を続けていた。
前進をやめなかった。
まさか。
まさか!
「撃沈覚悟で中央突破をかけようってのか!」
正気の沙汰ではない。
「自分たちの命と引き換えにしてでも……だと……」
何が彼らをそうさせるのか。
「もってくれよ……」
祈るようなまなざしで宇宙空母の様子を確認する。
「手ひどくやられてるな。……だが、まだ止まっていない。前進している」
今ならまだ間に合う、とコテツは思った。今ならまだ、引き返せるのだ。
だが、空母はなおも戦場を全速で突き進む。
満身創痍の艦体に鞭打って。
「三、四、五機……地球人どもめ……!」
地球軍攻撃機編隊の新手が近づいているのに気づいて、コテツはうなり声をあげた。
迎撃に向かいたがる自分を必死に抑えこむ。
三つ巴に撃墜(おと)されるまでに新手を全て撃墜(おと)せる可能性について考える。
自分が撃墜されれば、さらに次の新手が来たときに、それに対して母艦が完全に無防備になってしまうことに思い至る。
「クソぉ……」
漏れる罵りのつぶやきは、地球軍攻撃機編隊に対してか、三つ巴に対してか、それとも何もできない自分に対してか。
「不利だとかいってる場合じゃないか……」
三つ巴とやりあう覚悟を決めようとするコテツの視界の隅で。
黒い球体が二つ、立て続けに空母から撃ちだされた。
ダラジム機とラッダス機であった。
たった二人、生き残っていたコテツの部下が、地球戦艦目掛けて虚空を駆ける。
加速した。尋常な加速ではなかった。
「あの加速。まちがいない。増設ブースターじゃないか。……そうか、二機分ならまだ残っていたのか。しかし、いつの間に取りつけたんだ」
コテツ機にも増設ブースターは付けられている。
だが、それが間に合ったのもコテツ機発艦の直前ギリギリであった。
そして、そのときにはダラジム機とラッダス機に増設ブースターは取り付けられていなかった。
「……いや、それよりも、誰が取り付け作業を……? そんなこと、あいつらにできるわけがないし……」
そこまで思考が及んだとき、コテツはひとつの答えにたどり着いた。
「! まさか!」
「……おーい、食堂からビールをとってきたぞー。よぉく冷えてるぜー」
「焼酎もあるでよー」
「おおっ、待ってました!」
「おいおい、つまみまであるじゃねえか」
「わ~お、なかなか豪華な品揃えじゃねーの」
「うっひょーお、まだあったけぇじゃん、出来立てとはうれしいね」
「マジかよ、乾き物でもありゃあ上々、くらいに思ってたぜ」
「いやっははは、当艦(ウチ)のコックも粋なことをしてくれるよ。食堂に行ったら、テーブルの上にオードブルセットがいくつも山盛りになってやがんの。どなたでもご自由にどうぞ、のメモ書きつき」
「うひょー、退艦するまで、ろくな時間もなかっただろうに、うれしいねえ」
「ありがてえ、ありがてえっ!」
「へっへっへっ」
「んっくくくっ……ぷっひゃあ~あ! くーぅ、かーぁ! ああ、この一杯のために仕事してるうぅぅぅ!」
「こいつぅ、さっそく始めやがったよ」
「いいから、ほれほれ、缶とコップをまわせ、まわせ。たぶん、そんなに時間はねえぞ」
「そうだな。もう保ちそうにないから、艦長はあいつらを発艦させたんだろうしな」
「ま、そうだろうな」
「ほいほいほいっと」
「おお、サンキューなっ……おおおっと。……今のは揺れたなあ」
「またデカいのが当たったみたいだな」
「まーだ、この艦(ふね)を攻撃してんのか、バカタレが。残念でしたー、この艦にはもう銀鞠は残っていませんー。……いや、黒鞠か?」
「こんなところで言ったって、あいつらにゃ聞こえないよ」
「いいんだよ。言うだけは言ってやんないと気が済まねえ」
「やーれやれ。こうなっちゃあ、艦内にいるのが一番安全だな。今さら宇宙服一丁で逃げ出したら、たちまち蜂の巣にされちまう」
「ま、大丈夫だろ。ウチの艦長は技倆(うで)はいいんだ。少なくとも、俺たちが一杯やるぐらいの間はもちこたえてくれるさ」
「技倆はいいけど、バカだよな、こんなことして」
「いい迷惑だぜ。バカを感染(うつ)されたおかげで、俺たちまでこんなことしちまった」
「艦長が聞いたら怒るぜー。バカを感染されたのはこっちのほうだ、ってな」
「どっちもどっちだよ、わはは」
「ま、俺たちはやれるだけのことはやった。艦長たちもやれるだけのことをやっている。あいつらもやれるだけのことをやるだろうさ。こうなりゃ、お互い様だ。誰がおっ死(ち)んでも生き延びても、うらみっこなしといこうじゃないの」
「おおっ、いいこと言うねえ」
「見直したぜ……って、お前、なに見てんだ……ああ、家族の写真か」
「わりい。ついな……ごめんよ、カーチャン。どうしてもこれは……これだけはやり遂げなきゃならなかったんだ。バカやって、ほんとにごめんよ。チビたちのこと、よろしく頼むな……っと、さあって、パーっといこうか!」
「おおっ!」
「そうそう。湿っぽい話はとりあえず置いといて」
「だな」
「んじゃま、みなさんご起立願います、と。ま、手短にいこうか。えー、……あいつらの未来に希望があることを祈って!」
整備兵たちの、乾杯、の唱和が格納庫を満たした。
「まさか、まだ乗っているのか! 残っているのか! 整備班が! あの艦(ふね)に!」
そう叫ぶコテツの声は悲鳴に近かった。
悲痛な視線の先で、彼の母艦は大儀そうに回頭を始め、それが終わったのとほぼ同時にいくつもの無音の閃光にまとわりつかれ、そしてゆっくりとへし折れ、ふくれあがる火球のなかに沈んでいった。
「どうして……」
コテツは力なくつぶやいたが、それに応えてくれる者がいるはずもない。
死地へ赴く男たちを見送り続けてきた者にしか理解できない心境。
もしかしたら、そう言うものがあるのかも知れなかった。
戦場で正気を保とうとすれば、狂気のような意地にたどり着いてしまうのだろうか。
やりきれない思いがコテツを苛むが、戦場は感傷に浸っていられるような時間など与えてはくれない。
ダラジム機とラッダス機を追いかけなければならない。
コテツは増設ブースターのスロットルを開けた。
強烈な加速Gがコテツを襲う。
飛翔する。
先行の二機に追いつき、追い越す。
「……この速度なら、あいつらに張り付いて護衛するよりも先行して露払いに徹した方がいいだろう」
やがて、前方に地球機の編隊が列を成しているのが見えてきた。
いずれも攻撃機。
コテツ編隊の母艦を雷撃後、帰投している編隊であることは明らかだった。
セミ・オートに設定した機銃のトリガーに指をかける。
「…………」
追い越しざまに、無言のままトリガーを引いてゆく。
攻撃機の列は、たちまち火球の列と化し、そして消えていった。
「なんて錬度の低い……」
コテツが思わず訝しむほどに、地球軍攻撃機パイロットの技倆は低かった。
背後からコテツが迫ってきているのに気づいたらしい砲弾型のいずれもが、同じ反応をしたのである。
コテツ機を引き離そうと、スラスターを全開にしてまっすぐに加速してゆくのである。
これではコテツのいい的である。
「散開して、俺の狙いを絞らせないのが定石だろうに……急旋回もままならないレベルのパイロットなのか?」
だが、それはコテツが手心を加える理由にはならない。
コテツがトリガーを一回引くたびに、一機の地球機が屠られてゆく。
一機ずつ。
一機も残すことなく。
まるで、地球戦艦へ向けて道しるべをつくるかのように、火球の列を為していった。
そして、その列が途絶えた頃。
肉眼でも判別できる。
虚空に浮かぶ巨大な人影がふたつ。
巨大ロボットに変形済みの地球戦艦だ。
地球戦艦の直衛戦闘機編隊がコテツを迎撃すべく向かってくる。
圧倒的な数。
明らかに警戒されている。
「望むところだ。お前らの相手は俺がする。あいつらのところには一機たりとも通さない!」
戦意をむき出しに、コテツは吼えた。
牙をむく虎のごとく。
赤黒く血塗られた虎が駆ける。
駆ける。
駆ける!
猛る獣が無音の咆哮とともに銃火を吐くたびに、地球軍戦闘機が一機、弾けて消えてゆく。
見渡す限りの敵勢。
絶望を具現化したような光景を切り裂くように駆け巡り、コテツは立ち向かう。立ち向かい続ける。
機銃を撃つ。
機銃をかわす。
かわして、撃つ。
撃ち続ける。
屠り続ける。
だが、それにも限界というものがある。
地球戦艦直衛編隊は多大な犠牲を払いながらも、コテツ包囲網を完成させた。
いや。
完成させる寸前までいった。
囲まれる寸前に、コテツはコクピット・シートにガムテープで取り付けられたワイヤースイッチのつまみを左手でひねった。二度、三度と。
目をつぶり、ヘルメット・バイザーを右手で覆って。
そして戦場を光が塗りつぶした。
照明弾が乱射されたのだ、と地球軍が理解したときには、血塗られた虎のごとき機影は包囲網の外側に脱出している。
形勢は一転した。
背後からの攻撃に、九つの地球機が瞬く間に火球と化す。
さらに。
地球機編隊が狼狽から立ち直るまでに十三機。
見失ったコテツ機の位置を把握しなおすまでに八機。
編隊の統率を取り戻すまでに十機。
悪夢のような被害を地球軍は被(こうむ)った。
立ち直ったときには地球戦艦直衛編隊は五分の一以下にまでその数を減らしていた。
そしてコテツ機は無傷。
悪夢はいまだに終わらない。
だが、悪夢のごとき状況が終わらないのはコテツも同様であった。
地球戦艦から一条の光弾が走る。
信号弾だ。
コテツの知らない信号弾だったが、それが何を意味するのかはすぐにわかった。
残った地球戦艦直衛編隊の全てが、一斉にコテツに背を向けた。
「接近してくるディノン帝国軍攻撃機を迎撃しろ……ってところか。くそったれ、俺がただの陽動(おとり)なのはバレてやがる」
忌々しげに吐き捨てて、コテツは増設ブースターのスロットルを全開にした。
「ぐ、ぐぐぐ……」
たちまち襲い掛かってくる加速Gに呻きながら、コテツは地球戦艦直衛編隊に追いすがる。
追いついたときには、砲弾型の群れが二つの黒鞠に、よってたかって襲い掛かっているところだった。
「くたばれ、地球人ども!」
追いつきざまに五機。
急旋回して三機。
地球軍戦闘機をパイロットごとスクラップにする。
ダラジム機とラッダス機を執拗に追撃する地球軍機を、さらに一機ずつ撃墜してゆく。
そうする間にも、見る見るうちに地球戦艦との距離は詰まってゆく。
「なにをしている……!」
部下の機体に追いすがる地球軍機をすべて撃墜したコテツが焦りの声をあげた。
「なぜ宙雷を切り離さない!」
まさか、宙雷を抱いたまま、地球戦艦に体当たりを敢行する気か。
凍てつくような悪寒がコテツの背筋を貫いた直後。
地球戦艦が振り回す両腕をかいくぐった二つの黒鞠が宙雷を切り離す。
だが、もはや。
「遅すぎる!」
コテツが悲痛に叫んだ。
地球戦艦の艦橋に立て続けに直撃した宙雷が、猛々しく破壊を伴う閃光を拡げてゆく。
二つの黒鞠がそれに飲み込まれてゆく。
と、見えた。
しかし。
二つの黒鞠のうち、ひとつがもうひとつに体当たりを敢行する。
体当たりされた黒鞠は弾き飛ばされた。
体当たりした黒鞠は反動で宙雷の爆炎のなかへと吸い込まれていった。
吸い込まれて、業火のなかへと消えてゆく。
……慟哭だ。慟哭が響いている。
哭(な)いている。
誰かが哭いている。
胸をかきむしるような慟哭をコテツは聴覚に捉えた。
その慟哭の出所が自分の喉であることを自覚するよりもはやく、コテツは弾き飛ばされた黒鞠へと向かっていた。
「……ラッダス……」
黒鞠の識別番号を読み取ったコテツは、そのパイロットの名を呼んだ。
三つだ。
ラッダス機のキャノピーに弾痕が三つ開いている。
そして、ラッダスのパイロット・スーツに二つの弾痕が開いていた。
ラッダスの左手は、宙雷の切り離しレバーをつかんだままだった。
つかんだまま、微動だにしていなかった。
宙雷を切り離したところで力尽きたのであろうことを察するのは難しくない。
……コテツ編隊は、隊長を遺して全滅したのだ。
その事実がコテツの脳裏に染み渡るのと、ほとんど同時だっただろうか。
ざわり、と。
肌が粟立つような感覚。
殺気を感じる。
殺意が向けられている。
「来る……来たか!」
三つ巴のノーズ・アートがコテツの脳裏に鮮明に浮かぶ。
「置いてけぼりにした三つ巴が追いついてきたか」
燃料メーターと残弾カウンターを確認する。
あれだけ暴れた後である。当然、ずいぶんと心もとなくなっていた。
「さて、どうするか」
逃げる、という選択肢もあるにはあるが。
「ここでヤツを仕留められなかったら、さらにどれだけの帝国軍パイロットが殺されることやら……」
応戦する。するしかない。コテツは即座に決断し、操縦桿を握りなおした。
……それは、まさしく死闘であった。
二条の稲妻が、瞬くことのない星空を縦横に駆けめぐる。
あるときは舞い散る木の葉のように。
かと思えば切り結ぶ白刃のように。
幾重にも織り交ぜられるフェイント。
交差する駆け引き。
交わされる銃弾。
躱される銃弾。
ときにはぶつかり合う銃弾。
赤き虎。
しろがねの砲弾。
二機の戦闘機によって虚空に描かれる軌跡はからみ、もつれ。
その果てに。
決定的な瞬間がやってきた。
三つ巴がコテツ機の背後をとる。
背後をとらせたコテツは叫ぶ。
「喰らいやがれ!」
パイロット・シート脇に簡易的に取り付けられたレバーを思い切り引く。
増設ブースターを切り離す。
三つの増設ブースター、その全てが一度に切り離される。単純なばね仕掛けで後ろへと押しやられる。
そして背後の三つ巴へと襲い掛かる。
そして躱される。
三つ巴は躱す。無音の雷のごとくに虚空を奔り。
だが、その挙動をコテツは読んでいた。急旋回して機銃を向ける。
だが、三つ巴も読まれているのを読んでいた。急旋回して機銃を向ける。
「おおおおおおおおっ!」
コテツが吼える。トリガーを引く。
ふたつのマズル・フラッシュが同時に閃く。
すれ違った銃弾が互いの機体をかすめ、一筋の傷をつけた。
赤い虎としろがねの砲弾もまた、そのまますれ違い、距離をとった。
息を吐き出しながら、コテツは油断なく燃料メーターと残弾カウンターを確認する。
残りの燃料は、帝国艦隊へもどれるかどうか、ぎりぎりの量だった。
残りの弾は、ただ一発。
「ここでヤツを仕留められなかったら、さらにどれだけの帝国軍パイロットが殺されることやら……」
そのぼやくようなつぶやきを、コテツはもう一度もらした。
「技倆(うで)が互角なら……」
割れ鐘を叩くが如き鼓動をなだめるように深呼吸をひとつ。
「捨て身の一撃で一枚上をいかせてもらうぜ」
残った一発を命中(あ)てることだけを考える。
躱すことを思考の外に追いやる。
ゆっくりと、三つ巴へと愛機の機首を向ける。
ゆっくりと、三つ巴も己の機首を向けてきた。
ゆっくりと、距離がつまってゆく。
「考えることはお互い同じか……? それともハッタリか……?」
どっちでもいいさ、とつぶやいて。
スロットルを全開にする、その寸前であった。
ふたつの輝きが両者の間を走り抜けた。
信号弾だ。
ふたつの信号弾が最後に残った地球戦艦から放たれたのだ。
ふたつのうち、ひとつはコテツの知らない信号弾だった。
もうひとつは知っている。ディノン帝国軍の信号弾だ。
あれは。
「……停戦信号……?」
では、もうひとつは。
「……あれも……停戦信号……? 地球軍の……?」
三つ巴に視線を戻す。
「とまどっている……? あいつも……?」
ゆっくりと、ゆっくりと。
三つ巴が近づいてくる。
「さあ、撃って来い……!」
気がついたときには、そんなかすれ声が喉からこぼれ出ていた。
停戦信号が撃たれたからには、コテツからは撃てない。
撃てば、コテツだけの問題ではすまなくなる。ディノン帝国軍全体の信用そのものが失われる。ディノン軍は信用に値しない。ディノン帝国は信用に値しない。そう言われても言い返せなくなる。信用を失った国家は惨めなものだ。士官学校卒業生でなくとも、誰にでもわかる理屈である。
だが、三つ巴が撃ってきたなら応戦できる。
三つ巴の銃口はこっちを向いている。
三つ巴の姿を、コテツ機の銃口が捉えている。
もはや、機銃を躱せる距離ではない。
刺し違えるのを拒める距離ではない。
ゆっくりと、ゆっくりと。
三つ巴が近づいてくる。
そのキャノピーのなかまで見えてくる。
ヘルメットで顔は見えないが、コテツにはわかる。
そいつは、コテツをまっすぐに見据えていた。
視線が交差する。
銃弾は……交差しなかった。
ゆっくりと、ゆっくりと。
赤き虎としろがねの砲弾は近づき、すれ違い。
そして離れていった。
ゆっくりと、ゆっくりと。
離れてゆく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
どうやら間違いなさそうだ。
「……もうひとつの……あれも……停戦信号……か……」
ひび割れたような声をコテツはもらした。
「あれが地球軍の停戦信号……か……」
自分の鼓動音が耳朶を打つ。
「地球人に、停戦なんて概念があったのか……」
息を吸って吐く。それだけのことに少なからぬ努力が要った。
「……話し合いができるのなら……っ。できるというのなら……っ」
声が震える。
「どうして……あと一日、早く決断してくれなかった」
部下たちの顔が次々と思い浮かぶ。
「せめて一日……たった一日……たった一日が、どうして……っ!」
整備班の連中の顔も。艦橋の男たちの顔も。次々と。
たった一日。たった一日だけ早く、この停戦信号が放たれていれば死ななくてよかった男たちの顔が、次々と。
「別に憎みあってるわけでもないやつらと本気で殺し合いをして。味方を殺されて、もうあとには引けないってなっても。……信号弾ひとつでハイおしまいって……。なんだよ、これ。どうかしている。まともじゃない。おかしいだろう。こんなの、おかしいだろうっ」
やり場のない憤りが胸で渦巻く。
「なぜだ! なぜ、こんなことになったんだ! なぜ、なぜだ!」
コテツの慟哭がコクピットに満ちる。
だが、それに耳を貸してくれる者はいない。
キャノピー越しに、星々が冷たく輝いていた。
瞬きもせず。